夕刻の誘い手

    作者:江戸川壱号

    「ぎゃあああ!」
     耳障りな悲鳴をあげた体から、男は刃を引き抜く。
     肘のあたりから先を異形の刃と化すことにも、その刃で人を切り、貫き、砕くことにも慣れてしまった男は、返り血を浴びることもなく人を殺せるようになっていた。
    「くふぇふぇふぇ。たぁのしーいなーあ」
     口にした通り愉悦に浸っただらしない表情で、男は引き抜いた刃についた血を舐めとる。
     男にとってはこの上なく幸せな瞬間だったが、そろそろ物足りなくもなっていた。
    「たのしいけど、カンタンすぎるよなあ」
     自分を虫けらのように扱った偉ぶった人間達をなぶり殺すのは楽しかったが、あまりにも簡単すぎて少し興ざめてきたのも事実。
     せっかくの素晴らしい力なのだから、もっともっと愉しみたい。
     この力さえあれば、もっとどでかい悪事だって出来るに違いない。
     誰知ることもなく終わる筈の、暗く歪んだ欲望からくる男の呟き。
     だがそれに、応える声があった。
    「ならば――もっと面白く、愉しいことをしてみてはどうでしょう」
    「誰だッ!?」
     突然すぎるその声に振り返り問えば、現れた誰かはどこかの学生とおぼしき制服姿。
    「その問いに答えることに意味はありませんね。貴方にそれを提供するのは私個人ではなく、私共……そう、『ヴァンパイア』なのですから」
     制服姿の誰かは、そう言って唇の端をあげ優雅に微笑んでみせた。


    「皆さん、デモノイドロードのことはご存知ですか?」
     そう切り出したのは、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)。
     デモノイドロードとは、デモノイドヒューマンと同じ能力を持ちながら、危機に陥ると『デモノイド』の力を使いこなし、デモノイドとして戦う事ができる――自分の意志で自在に闇堕ちできる灼滅者とも言える、厄介な存在だ。
    「悪の心でデモノイドの力を制御し悪行を行う彼らは、それだけでも厄介な存在ですが……。今回、デモノイドロードが事件を起こした場所にヴァンパイアが現れ、デモノイドロードを連れ去っていくという未来予知が見えたのです」
     どうやらクラリス・ブランシュフォール(蒼炎騎士・d11726)の『デモノイドロードを自勢力に取り込もうとするダークネスが現れる』という懸念が、現実のものとなってしまったようだ。
    「引き続き、ヴァンパイア勢力との全面戦争は避けなければなりません。その為には、ヴァンパイアが現れるまでの短い間に、デモノイドロードを倒す必要があります」
     ターゲットとなるデモノイドロードの名は、鉄雄。
     オフィス街でサラリーマンやOLなどを狙って攫い、いたぶりながら殺害するということを繰り返していたようだ。
     今回起こそうとしている事件も、同様のものらしい。
    「彼は路地裏に潜み、獲物を誰にするか物色しています」
     そこで襲撃をかければ、ヴァンパイアに先んじて、かつバベルの鎖に察知されず接触できるという。
     鉄雄が潜むのは、夕刻のオフィス街にある路地裏だ。
     幅は5メートル程で、奥行きは30メートル程。
     片方は大通りに繋がっており、もう片方はさらに狭い生活道路へと繋がっている。
     鉄雄は大通りに近い位置に立ち、帰宅する人々が多く歩く大通りを覗いているようだ。
    「デモノイドロードは悪人としての性質が強く、狡猾な相手ですから、油断は禁物ですよ」
     鉄雄はデモノイドヒューマンと同様のサイキックを使用してくる。
     デモノイド化した場合も、威力や形態は変わるが、攻撃方法としては変わらない。
     ただ攻撃に特化した態勢でいるので、その威力には充分に注意が必要だ。
     だが今回最も気を付けるべきは、時間であると姫子は言った。
    「ヴァンパイアが現れるのは、デモノイドヒューマンと接触してから10分前後……。確実を期すならば、8分以内にデモノイドロードを灼滅して撤退、という形が理想です」
     現れるのは、朱雀門高校のヴァンパイアの一人。
     朱雀門高校の制服を着た、17~18歳ほどの男だという。
     彼は、奥の生活道路側から現れるが……。
    「現状ではまともに戦って勝利を収めるのは難しいでしょう。ヴァンパイア勢力との情勢の悪化を避ける為にも、彼との戦闘は避けてください」
     もしデモノイドロードを灼滅する前にヴァンパイアが現れた場合は、戦闘を中断して撤退した方がいいだろうと、姫子は添えた。
    「少し難しい状況下の戦いとなりますが、皆さんならきっと大丈夫だと信じています。どうか、よろしくお願いしますね」
     そう言って微笑み、姫子は灼滅者達へと頭を下げた。


