山染まる ~紅葉のいざない~

    作者:矢野梓

     猛暑、酷暑とさんざんに呼ばわれた夏もとりあえずは落ち着きを見せ、季節は確実に移ろおうとしている。もっともこれからは野分などという優雅な名を持つ災厄が姿を見せることもあるのだけれど――。ひとまずは武蔵坂学園の庭も一雨ごとに清涼さを増し始めていた。

    「んで……紅葉狩り、か」
     ちっと気が早くねーかな――水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)が見上げているのは学園の片隅にひっそりと貼られた1枚のポスター。少々素人っぽさがある所を見ればこの学園の誰かが作ったものであろうことは容易に想像がつく。錦の稜線に白く泡立つ流れに浮く紅葉とはよくある構図ではあれど、心惹かれる風景であることは間違いない。だがこのポスターにあるのは『紅葉の舞 ~秋へのいざない~』それのみなのである。
    「どこで・いつってーのがねーと行きようがないよな」
     登校時刻には今少し早いこの朝、慎也の呟きは思いの他大きく廊下を渡る。ま、いずれ情報も出てくるこったろ……慎也がくるりと踵を返しかけたその刹那――。
    「!!!」
     文字通り、飛び上がった慎也は当のポスターに後頭部を打ちつけるはめに陥った。このジンジンと広がる痛みは少年に目の前の人影が幻ではないことをはっきりと教えてくれている。
    「………………それは、申し訳ない」
     じっと見つめ返してくるのは張子細工の狐のお面。すっぽりと漆黒のフードに覆われて髪色は定かならず。かろうじてわかるのは全身にまとうローブの下が中学男子の制服であることのみ。
    「…………」
     黒ミサかともまごう姿の少年は――恐らく少年なのであろう――無言でマジックを取り出すと、キュッ、キュッ、キュッと必要事項を書き加えた。壁にはりついたままの慎也のその脇に。
    「…………」
     無言で去っていくその人影を慎也は黙って見送った。彼が動きを取り戻したのはそれからたっぷり3分は経ってからのことである。

    「それは生徒会からのお誘いってことなんですよね~」
     教室に集まった面々とのんびり話を聞き終えた高村・乙女(天と地の藍・dn0100)は大きく息をついてお茶で喉を潤した。この武蔵坂学園に魔人生徒会なるものが存在することは誰しもが知る所。目下のところ正体は不明。時折学園内のイベントを提供してくるということ以外は。
    「……多分な。すげー地味だったけど」
     つかガチ・ホラーでマジ・ビビったけど――慎也も本音の方は何とか飲みこんで応じた。狐面の少年が一体誰で何を考えているのかはわからないけれど、秋とくれば紅葉狩りというのはこの国らしい感性ではある。
    「ンなわけだからさ、皆、出掛けてみねーか」
     場所は風光明媚な山の中。小さな滝のかかる川に赤や黄色の紅葉の林。常緑樹を飾る蔦も朝晩は鮮やかに色どいているという。標高は少し高めだから残暑とは無縁であるし、1人での山歩きもさして危険ということはない。
    「いいですねえ、秋の散策~」
     瀬音ゆかしく、散る音かそけく、そこにお弁当やらお茶の会やらが加えられるならば、乙女にとっても文句はない。おまけに一般人の姿もそうそう無くサーヴァント連れにもありがたいとくれば、至れりつくせりというものだ。それならばいざや出掛けん紅葉狩り。集まった面々は慎也から詳しい場所と日程を聞き取ると、そそくさと準備に散っていったのである。


    ■リプレイ

    ●紅葉のいざない
     山裾は未だ緑が残っても、山はもう燃えるような季節を迎えていた。山眠るまでには今少し、今こそ有終の時である。
    「少し前まで暑いくらいだったのに……」
     秋色の風が月子の髪に紅を絡ませる。手を伸ばしかけた貴明に無邪気な問いが飛んだ。今日は無天君とは一緒じゃないのね、と。
    「無天さんは……呼べばすぐ現れるんですよ」
     姿を見せたのは長い毛並みの白い犬。赤く散り敷いた地によく映えて月子は思わず抱きしめる。時にはこんな交流もよい――貴明もふわりと笑んだ。
     朝の名残が残る山は菜々乃にとってはこの上ない滑り出し。早速見つけた気に入りの紅葉を本に挟んでいると、水戸・慎也(小学生エクスブレイン・dn0076)達も元気よくやってくる。
    「そんなに張り切ると……」
     ばてますよ――手を振れば少年の元気な声がこだまのように返ってくる。見てろよ、お前――と。

