赤きジォウフェンの白日夢

     天井近くに浮かぶ、玩具のような飛行機の模型を見上げながら、李・小梅は眠たげにゆっくりと瞬きをした。
    「良い所だったわ」
     眠気をどこかに押しやるように、小梅は呟く。
     やってきた近くて遠い異国の地。この地に住む娘夫婦と孫達と久しぶりに再会をし、共に横浜と京都を巡った。憧れの地、遠き昔に膨らませた想像以上の景色にただただ感動するばかりであった。
    「……あら?」
     手続きは既に終えているけれど、搭乗券はちゃんと持ってるわよね、と少し不安になってカバンの中を確かめた。搭乗券はちゃんとある。しかし、ふと、使い慣れた手帳が見当たらない事に気がついた。褪せた臙脂の姿を探してもどこにも見当たらない。
     どこで忘れたのだろうか、娘の家であれば良いがこの空港の中であれば見当もつかない。
     それに探すにしては広すぎる。
     悩む小梅にまた眠気を誘う波がやってきていた。
      
    「一部のシャドウが日本国外へ行こうとしているらしいんだ」
     墨野・桜雪(小学生エクスブレイン・dn0168)は教室に集まった灼滅者達へ、そんな言葉を皮切りに説明を始めた。
    「みんなも知ってると思うが、ダークネスはサイキックアブソーバーの影響のせいで、国外に出ても活動は出来ない。しかし、やつらは日本に来て、これから帰国する外国人のソウルボードに入って国外に行こうとしている」
     目的は不明。そもそも、シャドウのこの企みが成功するかさえも分からない状況である。
    「どうなるか分からないが、一つだけ。……シャドウがもし、日本からはなれた場合、シャドウがソウルボードから弾き出されるかもしれない」
     そうなれば、実体化する先は飛行中の飛行機の中。実体化したシャドウが大人しくしていればまだ良いが、きっとそんな事にはならないであろう。最悪の場合、飛行機が墜落して大きな悲劇が起きる可能性もある。
     淡々とした口調で、桜雪は起こるかもしれない最悪を灼滅者達に伝えていった。
    「今回、シャドウがひそんでいるソウルボードの持ち主は李・小梅(り・しゃおめい)というご老人だ。なんでも子供と孫に会いに一人で日本に来たらしい」
     彼女のソウルボードに入ることができたのならば、灼滅者達は茶屋の中へと導かれるであろう。広さは大きく、無人の茶屋。窓から差す光は昼間のもの。しかし、茶屋から一歩でも出れば景色は一変するであろう。外に出た灼滅者達の眼下に広がるのは夜空に浮かぶ数え切れない程の赤提灯が照らし出す華やかさと少しの猥雑さ。
     それは彼女の故郷、台湾・九份の景色である。
    「茶屋が一番上にある。それ以上、上には行けないから、みんなには下に向かって欲しいんだ」
     細い階段、小さな店が犇めく細い通りを下へ下へ。
     ソウルボードの中には誰かいる気配はあっても誰もいないであろう。美味しそうな屋台の食べ物の香りに、並ぶ食べ物達。どこからか聞こえる喧騒。しかし、誰もいない街。そこは静かで事件なども起きていないであろう。
    「シャドウは必ず街のどこかにいる。強敵という訳でないが劣勢になればすぐに撤退する。戦闘で苦戦することはあまりないだろう」
     街を楽しげに歩くシャドウは灼滅者達を見つければすぐさま攻撃してくる事であろう。不意を付かれぬように気をつけるといい。

    「李小梅が空港に現れるのは、出発時刻の二時間半前。そして、出発時刻の一時間前に保安検査場前のベンチで一休みをするはずだ」
     一番確実に、小梅と接触できるのはこのベンチでなるであろう。旅も終盤、一番時間を気にすべき保安検査場の前に着いた事で、彼女もほっと息をつく。
    「そこでソウルアクセスが出来れば良いが、周りには多くの人がいるからおすすめはできないな」
     騒ぎにならぬよう彼女だけを隔離して眠らすとすればひと工夫必要であるということだ。
    「それと、李小梅には日本語が殆ど通じないから気をつけた方がいい」
     台湾語と中国語しか分からぬ小梅と話すのならば、こちらも対策が必要という事となる。
    「遠いところからやって来たんだ、最後まで楽しんで帰って欲しいな」
     桜雪はそう言えば、そう思わないか?と教室にいる灼滅者たちに質問をした。


