殺人鬼ごっこ

    作者:池田コント

    「はい、それじゃ今から自由時間だが、施設の敷地内からは出るなよ。先生の番号とアドレスは登録してあるな? なにかあったらすぐに連絡すること。質問はあるかー?」
    「はーい、先生ぇー質もーん! 合宿に殺人鬼が混ざってたらどーしたらいいっすかー?」
    「え?」
     シュパン!
     冴え冴えとした月のような衝撃波が、先生の体を斜めに斬り裂いた。
    「え? え?」
     三分の一くらいになった先生の上半身が、草の上にどさりと落ちる。まだ自身になにが起こったのかわかっていない。
     先頭に座っていた女生徒が目を合わせた先生の目は絶命の瞬間まできょとんとしたものだった。
     突然の男性教諭の死に、騒然となる二十人の生徒達を、ガラの悪い男達が取り囲んだ。
     抵抗しようとした者は、たやすく取り押さえられ、突然の闖入者の中から一人の男が進み出て話し始めるのを生徒達は恐怖にさらされながら聞くしかないのだった。
    「えー、つーわけで、先生っていうのは肝心なことはなーんにも教えてくれません。えらそうな顔して勝手にくたばります。そういうもんです」
     真っ赤な髪を、一昔前のビジュアル系のように突っ立てて、バンダナで目元を隠している。
     昇り龍の刺繍の入ったジャンパーを着たその男は、日本刀をさげて、先が十字になった槍を肩に担いでいた。
    「つーわけで、代わりに今から俺が授業をします。つっても、レクレーション? レクリエーション? イリュージョン? そういうやつです。ルールは簡単。鬼ごっこな。向こうにでけえ森があるっしょ? そん中を逃げ回って、反対側まで逃げ切ったら勝ち。生存。途中で鬼に捕まったら負け。即、処刑。どお? 簡単だべ? 俺の部下は四人。俺を含めて鬼五人ね。はむかうとかなめたことしたやつは、○○○すっからよろしく。あ、男もな。俺、どっちでもいけるし。ああ、それと特別ルールで森の中にある休憩所つーか、小屋を見つけたやつはサービスで助けてやるよ。それじゃ、俺が手叩いたらスタートな。五分経ったら鬼動くから」
     手を叩き、生徒達がくもの子を散らすように逃げていくのを男はにやにやと笑っていたが、十秒も経たないうちにリーダー格の男は歩き始めた。
    「んじゃ、あとは打ち合わせどおりな。俺はスタンバっとくから、気合いれてけ? キル数トップは総取りな。ケッケッケ。地道な序列上げなんざ俺のガラじゃねぇけど、すぐ追いつくぜぇ、待ってろチャタの兄貴」
     こうして、殺人鬼ごっこの幕が上がるのだった。
     
     
     以上がエクスブレインが予測した事件のあらましである。
     主犯の男は、六六六人衆の六二三位、裏原ザンゲキ。
     男性教諭一人を殺害し、合宿中のテニス部員男女二十名を鬼ごっこ形式で部下に殺させるつもりだ。
     やつの始める、馬鹿げた殺人ゲームの犠牲を可能な限り食い止め、できることなら裏原達を灼滅することが目標になる。
     バベルの鎖による予知をかいくぐり、ダークネスの起こす惨劇を食い止めてほしい。
     エクスブレインの未来予測では生徒全員の死亡の可能性が示唆されている。
     ゲームスタート前に介入すると、敵に察知されてしまう可能性が高いので、残念だが男子教諭の生存は絶望的である。
     その代わりに彼の生徒達をできるだけ救出して欲しい。
     場所は某県の山間にある施設で、民家とは距離を置いて造られているので、他の一般人が迷いこむ心配はないだろう。
     現場となる森は暗く、混乱した生徒達が全員が自力で抜けるには三十分以上かかるはずだ。
     二十人もの生徒達を個別に発見して救助するよりは、鬼を全員排除する方が確実かも知れない。
     裏原の戦闘力は、灼滅者八人でかかってようやく勝ち目が出てくるくらい。
     四人の部下は強化された一般人で、生徒達にとっては脅威だが、灼滅者一対一でもまず負けないだろう。
     裏原がどう行動するかはわからないが、部下達は個々で動き回り見つけ次第生徒達を殺していく。
     裏原は灼滅者が現れた場合、その闇堕ちを狙ってくる節がある。
     
