青き羽衣、月夜の椿

■リプレイ

●少女と魔物
「――お待たせ、助けに来たわよ」
　月明かりの下、影の獣を伴った神薙・弥影（月喰み・d00714）は眼前の少女に向けて言い放つ。
　羽衣の如く、デモノイド寄生体の触手を身に纏った少女……椿の暗い瞳は、機械的に目の前に立ちはだかる灼滅者達の姿を捉えていた。
　寄生体はその破壊衝動故か、或いは灼滅者達の敵意を感じ取ってか、宿主である椿の体を覆い隠すようにその触手を巨大化させてゆく。
　御印・裏ツ花（望郷・d16914）はその光景に僅かに表情を歪め、そして椿を……いや、その体に巣食うデモノイド寄生体へと槍の穂先を向けた。
「まずは貴女のその闇、排除しませんとね」
　突如、椿の肩から伸びた寄生体が大気を裂いて天へと向けて高く伸びてゆく。
　次々と枝分かれした寄生体は次の瞬間、無数の鋭利な槍と化して灼滅者達へと降り注いだ。
「……あっちは頼んだよ」
　空井・玉（野良猫・d03686）がライドキャリバー、クオリアを反転させて触手の降り注ぐ先、銀・ゆのか（銀屋の若女将・d04387）達の下へと急がせる。
　畑へと突き刺さる無数の触手達。１本１本は細く非力だが、数が揃えば話は違う。
「――っ……！？」
　ゆのかの足元を目掛けて突き刺さる触手達。これらはゆのかの姿こそ捉えていなかったが、確実に、彼女の行動範囲を絞ってゆく。そして、さらに触手達が降り注ごうとしたその瞬間だった。
　エンジンを呻らせ、クオリアがゆのかを囲う触手達をなぎ払う。降り注いだ触手はクオリアのボディに阻まれ、月夜に火花を散らす。轢かれ、千切られた青い肉片達が、僅かな風に乗って塵へと還る。
　もう一方、一・威司（鉛時雨・d08891）は降り注ぎ、脚を貫いた寄生体を縛霊手で捕らえ、己を省みずに一気に引き抜き、そして引き裂いた。
「己の忌み嫌う力に飲み込まれて……それで、納得できるのか！？」
　威司は椿へと銃口を向け、叫びと共に炎の弾丸を放つ。
　デモノイド寄生体は即座に伸ばした部位を切り捨てて椿の体を覆い、炎の弾丸からその身を守る。
　舞い散る塵芥、そして弾ける火の粉。その向こうに、金色の瞳が鈍い輝きを湛えていた。
「これがデモノイドをルーツとする灼滅者の闇堕ちした姿、ですか……」
　強く、禍々しく、そして哀しい……。ジオッセル・ジジ（ジジ神様・d16810）はそう呟く。自身にも同様に巣食うデモノイド寄生体。あるいは、いずれ私も……と、思考を濁らせる。
　椿が寄生体を小さく振るい、立ち込める砂煙と火の粉を切り払った。
　そして直後、その砂煙の中から突如姿を現した玉は構えた鍋蓋的なソレを一気に椿へと叩き付けた。
　がしゃーん！　と、思わず耳を塞ぎたくなる細い金属音が周囲に響く。
　ほんの一瞬の沈黙の後、長く伸びた指が鍋蓋を掴み、そして突き放すように玉を押し退ける。
　その陰に、機械的だった椿の表情が僅かに曇り、獣の如き呻りを漏らしていた。
「――ヴルルル……」
「大丈夫、私達が……貴女をその苦しみから救う！」
　月夜の下、桜庭・理彩（闇の奥に・d03959）は燃え盛る翼を大きく広げ、戦場と化したこの場所を包み込んでゆく。
　そう、必ず……。
　理彩はより強く、その手の刀を握り締めた。

