深夜の繁華街の一角で、バニースーツに身を包んだ女性を中心に、人だかりが生まれていた。彼女は先刻までそこで歌と踊り、いわゆる路上ライブを行っており、それに足を止めた人々が輪を作っている様だった。
彼女が可愛らしく頭を下げ、手を振ったのを切っ掛けに集まっていた人が一人、また一人と離れていく。一分と経たぬ内にその大半が立ち去り、残ったのは少々ガラの悪い少年達の一団のみとなった。
彼女は周囲に他の人間が居ない事を確認すると、その少年達へゆっくりと歩み寄った。
んー、と品定めするかの様に一人一人顔を見つめ、やがてリーダー的なポジションと思しき一人の少年に当たりをつけると、そっと顔を寄せた。
「どうしたのかなー?歌より私自身に興味が沸いちゃった?」
からかうように少年の頬に指を這わせる。少年は微かに赤面しつつも、魅入られたかのように彼女と視線を合わせ続けている。
「そっかー。嬉しいなー。 ……じゃあ、少しだけお礼をあげようかな?」
彼女はゆったりとした動作で一枚の黒いカードを取り出すと、自身の、大きく開いた胸の谷間へと滑らせた。
「あげる。取っていいよ?」
少年はまるで吸い寄せられる様に手を伸ばし、そのカードを抜き取った。何が書かれているのかと、手に持ったカードの表面に視線を向けた瞬間。
ドクン。
一際大きく鼓動が響き、カードを伝って何かが自分の中に入り込んでくるかのような感覚に襲われる。
「ね?凄く力強いモノが流れ込んでくるのがわかるでしょ? ……使ってみたいと思わない?誰か他の人に向けて、さ」
彼女は少年の耳元に顔を寄せ、囁くように告げる。
「思うまま、それを振るえば良いの。何も考えずに。キミの強い所、私に見せて?」
最後に小さく息を吹きかけられ、少年は小さく身震いした後に頷いた。その目に、微かな狂気の色を滲ませて。
悪意のうさぎはそのまま少年から顔を離し、少し離れた場所に立っていた少年の取り巻きへと目を向けた。
そしてその人数を数えた後、同じ数のカードを取り出しながら可愛らしく小首を傾げたのだった。
「以前の臨海学校の際に事件を起こしたHKT六六六人衆が、再び行動を起こしました」
灼滅者達を見回し、園川槙奈は口を開いた。
「複数の若い男性に力を与え、他人を害する、平たく言えば殺人を行うように仕向けているようです」
「ターゲットとされた男性は皆黒いカードを受け取っているようです。これがどのような影響を与える物なのか現時点では定かではありませんが、回収の必要ありと判断します。これの回収が、今回の目的ですね」
大きさはこれくらいです、と槙奈が手で形作って見せる。
「対象は強化一般人8名。全員顔見知りの、いわゆる不良グループみたいなもののようです。元が一般人という事で戦闘能力的に特に注意するべき点はありませんが、一部のサイキックに酷似した技を使用するようです。彼らをKOする事で件のカードも回収可能となりますので、遠慮は不要ですよ」
「彼らが居る場所はこちらの廃ビルです。近々取り壊しが決まっているらしく、内部には彼ら以外の人間は居ないと思います。彼らがここを出て事件を起こす前に対処して頂く形になりますね」
槙奈は現場付近の地図と、件の廃ビルと思われる建物を写した数枚の写真を机の上に重ねて置いた。
「後は……そうですね、逃走を許せば要らぬ被害を出す事になりかねません。その点は気を付けて下さい」
パタン、と手に持ったファイルを閉じ、槙奈が顔を上げた。
「色々と不確定な部分が多い事件ですが危険度は低いと思います。皆さん、宜しくお願い致しますね」
参加者 | |
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編堵・希亜(全ては夢の中・d01180) |
天城・兎(赤兎の騎乗者・d09120) |
ジェイ・バーデュロン(置狩王・d12242) |
清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721) |
鴇・千慶(ガラスの瞳に映る炎と海・d15001) |
寺島・美樹(猛犬注意・d15434) |
