血嵐行

    作者:佐伯都

     とある廃工場の一角に囚われた、何人かの人影。
     中高校生くらいの少女ばかり、衰弱度に比例し衣服の枚数が減っているのが不吉だった。
    「――つまんねえなァ。何か言えよ」
     散々突き上げられ指一本動かす気力も残っていない、長い髪の少女。壁ぎわの少女たちから細い悲鳴が上がる。
     半身を起こした青年のシルエットが膨れあがり、長い髪の少女の上へ巨大な拳を振りおろした。さっきまで人型だった『肉塊じみた何か』をぽいと放りだし、次の贄を品定めにかかる。
    「……あれか。あまり趣味よさそうじゃないけど、仕方ない」
     月光の下、その様子を眺めていた細身の背中。ひび割れた壁へ無造作に脚をかけ、宙へ身を躍らせる。
     人ならぬ身であることを示す、真紅の視線が青い巨人へ注がれていた。
     
    ●血嵐行
    「デモノイドロードのことは知っていると思うけど」
     教室の一番前の列の机に腰をおろした成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)が、低い声で切り出した。
     デモノイドロード。
     自らの意思で青き巨人デモノイドの力を使いこなし、その巨体で戦うことができる。自由に闇墜ちできる灼滅者、と表現できるかもしれない。
    「それだけでも十分厄介だけど、面倒なことに朱雀門のヴァンパイアが目をつけた」
     クラリス・ブランシュフォール(蒼炎騎士・d11726)の抱いた懸念、『デモノイドロードを自勢力に取り込もうとするダークネスが現れる』――それが、現実になったというわけだ。
    「しかも今全面対決したところでこっちに利はない……ので、朱雀門に確保される前に灼滅してほしい」
     中高生の少女を廃工場に監禁している青年がいる。名前は長月・覚(ながつき・さとる)。
    「製薬会社勤務のイケメンでね。廃工場に連れ去りアレコレして弱ったら殺す、って事を繰り返してる」
     申し訳ないけど『アレコレ』の中身は各自想像してね、ちょっとこれ声に出せないわ俺、と樹は疲れたように目元を覆った。
    「……で、被害者は六人。最も衰弱した一人が殺された後でなければ仕掛けられない」
     彼女がデモノイド化した覚の拳に叩き潰された後のみ、バベルの鎖を回避できる。
    「あと、どん底まで根性腐ってるんで、人質を取ったり逃走するかもしれないから気をつけてくれ」
     コの字型に鉄筋の壁が高くそびえる一角、生存者は奥の壁に鎖で縛りつけられているので、そこを背に戦えば人質にされる心配は減るだろう。武器めいたものは所持していない。
    「そして後から現れるヴァンパイアだけど、細身でいかにも神経質そう感じの男だな。制服姿ではあるんだけど、何年生かとか名前まではちょっとわからない」
     戦闘開始から十分ほどでヴァンパイアは姿を現すので、撤収時間を考えると八分以内の灼滅を目指したい。
     もし時間内に灼滅できなかった場合は即刻撤退するべきだろう。たとえデモノイドロードがいない万全な状態で戦ったとしても、勝利するのは難しい相手だ。
    「酷なことを言うようだけど、五人の生存者は無理に連れて逃げる必要はないよ」
     覚さえその場からいなくなれば一番体力の残っている者が自力で警察を呼ぶうえ、もしヴァンパイアが現れたとしても、彼女らに一切興味は示さず危害も加えない。
    「可能な限り灼滅を早めることが、そのまま救出も早めるものと思ってほしい。……頼んだよ」


    参加者
    瑞希・夢衣(笑顔をなくした少女・d01798)
    森田・依子(深緋の枝折・d02777)
    氷野宮・三根(神隠しの傷跡・d13353)
    神音・葎(月奏での姫君・d16902)
    三和・悠仁(影紡ぎ・d17133)
    鷹化鳩・あずみ(ぶらっくぼっくす・d19170)
    一來・十麻(フリーランス・d19992)