●少女の苦悶、覆い隠すモノ
　裏ツ花の影業が畑に紛れ、椿を目指して低く駆け抜ける。
　葉のこすれる小さな音に気付いた椿は咄嗟に寄生体で地面を弾き、大きく空中へと跳躍した。
　それを好機と、弥影は後を追うように跳び、サイキックエナジーを込めた杖を振り下ろす。
　互いの軌道が交差したその一瞬。
「――えっ……」
　マテリアルロッド・月后の冠は虚しく空を切った。
　勢いのままに落下する弥影の視界に、長く地面へと突き立った寄生体の異形が映る。
　影業の狼・かげろうの背に受け止められた弥影をじっと、椿は暗い瞳で見下ろしていた。
　その瞬間に乗じて、エリザベス・バーロウ（ラヴクラフティアン・d07944）の駆る、寄生体にも劣らぬ異形の影が地に張った寄生体を伝って椿へと駆ける。
　幾多の眼球や口、人間のそれにもよく似た部位が影の中から現れては消え、瞬く間に椿の下へと登り詰めてゆく。
　寄生体が爪、或いは刃に変化して行く手を阻むが、異形の影はその上を塗り潰すように乗り越えて椿の体まで辿り着き、そして締め付ける。
　ジオッセルは、その一瞬を逃さなかった。
　両手に構えたガトリングガンが火を噴き、椿へと向けて次々に炎の弾丸を撃ち込む。
　大量の炎と塵煙が椿を包み込む。ジオッセルは霊犬、ギエヌイへと視線を向けた。
「お前の初陣です。必ず、成功させるですよ」
　ギエヌイは短く吼えて高く跳び、咥えた小刀を長く伸びた無防備な寄生体へとねじ込む。
　引き裂かれた寄生体は重量を支える力を失い、大きく揺らいで千切れてゆく。椿の体は畑の柔らかな土壌の上へと、一直線に叩き落された。
　土に四つん這いの状態となったまま、寄生体は再度その組織を長く、柔らかな刃へと作り変える。
　高速で回転する刃は風を裂き、接近を試みた灼滅者の体に容赦なく斬り込む。
　舞い上げられた土埃、そして肌をも裂きかねない突風の中、ゆのかは椿へと呼びかけた。
「あなたには、帰るべき場所があるのでしょう！？」
　かき消され、瞬く間に霧散してしまう言葉。だけど椿にはきっと届いている、そう信じて。
　玉が、そしてクオリアが、刃の嵐の中へと飛び込む。
　金属のぶつかる音、それに伴って火花が散るたびに２人と１台の影が土埃の中に浮かぶ。
「これならば……！」
　ほんの一瞬確認した影の位置を頼りに、威司はマジックミサイルを嵐の中へと放った。
　マジックミサイルは刃の間を縫い、そして椿の胸を穿つ。直後、寄生体はぐらりと揺らぎ、その回転を鈍らせた。
「浄化の炎で、包んであげる！」
　一気に間合いを詰める理彩の手で、日本刀・心壊が大きく炎を噴き上げる。
　袈裟懸けに叩き込まれた一撃に、寄生体は再生もままならずその肉を焦がし続ける。
「――ヴルルァァッ！！！」
　少女のものとは到底思えぬ苦悶の呻き。椿は燃えたままの腕を振り回し、理彩を弾き飛ばす。
　玉は周囲を駆けるクオリアの背を掴まえ、大きく椿との距離を取った。
「必ず助けますから……星斑さん、貴女も負けないで！」
　ゆのかの声に反応するように、椿はびくりと身を震わせる。
　椿は人の姿を保った左腕と、異形と化した右腕の間で視線が揺らぐ。
「――ヴァ……アアァァッ！！」
　次の瞬間、デモノイド寄生体は苦悶の叫びを覆い隠すように、椿の顔を完全に覆い尽くしていた。

●言の葉無くした少女は願う
「貴女を救いたい。これは、紛れもないわたくしの願い！」
　裏ツ花の放った妖冷弾を受け止めた触手が、音を立てて凍り付いてゆく。
「痛いだろうけど……少しだけ、我慢してね」
　弥影が月后の冠を高く掲げ、フォースブレイクを椿へと叩き込む。盾にした凍り付いた触手が弾け、無数の破片を散らす。反動にバランスを崩した弥影の背を、エリザベスの影業が支えた。
　エリザベスは獲物を間合いに捉えた黒猫の如くに大きく一歩椿へと詰め寄り、その喉元にガンナイフを突き付ける。
「……お前の願いとは、何だ」
　エリザベスの問いに対し、椿が返したのは巨大な刀身と化した右腕。横薙ぎに振るったその刃は、身を翻して宙を舞ったエリザベスのコートに僅かに傷をつけた。
　直後、閃光が周囲を包み込んだ。大口径の光線、その直撃を受けた椿は衝撃に揺らぎ、大きく後ろへと弾き飛ばされる。
「帰りましょう椿さん、みんなが貴女の帰りを待っているのです！」
　ジオッセルがさらに、もう一方のガトリングガンをも寄生体に融合させ、巨大な砲身を作り出す。
　砲身の下部が組織を変え、地面に深くアンカーを打ち込んだ。
　こちらを捉えた金色の瞳。ジオッセルはそれに向けて狙いを定め、そしてＤＣＰキャノンを放つ。
「――……ッ！！」
　僅かに逸れた光線は椿の顔を覆う寄生体を削り取り、再び椿自身の顔を月明かりに晒す。
　椿の目からは、一筋の涙が零れていた。
　次の瞬間、エリザベスが再び椿との間合いを縮め、そして椿の顔へと詰め寄った。
「それが、お前の願いか。ならば、仮にもヒーローを名乗るものとして――」
　エリザベスは再度、椿の喉元へとガンナイフを突き付ける。
　続けざまに放たれた２発の弾丸が、今まさに増殖の兆しを見せた寄生体をその顔から引き剥がす。
　その直後、ガンナイフの刀身が飛び散った肉片を引き裂いた。
「――私はお前を救おう、星斑・椿。お前は、１人ではないのだから」
　衝撃に大きく上体を反らした椿の右腕が、エリザベスの視界の隅で僅かに脈動する。
　不意を突かれた為か、エリザベスはほんの一瞬、身をこわばらせてしまった。
　僅かではあるが、後ろへ飛び退くのが遅かった。
　その一瞬で、血の色にも似た赤褐色の液体はすぐ眼前に迫っていた。

