蒼の悪意、闇の思惑

    作者:緋月シン

    ●蒼の悪意
    「……え? なん、で……?」
    「あははっ、いいねぇ、その顔だよその顔。うん、打ちひしがれて絶望する瞬間を見るのが、僕は大好きなんだ」
     女は眼前の光景が理解できなかった。視線の先に転がっている、既に物体と化してしまった二つのそれ。
     問題なのは特にその片方だ。先ほどでは生きていたそれ。攫われ、救出され、恐怖を覚え泣いていたそれ。
     最愛の娘だったもの。
     今ではその首から上が存在しておらず、代わりとでもいうかのように地面に赤黒い液体とちぎれバラバラになったナニカがぶちまけられている。
    「なん、で……?」
     女は壊れたように繰り返す。
     娘は隣に転がっている男だったものに攫われた。元は父親と呼ばれるものだったはずだが、娘自身は顔すらも覚えていないはずだ。
     数年ぶりに声を聞いたと思ったら、娘は預かったから金を寄越せとか言い出した。困り果てどうしようか焦っていたところを、このすぐ傍で笑みを浮かべている青年に声を掛けられたのだ。
     そして。
    「だから言ったじゃない。助けるけど、どうなってもいいの? って」
     その結果がこれ。
    「さて、というわけでその顔を見れたから、もうあんたはいらないや。バイバイ」
     絶望で濁った目は、果たして最後に何を捉えたか。
     ぐちゃりと、何かが潰れたような音が響いた。

    「う~ん……そろそろ飽きてきたかなぁ。時間も手間もかかるし……まあだから楽しかったんだけど」
     空が白み始めてきた時刻。足元には綺麗に三つ並んだ物体。終夜は窓から空を見上げながら、今までの光景を思い出していた。
     それは十分以上に楽しいものであったが、さすがに何度も繰り返せば新鮮味は落ち感動も劣る。
     それでも楽しいことに違いは無い。けれどどうせならばより楽しいほうがいいに決まっている。
    「次は何をしようかなぁ……」
     そんなことを考え、呟いた時だ。
    「ふむ、では私達に協力するというのはどうかね?」
     突如響いた声に振り向いた先。まるで闇から這い出てきたかのように、それは姿を現した。男だ。
     正確には少年と言うべきかも知れない。何処かの制服のようなものを着ており一見終夜よりも年下に見えるが、妙な威圧感を放っている。
    「……誰?」
    「ふむ、確かに名乗らぬのも失礼か。私は……そうだな、ヴァンパイア。そう言えば通じるかね? 君の力を見込んでやってきた」

    ●闇の思惑
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は皆が揃ったのを確認するや否や口を開いた。
    「お前達、デモノイドロードのことは知っているな」
     普段はデモノイドヒューマンと同じ能力を持っているが、危機に陥るとデモノイドの力を使いこなし、デモノイドとして戦う事ができる。
     まるで自分の意志で闇堕ちできる灼滅者、という厄介な存在だが、今回はさらに厄介なことになっていた。
    「デモノイドロードが事件を起こした場所にヴァンパイアが現れ、デモノイドロードを連れて去っていくという予知があった」
     まさに、クラリス・ブランシュフォール(蒼炎騎士・d11726)の『デモノイドロードを自制力に取り込もうとするダークネスが現れる』という懸念が現実のものになってしまったようである。
    「そいつの名前は秋月・終夜(あきづき・しゅうや)。人が絶望した瞬間の顔を見るが大好きっていうクソったれな野郎だ」
     今回は身代金目的で娘を攫った男を殺し、娘を助け、その上で娘を殺すことで母親に絶望を味あわせて殺す、というような悪趣味なことをやっている。
    「場所は廃工場。接触できるタイミングは、終夜が男を殺した直後が最速だ。それ以前だとやつの警戒に引っかかる」
     つまり男を助けることは出来ないということだ。
    「こっちもかなりクソな野郎ではあるが、それでも助けたいって思うやつも居るかもしれん。が……すまん、今回は耐えてくれ」
     さらに今回はヴァンパイアが現れることが分かっているため、制限時間がある。
    「現時点でヴァンパイア勢力との全面戦争は避けなければならないからな」
     事件を穏便に解決するには、デモノイドロードが事件を起こしてからヴァンパイアが現れるまでの短い期間に、デモノイドロードを倒さなければならないだろう。
     ヴァンパイアが現れるのは、戦闘が可能な状況になってから十分前後。確実を期すならば、八分以内に灼滅して撤退を目指したいところだ。
    「今回現れるヴァンパイアは、眼鏡を掛けた何処か几帳面そうな少年だ」
     その少年が現れる前までに撤退出来るのが最適である。
    「いいか、間違っても戦おうとするなよ? まともに戦えば勝つのは難しく、且つその後の情勢も悪化するからな」
     それはデモノイドロードを灼滅することが出来なかった場合でも同様だ。無理をせず、即座に撤退するのが望ましい。

