殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

    ●もしくは、縛りつけるもの
     言葉は『凶器』だ。
     例えるならば、耳を劈き体中に廻る毒薬。
     或いは、心の臓をぐちゃぐちゃと切り裂くナイフ。
     狂気を孕んだ凶器として簡単に人を追い詰め、最終的には死へと突き落とす。
     それも直接でない、『間接的』に。
     だからこそ皆は口を揃えて言う。『自分は悪くない。勝手に死んだ奴が悪い』と。
     ――ああ、馬鹿げてる。

     物置からピアノ線を手に入れ、私は自宅を出る。
     一度だけ、居間へと通じるドアの方へと振り返って頭を下げた。
     学校から帰ってきたばかりだけれど、ごめんね母さん。すぐに帰ってくるから。
     ――首を吊って『殺された』母さんを下ろすのは、後回しになってしまいそうだ。
    「……殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ」
     無意識に私は呪言のようにそれを唱え続ける。
     ああ、やはり言葉は『凶器』だと確信した。
     口にすることで、殺したいっていう想いが加速するのだから。
     
    ●袖裂・サツカという名の少女
    「殺すべきは、彼女の殺人衝動だけだ。……もしくは、彼女自身か」
     その背景に、どんなことがあろうとな――神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は冷徹にそう切り出した。
     彼は信頼を込めたその眸で、集まった灼滅者達と目を合わせた。
     そののち、手元の資料を開いてさらに説明する。
    「サイキックアブソーバーからの呼び声によると……だ。或る少女が六六六人衆へと堕ち始めているらしい。
     お前達には、彼女の対応を頼みたい。出来ることならば救出を。最悪の場合は……」
     新たなダークネスの誕生によってさらなる被害がもたらされぬように。
     灼滅――そうする他ない。
     その少女の名は袖裂・サツカ(そでさき・‐)。
     気が強く凛とした性格でありながらも、家族想いで優しい心を持っていたのだという。
     ――だがそれは、ある事件が起こる前までの話。
    「ある事件……っていうのは?」
     灼滅者の一人が思わず発した疑問の声に対し、ヤマトは深々と頷いたのちに補足する。
    「彼女の父親は数ヶ月前、殺人罪を犯して逮捕された。
     故に袖裂・サツカと母親は、周囲の人間から『殺人者の家族』として非難や嫌がらせを受けていたんだ。
     ……世間の目っていうのは、そういうモンだ。袖裂・サツカはそれらを浴びせられる度、殺人衝動を抑え込んでいたんだろう」
     そして、今。数え切れない程の糾弾に耐え切れず、遂に母親は娘の居ぬ間に自ら死を選んだ。
     愛していた母の変わり果てた姿は、抱え込んでいた『殺人衝動』を爆発させるに充分な衝撃だっただろう。
    「母親は『心無い言葉によって殺された』と袖裂・サツカは思い込んでいる。
     ……説得するべく声を掛ける際は、くれぐれも気をつけてくれ。
     謂わば『地雷』ってヤツか。触れてはならないモノっていうのが、彼女の中にある気がするんだ」
     未来予測が曖昧にそう告げているものの、その地雷が何なのか分からない。
     ヤマトはエクスブレインという立場上、安易な推測を断言することはできなかった。
     袖裂・サツカは殺人鬼のサイキックだけでなく、ピアノ線を鋼糸替わりに攻撃してくるという。
     灼滅者達が戦闘する際は、彼女の自宅が妥当だろうとヤマトは語った。
     時刻は夕方。袖裂・サツカが近隣住民を皆殺しにする前に自宅へ突入してくれ、と。
     そして一旦、深呼吸を済ませてヤマトは低いトーンで言葉を紡ぐ。
    「何か思うことがある者も、いるだろうか。
     袖裂・サツカの母親は戻って来ないし、彼女等を迫害した人間達が罰せられることもない。
     だが……言葉で人を救うことはできる。今まで積み重ねてきたお前達の成果が、それを物語っているだろう」
     だから彼女にも、胸を張って『凶器』を否定できるように。
     エクスブレインは、灼滅者達に未来を託した。


