『グル……』
獣が、小さく喉を鳴らした。
夕暮れに、染まる山。そこにある、ほんの数十人程度の小さな山村を見下ろし、獣はゆっくりと歩を進める。
美しい獣だった。夕暮れよりもなお朱い毛並み。流線型のその体躯は狐を思わせ、なおその四本の足は狼のように太く躍動感に溢れていた。
だが、その姿を見た人間は美しさと同時に、避けられる死の恐怖を味わうだろう。それだけの威圧感を持ち、それだけの破壊と殺戮の衝動をその美しい体躯に秘めているのだ。
『グル――』
だからこそ、この獣に目を付けられた事が不幸だ。その小さな山村が、夕暮れ以上に鮮やかな炎の赤に染め上げられるのに、長い時間はかからなかった……。
「放置は、出来ないっすよ」
湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はため息混じりにそう呟いた。
今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの存在だ。イフリートはとある山を縄張りとしており、そこにいる分には人と出会う事もなく被害が出る事もなかった。しかし、その縄張りを出た先に人里を見つけてしまい――後は、破壊と殺戮の衝動に任せて暴れ回るだけだ。
「そうなると、小さな山村の数十人の人々が犠牲になってしまうっす。どうにか、そうなる前に対処して欲しいんすよ」
イフリートは山村を見つけ、山を下ってくる。その途中、森の中で立ち塞がって戦う必要がある。
「森の木々を障害物として利用すれば、相手の巨体もあって有利に進められるっす。ただ、相手は高い攻撃力に加えてタフな相手っす。長期戦覚悟で挑んで欲しいっすよ」
そうなると、夕日が沈み暗くなってしまう。山の日入りは、早い。光源の準備は、しっかりとしておくべきだろう。
「相手はダークネス、強敵っす。全員でしっかりと力を合わせてようやく倒せる相手だって事を忘れずに、がんばって欲しいっす」
よろしく頼むっす、と翠織は真剣な表情で告げ、頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
橘名・九里(喪失の太刀花・d02006) |
梅澤・大文字(りなちゃ番長・d02284) |
苑田・歌菜(人生芸無・d02293) |
ンーバルバパヤ・モチモチムール(ニョホホランド固有種・d09511) |
黒崎・白(白黒・d11436) |
安楽・刻(バッドエンドプランダラー・d18614) |
白砂・あげは(静謐の告解者・d18625) |
クーガー・ヴォイテク(質量と速度が最強の技・d21014) |
●
――日が暮れていく。
夕暮れに染まる森は、ただただ赤い。別の色があるとすれば、赤が作る黒い陰影ぐらいだ。燃えるように美しいその森に、橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)がしみじみと呟いた。
「美しい夕暮れに御座います。それに比べ……獣一匹の炎の色程度では慰めにもなりませんねぇ」
その炎は、既に視界に捉えていた。こちらへとゆっくりと歩み寄る巨体に、梅澤・大文字(りなちゃ番長・d02284)が吼える。
「おれはこの日を待っていた! ヤツらにおれの炎の拳をッ叩き込める日をなァ! 堕ちた炎なんざァこの漢の炎で! 灰燼に帰してくれるわッ! うおお!」
大文字が駆け出すその姿を、クーガー・ヴォイテク(質量と速度が最強の技・d21014)には止められなかった。仮面の下、大文字の背に向けられる視線には共感がある。
(「……イフリートに、家族を奪われた、か」)
ならば、イフリートを――宿敵を前に、駆け出すのを止められるはずがない。
「諸先輩方の戦い方、学ばせていただきます」
学園の仲間との初めての実戦に、白砂・あげは(静謐の告解者・d18625)は大きくうなずきそう言った。それに仲間達も首肯、大文字の後にすかさず続く。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
イフリートが、咆哮する。森の中、こちらへ向かう鮮やかな緋色が加速するのが見えた。
(「夕焼け燃える山で巨体の獣と力比べ、ね。舞台は完璧すぎるくらいカンペキだわ」)
苑田・歌菜(人生芸無・d02293)は、小さくほくそ笑む。所詮この世は人生ゲームだ、そう語るのならば――ここまで整ったステージに、燃えないはずがない。
「舞台に似合うバトルをひとつ、やってやろうじゃないの」
「ここにバラ撒くヨー!」
ンーバルバパヤ・モチモチムール(ニョホホランド固有種・d09511)が、両手いっぱいに抱えた超高輝度と高輝度サイリウムを放り投げた。夕暮れの中を、無数のサイリウムが散らばっていく――そこへ、イフリートが突っ込んでくる!