    「厄介な状況だが、お前達なら出来ると信じている。よろしく頼む」
     そう言ってヤマトは灼滅者達を見送ったのだった。


    参加者
    和瀬・山吹(エピックノート・d00017)
    シオン・ハークレー(小学生エクソシスト・d01975)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    辰峯・飛鳥(変身ヒーローはじめました・d04715)
    海藤・俊輔(べひもす・d07111)
    紅月・燐花(妖花は羊の夢を見る・d12647)
    河内原・実里(誰が為のサムズアップ・d17068)
    遠藤・穣(高校生デモノイドヒューマン・d17888)

    ■リプレイ


    「……もうそろそろ、かな」
     和瀬・山吹(エピックノート・d00017)はそう言って呟きながら、小さく溜息を吐いた。
     視線の先には件の廃工場。そこに、今回倒すべき敵が居る筈である。
     デモノイドロード。厄介なダークネスも現れたものだと思いつつ。
    (「……知性があったとしても、奴隷になるのには変わらない、か」)
     そんなことも思う。
    (「デモノイドロード……異形と化した自分を制御するために人を惨たらしく殺さずにはいられない哀しい存在……か」)
     辰峯・飛鳥(変身ヒーローはじめました・d04715)はそう思い、まさかまた相手をすることになるなんてね、などと思いながらも。
    「けど、無辜の命を奪うことは絶対に許さない。何としても止めなくちゃ……!」
     拳を強く握り、気合を入れた。
     しかし今回問題となるのは、それだけではない。
    「なーんか、ヴァンパイアが裏でこそこそしてるみたいだけど、その計画もデモノイドロードも全部纏めてオレらがぶっ潰してやんぜー」
     そんでもって、一般人をきっちり救出しないとなー、という海藤・俊輔(べひもす・d07111)の言葉に、神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)が頷く。
    「……デモノイド、ロードが他の勢力に、加わったら、最悪の事態しか、浮かばないのです……。……でも、それ以前に、人の心を、弄ぶなんて、許せない、です……」
     それにさらに頷くのは、シオン・ハークレー(小学生エクソシスト・d01975)だ。
    「ヴァンパイアさんに渡さないっていうこともだけど、何より、こんな事件を起こすデモノイドロードさんが許せないよね」
     自分が満足するために他の人を絶望させるなんて絶対許せないと、そう思いつつ呟く。
    「助けられるようにがんばるの」
     そんな仲間達の言葉を聞くとはなしに聞きながら、紅月・燐花(妖花は羊の夢を見る・d12647)は少しだけ遠い目をしていた。そのまま、言葉が零れ落ちる。
    「絶望に染まる顔が好きという方は確かにいらっしゃいます」
     今回の人物がデモノイドロードとなったことでその本質を変えたわけではないように、それはダークネスに限った話ではない。
     しかし。
    「この事件、ダークネスだからこそ私たちが介入しておりますが、似た事件でもただの人ならば介入しないのですよね」
     その言葉は誰かに向けられたものではない。けれど確かに声音となったそれに、答えられる者はいなかった。
    「……いえ、考えるべき事ではございませんね、今は」
     首を振ると、燐花は廃工場へと向き直る。
     時間だ。
     直後。
    「着装!」
     気分を入れ替え気合を入れ直すが如く、飛鳥が叫んだ。
     瞬間その全身が紅い光に包まれる。それが収まった時には、飛鳥の姿はまるでその光を全身に纏ったかのようなものになっていた。
     ASCA-X01 壱式試製対魔戦用強化装甲服――そう名付けられたそれを身に纏った飛鳥が視線を向けると、準備が完了した皆も頷く。
     そして、自分たちの役目を果たすために、駆け出した。


