澄んだ奈落に鳩は飛ぶ

    作者:中川沙智

    ●黒鴉と白鳩
     どうしてこうなったんだなどという思考は、とうに捨てた。
     目の前に横たわるのは現実だ。身体に漲る力を揮う事に抵抗はない。だがこの力を扱う事に飽いた時にどうなるかを、本能で悟っている。ぞわりと肌を悪寒が撫でる。
     そうなってしまうのは、御免だ。
    「今日は……はした金だな」
     住宅街の一角、強盗に押し入った家には幼い兄弟がいた。泣き叫ぶから縊り殺した。母親が仕事から帰ってきた時どんな顔をするかは見物だったが、そこまで待つほど愚かではない。
     金目のものを探したが、ろくな収穫は得られなかった。
     それでもいいかと薄く笑む。
     生活に困っているというわけではない。
     手応えがあればいい。欲を満たせればそれでいい。
     力を揮い思うままに悪事を働けばいい。
     それで、いい。
    「――実に興味深いね、貴方は」
     気配を感じさせなかった。
     咄嗟に振り向くと、一筋の汗が流れる。目の前にいたのは端正な美貌を湛えた一人の少年。
     白に近い金髪は真直ぐでさらりと音を立てそうだ。肌も、長い睫毛を備えた瞳も色素が薄い。一見すると儚げな印象すら与えるが、その存在感は『そうではない』と明確に知らしめる。
    「少し話をさせてもらってもいいかな」
     少年は幼子に問いかけるように、優しく尋ねる。
     
    ●奈落の先に
    「デモノイドロードのことは知っているわよね」
     念を押すように呟いてから、小鳥居・鞠花(高校生エクスブレイン・dn0083)は資料を捲る。
    「普段はデモノイドヒューマンと同じ能力を持っているけれど、危機に瀕すると『デモノイド』の力を用い、デモノイドとして戦う事ができる……まるで自分の意志で闇堕ちできる灼滅者。厄介な事この上ないわ」
     更に面倒な事態が起こっていると鞠花は言う。デモノイドロードが事件を起こした場所にヴァンパイアが現れ、デモノイドロードを連れて去っていくという予測が出たというのだ。
     クラリス・ブランシュフォール(蒼炎騎士・d11726)の『デモノイドロードを自勢力に取り込もうとするダークネスが現れる』という懸念が現実となってしまった形だ。
    「現時点ではヴァンパイア勢力との全面戦争は避けなきゃ駄目よ。事件を穏便に解決するには、デモノイドロードが事件を起こしてから、ヴァンパイアが現れるまでの短い期間に、デモノイドロードを倒さなければならないわ」
     ややこしい状況だけどよろしくね。そう告げて、詳しい話をするわねと鞠花は資料を指し示す。
    「さっき『デモノイドロードが事件を起こした場所にヴァンパイアが現れる』って言ったけど、今回の現場は厳密に言えば少し違うわ。件のデモノイドロードが隠れ家に戻ってその日の戦利品、まあ金品や貴金属の類を確かめているところ――そこよ、皆が隙を衝けるのは」
     事件そのものは止めようがないが、隠れ家でデモノイドロードを灼滅することは出来る。
     そこは平屋のアパートの一室だ。保証人もなしに借りられるだけのことはあるようで、周囲は治安も悪ければ環境も悪い。しかも鞠花が指定した時刻は夜。学生が出入りするような場所柄ではないが、堂々としていれば逆に怪しまれないだろう。
     下手に自分達の身の回りについて小細工を弄するより、兎に角相手を確実に倒すようにして欲しいと鞠花は主張する。
     重要なのはいかに相手にドアを開けさせるか。あるいはこじ開けるか。そして、迅速に倒す事が出来るかだ。
    「典型的なワンルームのアパートよ。戦うには支障のないだけの広さはあるから大丈夫。裏は高いビルの壁が立ちはだかってて窓もない。うまく侵入さえしてしまえば入口以外に逃げ場はないわ」
     すなわち。
    「……不利を悟れば逃走も辞さないわよ。あと狡猾な知性があるし悪人としての性質が強いから、生き延びるためなら舌先三寸何でもござれ、きっと何でもやってみせるわ。弱みや甘さを見せないよう、注意してね」
     使用するサイキックはデモノイドヒューマンと同じ、そして腕を刃のようにして無敵斬艦刀と同じ技も使いこなす。油断は禁物だ。
     そしてヴァンパイアが現れるのは、デモノイドとの戦闘を開始できるようになってから十分前後。部屋に突入してからと考えていいだろう。
    「そうね、確実を期すなら八分以内にデモノイドロードを灼滅して撤退を目指して欲しい……そんなところかしら」
     撤退という言葉に目を瞬かせた灼滅者に、鞠花は慎重に言葉を紡ぐ。
    「今回現れるヴァンパイアは、朱雀門高校のヴァンパイアよ。全身が真っ白に近いくらい色素が薄い美少年で、物腰は穏やかに見えるタイプ。もっとも腹の内はわからないけれど……さておき、まともに戦闘になれば勝利は難しいわ。その後の情勢も悪化するから、万が一にもヴァンパイアとの戦闘は避けるようにして欲しいのよ」
     だからこそデモノイドロードを灼滅する前にヴァンパイアが現れた場合は、戦闘を中断して撤退するのが賢明だ。
    「繰り返すけど大切なのは、まずはデモノイドロードを倒す事。そしてヴァンパイアが来る前に撤退出来たら尚いいわ。……大変なこと頼んでるのは承知してるけど、皆ならきっと大丈夫」
     鞠花は視線を上げて、凛と声を張り上げた。
    「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」