神楽・武(愛と美の使者・d15821) |
篠山・仁(シスター好きな青春系男子・d19557) |
●
薄暗い廃ビルの一階。所々瓦礫の様なモノが散らばる室内を、三名の灼滅者が歩いていた。
「どっちに行けば出られるのかな……?」
清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)が不安そうな声を上げる。
「あんまり奥行くと、何か出てきそうだよね……」
応えた鴇・千慶(ガラスの瞳に映る炎と海・d15001)も、あまり顔色は良くない。
「……暗いね……」
二人の間に立つ編堵・希亜(全ては夢の中・d01180)が辺りを見回しながらそう告げた瞬間だった。人気の無かった周囲から複数の足音が響き、見るからにガラの悪そうな少年達が姿を現した。
「女が三人ばかり、こんなトコで何やってんのかなぁ?」
その中の一人、リーダー格らしき少年が下卑た笑みを浮かべながらからかうように問いかける。だが問われた三人はそれには答えず少年達の人数を数えると、先程までの弱々しい態度とは打って変わり、全員が身構えた。
「全員居るようでござるな……では」
「メール、送ったぜー」
静音に続き、千慶が取り出した携帯を手の中で弄んだ。間を置かず、少年達の周囲から新たな足音が響く。
「良くやったぜ希亜ちゃん!」
真っ先に声を上げて飛び出して来たのは篠山・仁(シスター好きな青春系男子・d19557)。
「赤兎に警戒させたのも無駄だったかもな……こうも簡単に釣れるとは」
「ホント、単純な連中ねぇ」
続いて天城・兎(赤兎の騎乗者・d09120)と神楽・武(愛と美の使者・d15821)が歩み出て、
「まあ全員見つけられたようだし、良いんじゃないかな」
「追い掛け回す余計な手間はねぇ方が楽で良いぜ」
最後にジェイ・バーデュロン(置狩王・d12242)と寺島・美樹(猛犬注意・d15434)がゆったりとした足取りで進み出た。
「手前ェ等は……チッ」
いち早く事情を察したらしいリーダー格の少年が、自らの手に得物、巨大な龍砕斧を呼び出しつつ飛び上がった。そのまま、落下する勢いに任せ振り下ろす。
落下地点付近に居た武と美樹が咄嗟に散開して初撃を回避した。空を切った斧はそのまま床を深々と抉る。亀裂が走り、床がギシギシと不快な音を立てた。
「ちょっと、マズいんじゃないのかしらコレ?」
「床、割れんな多分」
武と美樹が呟いた直後、床の亀裂が広がり、彼らの立っていた場所を中心に一部分が崩落する。リーダー格の少年を含む少年たち四人がまず無防備な姿勢のまま落下する。
武と美樹の二人も崩落に巻き込まれたものの、特に動じた様子も無く器用に降りていく。
灼滅者と少年達、双方とって予想外の要因で分散する形となった。
「……追いかけないと駄目、かな……」
「つーことで、上は頼むぜ!」
落ちた6人を追って希亜が亀裂を降り、仁もその後を追う。
上に残った少年達四人は数瞬の逡巡の後にその場で戦う事を選択し、それぞれの得物を構えた。
「……手前ぇら、自分の力の使い方もわかってねぇのに戦う気なのか」
兎が床に開いた亀裂に目をやりつつ、呆れたように言う。
「やる気は十分みたいだし、遠慮無く!バトルしよう!」
一歩踏み出し身構えた千慶の身体が闘気を纏う。
「behold!」
ジェイが自らのスレイヤーカードを握りつつ高らかに声を上げる。
それが、開戦の合図となった。
●
「んじゃ、行っくぜー!」
先陣を切って飛び込んだ千慶が、先頭に立つ少年目掛け拳を突き出す。少年が迎撃の為に振り上げたハンマーと正面からぶつかり合い、轟音が響いた。
「足止め行くぞー」
残る三人の少年が散開しようと動いたのを見て取り、兎が縛霊手を構えた。展開された除霊結界が少年達の動きを鈍らせ、阻害する。その隙を逃さず、静音が飛び出す。
「力の誘惑に屈するとは醜悪な姿にござる。それを思い知るがよいでござる!」
「うるせぇぞ!妙な口調しやがってッ!」
少年が、握った杖から雷撃を放つ。連続して放たれる閃光の間をすり抜け、静音が駆ける。床や壁が穿たれる音を聞きながら、静音は大きく跳躍して少年を飛び越え、その背後に着地する。