     依頼に絶対の正解などない。
     各々、最善と思える行動を模索して欲しい。
     それがなにより君達の力となるはずだから。
     後悔のない戦いを。


    参加者
    狐頭・迷子(迷い家の住人・d00442)
    鬼無・かえで(風華星霜・d00744)
    アルヴァレス・シュヴァイツァー(蒼の守護騎士・d02160)
    八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)
    桃野・実(水蓮鬼・d03786)
    雲母・凪(魂の后・d04320)
    ゲイル・ライトウィンド(紅き風纏う破魔の術剣士・d05576)
    柴・観月(サイレントノイズ・d12748)

    ■リプレイ


     殺人が行われていた。
     草の茂みや野外炊飯の設備などに隠れて灼滅者達はそれを見ている。
    (「命が失われるのに見ているしかないなんて……」)
     アルヴァレス・シュヴァイツァー(蒼の守護騎士・d02160)は男性教諭が惨殺される光景を悔しい思いで見つめていた。
     エクスブレインから教諭の生存は絶望視されていた。
     救う可能性があったとすれば、敵に察知されるのを承知で、このタイミングに介入すること。
     でもそれは、灼滅者だけでなく彼の生徒達の身も危険に晒すことになる。
    (「せめて護れる命は総て護りましょう。無駄な死になんかさせません」)


     相手の勝手なルールに従ってやる道理はない。
     ゲイル・ライトウィンド(紅き風纏う破魔の術剣士・d05576)達は四人ずつ二組に分かれ、片方は裏原を尾行。もう片方はバラバラになる前に部下達へ襲撃をかけることにした。
     狐頭・迷子(迷い家の住人・d00442)、鬼無・かえで(風華星霜・d00744)、アルヴァレス、ゲイルの四人は裏原を尾行する。
     裏原は軽い足取りで森の奥へと進んでいく。暗い森の中でも、昼間のような動きだ。
     軽い足取りとはいっても、生徒達の逃げるスピードよりも早いのは明らかだ。
     その後姿を見失わないように、それでいて気づかれない距離を保ちながら追跡するのはなかなか骨が折れる行為だ。
    (「隠された森の小路を持ってきて正解でしたね……」)
     ESPによって植物が自ら避けてくれるので、とても追いやすい。
     迷子は後ろを振り返り、糸がつながっているのを確かめた。アリアドネの糸だ。森の木々を縫いながらスタート地点へと続いている。
     頼りない細い糸だ。けれど、その先に仲間がいると思えば、心強くもあった。
     森の中でなにかがちらりと光った。ぱっと明るいあの光は、人工のものに違いない。生徒のケータイかなにかだろう。
    (「逃げた生徒ですか……気づいてませんね」)
    (「やる気でしょうか……!?」)
     一瞬で緊張が走る。
     裏原が気づいた可能性は高い。
     もし手を出すようなら守らなければならないが、それでは尾行している自分達の存在を知らせることになる。
    (「どうしよう……?」)
     迷子が仲間達の判断を仰ぐ。決断しなければむざむざ生徒を見殺しにしてしまうことになりかねない。
     とはいえ自分一人で選択するには重過ぎる。ここで気づかれれば作戦の変更を余儀なくされ、仲間の命も危険に晒すことになる。
    (「どうすれば……」)
     ゲイルもまた手をこまねくしかなかった。生徒を誘導しようにも、下手な方法では裏原に感づかれる。
     幸い、裏原がその生徒を狙うことはなかった。
     ルールの外として見逃されたのだろう。そのルールは彼が決めたことであるから結局気まぐれに他ならないが。
     アルヴァレスは構えていた槍をしまう。彼は覚悟を決めていたのだ。少しでも裏原が不審な挙動をすればすぐさま攻撃をするつもりでいた。たとえ自分達の身を危うくしても。
    (「次にこんなとき、あったら……」)
     決断しなければならない。目の前の命を見捨てるか否か。そしてそれは灼滅者として戦い続ける限り避けて通ることはできないだろう。
    (「本当に……やな相手、だね」)
     その後、尾行は続いた。森が四人分の気配を隠してくれていた。裏原にも油断があるのかも知れない。自分達は狩る側であり、灼滅者が既に自分に張り付いているはずはないと。
    (「その油断が命取りになることも、あるんじゃないでしょうかね」)
     そのとき、ゲイルは異変を察して仲間達に制止の合図を送った。
     裏原がスマホを取り出したのだ。電話がかかってきたようだ。通話相手で可能性が高いのは、部下達だろう。
    「なにを話して……!?」
     ギンッ!
     裏原の気配が変わった。振り返りこちらを見る。
    (「まさか見つかった……!? あれ?」)
     裏原は迷子達のすぐそばを素通りして、今来た道を引き返し始めたのだった。
    「なるほど……僕達も戻りましょう」
    「どういう、こと?」
    「部下達から連絡があったのでしょう。合流して叩くつもりでしょうねえ」