     度重なる恐怖を前に、少女の精神は決壊寸前であった。それでもギリギリ耐えることが出来たのは、その寸前に母親の姿を目にすることが出来たためだろう。
     故に必然の流れとして、母親の元へと向かおうとし――その直前。
     入り口の扉が吹き飛んだ。
     そこから飛び込むようにして突入してきたのは、遠藤・穣(高校生デモノイドヒューマン・d17888)を筆頭にした四人だ。
     扉を吹き飛ばしたのは穣であるが、その中で最も目立っていたのは俊輔だろう。
    「正義の味方参上ーってねー」
     などと言いつつ、空中前転しながら無駄に派手に格好付けながらの登場なので、当たり前ではあるが。
     しかしそのおかげで、正義のヒーローみたいに登場し、相手の気を引きつつ少しでも親子の恐怖を紛らわせる、という目的は達成できたと言えるだろう。
     母親と少女は口をポカンと開けて唖然とし、少女の頭を握り潰そうと待ち構えていた青年――終夜は、訝しげな視線を俊輔達に送っていた。
    「……? なに、君達?」
     その疑問に答えることはなく、またその暇もない。
     直後。
     窓ガラスが砕け散り、新たな人影が現れた。
     少女達はそちらへ反応する余裕がないが、終夜はさすがに別である。
    「今度はな――」
     言葉を最後まで言うことは出来なかった。視線を向けた瞬間、眼前に迫っていたそれに視界を覆われる。
     直撃した。
    「――っ!」
     ライドキャリバーのスロットに乗り終夜の顔面を轢いた河内原・実里(誰が為のサムズアップ・d17068)は、そのまま少女の元へと滑り込むとその身体を片手で抱き上げる。
    「よく泣かなかったな、もう、大丈夫だ」
     そして安心させるように笑顔でサムズアップすると再発進。片手で顔を押さえ睨みつける終夜の脇をすり抜けるように離脱した。
     もっとも当然それを素直に見逃す終夜ではない。顔を押さえている手とは逆の腕を実里へと伸ばし――
    「こっち向けよ糞野郎」
     それより先に懐まで踏み込んでいた穣の、巨大な刀と化した腕が振り下ろされた。
     だが直後に響いたのは、甲高い音。咄嗟に防御に回された終夜の腕が、穣の腕を防いでいた。
     しかしそれで問題はない。穣の役目は、敵の気を逸らすことだ。十分果たせている。
     それに。
     穣の視界の端に映ったのは、獣爪の如くオーラ。獣爪裂吼という名のそれで以って、死角に回り込んだ俊輔が終夜の身体を斬り裂いた。
    「っ!」
     さらにそこに襲い掛かるのは歌声。蒼の喉が震え、伝え行く透き通ったソプラノに、終夜の意識が一瞬揺らぐ。
     だがそれに耐え、動こうとした身体に、影の触手が絡み付いた。山吹の放ったものだ。
     そこに迫る影は、シオン。振りかぶった杖を叩き込み、ほぼ同時に飛び込んでいた燐花の槍が穿つ。
     一瞬遅れ、流し込まれていた魔力が内側で爆ぜた。
     ふらつく終夜の前に立つのは飛鳥。
    「これでも喰らえー!」
     オーラを収束させた拳で、殴り飛ばした。


