闇堕ちから半年~抗らい続けた男~

    作者:相原あきと

     人里離れた森の中だった。
     ひらけた場所に1本の大樹、広がった枝葉の下にできる木陰に森の動物達が集まっている。
     そこはまるで楽園のよう。
     その大樹に背を預けて座る1人の男がいた。
     リスや狐、小鳥達といった動物達から仲間と思われているかのように、男は楽園に馴染んでいた。
    「こらこら、髪を引っ張ってはいけませんよ」
     肩に乗った子リスが男の髪を引っ張るが、男は優しくそれを注意する。
     男は中性的で整った容姿に、白く艶やかな長髪と紅い双眸が目を引くスーツ姿だった。
     森の中には不釣り合いだが、その優しげな雰囲気のせいで不思議と森と調和していた。
     ……ふと、男が指を折って何かを数得始める。
    「ああ、そういえばようやく半年が経ちましたか……」
     立ち上がると準備運動とばかりに関節を回し。
    「ふぅ、今や風前の灯火といったところですね……最後はしっかり引導を渡してあげましょう」
     周囲にいる動物達が男の異様な雰囲気に何かを感じ取る。
    「ああ、付いてきてはダメですよ? 最後の仕上げが終わったら、また来ますから」
     そう微笑み動物達に優しく別れを告げると、男は森を駆け抜け、吊り橋を渡り、張り出した山の中腹へと到達する。
     かなりの山奥からついに人里へとたどり着いたのだ。
     男は眼下に広がる小さな町並みを眺めるとニヤリを笑みを浮かべる。
     それは人殺しの冷徹な笑みだった。
    「さあ、鏖殺領域を広げましょう」

    「みんな、急ぎ集まってくれてありがとう。なるべく早く知らせたかったから……」
     教室に集まった灼滅者達を見回しながら鈴懸・珠希(中学生エクスブレイン・dn0064)が焦りを落ち着かせるように深呼吸する。
    「……今回、みんなにお願いしたいのは、六六六人衆との戦いで闇堕ちした学園の灼滅者が起こす事件の阻止よ」
     闇堕ちした灼滅者、名は速水・志輝(操影士・d03666)。
     今から半年前。六六六人衆序列四五一位の辻斬り燕斬が起こした闇堕ちゲームで学園の灼滅者2人が闇堕ちした。
     1人はすぐに発見され、学園の仲間達の説得により闇堕ちから救われることになったが、もう1人は依然として行方がわからないままで……。
    「やっと見つけることができたの」
     珠希が安心したような緊迫したような複雑な表情で言葉をはく。
     予測した未来によると、彼はとある山中から街へと降りてきて、その街で視界に入った人間を片っ端から殺し回るらしい。
    「彼はまだ完全なダークネスになってないの。ただ、彼の凶行を止められず、一般人に被害が出てしまったら……完全に闇堕ちするわ」
     珠希がかぶりを振る。
    「バベルの鎖を回避して彼に接触するには条件があるの……」
     珠希が言うには、志輝に接触するには以下の3カ所しかタイミングが無いらしい。

    ●地点1
     森の中の大樹の下で出発しようとしているタイミングで奇襲する。
     このタイミングでは相手の不意をつけ、また戦闘序盤は周囲の動物が逃げておらず、あえて動物を狙って攻撃をした場合、相手に大きく隙を作ることができる。ただし説得は難しい。

    ●地点2
     森と街をつなぐ吊り橋の上で全員で相手が来るのを待つ。
     100m下は枯れ気味でちろちろと流れる浅い川。橋の幅は約3m、太いワイヤーで組まれた橋である。懸命に語りかければ灼滅者の声が届くかもしれない。

    ●地点3
     街の入り口付近を下校中の小学生の集団10人が通り掛かる所で、ダークネスがそれを発見。灼滅者はそのタイミングで集団とダークネスの間に立ちふさがるように接触できる。
     接触前に余計な事をするとバベルの鎖によって気付かれるので注意。
     ダークネスと接触後、約3分後に別の下校中の小学生集団10人がやってくる。
     ダークネスは灼滅者よりも視界に入った一般人を狙います。
     上記2点に比べると灼滅者の声は届きやすいですが、一般人に被害が出た場合は難易度が上がります。

