薔薇小夜曲

    作者:佐伯都

     バラの季節と言えば普通春や初夏を思い浮かべるものだが、実は秋にもバラのシーズンがある。
    「あのね、秋シーズン真っ最中のバラ園でナイトガーデンがあるみたいなんだ!」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)がB5サイズのチラシを机の上に広げると、澄んだ夜空、ライトアップされた神秘的な秋バラの写真が載せられている。
     昼間だけではなく、夜間の神秘的な庭園も楽しんでもらおう……ということで企画された『ナイトガーデン』。
     広大な英国調庭園に多種多様なバラが集められ、散策路ぞいに柔らかな光を放つLEDライトが置かれている。バラ園だけではなく秋の花を集めた区画もあるので、どうにもバラは苦手……という場合でも楽しめるだろう。
    「中秋の名月は過ぎちゃってるけど、当日は晴れるみたいだね。だいぶん涼しくなってきたし、夜にゆっくりお庭を散策ってのも素敵だと思うよ!」


    ■リプレイ


     ゆるやかな丘陵を整備しその一部へ古今東西、多種多様なバラの株が集められた英国調庭園。そこでは低い西の空にまだほの明るさを感じるような頃合いに、夜間営業が始まる。
     あまり遅くなっては兄弟達が心配するからと、アレクセイと共に早めの時間に訪れた月夜はライトアップされた薔薇園の眺めに感嘆の声をあげた。
    「お花一杯ですねっ! ボクは植物園、行ったことないのです」
    「青いバラは光に映えますね」
     青い色素は持たないと考えられ、この世には存在しえないと言われてきた青バラ。
     より青く発色する品種の開発が進めば、秋の空の青さを映したようなバラも見られるようになるかもしれない、とアレクセイは考えた。
     薔薇園のそこかしこを歩く客の間をすりぬけながら、潤子は手持ちのデジカメで忙しくシャッターを切る。あとでクラスメイトや友達にバラの写真を見せるのが楽しみだ。
    「え? あれもこれも、全部ばら? ばらですか?」
    「あれもそれもバラですよ」
     一重咲き、カップ咲き、ひとくくりにバラと言っても別物のような多様さがある。いつしか見た椿にそっくりな赤いものを見つけ、アスルは草灯を見上げた。
    「椿、お姫様。でした」
    「今日はさしずめ、女王様にご謁見ってとこかしら」
     女王を冠するにふさわしい、高貴な立ち姿と甘い香り。
     ここまでバラ尽くしでもそれぞれが存在感たっぷりね、と隣に腰を下ろした茅花へナオが囁く。
    「ナオちゃん……目、瞑って」
     そう茅花に言われるまま素直に目を閉じたナオのカップへ、彼女は今しがた手の中へ落ちてきたばかりの花弁を落としこむ。にんまり笑ってもういいよと告げると、事の次第を悟ったナオが、やられちゃった、とくすくす笑った。
     ベンチが並ぶ区画を避け、エイダは人の少ないほうを選んで歩く。
     ……昔はもっとはっきりとものを言えた。
     臆することなく咲くこのバラのように、いつかきちんと気持ちを届けられたら、とそう願う。
    「紫のバラは高貴デスッケ」
    「シャルちゃんはどの色が好き?」
     全種買い込んだスコーンをシェアしながら、架乃とシャルロッテはベンチに座って色鮮やかなバラをあれこれ指挿しあう。
    「私はオレンジが一番デスネ!」
    「シャルちゃんにぴったりだね」 
     前を行く【宵待草】のメンバーから遅れないよう気をつけながら、瑠花は忙しく左右のバラを見比べる。青、緑、あと何だったか……。
    「悠先輩が緑のバラ? ブロッコリー的な感じすか?」
    「……どうだろ。似てるのかな?」
    「瑠花ちゃんの黒バラちょっと意外かも。どうして?」
    「あ、えと……秘密、です」
    「でも好きなバラとか難問すぎるっす先輩方ー!」
     妙にテンションが上がっている翔雲に苦笑しながら、界は目ざとく澪華のお目当てだった青バラを指挿す。
    「ブルームーン、気品を感じさせる薄紫だな」