    ■リプレイ

    ●野分に血葡萄
    「あーぁ、喘ぎもしねえとか何ソレ。マグロかお前」
     避け得ぬことだと頭ではわかっていても、辛いものは辛い。
     がつり、と何かをしたたかに蹴りつける音が聞こえてきて神音・葎(月奏での姫君・d16902)は一瞬肩を震わせた。
     自由を奪われ閉じ込められるなんて、どうしても古い記憶が葎の脳裏をよぎる。
    「目の前で殺されるのを見逃さなければいけない、というのは……分かっていてもつらいものです……」
    「あんな根性わりぃのと、同じ、生き物だと思われちゃ堪んね」
     コの字型に高い壁がそびえる一角を覗える物陰、そこから慎重に様子を伺う氷野宮・三根(神隠しの傷跡・d13353)の呟きに、鷹化鳩・あずみ(ぶらっくぼっくす・d19170)が頭を振った。
     一來・十麻(フリーランス・d19992)はそんな二人を横目に溜息をつく。
     ――まあ、これお仕事でスから。
     ダークネスに人間社会が支配されている以上、凄惨な事件は後を絶たないものだ。いちいち心を痛めていてはいくつ十麻の身があったって保たない。
    「――つまんねえなァ。何か言えよ」
     覚えのあるフレーズが耳をかすめ、瑞希・夢衣(笑顔をなくした少女・d01798)はすっかりひび割れたコンクリート壁へかけた指に力をこめる。
     目標までは十メートルにやや足らない程度。
     灼滅者の脚で走り寄ればすぐの距離だ。
    「……」
     わかっている。理性では、頭では理解しているつもりだった。
     介入できるタイミングの都合上、犠牲をゼロに抑えることはできないということも、これまでに何人かはすでに犠牲になっているということもわかっていた。
     ぐしゃん、と水風船を叩き潰したような音とひきつるような細い悲鳴。
     思わず『彼女』の行方を捜してしまった森田・依子(深緋の枝折・d02777)は瞠目したまま凍り付く。
     手を伸ばせば届きそうな場所、びちゃんと音を立てて落ちてきた肉塊からまだ暖かい赤い飛沫がいくつも飛んだ。
     ほんの一瞬前まで、ニンゲンだったはずのもの。
     沸騰しそうなほど熱い何かを無言で呑み込み、依子は地面を蹴った。
     人質と目標との間に割り込むため、三和・悠仁(影紡ぎ・d17133)ら四人は数瞬タイミングを遅らせる。
    「お楽しみのところ失礼するよ」
     だしぬけに響き渡ったエリアル・リッグデルム(ニル・d11655)の声に、両腕をデモノイドのそれへと変えたままの覚が振り返った。返り血を滴らせている青い拳。
     すえたような独特の臭いと、生々しい臓腑の匂い。
     エリアルの声に覚の視線が逸れた瞬間を狙い、夢衣はその小柄な体躯を利して死角からのシールドバッシュを見舞った。
     一瞬の静寂があり、人型を残していた覚の身体が歪にに異形化する。ぎらりとねめつける視線に夢衣は無表情のまま、内心ほくそ笑んでいた。
     怒りに我を忘れた覚の背後を、葎や悠仁らが疾風のように駆け抜けていく。

