Together

    作者:

    ●悲痛
    「何も、出来ないんです……私には」
     娘は、そう呟いて頭を垂れた。
     女手1つで自分を育ててくれた母の急病。長い治療と病状に苦しむ母親は、それでも自分の前では笑顔でいてくれる。
     それがたまらなく辛かった。
    「こんなことで悩んでいたって、一番辛いのは母です。だけど、私……」
    「……何とかしたい?」
    「当たり前じゃないですか!!」
     バン! とテーブルを叩き、向かいに座る看護師へ向けて娘は激昂した。
     育て上げてくれた恩。辛くとも笑顔で居ようとしてくれる愛情。大切だから、見ているだけがもどかしい。
     治って欲しい――しかし結局自分に出来るのは、治療費を出すことだけだ。
    「……でも、私に出来ることなんて……」
    「あるって言ったら?」
     看護師のその声に、娘はばっと顔を上げた。
     視線の先の、優しい微笑み。白衣の天使が差し出した白い手を、娘は吸い寄せられるように掴んだ。
    「――約束してあげる。あなたのお母さんは、あなたと一緒に私の眷族になるのよ」
     すぅ、と、娘の瞳から生気が消えた。
     
    ●白衣に潜む悪意
    「次から次へと……性質が悪いわ。お願い、看護師に扮して病院に入り込んでいる淫魔を、灼滅してきて頂戴」
     大きな溜息を落とし、唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)は灼滅者達を見渡した。
    「『いけないナース』……って最近よく動きが察知されているようだけど。私もこれで2件目になるわ。病院で、体の弱った患者やその家族の心に付け入り、眷族にしている。眷族になった患者たちは行方不明になっているようよ。何としても止めなくちゃ」
     姫凜は、そう言って1枚の紙を取り出した。手書きで書かれたそれは、どうやら建物の見取り図の様だ。
    「岩手県にある、総合病院よ。灼滅するに絶好の条件になるのは、少しずつ紅葉が進み始めている中庭に、淫魔・雪上(ゆきがみ)が患者を引き連れ現れた時」
     姫凜が言うその日、雪上は午後4時頃、配下にした強化一般人――患者2人と家族を3人、合わせて5人を連れて中庭へやってくる。
     その時周辺には他の一般人や病院関係者はおらず、戦うべき相手だけが居る状態となるのだ。
    「バベルの鎖の効果もあるから、あなた達はさほど不審がられずに病院に入り込めると思うわ。用心するならESPを使っても良いけど、無くても特に支障はない筈」
     所定の時間前に院内から中庭へ抜け、戦闘配置へ。堂々待ち受けても良いが、奇襲策も充分可能と姫凜は頷く。
    「中庭の入り口付近に潜んで、彼らが背を向けた瞬間に一斉急襲。確実に先手を取れるし、これが一番有利な条件だと思うわ」
     今は眷族となってしまっている患者・家族達も、倒せば例外なく元に戻ることだろう。
    「一連の淫魔の動きについて、さして強くも無い雪上から情報は先ず出てこないでしょうし……今大事なのは、とにかく阻止。それから……」
     淡々と概要を語っていた姫凜が、そこで苦笑する。
    「救出した患者とその家族に、戦いの記憶はないでしょうけど……短期間とはいえ淫魔の治療を受けたことで、救出後患者の病状が軽くなったりすることがあるみたい」
     淫魔のお陰、と言いたくはないが――戦闘後にはきっと良い方向へ向かうだろう患者と家族に、もう一押し、一言でもエールを送れたら。
     任せるけれど。そう笑って姫凜は灼滅者達を見送った。


    参加者
    月見里・月夜(高校生エロスブレイン・d00271)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    李白・御理(外殻修繕者・d02346)
    シャルロッテ・モルゲンシュテルン(夜明けに響く鎮魂歌・d05090)
    水無瀬・京佳(あわいを渡るもの・d06260)
    上倉・隼人(伝説のパティシエ・d09281)
    レイン・ティエラ(フローズヴィトニル・d10887)
    柿崎・法子(それはよくあること・d17465)

