想いは遠く、紅の村へ

    作者:佐和

    『じゃ、マノン。30分後にロビーでね』
    『ゆっくりしすぎて遅れないでよ』
    『分かってるわ、シルヴィ。リュリュ、そっちも迷子にならないように気をつけてね』
     友人達の背中に手を振って、マノンはふぅ、と一息ついた。
     連休を利用した日本観光もこれで終わり。
     飛行機に乗って一眠りしたら、もう故国フランスだ。
     空港にある喫茶店の一席で、夕暮れに染まる外の景色を眺めていたら、ふわぁ、とあくびが出る。
     ちょっと日程を詰めすぎたかな、と苦笑しながらも、楽しかった旅の思い出を脳裏に浮かべる。
     製菓学校に通う学友との旅行だったので、有名観光地を巡る合間に、様々なカフェに立ち寄った。
     いろんな種類の洋菓子が並ぶのも見事だったけれど、和菓子の美しさはまた格別で。
     その国のお菓子、というものはやっぱり素敵だな、と思い返す。
    (『……何だか、ママがいつも作ってくれたあのお菓子が懐かしくなっちゃった』)
     ふふっ、と1人微笑んで、マノンは手元の紅茶を見下ろす。
     ティーカップまでが夕陽に染まったその光景に、故郷の村が思い出された。
     しばらく帰っていない、懐かしい、赤いレンガの村。
     そこで母親が開いているカフェの小さなテーブルと、その上に乗るいつものお菓子。
    (『次の休みには帰ろうかなぁ……』)
     窓の外に広がる夕暮れの景色に紅の村を重ねてながら、マノンはうつらうつらとしていた。
     
    「国外に脱出しようとしているシャドウを見つけた?」
     驚いて聞き返すレイッツァ・ウルヒリン(高校生エクソシスト・d19883)に、八鳩・秋羽(小学生エクスブレイン・dn0089)はフィナンシェをかじりながら頷いた。
     レイッツァは疑問符を浮かべて腕を組み、
    「俺、鬼ごっこする都市伝説がいたから次はかくれんぼ……とかって言った気がするんだが」
    「……うん。かくれんぼ」
    「シャドウが?」
     再び頷く秋羽に、だがレイッツァの疑問符は消えないままで。
     しかし、見つけたからには、と気を取り直し、シャドウの話へと戻してみる。
    「でも確か、ダークネスは日本以外で活動できないんだろ?」
    「……ソウルボードでなら、国外に出れる、かも?って、考えた、みたい……」
    「何のためにそんな……それにそもそも、できるのか? そんなこと」
    「分からない……」
     尋ねるレイッツァに、秋羽は困ったように首を傾げた。
     前例がないのだから、分からないのも仕方がない。
     だからこそ、最悪の事態を想定すると、日本を離れた瞬間にシャドウがソウルボードからはじき出されて飛行機の中で実体化、ということも考えられるのだ。
     ぞっとしねぇなぁ、と呟いてからレイッツァは、
    「つまり、飛行機に乗る前に、シャドウをソウルボードから追い出せ、ってことだよな?」
     確認の言葉に、秋羽はフィナンシェを咀嚼しつつ頷いた。
     シャドウが狙っているのは、マノンという少女のソウルボード。
     フランスから友人2人と観光旅行に来た、パティシエの卵だ。
    「マノン、眠らせて、ソウルアクセスすると……夢の中、赤い村、広がってる」
     少女の故郷はフランスのリムーザン地方。
     名前の通り真っ赤な村、「コロンジュ・ラ・ルージュ」だ。
     教会を始め、家も塔もどこもかしこも、赤いレンガの建物が並び建ち。
     その建物を覆う緑のつたとのコントラストがまた美しく、観光地としても有名。
     観光客のために、レストランやカフェ、軽食屋台も多いようだ。
     綺麗そうだな、と頷いたレイッツァは、それで、と秋羽を見下ろして。
    「シャドウはその村のどこにいるんだ?」
    「……分からない。隠れてる」
    「ああ、それで『かくれんぼ』か」
     やっと繋がったとレイッツァは手を叩いた。
    「シャドウ……マノンが、強く思ってる何か、に化けて、隠れてる。
     見つけて、攻撃すれば、そんなに相手しないで、ソウルボードから、逃げる」
     戦闘自体はさほど難しいものではないようだ。
     だから問題となるのは、どうやってマノンを眠らせて周囲に怪しまれないようにソウルアクセスするかと、如何にして夢の中に隠れるシャドウを見つけるか。
     いずれも、1人でいるマノンにどう接触するか、が鍵だろう。
     そして、あとは。
    「マノン……搭乗まで、30分しか、ない」
    「帰りの飛行機に乗り遅れたら大変だな」
     レイッツァは腕組みをして考え込む。
     楽しい旅行は最後まで楽しくあってほしいものだ。
    「……どうか、よろしく」
     ぺこり、と秋羽は頭を下げて、次のフィナンシェを口に運んだ。