    参加者
    芹澤・朱祢(白狐・d01004)
    野々宮・遠路(心理迷彩・d04115)
    マリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)
    皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)
    音無・彩(アンチスピネルの心臓・d14693)
    今井・来留(小学生殺人鬼・d19529)
    牙鋼・侍狼(ヴェノムズゲノム・d20111)
    雪佐里・鈴奈(中学生殺人鬼・d21057)

    ■リプレイ

    ●埋め尽くす言葉
    『人殺し』『恥を知れ』『犯罪者一家』
     かつてはごく平凡であっただろう袖裂宅は、罵詈雑言の張り紙が大量にへばりついていた。
     それはこの閑静な住宅街では浮き過ぎている、余りに非凡な光景。
     塀から玄関まで埋め尽くす、非難の言葉たち――その一枚を剥がし、怒りを籠めて握り潰したのは野々宮・遠路(心理迷彩・d04115)の手だった。
    (「何も分からないくせに、正義面で無責任に……ッ!」)
     然れど、激情を露わにしたのはその一時だけ。眼鏡の奥の眸をそっと伏せ、遠路は息を吐く。
     ――見えぬ敵よりも、何よりも。先ずは目前の救うべき存在を、改めて見据える為に。
     夕暮れの道に伸びる、新たな影法師。それはゆっくりと、こちらへと近づいてくる。
     八人の灼滅者達は各々物陰へと隠れ、距離を置いて袖裂宅の様子を見やった。
     仄暗い面持ちで玄関へと向かう、一人の少女。あれが袖裂・サツカだろう。
     サツカは張り紙に気を留めず、淡然と自宅へ入ってゆく。
    (「苦しい思いの果て、もはや嫌がらせは日常茶飯事になっているのですね。……けれど」)
     皇樹・桜夜(家族を守る死神・d06155)は息を潜めながらも、悩ましげに思いを馳せる。
     懸念するのはサツカの未来。闇へと堕落し、今以上の苦痛に苛まれてしまう前に――手を、差し伸べなくては。
     灼滅者達は互いに頷き――今だ、と合図を送り合い、サツカを追うようにして袖裂宅へと侵入した。