    ■リプレイ

    ●狼煙
     中庭に、カラカラ、と引き戸の開く音がする。
    「転ばない様にね? 怪我したら、私が治しちゃうけど」
     くすくす、と笑い混じりに聞こえる甘ったるい声。標的の近付く気配に、木陰に身を潜める水無瀬・京佳(あわいを渡るもの・d06260)はぎり、と手を強く握った。
    (「家族を大切に思う気持ちを利用するなんて……!」)
     病に苦しむ患者と、支える家族。彼らには、その病を知らなければ理解しきれない苦しみがきっとある。
     心折れそうになることだって――それに付け入るとは、あまりにも非道で。
    「次は誰にしようかな。確か802号室に可愛い男の子が――」
     そしてその非道の女は今、救いの天使たる看護師の正装を身に纏い、次なる獲物へと思いを馳せている。
    (「いけないナースか……」)
     身低く、藪中に待機する上倉・隼人(伝説のパティシエ・d09281)の視線は、雪上へ仕掛ける機を伺いながらもちらちらと忙しなく彷徨っていた。
     腕組み、人差し指を顎に添え――思案のポーズで入口を向いて立つ、雪上の白衣の襟元は開き過ぎなくらい開いていた。
     豊満なバストの生み出す谷間がくっきりと顔を覗かせていては、視線が行ってしまうのが男の性というものだ。
    「ちょっと、大丈夫?」
     その視線に気付き、思わず柿崎・法子(それはよくあること・d17465)が潜めた声をかけた。俺もいけないことされたい、なんてちらっと思い過らなくもなかったが、隼人は冷静に答える。
    「大丈夫。人の弱った心に付け込むとか、冗談じゃねーよ」
     言葉は本心だったが、たすん、と足を叩いた肉球――猫変身した月見里・月夜(高校生エロスブレイン・d00271)の目は親友の邪な思考を見抜いてか、何と無くニヤニヤと笑って見えた。
    「それとも、611号室の――」
     不意にくるり、と雪上が入り口へと背を向けた。瞬間、屈めていた身を踏み出す一歩で一気に起こし、シャルロッテ・モルゲンシュテルン(夜明けに響く鎮魂歌・d05090)が庭中響けとばかりに声を張る。
    「――『Music Start!』 患者に届けるべき声は、堕落の誘いではありマセンっ!」
     魔力解錠の言葉が、夕暮れのステージの始まりを告げる――スレイヤーカードから解き放たれた音響機『MUSASHIZAKAアリーナ2013』をその手に掴んだ時、瞳には驚く雪上の顔と、車椅子の患者に肉薄するギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)の姿が映った。
    「ちはっす、毎度おなじみ灼滅者っすよ」
     『剝守割砕』――ギィが身丈ほどの長い刀身を真上から振り下ろすと、急所を捉えたかがしゃん! と派手な音を立て車椅子ごと男性が倒れる。
     響く音。人気が無いとは聞いているが――仲間達が剣戟打ち鳴らす前にと、レイン・ティエラ(フローズヴィトニル・d10887)は外界へ渡る音を遮る幕を庭に降ろした。
     未だ態勢整わない雪上らに、霊犬・ギンが派手な音を立て六文銭を射出する。急襲に乱れた敵戦列が整うのは時間の問題だ、初撃のこの機を逃す手は無い。
    「どォも。いけないナースがいるって聞いて早速来てやりましたよっと」
     ニッと口の端上げ、レインも力を解き放つ。
     手に輝く指輪が、魔力を宿して煌いた。