    「界くん詳しいのね、流石だわ……情熱の赤も良いわよね」
     ふふ、と笑った澪華は界が挙げたラ・マルセイエーズを探すのに忙しい。
    「バラってそんなに沢山種類があったんだ……知らなかった」
    「悠くんに緑ってすごく似合うかも。見てみたいわね」
     あれこれと賑やかに談笑する姿を横目にしつつ、栞はカーディガンを羽織って溜息をついた。
     柔らかく咲き誇るバラ、弱い風もいい香りを乗せていて本当に居心地がいい。
     写真に撮るよりも、しっかりと記憶に焼き付けたい。そんな気分だった。
    「……お前の心配性、日に日に増してンじゃない?」
     手を引っ込めるべきどうか迷った瞬間、指先だけが重ねられる。少しほっとしつつ、あまり賑やかな場所が好きではない時兎のことを考え、樹は静かな場所へと向かう。
    「遊佐」
     なぜか、いつもの茫洋とした声音ではないような気がした。
    「何が見える?」
    「……思い出が見えます」
     しかし貴方には何が見えるのかと尋ねても、恐らく時兎は答えないだろう――そんな気がした。
     ほんの何日か前は満月だったはずだが、いくらか右上が欠けた月が中空に掛かる。今夜の月のほうがよほど聡士には似合う、と詠には感じられた。
    「このバラ園の話を聞いたとき、君の顔が真っ先に重い浮かんで――なんでだろうね」
    「私もね」
     指を触れかけて躊躇った手に自分の右手を重ね、詠は続ける。
    「この下弦の月を仰ぐと、聡士を思い出して」
     ――逢いたくなるのよ。
     溜息を落とすように呟いて聡士の手を導いた先には、大輪の真紅のバラが夜露を滴らせていた。
    「なあコレ、菓子にできない?」
     落ちてるやつ、勿体ないし拾っちゃダメなんかな……こんなにキレーだし! と両手いっぱいにイヴ・ピアッチェの花弁を集めた嵐が颯人に尋ねる。
    「んー……ケーキの飾りとか?」 
     芍薬咲きの、アンティーク系の風貌。ダマスクローズを彷彿とさせる香りは思わず深呼吸したくなる。
    「いや、ローズティーとスコーンのお茶会。いかがっスか」
    「……約束だぞっ」
     甘いバラの香りに混じって、暖かい紅茶の香りも流れてくる。
     ベンチの目の前に寄り添うような姿が優しい淡紫のミニバラを見つけ、華凜は内緒話をするようにそっと囁いた。
    「この子は、紡ちゃんみたい、です」
    「華凜ちゃんにはこれが、似てるの」
     花弁の先がオレンジ色のグラデーションになったやや小ぶりなピンク色のバラを指挿した紡に、華凜が肩をすくめるようにして笑う。
    「……好きなのか? こういう場所」
     汚した上着の礼もかねて、と誘われたバラ園。押しつけられた上着はきちんと洗われてあるし、律儀なんだな、と昴は感心する。
    「別に、いいだろ……悪いかよ」
    「悪いなんて言ってない、意外だとは思ったけど。少しだけ」
     赤い顔でそっぽを向いている是音の頭をつい撫でてしまい、驚いたように跳ねた肩に一瞬後悔する。
    「や、その……ありがとな」
    「何かお礼言い返されてるし」
    「律儀なんだなと思ってさ」


    「秋の花、というと、領史さんは何を思い浮かべますか?」
     一見唐突にも思えるラインの問いに、領史は一瞬考える。
    「僕は菊が一番に思い浮かびますね」
    「わたしは、Breitglocke――桔梗、です」
     いつかは花言葉の示すとおり変わらぬ愛を見つけてみたい、それが理由。
     一通り散策を終えてあずまやで休憩しながら、ほっと一息ついた茜は周囲を見回す。ぼんやり光の中に浮かぶオータムガーデンは、バラ園とはまた違った趣があって面白い。
    「花の種類もこんなにあるんだなぁ……」 
    「みんな、とってもきれい。このこ、曼珠沙華……で合ってる?」
     手元の花図鑑を猛然とめくって探しはじめる京馬に、ひつじはふんわりと笑った。
    「なかなか面白いかも」
    「不思議な形、でもなんだか気になる」