    「みんなの言葉が届いて説得ができれば、相手の戦闘力も落ちるわ。でも……」
     説得ができなかった場合、戦いは相当辛いものになるだろう。
     珠希は次に志輝の戦闘時の行動について説明する。
     志輝が使うサイキックは影業、バトルオーラ、日本刀、そして殺人鬼のもの。拳術が基本だけど、腕を覆う影の形状を次々と違う武器へ変化させ予測不可能な攻撃をしてくるらしい。
     一応、珠希が見た未来ではその手に日本刀を持っていたようだが……。
    「彼は常に落ち着き払った態度で、丁寧な口調で話してくるの。ダークネスとしての性格が結構穏やかなのかも……でも、六六六人衆であることは変わらないから油断しないで」
     珠希はそこまで言うと灼滅者達の顔を見回し。
    「闇堕ちから半年、彼は未だに一度も一般人を襲っていないの。ずっと……ずっと1人でダークネスの意志に抗らい続けて来たんだと思う」
     孤独に1人で、ダークネスの意志に飲まれそうになるのを必死に。
    「でも、もう限界なの。これが最初で最後のチャンスだと思うから……みんな、お願い!」


    参加者
    泉二・虚(月待燈・d00052)
    ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)
    月雲・悠一(紅焔・d02499)
    一蝶・信志(シンディ・d03095)
    鴨打・祝人(みんなのお兄さん・d08479)
    透峰・深宵(夜を渉る・d09449)
    異叢・流人(白烏・d13451)
    天草・水面(日本和装牧師協会工業科・d19614)

    ■リプレイ


     そこにいたのは中性的な男だった。
     黒いスーツに白く艶やかな長髪が目を引くが、登校中の小学生達は男の紅い瞳と目が合うと同時、本能的に震えだす。
     男――六六六人衆・速水志輝は、影の日本刀を振りかぶると躊躇無く少年へ。
     その瞬間。
     ゴゥと青緑の炎をはためかせ、腕と足を交差するように身体を丸めたまま、鴨打・祝人(みんなのお兄さん・d08479)が飛び込んでくる。
     ガキンッ!
    「子供たちを傷つけさせはしない」
    「灼滅者……ですか」
     祝人を強引に刀で弾き飛ばしダークネスが呟く。
     子供は!? と祝人が心配するが、ナノナノのふわまるがダークネスから離れるよう引っ張ったようだ。異常にガン見している気もするが今はそれどころじゃない。
    「速水志輝、だな。お前を迎えに来たぜ」
     祝人に追いつくように現れた月雲・悠一(紅焔・d02499)が言い、同時に他の仲間達も到着、子供達との間へ立ち塞がった。
    「ああ、彼のお仲間……ですか、邪魔をしないで頂きたい。これから最後の仕上げをするのですから」
     路傍の石でも見るようにダークネスの視線が子供達へと注がれる。
    「お前が守ろうとしたものは何だったのか。そして今、お前が散らそうとしているものは何か。しっかり見据えろ」
     泉二・虚(月待燈・d00052)の言葉にダークネスが首をかしげる。
    「ええ、ですから殺すのですよ? 彼に諦めてもらうために」
     その言葉に僅かに舌打ちする虚、実は問いかけと同時に巣作りを発動させようとしたのだが、周囲に子供達とダークネスが混在する現状、自身を中心に発動してしまう巣作りは諦めざるを得なかった。
     虚の様子に気づいた悠一が殺界形成を発動させる。今いる子供達、そして3分後に現れる子供達にもこれで影響を与える事ができるだろう。
     さらに一蝶・信志(シンディ・d03095)が割り込みヴォイスで誘導し、天草・水面(日本和装牧師協会工業科・d19614)がパニックテレパスを使用する。
     その結果、パニックになった子供達は信志の言うことを聞いた一部をのぞき、てんでバラバラに逃げだそうと――。
    「待て」
     ピタリ。
     静かに通る声が子供達の動きを止める。
    「此処は危険だ。俺達の後ろへ、早く此処から離れるのだ」
     異叢・流人(白烏・d13451)の王者の風を併用した指示。
     そう、灼滅者達の誘導は流人の指示までで一つの流れだった。
     子供達が怯えながらも指示通りに逃げ始める。
     だが、ダークネスは動かない。まるで灼滅者達を見極めるように……。
    「何人か子供と一緒に行け」
     その違和感に最初に気づいたのはヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)だった。それはかつて受けた訓練のたまものか、ダークネスが未だに子供を狙っていると自身の勘が告げていた。
    「オラとライ太が行くッス」
    「俺も行こう」
     水面がライドキャリバーと共に子供の先導を行い、警戒しつつ流人も誘導に回る。
     ダークネスがわずかに目を細める。
     子供と灼滅者達の距離が離れ、視界に入るギリギリで殺そうと思ったのだが……。
    「ちょっと! 弱い存在を嬲ることで志輝の心を折ろうっての? だったら大好きな動物でもいいじゃない」
     挑発的な信志の言葉に、ダークネスが本気で理解できないような顔で。
    「人を殺すと彼にとっては大変ショックらしいのです。それに、なぜ私が好きな動物達を殺す必要があるのか……理解できませんね」
     やれやれとジェスチャー。
     どうやら誘導も挑発も効くような相手ではなさそうだ。実際に目の前で動物を殺せば別だろうが……森の中でもない今、それは難しい。
    「みんな、任せるわよ」
     信志は挑発を諦め子供達の後を追う。まずはこの子供達を安全なところまで……。
     さすがのダークネスもそれ以上の深追いはしなかった。
    「ひとつ、いいでしょうか」
     透峰・深宵(夜を渉る・d09449)がまるで先生が生徒に質問するように。
    「そちら側は楽しいですか?」
    「?」
    「こちら側は楽しいですよ。なんと言っても自由がある。組織や序列に縛られるなんて莫迦らしいと思いませんか? そりゃ、灼滅者の使命なんて物もありますけど普通の学生と変らないように生きることもできる」
    「私は組織も殺人階位もダークネスの使命も興味ありません」
     ズズズとダークネスの影が一回りも二回りも広がったような。
    「ただ、鏖殺領域を広げ、人型を殺せれば良いのです」
     笑みを絶やさずただ殺意を高め宣言する。
     深宵は知る。
     これがダークネス、人の常識や認識は通じず、お互い理解できる存在では無いのだ、と。
    「その刃は本来、人を仇す敵を討つ為のものだ。かつてのお前がそうだったように」
     ヴァイスの影とオーラが具現化を始める。
    「いいえ、刃とは本来、命持つものを殺す為のものです。今の私が思うがままに」
     お互い高まる殺意と闘気。
     ダークネスが影の日本刀を構え。
    「さあ、鏖殺領域を広げましょう」
     ダークネスを中心に解き放たれた黒い殺気が、まるで闇のように広がっていった。