    参加者
    羽柴・陽桜(ひだまりのうた・d01490)
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)
    北逆世・折花(暴君・d07375)
    小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)
    村上・椿姫(ボンクラーズモスキート・d15126)
    レイッツァ・ウルヒリン(高校生エクソシスト・d19883)
    時雨・翔(ろくでなし・d20588)

    ■リプレイ

    ●出会いの前に
     空港施設にいくつもある休憩所を巡って。
     ようやく天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)はそこを見つけた。
     衝立代わりの観葉植物で少しだけ通路から隠された、椅子の並ぶ簡素な空間。
     本当は、会議室のような部屋を探していたのだが、そういった場所は予約制のため使えなくて。
     やっと見つけたのが、出国ロビーから少し離れ、売店など人の集まる施設も近くにない、この場所。
     夏休みなどの旅行シーズンだったら人で溢れるのかもしれないけれど、今は人通りすらない。
     優希那が振り返ると、一緒にいた北逆世・折花(暴君・d07375)と目が合う。
    「えとえと、どうでしょうか?」
    「いいんじゃないかな」
     微笑と共に頷かれて、優希那は照れながらも嬉しそうに微笑み返した。
     その隣に村上・椿姫(ボンクラーズモスキート・d15126)も歩み寄る。
    「国外に逃亡なんて、何かそうする根拠でもあるのか?
     それか、試験的に行っていることなのか……?」
    「海外旅行したかったのでしょうかねぇ?」
     考え込む椿姫に倣うように優希那も首を傾げるが、その意見はちょっと暢気で可愛らしく。
     時雨・翔(ろくでなし・d20588)は優希那の頭を撫でながら笑った。
    「シャドウの思惑とか、オレは正直どうでもいいけれど……
     女の子に悪影響を与えそうなら追い出さないとね」
    「あばばっそうです。マノン様に何かあったら大変なのです!
     ががが、頑張るのですよっ!」
     わたわた慌てながらも、ぐっと手を握って決意を見せる優希那に、翔はさらに笑みを深くした。
     折花も不敵に笑って。
    「ボク達の前に立ち塞がるなら、見つけ出して打ち倒すまでだ」
    「好き勝手にはさせない」
     椿姫は顔の上半分を隠す仮面の下で、艶やかに唇を笑みの形に吊り上げた。
     そして4人は、休憩所で時間を潰しているかのように、それぞれ思い思いに椅子に腰掛ける。
     利便性の高くない場所で、まばらとはいえ数人が座っていれば、普通の人はもっといい場所を探して避けていくだろう。
     万が一の時は、と優希那はプラチナチケットを確かめて。
    「そろそろ時間だな」
     時計を確認した椿姫の言葉に、1人立ったままだった小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)は、それじゃ、と手を振る。
    「場所分かったし、行ってくるね」
     踵を返して喫茶店へと向かう小さな後姿を、4人は見送って。
     そして、その時を、待つ。

