秋のカレー日和

    作者:柚井しい奈

    「肉じゃが、はこの間作ったばかりだし……やっぱりカレーかなぁ」
     右手を顎に添えてひとりごちるのは武蔵坂学園に通うエクスブレインの一人、隣・小夜彦(高校生エクスブレイン・dn0086)だ。見知った青年の姿を見つけ、草薙・彩香(小学生ファイアブラッド・dn0009)が渡り廊下に軽い足音を響かせる。
    「晩御飯の献立?」
    「ああ、いえ。大量のじゃがいもと玉ねぎをどうしようかと」
     常の丁寧な口調を表にして小夜彦は小さく微笑んだ。
     曰く、仕入れの数を間違えた八百屋のおばちゃんから『安くするから箱で買っていかない?』『おばちゃんを助けると思って』と押し切られたそうで。
    「下宿先の手伝いで食事を作っているので同じ食材が続くのは申し訳ないんですよね」
    「だったらパーティしちゃおうよ! 皆でカレー作るの」
     彩香が背伸びする勢いで右手をあげた。輝く瞳に小夜彦の首が傾く。
    「だって今日、9月16日だよ。わたしもお手伝いするから、皆で一緒に食べようよ」
     告げられた日付は彼の誕生日だった。アンティークグリーンの瞳が一瞬見開かれた後、穏やかに細められる。
    「では甘口も用意しましょうか」
    「わたし、もう中辛食べられるもん」
    「そうでしたか。でも蜂蜜やヨーグルトを加えて少し甘くするのも美味しいですよ」
     微笑みで言葉を交わし、小夜彦は家庭科室を借りに、彩香は皆に声をかけるべく、渡り廊下を後にした。
     
    「一緒にカレー作ろうよ」
     小さな拳をかためて彩香が言う。
     場所は家庭科室。基本的な材料は揃えておくから手ぶらでかまわない。もちろん野菜やトッピングなど、好きな具材を提供してくれるのも大歓迎。
     ナス、ピーマン、かぼちゃにトマト。大抵の野菜はマッチするし、コロッケをはじめとした揚げ物を乗せるのも豪華な気分。溶けるチーズも美味しそう。
     初心者でもルーの箱に書いてある通りにやればできあがるし、具や味付けにひと手間を加えればいっそう風味豊かに仕上がるだろう。
     簡単だけど奥深い。
     だからこそ、皆でわいわい騒ぎながら作ったらきっと楽しい。
    「小夜彦さんは普通のポークカレーを作るつもりみたいだからそれを手伝ってもいいし、別のお鍋に違う味のカレーを作るのもいいと思うの」
     大き目の鍋に用意するつもりだから食べに来るだけでもかまわない。皆で一緒に食べるカレーは普通に食べるより何倍も美味しいから。
     カレーパーティ、しませんか。