     皆が一斉に終夜へと攻撃している間に、実里は少女を母親へと渡していた。二人は未だ呆然とし、状況を理解している様子ではないが、こちらも説明をしている余裕はない。
    「ここは危険です! すぐに逃げて!」
     飛鳥の言葉に、しかし母親達は動けない。いや、動かない。
    「とにかく走れ、後ろ見んじゃねぇぞ!」
     穣の言葉に一瞬身体がびくりと震えるも、それは同様だ。
     何故ならば。
    「うん、そうそう、そこを動いちゃ駄目だよ。彼らはきっと、逃げ出した君達のことをわざわざ追いかけて殺すつもりなんだ」
     もう一度、今度は明確に母親の身体が大きく震えた。それは先ほどとは異なり、その言葉の内容によってだ。
    「――だってこんなに大勢で、僕のことを突然殺そうとするような人達だもの」
     そう、母親達からしてみれば、確かに終夜は人殺しではあるものの、同時に娘を助けてくれた恩人なのである。
     灼滅者達が早急に介入したことによって、母親は終夜が娘を害そうとしているのを見ていない。どころか見たのは、恩人が何故か一方的に嬲られる場面。
     それを成した者達の言葉を、どうして信じられるのか。
     灼滅者達が危険だと思っても逃げないのは、先ほどの戦闘を見てしまい、且つ実里がすぐそこに居るからだ。即ち、逃げられるとは思えなかったのである。
     それでもESPなどを使っていれば、強制的に避難させることも出来ただろう。
     或いは戦闘が発生していなければ。或いは掛けた言葉が別のものであったならば。或いは彼らが互いにきちんと意思疎通を図れていれば。
     しかし全て無意味な仮定である。意味がない理由はそれぞれ違えど、意味がないことに違いはない。
     故に彼らは諦めた。母親達のことを、では勿論ない。母親達を即座に避難させることを、だ。
     何れにせよ今から他の何かをしている余裕はない。それに、何かをする必要もないだろうとも、思っていた。
     その理由は――
    「俺らは八人。……一人で勝てると思ってるの?」
     ロケットハンマーを構えながら、山吹は嘯き問いかける。実際のところ答えを聞くつもりはなかったが、そもそもその問いはもっと根本的なところで意味がない。
     現状の終夜相手で言うならば、八人どころか二人ですら勝てるだろう。デモノイドロードが人の形を保っている間の戦闘能力の基準となるのは、灼滅者なのだ。
     故に。
    「……もうちょっと遊ぼうかと思ってたんだけど。まあいいか」
     言葉の直後、終夜の身体が文字通りに膨れ上がった。その身の全て、色すらも変わり果てた、巨大な異形と化す。
     それに悲鳴を上げたのは、母親だ。娘の方は恐怖のあまり声を上げることも出来ないのか、身体を震わせながら母親に抱きつき涙を流している。
     恩人と思っていた人間が、突然化け物になったのだ。無理もない反応だろう。
     しかしだからこそ、都合がいい。
    「いいか、もう一回言うぞ。とにかく走って逃げろ!」
     逃げたら殺されるかもしれない恐怖よりも、この場に留まる恐怖の方が勝ったのだろう。母親は娘の身体を抱きかかえながら、慌てて逃げだした。
     しかしそこに、異形の顔が向けられる。
    『オット、チャントアトシマツシナイトネ』
     その頭上に、巨刃が振り下ろされた。既に背中を向けている母親は、それに気付かない。
     そのまま、刃は無防備な二人へと吸い込まれる――直前。横合いから飛び込んできた影に殴り飛ばされ、その軌道が変えられた。
    「あなたにはこれ以上誰一人殺させはしない!」
     飛鳥だ。
     だがそれでも諦めず、終夜は逸らされた腕を強引に止めると、そのまま横へ薙ぎ払う。
     しかし今度は甲高い音と共に弾かれた。二人の護衛に回されていたスロットだ。
    『……チッ、マアイイカ。アノフタリノカワリニ、キミタチノゼツボウシタカオヲミレバ』
     言葉と共に振り下ろされた刃を、穣は敢えて真正面から受け止めた。衝撃となって伝わるのは、先ほどまでのそれとは比べ物にならない力。
     腕が、全身が軋み悲鳴を上げ、押されながら、それでも意地で止め、留まった。
     穣はデモノイドの力を受け入れられずに思い悩んでいた。故に、同種の力で外道を働く終夜も、利用しようとする吸血鬼も許せない。
     だから。
    「やれるもんならやってみろ。だけどな、俺はてめぇみてーなクソ野郎の絶望した面を見んのが大好きなんだよ!」
     全力で殴り飛ばした。
     ふらつく終夜に、穣と代わるように現れたのは影だ。
    「……跡形も、なく、……切り、刻め……」
     蒼の放ったそれが鋭い刃と化し、終夜の身体を斬り裂き、刻む。
     そこへ飛び込むのは、ロケット噴射を伴った山吹。勢いを殺すことなく、そのまま叩き込んだ。
    「私の中にあるもう一人の私よ、今ここに……」
     灼滅が無理な場合にもと、敢えて恐怖を煽るために燐花が狙ったのは顔面であった。吐き出されたのは、大量の弾丸。
    「さあ、お選びなさい、安らかな滅びか、苦しみの滅びか」
     口調は普段のものと同じにも関わらず、何処か色気を感じさせる雰囲気。その声を、爆炎が彩った。
     スロットから降りた実里は、降りたその場に留まっていた。両手に武器を構えての、固定砲台。
     攻撃を受けても回復は完全に任せ、その射出口を相手に向け続ける。
    「火力を集中させる!」
     狙い、放ち続けた。
     迫る攻撃を避けれないことに気付いたシオンは、瞬時に思考を切り替えた。代わりに放つのは雷。貫かれるそれにも構わずに振りぬかれたが、それでも直前に後ろに飛び、少しでも威力を殺す。
     転がり、立ち上がり、痛みを顔を顰めた瞬間、透き通ったソプラノが耳朶を叩いた。痛みが引いていく事に、蒼へと視線だけで礼を述べ、すぐに前方へと視線を戻す。
     そして視界に映し出された終夜の背後、そこに迫っていた人物の目と合った瞬間、シオンは地面を蹴っていた。
     そこに居たのは俊輔だ。事前に何かを決めていたわけでなければ、合図があったわけでもない。それでも。
     先に俊輔が迫っていたことに気付いていた終夜が振り向き様に刃を振るうが、その時には俊輔は屈んでいた。頭上すれすれを擦れ違うそれに怯みもせず、俊輔はさらに一歩を踏み込み、懐へと潜り込む。
     その拳に纏ったのは雷。そのまま地面を蹴り上へ。眼前に迫った顎へと叩き込み、振り抜いた。衝撃に顎が上がり、上向いた終夜の視界が捉えたのは、迫り来る杖。
     シオンはそのまま振り下ろすと魔力を流し込み、直後に内側で爆ぜた。
     シオンと俊輔はほぼ同時に地面に降り立つと、視線を交わし微笑み合う。しかし即座にその場を離れた。
     時間としてはギリギリ。故に。
    「我が手に招くは滅びの力よ」
    「言い訳は天国で言ってよ。……あぁ、君はいけないかな」
    「……奈落へ……堕ちろ……です」
    「ああ、そういやさっきの訂正な。やっぱ面も見たくねぇわ」
     全力でぶちこんだ。


