ラフター・ラプター

    作者:君島世界

     いいかい、あんたん所の家は越してきたばかりだから知らないだろうけど、この町じゃ夜明け頃にぶらぶら歩いてちゃいけないよ。
     ごみ出しも、ましてやふらふら遊びに出るなんてもってのほかさ。
     ここじゃあ日の出前の数時間は、『御烏様』の物なんだからね。
     『御烏様』は流れの祟り神で、何の因果か何百年も前からずっとこの地域に棲んでいらっしゃる。お姿はカラスによく似た真っ黒な羽根を持った、それはもう大きな鷹なのさ。あたしゃ見たことないけどね。
     日の出ている時、星の出ている時はおとなしく眠ってらっしゃるんだけど、そのどちらでもない『夜明け頃』は、起きて人を祟るのさ――夕暮れ時はどうなんだって? あたしゃ神様のご都合は知らないよ。
     ともあれ『夜明け頃』さ。その間は絶対に家から出ちゃならんよ!

    「まあこんな感じで、子供を見てはこういう話をするような、偏屈なおばあちゃんがいたのも原因の一つだったのかなー、と。もちろん、そのおばあちゃんが悪いわけじゃ絶対ないんだけどね」
     と、即興のものまね劇を終えた須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が、猫背の姿勢を戻しながら言った。教室に集まっていた灼滅者たちは、似ていたのか似ていなかったのかすらわからず、大半はまばらな拍手をしてお茶を濁す。
    「今回の目的は、ある山間部の村に現れた都市伝説、『御烏様』の退治だよ。ここでは昔から、子供達の夜遊びを戒める為のおとぎ話として、『御烏様』の話が使われてたんだけど、それが最近になって、サイキックエナジーと結びついて実体を持つようになったんだ。
     本当に最近の話だから、まだ誰も気が付いてないし、犠牲者もいないんだけど……」
     絶対に放置はできないよねっ、とまりんは拳をぐっと握った。

     都市伝説である『御烏様』は、村のはずれにあるゴミ捨て場付近を、『夜中の三時から夜明け』までに徒歩で通りがかると現れる。ゴミ捨て場が見えなくなるくらいまで離れるか、太陽が下端を地平線から離すまで待てば『御烏様』も消えるのだが、一般人ではそこまで逃げる前に殺されてしまうだろう。
     その姿は真っ黒で、鷲や鷹などの大きな猛禽類に似ている。名前にカラスとついてはいるが、羽根が黒いとされていたからそう名づけられただけなので、注意が必要だ。
     現場では四体が同時に現れる。ダンピールの使うアビリティによく似た攻撃を繰り出してくるが、基本的に統率は一切取れていない。ただし、子供を戒めるという性質を持たされているので、出現時に『むやみに騒がしい未成年』が――談笑程度の騒音なら該当しない――いた場合は、その中でも最も大きな音を立てていた者から集中的に攻撃してくる。同程度なら年少の者を優先する傾向にあるようだ。
     到着する日の深夜から早朝にかけては、その付近を一般人が通りかかる事は一切ない。しかし現れる都市伝説は強力で、残念ながら現在の武蔵坂学園生徒達では、1対1では歯が立たないので、事前に作戦を立てて事に取り掛かることが重要だ。

    「そうそう、みんなが行く村のことなんだけど、森の中っていう風情があって、本当にいいところなんだよ。都市伝説が片付いたら、散歩して朝の綺麗な空気を堪能してくるのもいいと思うよ。この件がなかったら、わたしも行ってみたかったんだけどねー」
     付箋が沢山挟まれた古い旅行雑誌を広げながら、まりんはため息をつく。森好き、旅行好きの彼女にとって、この村は絶好のロケーションであったのだろう。
    「都市伝説は怖いけど、力を合わせればきっと退治できるよ! みんな、がんばってね!」
     と、まりんは景気よく雑誌を閉じて、笑顔で灼滅者に激を入れた。……少々景気がよすぎて、雑誌の閉じ合わせが崩れてばさばさーとページが落っこちてしまったが。