     ダークネスの殺気が質量を伴って後列を襲い続ける。
    「『志輝』には誰も殺させない」
     深宵を悠一が庇い、そのままグローブシールド【アグニ】を構えて突貫、殴りつける。
    「そして、俺達もお前を殺さない」
     ダークネスに直撃したと思われた攻撃だが、見ればいつの間にか影のトンファーが構えられ、悠一の攻撃を防いでいた。
    「ならば、何をしに来たのです」
    「助けに来た」
    「くだらない」
    「黙れよ! ダークネスに用は無い、引っ込んでやがれ!」
     悠一が戦槌を構えて叫ぶが、ダークネスは影のトンファーをハルバードへと変え頭上で振り回し始める。
     そのまま強烈な一撃を繰り出す――その瞬前、地を這うように接近したのはヴァイスだ。己が影を小回りの効く短剣へと変えダークネスの胸を狙う。
     だが、ダークネスは片手でハルバードを回したまま空いた手に影のダガーを出現させヴァイスの一撃を受け止めた。
    「殺す事だけが目的なら、元より貴賤など持たないのが殺人鬼の道理。血刃を人に向ける事を良しとせず、衝動に抗い続けた結果……それがお前だ」
     ブンッ!
     頭上から振り下ろされる攻撃を即座にバックステップでかわすヴァイス。
    「否定はしません。だからこそ半年も待ったのですから。もっとも、彼は死ぬ間際、風前の灯火ですが……」
    「生きていれば可能性は残る。死ぬよりましだ」
     ダークネスの言葉に虚が返答しつつ、死角から日本刀を煌めかせる。
     とっさに前へ飛ぶダークネスだが、僅かにふくらはぎを斬り裂かれた。
     距離を取ったダークネスに虚が続ける。
    「速水よ、無論生きているのだろう? お前の覚悟は生きることにあるのならば、闇の中でいい。声にならずともよい、応えよ」
     ダークネスが一拍待つ。
     それはまるで姿無き誰かと会話をするかのように。
    「子供が易いと思っていましたが……人を殺す、それで十分彼の心は死ぬでしょう……」
     ダークネスの殺気が明らかに灼滅者達へと向けられた。
     そして――。
     