    参加者
    苑城寺・蛍(月光シンドローム・d01663)
    七生・有貞(アキリ・d06554)
    明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)
    ヴィルクス・エルメロッテ(空虚なりとも端然たれ・d08235)
    無常・拓馬(魔法探偵営業中・d10401)
    アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)
    リアナ・ディミニ(アリアスレイヤー・d18549)
    星ヶ峰・御影(忍者という名の何か・d19165)

    ■リプレイ


     頭上からかかるアナウンス、様々な所から聞こえる喧騒。賑やかなざわめきに包まれている空港の片隅で、一人の女性――李・小梅がベンチに荷物を広げていた。
    「どうようかしら……」
     困った様な呟きは、ここ日本の言葉では紡がれてはいない。眠気を押してどうしようかと悩む小梅に三つの影が近づいていた。
    「你好! おばあちゃんどーしたの? 何か探し物?」
     流暢に小梅が呟いていた国の言葉で声をかけたのは、苑城寺・蛍(月光シンドローム・d01663)であった。
    「あぁ、いえ……」
     唐突な呼びかけに戸惑っているのか、小梅の言葉の調子はどこか消極的なものである。
    「何か探しているみたいだけど、どうしたのですか」
     明鏡・止水(中学生シャドウハンター・d07017)が蛍の隣で、眠たげな瞳を向けて尋ねれば、そうね……、と少々歯切れの悪い言葉が紡がれる。どうにもこうにも、小梅が灼滅者達に向けるのは戸惑いと、小梅の性格が生んだ怪訝に思う僅かな気持ち。
    「すま……すみません。困ってるみてーだったから、声をかけたんだ」
     出かけた言葉を普段は使わないような丁寧なものに改めながら、二人の後方にいた七生・有貞(アキリ・d06554)が座る小梅の視線に合わせるように腰を折ってフォローを入れると、小梅はゆっくりと首を横に振る。
    「いいえ、良いのよ。気にしないで頂戴。持っていると思った手帳が見当たらなくて、探していたのよ」
     眉尻の下がった笑みを浮かべる小梅。確かに彼女が広げている荷物の中には手帳の姿はどこにもない。
    「大変! あたし達グループ旅行しに行く所でねぇ、友達も何人も来てるから探すの手伝うよぉ」
    「……そんな、悪いわ。貴女達にも空港の中での予定があるでしょう?」
     蛍の言葉に小梅は驚いた様子で目を丸くすれば、申し訳なさそうに質問を投げかける。
    「それは大丈夫。ここでやる事は済んでいるから、俺達は待ち合わせ場所に行く所だし。友達も空港内を散策してるみたいだから、探すのを手伝って貰うよ」
     止水の言葉に重ねるように、それにな、と有貞が言葉を繋げていく。
    「婆さん、俺の婆さんに似てるんだ。俺達には時間もあるし探させてくれねえか」
     有貞の言葉は事実ではないがこの状況ではこう言ったほうが良い。
     三人の言葉に小梅は目を伏せて僅かに思案すれば、再び三人へと瞳を向ける顔には先程のような戸惑いや、怪訝の色は無い。
    「……それじゃぁ、お願いしようかしら」
     突然の助け申し訳ないような、照れた様な笑みで小梅はそう言えば、広げていた荷物を手早く纏めて三人の灼滅者達に席を勧めた。