    参加者
    風雅・月媛(通りすがりの黒猫紳士・d00155)
    クロノ・ランフォード(白兎・d01888)
    津宮・栞(漆の轍・d02934)
    藤宮・京(癒しの歌声・d03213)
    杜之宮・摩耶(寧静なる癒し手・d03988)
    高柳・綾沙(落月屋梁・d04281)
    卜部・タエ子(門限六時の殺人鬼・d06328)
    添木・唐弥(包帯蜘蛛男・d07566)

    ■リプレイ

    ●テリトリーへ
     灼滅者たちは、林と人里が混ざり合った所を歩いていた。道路の薄い舗装は、宵闇の中で山との境界を曖昧にし、空中では電線と木枝とが交互に覆いかぶさって、人工の縦糸と天然の横糸で織られた網として、星明かりから夜の世界を隠している。
     都会ではどこでも目にすることができる街灯の光も、この田舎では心細いほど少なく、淡い。津宮・栞(漆の轍・d02934)は、同行する仲間たちの足音を現実への取っ掛かりとしながら、徹夜に疲れた眼を擦り、気を入れ直した。
    「ここは、しっかりしませんと……」
     呟いて、手の中の大鎌の握りを確かめる栞。藤宮・京(癒しの歌声・d03213)も、その後ろでこっそりとあくびをかみ殺した
    「夜遊びを戒めるたって、夜中のこの時間はちょっと遅すぎないかなぁ。眠くてしょうがないよ……」
    「そうだよねえ……。それにさ、悪い子を『戒める』にしては、殺すってのはちょーっとばかり物騒に過ぎると思わない?」
     と、高柳・綾沙(落月屋梁・d04281)は小声で京に同意の言葉を返す。その態度にそろそろ現場が近いのかと思ったか、栞も京も背筋を伸ばし直した。
    「大丈夫。私達が適切に働けば、何も心配はないですよ。頑張りましょうね、皆さん」
     横で彼女達の様子を眺めていた杜之宮・摩耶(寧静なる癒し手・d03988)は、清楚に微笑んで励ます。その一言に皆が笑顔を向けるのを、摩耶は表情を僅かに崩して受け止めた。
     その後も灼滅者たちは、静かに道路を歩き続けた。さすがに村の端のほうらしく、進むごとに人家の数が減っていく。草が生えるのに任せた空き地や廃屋に混じって、ある時彼らはふと、粗末なブロック塀を凹型に組んだ建築物を発見した。
     道路の舗装はそこで終わっており、奥ではわだちの浅い砂利道が延々と続いている。塀には収集車のスケジュールを書いた張り紙が提示されていて、ここが件のゴミ捨て場であると、一行は確信した。
    「――さて、現場到着だぜ、みんな。時間は、っと……ああ、カラスが消えちまう時刻まで、まだまだ余裕があるな」
     クロノ・ランフォード(白兎・d01888)は、懐から出した懐中時計を見て時間を確認する。クロノと同じようにポケットの中を探っていた風雅・月媛(通りすがりの黒猫紳士・d00155)は、ほどなくして小さなホイッスルを取り出した。
    「それじゃあ、私達で『御烏様』を呼び出すわよ。念の為、囮役じゃない子達は下がってて頂戴ね」
     と言いつつも、月媛は自分から一歩前に出て、他の仲間達から距離をとる。他の囮役であるクロノも、卜部・タエ子(門限六時の殺人鬼・d06328)もそれにならって一塊となり、それぞれに同じホイッスルを手にとって、目配せを飛ばしあった。
    「このホイッスルは材質、サイズ共に同じ型で揃っていますから、練習通りに息が合えば、同じ音を出すことができるはずです……それでは」
     囮役の三人も、そうでない五人も、一様に息を呑んだ。そして、タエ子の合図と共に――闇夜を鋭い笛の音が切り裂いていく。
     一拍おいて、林をざわめきが通り過ぎていった。危険を感じた小動物が逃げ去っていくそれらの気配に混じり、何者かが近くに、確かに唐突に現れた感覚が皆にある。
    「ありがとう、牡丹姉さん……。あれが、そうなんだね……都市伝説の『御烏様』ぁ……」
     添木・唐弥(包帯蜘蛛男・d07566)は、彼のビハインドが物言わず指差す場所を、じっと見つめていた。
     それは、ブロック塀の上に並んで止まる四匹の真黒い猛禽。噂に聞く『御烏様』は、くわぁ、と、犠牲者となるべき灼滅者たちを脅すかのように鳴いた。

