夕暮れバニーに魅入られて

    作者:奏蛍

    ●偶然出会った兎さん
     博多にある繁華街から少し外れた路地裏。外れているとはいえ、たくさんの人の声が微かに聞こえてはいる。
     路地裏に入るところで立ち止まった学校帰りの少年たちは、同時に目を見開いた。夕暮れのオレンジな光を浴びて、一人の少女が振り返った。
     最初はバニー服に驚いた少年たちだが、次には少女の可愛らしさに目を奪われた。少年たちの視線に気づいた少女が意味深な笑みを送る。
     そして軽くウィンクして、キスを投げた。ふわふわの柔らかそうな髪が一緒に揺れる。そしてさらに柔らかそうな体のライン。
     少年たちはすでに少女に夢中になっている。
    「わたし、アイドルなんです! ファンになってくれますか?」
     その様子に気を良くして少女がくりくりの瞳で少年たちを見つめる。少年たちはすぐに頷いていた。
    「じゃあ、これ……はい!」
     少女が黒いカードを取り出し、少年たちが迷いなく受け取る。
    「ではでは~、欲望のまま、気が向くままに……どんどん人を殺しちゃってくださいね!」
     にっこりと笑う少女に少年たちは再度、頷いていた。
     
    ●黒いカード再び
    「黒いカードの事件なんだよ!」
     ずいずいっと、灼滅者(スレイヤー)たちに顔を近づけた須藤まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が話し始める。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     どうやら臨海学校で騒ぎを起こしたHKT六六六人衆が事件を起こすようだ。今回も、黒いカードが関わっているらしい。
    「カードを持った少年たちが、殺人事件を起こしちゃうみたいなんだ」
     少ししょぼんとしたような表情でまりんが続ける。臨海学校と違うことは、ただの一般人ではないということだ。
     なんと武器を持ち、サイキックに似た攻撃を仕掛けてくる。ソロモンの悪魔や淫魔の配下を想像してもらえればわかりやすいだろう。
     これが黒いカードの新しい能力なのか、別の力が働いているのかはわからない。みんなにはこの少年たちの強行を阻止してもらいたい。
     そして、黒いカードを回収してきて欲しい。
    「KOすれば正気に戻るみたいだから、手加減したりする心配はないよ」
     人を殺そうとするという事件ではあるが、少女の魅力にくらくらしてしまった少年たちだ。言動が多少おかしい……気持ち悪くはぁはぁ言ってる可能性もあるが気にしないでもらいたい。
     少年たちは繁華街に入る通りの前にある横道に陣取っている。そこに隠れて、繁華街に向かう人たちを襲おうと待ち構えるのだった。
     竹刀を持った少年が三人、リコーダーを持った少年が一人、弓道の弓を持った少年が一人だ。リコーダーを持った少年が気になるところだが、とりあえず性能について説明させて頂く。
     竹刀は日本刀に類似したサイキックを、リコーダーはバイオレンスギターに類似したサイキックを、弓は天星弓に類似したサイキックを使えるようだ。
     少年たちの戦闘力は低い。しかし、殺人を目的としているため必ず取り押さえてもらえいたい。
    「みんなにとってはってことだから、一般の人にしたら……って考えると怖いよね」
     灼滅者にとって戦闘力が低いと言っても、一般人にしてみたら大変な脅威になる。
    「みんななら大丈夫だと思うけど、必ず取り押さえてね!」


    参加者
    相良・太一(土下座王・d01936)
    羽守・藤乃(君影の守・d03430)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    越坂・夏海(残炎・d12717)
    雪柳・嘉夜(月守の巫女・d12977)
    駿河・一鷹(迅雷銀牙ヴァーミリオン・d17774)
    平戸・梵我(蘇芳の祭鬼・d18177)
    卯花・深雪(狂兎・d18480)