    ●理不尽への怒り
    「貴女のやり方では何も救えません!」
     言葉は声の持つ幼さより些か大人びて、中庭に響き渡る。
     己が過去を胸に、李白・御理(外殻修繕者・d02346)が告げる思い。赤い瞳に決意宿し喚んだ裁きの光条が病衣姿の女性を貫けば、女性は車椅子から転がり落ちた。
     瞬間、杖握るシャルロッテの蒼い瞳が迷いに揺らぐ。
    (「やりづらい……デス」)
     倒れた女性、その体は闘病のためか痩せていた。倒しきれずゆっくりと立ち上がるその様子もどこかふらふらと頼りない。
     敵として立ちはだかる彼らを救けたい心。傷つけたく無い思い。優しさ故に渦巻く葛藤に、シャルロッテはぎゅっと瞳を閉じた。
    (「デスガ、これも助けるためっ」)
     見開く瞳は、変えようのない現実を映す。今彼らは、蠱惑的な白衣の女の手の平で転がされている。その事実から目を逸らしてはいられない。
     魔力込めた杖が、患者の家族を打ち据え、爆ぜた。
    「中々かわい子ちゃん……と言いてェとこだが白衣の天使に似合わねェ事やってンなぁ」
     猫変身を解いた月夜の、最初の一撃は拳だ。バチバチと電撃爆ぜる右の拳打で車椅子の女性の腹部を打ち、即時身を引けば彼の戦装束――特攻服がばさりと翻った。
    「レインはどう思う、あのかわい子ちゃん」
    「ナース服……うん。アリかもしれん」
     月夜の問いに上から下まで雪上を見つめ、レインは小さく返した。
     しかしその後思いついた様に隼人と月夜の背をぽんと叩き、笑顔。
    「あっでも俺別に禁断の看護婦とか興味ないんでヤる気満々のお二人に譲るわ。素敵な恋人もいるし」
    「ヤる気って何だ!」
    「いるか!」
     月夜と同時素早く答えて、隼人は漆黒の大鎌を握り、跳躍する。
     気心知れる友人の空渡る軌道を確かめ、レインも指輪に集めた魔力の弾丸を解き放った。
    「上手くかわせよ隼人!」
     着弾し爆ぜたレインの弾丸の爆風に乗り、隼人は鎌を軸にくるりと身を返す。標的を、レインの一撃で倒れた車椅子の女性からすぐ傍の患者家族へと切り替えたのだ。
     翻る流れそのままに、横薙ぎに振るうデスサイズ。切り裂く感触に少しだけ良心を痛めながら、隼人は着地し素早く後退する。
     そこへ飛び込んできたのは、京佳の風の刃だ。
    「あなた達、患者に何を……」
    「患者が、ご家族が、一体どれだけ苦しんでると……! 貴女の行動に理由があるのだとしても、そんなもの私は聞きたくありません!」
     雪上の言葉を拒絶し、京佳が二度目のカミ降ろしの風の力を解き放つ。また1人、患者家族が地面に伏した。
    「貴女のしていることは、私には理不尽……いいえ、誤魔化しにしか思えません!」
    「――そう。ならどうにかしてみたら!?」
     ぎらりと、語気荒げた雪上の赤い瞳が冷たく光った。
     身を引こうとしたが遅い。太腿のスリットから取り出された銀の光がたちまち巨大な竜巻を喚び、京佳と、法子を庇ったシャルロッテに襲い掛かる。
    「京佳さん、シャルロッテさんっ!」
     悪意の毒を孕む風。仲間の為なら自己犠牲も省みない強い心を持つ法子は、自分を庇い傷付く仲間が居る悔しさにぎりっとギターを握り締めた。
    (「バイオレンスギターは初めてだけど……」)
     地を踏みしめ、手袋越しの弦の感触を確かめる。正しい音は鳴らないかもしれない。でも、救うべき人たちと仲間に、今自分が出来ること。
    「慣れない武器で戦うのも、音が外れるのも――まぁ、『よくあること』だよね」
     かき鳴らすサウンドは、確かにたどたどしく気の抜けたものではあったけれど――復元、回復の名を持つ旋律が、ゆっくりとシャルロッテの体に染み渡り毒素を消し去っていく。
     配下とは比にならない筈の己が力。本気の反撃を見せたのに引く様子を見せない灼滅者達に、雪上がやや焦った口調で叫んだ。
    「……何なの、あんたたちは!」
    「病院ではお静かにって聞いたことないっすか、看護師さん?」
     突如、背後に呟く様な声を聞き、雪上は振り向きざまメスを振り抜いた。
     しかし、空振り。
    「さて、いけないナースにお仕置きといきやしょう」
     ギィだ。残像も残らぬ素早さで再び雪上の背後を取り、繰り出すは漆黒の逆十字――精神までをも引き裂く、ギルティクロス。
     しかし。
    「んふ、良くやったわ♪」
    「……」
     ずしゃ、と崩れ落ちたのは、雪上ではなく――雪上を庇い間に割り込んだ、配下家族だ。
     初撃から中列に布陣する雪上に対し、彼らはずっと前衛で戦闘していた――。
    「ホンットに、いけないナースだね……出来ればボク自身は治療は遠慮したいな……」
     法子の呟きに、更なる怒りの熱が混じり、落ちた。

