強気にカナヅチガキ大将

    作者:飛翔優

    ●泳げないっていけないこと?
     夏休みは、親の勧める学校のプールからは逃げ続けた。
     しかし、授業が始まってからはそうも行かない。九月になっても、もう少しだけ授業は続くのだ。
     どうしよう、と、小学三年生も半ばまで過ぎた少年、ガキ大将としても名高い神原一樹は思い悩む。
     いっそ壊してしまえばよいのではないかと。大暴れして破壊してしまえば良いのではないかと、頭にツノのような者が生えた時から抱くようになった心が誘惑する。
    「……だ、ダメだ。それはダメだ! ……みんなは楽しみにしてるんだ……!」
     沸き上がってくる衝動を抑え込み、一樹は悩み続けている。
     今は羅刹の誘惑を抑えこむことができている。しかし……。

    「……」
     メモをひと通り眺めた後、秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451)の位置を直した。
     静かな息を吐いた後、顔を上げて立ち上がる。
    「助けましょう。彼の世界が崩れてしまう前に」
     少年を救うため、その手立てを探るため。
     エクスブレインの元へと向かうのだ!

    ●放課後の教室にて
    「それでは葉月さん、よろしくお願いしますね」
    「はい、清美さんありがとうございました。それでは早速、説明を始めさせて頂きますね」
     清美に軽く頭を下げた後、倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は灼滅者たちへと向き直る。
    「場所は埼玉県。そこで、羅刹として闇堕ちしかけている、神原一樹さんという小学三年生がいます」
     本来、闇堕ちしたならば人としての意識は掻き消える。しかし、一樹は闇堕ちしながらも人としての意識を残しており、ダークネスになりきっていない状態なのだ。
    「ですので、もしも灼滅者としての素養を持つのならば、救い出してきてください。しかし、完全に闇堕ちしてしまうようならば……」
     そうなる前に、灼滅を。
     葉月は地図を広げ、学校のそばにある小さな公園を指し示す。
    「皆さんが赴く当日、一樹さんはこの公園で一人ブランコを漕いでます。……羅刹の衝動に抗うために」
     一樹はガキ大将と呼ばれるほど活発かつクラスを纏めている存在。時折癇癪を起こす事こそあるものの、素直に謝ったり責任を取ったりするため大人からも友人からも評価は高い。
     そんな彼が羅刹に闇堕ちしかけるきっかけとなったのは、恐らくプールが嫌だから。
     カナヅチだからプールに参加したくない……そんな思いが、破壊してしまえば参加しなくて済む、という衝動に繋がっているのだろうと思われる。
    「説得の際は、そのあたりを留意すると良いかなと思います。そして、成否に関わらず……戦いとなります」
     一樹の羅刹としての力量はさほど高くはない。
     方向性としては破壊力に優れており、神薙使いに似た力を行使してくる。
     特に、鬼神変に似た力は威力がとても高い。
    「以上で説明を龍勝します」
     葉月は地図など必要な物を手渡した後、締めくくりへと移行した。
    「元は、ただプールが苦手なだけの男の子。決して、羅刹になろうとするような子ではありません。ですのでどうか……明るい未来へと繋がる結末を。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    艶川・寵子(慾・d00025)
    ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)
    君山・雪姫(白にして白亜の雪姫・d06219)
    竹尾・登(何でも屋・d13258)
    土岐・佐那子(高校生神薙使い・d13371)
    奏・澪華(夕霞の幻・d15103)
    三条・三日月(宗近・d17859)
    空記・螺子(壊れた螺子巻き人形・d19163)