     からりさらさら――唐傘を回せば冥の耳にも秋の音。紅葉を追って霊犬の鬼茂も一直線。真紅の1枚を主の元へと運んで来たりするのをみれば冥の心の灘もやがて静まり。
    「舞う音……か」
     紅葉狩りにはしゃぐ声を遠くに流希もまた1人、照葉散る音に耳を傾けていた。取りとめもない思考、思いつきで立ち止まる気楽。休日というのはやはりこんな日を言うべきなのだろう。
    染まる紅とくれば思い出されるのは紅葉御前のあの伝説。果して彼女は鬼女だったのか貴女だったのか――明莉の語りに耳を澄ませながら心桜もまた思う。自分の堕ちた姿を。神薙使いと羅刹。あの姫御前もそんなようなものだったのか、と。
    「神薙使いでも羅刹でも、俺にとっては『心桜』だよ」
     さらさらと幾つもの紅葉が心桜の髪を飾る。
    「明莉先輩も……」
     囁き返す声に彼は静かに深く笑みを返した。
     想希のカメラに映るのもそんな見事な綾錦。とはいえ彼らの道は決して楽とは言い難く、想希や悟の裾を握っている烏芥とそのビハインドの揺籃の息は微かに弾み始めている。だが到着してみれば確かにそこは秋の花園。見ればスカートを広げて奏恵は風に舞う葉を追って右左。
    「これなら地面に落ちちゃう前だから綺麗だよ!」
    「わ、奏恵ちゃん素敵なアイディア!」
     一惺も手伝ってね――傍らを跳ねまわる霊犬にも一声かければ地上の紅葉も再び舞い上がり。
    「はっ、あたいスカートじゃないのに! ピンチっ!?」
     ミカエラがムンクの『叫び』ばりに叫んで見せれば一同からは朗らかな笑い。女の子だけの紅葉狩り競争は瞬く間に加熱して灯倭の籠は瞬く間に錦の重ね。
    「スカートまで使うとは……」
     想希は半ば顎を落しかけていたけれど、秋の光にはしゃぐ少女達の図はまさに1枚の絵のようで。
    「ほら、がっくん。これとっても赤くて綺麗だよ」
     揺籃は恐る恐る灯倭の紅葉に指をのばす。溜息の先で僅かに揺れる真の赤に烏芥もまた頬を緩ませる。
    「じゃ、これは2人に」
     奏恵が差し出したのは桜桃のような双子の紅葉。掌の中に舞い降りた秋はふわりと暖かい。愛おしそうに本に挟まれた赤い葉を悟も想希も微笑ましげに見守った。

    ●水くくる
     朝の沢は一層艶やかな紅葉を乗せて静々と。水底に沈む葉も光を浴びて流れるそれも只々見事な唐紅。
    「よし、こっちに飛んで!」
     マッキの広げた手に優希那も迷うことなく岩を蹴る。間違いなく受け止めて貰えた腕の中が何だかとても心地よい。
    「見て、ゆきな。岩の上にもみじが」
    振り返れば点々と残る紅葉は足跡のごとく。こんな風景を2人で見るのもまた楽しい。
    「良かったら、一緒に手を……」
     精一杯の勇気を胸に龍一が差しのべた手は紗里亜の最上の笑みをもって報われる。真っ白に泡立つ流れもこうして繋がっていれば怖くない。今まであんなに遠慮がちだった彼が動いてくれたこと、心に羽根が生えたようなとは多分こんな気持ち。穏やかに優しい龍一のリードに身を委ね、2人は紅葉の谷の奥へと歩を進め。
     お揃いのカーディガンが蝶々のように川辺を踊る。淡いオレンジ色を纏ったレナータが手を伸ばすと、命の桃色の袖がふわりと重なる。岩から岩へ、楓から楓へ渡るのは朗らかな笑い声。
    「バ、バスケとかしてるときと、全然、足場とか違う……」
     少しばかりおっかなびっくりの命にレナータは小さく笑んだ。
    「新球技『水バスケ』とか開発してみる?」
     差し出した手はすぐに握り返される。広がる温もりが何とも言えず心地良かった。