    参加者
    花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)
    館・美咲(影甲・d01118)
    榎本・哲(狂い星・d01221)
    モーリス・ペラダン(夕闇の騙り手・d03894)
    倉澤・紫苑(奇想天外ベーシスト・d10392)
    鈴木・昭子(グリート・d17176)
    勾月・静樹(夜纏・d17431)
    桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)

    ■リプレイ

    ●夕刻の挟撃者
     長く続いた残暑もようやく落ち着き、秋の気配を感じさせる風が吹く夕刻のオフィス街。
     足早に多くの人々が行き交う大通りを見つめる、粘ついた視線があった。
    「くふぇふぇふぇ。さぁて、だーれにしようかなあ~?」
     獲物を物色する視線は無遠慮だが、ビルとビルの影になる路地裏から注がれる危険な視線に気付く者はいない。
     ここに集った八人の灼滅者達を除いては、だが。
     エクスブレインに指示されたタイミングを待ち構えていた灼滅者達は、時が来たと同時にそれぞれに裏路地へと飛び込んでいく。
     大通り側から五人と一体。
     挟み撃ちをするように、通りの逆側からは三人と一体が。
     侵入と同時に行われるのは、封印解除とESPの発動だ。
     花蕾・恋羽(スリジエ・d00383)が音を遮断し、鈴木・昭子(グリート・d17176)が一般人を遠ざける為の殺気を放つ。
    「四神降臨、纏え玄武!」
     スレイヤーカードを掲げ、細い生活道路から身を躍らせた館・美咲(影甲・d01118)が解除コードを唱えれば、瞬時に殲術道具が身を包んだ。
     大通りから差し込む夕日を浴びてきらりと光るおでこも勇ましく、美咲は己が見定めた悪へと迫る。
    「随分と好き勝手してきたようじゃが……それもここまでじゃ。悪は仕置きせねばならぬからの!」
    「こんばんは、鉄雄さん。因果応報のお時間です」
     そして大通り側から立ち塞がった昭子が、淡々とした口調で告げた。
    「な、なんだてめぇら!?」
     ターゲットであるデモノイドロード――鉄雄は突然現れた集団に驚き声をあげるが、不意打ちに近い状況だったにも関わらず、彼の右腕は既に変形を開始している。
     こちらの正体など知る筈もないだろうに、だ。
     相手をよく確かめることもなく、容易く叩き潰すことに慣れた反応を見て、勾月・静樹(夜纏・d17431)の目が眇められる。
    (「……命を奪う事が楽しいとか簡単だとか、ざけんなっての」)
     胸の内に嫌悪と怒りが沸き上がるが、認識と視界が狭まらないよう理性で抑え込み、己の腕を敵と同じように刃に変えると、道路の半ばへと追い込むように振るった。
    「わたしはデモノイドヒューマン、あなたたちデモノイドロードの敵です」
     鉄雄の問いに答える声は、桜庭・遥(名誉図書委員・d17900)のもの。
     デモノイドロードと元を同じくする力で変形させた腕から放つのは、毒を持つ死の光線だ。
     今回の件で宿敵に対して思うところがあるのは、何もデモノイドヒューマンだけではない。
     銘の通り『硝煙』の匂いを錯覚させる黒煙のようなオーラを纏わせて拳の連打を放つ榎本・哲(狂い星・d01221)の脳裏を過ぎるのは、ヴァンパイアの名と影。
     正義を名乗るつもりは毛頭なく、誰がどうはっちゃけようが知ったことではない。
     だが宿敵たるヴァンパイアが関わっているとなれば、ざらりと神経を逆なでされたように感じる。
     一見したところ、さも面倒そうに見える猫背の哲が浮かべる微かな笑みに潜むのは、そうした宿敵への苛立ち。
    「とりあえずオッサン、死んでくんね?」
     リズミカルな連打のおまけに追撃としてさらに数発打ち込んだ哲は、睨めあげる視線と共に、問いかけの形をした宣言を放った。