    参加者
    犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)
    葛城・百花(花浜匙・d02633)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)
    千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)
    早乙女・ハナ(フィリァ・d07912)
    深束・葵(ミスメイデン・d11424)
    オリヴィエ・オーギュスト(小学生デモノイドヒューマン・d20011)

    ■リプレイ

    ●夜半の狩り
     文字が示す通りの、深い夜だった。
     喧騒が聴こえる。恐らく繁華街が近いのだろう。夜もとうに更けているのに人通りは少なくない。街灯も目に入る。
     だが、そのアパートの前に集まっていた少年少女達に気づく者はいなかった。
    「許されていい事ではないね。必ずここで止めよう」
     しっかりとした声で紡がれた千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)の言葉は夜風に紛れない。その意志はその場にいる灼滅者誰しもに通じるところ。
     特に強く頷いたのは早乙女・ハナ(フィリァ・d07912)と加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)だ。ハナはこみ上げるデモノイドロードへの嫌悪感を懸命に表情に出さぬよう堪える。彩雪も小さな身体に決意を秘め、傍らの相棒・霊犬のさっちゃんと視線を合わせる。
     デモノイドロードをヴァンパイアに引き合わせない事も勿論そうだ。だが、
    「何よりも、幼い子供を嬲り殺しにしたデモノイドロードは……許せません!」
     凛といた光を青い瞳に湛え、アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)は毅然と宣言する。
    「出来れば武器で扉の鍵だけ切断したかったけど……」
     ドアを見遣ったオリヴィエ・オーギュスト(小学生デモノイドヒューマン・d20011)は苦々しい声を漏らす。流石は場末の安アパートという風情で、鍵はドアノブと一体型になっている。まさかドアノブごと破壊するわけにもいかない。
     周囲を見遣って深呼吸した深束・葵(ミスメイデン・d11424)が己のライドキャリバー、我是丸をひと撫でする。こうなれば力づくで扉を壊し突入するしかない。アリスも扉の破壊を申し出るが、葵は任せてとばかりに我是丸にひらりと跨り、エンジンを入れる。
     そのままスロットルを高く鳴らした。勢いよく扉をぶち破る。扉は衝撃に耐えきれずあっけなく内側に倒れる。
     その向こう。照明がついた室内から視線を向ける一人の青年がいた。デモノイドロードである漆だろう。
     異変に気付いたのは七緒だった。
    「何かおかしい。気をつけて」
     予測で知らされていた通り、冷淡な視線を灼滅者達に向けている。足元には乱雑に散らばった金品や貴金属。そして片手には既に、デモノイドヒューマンが臨戦態勢を取った時と同様、デモノイド寄生体を這わせている。
    「こんな夜更けに随分威勢のいい客だな……何だ、灼滅者か」
     息を呑んだのは誰だったか。
     葛城・百花(花浜匙・d02633)がサウンドシャッターを展開していた。その事実と目の前の情景を照合し、瞬時に思考が計算し始める。
     サウンドシャッターは『戦場内の音を遮断し、戦場外に聞こえないように』するESPだ。では、『戦場内』とは何か。
     ――敵味方全員が入る状況に於いて初めて、その場は『戦場』と言えるのではないか。
     百花は形のいい唇の端を噛む。逡巡する暇はない。灼滅者達は次々とアパートになだれ込む。
     堂々とした居住まいの犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)はバイブ機能付き腕時計に視線を向けず、ボタンを押した。
     カウントダウン開始。
     残り時間、八分。