    ■リプレイ

    ●憂いに満ちた横顔に
     キィ……キィ……と、鎖の軋む音が聞こえてくる。
     昼下がりの優しい日差しに照らされた公園へと視線を向ければ、神原一樹が一人ブランコを漕いでいる様が見えた。
     活発そうに整えられた短い髪とは裏腹に、表情は暗く沈んでいた。瞳が地面だけを捉えていた。
     泳げないから、プールを破壊する。
     大切なみんなが楽しみにしているから我慢する。
     相反する感情に抱かれ動けぬさまはいじらしいと、眺める艶川・寵子(慾・d00025)は口の端を持ち上げた。
    「……ん、他に人は居ないみたいね」
     改めて周囲へと視線を送り、念のため力を用いて人払い。
     後、仲間とともに真っ直ぐに一樹へと歩み寄った。
     気づかぬ横顔に、語りかけたのはヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)。
    「こんな時間に一人でどうされたのですか?」
    「……え?」
     戸惑う瞳に、解答を示したのは君山・雪姫(白にして白亜の雪姫・d06219)。
    「どうしたの? 元気が無いね」
     まずは、話を聞くところから。
     全てを知ってはいるけれど、一樹は灼滅者たちが知っているということを知らないのだから。
     一樹はしばし虚空に視線を彷徨わせた後、どうせ知らない、関係のない人。弱みを見せても構わないと判断したのだろう。
     ポツリ、ポツリと、カナヅチなどの下りが語られた。

    ●泳ぐこと、泳げないこと、泳げなくてもできること
     全てを受け止めた後、灼滅者たちは顔を見合わせた。
     心に光を与えるため、さあ、新たな道を指し示そう。
     仲間たちの一助となるように、最初に切り出したのは雪姫だ。
    「泳げないのは辛いよね。私もそうだからよくわかるよ」
    「お姉さんも?」
    「うん。でもね……」
     同意の後、言葉を斬る。
     表情を引き締めた上で、若干声音を強めて言い放つ。
    「プールを壊しちゃったら、お友達が悲しむよ?」
    「それは……わかってる……けど……」
     プールに入りたくない、友達を悲しませたくない。
     決して両立できないせめぎあい、解決できなければ未来を示すことなどできはしない。
     だから寵子が言葉を引き継いだ。
     しゃがみ込み、真っ直ぐに見据えて微笑みかけて、優しい声音で語りかける。
    「泳げないことって全然恥ずかしいことじゃないわ。そんな人はいっぱいいるし、それを克服したりそうじゃなかったりヒトはイロイロね」
    「イロイロ?」
     小さく頷き返し、しかし答えは返さない。
     新たな文言で、一樹の心に語りかける。
    「皆が楽しみにしているプール、一樹はどうしたいかしら」
    「……俺は……」
    「皆と一緒に楽しめたら一番ステキよね。皆を思って乱暴な心と戦える一樹はとってもステキよ」
    「なぁに、大したことじゃないんだ」
     寵子の言葉に繋げる形で、竹尾・登(何でも屋・d13258)もまた語りかけた。
    「オレだって勉強できないけどガキ大将をやってたし、みんなに弱い所を見せたくないのは解るけど、弱点なんてそのうちバレるぞ」
     ちゃんとみんなに解ってもらった上で、弱点を克服するために努力するのが一番と、登は胸を叩いていく。
    「オレだってみんなの前で頑張ったんだ。未だにテストの点は悪いけどね。でも、みんなは認めてくれたよ」
    「……」
     経験の裏付けされた解決策を。
     これから一樹がどうすればいいのかの道筋を。
     思考を巡らせていく様子を前にして、空記・螺子(壊れた螺子巻き人形・d19163)が笑顔で語りだす。
    「できないことやらなきゃいけないのってやだよねェ。できないと目立つかもしれないしィ、笑われるかもしれないし。ガキ大将みたいな位置にいると、できないことがあるのってはずかしいのかも?」
    「……うん」
     時には癇癪を起こしてしまうこともあるけれど、時には皆を引っ張り、纏め、導いていくガキ大将。
     勉強よりも、運動への価値観が大きいお年頃。泳げないことは、きっとマイナスな感情として一樹の心に根付いている。
    「……そうだな。泳げないんなら、俺、教えたげるよォ?」
    「……え」
    「中学生になっても高校生になってもプールある学校はあるんだもん。いまだけどうにかしたって意味ないよォ。それに、まだまだ暑いからねェ。プール壊れてなくなっちゃったら、おともだちはみんながっかりすると思うよォ?」
     だからこそ、解決までの道筋を。
     具体的な提案を。
     驚き開かれた心へと、奏・澪華(夕霞の幻・d15103)が新たな言葉を差し込んでいく。
    「君はみんなの楽しみを壊したいなんて思ってないんじゃない? 本当は一緒に楽しみたいんじゃないかな?」
     プールを破壊するのは、泳ぐことが嫌だから。
     破壊できないのは、楽しむ友達の笑顔を曇らせたくないから。
     なら……。
    「泳げるようになるお手伝いなら私たちがいくらでも付き合うわ。だから自分の心に負けないで欲しいの。泳げないからプールを嫌うなんて勿体ないわ」
     泳ぐことそのものが嫌なわけではないのだと。
     泳げるのならばそれに越したことはないのだと、心に光を与えていく。
     落ち着いた言葉は染み入るか、一樹の瞳に光が指す。
     小さな風を受けても揺るがぬほどに、ブランコに腰掛ける様子も力強く……。