    「僕は……まだ……」
     深宵の魂が肉体を凌駕し、再び立ち上がる。
     だが。
    「ふわまる!?」
     祝人の声もむなしく、深宵と共に列攻撃をくらい続けたナノナノのふわまると、深宵の霊犬が倒れ動かなくなる。
     祝人は一度だけかぶりを振ると、即座に気持ちを切り替えダークネスへ影を飛ばしその片足を地へ縛りつける。
    「半年も迎えにいけずすまない……! でもよく耐えたな、さぁ、自分を取り戻すんだ!」
    「無理ですよ。彼は闇にのまれて意識の欠片すら無いでしょう」
     ダークネスが影を日本刀に変え、足を縛る祝人の戒めを斬り払う。
    「どうだろうな。お兄さんも闇に堕ちたことがある。でも仲間の声で帰ってきた。彼なら帰ってこれるさ」
    「理解できませんね」
     言うと同時、ダークネスが一足飛びに深宵へ。
     祝人と悠一が反応するが、ダークネスは日本刀を槍へと代え、一気にリーチを伸ばす。
    「しまっ――」
     これで2人は届かない。突き出された槍が深宵へ。
     ずぶしゃッ!
     血の花が……2つ、咲いた。
     深宵の前には白髪の青年――流人。
     ダークネスの槍を受けた肩から血を流すも、カウンターで放った槍の一突きはダークネスにも同様の傷を与えていた。
    「ちっ」
     ダークネスが肩を押さえて後退する。
     流人は自らの禍々しい黒き槍を振り血糊を飛ばすと。
    「お前こそ命の大切さを理解した方がいい。もっとも、大切さも尊さも、本当のお前は理解していたはずだがな。そうだろう?」
    「それに、半年も耐えたその心の強さ、台無しにしちゃうなんてもったいないわ!」
     子供の避難が終わったのだろう、流人に続き信志と水面も現れる。
    「無駄ですよ。彼の心は消滅寸前です。今更――」

     ドゥルルルルンッ!

     ダークネスの言葉を遮るように水面のライドキャリバーがエグゾースト音を轟かす。
    「無駄とか言ったッスね? そんな事は無いッス! オラ達の戦いを見れば、速水さんにはきっと伝わるッス」
    「何が伝わると言うのです」
     水面の言葉に笑みを浮かべるダークネス。
     一歩前に出た水面が言う。
    「証明してやる……。俺達の、学園の力を!」


     ダークネスの猛攻は続く、最初に落ちたのは深宵だった。
    「帰って来たら一緒に楽しみましょう。限りある人生を」
     影の日本刀に胸をえぐられ、口から血を垂らしつつ呟き、倒れる。
     ダークネスは興味なさげに深宵の胸から刀を抜くと、後ろも見ずに上へと跳躍する。
     瞬後、大地にライドキャリバーの機銃が掃射された。
     もちろん戦いと共に説得も続く。
     大地に降り立ったダークネスが、それと同時に祝人へとダッシュし両の拳で殴りつけてくる。
     咄嗟に腕をクロスし耐えきると。
    「自分の未来は自分で変えろ! 君には抗える力があるはずだ!」
     祝人はオーラを治癒に力に変換して回復する。まるで志輝が戻るまで倒れる気は無いと行動で示すかのように。
     さらに祝人に癒しの矢が飛ぶのを確認し、ダークネスが矢の飛んで来た方――水面へとターゲットを変える。
     手の影が巨大な大鎌へと変わり、その場で振り切ると空間を切り裂くように後列へと衝撃波が走る。
    「ライ太!?」
     水面を庇ったライ太が倒れつつ、最後にブォンとふかして動きを止める。
     水面はライ太から視線をはずし、ダークネスをにらむ。
    「貴方はかつての依頼で、犠牲者を走馬灯使いで見送るという歯がゆい経験をしたッス。……でもその後の依頼で四五一番相手に一般人を全員守ったじゃあないッスか!」
     それは水面が志輝を助ける為にいろいろ調べて知ったことだ。
    「あと少しッスよ! 貴方がこっちに帰ってくればオラ達学園の完全勝利ッス!」
     ダークネスが大鎌を影に戻すが――。
    「くっ」
     灼滅者達は見る、影が……まるで自意識があるかのように、なかなか形を崩さなかったのだ。
    「帰ってこい」
     間隙を縫うように流人が。
    「お前が望むは命を強奪するような殺戮だった訳では無かろう?」
     ダークネスの中で半年前の記憶が蘇る。
     なぜ……今……。
     ほぼ同時、ダークネスの足下から影が波打つように噴出した。
     影は斧に、剣に、槍に、ナイフに、次々に姿を変えては元に戻る。
    「くっ、はっ……最後の仕上げと山を降りたのは……失敗でしたか……」
     苦しげにうめくダークネス。
    「いや、ここで彼らを殺してしまえば……結果は変わら、ない」
     影の暴走が収まり、ダークネスは再び落ち着きを取り戻す。
     だが、表情は……。