●少女と、歪な守護者
　半ば衝突にも近い形で玉はエリザベスを押し退け、その危機的状況に滑り込んだ。
　意外にも強固な鍋蓋はその液体の毒性に耐えていたが、飛び散ったかすかな飛沫が玉の肌を容赦なく刺す痛みに、歯をぎゅっと噛みしめる。
「このくらい、闇堕ちする事に比べれば……」
　力を振るう悦び、そして襲い来るどうしようもない後悔。玉の中に過去の記憶が生々しく顔を出す。
　私は選んで堕ちた。でも、この人は多分そうではない――
　目を見開き、眼前の椿を、そしてその目に浮かぶ涙を玉は捉えた。
「――だから……ッ」
　痛みに臆すことなく、玉は前へと突き進む。ただ真っ直ぐに、力強く地面を蹴って。
　激しく衝突する椿と玉。小さな呻きが椿の口から漏れ出す。直後、椿の足が微かに浮いた。
　その瞬間を捉えた玉はさらにもう一撃、椿に向けて手にしたシールドを叩き付ける。
「――ヴッ……！！」
　腹部を打ったその一撃が椿を大きく後方へと弾き飛ばした。
「ヴッ……ォァァッ……！！」
　横たえたまま、右腕を抱えるように身を屈める椿。肩から伸びた青い羽衣、デモノイド寄生体の触手がもがく様に暴れ、近付こうとする者への激しい拒絶を示していた。
「戻って来い、星斑！！」
　威司の放ったブレイジングバーストが、暴れる羽衣を大きく燃え上がらせる。もがけばもがくほど、暴れれば暴れるほどその炎は勢いを増してゆく。
「人の心を、離さないようにしなさい！」
「さあ、帰ってきて……！」
　次々と放たれる攻撃を、寄生体はことごとくに弾いた。
　そして弾くたびにその組織はボロボロと崩れ、肉片はすぐに燃え尽きて塵と化してゆく。
　動きの鈍ったその一瞬、裏ツ花が距離を詰め、槍の穂先を突き付けた。
　零距離から放たれた妖冷弾が、デモノイドの体組織を白く凍て付かせる。
　徐々にその活動を止めて行く寄生体を見下ろして、裏ツ花はそっと手を差し出した。
　椿はじっと、裏ツ花の顔を見上げている。
「……帰りましょう。わたくし達の、在るべき場所へ」
　パキッ。その言葉と共に、音を立ててデモノイド寄生体に亀裂が走る。
　凍て付いたそれは瞬く間に、椿の体から剥がれ落ち、やがて元の姿を取り戻す。
　椿は虚ろな目のまま、裏ツ花へと手を伸ばそうとした。その時だった。
「――星斑さん！」
　ふらりと揺らいだ椿を、ゆのかと裏ツ花が抱き止める。
　その場に駆け寄った灼滅者達の顔を、椿はゆっくりと見回していた。
　徐々に光を取り戻す椿の瞳と共に、灼滅者達の表情からも陰りが消えてゆく。
「お帰りなさい」
　弥影が、そっと笑いかけた。
「……ス……」
　椿が口を僅かに開き、か細い声を漏らす。
　ゆのか達は揃って、椿へと顔を寄せた。
「……テスト、サボっちゃったっス」
　椿はへへ、と照れくさそうに笑った。

作者：Ｎａｎｔｅｔｕ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年9月20日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 36／感動した 2／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 0
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