     時間は少し戻る。
     裏原を見送った部下達の内一人がナイフの刃をペロリと舐めて歩き出した。
    「おい、まだ三分経ってねえぞ」
    「いいって、いいって。それよりさぁ、もう行かねえと探すのが面倒になる……ぶべぇ?」
     ゴガン!
     しゃべっていた男の頭頂部にロッドが叩きつけられた。
     不意打ちを成功させた柴・観月(サイレントノイズ・d12748)は黒い杖をくるくると回し、無表情に倒れた男を見下ろす。
    「行かせるわけないだろう」
    「な……てめぇ!?」
     起き上がりかけた男を霊犬クロ助が切り裂き、桃野・実(水蓮鬼・d03786)の妖冷弾が凍りつかせた。
     そこへ雲母・凪(魂の后・d04320)が躍りかかり、背中へ強烈なフォースブレイク。
    「……ッ」
     手応えは十分であったが、男はまだ意識を失っていない。起き上がりざま死に物狂いで凪に斬りかかるも、その刃は空を切る。
    「任せろ!」
     その声に振り返ると、そこにはロッドを振りかぶった八握脛・篠介(スパイダライン・d02820)がいた。
     ボグアゥ!
     顔面が変形するくらいの一撃を喰らい、男はきりもみ三回転。物言わぬ身と成り果てる。
    「何がゲームだ、ふざけおって……!」
     篠介には怒りの表情が浮かんでいた。
     かつてダークネスの殺人ゲームに巻き込まれたときのことを思い出しているのか。
     苦々しい記憶に苛まれる男の目だ。
    「おい、こいつらやべえぞ……! 防御固めろ、俺は裏原さんに連絡する」
     襲撃者達の強さに動揺した一人は裏原に連絡を入れるつもりのようだ。
    「……させない」
     実のオーラキャノンが飛ぶが、別の男がカバーに入る。
    「……お前達に用はない」
     だが、凪の影も篠介の槍も前衛の壁に阻まれる。
     一網打尽にできるのはいいが、人数がいる分この連絡はとめられない。
     裏原は間もなく戻ってくるだろう。
     ならば、それまでに一人でも多くの敵を倒すべきか。
     観月は力を巡らせ男に向かって縛霊撃を放った。