     不気味な程に、室内は静寂に包まれている。
     袖裂宅の間取りは複雑でなく、居間は玄関のすぐ脇に配置されていた。
     居間へと通じる扉を開こうと、ドアノブに手をかけた――その時。
    「……誰だ?」
     ドアを挟んだ居間内から響いてきたのは、少女の威圧。凛と研ぎ澄まされた、刃物のような声だ。
     それに応じるべく、灼滅者達はそっとドアを開いて姿を見せる。
    「こんにちは、サツカさん」
    「ナノナノ」
     マリーゴールド・スクラロース(小学生ファイアブラッド・d04680)が礼儀正しく挨拶したのち、ナノナノの菜々花も愛らしくぺこりと頭を下げた。
     侵入者が八人もの大人数――と、宙に浮かぶ未知の生物だとは予想だにしなかったのだろう。
     サツカはほんの少しだけ目を見開いたものの、すぐさま不審の色を瞳に宿して灼滅者達を睥睨する。
    「勝手に入ってごめんなさい。張り紙の内容があまりに酷くて、気になってしまって」
     出来うる限り彼女の警戒を解かすべく、雪佐里・鈴奈(中学生殺人鬼・d21057)が先ず述べたのは詫びの言葉だった。
     張り紙を示すように玄関の方へと視線を送れば、「……そう」とサツカは冷淡に一言こぼす。
     彼女の背後でゆらり、ゆらりと人影が揺れる。物言わぬ母親は、今もなお宙吊りにされたまま。
    「……降ろして、やんねぇの? しんどいじゃん、ずっとそんな格好じゃ」
     訊ねながら芹澤・朱祢(白狐・d01004)は母親を見上げたのち、その娘へと視線を戻す。
     このままでは苦しみ続けるだけだろう。母親が、またはお前自身が。そう、言外に仄めかして。
     一瞬、サツカの視線が泳いだ。
     首を絞められたままの母親を放置して、私は何処へ行くのだ――?
     迷いを見せるサツカに気づき、音無・彩(アンチスピネルの心臓・d14693)が前へ出でる。
    「……お母さんを、降ろしてあげて? それ以外に『今』しなければならないことなんて――本当は、本当はないはず」
     今までずっと共に過ごしてきた家族の事を、全て忘れてしまわぬように。その背を振り返って、と。
     鮮烈なカシスソーダの双眸は凛と、揺らぎのない視線と共に願いを送る。
     袖裂・サツカは敗北を認めたかのように、ぐったりと深くうつむいた。制服の袖から伸びるのは、異質な輝きを孕んだピアノ線。
     天井に吊り下がる縄を瞬時に一閃し、ふわりと落ちる母親を抱きとめて部屋の隅に横たわらせた。
     赤紫に変色した顔。首筋に残る縄の痕。
     苦しみの中で息絶えた人間へと手を合わせ終えたのち、鈴奈は落ち着いた声音で訊ねる。
    「何が、あったのでしょうか」
    「悠長に話している時間はない。私はもう往く」
     娘としての役を終え、再び復讐者へとその顔を変貌させて。
     問いに答えることなく、サツカは踵を返す。
     だがそれを制すべく、牙鋼・侍狼(ヴェノムズゲノム・d20111)は目の前へと立ち塞がりながら殺界形成を解き放った。
    「おっと、通すワケには行かねぇな……今だけはこの面子以外、誰も来ねぇ」
     宣したのち、射抜くような眼光を復讐者へと向ける。
    「私は、母を追い詰めた奴等を赦せない。言葉で母の首を締め付け、地獄へ突き落とした……紛れもない人殺し達だ」
     袖裂・サツカも負けじとばかりに睨み返すものの、彼女から忌々しい『業(カルマ)』が漂ってこない事を、侍狼はその嗅覚で解した。
    (「幾らだって方法はある。復讐は止めねえ。だがな――」)
     取り返しのつかない『業』を背負えば最後、この少女は己の一生を悔やむだろう。
     此処で引き下がる理由はない。
     痺れを切らしたサツカが距離を置くべく後退したのち、ぎりぎりと音を立ててピアノ線を手繰り寄せた。
     相手は無言のままではあるが、その行為は『宣戦』に等しい。
    「戦うの? じゃあ――宜しくね♪ あははっ♪」
     七人の背後からひょっこりと顔を出したのは今井・来留(小学生殺人鬼・d19529)だった。
     笑みを描いて八重歯を覗かせ、笑い声を弾ませる。無邪気さの裏から、這い出るような狂気を潜ませて。
     灼滅者達は殲術道具を瞬く間に展開させてゆく。
     八人と、二匹。数では圧倒的に不利ではありながらも、サツカは怖気づくことはなかった。
    「……どうしてこうも、人は後ろ指をさすのだろうね。標的が見つかれば、有毒な言葉を散弾銃みたいにバラ撒く。
     ――ねえ、教えて。私は誰を殺せば良い?」
     宵闇の如き殺気を漂わせ――滔々とした言葉と、ピアノ線を紡ぎ続ける。