「来ましたよ!」
キキキキキ、と濡烏を展開させながら、九里が合図を送る。それと同時に、灼滅者達が地面を蹴った。
「やいッ! おれは業炎番長、漢(おとこ)梅澤だ!」
イフリートの真横、木の幹を足場に回り込んだ大文字が殴りかかった。しかし、それよりもイフリートの攻撃が、一瞬だけ早い。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
その口から吐き出された炎の瀑布、バニシングフレアが視界を埋め尽くす――しかし、その炎を前にしても、速度を落とす者はいなかった。
「喰らえぇぇッ! 漢の炎拳!」
炎の海を突っ切った大文字の燃える拳が、イフリートを捉える。しかし、振り抜けない。踏ん張ったイフリートは、その拳を額で受け止めきったのだ。
だが、攻撃は止まらない。その瞬間、懐へと潜り込んだのは黒崎・白(白黒・d11436)だ。
「少しは楽しませてくださいね。最近みんなダークネスと仲良くしちゃって暇なんですよ」
ザッ! と地面を踏みしめ、白は雷を宿す拳を突き上げた。ゴン! と硬い打撃音――イフリートは、更に歯を食いしばり踏みとどまる。
そこへ、安楽・刻(バッドエンドプランダラー・d18614)がビハインドの黒鉄の処女と共に踏み出した。
イフリートはその尾で黒鉄の処女の一撃を受け止め、薙ぎ払う。だが、それこそが黒鉄の処女の役目だ――その尾を掻い潜り、思い切り縛霊手を振りかぶった刻が渾身の力で拳を繰り出した。
「……じっとしててと言っても、聞いてくれないよね。力ずくで、聞いてもらう!」
ドォ! と三発の拳打を立て続けに受けて、イフリートの巨体が宙を舞う。否、イフリート自身が後方へと跳躍した。
「ンー、逃がさないヨ!」
ンーバルバパヤがブドウパンを地面に突き刺し、エイヤとばかりに身振りを見せる。その直後、ンーバルバパヤの頭上にバキン! と巨大な氷柱が出現した。
ズドン! と、砲弾のように着地する瞬間のイフリートを氷柱が襲う。イフリートの周囲を渦巻く炎が鞭となり、ンーバルバパヤの妖冷弾を受け止めた。
炎と氷が、拮抗する――狙いをつけるように右手をかざしていたンーバルバパヤが視線をわずかに森へと向けた。
「今だヨー!」
蛇咬斬に砕け散る氷柱、夕日を受けてきらめくその中を一発の魔法弾が撃ち抜いた――歌菜の制約の弾丸だ。
「動きを封じてやるわ、ここから先へは進ませないわよ……!」
『ガ、アアアア――ッ!!』
死角から制約の弾丸を撃ち込まれ、イフリートが火の粉を散らして荒れ狂う。その火の粉が、ヒュオン――! と風切り音が共に切り裂かれていった。
「目障りな朱には消えて頂きましょう」
漆黒の鋼糸、濡烏を繰り九里が言い捨てる横をイフリートの炎が通り過ぎる。牽制の一撃を軽々と上にかわすと、クーガーは野太刀・新月の漆黒の刃を赤い空へと掲げた。
「じじー!」
上をクーガーが、下を身を低く構えたビハインドのオネストが同時に詰める。大上段と横一閃の斬撃が、十字にイフリートを斬りつけた。クーガーは着地と同時に、後方へ跳ぶ。その時間を稼ぐように、オネストがイフリートの前へ立ち塞がる。
「白砂……まいります……」
あげはがスラリと直刃の銘刀を抜き、小光輪をその刃に乗せて投げ放った。それは、クーガーの前へと飛び身を守る盾となる。
「怪我なさった方は、ご申告ください! すぐに直します」
「今回は、かなりお世話になりそうよ」
凛と言い放つあげはに、歌菜はイフリートから視線を外さずにそう言った。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
夕暮れの空に、イフリートが吼える。破壊と殺戮、その身に宿る衝動のまま――イフリートが、眼前の敵を打ち砕かんと生み出した無数の火の玉を手裏剣状にして投擲した。
●
夕焼けに染まる森を、疾走する。