    ●待宵には乱れ露草
    「これ以上の勝手は、断じて許容しない……逃がしは、しない!」
    「何だお前ら!」
     細かな文字が葎の指輪の表面へ浮きあがり、光り輝く鎖となっていびつに変化した覚の足首へ絡みついた。
    「思うままに外道を為すのは、さぞかし痛快なんだろうね」
     さらにエリアルのギルティクロスが追い打ちをかけ、思うさま暴威を振るっていたはずのデモノイドの動きが、引っかかるようなつんのめるような、不自然なものになる。
     ふ、と真紅の十字がかき消えたその向こう、あずみと十麻が背に被害者を庇う位置を取り包囲網は完成した。
    「オゥイェ! ひとりよがりなお楽しみタイム終ー了ー!」
     一瞬何事かと思うような、実にハイテンションな十麻の声が廃工場に響き渡る
    「こっから先は、一方的なお仕置きの時間でスよファッカー!」
     状況が飲み込めないのか、それとも思考を放棄したのか。
     コンクリート壁に拘束されたまま逃げるように後ずさる者もいればぼんやり宙を眺めるだけの者もいる。
    「ね、おじさん。悪いことばかりするなら……バラバラにしちゃうよ?」
     素早く依子が視線を走らせ、夢衣が立て続けに攻めこみ間隔の空いた位置へすべりこむ。
    「ハ、さしずめご同類か」
     覚えがないわけがない。あずみのDMWセイバーに覚が哄笑する。
    「……話すことなんざ、なんもねぇ」
    「正義の味方気取りとは、可愛いねえ!」
    「僕たちの目的は、人々を守ることなのですよ……えぇ、人を守ることです!」
    「守る? 守るだってェ?」
     気色ばんだ三根の言葉に、さらに覚は笑った。
    「誰が、誰を守るって? 守れてねえだろ、たった今ぶちって一人死んだろうがよ!」
    「だから?」
     一瞬言葉に詰まった三根をせせら笑う覚に、エリアルは冷めきった表情で言いきる。
    「死んだね、で、それが何? あとアンタ、中途半端な異形化でいい顔じゃない、イケメンが台無しだね」
     どうせこんなクズ、まともな意思疎通などできるわけもない。
     エリアルの表情はもちろん口調も何もかも冷ややかで冷静に見えるが、内心は別だ。
     こんなどうしようもないド変態などと一緒にされては灼滅者の、ひいてはエリアルのプライドに関わる。
    「クソガキはクソガキらしく、地べた這い回ってろってな!」
     下卑た声音のままDCPキャノンを放ち、覚は灼滅者を睨んだ。
     光線を浴びた箇所から酸で灼けたような、焦げたような異臭が漂うがすぐさまあずみと葎が前衛の回復にかかる。
    「すぐに全部殺してやるよ!」
     同じ対象に攻撃を入れられぬため、覚の気を引くように悠仁は片頬だけで笑った。しかし、ここまで胸糞悪ぃ敵は初めてだ、という内心の呟きはおくびにも出さない。
    「ああそっかそっか、よーくわかった。まぁ、何言おうと倒すんだがな」
     できる事なら悠仁としては彼が被害者相手にしたように、じっくり時間をかけてゆっくり追い詰めてそれから、と行きたかった所だが。
     ヴァンパイアとの戦闘を避けなければいけない都合上それも難しい。
    「お前が欲望のままに生きたいなら、それもいいだろう。けど、世の中そんなうまくできてないんだよ」
     ぎりぎりまで押し殺した嫌悪感と敵意を、そのまま閃光百裂拳に乗せて叩きつける。
     見上げるほどの巨体が、一歩二歩とたたらを踏んだ。

    ●女郎花と赤き月
    「……女性は愛でるものですよ」
     決して、非力なのをいいことに虐げてよいものではない。
    「こんな奴をこれ以上、のさばらせてはおけません」
     怪力にあかせて前衛を薙ぎ払おうとするも、八名もの人数で包囲されている以上はどうしたって数の有利がものを言う。三根は十麻に漏れたDESアシッドのダメージを回復しながら、覚の様子を注視した。
     確かにシャウトの存在が厄介なことに違いはないが、戦況をよく観察し縦横に駆ける依子が前衛の立ち位置をカバーすることで逃走の切欠を与えない。
     メディックだけが回復を担うのではなく、被ダメージが軽減される前衛ポジションでの回復も用意し、ひたすら押す攻撃役を支えつつ回復が必要なければ削りに行くなど柔軟に攻守を使い分ける――その戦術がこれ以上なく最大限機能したと言えた。
     一発分のダメージ量は覚の勝利と言っても、灼滅者側は手数において凌駕する。
     状態異常やダメージが入れば覚の反撃の機会は失われ、反撃することができなければ手数も減らせない。
     戦況が灼滅者に傾けば、坂道を転がるように窮地へ追い込まれるのは当然だった。
    「ハッ! でかいだけの良い的って素敵でスねぇ!」
    「痛いかい? 弱い者を虐めた報いだね」
     十麻が援護射撃で覚の脚を縫い付け、そこへエリアルのフォースブレイクが決まる。
     すでに灼滅者から逃走を企てる思考の余裕はおろか、一撃見舞うこともままならない。
    「好き勝手してきたのに、随分、つまらなそうな顔をしているんですね?」
     肩で息をしながら膝をついた覚が、目の前に仁王のごとく立ちはだかった依子を見上げる。長い黒髪に赤いフレームの眼鏡、小柄で幼い夢衣と並んで、いつもの覚であれば最も与しやすしと判断したことだろう。しかし。
     ――女の恐怖や悲鳴がお望みなら、お相手いたしましょうか。
     しかし暴力と欲望の限り、貪るだけの獣は。
    「これ以上手は出させない。這ってでも、引きちぎって差し上げます――」
     いっそわかりやすく激怒していたほうが覚にとっては幸福だっただろう。しかし依子は今もなお冷静であろうとし、少なくとも表面上はどこまでも穏やかに薙いだ表情をしていた。
     ただしその眼鏡の奥、ぎらりと怒りの業火を宿した双眸以外は――だが。
    「……やめろ」
     いつの間にか覚の左腕はおかしな方向へねじ曲がっており、すでに機能していない。
    「殺すのか。俺を?」
     周囲を見回してみても、突破できそうな隙はもうどこにもなかった。むしろ彼の命運は、サイキックアブソーバーの未来予知に引っかかった瞬間に決まっていたのだろう。
    「……だからこそ、やらねばならないことをやりますよ」
     小声で呟き、三根は指間の護符を正眼に構えた。
     扇状に広がった護符のその向こう、正面はしっかりと夢衣に押さえられ、背後には悠仁が無言のまま威圧する。
     もうこの死地からは決して逃れ得ないことを悟り、青き異形が声限りに咆哮した。
    「殺すのか! 結局、やってる事は俺と同じだろうが!!」
    「もう黙ってろ。すぐ終わる」
     人を刺すあの感触。
     刃を埋めた肉の柔らかさ、噴きだす血の温もり。
     一歩間違えば、もしかしたら、この異形と自分の立場は逆だったのかもしれない。覚えている。血の匂い、暴威への歓喜、熱狂にも似たあの興奮……いやなにを考えている、目の前の敵に集中しろ!
    「俺は、……俺はお前とは違う!」
    「ハーイ、後はお願いしまスZ・E」
     軽薄な声音のまま十麻がパキンと指を鳴らす。その音であずみは我に返った。
     そうだ、これは弱者を虐げる暴力などではない。これは正当な、断罪。
     『同族』だからこそ、見届けなければならない。
    「は、……は、ははは! お前ら、殺すんだぞ! ヒトを! いいのかよ!」
    「信なき暴威などに、灼滅者は屈しません。汝の悪意は、ここで終わりです」
     あくまで揺るがない葎に惨めったらしい視線を向け、覚は額を地面にこすりつける。
    「頼む、助けてくれ! まだ俺、死にたくねえよ!」
    「死にたくねぇか? そりゃそうだよな」
     どういうわけか、実に鷹揚な態度で悠仁が両手から殲術道具を手放した。さながら許しを請う小さな子供に応じるような顔で、その目の前にしゃがみこみ、呟く。
    「じゃあ、そうだな……お前、反省したか?」
     反省したなら考えてやってもいい――、そう続けるかと思われた刹那。
    「……この、クソガキがああああ!」
     至近距離からのDMWセイバーを悠仁と葎はほんのわずかな身じろぎだけで避けた。
     そして徒手空拳だと思っていたのは覚ひとりきり。すべては覚の本心を計るための策略。
     彼の足元には自在に形を変え、生き物のように俊敏な『影』が生きている。
    「反省は、なしか」
     ぶわりと広がる闇色の幕。
     満身創痍の覚に、トラウナックルを避ける余力など残ってはいなかった。