    「あちらは計画通り通り行きそうでござるな」
     小梅と接触している止水達がベンチから離れて移動しはじめたのを見ていたのは、星ヶ峰・御影(忍者という名の何か・d19165)であった。闇を纏う彼の姿を認識できるのは灼滅者である仲間達しかいない。
    「あぁ。だが、問題は私達の方がどうなるかだ」
     冷静に言葉を抑えるヴィルクス・エルメロッテ(空虚なりとも端然たれ・d08235)であったが内心、焦る気持ちが芽生えてきている。
     小梅が無くした手帳を探すため、空港にやって来た小梅を追跡していた二人であるが状況はあまり良い方向に向かっていない。まず、二人が見ている間に小梅は手帳を落としてはいなかった。もしもその時点で落していれば回収したかった所であるが、無かったものは仕方ない。とはいえ、この人の多い空港内。途中で人に遮られ小梅を見失い掛けたり、また小梅自身に気付かれそうになった時は離れていたりしていため、目を離した瞬間はいくつもある。
    「私達が見ていない瞬間に落とした……」
    「そういう事になるでござるな。ヴィルクス殿、拙者は他の所を探しに行くがヴィルクス殿はどうするでござる?」
     メールを作成しているヴィルクスに御影が問えば、携帯のディスプレイに向いていたヴィルクスの顔が御影の方へと向けられる。
    「小梅さんに聞いて欲しいことがあるから、これを打ったら私も行く」
     聞きたいことは小梅が立ち寄った場所。
     場所だけではない、例えば手帳の大きさや色も知りたいところで。
    「お前サウンドソルジャーだろ? ここはボイスの振動をソナーみたいにして手帳を見つけるんだ!」
    「バカですね、出来たらやってます変態」
     超音波によって水中や海底を探索し距離や方位を探知するソナー。種類は様々ある物であるが一番分かりやすい物を挙げれば魚群探知機になるであろう。それの様になれと言う無常・拓馬(魔法探偵営業中・d10401)に対するリアナ・ディミニ(アリアスレイヤー・d18549)のツッコミは冷ややかなものであった。
    「リアナよ、お前の方は見つかったか?」
     目をつけていたSNSサイトに携帯電話でアクセスしながら、拓馬はリアナに尋ねると揺れる赤いポニーテールがまだという事を静かに告げる。
    「色が少々落ちていても文庫本を少し大きくした位の臙脂色の手帳。見落とすなんて事は無いはずなのですが……」
     今までどこかで出会った等という関係は、リアナと手帳の持ち主である小梅との間には無い。しかし、リアナにとっては『お婆ちゃん』という存在には思う所がある。だからこそ、今回の小梅の手帳探しに非常に真剣に取り組んではいたが、その結果が出せずにいた。
    「そんな顔すんなよ。まだ探してない所だってたくさんあるだろう?」
     小梅と接触し情報を引き出してくれている仲間からのメールは小まめに届いている。送られるたびに分かっていく空港内での小梅の足取り。その全てを探しきった訳ではまだないから。
     拓馬はとん、としょげているリアナの背を叩けば、いきなり震え始めた携帯を開いて内容を確認する。
    「こっちはやっぱり駄目か」
     拓馬の握る携帯電話のディスプレイに写るのは先程アクセスしたSNSサイトであった。ここで落し物の情報がないかと思い検索していたが見つからず、新しい書き込みがないかとチェックはしていたものの、新たに書き込まれた内容は手帳探しには使えそうにない。
    「行くぞ、リアナ。婆ちゃんの心残りを残すわけにはいかないからな」
     有益な情報は仲間達が引き出した情報のみ。移動ルートを中心に探そうと足を向ける拓馬を追うようにリアナも同じ方向へと向かっていく。
    「手帳探しってこんな大きい空港でみつかるわけないじゃないですか……」
     面倒くさそうな調子で湧き上がる気持ちを口にしながら、アイスバーン・サマータイム(精神世界警備員・d11770)はトイレのドアを開けた。手帳を探す中でもアイスバーンが探す主な場所はトイレなどの女性しか入れない所。小梅の性別を考えての行動であり、確かに誰も探していない場所である。
    「はぁ……。これで五ヵ所目です」
     国際便すら飛ぶ、広く大きな空港である。トイレの数もその分多い。小梅の行動をある程度知り、そこから行きそうなトイレを絞ったとしても一人で探すには多い上にそれぞれに個室がいくつもあるのだから溜め息の一つや二つを通り過ぎ、三つも四つも出てきてしまう。
     残りはいくつかと、アイスバーンが確認をすればあと少しで折り返し地点であった。