    ●歪んだ伝説
    「くわぁ、ぐわぁ、がぁ、ぎゃあぁぁ……」
     不吉に笑い続ける都市伝説を、故障一歩手前の街灯がちかちかと、不安げに照らし出す。光源があるお陰でかろうじて輪郭は把握できるものの、まさに闇夜のカラスという成語の通り、ともすれば暗闇に浮かぶ四対の赤い目玉と錯覚してしまいそうな光景であった。
     その目玉の群れが、不意に地面にこぼれる。足音もなく道路に降りた『御烏様』は、その場で一斉にばさばさと羽ばたいた。
     そしてそのまま、空を飛ぶわけでもなく、『御烏様』は囮役の三人へ一斉攻撃を開始する。こちらが見つめ返す視線を辿るように、無挙動の突撃が、鮮血を思わせるオーラを纏いながら殺到した。
     対し、事前に来るとわかっていた三人は、彼らなりに万全の体制で立ち向かうことができた。弱点へのダメージを避ける為、ある者は殲術道具を構えて盾とし、またある者は挙動を読みとっさに身をかわそうとする。
     だが、単体では灼滅者たちを上回る力を持つ『御烏様』は、その防御をやすやすと突破した。全力でも防ぎきれぬほどの威力を持った一撃が、タエ子の構えを狙い通りに崩し、残った一匹が追撃を掛ける。
    「甘く、見んなよ、カラス……!」
     その一撃は、クロノが振り抜いた解体ナイフに防がれた。あえかな光を反射する刀身の軌跡は、『御烏様』ではなく彼自身が流し始めた血を周囲に振りまき、持ち主の傷を雄弁に語る。
     ふ、と力を失いかけ、前のめりに倒れようとするクロノに、京の歌声が届いた。その目に力が戻り、血に濡れた指先が再度ナイフを握り締めるのを見て、京はさらに応援を続ける。
    「頼りにしてるよ、先輩! だから絶対頑張ってっ!」
     支援を送る仲間がいる。そんな信頼を胸に、囮役の三名は闘志を湧き立たせ、下卑た笑いを止めない『御烏様』に向き直った。
    「さあ、ここからはアタシ達の反撃だ。……躾け返してやるよ、都市伝説!」
     その中の一体を狙って、無傷の綾沙が電撃の拳を振りかぶる。一度はかわされるものの、綾沙は身体能力任せでそれに追いすがり、半ばバランスを失った状態で拳をクリーンヒットさせた。
     自身の制御を失った『御烏様』が、地面に叩きつけられバウンドする。その再着地から間髪入れず、唐弥の操る鋼糸が『御烏様』をがんじがらめに縛り上げた。
    「いやぁ……鳥風情が天罰気取りかねぇ………。ちょっと大人しくしてもらおうかぁ……。ね、牡丹姉さん」
     唐弥は前に伸ばした手で、彼のビハインドの腕を前へと導く。姿勢を預けたままに、牡丹と呼ばれたビハインドは、薄紅の波動を『御烏様』に投射した。
    「ぎぃやあ、ぎゃあ、ぎゃ、があああぁぁぁ……」
     スパークする霊障の中で、『御烏様』を構成するサイキックエナジーが揺らいでいく。最後に、笑い声のこだまだけを残して、波状攻撃を受けた都市伝説は無へと帰った。
    「わー、すごいじゃないか二人とも。力を合わせるって、いいよねえ!」
    「ふふ、おつかれさまぁ、牡丹姉さん……」
     その様を見つめていた綾沙が、惜しみない賞賛を送る。当の本人達は、仲の良い姉弟のように、手を繋いで寄り添っていた。
    「さあ、藤宮ちゃんもみなさんも! 第二波が来るぜ! バックアップ頼む!」
    「あ……うん、ボクも頑張るよ! ボクが回復の要なんだからねっ!」
     三匹に数を減らした『御烏様』を前に、油断の無いようクロノが檄を飛ばす。京はそれに元気よく応答を返し、脅威に負けぬ心を皆に伝えた。

