殺人者は反逆を望む

    作者:邦見健吾

     とある町のゲームセンター。町でも一番の規模を誇り、休日はいつも人で賑わっている。
     そこに、彼女はいた。
    「キミたち、ちょっと……」
     高校生らしき4人組のグループに、少女が声をかけた。燕尾服をまとい、長い髪を1つに束ねたその姿は、人によっては美少年にも映るだろう。こだわりのある品なのか、懐中時計を1つ、腰に提げている。
     グループの中にいた女の子が頬を赤らめながら返事をすると、燕尾服の少女は瞬時に取り出したガトリングガンを顎に突きつけ、女の子の頭を吹き飛ばした。
     さらに燕尾服の少女が残る3人に銃口を向ければ、1人の少年が他の2人を庇うように歩み出る。すると少女は嬉々として笑みを浮かべ、片手に携えていたもう1つの懐中時計を開いて見せた。
    「この時計の長い針が1周するまで生き延びたら、3人とも見逃してあげるよ」
     そう言って立ち向かう少年の足を撃ち抜くと、少年は痛みからか恐怖からか、頭を下げて涙を流しながら命乞いを始めた。
     そして、燕尾服の少女は熱が冷めたように笑みを消し、砲火を放った。

     教室に集まった灼滅者たちに対し、冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)が説明を始める。 片隅には天下井・響我(高校生サウンドソルジャー・dn0142)の姿もあった。
    「新たに六六六人衆の犯行を予知しました。おそらく……いえ、間違いなく先日闇堕ちした水蓮寺さんです。皆さんには彼女の救出、あるいは灼滅をお願いします」
     六六六人衆五〇五番と交戦し、闇堕ちした水蓮寺・閾(アグレッシブチキン・d14530)。現在は番外だが、このままでは殺戮を繰り返して序列を上げるのも遠くないだろう。
     現在の彼女は燕尾服に身を包み、髪を1つに結んで男装をしている。以前のような調子の良さはなく、どこか厭世的な雰囲気を漂わせている。また、自分をどこまでも卑下し、自身をゴミやカスと称することもある。
    「彼女には特徴的な嗜好があります」
     それは、人間が逆境に立ち向かう様を見ること。そのために彼女は凶器を突きつけて人を追い込み、刃向ってくるように誘導する。しかしもし、彼女の誘導に沿う行動をとらなければ容赦なく殺害するだろう。
    「事件の内容に移ります。水蓮寺さんはとある町にゲームセンターに現れ、高校生の一団に声をかけ、その後に殺害します。私の予知によれば、水蓮寺さんが高校生たちに声をかけようとするところで接触できます」
     なお、高校生たちやゲームセンター内の客を巻き込むおそれがあるため、できるだけ戦いから遠ざけた方がいいだろう。
    「戦闘になると、水蓮寺さんはガトリングガンとバスターライフルを使用します。見た目こそ灼滅者が使う殲術道具ですが、威力は段違いですので注意してください」
     灼滅者を特別警戒していることはなく、また保身をあまり考えないので逃走の可能性も低い。そういった意味では与しやすい相手といえるかもしれない。
    「確認ですが、水蓮寺・閾さんの救出または灼滅が今回の目的です。番外とはいえ六六六人衆です。油断や迷いが命取りになることもありますので、気を付けてください」
     蕗子は湯呑に口をつけ、一息ついてからまた口を開いた。
    「今回救出に失敗すれば、おそらくはもう灼滅者に戻ることはできないでしょう。……武蔵坂のエクスブレインとしてだけではなく、冬間・蕗子個人としてもお願いします。彼女を救ってください」
     軽く頭を下げ、蕗子は灼滅者たちを見送った。


    参加者
    アプリコーゼ・トルテ(中学生魔法使い・d00684)
    貳鬼・宿儺(双貌乃斬鬼・d02246)
    那賀・津比呂(は宿題が終わってない・d02278)
    皇・千李(復讐の静月・d09847)
    銃沢・翼冷(虚毒の孤独に愛する蜜来たらず・d10746)
    天槻・空斗(焔天狼君・d11814)
    桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)
    王・龍(未来永劫彼氏無し・d14969)