    「センパイは紅葉しないの?」
     緑の髪にはらりと落ちた1枚をマキナはそっと摘みあげる。
    「残念ながら俺は常緑ですぅー」
     そんな笑顔をぱちりと収めれば、マキナはそっと肩を寄せ。センパイも一緒に撮ろうよ――邪気無き笑みに勝てる者なし。紅葉に飾られた2人を1枚。小さなくしゃみのおまけつきではあったけれど。
    「俺のストール巻いときや」
     ふわりと包んでくれる彼の温もり。あったかいと囁くオテンバ少女は最高に可愛らしかった。その日の空は美しく、紅葉を透いた木漏れ日は更に美しく騰蛇とさなえの道を染めた。艶っぽさは欠片もない2人ではあるけれど、始まった絢爛の季節をこうして2人で歩けることはただ嬉しい。時折彼が気遣わしげに視線を送ってくれることも今はただ楽しんでいたいさなえである。
    「このまま、穏やかに過ごせれば良いのだけど……」
     光の中を歩む彼女を見つめていれば一抹の不安を感じないでもない騰蛇ではあるけれど。さしあたっての問題はあそこで途方に暮れている2人組だろうか。
    「「どうしました?」」
     2人同時に発した声に水戸・慎也と乙女が同時に振り返る。見れば彼らの足元には紅葉の褥にすやすやと寝入る巴衛・円の姿。
    「気持ちよさそうなんで……」
     起こしてもいいものかなあ――迷う2人にくすりと笑い、騰蛇は冷たいお茶を差し出した。
    「……ん? ああ、寝てたか」
     優しい香りにやがて円も目を覚ます。この日最初のお茶会は涼やかに沢の音を聞きながら――。

    ●天の錦、水の綾
    楓、水楢、山胡桃――東谷・円が紡ぐ木々の名をBGMに【家庭科部】の一行は山道を行く。あちらの紅葉、こちらのどんぐり、ましろの足取りも踊るように軽く寄り道さえもが輝かしい。
    「お、あれ食える茸だぜ」
     振り返る円の声を乗せた風が大荷物の倭の汗を爽やかに冷やしてゆく。紅の照葉が1枚クラリーベルの金の髪を飾った。
    「……綺麗」
    わたしも真似っ子――ましろも髪に楓の枝を。
    「こういうのを小さい秋というのだったか?」
     笑みを交し合う2人の上にも秋は金色の陽射し。お昼予定の休憩所まであと少し。倭に告げられて一行の笑みは更に深く。
    「俺すっげー楽しみにしてたんッスよ!」
     円がひらりと岩を越えれば、クラリーベルもそれにならい。南瓜のコロッケに葡萄と林檎のゼリー……倭の数え上げるメニューに心躍らせ、目指すは秋花の展望台。
     水の綾、空の青。文がスケッチブックに書き出していくのはそんな風景。川向うの岩場では風流な誰かが釣り糸を垂れている。
    「色は?」
     不意に問われて顔をあげればそこにはカメラを構えた少女。優歌と名乗った彼女に文は微笑む。色は心の内に。家に帰って絵具を溶けば、水音も風の音もそして舞う紅も全て思い出すことができるだろうから――答えを聞いて優歌も笑む。ここでならば撮れるだろうか。滝と飛沫と光と紅葉。虹と紅葉と水とが魔法のように出会う写真を。
     この国の自然はただそこにあるだけで美しい――マイケルの心からの賛嘆にアインもゆっくりと頷いた。全くこれが絵でもなければ写真でもないというのだから……。
    「さながら一篇の詩のようだ」
     句でも詠みたくなるものよ――尚竹もまた覆いかぶさる楓の枝ぶりに魅入られている。
    「嗚呼、確か俳句、とかいうものか」
     四季折々の風物を文字となす芸術であると聞く。2人の異国人の視線を受けた尚竹は僅かに照れくさそうな表情を浮かべ。川向うまで競争でもしてみぬか――水を越えて紅葉を越えて。無論2人の友から異論など出ようはずもない。
     瀬音を耳に紅舞う水飛沫を眼に――そんな光景に出会ってしまえば織姫の折角のおしゃれも何のその。ショートブーツは光あふれる岩の上。紅葉を追いつ楓を眺めつする少女を鐐もまた穏やかに見守る。
    「届くかな?」
     懸命に背伸びする織姫を鐐はふわりと抱え上げる。水に洗われた足先は冷たかったけれど、あげるねと照葉と共に差し出された手は温かい。少女は小さく笑って青年の黒髪を赤で飾った。
    「風……気持ちいいですね」
    アトレイアの呟きは流れの上。猛暑を耐え抜いた木々の下。すぐ傍で恵理も深呼吸。くるくると回る紅葉を眺めていれば俗世の鬱憤も紅茶に溶ける角砂糖。
    「本当、気持ちいいね♪」
     心が洗われるみたいだ――薄青の水に真紅の紅葉。胸に迫ってくるこれが感動というものなのだろうか。
    「私には……良く分かりません」
     素直極まりないアトレイアの為にみとわはもう1枚を拾い上げる。葉の先だけに緑を残したそれはまさにこの山そのもの。
    「さ、沢の上まで行ったらお昼ご飯にしましょ。もうちょっとですよ?」
    恵理はバスケットをポンとたたくと、波紋のように皆の笑みは広がる。
    「ご飯はすぐそこ、れっつごーですからっ」
     紗月はアトレイアの手をとって大きな岩を一っ跳び。早く早くとせかす声が再び風にとけて下った。