(「学園がイフリートといちゃいちゃしてる中ですが、なんだかわたしはイフリートばっかりぼこぼこにしてる気がしますね」)
横を併走するイフリートに、白はそう心の中だけで思いながら急停止。つられて止まったイフリートへと、豪快な拳の一撃を叩き込んだ。
「図体ばかりでかいと、こういう場所では苦労しません?」
そうからかうように吐き捨て、白は一気に後方へ跳ぶ。追おうとするイフリートだが、その前にオネストが降り立ち、すかさず霊障波を放った。ドォ! と衝撃と爆発が撒き散らされる中を、かまわずイフリートは加速。クーガーは、横合いから燃え盛る野太刀をイフリートへ振り下ろした。
「――ッ!?」
だが、その一撃をイフリートは尾によって受け止める。オネストは身を割り込ませようとするが――間に合わない。炎の渦が一気にクーガーを包み、締め上げる!
「この、程度で――怯むかよ!」
ゴォ! とクリエイトファイアによって全身の傷口から炎を吹き出させ人間松明となったクーガーが仮面の下で吼える。イフリートは構わず、噛み千切ろうと迫る――しかし、それを大文字が跳び込んだ。
「さァせるかよォ!!」
振り上げた縛霊手を炎に包み、大文字は力任せに振り下ろす! ガゴン! とイフリートの頭部を殴り倒し、そのまま地面へと叩き付けた。
「はん!」
がらん、と鉄下駄で着地。大文字は、すぐさま近くの木陰へと身を潜ませる。
「イヤーッ!」
入れ替わり、ンーバルバパヤが脅威のニンジャテックと言わんばかりの勢いで変形するクナイを手に駆け抜けた。一瞬遅れ、ザン! とイフリートをジグザグスラッシュが切り裂く。
『グ、ル――!!』
「ちょっと冷たいのがいくよ。逃げずにちゃんと、受け止めてね」
低く唸ったイフリート、そこへ刻が繰り出した氷柱が飴のごとく降り注いだ。イフリートは口の端から炎をこぼし、バニシングフレアで受け止めようとする。しかし、それを黒鉄の処女が許さない。
『グ、ガ、ア!?』
横から殴られ身をのけぞらせたイフリートに、刻の妖冷弾が命中する。ビキビキビキ、と凍てつく毛並み――それを歌菜の漆黒の弾丸が撃ち抜いた。
『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「あら、いい反応ね」
タイミングをずらし、相手の死角死角から攻撃を撃ち込む。どうやら、この巨獣にとっても鬱陶しいものらしい。
「大丈夫ですか?」
「ああ、当然だぜ」
あげはのシールドリングによる回復を受けて、クーガーは言い捨てるが決して強がりではない。
強い――強い宿敵だからこそ、血が滾る。流れる血も、その想いによって火がつけられたかのように燃え上がるのだ。
「あぁ、暮れ行きますねぇ……口惜しゅう御座います」
夕暮れが、終わる。山における日の入りは、平野のそれよりも早いのだ。九里は眼鏡をずり上げながら、その口の端を笑みに歪めた。
「陽が去った今、焔にも御退場願いましょう」
その言葉と同時、九里は異形化したその右腕で、イフリートを殴打した。イフリートがのけぞる。しかし、渾身の一撃でさえイフリートの体勢を崩すのがやっとだった。
「空も赤、目の前も赤……そして強敵とのバトル。これほどステキな舞台ってなかなかないんじゃない? ふふ……真剣勝負、嬉しいわ」
木陰からイフリートの姿を見て、歌菜はその名の通り歌うように呟く。イフリートという巨体に対して、森と言う有利な地形を駆使してなお一進一退――それほどの強敵だから、こそ戦うのが楽しいのだ。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
東から、黒く染まっていく空へ吼えてイフリートが再び地を駆けた。
●
音もなく、森が赤から黒へと染め替えられていく。
「く、は、はははははは!!」