    ■リプレイ

    ●堕ちた者
     灼滅者たちはエクスブレインの情報に従い、ゲームセンターに先回りして潜伏する。サポートに駆けつけてくれた仲間も施設の内外に分かれて待機している。
    (絶対に連れて帰らないとなぁ……。約束は全力で……)
     銃沢・翼冷(虚毒の孤独に愛する蜜来たらず・d10746)は混雑するゲームセンターの人をかき分けながら、閾と高校生たちを探す。不退転の覚悟で約束を果たすつもりだ。
    「さて、ちょっと無理をした三下娘を迎えに来たぜ?」
     天槻・空斗(焔天狼君・d11814)が燕尾服の少女を見つけた。まとう禍々しい雰囲気から、彼女が確かに堕ちてしまったのだと分かる。仲間に連絡を入れつつ、気配を殺して慎重に後を追う。
    「キミたち、ちょっと……」
     高校生らしき4人組のグループに、少女が声をかけた。グループの中にいた女の子が頬を赤らめながら返事をすると、燕尾服の少女はガトリングガンを瞬時に取り出し、女の子に銃口を突きつけようとする。しかしその瞬間、空斗が閾と高校生との間に割って入り、銃口の先に立ちふさがった。
    「探したぜ閾いいい! 会いたかったぞおお!!」
     そして、そこに那賀・津比呂(は宿題が終わってない・d02278)が両手を大きく広げ、閾を抱きしめようと全身全霊で突っ込んでくる。
    「好きだあああ!!」
     津比呂は閾と付き合っているのだが、津比呂はその奇跡を失ってなるものかと鬼気迫る勢いで閾に猛突進をしかけた。しかし閾はバスターライフルを冷酷に構えると、円形の光線を放ち、空斗と津比呂をまとめて薙ぎ払う。衝撃で津比呂が吹っ飛ばされ、頭から遊技機に激突した。
     背後をとった翼冷が腕を異形へと変じさせ、巨大な拳で閾に殴りかかる。けれど振り返ることなく軽々と攻撃をかわされ、ダークネスに堕ちた閾には届かなかった。間髪入れず王・龍(未来永劫彼氏無し・d14969)が長大な刃で豪快な一撃を見舞うが、閾はそれをわずかな動作で避けきった。
    「……危ないから外へ」
     灼滅者たちに注意が向いている間に皇・千李(復讐の静月・d09847)が襲われかけた高校生に声をかけ、ゲームセンターから避難するように誘導する。
    「ここはあっしがとめてるからはやくここから離れるっす」
     アプリコーゼ・トルテ(中学生魔法使い・d00684)も加わり、閾の前に立ちはだかりながら一般人たちにこの場から離れるよう促した。
    「……誓――その銃弾、我等より先へは届かせぬ」
     その後方では、貳鬼・宿儺(双貌乃斬鬼・d02246)が殺界形成で一般人を遠ざけるとともに、桜井・かごめ(つめたいよる・d12900)が避難誘導を行っていた。
    「落ち着いて、慌てないで外に避難してください!」
    「こっちは任せろ。俺はこれ位の事しか出来ないからな……きぃを頼んだ」
     避難を促すかごめに、閾を助けるために駆けつけた十六夜が想いを託す。
    「わかった、任せて!」
     十六夜に背中を押され、閾を救うべくかごめも戦列に加わった。