    ■リプレイ

    ●お好みはどんな味?
     調理台に転がるじゃがいも、玉ねぎ、ニンジン。
     まな板や鍋が置かれる鈍い音と話し声が混ざって室内は楽しげな喧騒に包まれる。
     衣擦れの音ひとつ。エプロンの紐をきゅっと締めて張り切る月子にイブが微笑んだ。月子の頬が染まり、視線が彷徨う。
    「料理くらい出来たらいいなと思って……」
    「大丈夫、簡単ですよ」
     笑みを深めて包丁を握り直す。まな板の上に置かれた代物に、試食役を仰せつかったヴァレリウスが包帯に包まれた顔を青くした。
    「愛する人を自分のものにするには、まずは……」
    「それはアブな過ぎない?」
     やんわり止めはするものの。ヴァレリウスの明日はどっちだ。
     どんなカレーが好き? との問いに奏翔は母の味を語る。
    「私はビーフカレー、かな。あ、隠し味には摩り下ろしたりんごが好きかも!」
    「素敵なお母さん、ですね……!」
     まろやかで甘くて。頬を緩める奏翔に千春もふわりと微笑んだ。
    「わたしは、おなすとおくらのカレーが大好きです。……お父さんが、一番好きなカレーだから」
    「ならお父さんに笑顔でこの事言うためにもすんごく美味しく作らなくちゃ!!」
     二人で作るのは隠し味にすりりんごを加えた茄子とオクラのカレーに決まり。
     リズミカルな包丁の音が家庭科室に響く。
    「玉ねぎいっぱいだと美味しいよね」
    「じっくり炒めて、甘くなったの、美味しいな、って」
     皮をむいて水洗い。彩雪の手つきに紗の唇から感嘆が零れる。
    「お手伝いとかしてるのかな? 偉いなー」
    「えへへ」
     鍋からあがる油の音。ヴァニラはぴゃっと紗の背中へ。さっちゃんがぱたりと尾を振った。
     微かに聞こえた笑い声に振り返り、そこにいた小夜彦へおめでとうを告げる。
    「美味しく出来るか、分からないけれど、後で……」
    「はい。交換させてください」
     今度は得意の肉じゃがも、と紗が笑えば肩口から顔を出したヴァニラがねだるように首を傾けた。
    「誕生日おめでとちゃん♪ 手伝うでっ」
    「ありがとうございます。では皮むきをお願いできますか?」
     頬を緩めた小夜彦に頷いて、奏はピーラーに手を伸ばす。ニンジンの皮をむきながら零れる鼻歌はバースデーソング。
    「新しい歳もまた素敵な一年である事を心から願っております」
    「ありがとうございます。楽しんでいってくださいね」
    「あ、れんかちゃんは中辛で大丈夫?」
     お辞儀した憐華が顔を上げた所に唯が尋ねる。目指すは夏野菜カレーだけど、料理は得意とは言えなくて。いざとなればESPで美味しくしてしまおうと着ているのはメイド服。
    「うん。あ、隣さんが言ってた蜂蜜やヨーグルト入れるのも気になってるの」
    「じゃあ入れてみようか」
     甘くなるのかな? まろやかってどんな感じ? ドキドキワクワクした気持ちごと、鍋の中に入れちゃおう。
    「小夜彦さんお誕生日です? おめでとうです」
     なこたが全身をぱたぱた掌で探ってみるものの、渡せる物は何もなく。
    「お気持ちだけで嬉しいですよ」
    「隣君、何か手伝うことあるかな?」
     顔を覗かせた一眞の言葉になこたもこくりと頷いた。
     包丁を持たせたらまな板の上からニンジンが跳ねて、たまがぱくりとジャンピングキャッチ。器用なやり取りに笑い声が零れる。
    「小夜彦さん、楽しいですか?」
    「はい、とても」
    「ですか」
     ふわり、緩む唇。
    「それにしてもこのルーってすごいよね、下手なアレンジいらずで美味しく作れるんだから」
    「便利ですよね」
     箱裏の説明を見ながらしみじみする一眞。開発者の研究成果だ。カレールーにも歴史あり。
     書かれた通りに作れば無難なカレーができるのだけど。
    「ふふふふ、超絶甘口のカレーが降臨するのですよ!」
     隠し味にと璃理が調理台に積み上げたのは蜂蜜1リットル、リンゴ10玉、それから桃、梨、葡萄に蜜柑。――隠し味?
    「地球人もあまりの甘さにノック・アウト!」
     ハイテンションに作られるカレーの味はどうなることやら。
     割烹着をつけた祇音がまな板の上の牛肉を熱した鍋へ移す。
    「お肉は切り方を変えると、違う触感が楽しめるんじゃぞ?」
     じゅわっという音と共に立ちのぼる肉の匂い。
     辛口のカレーにトッピングはいなり寿司。あまったら土産にしてやろうと弟子の顔を思い浮かべた。
     瑠璃は多めに入れた玉ねぎをじっくり炒める。
    「カレー……カレー……うえへへへへ」
     油に絡んだ香ばしさの奥にほんのり香る玉ねぎの甘み。
     鍋を火にかけつつ祈は難しい顔をした。
    「実はあたし、カレーって野菜も肉も炒めないで茹でる人なんだけど、邪道かなぁ?」
    「炒めなくても作れるなんて初めて知ったすごーい!」
     顔を上げた拍子に陽羽の手から包丁がすっぽ抜ける。
    「いたっ」
    「ちょ、陽羽だいじょうぶ!!?」
     顔を青くしつつ赤い筋の走った指を掴み、てきぱきと応急処置。
    「慣れてないだけだもんね、気をつけてね」
     大した怪我じゃないことにほっとして、彼のためにも美味しく作ろうね、なんて話題を振れば、今度は皿ががっしゃんこ。注目を集めて頭を下げる。
     カレーは初心者にも安心の懐深い簡単メニュー。
     だからこの機に挑戦しようという人もちらほら。騒がしいのはそこかしこ。
    「にんじんって皮剥くの?」
    「何でそんな意外そうな顔してるんだ」
     目を丸くする奏恵の前にはいっそ器用な程に端が全て繋がった玉ねぎ。響は先を思いやられながらも皮をむいたニンジンを差し出した。
     「一度火を通すの?」「玉ねぎ焦げた」工程を進めるたびにあがる不穏な台詞。炊飯器をセットしつつそのたびにフォローして、時には聞かなかった事にして。
    「料理って案外疲れるんだな……」
    「えへへ、一緒に来てくれてありがとー!」
     それでもなんとか形になった鍋を前に奏恵はにこりと微笑んだ。
     ぐらぐらと鍋の中で肉や野菜が踊っている。あくをすくって、火が通るまでしっかり煮込んで。立ちのぼる湯気からほっこりとした野菜の香り。
    「蒼月はよく料理するのか?」
    「私はどうもアレンジが苦手で」
     レシピどおりに作る事はできるのだけど。メモを片手にした悠に「らしいな」と頬を緩める治胡。
     かき混ぜた鍋は辛さ控えめ。ことこと音を立てるのはチキンカレー。
    「ん、味見どーぞ」
    「おお、これは美味しいです♪」
     小皿を置いてメモにペンを走らせる。
    「この適量とかが苦手なんですよね、私」
    「感覚と慣れが大きいんだよな」
     チャレンジするうちにきっと好みの味が見つかるはず。香辛料の瓶を差し出され、悠は鍋の前で眼鏡を押し上げた。