    ●笑う猛禽
     はたしてそれは、『御烏様』たちにとって仲間と呼べる存在だったのか。その笑い声が更に勢いを増したのは、あるいは、消えた一匹をあざ笑っていたからかもしれない。
     まるで悪意を隠そうともしないかのような『御烏様』に対して、月媛はやはり一歩を前に踏みながら、挑発するように影業を手指に絡める。
    「あはははっ! さぁ、鳥風情が次はどんなことをしてくれるのかしら? 私達には決して勝てないと、教えてあげましょう」
     月媛が来い来いと招く指先を合図にしたか、『御烏様』は残る三匹が同時に翼を広げた。彼らが抱えたその闇の内に鮮血色の十文字が現れ、囮役の三名に向けて放たれる。
     だが、四匹のうち一匹もの攻撃能力を削がれ、『御烏様』全体の打撃力は大きく減衰していた。前の一波を無事に凌げた灼滅者たちにとっては、より堪え易い脅威となったのは確かである。
     事実、直撃を受けながらも囮役は膝を付くこともなく、己や京のサイキックで事なきを得ている。そこへ加わるはずだったあと一撃――それを奪い取った灼滅者たちに、戦いの趨勢は傾いたのだ。
    「さて、これが私の反撃。そして、私達の勝利への、確実な一歩です」
     バベルの鎖の力を瞳に集中させ、囮役の後ろで力を貯めていた摩耶が、満を持して詠唱を完了させる。現れた二本の魔法の矢は、それぞれに別の軌道を取り、一匹の『御烏様』へ噛み付くように狙いを定めた。
    「――今だ! 動け、私の体……!」
     その矢と矢の間を姿勢を低くして疾駆するのは、咎人の大鎌を構えた栞だ。『御烏様』の群れに接触する直前、ここぞというタイミングで栞は渾身のブレーキングを掛ける。
     栞の突撃に一瞬気を向けた『御烏様』の左右から、摩耶の魔法の矢が十字に突き刺さった。栞は大鎌の重さを遠心力に乗せ、仲間の意趣返しのように、赤い逆十字を振り飛ばす。
    「……よかった。練習どおり、動けました」
    「こちらも結果としては予想通り……いえ、それ以上です。お力添え、心から感謝します」
     攻撃を受けた『御烏様』が消える前で、栞は己を振り回す武器の重みを巧みに操り、戦闘姿勢へと戻る。その残心を見守った摩耶は、すっと小さな礼をした。
     これで、残る『御烏様』は二匹となる。それに立ちふさがる囮役は未だ三人であり、攻撃を受けなかった一人が反撃に回ることで、これまでよりもたやすく一匹を倒すことができるようになった。
     そして更なる交差を終え、ついに最後の一匹になるまでに灼滅者たちは追い詰めた。それでも一行に笑うのを止めない『御烏様』に、タエ子は不意打ちの近接攻撃をしかける。
    「本当は、ライフルで遠くから撃ち抜きたかったのだけど、っ!」
     絶好の機会を、タエ子は逃さない。接近状態で不意に伸ばされたタエ子の腕は、残る『御烏様』が無防備に広げた翼を絡めとり、逆しまに極め、抵抗の力を加速の助けとして、高速に投げ落とした。
    「鳥型とはいえ、捕まえてしまえばこの程度ですね」
     翼を操って地面との激突を回避しようとするも間に合わず、『御烏様』はしたたかに地面に撃ちつけられる。ごん、と鈍い音を立てて『御烏様』が倒れこんだのは、偶然か必然か、月媛の足元であった。
    「多少は楽しめたけど、遊びの時間は終わり。……御伽噺の中に戻りなさい」
     とん、と月媛は足先を叩いて影業を呼び出す。地面を這うように現れたそれは、『御烏様』の真下で剣山のように立ち上がり、ありとあらゆる箇所を串刺しにした。
    「くわぁ……ぎゅあ……ぎ……ひひひひ……ひ」
     影業に磔にされ、なおも狂笑をやめようとしない『御烏様』……しかし、ある瞬間に糸が切れたように動かなくなり、霧散して目の前から居なくなった。
     都市伝説『御烏様』は、ここに消滅したのだ。