    ●夕刻の抵抗者
     被害を出さない為に大通り側を厚めにした挟撃は功を奏し、道幅が五メートルと狭いこともあって、灼滅者達は路地裏のほぼ中央に鉄雄を抑え込むことに成功していた。
    「クソクソクソクソッ、クソがぁあああア!!」
     簡単すぎて飽きたと零したように、鉄雄にとって他者とは容易く嬲り殺すだけの存在だったのだろう。
     力を手に入れてから初めて受けた力ある抵抗に、隠すことなく苛立ちを喚き散らす。
     人数の少ない生活道路側を突破しようと試みるも、その度に美咲の盾に阻まれ、殴りつけられ、怒りによって我を忘れさせられた。
    「ほれ、妾たちを倒さねばここで終わりじゃぞ? ……まあ、お主にできるとは思えんがの」
     刃と化した腕を正面から受け止めた美咲は、瞳の代わりにおでこを光らせて言い放つ。
     その横を擦り抜けようとすれば、待っていたかのようにモーリス・ペラダン(夕闇の騙り手・d03894)の鋼糸が絡みつき、動きを阻害されたところでバロリが武器を砕かんとしてきた。
    「半径15m糸の結界にて意図を決壊デスネ、ケハハ」
     舌打ちする鉄雄を見て独特の声で笑うモーリスの表情は、左顔面を覆う仮面と右目にかけられたモノクルで読みにくい。
     攻撃と逃走に対する牽制を行うモーリスが操る言葉と鋼糸は、騙り手と名乗る通り鉄雄を挑発し、惑わし、翻弄した。
    「ふ、ふぇふぇふぇっ。調子に乗るのもいい加減にしろよ、ガキども~? てめぇらまとめて踏みつぶしてやるっ!!」
     苛立ちが頂点に達した鉄雄は、そう叫ぶと瞬く間に青い獣の姿へと変化を遂げる。
     質量さえも増えたように見える獣が咆吼をあげ、デモノイドの力をもって灼滅者達に襲いかかった。
    「――!」
     だが、声ともいえぬ咆吼と突然の変化にも戸惑うことなく、青き獣を見据える視線がある。
     倉澤・紫苑(奇想天外ベーシスト・d10392)だ。
     豪腕を食らわぬ位置をとり、狙いを定める紫苑の胸にあるのは、ある種の驚きと苦い思い。
     まさかデモノイドの存在がここまで大きくなるとは思わなかった。
     それも人間の悪の心で力を制御し、悪事を働くとは……。
     楽しんで人を殺し、その上で飽きたと言う。
     デモノイド寄生体を制御できる程の悪の心は、更正も臨めぬだろう。
     許せることではない。
    「素晴らしいと思い込んでるその力、持たなければよかったと後悔させてあげるわ」
     絶対にここで仕留めるという決意と共に、紫苑はかざした指輪から魔法弾を放った。
     動きに制約を与える弾丸が鉄雄を貫き、苦悶の声があがる。
     そこへ背後から蠢く影を背負い無敵斬艦刀で斬りかかるのは、哲だ。
     大食らいな影と共に巨大な刀を振り下ろす姿までがどこか気軽く、つかみ所が無い。
     哲のへらへらとした笑みが気に触ったのか、鉄雄が腕を大きく背後へ回して振り払うが、その時には既に猫背の姿は距離を開けている。
     代わりに前へ出たのは静樹と昭子の二人。
     静樹は弱点を見極める為に先程とは違う攻撃を叩き込み、己の腕を刀へと変えた昭子がアスファルトを蹴って斬りかかれば、その動きに合わせてちりりと鈴の音が鳴った。
     青い獣の皮膚が裂け、同じデモノイド寄生体によって変化した刀が深く食い込む。
    「ねえ、デモノイドでしたらご存知でしょう。あなたの業はとても多い。どこかに逃げて紛れても、きっとわたしの鼻に届きます。ひとをころせば、もっと簡単に」
     淡々と無表情で紡がれる言葉に、僅かに鉄雄が反応した。
     デモノイドに由来するESPの能力を、彼も理解しているのだろう。
     ざくりと更に深く差し込まれた刃が引き抜かれるなり、鉄雄は跳ねるようにして身を回し昭子へと向き直った。
    「きっと退屈しませんよ。何せ、わたしたち灼滅者は、どこにでもいるのですから」
     昭子の感情がよみにくい表情と声は、当たり前の事実を告げているようにも聞こえる。
     警戒と僅かな怯みも得た鉄雄はしかし、それを振り切るようにして唸り声をあげると、小柄な昭子に向けて飛びかかった。