    ●紅葉の宴
     昼餐は勿論一番立派な木の下で。誰と約束した訳でもないけれどヨーズアが用意したのは皆の為の果物ゼリー。
    「貰ってもいいか」
     優太朗は2人分のゼリーを指させば勿論ヨーズアは大満足。優太朗は優太朗でこれから奇跡とも思える愛妻弁当タイムである。秋の陽が透き通るふるふるゼリーは食事の花となってくれることだろう。
     山染まる秋の食事はアスルのリクエストで。唐揚げに卵焼き、牛蒡と蓮根のきんぴらに焼きおにぎり。定番のメニューも草灯の腕とこの景色とが極上の食事にしてくれる。
    「「いただきます」」
     唱和が終わるや否や、ぱくぱくと進むアスルの食事に作った方もほっこり気分を味わっている。
    「うさぎさんも、かわいーなのー」
     舞う紅葉、黄金の色にも似た梨の実。秋は申し分ないほどにこの地を幸せに染めていく。2人きりでの食事もさることがらクラスの皆での持ち寄りもまた楽しい。【井の頭6百合】の野の食卓はお握りやら海老フライやらで軋む程。
    「ザンギって何?」
     勇介始め皆が目を丸くしたけれど、『要は唐揚げだよ』志歩乃は至ってマイペース。皆で囲む楽しさの前にはかえでの卵焼きが焦げていようが、ザンギの正体が不明だろうが大した問題ではない。
    「他の人に飯作ってもらうのってやっぱいいもんだよなー」
     銀子はおかか、フーリエは梅干しに挑戦と中々に賑やかな宴である。
    「栗のフレーバーなんてお洒落な飲み物初めて」
     驚くかえでに勇介は早速カップを渡し。食後のカフェ・ラッテの準備をフーリエが始める頃にはいよいよ甘い物のご登場。
    「ほーらよ、見てるだけじゃなくて紅葉を食べてみたらどうだ?」
     銀子のクッキーは紅葉の形の淡いオレンジ。綺麗――感嘆をほしいままにしたクッキーもお喋りをしながらだとアッという間に消えていった。
    「…朔の手作り?」
     史明の手には胃薬の瓶。見た目からしてやばい――はい、本当に有難う御座います……。
    「味見したんだよね?」
     2度目の念押しには半ばキレ気味の朔之助。史明は胃薬にいい仕事をしてくれるよう祈りながら『愛情』のこもった料理を箸で摘まみあげ。
    「朔、ほら、あーん」
     そこから繰り広げられた食べろ、いや、お前が――の攻防は多分犬も喰わないといヤツなのだろう。
     山は燃えるように美しく、並べられる料理は素晴らしく――にも関わらず仁王立ちしてカロリーバーを齧っている純也
    は一体何なのだろう。
    「弁当は結構。各位で楽しむと良い」
     いやそれではまるで戦闘依頼。処置なしといった体で狭霧と壱は顔を見合わせ、みをきは気を取り直したようにデザートを山と積みあげる。
    「紅葉と言えばと思い、予め買ってきました」
     紅葉を見ながら紅葉饅頭を食べるのも一興でしょう――1つ純也に手渡せばそこには困惑の極致といった彼の顔。
    「食物だとは思わなかった……誰か引き取、勿忘、その量は……」
     勿論みをきは全く構いなし。漉し餡に粒餡に抹茶……数え上げていく度に壱と狭霧は今度はくすりと笑みを交し合う。
    「じゃ、いただきます」
     狭霧が手を出せば、タイミングよくお茶も供され、紅葉の下で紅葉の時は様々な想いを乗せて深まってゆく。
    「すげー! 弁当から秋がこんにちはしてやがる!」
     一方こちらは【図書愛好会】。利戈の歓声が示す通りこちらの卓にはカツオの竜田揚、茄子の味噌炒め等々通の力作が燦然と輝いていた。春実はいの一番にリクエストの竜田揚げに箸を伸ばし、利戈は両手にお握りを。
    「竜田揚……竜田川由来って……ねえ?」
     小首をかしげる春実にすかさず利戈の力説が。なんでも下地の茶色は紅葉を、白い部分は輝く水に見立てられているのだとか。それが本当かどうかはともかくも、通の料理が絶品であることは疑いない。
    「良かった。頑張ったかいがあるよ」
     通の笑みに春実などは耳を染めていたけれど、それでも箸は休むことはなく。