     無事灼滅することは叶ったものの、既に時間的な余裕はない。八人は早々に退散することにした。
     廃工場を慌しく後にし、少し離れた場所で一息をつく。それから、何となく山吹は周囲を見渡した。
     とっくに避難したはずの母子の姿は、当然ながら見えることはない。
     それでも。
    「もう、その手を離さないように、ね」
     やはり何となく、そんな言葉を呟いた。
     同じようにあの母子を探すように、或いは別の何かを探すように、燐花は何処か遠くの場所を眺めていた。
    「母親……か。私の母もああやって私を抱きしめて……」
     その先の言葉は音にならない。何を言いたかったのかを知ってるのは、きっと本人だけだろう。
     救出した娘のことを考えながら、穣は内心複雑な気持ちを抱いていた。
     救出そのものにでは勿論ない。その境遇にである。
     自分も親に恵まれていなかったため、そこに少し思うところがあるのだ。
    「あのガキ、バベルの鎖とやらの力で全部忘れてくれっといいんだけどな」
     バベルの鎖がそんな便利で都合のいいものではないことを知っていながらも、つい思わずにはいられなかった。
    「無事に、二人を、助け出せて、良かった……です」
     そう呟く蒼は母子を助け出せたことにほっとしつつも、その表情には何処か陰りが見られた。
     突然現れた淫魔。父と母。一人生き残った自分。
     それは過去の事実。
     蒼は過去の自分を投影してしまっていたのだった。
     けれど起きてしまった過去は変えられず、それでも起きていない未来は変えられる。
     ならばきっと、そうして進んでいくしかないのだろう。一歩一歩を、小さくとも、少しずつ。
     ともあれ。
     全てが上手くはいかなかった。全てを救うことは出来なかった。
     けれどそれは当たり前だ。灼滅者は正義の味方ではない。少なくとも今はまだ、それだけの力がない。
     それでも、助けることが出来たのは事実だから。
    「ま、とりあえず、二人を助けられてよかったな」
     そう言って、実里は皆へ向けて、サムズアップをしてみせたのだった。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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