●血の祭壇
「……さて」
異様な臭気を発する赤く染まった部屋の中、風呂も満足に入っていないだろう男が身を起こした。
手の中には、肉。
未だ生暖かい、肉。
無造作に投げ捨てた後、男は外へと向かっていく。
刺すような陽射しが瞳を刺し、澄んだ空気が肺を満たす。されど男は表情を変えることもなく、くたびれた山小屋を後にした。
「次の獲物を探すか……何、問題はない。いざとなりゃ……」
……名前はすでに覚えていない。
ただ、気づけば手に入れていたデモノイドの力を用い、新たな獲物をさらうために下山する。
逃れる手立ては――。
●放課後の教室にて
灼滅者たちを迎え入れた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、いつもより硬い表情を浮かべながら説明を開始した。
「一般人が闇堕ちしてデモノイドになる事件が起きているのは、皆さん知っていると思います。その中でも、このデモノイドの力を使いこなす、デモノイドロードが現れました」
デモノイドロードは事件を起こす。
普段はデモノイドヒューマンと同じ力を行使し、危機に陥るとデモノイドとして戦う事が可能。そして、危機が去ればまた、普段の姿に戻る……。
「まるで自らの意思で闇堕ちできる灼滅者……ですが、デモノイドロードの心は悪に染まりきっているため、説得の余地はありません」
仮に説得により悪の心を弱めても、デモノイドを制御していた悪の心が弱まったことで、完全なデモノイドと化してしまうだろう。
「……このデモノイドロード、デモノイド状態であっても、悪意のある狡猾な知性を持ち続けます。ですので、十分に注意して対処してください」
葉月は地図を広げ、山間の獣道に線を引いた。
「皆さんが赴く当日、件のデモノイドロードはこの道を歩き下山しています。……獲物を探すために」
獲物、すなわち人。
今までも、多くの人が犠牲になっている。
故に、途中で接触して打ち倒さなければならないのだ。
「接触場所としてはこの辺り……一方が崖となっている河原が良いでしょう」
何せ、相手は知性がある上に狡猾。不利になれば逃げる可能性があるため、できるだけ追い込んだ状態で戦う必要があるのだ。
力量は、デモノイドと化した状態で八人を相手取れるほど高く、破壊力に特化している。
得物はない。ただ、避けづらく防御に優れるものでなければ受けきることの難しい打撃。相手を締め付け握りしめる肥大化した腕。身の毛もよだつよだつような雄叫びで周囲にいるものの戦意を削ぐ、といった行動を取ってくる。
「以上で説明を終了します」
葉月は地図など必要な物を手渡した後、締めくくりへと移行した。
「今回の相手は強大かつ狡猾、危険な戦いとなると思います。しかし、皆さんならば勝利できると信じています。そして、何よりも……無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」
参加者 | |
---|---|
如月・縁樹(花笑み・d00354) |
千条・サイ(戦花火と京の空・d02467) |
聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936) |
弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630) |
神護・朝陽(ドリームクラッシャー・d05560) |
シャルロッテ・クラウン(残念な海賊きゃぷてんくらうん・d12345) |
神前・蒼慰(中学生デモノイドヒューマン・d16904) |
桜庭・遥(名誉図書委員・d17900) |
●当たり前が故に殺意はなく
夏色を残す山並みに、陽射しは優しく降り注ぐ。
柔らかな木漏れ日を浴びながら、桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)は仲間とともに、意気揚々と獣道を進んでいた。
「こういう道、どきどきしますね」
「そうですね。見たこともない道、わくわくしてきますよ」
眼鏡の奥にある瞳を輝かせ、弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630)も歩調を弾ませる。
わいわいがやがや、幼き少年少女探検隊。鬼が出るか蛇が出るか、はたまた心躍るような発見か。
緑をかき分けすすむ先、おぼつかない足取りで歩いている男を発見した。
「ぴゃっ」
悲鳴に似た声を上げ、シャルロッテ・クラウン(残念な海賊きゃぷてんくらうん・d12345)が口を抑えていく。
幼き瞳が見つめる視線の先、男の体は赤、赤、赤!