    ●楓の午餐
    「皆でおべんと、おべんとっ!」
     3人分には少し小さいですけどとヒノが披露したお弁当は何とも巨大。煉も透もこれで小さいって……と思わず互いを見やったが、ヒノはそんなことはお構いなしに卵焼きを分けている。
    「負けないよっ、赤いタコさんウインナーは上出来の焼き加減!」
     焼いただけと突っ込まれれば身もふたもない所だろうが、
    「ちょっとだけ、形変だけど」
    煉は煉で自分のお握りを用意するのに心が一杯。かにさんウインナーに紅葉の形、そして唐揚げ。女の子の手作りを透はかみしめ、煉は絶品の卵焼きに無我夢中。花より団子の風情はあれど午餐は賑やかに始まった。
     さて花より団子といえばアルカンシェルと彩華の食事もそれに近いものがあったかもしれない。彩華が朝から張り切ったお弁当の数々は彼女を喜ばせた。銀の髪の少年少女が紅葉の宴を張る様はさながら童話の1ページ。
    「こういうデートもありだよね♪」
     デート。アルカンシェルは口の中で繰り返すと可愛らしい包みを取り出した。何しろお弁当は総て任せてしまった身。せめてデザートのクッキーくらいは――。無論そこから始まるお茶の会こそ、紅葉デートの本領というものである。
     鶏ハムとチーズのベーグルサンドに五目御飯の稲荷寿司。クリスと桃夜は互いに広げた食卓に目をみはる。
    「トーヤ料理上手だね!」
    頬張るクリスはそれだけでも可愛らしいのに、『僕は料理も天才だからね』とドヤ顔でベーグルを勧められては桃夜はもう……。錦秋も紅葉もやはりこの少年の敵ではないのだろうか。
    「すげえだろ、おかず全部冷凍ものなんだぜ」
     ラックスが重箱の蓋をどんと開けるとコロッケ、ハムカツ、グラタン等々お馴染みのものがてんこ盛り。こちら【自由部】では巨大な切株を卓として占拠中。
    「僕も皆に作ってきたんだよ」
     普通のものばっかりだけど――想太は自然の卓にお握りに卵焼き、狐色の唐揚げを並べゆく。
    「……冷凍じゃないよな?」
     ラックスの確認にライオがくすりと笑み零す。銀糸の如き長い髪がさらりと紅葉の風に揺れた。