「人を馬鹿にするとはけしからんでござる。 ……成敗ッ!」
少年が振り向くよりも早く、静音が炎を纏った長剣を一閃させた。少年の腕から武器が弾け飛び、続けてその身体も意識を失い崩れ落ちる。
「何なんだよ、コイツらッ!?」
その様子を視界の端に捉えていた少年の一人が、踵を返して逃げようとする、が。
「すまないが、ここは通行止めなんだ」
その行動を予期してか、既に回り込んでいたジェイに道を塞がれる。一瞬の迷いの後、少年はジェイに打ち掛かろうとするものの。
身を躱したジェイが、雷光を纏った拳を放つ。高く打ち上げられた少年は天井に衝突した後、床に叩きつけられその動きを止めた。
「残念だが、一朝一夕に手に入れた力では私達には通用しないな。 ……む」
攻撃を放った隙を狙い、もう一人の少年がジェイに向け弓を引き絞る。が、その弓が放たれる事は無く。
「させねぇよ。通用すると思ったか」
兎がオーラキャノンを連続して放った。初撃は少年の構える弓を弾き飛ばし、二擊目がその身体を打ち据える。止めとばかりに再度閃光が迸り、少年は崩れ落ちた。
「さて、残りは」
兎はその場に残る最後の一人へと向き直る。その視線の先では、先程から打ち合っていた千慶とハンマー使いの少年との決着が付いた所だった。
千慶の拳をまともに受け、少年が吹き飛ぶ。
床に叩きつけられ、倒れたままの少年が見上げた先に映ったのは廃ビルの古ぼけた天井では無く、自身を覗き込む千慶の青い瞳だった。
「俺たちより強い奴らはいっぱいいるよ。これに懲りたらバニーには気をつけてね」
少年が最後の抵抗を試みるよりも早く、千慶の拳が落とされた。
●
一方、地下に落ちた少年達は落下後すぐに、建物内の暗さに乗じて逃げを打つ事を選択した。
見た目だけならか弱そうな女子が混ざっているとはいえ、真っ向から勝負しようという気は更々無かった。一度身を隠し、いつも使っているこの廃ビルという地の利を利用して不意打ちする。
所々崩れた壁などが存在するこの廃ビルは、天然の迷路とでも言える存在であり、少年達に取っては外敵に対する要塞でもあった。
「……どうだ?」
廊下の奥の様子を伺っていた二人組の少年に向け、リーダー格の少年が問いかけた。
「こっちには見えないですね……音も特に……ッ!?」
言いかけた少年の声が途中で途切れる。その視線の先、薄暗い廊下の奥からコツコツと靴音が響く。近付くにつれてその姿も徐々に見え始める。
「……御免なさい、逃がしてあげる事は出来ないの……」
暗闇の中から現れた希亜がゆったりと身構えた。
「ちッ、二人同時に掛かれッ!」
希亜の姿を見てからのリーダー格の少年の判断は早かった。三人の取り巻きの内、側にいた一人を残し、他の二人に指示を飛ばす。
指示を受けた二人がそれぞれ得物を構え、希亜へと躍り掛った。
希亜は細めた目の先に二人を捉えると、すぅ、と大きく息を吸い込む。そして、優しげな歌を奏でた。ディーヴァズメロディ。
襲いかからんとしていた二人の動きが鈍る。その隙を逃さず、希亜のビハインドが霊力を纏った腕を振るう。横凪に振るわれたその一撃を受け、少年が一人吹き飛ぶ。
残るもう一人の少年は何とかその攻撃を掻い潜ると、握った槍を希亜に向け渾身の力で突き出した。
火花が散る。
「残念だったな不良共、うちの姫はお触り禁止だぜ!」
希亜の背後から飛び出して来た仁が自身の得物、血錆のツヴァイ・ヘンデルの刀身でその攻撃を受け止めた。更にそのまま槍を押し返すように少年目掛けツヴァイ・ヘンデルを振るう。
少年は大きく体勢を崩しながらも後方に跳躍し、何とかその一撃を回避した。
「はっ、まだ……だッ!?」
仁に向け武器を構え直そうとした少年の胸から、突如として昏い色の剣が突き出た。仁の足元から少年の元へと伸びた影が剣の形を取り、少年の胸元を背後から貫いたのだ。その先端には少年が持っていたのであろう黒いカードが突き刺さっている。
「一丁上がりっと」
仁は影を戻し、黒いカードを抜き取った。戦う力を失った少年は糸が切れたかのように意識を失い、その場に倒れ伏す。