    ●語らい
     なんて無鉄砲だ、と侍狼は感じた。
     このまま暴れて罪を背負えば、今まで自分達を攻撃してきた奴等と何ら変わらないというのに。
     彼女が奴等と同罪になる必要はあるのか? 寧ろ、責任も取れず攻撃しかできないような腑抜け共は――殺すに値しないだろう。
    「もし殺したとして……その先はどうする? 一番の仕返しってのはそうじゃねえだろ」
     そう告げた直後、デモノイド寄生体が生み出した強酸液を噴出させる。
     唐突な攻撃を上手く躱すこともできぬまま、サツカの身体はじわりじわりと毒のように腐食されていった。
     痛みに耐えながら、サツカは逆に問う。「ならば私は、どう在るべきなのだ?」と。
    「心無い悪意が本気で許せないなら、あんた自身のヤケクソも許すな。
     ……一生かけて、奴等がしでかしてきた『業』を突きつけてやれ」
     咎を背負うくらいならば、その胸に覚悟を決めろ。力強い言葉で語り、侍狼はサツカを叱咤する。
     侍狼の言葉は余りに真っ直ぐで、闇に堕ちながらも納得したサツカはくすりと微笑を溢す。
     だが、爛々と煌めくその瞳は、未だ殺意を抑えようとはしなかった。
     それを見定めたのか、来留が楽しげな笑みを綻ばせて足元の影を紐状にほつれさせる。
     揺らめく黒の触手がサツカを絡め取り、さらなる捕縛を与えた。
    「……ッ!!」
    「あははっ♪ やっぱり、同じだね♪」
     サツカに睨まれようとも、来留は変わらず愉快そうな笑顔のまま正直に言い切った。
     一体その言葉が何を意味するのか――来留自身はそれをはっきり示すつもりはないけれど。
     隙を見やり、漆黒の振袖を翻して桜夜が駆け抜けた。
     その姿勢は大胆不敵にも好戦的。普段の楚々とした立ち振る舞いからは想像もつかない程に。
     テーブルや、ソファー――置かれた家具を足場としながら、狭い室内であろうと難なくサツカへと距離を詰めた。
    「袖裂さん……私はこのまま、見過ごすことはできません」
     そう静かに告げ、刀を振り抜く。死角へと踏み込み腱を斬り裂くと、サツカは呻き声を漏らしてぐらりとよろめいた。
     彼女を見つめ、桜夜は再び想う。眼前の少女が完全にその闇を受け入れてしまえば――きっと全てを忘れてしまうだろう。
     後悔を感じる事、数々の苦痛に耐えてきた事。そして何より、家族の存在を。
     もし彼女が、自分だったなら? 守るべき大切な家族を忘れ去ってしまうなど、余りに末恐ろしい。
    「貴女を助けたい。いいえ、絶対に助け出します」
     刀の柄を強く握り、体勢を構え直す桜夜。一閃、一閃に、己の願いを込める為に。
    「ふふっ……私を助けて、何になる?」
     自嘲じみた笑いを湛えるサツカ。
     身に宿る憤怒を吐き散らすが如く、全身から溢れ出させるのは黒々とした殺意の霧。
     サツカの攻撃によって身体を蝕まれながらも、遠路は鋼糸を絡めた指を緩やかに躍らせる。
    「あなた方を傷つけた人達を許せとは言いません。あなたが辛い思いをしたことも、心ないことで奪われたもののことも……」
     眇めた己の目に映るサツカは、かつて愛していた『彼女』で無い。それは無論、遠路自身も重々理解している事実だ。
     ならばせめて――『彼女』と同じ末路を辿らせず、眼前の娘を救い出せるように。
     感傷を振り払うべく放った糸は、サツカの全身を縛り付けて動きを鈍らせる。
    「少しだけでいい、憎む言葉を止めて欲しい」
    「嫌だ……殺して、やる……!!」
     遠路の言葉に対し、歯を食いしばりながらサツカは重たい足取りで灼滅者達へとにじり寄る。
     その行く手を遮るべく、マリーゴールドはロッドを大きく振りかぶる。
     同時に彼女は、心を痛めていた。何故、人は闇にその身を堕とさずとも残酷になれるのか――。
     サツカの復讐を止める権利など、唐突に乱入した自分には無いかもしれない。
     だが闇に堕ち、家族を侮辱し続けた人々の思惑通りになる未来を、彼女自身は望むのだろうか?
    「サツカさんの怒りは他の誰にも否定できないです。でも、だからこそサツカさん自身に否定して欲しいです。ご家族の為にも」
     マリーゴールドが真摯に語りかけながら、魔の力を流し込む。
     内側からの爆発で大きな打撃を受けたサツカは、口からごぽりと血の塊を吐き出してゆらりと崩れ落ちる。
    「家、族……? 母、さん……『父さん』……」
     その衝撃のさなか――彩の『家族』という言葉に反応し、サツカはそうぽつりと溢した。
    『家族想い』――それは母親だけでない、過ちを犯してしまった父親に対しても愛情があったということ。
     その事実を確認し、朱祢は思わず安堵の溜め息をついた。
    「やっぱお前は、違ったみたいだな」