常時ならぬ赤に染まり、激しい異臭も放っている。問いかけるまでもなく、この男こそがデモノイドロードなのだろう。
足がすくんだ演技を見せ、待つこと数十秒。ようやく気配に気づいたのか、男がゆっくりと視線を向けてくる。
「……」
うつろな瞳に力はなく、威圧や殺意も感じられない。
ただ、当たり前のように向きを変え、灼滅者たちの方へと向かってくる。
「に、逃げましょう」
「此処に居ちゃ駄目な気がします!」
遥に手を引かれ、如月・縁樹(花笑み・d00354)が踵を返した。
逃亡という名の誘導を始めた彼らを、男はゆっくりとした足取りで追いかける。
追いかけっこが始まってから数分後。
片側が崖になっている河原の傍で待機していた千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)が、逃げてくる彼女たちを迎え入れた。
数十秒遅れてやって来た男を前にして、静かに瞳を細めていく。
殺気はない。
だからこそ、血みどろの姿が異様に映る。
「……さ、遣り合おか」
「……」
返答せず、男は小首を傾げて行く。
包囲されても、分からぬといった様子で虚ろに視線を彷徨わせている。
瞳を合わせた時、遥は指差し宣言した。
「わたしはデモノイドヒューマン。あなたたちデモノイドロードの敵です」
「……」
返答はない。ただ、男は今一度小首を傾げ……。
「……ああ、そうか」
投げやりな調子で呟いた。
「今日の得物は活きがいいのか」
構えは変わらねど、雰囲気も変わらねど……情報通りであるならば、強敵であることに違いはない。
灼滅者たちは頷き合い、本格的な行動を開始した。
●殺すために、生きるもの
いち早く正面へと辿り着いたのは、サイ。
無造作に、男は拳を繰り出した。
「っ!」
正面にオーラを集め抗うも、霞が如く霧散する。
胸のあたりを思いっきり殴られて、後方への退避を余儀なくされた。
「が……」
衝撃は骨をもきしませて、痛みを全身へと伝えていく。膝で体を支え倒れることだけは阻止しながら、朧げに歪む瞳を拭い男を睨みつけた。
人殺しを食らうは、同じ人殺しの鬼。
そう、今日は食らいに来た。人を殺すこの鬼を。
「……ははっ、最期まで遊ぼや」
乾いた笑みを浮かべながら、身を闇へと沈めていく。
胸元にスートを浮かべ己を治療していくサイを、せめて安全圏内へと押し上げるため、神前・蒼慰(中学生デモノイドヒューマン・d16904)が柔らかな歌声を響かせた。
男の破壊力は多大。
侮れば、一撃で倒れてしまいかねない力を持つ。
神護・朝陽(ドリームクラッシャー・d05560)も半ば同様の考えか。
拳を固く握りしめ、真正面から男に殴りかかった。
「こっちだ」
「……」
殺気のない視線を受け止めて、反撃に備え身構える。
距離は取らない。
次の一撃は、己が受け持つべきだから。
「……」
殺気はなく、前触れもなく、男が右手を伸ばしてきた。
身を捩って逃れようとしたが、いつの間にか放たれていた左腕が朝陽の肩を掴み取る。
「ぐ……」
オーラを肩に集中させるも、押さえ込むには程遠い。
嫌な音が響くとともに、肩に激痛が走って行く。
「……」
唇を噛み締め、耐えぬいた。
埃のない殺しは許さぬと、秘めた思いを示すため。
ダメージを受けたことに違いはないと、蒼慰は柔らかな歌声を更に高らかに響かせる。
二度の攻撃を目の当たりにし、男の力だけならば凄まじい域にあると改めて実感できた。最小限の被害で済んでいるのは二人が守りに優れているから。遥を加え、誰かが倒れてしまえば一気に崩れてしまいかねないと、蒼慰は治療に意識を集中する事を決断した。
とてもではないが、間に合わない。
ほぼ自由を許している現状では。
「あたいはかいぞくじゃねぇ、がきだ! ……ちげ-し! がきじゃねぇ、かいぞくだ!」
少しずつ、確実に自由をそいでゆけば良いと、シャルロッテが影を放つ。
「あくとーはしばりくびな!」
手足を拘束し、自由な動きを封じるため。
少しでも自由を削いでいけば、何れ致命的な……勝負を決める一瞬を生み出すことができるはずだから……。
「影さん、行って下さい!」
縁樹の司りし影が、男の体を拘束する。
「ん……」
引きちぎらんというのか、男の腕が盛り上がる。
させぬと縁樹は力を込め、負けるとわかっている引っ張り合い。
一秒、ゼロコンマ一秒でも隙を作れば仲間たちが続いてくれるはずと、最大限の力を影に込めていく。
諦めたか、あるいは純粋に邪魔と感じただけだったのか。
男は力を抜き、空を仰いだ。
「――」
此度初めて男が放つ大声が、前衛陣を打ち据える。
余波を肌で感じて前衛陣へ与えられた衝撃を感じた聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)は、瞳を細めるとともに立ち止まる。
「治療に回りますの」
前衛陣を癒やすため、静かな霧を差し向けた。
無論、蒼慰も歌声を途切れさせることはない。
支える事こそ、己の役目。
支えて、支えて、支え続け、誰一人として倒れさせなければ、いずれ勝利へと至ることができるはずだから……。
「……どうして」
体中をきしませていた痛みが和らいでいくのを感じながら、遥が静かに問いかけた。
「どうして人を平気で殺せるんですか。あなたも元は人でしょう?」
「……」
耳に届いたか、男はゆっくりと遥に視線を移していく。
瞳を虚ろに開いたまま、小さな言葉を響かせる。
「殺せれば、そんなことはどうでもいい」
既に壊れているのだと、遥は確信した。
「絶対に許しません」
壊れた心に殺された命は、果たしていくつあったのだろう?