    ■リプレイ

    ●挟んで捕まえろ!
    「黒いカードか、マジで謎だな」
     繁華街に入る通りを前に相良・太一(土下座王・d01936)が呟いた。しかし内心、黒いカードなんかよりバニーなアイドルの方が気になっている。
    「臨海学校の時よりカードの性能が上がってる……って事かしら」
     まりんの話を思い出して、返事をした卯花・深雪(狂兎・d18480)が振り向くのと同時にうさ帽子の耳が揺れた。まさに白うさぎと言うように、服は白で統一している。
     黒いカードに謎のバニー服の少女……妙な取り合わせであり、裏で何が起きているのかわからない。しかしここで面白いと思ってしまうのが深雪だった。まずはバニーに篭絡された少年たちにお仕置きと足を踏み出した。
     携帯を取り出して平戸・梵我(蘇芳の祭鬼・d18177)も歩き始める。
    「にしても、バニーに魅了される人多すぎない?」
     実のところ人のことは言えない梵我ではあるが、黒いカードの事件は三度経験している。そのうち二回はバニー絡み。
     そろそろ何か分からないものかと思ってしまう。
    「うさぎさんのお洋服の人には会えないのですか……?」
     バニーと聞いて、雪柳・嘉夜(月守の巫女・d12977)が小首を傾げた。梵我も会えるものなら会ってみたいと思っているような気がしてならない。
    「はぁ、はぁ、はぁ……」
     横道に差し掛かった瞬間、気持ち悪い息遣いが聞こえてくる。咄嗟に梵我は携帯の発信ボタンを押していた。
    「臨海学校の時のカードと同じような感じだけど、カードの性能があがってるのか?」
     囮役に回っている深雪がつ先ほど同じようなことを言っていたが、挟撃班として待機していた越坂・夏海(残炎・d12717)も同じことを口にした。臨海学校の時とは違って今度は強化一般人。
     少年たちには悪いが手加減なしで挑もうと決める夏海だった。その言葉に、軽く伸びをした駿河・一鷹(迅雷銀牙ヴァーミリオン・d17774)が反応する。
    「ダークネスが何企んでるかは知らないけど……いやー、それにしても男って単純だね!」
     自分も含めて、困ったもんだと苦笑する。人懐こくよく軽口を叩いてみせる一鷹ではあるが、本心をみせることは余りない。
    「そろそろですか?」
     ママ譲りの自慢なふわふわ髪を綺麗に揺らしてリュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)が丁寧に尋ねる。年上にはできる限りきちんとがリュシールだった。
     どうしてこんなにもふわふわ髪が輝いて見えるのかと言うと……。実は憧れのアイドルと同系統髪の弱そうな獲物なら、油断したり逃げ足を遅くできるかもと思い事前によく手入れしていたのだ。
     ちょっとこういう使い方は嫌だと思ってはいるのだが、決して少年たちを逃すわけにはいかない状態だけに割り切ってみせるリュシールだった。
    「皆さん、出番です」
     携帯の着信を確認した羽守・藤乃(君影の守・d03430)が柔和な表情で告げて、音もなく駆け出した。纏めた髪にさした簪の飾りが微かに揺れる。
     挟撃班が反対側から横道にたどり着いたとき、太一の声が響き渡った。
    「帰宅部が部活持ちと一緒帰りとか変だよな? 時間とか!」
     補修か、それとも寂しがりなのか……どっちよ!? とリコーダー少年を精神的に攻撃している。
    「お待たせ! さあ、上手くやろうか」
     夏海の声が響いた瞬間に、梵我が身体から殺気を放つ。これで一般人が近寄ってくる心配はなくなった。
    「黒いカード、渡してくれる気はないのかな?」
     一応、確認として梵我が尋ねる。少年たちが胸ポケットを守るように手を置く。
     アイドルからもらった黒いカードを渡す気はないようだった。それなら仕方ないと、首にかけていたヘアバンドで梵我は前髪を上げる。
     梵我のお血祭りと書いておまつりと読むモードのスイッチが入った。