     クロ助の放つ六文銭が利き足に命中し、男は耐え切れず右側面から地面に倒れた。
     実が迫ってくるのを察した男は、実の顔面目掛けて金属バットを投げ放つ。
     だが、実は身を屈めてすんなりそれをかわすと、妖の槍浜姫で男の胸を貫いた。
    「時間かけさせないで」
     三人目を無力化し、実は残る最後の部下へと目をやる。二人目は凪の閃光百烈拳によって倒れた。
     あと一人倒せば余裕を持って裏原を迎え撃てる……。
     そのとき、凪は迷子の糸がピンと張るのを見た。近い。戻ってくる。
     と思った瞬間、裏原の声が耳に届いた。
    「舐めたまねしてくれてんじゃねえかよ、クソどもがぁ!」
     裏原は槍を構え突撃してくる。
    「血祭りだ。カーニバルだよ、バカヤロウ」
    「そ、そんなのダメです!」
     背後から迷子が飛び出し獣が獲物に飛びかかるような一撃を放つ。裏原は咄嗟に右腕でそれを受けた。霊力の網が全身に絡みつくのを引き千切る。
    「なんか変な感じはしてたが……そういうことか」
    「そういうことです。遊び感覚で大量殺人なんて……絶対にさせません」
     迷子が間合いを空けたスペースに、アルヴァレスが滑り込み、裏原の腹部に槍を捻じ込んだ。
     浅い。が、焦る必要はない。
     アルヴァレスは後ろへ下がり、油断なく血の滴る槍を構える。
    「人に仇なす獣……貴様を殲滅する……!」
     その間、ゲイルは防護符を味方に放ち、かえではシールドリングを現出させていた。
     八人となった灼滅者を、裏原は睨み付ける。
    「俺のゲームをよくも台無しにしてくれたな、てめえら全員○○○にガラス瓶突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやんよぉ」
    「……どういう意味?」
     一瞬考えてみたが意味がわからず、実はきょとんとした顔で仲間に尋ねるが、小学生女子のかえでは当然わからないとパタパタ手を振る。
    「汚い言葉だ。忘れていい」
     観月は無表情にそう言うと、精神を集中させ、魔力を練り紡ぐ。
     癒し手を担うゲイルはこれより多忙さを極めることだろう。六六六人衆のプレッシャーを直に感じながら、休む暇などないと肝に銘じる。
    「助、裏原さ……が、はぁ……ッ!」
     裏原が到着して二分もしないうちに、最後の部下は篠介の拳のラッシュで宙へと浮かび、洗い場へと叩きつけられて意識を失った。
     いよいよ敵は、裏原一人。
     クラッシャーが半数近くを占める攻撃陣形。全員がやられる前に攻めきる。
    「零距離獲った……突き穿つ!」
     懐に跳び込んだアルヴァレスが高度に圧縮された魔力の一撃を放つ。実の妖冷弾が裏原の肌を凍りつかせ、凪の槍が裏原の槍と交差した瞬間、横合いから跳び出したかえでの閃光百烈拳が裏原を捉えた。
    「鬼ごっこなら僕達がしてあげる、よ」
     打、打、打、打打打打打!
    「てめっ!」
     裏原が不用意に反応した瞬間。
    「隙あり、だよ」
     足を引っ掛け、つんのめった瞬間に再び。
     打、打、打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打!
     打たれに打たれた裏原の、頭上高くから迷子が急降下。
    「絶対に、止めてみせます」
     巨大な腕が裏原を押し潰す。
     裏原の反撃を察知し、かえでと迷子は同時に飛びのく。
     だが、狙いは二人ではない。
     青い月の衝撃が実を斬り裂いた。
     落命した男性教諭のように、全身を自らの血で赤く染め、実が倒れる。
    (「そうか……部下と戦ったときの傷が……」)
     裏原はにやりと笑う暇もなく、観月の歌声が響き、凪の死角からの一撃が裏原の大腿を貫く。ゲイルは防護符を飛ばし、篠介の拳が裏原の顎を砕いた。
     けれど。
     やがて。
     かえでの抗雷撃が命中する刹那、裏原の刀がかえでを袈裟懸けに斬り捨てた。
    「惜しかった……な」
     崩れ落ちるかえで。
     かばいきれず……否、努力するも一度位ではかばいきれずアルヴァレスの表情が苦渋に歪む。
    「覚悟を決めてもらいます……砕け散れっ!」
     アルヴァレスの一撃を、裏原は甘んじて受け、攻撃の機会を窺っていた迷子の腕を刀の峰でへし折って、
    「……ふぃ!?」
     獣じみた悲鳴をかみ殺すかえでの胸を真一文字に斬り裂いた。
     スプラッシュ!
     血の花を咲かせ、倒れる迷子。
     心配そうに吠える愛犬に、荒い呼吸をしながら迷子は言う。
    「大丈夫、私は、大丈夫……だから、小梅、みんなを……お願い」
    「ヒヒ、これで後は何人だ? ええ、コラ」
     がしり。
     裏原の肩をつかむ者があった。
    「残念だったな。鬼は交替じゃ……ほら、捕まえた」
     篠介の槍が裏原の腹部を貫いていた。
     苛立たしげに裏原は槍を引き抜き放り捨てる。
     けれど、篠介はにやりと笑い、予言めいた確信を告げる。
    「お前さんの負けじゃ……お前さんがワシらを倒しきる前に、ワシらの誰かが必ずお前さんを倒す」