    「……泳ぐのって難しいですよね、わたしもあんまり得意じゃないです」
     仲間はいるのだと、たくさんいるのだと。
     更なる勇気を与えるため、三条・三日月(宗近・d17859)が語りかける。
    「でも、泳げるようになってプールでお友達と遊んだら楽しい。ここで逃げずに努力してみたら、楽しい水遊びが待っているはずです」
     明るい声音で、再び辿るべき未来の笑顔を指し示す。
     重なっていることなど気にしない。言葉を重ね、勇気づけることが肝要なのだから。
    「だから壊そうとなんてしないで、負けないでください。泳ぎの練習だったらわたしも協力しますから!」
     第一歩は、心の羅刹を抑えること。
     その方角へと導くため、ヴァンもまた伝え始めていく。
     知り合いの小学六年生にも、カナヅチはいる。
     恥じるべきことではない。
    「……大丈夫、今からでも練習すれば泳げるようになります。……いえ」
     だからこそ……と、優しい笑顔を贈る。
     穏やかな言葉を紡いでいく。
    「誰でも最初は泳げません。練習して初めて泳げるようになるんですよ。逃げ続けても泳げるようにはなりませんが、練習すれば大丈夫です」
     何せ、生まれた時から泳げる人間など存在しない。
     練習を重ねることで、人は泳ぐということを覚えるのだ。
     それに……と、土岐・佐那子(高校生神薙使い・d13371)がいたずらっぽく微笑んだ。
    「まあ、別に泳げなくても、ただ体をぷかぷか浮かべたり。それが出来ないならプールの中でしゃがんでみたりゆっくり歩くだけでも気持ちがいいものですよ」
     泳ぐとはまた別の、楽しむための提案を。
     ある種の諦めも入っている文言を前にして、一樹はくすりと笑い出す。
    「色々と台無しだよっ」
    「ですが、泳ぐだけがプールというわけでないことに違いはありません。何か、新しい楽しみを探してみるのも良いかもしれませんよ?」
    「……そうだね。それじゃあ……」
     不敵なほほ笑みを交わした時、一樹の表情が変貌する。
     灼滅者たちは一気に距離を取り、武装すると共に身構えた。
    「……」
     顕現した羅刹は言葉を紡がない。
     否、紡げない。恐らく、一樹が押さえ込んでいてくれているから。
    「わたしも人に教えられるほど得意ではないので、泳ぎのスペシャリストをお呼びしました」
     一樹へと語りかけるかのように、三日月が霊犬のこしあんを指し示す。
     少年を救い、泳ぎを教えるための戦いが……元気の良い声音とともに開幕した!