     戦いは終わらない。
     すでに一度倒れつつも、再び立ち上がった悠一が。
    「必ず連れて帰る。だから、もう少し耐えてくれよ!」
     気持ちを乗せた言葉と共に戦槌を振るう。それは悠一の血を媒介にいつも以上の推進力でクリティカルヒットし、ダークネスが吹き飛ぶ。
     だが、飛びつつ片手で大地を掴むと、ダークネスはそこを起点に着地、体勢を整えた。
    「あなた達の方が先に死ぬかもしれないと言うのに……なぜ彼を必死に助けるのか……」
    「仲間を助けるのに……理由が、いるかよ」
     息も絶え絶えだが、笑みを浮かべて悠一が言う。
    「アタシ達だけじゃないわ」
     悠一に防護符を投げつつ信志が言い、ダークネスがそちらを向く。
    「アンタの帰りを待ってるコが、顔馴染みの鳩とかにゃんことか、いるんでしょ?」
     ダークネスが膝を付く、それはここまで戦い続けた傷故か、それとも……。
     確実なのは――今がチャンスだった。
    「本当は人を殺したくない……だからこそお前は人里を離れ、今日まで耐えてきた」
     ヴァイスが志輝へ聞かせるように。
    「喪われた誇りを、本来の自分を取り戻せ」
    「黙りなさい……」
    「立ち上がる刻は、立ち向かう刻は、紛れもない『今』だ!」
    「黙れと言っているんです!」
     ダークネスから今までで最大の殺気がほどばしり、拳に影を纏ったままヴァイスへと一直線に飛びかかってくる。
     拳の影は迫りつつも次々と姿を変える。
     ――サウザンドウェポン。
     ダークネスが唯一名付けたその技は、影を様々な武器に変えつつ連撃を繰り出す回避不可能の必殺技……そのはずだった。
    「なっ!?」
     ヴァイスは突き出された日本刀を紙一重で避わし、下から突き上げられた斧を踏みつけ、左右から迫るナイフとピックを具現化した己の武器【虚空の影】と【虚空ノ幻】で打ち払い、受け、弾き、回避する。
     それは、今まで戦いながら積み重ねたバッドステータスの効果だった。
    「耐え続けたその意識で抗え、そして戻ってこい、再び学園の仲間とまみえる為に」
     虚の声、それは攻撃を繰り出すダークネスの背後から。
    「自らの影を律せよ、その為に踏み出すならば……今、力を貸そう」
     大上段に振りかぶられた虚の日本刀、そこにダークネスの意識がそれた瞬間。目の前のヴァイスもまた己が影を日本刀に変え、緋色のオーラが刃に走る。
    「戻ってこい、速水よ」
     ざ、斬ッ!
     輝く上段からの一刀と、紅の横薙ぎの一刀がダークネスを切り裂いた。
     1歩、2歩……そして大地へダークネスが倒れ伏す。
    「安心しろ、お前を灼滅はせん」
     僅かにダークネスが目線だけを動かせば、虚が見下ろしていた。
    「お前を律した上で処理をするのは速水自身だ。あくまで私たちは彼の補助にすぎん……故に、今は戻るがいい」
     影は完全に力を無くし、けれど最後にダークネスは口を開く。
    「い、いいでしょう……私はまた、眠るとします……半年でも数年でも、いつ、まで……も……」


     周りを見れば心配そうに自分を覗きこむ顔、顔、顔……。
     ふと、顔の前に何かが突き出された。
     それは白米のおにぎり。
    「お兄さんお手製さ」
     茫然としつつも一口かじる。
     それは人の味がした。優しさの味がした。
     同時、ここに戻ってこれた事に感謝がこみ上げる。
     長く、辛い、半年だった。
     抗らい、抗い、あがらい続け……そして、速水・志輝は、今やっと、この世界へ再び帰ってきたのだった。

    作者:相原あきと 重傷:透峰・深宵(夜を渉る・d09449) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 10/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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