    ●守護者達の鳥瞰
     周囲の様相は田舎から山中のものへと変わり、薄暗さ自体はほとんど変わらないものの、前よりも自然の多くなった雰囲気に、誰かが安息のため息を付いた。もう都市伝説の脅威がないと思えば、その感慨もひとしお、というものである。
    「さあて、あれが下調べしておいた近くの川だな。明るくなるまでもうあまり時間もないし、先に花火からやっちゃおうぜ!」
     夜明け前、空の色がゆっくりと変わり始めようとしていた頃、灼滅者たちは花火セット一式を持って、小さな木の架け橋の上を歩いていた。その中の一人、クロノが意気揚々と指し示した先には、山から流れ出る清水の川がある。
     早速クロノはバケツを川に沈め水を汲み、平らな岩の上に乗せた。その周りへ、線香花火を持った仲間達が続々と集まってくる。
    「ほら牡丹姉さん、そっち持ってねぇ……。そう、そこのろうそくにぃ……」
     朝闇の中に灯されたろうそくの周囲で、小さな火花がいくつも咲いた。唐弥はうやうやしくビハインドの手を誘導し、その手に摘まれた線香花火へ、そっと着火させる。
     見つめるに淡く、永らえるに儚い線香花火は、前触れなくポトリと一瞬の輝きを地に落とす。それでも、この時この場所で、誰かと共に眺めていた事は、決意ある限りずっと覚えていられるのだ。
     牡丹もまた、確かに唐弥の顔を眺めるように顔を傾けていた。
    「ふわあ、やっぱり綺麗だったねー……。本当の『御烏様』も、これくらいの花火なら許してくれるかな?」
    「…………え? あ、はい、そうですね――お許しがもらえるのなら、ずっと見ていたいです、ね」
     向き合ってぼうっと火花を眺めていた摩耶に、京は二本目の線香花火を渡す。京が続けて手すきの仲間達に花火を渡していく間、摩耶は花火に火をつけず、全員の手に渡るまでじっと待ち続けていた。
     九輪の花火が、それぞれの胸の前に灯る。火花は弾けて、風の中へと消えていくも、それからしばらくは網膜のうちに、残光として残り続けた。
    「さて、花火も終わりましたし、後は軽く観光して帰りましょうか。学園でもやる事は残ってますからね」
     手際よく跡を片付けて、タエ子は二重にしたゴミ袋をデイバックにしまいこむ。そういえば補習か、と何人かは肩を落とすが、その足が川の上流、さらに自然の深くなる方へ向かうのを、タエ子はなにも言わずついていった。
    「まあまあ、須藤さんがあれだけ力説していたんだから、きっといい景色なのよ。これこそ役得ね」
     月媛は上機嫌に、一行の先頭を歩いていく。ほどなくして、ハイキングロードの途中に建てられた小さな展望台が見つかり、その古ぼけた木造の床と、朝露に冷たい鉄の手すりの向こうを見れば、深い山々の風景が広がっていた。
     手すりから身を乗り出して、栞はその圧倒的な絶景に目を見開く。と、タイミングよく、山の端に太陽の光が掛かり、栞のまさに眼前で夜が終わっていった。
    「ああ、眠いの我慢しててよかった……。眠気、吹き飛んだかも」
     眠っていた山と町を、朝の光が洗っていく。数分も経たず、辺りは平穏な温かさに包まれ、誰もがこの時、都市伝説に傷つけられる者がいなくなって良かったと、感じ入るのだった。
    「あ、そうだ。まりんちゃん来たそうにしてたから、おみやげにこの朝日を撮っていかないとねー。皆の写真も一緒に撮ってってイイ?」
     周囲が明るくなって思い出したのか、綾沙は鞄からデジカメを取り出す。その場から少し離れていた者たちも含め、綾沙は全員を展望台に集め、タイマーと三脚代わりのペットボトルで、集合写真を撮影しようとした。
     ――その時、くあ、と。
     山のカラスが一声、穏やかに鳴いてどこかへと飛んでいく。気づいた者たちは声の主を探そうとついよそ見をしてしまい、最初の一枚は全員がそっぽを向く奇妙な写真となるのであった。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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