     自分は昔も今も、父を厭う身ではあるけれど。
     そのまま拳と影に紅煉を宿し、肉薄する朱祢。
     家族との記憶を彼女が思い出しかけているのならば、きっとあるはずだと彼は信じた。
     毒やナイフなどという『凶器』ではない。
     日常という幸せを彩る、ほんの小さな『光』のような言葉を向けられたことがあるはずだろう、と。
    「悪い方にばっかり捉えんなよ。言葉は音。音は、耳さえ塞がなきゃどこにでも届く」
     そこで区切って息を継ぎ、振りかぶった炎を彼女の懐へ撃ち込む。
     彼女自身の耳を塞ぐように、心に巣食う黒いモノが帳を下ろしているというのなら――それを塵も残さず灼き切る為にも。
    「『大丈夫』だから、戻って来い! 光を辿れ!」
     振り返れば、必ず其処にある。迷い子を導く標を、朱祢は真っ直ぐに指し示した。
     対するサツカはぐ、と苦しそうに唸りながらも、傷を受けた箇所を癒す術もない。
     床に伏したまま、満身創痍となった彼女は次に備えるべくピアノ線を繰り続けた。
     その間にも鈴奈はナノナノ達と共に、手を止めることなく仲間達を援護する。
     余裕を得たところで、再び静かな声音でサツカへと語りかける。
     そしてふと、袖裂家を糾弾し続けたニュースや噂話を思い返す。
     果たしてあれらは、本当に『真実』を全てあらわしているのかと問われれば、答えは否だと鈴奈は言い切れた。
     サツカの父――そして彼を想う家族の『心』までは言葉として表現されないのだから。
     それ故に絶望の淵に落とされる者と、それをただ安全圏から囃し立てる者が存在する。
     彼女等をただ傷つけるのは、そんな簡単な事すら想像できぬまま思考を放棄した者達だろう。
    「私もきっと、貴女の本当の辛さはわからない――。でも、沢山の優しい言葉が在る事を、貴女に知って欲しいから」
     ――このまま闇に堕とさずに、サツカを救(たす)けたい。
     願いと同時に鈴奈が放出した、夜に立つ霧は灼滅者達の傷を徐々に癒していった。
     海を泳ぐ魚のように淀み無く、彩が疾駆する。
     再び立ち上がったサツカへ目掛けて、力強く組み付いた。
    「負けないで……生きて、生きて、生きてよ。袖裂さん!」
     彩が叫ぶのは『死』を嘆くサツカと対極を成す、『生』を渇望する言葉。
     己の心は常に宿敵への殺意に満ちている。ふとした切欠で闇に堕ちようとも、おかしくないほどに。
     しかし憎き相手を殺す為だけに生きようとする、袖裂・サツカが自分と似寄っていると感じたから。
     故にこの喉が潰れようとも――差し伸べる腕が千切れようとも、構いやしない。
    「譲れない憎悪に支配されることもあるけれど……それに流されるなんて、誰より家族がそんなこと望んでない」
     我が身に宿る限りの膂力を以て、大きくサツカを投げ飛ばす。
     床へと激しく頭を叩きつけられた衝撃は、母の死を目撃した時と同等か。
     一瞬、目頭や目尻が裂いてしまそうな程に目を見開いたサツカは、その後にぐったりと力なく、眠るように目を伏せる。
    『復讐者』としての自分が死んだが故の、走馬灯が見終えたのか。すぐにゆっくりと目を開いたのち、
    「……ごめんね……ごめんなさい」
    『高校生殺人鬼』袖裂・サツカは弱々しく、謝罪の声を漏らした。

    ●言霊
     真っ先に感じたのは、ぬくもりだった。
    「袖裂さん……おかえりなさい」
     人として還ってきたサツカを、彩が抱きしめる。救出の成功を心から噛み締め、彩の顔は何処か安らいでいるように見えた。
     対するサツカは涙に濡れた顔のまま、何度も頷いた。
     言葉では言い表せない、大きな感謝を灼滅者達へ抱いて。
     家を汚す張り紙を掃除したのち、遠路は自分達の身の上を明かした上でサツカに問いかける。
    「袖裂さん――良ければ僕達と行きませんか? 学園は、そう悪い場所ではないですよ」
    「……学園?」
     今の高校でも、彼女はきっと偏見の目で見られていることだろう。
     故にサツカは思い詰めたような顔をしたのち――明るい笑顔で、前向きに検討すると応じてくれた。

     この世に悪意は数知れず。
     言葉は凶器となり得ることもあるが――時にはささやかな幸せや、大きな救済を生む。
     きっとそれは当たり前のようでいて、気づき難い事実なのかもしれないけれど。

    作者:貴志まほろば 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 1/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 0
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