    ●抗う者
    「こなくそおおおお!」
     津比呂は遊技機の筐体に埋まった頭を引き抜き、光の盾を展開しながら再び猛烈な勢いで閾に向かっていく。
    「あははは! 私みたいなゴミに何か用?」
    「閾がゴミやカス? HAHAHA! ユニークですねーこんな可愛いゴミカスが居るかー!!」
     どす黒い瘴気に包まれながら笑い声を上げる閾の闇に対し、津比呂は恥ずかしげもなく閾への愛を叫ぶ。爆炎の嵐に呑みこまれても、次の瞬間には根性で立ち上がった。
    「行こうか……緋桜」
     千李は刀を鞘に納めたまま閾に接近、一足の間合いに入ると、踏み込みと同時に刀を抜き放ち、高速の刃で一閃した。番外とはいえ、相手は六六六人衆。迷いを見せればただでは済まない。
    「すごい、私みたいなゴミよりも輝いてる! 素晴らしいよ!」
     灼滅者たちの反撃に気を良くしたか、閾は興奮したように目を見開き、ガトリングガンを撃ちまくって灼滅者を襲う。むちゃくちゃにも見える射撃は、前に立つ灼滅者たちを正確に捉え、その体力を大きく削った。
    「閾! お前のダークネスは逆境が好きなんだってな! 俺らも今こうやって強大な力と向かってる、だからテメェも立ち向かえ! あの十六夜先輩の義妹だろう!」
     だが閾を連れ戻すためなら退いてなどいられない。翼冷は影を拳に宿し、一気に肉薄して閾の腹目掛けて思い切り叩きつけた。
    「……語――嘗ての話だ。我と御身、共に戦場へ立ち、闇に堕ちかけた少女を救ったな。閾、その時御身は少女へ手を伸ばしたな。『共に行こう』と謳ったな」
     今は表層の下にある閾の心に語りかけながら、宿儺がウロボロスブレイドを振るう。
    「……随分青く、甘い話……故――我が護る理由には十二分。甘く、其れ故に光輝。その御身を取り戻す為、纏う闇を今祓う。……回帰――思い出せ、己を」
     鎖のように連なる刃が、蛇のごとくしなやかに伸びて閾に迫った。その存在を手放すまいと、蛇剣が閾の体に巻きつく。
    「こんなところで終わってはなりませんよ。まずは表に出ているクールなダークネスに打ち克ってください」
     さらに龍が閾の死角から迫り、斬艦刀で切りかかる。一撃見舞うことができたが、束縛を脱した閾から至近距離で弾丸を食らい、衝撃で壁に叩きつけられた。
    「……それが済んだらキラーなんとかっていうショタコンホイホイにリベンジですよ、勿論灼滅者として」
     斬艦刀を支えにして、龍は立ち上がる。この程度で屈しはしない。閾は己の命を懸けるに値する存在だから。
    「あんまり無理すんじゃねえぞ」
     響我が歌声を響かせ、龍の傷を癒す。閾を取り戻す戦い、正念場はこれからだ。