咥えた草はピンと立てて、大文字は鉄下駄で両足を踏ん張ってイフリートを迎え撃った。両の手から、クリエリトファイアの炎はこぼれる。真正面、イフリートとその拳が拮抗する。
イフリートが、燃える爪を大文字へと振り下ろす――だが、それをオネストが身を盾に受け止めた。オネストは、そのまま炎に塗れ地面に倒れる。しかし、クーガーはこくりとうなずいた。
「ありがとうよ、じじー」
充分以上に、役目を果たしてくれた。だからこそ、後は自分の仕事だ。クーガーは野太刀を振り上げ、渾身の一撃でイフリートを切り裂いた。
『ガ、ガア――!』
のけぞるイフリートを大文字は振り上げた拳に炎を宿し、渾身の力で振り上げた。
「テメェの炎にぁ負けねぇ!」
大文字の誇りを込めたレーヴァテインの一撃に、イフリートの巨体が宙を舞う。
「フッ、決まったな……」
会心の手応えに、大文字は笑う。空中でもがくイフリートの体をヒュオン! と濡烏と表面が棘に覆われた影の触手が同時に巻き付いた。
「……ごめん、とは言わない。他の命のために、君の命、奪わせてもらうよ」
届いたかどうかはわからない、刻は呟き深呼吸――右手を引いた。
「簡単に振り解かれるわけにはいかないんだ。痛くても我慢はしなくていいよ!」
刻の言葉と同時、黒鉄の処女がイフリートに抱き着くと渾身の力で押し込む。そして、九里も濡烏を操り、一本の巨木の前に立った。
「貴方を倒せば僕はまた強くなれる……素晴らしいじゃァ無いですか」
ズン……! と巨木が揺れる。濡烏によって巨木に巻き付けられたイフリートは必死にもがき、のがれようとする――そこに、ンーバルバパヤは森を行く猿のように木の枝を飛び移り、回転するブドウパンを繰り出した。
「そろそろ、お終いだヨー!」
ズオッ! と貫かれたイフリートが、崩れ落ちる。ギリギリで踏みとどまったイフリートへあげはは砲門とかしたその腕をかざした。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
放たれるDCPキャノンの死の光線とイフリートのバニシングフレアが激突、相殺される。撒き散らされる炎――それに、あげはは呟いた。
「お願いします!」
その言葉に応え、舞い散る炎の中を駆け抜けた白がイフリートの懐へと潜り込んだ。踏ん張っていたイフリートの体が、宙に浮く――白の、地獄投げだ。
「ダイエットしたほうがいいんじゃないですか」
ドォ! と地響きと共に、砂塵が巻き起こる。かろうじて立ち上がるイフリートは、見た――夜空を背に、自分へと舞い降りる歌菜の姿を。
「楽しかったわよ――サヨウナラ」
歌菜と同じ姿をした揺らめく影が、炎に包まれる――そのレーヴァテインの一撃が、真上からイフリートを押し潰し、燃やし尽くした。
●
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
月夜に、大文字が吼える。それは、宿敵と倒した歓喜の咆哮だ。
倒した、その想いと同時に灼滅者達はドっと疲労に襲われる。神経を集中していたからこそ忘れていた、そういう類の疲労だ。
「夜の灯は月で充分……明日の陽が昇るまで、佳き夜を」
「生き死にがあっても、朝日は昇る。世はこともなしですわね」
九里の言葉に、あげはも笑顔でうなずく。その言葉に、九里は眼鏡をずり上げて答えた。
「ええ、明けない夜など、何が愉快なもので御座いましょう?」
夜があるから朝が恋しく。朝があるから、夜は愛おしい。まるで人生のようだ、そう月夜を見上げ、思った。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年9月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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