遥は静かな怒りを炎に変えて、男の首筋へと叩き込む。
炎に包まれゆくその体を、誘薙の影が包み込んだ。
「そのトラウマはきっと、あなたの良心ですね」
「……」
返事はない。
なくとも構わぬと、誘薙は影に力を込めながら杖にも魔力を注いでいく。
充填も終わろうかという頃、男が影を打ち破った。
陽光にさらされた額へと、縁樹が魔力の弾丸を打ち込んでいく。
「縁樹が願います。彼の者に枷を」
静かな願いは、届く。
染まりきり戻れない。壊れてしまった男の体を、強度の麻痺で抱いていく。
即座に誘薙が反応し、魔力を込めた杖でフルスイング!
「その痛みは、あなたが殺した人が受けた痛みです……!」
魔力を爆発させ、衝撃に乗る形で後方へと退避。
さなかも男は動けない。
……否!
「……あー、そうだな。ちょっくら、本気をだすか」
心底面倒そうな言葉を吐きながら、男は腕を足を体中を青く染め上げる。
肥大化させ……デモノイドへと変貌した。
「っと、やらせない!」
やるべきことは変わらぬと、朝陽が影で手足を縛る。
視線を己へと誘導し、ニヤリと割り当ながら手招きした。
「殺してきたんだろう? 殺されても文句はねーだろ。覚悟しろや!」
今の男に聞こえているのか……。
いずれにせよ、再び動き出したデモノイドの動きは鈍い。
上段より放たれた拳を回避して、朝陽は肥大化した腕で殴りかかった。
●デモノイドは殺せない
様々な思いを抱き、思考し、戦いに臨んでいる仲間たち。
己は知らぬ、分からぬと、シャルロッテは快活に笑いながら戦っていた。
小難しいことなど考えず、ただ、男が何も知らない弱者を獲物にしたことは知っている。
それが悪いことなのも知っている。
だから、己の出番と帆を掲げ、鮫に似せた影を放っていく。
「おめー、さめのえさな!」
飲み込まれ動きを見だしたデモノイド。
即座に砕かれ伸ばされた手はサイの体を掴み取る。
「っ……」
オーラを全身に巡らせてなお貫く衝撃は、デモノイドと化す前と同等。
即ち重ねて来ている力が聞いているのだと、痛みを感じながらも口の端を持ち上げる。
強引に手を押し開けて、握り締めたナイフで切りかかった。
デモノイドの肉体にも重ねていた力が現れたか、刃は容易く肉を裂く・
恐らくはもう、長くはない。
だからこそ、蒼慰は歌い続けるのだ。
「――」
願いは一つ、灼滅。
徐々に癒せぬダメージが蓄積しているけれど、最低限の粋まで治療できれば、一気に押しこむことができるはず。
故に、ヤマメは悩んだ。
攻めるべきか、引くべきか。
「……」
満身創痍のデモノイドを前にして、決断。
一歩前へと踏み出した。
「そこですの!」
刀を一閃。
下から斜め上へと、右腕を深く、深く切り裂いた。
悲鳴はなく、大きな反応を見せることもない。
感情すらも失われたか、はたまた持ち合わせていないのか……。
「……救いようがない命を、人の形をした殺意を、止めましょう。もう、彼は人ではありません」
断罪とともに、誘薙がトリガーを引いた。
ライフルの銃口から煌めく閃光が吐出され、デモノイドを貫いていく。
「そこだっ!」
僅かに揺らいだ隙を見逃さず、朝陽の影が下から上へと切り裂いた。
守りの和らいだ傷口へと、縁樹が魔力の弾丸を打ち込んでいく。
「今です! 引導を渡してあげて下さい!」
魔力に囚われ、デモノイドは動けない。
ヤマメが腰元にさした刀に手を添えて、間合いの内側へと踏み込み……一閃。
真一文字の傷跡に――。
「てめーみたいなやつは、むかしっからさめのえさってきまっているからな! それとも、あくとーらしくしばりくびがいーか?」
――シャルロッテが巨大な剣を振り下ろし、縦一文字に切り裂いた。
刻まれし十字架を眺めつつ、彼女はただ静かに言い放つ。
「ま、えらばせてやらねーけどな!」
元気な言葉が山間へと響く頃、ゆっくりと、デモノイドが解け出した。
灼滅者たちが勝利した証として。
もう犠牲者などでないのだと伝えるために……。
治療を、後始末を終えてなお、疲労が重くのしかかる。
だからだろう。心だけでも軽くしようと、遥が元気な声を響かせた。
「やりましたね。ちょっと、疲れました」
疲労とは対照的に晴れやかな笑顔は、きっと心を癒してくれる。
戦いに荒んだ気持ちを、ちょうど良い値まで収めてくれる。
街まで引きづらないことを信じて、下山を開始しよう。あるべき場所へと帰還しよう。
行路は、木漏れ日が照らしてくれている。優しい風が導いてくれている。
心に宿すは、勝利の二字。
木々もほら、ざわめきを奏でてくれている。木漏れ日で照らしていてくれている。
これからも歩き続けていく、灼滅者達の道程を……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年9月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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