    ●深闇の囁き
    「おや? 如何にもな犯罪者がいるかと思ったけど、見たところは普通の青年」
     いわゆる『さとり世代』ってやつですかねと葵が呟く。言葉通り、漆は見目だけなら普通の青年と言えた。特段派手な容貌をしているわけでもない、むしろ目立たないと言っていい顔立ちだ。
     漆は薄く笑みを刷く。百花は意に介さず宣告する。
    「お楽しみのところ悪いけど……くたばってくれない?」
     考える時間なんてあげない。こうして言葉を交わす間にも仲間達は殲術道具を構え臨戦態勢に入っている。時間制限がある以上悠長になどしていられない。
     喉を震わせ笑みを含み、漆が問う。
    「お約束だが一応聞いておこうか。何故ここに来た?」
     返事はオリヴィエが放った鋭い影。力量の差を鑑み立ち位置を定めた事が功を奏した。漆の肩を穿つ。
    「理由? 今日殺した子達に聞けよ」
     出来るだけ言葉少なに淡々と。だが攻撃に一切の容赦は含まない。
     オリヴィエの刃を継いだのは七緒だ。時間稼ぎをさせないよう、隙を生まないよう。自分達の目的を悟られないよう留意しながら、微笑んで告げる。
    「心当たりなら沢山あるでしょう?」
     一足飛びで死角に滑り込み、脚の腱を貫いた。阻害の力に違和感を感じたのか漆が僅かに視線を向ける。仲間達の攻撃が当たりやすくなるための布石だった。
    「キミみたいな奴を始末するのがね、僕らの組織の役目なんだ」
     それ以上語る事はない。貴方の『物語』はもうここでおしまいですとアリスは赤きオーラの逆十字を展開する。幼い子を嬲り殺しにした漆への怒りを胸に秘め、今回ばかりは『残酷なアリス』となって戦おう。
     沙夜の鋼糸が続けざまに漆の腕を捕縛する。彼女は一切口を開こうとはしなかった。只管に明確で無情な殺意をその切れ味に籠める。
     如何なる交渉も成立しないと立ち振る舞いが物語る。
     ある意味漆と最も近しいスタンスで臨んでいたのは、沙夜だったかもしれない。
     漆とて集中攻撃を受け甘んじているわけではない。冷淡な思考回路は体力が否応なく劣る彩雪の姿を捉えた。デモノイド寄生体に呑み込ませた長刀を振るい、超弩級の一撃を繰り出してくる。
     だがその攻撃を受け止めたのは彩雪ではなくさっちゃんだった。痛みに身を震わせながらも懸命に前を見据え、霊光を宿した瞳で傷を癒していく。
    「……あなたの、悪事。さゆたち、ぜーんぶ……知ってるんですから、ね」
     だから、逃がしません。
     大好きな霊犬の痛ましい姿に心を締め付けられながらも、少しでもプレッシャーを与えられるように。彩雪は冷気の氷柱を生み出すと言葉より尚真直ぐに撃ちつける。
    「例え生きる為だとしても」
     さっちゃんの深い傷を癒す矢が弧を描く。ハナは常の爛漫さを封じ、無表情のまま言い放つ。
    「誰かを害した以上、あなたを許すわけにはいかないの」
    「お前達は違うのか?」
     ふと、波紋を齎す一滴を投げ入れるように漆が言う。
     ハナは反応しない。他の灼滅者達もだ。漆は感情の伺えぬ声で誰に問うでもなく、通る声で訊く。
    「灼滅者は癒しを得るためにダークネスを殺すと聞く。俺は怪物になる事を免れるために人を殺す。何が違うんだ? 俺とお前達、何が違うんだ?」
     気づかれないよう手の甲に爪を立てた。
     感情を殺すのは苦手だけれど耐えなければ。嫌悪で顔が歪んでしまいそうでハナはただただ口を閉ざす。
     抱えた悪意が透けて見えるから。
    (「こんな、言葉、聞きたくもない――はやく、終わらせましょ」)
     その祈りが届いたかのように、百花が闘光を宿した拳を振るう。心を乗せし無色の力は乱打され、漆の切先を封じた。
    「貴方の事情に興味はないし、正義感なんてもの、欠片もないわ。ただ……」
     同情出来る経緯があろうとなんだろうと、灼滅する事に変わりはない。
     漆の話を聞いていると、殺人衝動に屈した自分を想像してしまうのだ。だから彼の存在を許すわけには、いかない。
    「貴方の事がとことん気に入らないのよ」
     百花は秀麗な眉を顰めて言い放った。