     観楓の弁当なるものをこの日初めて味わった夜ト。これもこの国の楽しみ方なのかと感慨も一入。愛おしげに箸を使う彼をゆまも穏やかに見守った。
    「毎日、水瀬の弁当が食べれたら、幸せ、かも、な」
     さりげない一言にも心は躍る。だが望んでくれるならばそんな夢も見てしまってもいいのだろうか。ゆまは自分でも知らぬ間に眠りの中へ。肩に落ちてきた温もりに夜トはそっと自分の上着をかけてやった。
    自分の為だけに用意された食事とはなんと甘美なものだろう――優志は片付け中の美夜の手をそっと見つめていた。ここで問うのもどうなのかと我が事ながら思うけれども、背筋を伸ばして彼はきっと向き直る。
    「虹真美夜さん、俺とお付き合いしてください」
     美夜にしても決して想定外のことではなかった。だがこうもまっすぐに見詰められると頬は紅葉よりも熱くなる。
    「……後悔しても知らないんだから」
     精一杯のその返事。続く彼の小さなガッツポーズ。後悔なんかしない。囁かれる声はより一層熱かった――。
    「んー、お腹いっぱいになったら眠くなってきたかも」
     食後のお茶まで仲よく飲み干して春陽はあくびをかみ殺す。今朝は早くからお弁当の用意をしていて。とうきび卵焼きなんかは結構苦労したりなんかして――そんな彼女の手を月人はそっと握った。
    「こっち来いよ、膝枕してやるから」
     肌寒くなる前に起こしてやるから安心しろ――膝に頭を預ければ空がすっと高くなる。好き、よ、月人さん……それが言葉になっていたものかどうか、春陽はよく覚えていない。

    ●沢音、ゆかしく
     食事が終わればふんわり紅葉の絨毯でお昼寝。紅葉は陽だまり色の猫姿。ふんわりテディに身を預け、初秋の陽射しに満足そうに欠伸をひとつ。
    せせらぎを渡る間にも流れる紅は鮮やかで。赤を捕まえに水に手を入れればさながら季節外れの金魚掬い。
    「どっちが多く取れるか競争だぞー」
     そうけしかけてみたものの、きすいには紅葉の流れはそう簡単には捕まらない。彼女の指のその先でレンヤがさらりと楓を一枝。
    「きすいさんの届かないところは、俺が取ってあげるから」
     これからもずっと――きすいの瞳が見開かれる。照れ隠しの平手は背中に少し痛かったけれど今はそれさえもが愛らしい。
     段々の滝川を渡る岩場もこの時期は色とりどりの狩りの場所。2人して飛び歩けばその度に違う紅色の発見がある。そういえばまだ誘いの礼も言っていなかったと神華はふと足を止めた。
    「あのね、もりさ……神楽くん」
     ありがとね、誘ってくれて――続けようとした言葉は大きな水音にかき消される。慌てて駆けよれば彼女もまた足を滑らせて水飛沫。
    「名前……」
     滴る雫も何のその、神楽はふわりと両腕を神華に回した。神華の呼ぶ名は暖かい。だがそれ以上に彼女もまた暖かかった。

    「よう似合っとるよ、かわいい」
     竜田の姫が気まぐれに染めた一葉は篠介の手で依子の黒髪に。思った通り緑の瞳によく映えると言われて依子の頬は時ならぬ桜色。
    「えと、ありがと」
    共に見る物の全てを綺麗と言いあえるこの幸せ。帰ったらこの一片は栞にしよう――幸福を目一杯味わいながら依子は再び篠介を見上げた。
     滝から零れる一筋はやがて藍と寛子を静まる一角へと導いてくれる。空を映す水の辺へ。
    「うわぁ、綺麗……」
     そっと覗き込めば自分を見つめ返す自分の更に向こうに映り込むグラデーション。
    「これをお姉様に見せたかったんだ。逆さ紅葉って言うんだよ」
     まるで水中にもう一つの世界があるみたいでしょ――藍も覗き込めば楓が1枚微かな揺らめきを生み出す。それは互いに至上のものを映しこむ水鏡。
     韓紅に水くくる――業平の歌そのままの景色の中を千早と茶子は心の赴くそのままに。冷たい水に手を真っ赤に染めながら、茶子が拾い上げた1枚にもグラデーションは神業に。
    「秋の神様の着物ね――千早振る 神の衣か もみぢ葉を 清き流れが 錦と織りて」
     茶子の呟きが流れに乗れば千早もそっと肯う。この山にはきっと染め物好きの女神が棲んでいるに違いない。