     大きなソファーがコの字型に設置された部屋に小梅と小梅と接触をしていた三人がいた。
    「小梅ばあちゃん、寝てもだいじょうぶ。たぶん疲れがたまっているんだよ」
    「えぇ、ありがとう……」
     止水の言葉に先程から眠気に反抗している小梅は微笑みを浮かべ、すぅっと深く呼吸をした。
     四人が現在いるのは、保安検査場から少し離れた所にある有料個室の中であった。本来であれば、保安検査場近くにあるラウンジを利用出来れば良かったが、利用するには会員になる必要がある上にそれ相応のESPを持っていなかったため、利用できなかったため、止水が事前に予約していたこの個室に行く事となった。
    「そうだぜ、小梅ババ……婆さん。寝ないとこれからがつらいぜ。なぁ、苑城寺先輩」
    「アリサダ君の言う通りだよぉ。時間が来たらおばあちゃんもちゃんと起こすし」
     有貞と蛍の言葉に小梅は笑みを浮かべたまま、先程から下がったり上がったりを繰り返していた瞳を閉じていく。
     そうして暫く静かにしていれば、聞こえてきたのは小梅の静かな寝息。
    「……ん。少し、急いだ方が良いかもしれないな」
     小梅の寝顔を見つめながら止水はメールを打ちながら静かに言う。実感するのは一時間と言う時間の短さ。
     残り時間は半分と少し。

     扉を開き目の前に広がるのは、夜闇に浮かぶ数え切れない程の紅い輝き。眼下に浮かぶその光はまるで灼滅者達を誘うように、下へ下へと伸びている。
    「これまじで普通にあるとこなんかね……映画みてえ」
    「同感だ。ここの風景をゆっくりと楽しんでいたいところだ」
     パネエ、と無表情に言葉を漏らしながらもあちらこちらに視線を動かす有貞の横でヴィルクスもまた、眼下に広がる紅色に輝く街を見つめていた。
     この誰もいない街に、人がいればどれほど賑やかで活気のあるものになるであろうか。
     提灯の灯る石造りの細い階段を下りていく。急勾配の坂の斜面には所狭しと様々な屋台が犇めき並んでいた。
    「おぉ!! これはすごい!」
     屋台並ぶ食べ物やお土産用の硝子細工を見れば、アイスバーンのテンションは更に上がっていく。
    「あたし、こういうちょっと妖しい感じ好き。ねえ、この食べ物とか食べれるのかなぁ?」
     興味深そうに蛍が指差すのは階段に面した位置に置いてある、屋台の深い大鍋。ほんの少しだけ開かれた蓋から香るのはあっさりとした印象の魚介スープの匂い。
    「どうでしょう? ちょっと食べてもらっても良いですか?」
    「俺かよ!」
     蛍の問に首を傾げるリアナだがその視線は自然と拓馬の方へと向けられて。じぃっと見つめる視線に拓馬がすかさず突っ込んだ。
     店先に並んだ餅菓子に瓶詰になったキャンディー達、その横からは食欲を刺激する肉を甘辛く炒めた匂い。時折、灼滅者達を襲撃する臭豆腐の独特な匂いに互いに顔を見合わせれば、少々足早に過ぎようとするも好奇心には負けてしまう。
    「件のシャドウもこの景色のどこかで観光気分ででもいるのでござろうか……っと、それどころではなかったでござるな!」
     あまりにも事件も何も起きていない異国の街。思わず観光気分になってしまう心を自制するように御影がいうも、心躍ってしまうのは仕方のない事でもある。
    「いい景色だな」
     微睡む瞳を細めながら、止水も自然と言葉が零れていく。
     どれほど下へ歩いたであろうか。
     穏やかで、不思議な時間が流れいく。
    「リアナ殿! 危ないでござる!」
     油断はなかった。けれども、どこかに隙は生まれていて。
     リアナのいた位置に埋め込まれていたのは漆黒の弾丸。御影がリアナの手を引いていなければ、それは確実に命中していた事だろう。
     夢の中に現れた漆黒の異物。それが放たれたと思わしき方向に視線は自然と向いてしまう。
     笑った様に見える仮面はスペードにも似ていて、まるで道化師のような造形に、けれども下半身に行くほど黒くぶよぶよとした物へとなっていく。
     楽しげに。愉快に。
     お見事、とでも言うようにシャドウが鳴らす乾いた拍手が静かな街に鳴り響いた。