希亜と仁の視線の先、残るは後二人。その二人の少年達の背後から、彼らを包囲するように武と美樹が歩み出た。
ギリッ、と歯を軋ませ、残る取り巻きの一人が武目掛け突撃する。
「力ってのは美しさと対なのよ?あんた達には美学がないって言ってるのよ!」
武が眼前に迫った少年目掛け、魔力を纏ったマテリアルロッドを振り下ろす。少年は肩口にそれを受けながらも、拳を武の体に叩き込んだ。
カウンター気味に放たれた一撃を受け、武の動きが一瞬止まる。
「へッ、これで止めを……ッ!?」
もう一撃とばかりに振り上げられた少年を腕を武が掴んだ。ギリギリと腕を締め付けられる痛みに、少年の口から苦悶の声が僅かに漏れる。
その姿勢のまま、武がゆっくりと少年の顔を覗き込んだ。武の表情からはそれまでのどこか余裕を持った笑みは消え、鋭い眼光と共に周囲を威圧する気迫が溢れ出ていた。
「……ッてーな、このタコスケ!覚悟できてんだろうな、あぁッ!?」
口調と声色も凄みを孕んだものに変わり、何かスイッチが入ったかのように豹変した武の態度に少年は気圧される。
「オラオラオラァッ!調ぉ子コイてんじゃネェぞ、ッダラァァァッ!」
身を竦ませ、無防備になった少年に向け、連続して武の拳が叩き込まれた。壁面に叩き付けられた少年は声を上げる事も無くその意識を落とす。
「……ホント、典型的お馬鹿さんネ。踊らされてるって分かってて踊ってるのかしら」
武の呆れたような呟きに激昂したリーダー格の少年が声を上げる。
「うるせぇなぁッ!何なんだよ手前ェ等は!?何で倒れねぇんだよ!?」
倒れ伏した仲間達を前に、驚愕や畏怖、様々な感情が綯い交ぜになった叫び声だった。
「舐めんじゃねぇぞテメェ等。俺等は命張ってんだ、そう簡単にやられてたまるかよ…!」
「うるせぇ、うるせぇッ!俺はあの人から力を貰ったんだよ!!もう誰にも舐められねぇ力をなぁッ!!」
少年が、自らの得物を手に突進する。
「馬鹿野郎。力ってーのはな、大事なもん守る為だけに使うんだよ……!!」
それに応えるかのように美樹も拳を握り締める。二人の影が交差する一瞬、競り勝ったのは美樹の方だった。
美樹の鉄拳を顔面に浴びた少年は大きく吹き飛び、数度の痙攣の後にその動きを止めた。
「あばよ。今度うさぎ見かけた時は注意しろよ」
少年のポケットから黒いカードが1枚、床に落ちた。
●
「さー終わった終わった。早く帰ろうぜ」
カードの回収を終え、兎が声を上げた。
「こいつはダメだな。臨界学校の時といい……理解がおいつかないことが次々と起こる……」
その横では、手に持った黒いカードと気絶した少年達を交互に見比べながらジェイが唸る。
「あんな連中に力を与えた原因がコレなのかってのもはっきりしねぇんだろ?」
「そうね。それにしてもまったく……ほいほいとそういう話に乗っちゃう連中も何とかならないのかしらネ」
美樹が気に入らなそうに鼻を鳴らし、武もそれに同意するかのように不満気な声を漏らしている。
「力があるっていいことだよね。俺も力あげるから好きに使っていいって言われたらほいほいついてっちゃうかも。 ……でも、人間でいたかったらそれじゃだめなんだよね、きっと」
呟く様に言った千慶の肩を、仁がポン、と叩いた。
「ま、取り敢えず引き上げようぜ。あんま長居したい場所でもないしな」
「……そうね……お話は、帰ってからでもできるもの……」
希亜が引き取り、灼滅者達は帰途に着く。
「……普段からこの口調でござるから、演技とはいえむず痒くござったな…」
最後に、複雑そうな表情を浮かべながら静音がポツリと呟いた。
黒いカードは回収され、残されたのは日常に帰還した少年達とそのねぐらのみ。
作者:大鳥赤音 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年9月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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