    ●夕刻の断罪者
     狭い路地の中で暴れ回る青い獣を相手に、灼滅者達は押されぬよう必死に戦っていた。
     路地を一歩出れば多くの者が帰宅に向かう大通りである。
     音を遮断し殺気で人を遠ざけているとはいえ、鉄雄が路地から出ればその意味もない。
     狭い路地で進路を塞ぎやすかったこと、人通りの少ない生活道路側の人員を薄くした為にそちらへ狙いを誘導できたことが被害を出さずに済んでいる理由だろう。
     だがその分、生活道路側の三人と一体の負担は大きかった。
    「くっ、やりおるのぅ」
     特に怒りで敵の攻撃を引き付けた美咲はサイキックでは癒せぬ深い傷を負っており、昭子をかばった恋羽のライドキャリバー・紅桜も傷は深い。
     恐らく次に攻撃を受ければ保たないだろう。
     無論、仲間が倒されるのを黙ってみている者はいない。
     攻撃を担う昭子や哲が敵を引きつける為に攻勢を強めれば、その背後から紫苑とモーリスが狙い撃つ。
     また生活道路側をターゲットにすれば、今度は静樹が飛び込み敵の弱点をついた攻撃を叩き込む。
     苛立ちのままに振るわれる豪腕から仲間を庇うのは、今度はバロリと遥の二人。
     そして仲間が負った傷を癒し、状態異常を治すのは、メディックたる恋羽の役目だ。
    「罪のない人達を、傷付ける行為、許せません」
     たどたどしい口調ながらもハッキリと告げた恋羽は、己の力の全てを癒すことに集中する。
     攻撃サイキックを持たぬ恋羽が直接に断罪することは今はない。
     だが仲間を癒すことで、仲間の断罪の力を持続させることは出来るし、もとより恋羽は仲間の回復と援護を選んだのだ。
     戦いは、どちらかといえば灼滅者達の優位で進んでいる。
     だが問題は、時間だった。
     生来の性質故か全体を把握するよう努めていた静樹が、ちらりと腕時計に視線を向けて眉根を寄せる。
    (「残り二分……」)
     状況は、悪くはないが決して良くもない。
     まだ誰も倒れてはいないが、一撃は重く、食らえば深傷だ。
    「まだまだ……倒れるわけにはいかぬっ」
     美咲は倒れこそしていないものの、もはや魂の力だけで立っている状態である。
     今また哲が攻撃をくらい、大きく防具を削られた。
    「わたしも回復します!」
     恋羽の回復に合わせ、前衛の回復を担う遥もまた盾を与えて哲を癒すが、半分は癒せぬ深傷として残る。
    「こんなやつに負けないでください」
     気丈にもそう言ってみせる遥もまた、仲間を庇って癒せぬ傷を負っていた。
     守りを中心としている故に一撃で倒れることはないだろうが、その小柄な体に負った傷が痛々しい。
     敵もまた深い傷を負い、追い詰めている感触はある。
     弱点も突いているが、見切りられぬようにする為にはずっと弱点を突くこともできない。
     あと少し。例えばあと四~五分あったならば、確実に灼滅できると思えた。
     だが、残るは二分。
    「迷っている暇はありませんね」
     時間の許す限り、持てる力を注ぐしかない。
     静樹は仲間達と互いに声を掛け合い、強引に突破しようとする鉄雄を止める為オーラを纏わせた拳を構えた。