    ●漆黒の呻き
     無情なほど時間は刻々と過ぎていく。
     退路を断つように幾人かが配慮していた事もあり、漆は逃走の気配を見せていない。突入しそのまま戦闘にもつれ込んでおり、灼滅者達が入口を背にすることも自然だったから尚更だ。
     だが。
    (「……拙いですね」)
     常に最適手を選び慎重にかつ迅速に、重い攻撃を加えてきた沙夜は僅かに眉間に皺を寄せる。トラウマを具現化させるべく放った一撃にも、漆の表情は揺るがないままなのだ。続けて放ったアリスの光刃は的確に傷に追い打ちをかけたが、まだ足りない。
     漆は冷淡で冷徹であるという情報の通り、現段階で灼滅者達の言葉に動揺する事はなかった。そもそも漆は悪事を働く事に罪悪感を感じていない。威圧感を与えるような言い回しも、現状圧倒的に灼滅者達が押しているという状況でない以上、子供の戯言と流されてしまっても仕方がないのかもしれない。
     攻撃に特化した隊列で臨んだ。成果は上がり確かに傷は加えているものの、各々の戦術と連携のずれが、たまに歯車を狂わせる。
     寄生体を纏った利き手が砲台と成る。漆は相変わらず表情を変えず告げた。
    「お前は俺を人殺しと言うが、お前はどうなんだ。俺を殺せばお前も人殺しだろう?」
     オリヴィエは返す言葉を持たない。漆にかける言葉だけでなく、水を向けられた際にどう対応するかを決めておく事も。
     僅かな隙を、埋める手段となったかもしれない。
     放出された死の光線は毒を植え付ける。侵食されるような感覚の中、それでもオリヴィエは顔を上げ続けた。漆を睨む。
    (「八分以内……いい、それでも絶対灼滅、してやる!」)
     理屈など関係ない。漆に殺された兄弟の境遇を己に重ね、怒りが燃え盛る。
     嵌めた指輪に魔力を籠めて、お返しにと制約を孕む魔法弾を撃ち出した。
    (「せめて強盗犯人の死亡事故って事にでもならなきゃ……あのお母さんが救われなさ過ぎるじゃないかっ!」)
     歯の奥を食いしばるオリヴィエの様子を視界の隅に捉える。彩雪の脳裏をエクスブレインから聞いた惨劇が頭を過った。
    「防げなかったけど、これ以上は……させない、です」
     お仕置きです――決意は魔法の矢へと姿を変える。彩雪によって高純度に詠唱圧縮された魔力は幾重にも漆を穿つ。大きく爆ぜる。
    「さゆたち、一人じゃヴァンパイアはおろか目の前の漆さえ倒せない」
     目まぐるしい戦いの中で、声は漆まで届かない。
     すぐ傍の、仲間にだけ伝わっていく。
    「だから力を合わせる、んです。ぜったいに、負けません……!」
     ほんの僅かだけ瞬いて、七緒は柔和な笑みを浮かべる。
     灼滅者である事が七緒の意義で矜持。躊躇はしない。必ず成功させてみせる。主の意を汲んだのか、黒い炎を模った影業が迸る。
     黒き焔は触手となり漆の身体をきつく絡め取り戒める。喉から漏れた声は、何だったか。
    「様子がおかしいわ!」
     声を上げたのは後列で常に戦局を見定めてるべく尽力していたハナだ。その間にも漆は見る見るうちに姿を変化させ、蒼い巨躯へと変貌を遂げた。
     デモノイド。その動きにはまだ理性と狡猾な知性を匂わせる。しかしそこから感じ取れるのは、厭っていたその姿を取る事こそ、漆が窮地に陥っているという現実だ。
     大きく唸る腕を間一髪で百花が斧で弾き受け流す。最小限の動きを心がけていた事もあり、挙動が大振りにならざるを得ない攻撃を読めたのが幸いした。
     きっとこの後漆に待っているのは、自分の意思無くただ相手に遣われるだけの運命。
    「後はもう、終わらせる事に集中しましょう」
     我是丸が突撃した軌跡を追い、葵がガトリングガンを構える。夜にも染まらぬ黄金色に煌めき轟音を唸らせた。