    ●裁き
    「守りなさい、私を!」
     戦線離脱を考えたか。先程から配下を壁に逃げ回る様子の雪上に、逃走を想定していた灼滅者達の対応は早かった。
     円形に展開した布陣が、場を逃れる隙を与えない。
    「病気の時は不安になってしまうものデスガ、そこにつけこむのは許すわけにはいきマセンネ!」
     シャルロッテが、『MUSASHIZAKAアリーナ2013』に渾身の魔力を込め、振り被った。
     フォースブレイク。気付いた雪上が真横にかわすが、そこへ攻めるは月夜。
    「逃がさねェよ!」
     鍛え抜いた拳を鉄の硬度へ変える。戦い慣れた体が、自然雪上の退避先を読み、動いた。
    「かはっ……」
     一打、急所。軽やかだった雪上の動きが、一瞬止まった。
    「隼人ォ! 逃がすなよ!」
     真直ぐ雪上を見つめていた視線で何故解ったか、ポップキャンディーを咥える口で声を張った月夜の頭上高くに、隼人が居た。
     親友故の、息の合った連携――空から真下へと突き刺す様に真直ぐに伸びた影が、雪上の両足を貫き、地に縫いとめる。
    「あぁああああ!!」
     絶叫が、中庭にこだまする。しかしその声は外界には至らず、雪上を救ける者など決して現れはしない。
    「……いざ自分の身に降りかかったら、手を取ってしまいそうになるのも分かる」
     苦痛の絶叫響く中、レインの視線の先には未だ戦列に立つ患者家族が居た。
     ただ1人残るその人は女性。今は虚ろな瞳をしているけれど――何処か疲れても見えるその表情は、きっと家族を襲った病魔と必死に戦ってきた証。
     苦しくて、足掻いても変わらない状況を何とかしたかったからこそ、彼女は淫魔の手を取ったのだ。それは、人として当たり前の行動だっただろう。
    「悪魔の誘いってヤツ? 追い詰められたら何に縋ってもいいって思ってしまうけど――流石に見逃せない」
     許せないのは、雪上だけ。本来なら、雪上以外は極力傷つけたく無かったが――布陣上この結果は止むを得ない。車椅子の患者2人を除く全員が、雪上を守り立ち回っていたのだから。
     今、目の前で苦痛に喘ぎ何処へか手を伸ばす、この理不尽な女を。
    「そろそろ、成敗させてもらおうか」
    「これ以上は、絶対に許しません」
     レインが前へと掲げた指輪光る手に合わせ、御理も小さな体に不釣合いなほど巨大化した鬼の腕を、憤りと共に頭上へと振り上げた。
    「……貴女と同じ方法は昔、僕も試した事がありました。でも」
     瞳を閉じて、巡る思い。御理が志す夢も、抱く過去も、全てが目の前で悲鳴を上げる女を否定する。 
    「どんな魔法でも、奇跡でも。人の心は、人じゃないと治せないんです!」
     中庭が見渡せる入り口近くで、京佳は空へ伸びる御理の鬼の手を見つめていた。
     人の手の変化とは思えないほど禍々しい手だが――綺麗だな、と何故だか思った。
     人を救ける手だ。苦痛に顔を歪め、行く宛て無く伸びる白衣の女の手とは違う。誰かのために空へ伸ばす手。
     誰かと繋ぐ、温かな。
    「やっぱりボクは、このダークネスの治療は遠慮願いたいね」
     法子が、手を覆う無骨な手袋へと魔力を注ぐ。
     指輪から放った弾丸と、ズンと落ちた巨腕が雪上の体を押し潰した時――生み出されたきらきらと輝く法子の光の盾が、雪上の灼滅と同時に気を失った女性を包み、その傷を癒していった。