     裏原は激怒し、篠介を吹き飛ばした。
     篠介はもう立ち上がることができない。けれど、裏原の怒りは治まらない。
     それは彼自身、追い詰められていることを自覚していたから。
    「ありえねぇ……こんなこと許せるのか、許せるのかよ、序列六二三位裏原様だぞコラ!?」
    「カスの数字に意味なんかあると思ってるの?」
     凪の影が針のように裏原を襲う。凪は影で視界を遮った瞬間に、影を回避した裏原の背後を取った。
    「ね……人は死に際に己の人生を映画の様に思い出すんですって」
     凪のロッドが裏原の左腕に叩きつけられた。衝撃のあまり筋繊維は断裂し腕は二の腕のところから千切れとんだ。
    「貴方の最期の映画はどんなお話なのかしら」
    「……最悪に決まってんだろ、ファック!」
     左腕を半ば奪われながらの反撃が凪を吹き飛ばす。
     裏原はかえでの左胸に十字槍の穂先を突きつけた。
    「ただじゃ終わらねぇ……一人でも多く殺す。最後の一瞬まで、俺は殺しをやめたりしねぇ」
     それが自らの存在意義であるとでも言うかのような裏原の表情に、実は軽く息を呑む。
     裏原の左腕はぐじゅぐじゅと音を立てて再生しようとしていた。回復ではないがとりあえず使用できるよう形を整えている。
     そして、右手で槍を振り下ろす。
    「やめなさい! と言ってやめるならもうけものですが」
     ゲイルは今は清めの風を吹かせるので手一杯だ。
    「ヒャハッ、悪いがやめない」
     ズンッ!
     かえでの胸に槍が突き入れられた。
     小学生の小さな体。
     誰が見ても致命傷ではないかと思える程に深々と墓標のように立つ槍。
    「ヒャハハハ! 殺、殺、殺、殺ー!」
    「ぐ……ぅ」
     いや、まだ息がある。さすが灼滅者だ。しかし、それもいつまで持つか……。
    「や、やめて、あげて」
     もう戦えぬ身でありながら迷子が手を伸ばす。けれども裏原は無情にそれを蹴り飛ばした。
     追い詰めている。追い詰められている。
     裏原の灼滅は目標としていたこと。
     だが、六六六人衆が本気で道連れを欲したとき、自分達はそれを止められるのか?
     ただでさえ灼滅するので精一杯だというのに。
     もし手立てがあるとすれば、それは……。
     アルヴァレスの脳裏に大切な人の顔が浮かんだ。
    (「ユエファさん……」)
     くるくるくる……。
     コツン。
     裏原の背中に、黒い杖が触れた。
    「……!?」
     裏原の背後にいたのは観月だ。
    「敵討ちとかそういうんじゃない。ただお前一人のせいで数人、数十人と死ぬのはおかしいと思う」
     観月は変わらずの無表情だ。けれど、その瞳に異質な光を湛えていることに、気づく者もいた。
    「だから、お前が×ね」
     その言葉を合図に、裏原の体が爆散した。
     忌まわしき闇の命さえ消し飛ばす、凄まじい魔力の奔流がそこにあった。
    「あ、兄貴……兄貴を殺すのは、この、俺……」
     胸から下のほとんどを吹き飛ばされ、さすがのダークネスの命もそう長くないのは明らかだった。
     実は倒れたまま、裏原の残骸を見た。
     なにか言葉をかけようとして、結局何も言うことはできない。
     気持ちはあっても、言葉が思いつかなかった。ただ、悲しい奴だと思った。
    (「六六六人衆って……もしかしてすごく辛いダークネスなんじゃないか……?」)
     実にはそう思えた。
    「ふふ……」
     間もなく、凪は静かに後始末を終えた。
     そして……。
    「そろそろ行く……あまり長くは持ちそうもないからな」
    「柴先輩……」
    「そんな顔するな。仕方ないことだ」
     誰一人欠けない為には、誰かが堕ちる必要があった。
     タイミング的に、それが自分だっただけのこと。
    「観月先輩……」
     アルヴァレスは観月の闇堕ちの兆候にいち早く気づいていたが……。
    「仕方ないことだ」
     観月はもう一度言って、初めて笑みを見せた。
     そして、月光の届かぬ闇へと消えていった。
    「きっと、僕が代わりに堕ちるべきだったんでしょうね」
     仲間達の治療を開始しながら、ゲイルはつぶやいた。
     生徒には怪我人も出さず、死者は最小限に食い止められた、けれど。
    (「柴さん……女子に泣かれちゃうよ」)
     実は観月を想う。
     まだ夜は明けそうにない。

    作者:池田コント 重傷:狐頭・迷子(迷い家の住人・d00442) 鬼無・かえで(風華星霜・d00744) 
    死亡:なし
    闇堕ち:柴・観月(星惑い・d12748) 
    種類:
    公開:2013年9月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 21/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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