    ●奈落の囀り
     戦いの天秤は灼滅者側に傾いた。
     余裕があったわけではない。だが、一心に攻撃に専念し制約を付与し続けた積み重ねが結実した。勿論その陰には懸命に護りと癒しを捧げた仲間の存在が確かにある。
     灼滅者達の傷とて浅くはない。
     それでも意志を軸にして立ち続ける。
     先に折れたのは――漆だ。
    「……っ」
     巨体を傾げ、漆が膝をつく。体力が底を尽きかけている。
     それでも尚謝罪も懺悔も、一言も述べなかった。
     抑えていたオリヴィエの感情が爆発する。
    「あの時も変な奴が来てた……今なら解る、お前みたいな奴だったんだ! 家に帰れなくなって、逃してくれた姉ちゃんも何か変で! きっとパパやママやおじさん達はみんな……!」
     宥めるように肩に手を置き、頭を振ったのは七緒だ。常の快活さは影を潜め、刹那の間に瞑目する。
     口にこそ出さないが、七緒は漆に同情すらしていた。
     行いは当然許される事ではない。けれど、ダークネスという存在さえなければ、違う道もあったかもしれない。
    「恐いんでしょう、怪物に堕ちるのが。――助けてあげるよ」
     七緒の言葉に漆が目を見開いた。
     この戦いを通じて初めてだった。漆が、感情らしい感情を覗かせたのは。
    「殺してあげる、君のままで」
     僅かに刃を戴く腕の動きが緩慢になる。その隙を見逃すアリスではない。
    (「貴方のその心臓にこの鍵を打ち込んで……殺します」) 
     ハートの細工を施した金色の長大な鍵を掲げ、膨大な魔力を収束させる。
     心の臓に突き立てる。
     瞬く間に漆の身体中に魔力が流し込まれ連鎖するように破裂する。
    「俺は」
     崩れ落ちながらも尚、くぐもった声で言う。
    「『人間』として、死ねるのか」
     デモノイドと化した漆は、デモノイドと同様の末路を辿る。
     青い筋肉の繊維が溶ける。ぐずりぐずりと音を立てていく。骨など残らない。何も残らない。
     残るは水たまりのような蒼の残滓のみ。
     その瞬間、沙夜の腕時計が振動した。
     残り時間はない。猶予はない。
     敵を倒した以上指笛を吹く必要もないだろう。沙夜は静かに仲間達に視線を流す。それだけで全員が理解した。
     サーヴァントも含め誰も消滅も倒れずもせずに済んだ僥倖を胸に、葵は我是丸と、彩雪はさっちゃんと共に部屋を後にする。それぞれの想いを、抱きながら。
    「はぁ……しんどいわね、ほんとに」
    「……何とか終わったのね」
     百花が虚空に呟き、ハナは静寂に囁く。
     こんなに誰かに嫌悪感を持ったのは初めてかもしれない。
     でも、新たに被害が出ることもない。その事に只管安堵する。そしてハナは亡くなった子供達の冥福を祈り、百花と一緒にその場を去った。

     闇夜は影を隠す。
     その場に少年少女達が訪れた事は誰も知らない。
     灼滅者達が去った数分後、一人の少年がアパートの部屋を訪れていた。壊された扉、ついたままの照明、戦いの痕跡、そしてそれと理解出来るものしかわからぬ、青い何かの名残。
     金糸の髪の少年は形のいい唇を笑みの形に模る。
     アパートの上を鳩が飛ぶ。
     だがこの夜の中、羽根の色までは依然として知れない。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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