    ●Together
     東京より冷たさを帯びた夕暮れの風が、中庭を吹き抜けた。
    「う……」
     レイン指示の下、気を失った患者と家族を中庭のベンチまで運び、灼滅者達はその目覚めを待っていたが――1人目の目覚めに、京佳が翡翠の相好を崩す。
    「気がつかれましたか? 気分はいかがです?」
    「……?」
     最後まで戦線に立っていた若い女性は、傷が浅く済んだか、或いは灼滅者達の癒しが効いたか――最初に目を覚まし、状況を把握出来ていない様子で辺りを見回した。
     しかし、不意に視界に飛び込んだものに、血相を変え飛び起きる。
    「……お母さん!」
     がばっと、取り縋る様に車椅子の女性に駆け寄ると、その手をぎゅっと握り締めた。
    「大丈夫、眠ってるだけっす」
     ギィの言葉と握った手の温もりに安堵してか、女性の顔がくしゃりと歪む。やがてふと、女性は老齢の母に見慣れない上着がかけてあるのに気付いた。
    「あ、それ俺の」
     見ればそれは特攻服。挙手した月夜はやはり少し怖くも思えたけれど、冷えない様にと母へ添えられた優しさに、女性は素直に感謝を述べた。
    「ありがとうございます……病室、戻らなきゃ。冷えちゃうね、お母さん」
    「……」
     何故だか随分小さく思えた女性の背中が自分と重なって見えて――思わず、月夜は呟いた。
    「何も出来ないなんて思うなよ」
    「え?」
     思いがけない言葉に、女性は目を丸くする。しかし月夜は、構わず力強く言い切った。
    「あんたの母ちゃんは絶対良くなる。約束する、今度こそ」
    「……」
     自分の悩みを知っているのか? そう言いたげにゆらり揺らめいた女性の瞳に、優しく笑んでシャルロッテが言葉を続けた。
    「不安を消してあげる一番の力は、大切な人の笑顔だと思うのデス。どうか、側に寄り添ってあげてくださいネ」
    「傍に居てくれるだけで嬉しいと思うんです。だから貴方のお母さんは笑っていられるんじゃないでしょうか?」
     京佳もまた、笑顔。優しく包む様な言葉達に、一滴、女性の瞳から涙が零れ落ちた。
     彼らは、何者なのだろう。何故こんなに、親身に優しい言葉をくれるのだろう?
     何も出来ないと思っていた。それでも、力になれているのだろうか。共に在るだけで、母の笑顔に自分は応えられているのだろうか。
    「泣くより、君も笑ってごらんよ。それが母親の力になるかも、な……」
    「病気は治るんだ。……そう信じることにも、意味はあると思うぜ」
     レインと隼人の言葉に、もう一度ありがとうと呟いて。再び母へと向き直った女性は、涙零しながらも何処か晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。

    「気にしなくていいよ。『ボク達は見舞いに来た所ですから』」
     目を覚ました他の患者や家族達に、花束を手にした法子は、入院患者の見舞い人を装った。
     戦いや雪上のことなど、彼らは全く覚えてはいなかった。だから、演技の結果何故か『中庭で眠ってしまった僕達を助けてくれてありがとう』と少しずれた感謝の言葉を受け取って。
     灼滅者達は中庭を後にする。
    「……本当に、ありがとう」
     去り際の背中、少し色の違う謝意を感じて、御理はくるりと振り向いた。
     視線の先に、泣いていた女性と目覚めた母の笑顔が見える。固く繋がれた手がまるで絆の様で、御理の胸に温かなものが込み上げた。
     病気に限ったことじゃない。大切な人が苦しむのを前に、ただ見守るだけは辛い。
     でも、寄り添う人の存在は、人を支え、人を確かに強くするから。
    「……ただ見守って居るだけでは無いのですよ、本当は」
     笑んで去る御理の呟きが、秋の風に溶けていく。
     寒く厳しい北国の秋はこれから。しかし――互いを思い繋ぐ手は、きっとその厳しさを乗り越える温かさを持っている。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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