    ●まだまだ序の口
    「こんにちは。突然ですけどお仕置きの時間です」
     ふわふわの髪を存分に揺らしたリュシールが少年たちに向かって声をかける。
    「ふ、ふわふわ……」
    「こっちは、うさ耳……」
     後ろ、前とリュシールと深雪を見比べる少年たち。心なしか呼吸が荒く……。
     そんな少年たちの中、リコーダー少年から悲鳴が上がる。先端を鋭利な刃物に変えた梵我の影が斬り裂いたのだ。
    「うわぁあ!」
     悲鳴を上げるリコーダー少年と、未だに後ろ前する少年たちを見て藤乃が微かなため息をつく。
    「まぁ……本当に気色の悪い様子ですこと……早急に正気に戻って頂かなくては」
     少年たちをこんな状態にする不穏なカードをばら蒔くことは許されないと思う藤乃だった。でも……ばら撒く対象は無差別なのかしら……それとも……。
    「お出でなさい、鈴媛」
     ひとまずは少年たちを止めると言うように、力を解放させる。そしてシールドを広げて周りにいる味方を防御した。
    「せいぜい命だけは取らないようにしてあげる」
     素人相手にそこまでするつもりはないと無表情のまま呟いた深雪が、伸ばしたウロボロスブレイドをリコーダー少年に巻き付け斬り裂く。
     何とかしなくてはと思ったリコーダー少年の耳に歌が響き渡る。歌そのものが生命、自らの心から湧き出し全身に流れ続けるような……。
     日々の鍛錬を欠かさないのは義務でもあるが、何より歌が天性だからだった。リュシールの歌声にリコーダー少年が倒れる。
     ころころと転がったリコーダーは、もう音を奏でるだけのものに戻る。
    「哀れな男のサガだね……しょうがない、ライズ・アップ!」
     思わず前後ろする少年たちを見てしまっていた一鷹が力を解放というか、変身をとげていた。黒と赤の強化スーツを身に纏った一鷹が、寄生体に戦術道具を飲み込ませることにより自分の利き腕を巨大な刀に変える。
     そして一気に地を蹴って、少年を斬り裂く。さすがに動きを止めた少年たちは、自然と逃げるような姿勢をみせる。
     塀を登って真っ先に逃げようとした少年の体を影の触手が絡め取る。
    「ゴメン、逃がすわけにはいかないからさ。もうちょい付き合ってな!」
     強気に笑った夏海が逃がすつもりがないことを少年たちに伝える。絡め取られた少年に、太一がリングスラッシャーをぶつける。
     逃げられないと悟った少年たちが、灼滅者たちを見つめる。そして竹刀を持った三人が一気に駆け出す。
     上段からの振り下ろしを梵我が後方に飛ぶことで裂ける。続いて放たれた冴え冴えとした月の如き一閃を、灼滅者は軽やかに飛んで避けた。
     飛んだ一鷹の目の前に、腰に手を当てた少年が迫る。竹刀だから鞘はないのだが……。
     一気に抜刀するような動きで一鷹を狙う。空中で体をそらすことで避けて、そんまま一回転して綺麗に着地する。
     間髪開けずに、真っ直ぐに放たれた彗星の如き威力を秘めた矢が嘉夜を貫こうと迫る。力の解放と共に、巫女服に変わった嘉夜が口を開く。
     歌声を響かせながら、流れるような動きで矢を裂ける。逆に矢を放った少年は苦しそうな声を上げて地面に倒れた。