     ――千早振る女神織り成す綾錦 秋のあはれが心染めゆく。

     水清く紅葉濃く――そんな秋が目の前にあるならば自分達もその中に入るべきだろう。そんな風に時兎は聡士をせせらぎの中央へ。思った通り赤茶の髪は夕暮れにも綾錦にもよく映える。まるで聡士そのものが一本の楓であるような――。その肩に落ちた1枚を取ってやったその刹那、時兎の中に沸き起こる悪戯心。
    「……やられて黙ってるわけにはいかないよね」
     水晶の飛沫に濡れた聡士も無論仕返しも忘れない。青年2人の笑いがくぐもるように水の上を滑って行った。

    ●紅葉、黄昏
    「この時間は格別ね」
     カスケードの如き滝にはやがて迎える夕暮れの煌めきが似合うだろう。1日を錦の色を追いかけて過ごした賢三と暁がキャンバスをしつらえたのは秋の地と秋の空とが交錯するまさにその場所。
    「さぁ、アンタの世界を見せて頂戴な?」
     美しくて当たり前のこの世界をどんな風に切り取ってくれる――暁の要請に賢三は筆をとる。
    「いいぜ、その代りお前のも見せろよ」
     お前の目に映る生命は一体どんなものなのか……そこからは無言。ひたすらに無言。ただ筆の音だけが瀬の音と楽を奏でていくばかり。
     紅葉の流れは滝となり、白糸の奏でる音に茜と葛は腰を下ろす。足元をゆく水は夏の流石に紅葉を染める冷涼さ
    「……冷たっ」
     はねた雫に手を引けばそっと重ねられる葛の指。そのまま頭を肩に預けると彼の吐息が髪を揺らす。
    「……嬉しい」
     約束が叶って――そういってくれる茜がいればこそこの風景は完全になる。ならばいつまでもここで、彼女の隣で。ささやだが切実な願いを込めて葛は茜の髪に唇を寄せた。
    「……唯の瞳、紅葉に綾なされてしまった?」
     楓の紅、夕焼けの赤。秋色に染まった彼の瞳を茅花はそっと覗き込む。紅葉のように散り急いでは困るし、折角映り込んだ自分が掻き消えてしまうのも淋しいし。
    「ほら、アタシは貴女の隣に居るでしょう」
     茅花の小さな不安を包みこむように唯は静かに指をのばす。軽く撫でれば伝わる温度。やがてこの地を覆うだろう夜も冬もこうしていれば怖くは、ない。
     一際鮮やかな葉を1枚シーゼルは拾い上げる。拾っていくのか――キースの問いにちらりと笑みを見せながら。
    「何かに使えねーかなって思ったんだよ」
     そう今日は記念すべき日。形に残る何かが欲しかった。
    「帰ったら、これでアクセサリーでも作ろうか」
     キースも小さな葉をそっと拾い、やがて静かにシーゼルの手を取った。少しの戸惑いとそして安堵と、並ぶ2つの肩に秋はこの上なく優しい。
     やがて山はこの日最後の光へと色を深めていく。名残惜しくはあるけれど、睦はもう一度空へと昇る峰を仰いだ。
    「たくさん元気貰ったよ、ありがとう」
     いつかまた訪れる日が来るその時まで――ゆっくりと一礼すれば風が一気に夕暮れの影を連れてくる。

     秋の短い1日が静かな終焉を迎えようとしていた。

    作者:矢野梓 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月8日
    難度:簡単
    参加:95人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 17/キャラが大事にされていた 2
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