    「目的を話す気がねぇってんなら、さっさとこっから出て行けよ!」
     ヴィルクスの影は、声をかけても沈黙し続けるシャドウを飲みこもうとする大狼となり、拓馬が死角から攻撃しようとその後に続く。
    「脱出して何したいわけ? 案外シャドウも楽しい思い出作り? みたいな?」
     ――なら、素敵な思い出、作ってあげなきゃね。
     蛍の右中指に絡みつくのは毒孕む銀蠍。的確に動きを阻む毒の弾丸をシャドウに向ければ、まるでおどけるような調子で避けられる。しかしそれをフォローするように、アイスバーンが爆炎を誘う弾丸を数え切れぬほどシャドウに放つ。それは避けきることが出来ないほど。
    「かっ、海外に高飛びなんてさせませんよ?」
     このシャドウをこのまま夢の世界に居させる訳にはいかないから。
     しかしシャドウも攻撃を受けるばかりではない、初めに撃った毒を持つ漆黒の弾丸、そして動きを止める呪いの弾丸を使い分け、時には影を宿した拳を振るう。
     ガトリングガンを連射する有貞はゴーグル越しにシャドウを見る。当たっていく弾丸は目では追えぬほど。弾丸が当たる度にシャドウの体は歪に揺れた。
     リアナの影が刃となれば向かう先はただ一つ。シャドウが影に貫かれると、考える様に手を仮面の顎先らしき所に持っていく。
    「どうして、ここに来たんだ」
     眠たげな瞳も穏やかな笑みもシャドウに向けられることはない。僅かに鋭利さを宿した止水の瞳が辿るのは、指で操る細き糸。
     誰もが思う疑問であった。
     何故、海外に行こうとするのか。何をしようとしているのか。
     問いても答えは返って来ない。
    「いざ、参るでござるっ!」
     それは、今まで仲間達を癒し続けた御影の声であった。声と共に放たれたのはシャドウが一番初めに放ったものとよく似た漆黒の弾丸で。
    「始めのお返しでござる」
     にやりと御影が笑顔を浮かべる先には、制約の呪いと糸の捕縛により動けなくなったシャドウがいた。
     漆黒の弾丸に貫かれヒビ割れたシャドウの仮面。戦いの天秤は既に灼滅者達の方へ傾いたと言っても過言では無いが、楽しげにシャドウは体を震わせ盛大な拍手を灼滅者達に送っていく。ゆるりと一本の指を上げれば、笑う仮面の口の前に。
     秘密。
     それが、何も語らないシャドウの答えであった。そうして、ぶよぶよした体を恭しげに折り曲げて、片手を胸に添えるとお辞儀を一つ。
     灼滅者達に背を向けるシャドウ。このままこのドリームボードから出ていくのだろう。
     小さくなっていくシャドウを追う者は誰もいなかった。

    「すまない、婆さん。手帳、探したけど見つかんなかったんだ」
     目覚めた小梅に有貞は淡々と結果を告げる。
     時間ぎりぎりまで仲間達は手帳を探していたが見つける事は出来なかった。部屋にいる誰もが浮かない顔をする中で、小梅は嬉しげに目を細めていた。
    「こんなにたくさんのお友達が探してくれたなんて思ってもいなかったわ。皆さん、ありがとう。こんなに皆さんが探してくれたんだもの、きっと娘の家に置いてきてしまったんだわ」
     だから、そんな顔しないで頂戴。私、とても嬉しいもの。
     小梅は中国語でそう言えば、一人一人に言葉を掛けて手を握って、何かを握り渡していく。
     全員に掛けられたのは、片言の感謝を伝える日本の言葉。
     アイスバーンは恥ずかしくて小梅を見る事が出来ずにいた。
    「わわっ」
     小梅に握らされた物を確かめるために、そっと手を広げる。
     出てきたのは遠くて近い、紅く輝く異国の夢で見た、瓶の中に詰まっていたキャンディーであった。
     

    作者:鳴ヶ屋ヒツジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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