    ●皆で作ればおいしさ数倍
    「カレーと組み合わせるのはやっぱりライスだろ」
     幸太郎が手早くとぐ米は故郷北海道産。少な目の水で仕上げるのがカレーに合うご飯のコツだ。
    「って炊飯器使うのかよ!」
     ミネラルウォーターを注ぐ手元を覗き込んで、煉火がツッコんだ。
    「楽してるとでも? いいか、この米はツヤと粘りと甘みのバランスが非常に取れた……」
    「よっしゃカレー班頑張るよー」
     とまらないうんちくを横に希沙は野菜を洗っていく。
    「ピーラー! ピーラーでの皮むきなら手伝えるよ」
     しゃきんと構えた茉莉に生暖かい視線を注ぐ煉火も料理は残念組である。
    「やっぱ隠し味入れるべきだよな?」
    「ぎゃーそんな入れたら隠し味が隠し切れませぬ……!」
     林檎丸ごとに蜂蜜、ヨーグルト。カレーの色が変わりそうな量を見て希沙が必死に押しとどめる。
    「き、茸! 茸お願いします!」
    「あ、私ニンジンの型抜きしたいっ」
     なんとかかんとか、鍋の中では秋茄子と茸の入ったカレーがスパイシーな香りを漂わせて。希沙は茉莉とハイタッチ。
    「で、このカレー……食えるんだろうな?」
    「皆で作ったんだから、おいしいに決まってるよ!」
    「カレーの力は偉大だな!」

     皆で作ると一口に言ってもやりかたは様々。
     鶏肉、豚肉、牛肉、しめじにまいたけ、玉ねぎ、栗、さつまいも等々。
     4人で好きな具を持ち寄ることにした結果である。
    「栗は少し煮てから……って百合姉様そのままは駄目ーっ!」
    「一口くらい、駄目か?」
     生で食べるものじゃありません。百合の手が伸びる直前に燐音が栗を取り上げる。
     一都がじっくり炒めた玉ねぎは飴色。甘みと香ばしさは味に深みを与えてくれる。漂う香りに高まる期待。
    「カレーはちょっとピリ辛が良いと思う」
    「栗やサツマイモが甘いしね」
     唐辛子を加えるアレスの横から燐音が鍋を覗き込んだ。
     揚げ物が揚がるたび、カレーの味を調えるたび、手が伸びる百合に笑ったり止めたりしつつ、秋の味覚たっぷりのカレーが大鍋に完成。
     トッピング用の揚げ物もからりときつね色。カツを乗せながらアレスの口元がほころんだ。
    「揚げものとカレーはまさにベストな組み合わせだと思うんだ」
    「おいしく出来たでしょうか」
     付け合せに作ったサツマイモのサブジをテーブルに載せて、一都は漂う香りを吸い込んだ。
     いただきますまであと少し。