    ●本領発揮!
    「ところで一つ質問良い? 君らの会ったバニーさん、美人だった?」
     振り下ろされる刀を避けた一鷹が何気なく聞いた。その瞬間、少年たちの雰囲気が一気に変化した。
    「美人だし、可愛いかったよなぁ!」
    「あの柔らかそうなラインとか……っ!」
    「ふわふわした髪が綿飴みたいでさぁ……きっと同じように甘いんだろうなぁ」
     だんだんと再び息を荒げ始めた少年たちに、一鷹の爽やかな声が響き渡った。
    「そっか、聞くんじゃなかった!」
     一瞬、凍りつくように止まった少年たちだがヒートアップは止まらない。
    「いや、本当にすごいんだって!」
    「あの胸の膨らみ……腰のライン……」
     夢見心地のようにはぁ、はぁしている少年たちに怒声が飛んだ。
    「ばっかおめーら、そんなぽっと出のアイドルなんか大した事ないぜ!」
     あの人のがもっと柔らかくっていい匂いがする! きっとな! と挑発しているのか、本音なのか……。
    「違うってんなら、勝って証明してみろ!」
     ばぁーん! という効果音がぴったりするようなポーズをとった太一がいる。逃亡防止のための挑発……挑発のはず……。
    「いや、こっちの方がいい匂いするに決まってる!」
     太一の言葉に対抗するように、少年たちが声を上げる。そんな騒ぎなど聞きませんと言うように、藤乃が体内から噴出させた炎を武器に宿して叩きつけた。
    「うわ!?」
     完全に太一との言い合いに夢中になっていた少年は、不意打ちをくらってふらつく。
    「ちょろい獲物を楽に顎で使うだけのアイドルなんて……そんなのいてたまりますかッ!」
     軽やかなステップを踏みながらリュシールが攻撃を加えていく。そんなリュシールの心の中ではいろいろな葛藤が渦巻いている。
     種族的に自分に近いという事実も、真面目に努力してきたラブリンスターとも近いかもという事実に腹が立ってくる。ラブリンスターに共感出来てしまう部分も含めて腹が立ってるのだった。
    「ちょっとストップな!」
     向かって来ようとしていた少年に、再び影の触手を伸ばして夏海が自信に溢れた表情を見せる。少年が気づいたときには、目の前に梵我が迫っている。
     にやりと笑った梵我が離れた時には、体内からの爆破によって少年が倒れていた。
    「めんどくさいからとっとと終わらせるわね」
     深雪が呟いた瞬間には、少年の体が地面に倒れていた。死角からの深雪の斬撃に、避けることも声を上げることもできなかった。
    「くそ!」
     一人取り残された少年が声を上げる時には、太一が両手に集中さえたオーラを放出していた。
    「そろそろ終わりじゃねぇの?」
    「私もお手伝いさせてもらってよいですか?」
     もちろん、返事は聞くまでもない。片腕を異形巨大化した嘉夜が迫ってきた少年めがけて飛び出す。
     凄まじい力で嘉夜に殴りつけられた少年に一鷹が迫っていた。拳にオーラを集束させて、容赦なく連打する。
     そのまま地面に倒れた少年は立ち上がることなく、気を失っていた。

    ●黒いカード
     少年たちの胸ポケットから取り出した黒いカードを灼滅者たちはじっくりと見つめるのだった。前のカードとの違いがわからないかと深雪はカードを見つめる。
     同じく確認だけはと思っていた夏海も、成果はない。
    「学園の解析を待つしか、ないのかしら……」
     何か気づく点はないかと観察していた藤乃も心なしか肩が落ちているように見える。透かしたり嗅いでみたりしていた太一も首を振った。
    「うーん……サッパリわかんねー!」
     結局のところ、回収して学園に持ち帰るしかない。
    「回収して何かわかればよいですが……」
     本当に黒いカードとは何なのだろうと言うように嘉夜は首を傾げた。
    「もうこれで何枚目? バニーの写真でも載ってれば集め甲斐もあるのになぁ」
     思わずぼやいたのは梵我だった。横で聞いていた太一もバニーなアイドルのことを考える。
    「バニーなアイドルにはどうやったら会えるのかなー」
     思わず呟いてしまってから、太一は慌てて首を振る。ラブリンの一ファンとして、浮気は良くないということらしい。
    「うぅーん……」
     目を覚ました少年たちは、普通の学生に戻っていた。決してはぁ、はぁ、なんて言ったりしない。
     性格なバニーの顔を読み取ろうとしたリュシールだが、少年たちの記憶は曖昧だった。同じくいろいろ聞いていた梵我が真剣な顔をして少年たちを見る。
    「最後にこれが一番重要なことだけど、誰か、バニーの写メ撮ってない?」
     写メがあれば、顔を読み取ろとはしないであろうリュシールが無言になった。
    「いや、決して僕が欲しいとかじゃなくて調査に必要なので」
     少年たちの沈黙に梵我が必要であることを強調する。しかし、全員が首を振った瞬間……。
    「ちっ!」
     盛大な梵我の舌打ちが響き渡るのだった。
    「……帰りましょうか」
     柔和な表情を保ったままの藤乃の声が静かに響く。
    「そうだな……」
     夏海の返事と共に一鷹が歩き始める。
    「事件解決だね!」

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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