     そのまま観察するかと思えばふらふら歩き出したひつじを慌てて追い、京馬は図鑑の入った鞄を抱え直した。
    「空くんはこの中で好きなお花、ある?」
    「俺は秋って言うと金木犀が好きだけど、まだちょっと季節には早いかな」
     彼岸花とか時計草も好きかなぁ、と空が続けると灯倭は少し笑う。
    「何となく空くんに似てるね」
    「ははは、そうかな。灯倭は……やっぱセロシアとか?」
     散策に疲れ紅茶片手に、二人並んでベンチに腰かけて月を見る。
    「月見にはもってこいの日だったね。……あぁ、綺麗だなぁ」
    「綺麗だね」
     澄んだ夜空に、食べかけのガレットのような、そんな下弦の月。
    「涼子さんはこういう場所似合うねぇ。すごく綺麗」
    「あらそう? ありがとう」
     褒め言葉は素直に受け取る涼子は機嫌よく頷き、スマホを向けるさくらえに軽くポージングしてみせる。
    「花見しつつスコーンとかどう? 花見コーヒーもいいなあって思うんだけど」
    「カフェインの摂り過ぎは美容の敵よ。ココアなんてどう?」
     でもスコーンは私も同意見、と差し出された涼子の手に、さくらえはしばし考えてから自分の手を重ねた。
    「緋世子様、これを」 
     持参した紫のショールを羽織らせながら、リオンは執事よろしく斜め後ろから緋世子に付き従う。
    「流石リオン、気が利くんだぜー! へへっ」
    「秋の花と言えば私は桔梗を思い浮かべます」
    「綺麗だよなあれ! 花言葉……はこの前本で見たな、気品、誠実、従順……あと何だっけ」
     むむむ、と考え込む緋世子にリオンは低い声で囁いた。
    「残り一つ。それを行う事が出来るならどれほど幸せな事でございましょうね」


     優歌は空の青さが似合いそうな白バラを探していた。染料を吸わせ青く染める青バラもまた、美しいものに憧れる努力の姿だと思うからだ。
    「俺は基本的に白バラが好きなんですよ、何だろ……透き通ってて気品を感じます」
    「たからはオールドローズが好きなり」
     でも白バラも好きだよう、と帷に微笑んで宝は傍らの銀世界の葉へ指をのばす。
    「玖珠くんに似合う花なりね」
     自分の庭なら一輪摘んでシェリーに差し出せるのに、とエフェリアは残念そうに手を引いた。
    「そうだ、バラを背景にしてエフィのお写真撮っても良い?」
    「いいけれど……その後に、一緒に写りたいわ」
    「わあ、いいの? もちろん喜んで」
     いわゆる自分撮りの要領でエフィがシャッターを切った。うまく撮れたかどうかは、また後日の話。
     これ紫だ! と歓声をあげて優奈が紫バラの株へ駆け寄っていくのを、暁はゆっくり追う。
    「暁の目の色と似てて、暁っぽ……、いっ、た!」
     不用心に触ったのだろう。案の定棘にやられた優奈の手を取り、暁はハンカチを取り出して月明かりへ傷口を晒した。
    「仕方ないコ。このバラがアタシみたいなら、アタシにもきっと棘があるわね――気をつけなさい?」
     どこかから素っ頓狂な声が聞こえてきたような気がしたが、七海は気を取り直し目の前のバラを眺めやった。
     燃え上がるような真紅。もし手の届く品種ならば、考えてみよう。
    「懐かしい」
     見渡すかぎりのバラについ実家の光景を思い出し、フィクトは感慨深げだった。
    「慎ましいものだったが、かつて我が邸にもバラの花壇があった……私だけの庭が欲しかったのだろうな」
     キースが知るかぎり、武器を握る姿しか見たことがない。果たしてどんな気持ちでバラを育てていたのだろう。
    「美しかったのだろうな。お前の庭は」
     再び眺めることはないかもしれないが、それでも、キースにはそう思えた。
     年の離れた妹、マルタが『デートに行こう』などと言い出したのでシャルリーナは複雑だった。……いつのまにそんなに大人びてしまったのか。
    「いいじゃないか、なかなか見応えがある。まあ、シャルのほうが綺麗だけどね」