    ●救う者
    「そうはさせない!」
     龍目掛けて放たれた弾丸の嵐を、寸でのところで空斗が受け止めた。弾丸は光の盾を貫き、空斗の全身を打つ。
     閾の激しい攻撃にさらされながらも、灼滅者たちは果敢に立ち向かった。防御役が代わる代わる攻撃を受けることでダメージが分散し、戦線の維持に貢献している。
    「逆境に立ち向かうに保身を考えないっすか、三下にあるまじき行動っすね。抗うならダークネスに対して抗えっす! ここにいるみんなが抗うための手伝いに来てるっすよ」
     アプリコーゼは杖の先に魔力を収束させ、魔法の矢を放った。矢の形に圧縮された魔力は高速で迫り、閾を貫いた。
    「いいよいいよ! ゴミの私とは違うんだね!」
    「ひでぶっ!?」
     閾の反撃を受け、極大の光線に呑みこまれるアプリコーゼ。直撃だったが、意識が飛ぶギリギリのところで持ちこたえる。
    「君は自分のことを塵や屑呼ばわりするけど、一方で人が困難立ち向かう様を見たいんだよね。……ねえ、それって君が人の運命に立ち向かう力を信じたいってことでしょう?」
     言葉が閾の心に届いているかはわからない。それでもかごめは閾を信じて呼びかけ続ける。
    「ならさ、戻っておいでよ。誰でもない「君のために」困難に立ち向かってる人たちのために」
     癒しの力を秘めた符を投じ、前衛陣をサポート。直接ぶつかり合うだけが戦いではないのだ。
    「とりあえず帰ってこい、話はそれからだ!」
     空斗は光剣に緋色のオーラをまとわせ、素早く踏み込んで剣を振り抜いた。傷を負わせるとともに奪った力を自分のものに変える。
    「すごい! すごいよキミたち!」
    「……仕置――少々痛いが、何死にはすまい」
     宿儺は向けられた銃口を左に携えた蛇剣で払い、至近距離から斬撃を繰り出した。逸れた光線がゲーム筐体を貫く。
    「……完全に堕ちれば残された者はずっと苦しむ……俺のように」
     そこに千李が冷気の弾丸を飛ばし、追撃をかけた。
    「私みたいなカスにも本気になるんだね!」
    「閾御嬢様はカスでもゴミでも御座いません。アーナインめと撫子荘皆の仲間で御座います」
    「シッキー、人を追い込んでる場合じゃねえだろ! お前こそ今のその逆境からどんな風に足掻いて苦しんででも戻ってこい!」
     一般人の避難を終え、同じクラブのアーナインや真二が駆けつけた。他にも、少なくない数の灼滅者たちが閾のために今このゲームセンターに集まっている。
    「これだけの人が心配してる。それだけ愛されてるんだよお前は。その全てを裏切ったりなんかさせない! 絶対に!」
     声が枯れそうなほど、翼冷は強く訴えかける。灼滅者たちの想いが届いたのか、閾の動きが一瞬鈍った。
    「ゴミカスに身体張る程、酔狂な人間じゃねーぞオレは! 大事な彼女だから頑張ってんでしょーが!」
     一見何の変哲もない棒を構え、津比呂は閾に向かって真っ直ぐ、全力でダッシュする。しかしあと一歩というところで、バスターライフルから放たれた光線に貫かれた。棒が手から離れて、カランと音を立てる。
     ――だが。
    「倒れんよ、閾を抱いて帰るまでは!」
     津比呂は気力で最後の一歩の距離を埋め、全霊の一撃を見舞った。

    ●救われた者
    「ん……んんっ……」
     青髪の少女が津比呂の腕の中で目を覚ました。津比呂を始め、閾を助けに来た灼滅者たちがその様子を見守る。
    「……おはようっす」
    「おおおおお閾いいいいいい!!」
     照れくさそうに挨拶する閾を、津比呂が感動のあまり全力で抱き締める。灼滅者たちは戦いに勝利し、少年はかわいい彼女を取り戻すことができたのだ。
    「ちょ、痛いっす、苦しいっす!」
    「おおおおお!」
     閾はバンバン津比呂の体を叩いて訴えるが、津比呂は号泣しきりで気付かない。
     一方、龍が二人を興味津々に見つめているが、口元に怪しい笑みが浮かんでおり、あまり触れない方がいいだろう。
    「やあ、おかえりなさい。誰よりも運命に立ち向かったきみ……頑張ったね」
    「ありがとうっす」
     まだ津比呂の腕から解放されない閾に、かごめが声をかけた。閾は少し申し訳なさそうに、けれど素直に礼を返す。
    「……重畳――無事であるならそれで良し」
     閾の様子を確認し、宿儺が呟いた。感情の読み取れない表情だが、その顔にはどこか安堵が浮かんでいた。
    (これ……全部でいくらするんだ?)
     感動の再開に水を差すつもりはないと、空斗は一人めちゃくちゃになったゲームセンター内をのんびりと眺めていた。壊れた筐体の数を数えるのも、5つを超えたところでやめた。
    「さて、約束も果たせたし言うことなしだな」
     津比呂と閾を見やり、翼冷は殲術道具をスレイヤーカードに納める。
    「一人で歩けるっすよ~」
    「いいからいいから、抱いて帰るって決めてるから!」
    「そ、そこまで言うなら……」
     津比呂は抵抗する閾を強引に頷かせ、お姫様抱っこのまま、激戦の傷跡残るゲームセンターを後にした。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 17/感動した 3/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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