    ●紅色鶏頭に芒
     止めをさされたデモノイドロードが粘液状の物体に崩れ落ちたのを確認してから、手元の携帯電話に十麻と依子が視線を落とす。時間はちょうど戦闘開始から七分を回った所だった。
     まだ一分、時間がある。
     無表情のまま夢衣は壁際に拘束されている少女へ走り寄った。最も衰弱が激しいと思われる被害者へ集気法を施す。
    「やなもん見せちまって、ごめんな。怖かったよな」
     残り一分でやれる事などほんの限られていることくらい、理解していた。
     しかし覚と同じではない、同じにはならないためにも、あずみは依子と一緒に錆びた鎖を断ち切っていく。
    「ごめんなさい、きちんと助けらてあげられなくて……でも、もう大丈夫ですよ」
     三根の声に、比較的体力の残っていそうな少女が小さく首肯した。
     今にも消え入りそうな、ありがとうという呟きがひどく耳にしみる。
     軽薄そうな人全開な十麻でも、さすがに痛めつけられた被害者をそのまま放置するには忍びなく、せめてもの介抱として片隅に寄せられていた彼女たちの衣服をかけて回った。
    「行きましょう。もう時間です」
    「ヴァンパイアと顔合わせをしてみたかったけど、その機会はまた次か……」
     撤収を促す葎に視線を投げ、エリアルは小さく溜息をついた。
     ……もっと僕に力があれば。
     肩越しに廃工場を見返った三根は、いいや、と思い直したように首を振る。もっと力があれば、そう思ってはいけない。
    「全員を助けられるほど強くないから」
     そんな三根の心を思いやったのか夢衣が囁いた。
     相変わらずの無表情ではあるが、声は柔らかい。
    「だから……一人でも多く助けられるように皆で頑張らないと、だね」
     きっとそれは、ダークネスと灼滅者を隔てるなにか、の正体なのだろう。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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