     ぐつぐつと鍋が音を立てる。
     やわらかく煮込まれた肉。溶けかけのジャガイモ。スパイスの香りが食欲を刺激する。
     鍋の中、ニンジンで出来たもみじが踊る。2人で作った秋爛漫の甘口カレー。
    「最後は料理に愛情込めたら美味しくなるんだぜ?」
    「……あいじょ……う」
     首を傾けた烏芥の手がぬくもりに包まれる。朔之助が頷いて、握った手を鍋の上に掲げた。
     おいしくなりますように。こころもおなかも満たされますように。
    「はい、これで愛情こもった!」
     朔之助が満面の笑みを浮かべる。ぽつり、烏芥の中に浮かび上がる気持ち。
    「私も……」
     一緒は嬉しいね。楽しいね。
     空飛ぶ箒に横座り。大きな寸胴鍋の中身をアリシアがくるりとかきまぜる。カボチャやきのこを使ったカレーは辛口。手元にはハバネロソースもスタンバイ。
    「折角じゃからこれも用意しようかのぅ」
    「手際がいいね。アリシアはいいお嫁さんになりそうだ」
    「何を言っておるのじゃ。ご飯は炊けたのかぇ?」
     鍋を見下ろす横顔を見つめ、智慧は目元を和ませた。
    「いつもありがとうね。アリシア」
     長い髪を揺らして振り向いた少女に向けて、大盛りのライスを差し出した。
    「あ、アロア。皿の準備しといてくれよ」
     祐一の手際のよさにすっかり助手の立ち位置に収まるアロア。いかにも男料理といった具合によそられたカレーを受け取り、菜ばしを掴む。
    「トッピングはやるよ、デコるのとかちょー得意だし」
     トンカツ、コロッケ、チーズに目玉焼き。カレーが隠れるくらいの盛り付けに祐一が手を叩く。
    「おーすっげすっげ! こんなカレー初めて見たわ!」
    「すごい、超ハイカロリー」
     笑いながら出来上がり。カレーに揚げ物は正義だから仕方ないのだ。

    ●いただきます!
     甘口、辛口。夏野菜に秋の味覚。季節の変わり目のカレーは皿ごとにまるで違う彩りで空腹を刺激する。
    「隣さん、お誕生日おめでとうございますね!」
    「素敵な機会を下さった事に感謝して頂きます!」
     縁樹とリュシールの言葉を皮切りに、次々に響く「いただきます」。
     彼女らのカレーには肉団子がころり。こんがり焼き目のついたナッツ入りの肉団子は香ばしくやわらかく。頑張って皮をむいたジャガイモはほろりと甘く煮崩れて。
    「トマト入ってると美味しいですよねー」
    「んん、美味しい……♪」
    「少し交換してもらってもいいですか?」
     小夜彦のポークカレーと早速少し分け合って、違う味を楽しんで。
     ブランコもあつあつのカレーがのった皿を受け取って白い歯を見せる。
    「小夜彦さんハッピーバースデー! そしてカレーをいただきマース!」
    「こちらもよろしければご一緒にどうでしょう……」
     穏やかに微笑む流希。
     差し出されたのはオニオンリングフライにニンジンのグラッセ。傍らには野菜嫌いにもおすすめな野菜のプリン。
    「ニンジンのプリンは初めて見ました」
     野菜の甘さに小夜彦の唇がほころんだ。
    「ナンとチャパティもありますよ」
     優歌が湯気を立てる皿を置く。
     ご飯で食べるのももちろん美味しいけれど、せっかくだからいろんな楽しみ方を。もちっとした生地にスパイスが絡む。
    「これもいいですね」
     気に入ったならと差し出されたレシピを小夜彦は両手で受け取った。
    「しかし、カレーは誰かと一緒に食うのが美味しくてええよな」
     向かいに皿を差し出して、切れ長の瞳を細める縁。
    「やっぱり人間は一人で生きていく生き物ではない、てことやろか」
     なんて、大げさな。照れたように笑って、シンプルなビーフカレーを噛みしめた。
     木葉と里桜の前には秋野菜を使った山盛りのカレー。上にはハンバーグ、とんかつ、エトセトラ、乗りきらない程のトッピング。
    「あ、きのこ入ってない。ありがと小早川」
    「おかわりもあるぞ。ん、海老フライもいける」
     カリッとした衣とルーが絶妙の味わい。大鍋いっぱいのカレーも2人にかかればすっからかん。
    「なあ……良かったらこの後近くで組手でもどうだ?」
    「おー、喜んで。お手柔らかにね」
     お腹がいっぱいになったら次に浮かぶのは同じこと。スプーンを置いて微笑んだ。

     舌を刺激する辛さの奥にかすかな甘みや酸味が混ざり合って、肉も野菜も何もかもを美味しくまとめあげてくれる。
     たっぷり作って皆で美味しい。集まれば集まる程に、味は深みを増していく。唇には笑みが乗る。
    「今まで食べてきた中で、今日のカレーが一番おいしいです」
     スプーンを片手に小夜彦は頬を緩めた。アンティークグリーンの瞳が室内を見渡す。
     おかわりしようと立ち上がる人、交換しようと皿を差し出す人。感嘆の声に溢れる笑顔。美味しいに包まれた家庭科室の喧騒はとてもあたたかくて。
     胸もお腹もいっぱいだ。
     今日はなんて素敵なカレー日和。

    作者:柚井しい奈 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月28日
    難度:簡単
    参加:44人
    結果:成功!
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