    「私の方が綺麗だなんて、どこでそんな言葉を覚えてくるのですかぁ……」
     おやおや照れたのかい、などと涼しい顔をしている妹から顔をそむけ、シャルリーナはこっそり溜息をつく。
     そんな姉妹の様子を視界の端に眺めながら、流希は一人気ままにバラ園を堪能していた。綺麗を通りこして少々妖艶にも感じられるが、こういった場は好きなほうだ。
     そういうしているうち、バラ談義に花を咲かせる【早乙女会】の面々が流希のベンチの前を通りがかる。
    「なんだか物語の中に入り込んだみたい。きっと妖精がバラの下で内緒話するお話よ」
    「コマドリが出てきて鍵を見つけるシーンとか大好きなんだ」
    「恋人と来るよりも、花園には友達と来る方がいい……そのお話を書いた人はそう思ったと思うんだ」
     オデットにお気に入りの小説を引き合いに出した茶子へ、チカがふと何かを思い出した顔で囁く。
    「色で花言葉が変わるのはよく聞くけど、バラは本数でも変わるんだよね」
     三本なら『愛しています』、一本なら『あなたしか見えない』。
     ならばきっと、このバラ園にあるバラ全部で、『友情』。
    「……転んで怪我したら放置して先行くっすからね」
    「転んだくらいじゃ、ちゃあんと後ついてくもん」
     容赦なくデコピンしつつも来栖の手を握って支えてくれる祠之嵜の手は、優しい。
    「ふふっ、おとぎの国みたいで綺麗だね。この先にお城があってさ……ケット・シーがパーティーに連れてってくれるの」
     確かに、バラに囲まれたこの庭園は絵本か物語の中のようだ。彼女が手放しに喜んでいるのを見て、素っ気ない態度ではあるものの祠之嵜もいつもより表情が優しくなる。
     まるで誰かを待っているようだ、と一人バラ園を散策する瑠璃羽は赤いバラの前で立ち止まった。
     赤バラは確か『あなたを愛します』、葉も添えれば『あなたの幸福を祈る』……だっただろうか。大切な、スズランの香りの匂い袋を思わず胸に抱く。
    「きっと先輩には、白いアイスバーグのバラが似合うのでしょうね」
     低い生け垣のように這わせたつるバラの小路。無邪気な所があるのできっと白バラだと考えたことなのすぐ隣、狭霧がやや驚いた顔をする。
    「白いアイスバーグのバラ、か……今度調べてみようかな」
     彼女はきっと青いバラだろう。今ある薄紫の青バラでなく、本物の、青いバラ。
    「これがブルームーンですね」
     なんだか力強さを感じると言いおいた彩歌に、樹は少し微笑む。
    「こうして月と一緒に見られる機会はなかなかないわ、何より香りが素敵なの」
    「あ、本当……すごくいい香り」
     月の下でこんな楽しみ方ができるなんて、何より心の栄養だ。
     ゆるやかな丘陵の斜面、そこを降りた行き止まりのあずまやで休憩しながら、律花は膝上の指先に視線を落とす。
    「その……私の好きで誘ったんだけど、迷惑じゃ、ないよね?」
    「これだけのバラ園を見られる機会はそう無い、誘ってもらえて嬉しい位だ」
     冷静沈着な春翔らしい返事に多少ほっとする……が。
    「バラの花の下の会話は他言無用だそうだが」
    「……はい?」
    「『月が綺麗ですね』の本来の訳。これを調べてみてくれ」
     それが誘いを断らない理由だ、ととどめの一言が来て律花は色々な意味で急転直下の窮地に追い込まれる。知らないわけではない、でも万が一、都合の良いように覚えていたら恥ずかしすぎる。
     答え合わせは少し待ってほしい、とようやく言うのが精一杯だった。
     それに『あなたとなら死んでもいい』なんて、もっと言えるわけがなかった。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月30日
    難度:簡単
    参加:62人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 2
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