    ●心が傷つかぬよう、一気に
     容赦などない。
     長く戦ってなど居られない。
     子供ながらダークネスに抗う心を持つ一樹を救うのだと、佐那子は盾を掲げて吶喊。
     小さな体にぶち当てた。
    「さぁ、よく狙いなさい。でないと当たってあげませんよ」
     挑発の言葉を紡ぐとともに手招きし、肥大化した腕を真正面から受け止めた。
     両足に力を込めて押し返せば、羅刹の体勢を崩すことに成功する。
    「さあこしあん、一樹さんに犬かきの極意を教えてあげてください!」
     すかさず三日月がこしあんに、六文を連打するよう命令した。
     自身は影を刃に変え、六文が打ち据えた胸元を縦に深く切り裂いていく。
    「よーし、未来のナイスガイの為におねーさん遠慮なく殴っちゃうわねー!」
     開いた守りの内側に、肥大化した拳をえぐり込むは寵子。
     全ては一歩を踏み出す勇気を得た一樹を、決断し行動へと移した一樹を救うため。
     無論、他の者達も強い思いを抱いている。
     重ねられていく攻撃の合間に入り込み、影よりも濃く、夜よりも暗く、闇よりもなお深い影で刃を形成した。
     眼鏡の縁を煌めかせ、下から上へと切り上げる。
     更に開いた護りの内側を、雪姫のオーラが撃ち抜いた。
     大きく揺らいだ小さな体。
     縛めるは、登が司る自身の影。
    「手を緩めず、一気に決めるよ!」
    「ええ。神原の手を、無意味に汚させたりなどしません」
     ビハインドのヤトギが背中を打ち据えていく刹那を狙い、佐那子が再び盾をぶちかました。
     勢いのまま押さえつけ、自由な動きを阻害する。
    「……こうまで動きが鈍いのは、一樹くんが頑張ってくれているのかしら?」
     微笑みながら、澪はナイフに炎を走らせる。
     しっかりと見開かれた瞳を、その内側を覗きこみ。
     立ち上る炎で表情を映し出しながら。
     憂いなく切り込めば、羅刹の体は炎上する。
    「まだまだ燃えたりないわよね?」
    「燃え尽きる前に一樹くんだけは救うがなァ!」
     炎ごと羅刹を叩き潰す。
     勢いのまま、螺子は杖をフルスイング! インパクトと共に、救う想いと魔力を爆発させた。
     バンザイをする格好になった羅刹。
     未だ戦意は衰えぬか、体勢を整え直そうと足に力を込めている。
    「一度は倒さなくちゃいけないなら一気に……!」
     させぬと、三日月が影を刃に変えて差し向けた。
     こしあんの横に並ばせた!
    「こしあん!」
     呼吸を重ね、刃を重ね、軌跡を重ね……。
     クロスした残光が羅刹の体を押し返し、仰向けに倒れさせていく。
     眠りゆく横顔に、険の色は存在しない。一樹へと戻り、健やかなる寝息を立て始めていく……。

     介抱の末、公園のベンチで目覚めた一樹。
     まぶたをこすりながら起き上がり、感謝の言葉を述べ始めた小さな頭を、頑張ってみると告げた少年を、螺子がわしゃわしゃと撫でていく。
    「さすが男の子、えらいねェ」
     既に契は交わされていた。
     実を結ぶかはわからないけれど、それでも、一樹は一歩を踏み出したのだ。
     だからこそ、雪姫は真っ直ぐに手を伸ばす。
    「私たちと一緒に来るかい? 君のような力を持った人が他にもいるんだよ。良かったら一緒に行こう?」
    「泳ぎの練習なら手伝うよ」
     登もまた、これからの提案を。
     学園に対して短い説明を行った後、佐那子が笑いかけていく。
    「私も練習に付き合います。地道に頑張りましょう」
    「……うん!」
     元気な返事に迷いはない。
     新たな灼滅者が、ひとまず泳ぐことを目標として誕生した。
     それは、優しい日差しが見守る中、青い空が未来を占う中での事。
     暖かな視線が、言葉が、一人の少年を一回り大きな人間へと成長させたのだ。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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