    ●夕刻の撤退者
     残り一分。
    「負けま……せんっ」
     小さな体で仲間を庇った遥は、思わず膝を着きそうになるのを辛うじて堪える。
     まだ大丈夫。
     非人道的なデモノイドロードも、それを利用しようとするヴァンパイアも、どちらも嫌いで。
     すべて消すことはできないなら、せめてデモノイドロードだけでも灼滅しなくては。
     強い思いで殲術道具を飲み込ませ変形させた砲台を敵へと向けた。
     撤退まで時間がないなら己の傷を癒す意義は薄いと判断した為だが、撃ち込む直前に痛みが和らいだことに気付く。
     恋羽が、癒してくれたのだ。
     視線の先、鉄雄は傷つき、崩れかけた体で暴れている。
     力ない一般人を容易く嬲ってきた彼は、自分が置かれている状況が納得できず苛立ち怒っているのだろう。
     一方で、無闇に唸り、吠えているのは、恐怖の裏返しかもしれなかった。
     だが同情の余地はない。
     小さな体から放たれた巨大な砲が、崩れかけた青い獣を穿つ。
     同時――。
    「アナタにバツを与えマショウ」
     特徴的な笑い声と共にモーリスの光の刃が鉄雄にバツ印を刻み、紫苑が影で縛り上げたところで美咲と静樹がフォースブレイクを叩き込んだ。
    「グ、ォオオオオ!」
     獣の咆吼をものともせず、最後の一撃を、哲と昭子が互いに放つ。
    「死んでくれって、言っただろオッサン!」
    「さようなら」
     オーラを纏い繰り出される二人渾身の連打は、敵の弱点をついたもの。
     拳がひとつ入る度、青い獣は歪みよろめき、崩れかかる。
    「ガッ……!」
     咆吼さえも途切れ、残るのは喉を詰まらせたような呻き声。
     あと少し。
     倒れろ。
     倒れて。
     そんな願いも込めた、最後の一分が――終わった。

    「……時間です」
     八分が経った時点で、速やかに撤退する。
     それが全員一致で決めた条件。
     タイムリミットを告げる静樹の声に、灼滅者達は素早く動き出した。
     生活道路側に居た者達は、それぞれにESPを用いて鉄雄を越え、大通り側に立つ仲間達に合流する。
     彼らの視線が向かうのは、路地裏の中程。
    「……ひっ」
     そこには、灼滅者達の鋭い視線を浴びて怯えたように身を引こうとして失敗し、尻餅をつく人間形態に戻った鉄雄の姿があった。
     満足に動けぬようだが、かろうじて命はあるらしい。
     灼滅しきれなかったことに哲が舌打ちし、静樹も流石に苛立ちを隠せない様子。
     だが、万が一にもヴァンパイアとの戦闘は避けなければならなかったし、この分だと恐怖は充分に植え付けられただろう。
    「ひとを虫けらのように扱ったら、わたしたちがあなたを殺しにかかります」
    「妾たちはいつでも見ておるからな……ゆめゆめ忘れるでないぞ」
    「次の刺客も、ヨロシクデスネ、ケハハ」
     念を入れて『逃げてもいつでもまたやってくる』と匂わせれば鉄雄は信じたらしく、ままならぬ体で必死に逃げようとしているようだった。
     灼滅はできなかったが、あの様子ではヴァンパイアの申し出を受ける余裕はないだろう。
     任務はしっかりと果たせたのだ。
     それを確認して、灼滅者達は足早に路地裏を後にする。
     残る懸念は、ヴァンパイアだが……彼らの目的が分かる時もくるのだろうか。
    「ヴァンパイア……こんなのを集めて何をしようというのかしらね」
     離れたところで路地裏をふと振り返った紫苑の小さな呟きが、夕日に伸びた彼女の影にぽつりと落とされた。

    作者:江戸川壱号 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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