    ●迷子の誘い
     ガラスの向こうに滑走路が見える喫茶店。
     その窓際の席で、レイッツァ・ウルヒリン(高校生エクソシスト・d19883)は本のページを捲った。
     だが、本の内容は欠片も頭に入っていない。
     レイッツァの意識は本ではなく、空席を1つ挟んだ隣に座る少女・マノンに向いているのだから。
    (「夢の中なら国外逃亡可能かも~、なんて。
     シャドウも中々考えたよねー! でもそう上手くいくかな?」)
     レイッツァはまた本を捲り、その時を待っていた。
     マノンは1人、夕陽に紅く染まった外の景色を見ながら、紅茶のカップを傾けている。
     と、そこに、羽柴・陽桜(ひだまりのうた・d01490)が駆け寄ってきた。
    『おねーちゃん、みつけたっ! ……あれ?』
    『違うよ。おねーちゃんじゃないよ、陽桜おねえちゃん』
     そんな陽桜の後を亜樹が追いかけてきて、マノンの横で話し始める。
     2人が喋っているのは、流暢な仏語。
     驚くマノンの前で、陽桜と亜樹は不安げな表情で辺りを見回し、今にも泣きそうな様子を見せて。
    「どうしたんだ? 迷子か?」
     入り口に近い席にいた神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)が、騒ぎに気付いて近づいてきた。
     だが、摩耶の日本語に、小さな2人が向けたのは、きょとんとした眼差し。
    『……英語は分かるか?』
     英語での質問にも無反応。
     それを見ていたマノンが、陽桜を覗き込んで、
    『仏語しか分からないの? 英語、話せる?』
    『あたしたち、英語も日本語も分からないの』
     仏語での問いかけには、あっさりと答えが返ってきた。
     頷いたマノンは摩耶に振り返ると子供達を指し示し、英語で話しかける。
    『仏語しか話せないみたい』
    『貴女は英語も仏語も分かるのか?』
    『英語は勉強したから。貴女と同じよ、きっと』
     そんなきっかけから、摩耶はマノンに通訳を頼み始めた。
     陽桜と亜樹は、待ち合わせ場所を探しているが、言葉が分からないので迷ってしまったこと。
     摩耶は、この空港施設はよく知っているから、2人の待ち合わせ場所まで案内できそうなこと。
     英語と仏語が入り混じる会話に、レイッツァは聞き耳を立てる。
     レイッツァ、そして陽桜と亜樹はハイパーリンガルを使っていた。
     摩耶は、お節介な日本人な役柄なので、あえてハイパーリンガルを使わずに、得意な英語を繰る。
     そうして仕組んだ迷子劇に、マノンはすんなりと通訳を了承してくれて。
     3人と共に、マノンは喫茶店を出て行く。
    (「さて、後は情報収集か」)
     その背中をしばし見送ってから、レイッツァも静かに喫茶店を出た。
     通訳を経て場所を理解した摩耶の案内で、マノン達は空港施設内を歩いていく。
    『早く帰っておやつ食べたいな。
     あたし、帰ったらおかーさんにケーキ作ってもらうの!
     おねーちゃんは、帰ったら食べたいって思うものってある?』
     手を繋いでにこにこ笑顔の陽桜につられるように微笑んで、マノンは仏語での会話を楽しんでいく。
    『そうね。ちょうど、ママのクラフティを食べたいな、って思ってたところだったの』
    『マノンちゃんのお母さん、お菓子作るの上手なの? どんな人?』
     おずおずと、でも興味津々聞いてきた亜樹にも、視線を合わせるように振り向いて。
    『いつも笑顔で優しくてね。故郷で、手作りお菓子のカフェをやってるわ』
    『何てお店?』
    『……カフェ・マノン』
    『マノンちゃんの名前と同じだね』
    『いいな。あたし、行ってみたいな』
     亜樹と陽桜の賞賛に、照れたように笑うマノン。
    『教会の近くだから、行けば分かるわよ』
    『教会があるの? マノンちゃんの故郷って、どんなところ?』
     さらに亜樹が問いかけて、マノンの村の話が続いていく。
     そのうちに辿り着いた休憩所で摩耶は足を止めた。
    『ここが、迷子達の言う場所なのだが……』
     英語で言いながら指し示す摩耶の隣で、マノンもそこを見る。
     並ぶ椅子にはまばらな人影。迷子達の探し人が居る様子はない。
    『ここで待ってればいいのね』
    『マノンちゃん、座ろう?』
     とりあえず約束の場所に着いて安心した陽桜と、伺うように見上げてくる亜樹に勧められて、マノンは椅子に座った。
     迷子達も椅子に腰掛け、楽しそうに足を振り振り。
     摩耶は立ったまま、探し人が現れないか辺りを見ているようだ。
     そんな様子を交互に見ながら、マノンは、これからどうしようかと考える。
     そのうちに、ふっと眠気を感じて……
    「……うまく行ったようだね」
    「はい」
     椅子に座ったまま眠り込んだマノンを確認して、折花と優希那が近づいてきた。
     マノンを眠らせたのは、優希那の魂鎮めの風だ。
    「フランス人でパティシエの卵か~」
     離れて座っていた翔も近寄って、眠るマノンを覗き込む。
    「こんな状況じゃなかったら、話とかしたいしお菓子もいただきたかったね」
     そこに、こっそり後をついてきていたレイッツァが合流して。
     椿姫も席を立ち、摩耶の隣へと並んだ。
    「時間がない。行こうか」
    「ああ」
     頷いた摩耶がマノンの身体にそっと手を添え、支えたのを見て、椿姫も手を伸ばす。
     2人のシャドウハンターが導く先は、マノンの夢の中……遠き故郷。

    ●夢の中は紅の村
    「うわわ~。綺麗ですねぇ」
     ソウルボードに広がる紅色の景色に、優希那が歓声を上げながら目を輝かせた。
     赤レンガ造りの家が立ち並ぶコロンジュ・ラ・ルージュ。
     時代を感じさせつつも鮮やかな紅と、家の壁に倣ったような石畳。
     そして、その壁を覆うつたや村を囲む木々が、緑を添えてさらにその紅を引き立たせる。
     他の仲間もそれぞれ周囲を見回して。
    「さて、かくれんぼの始まりだ」
     ここからが本番、とレイッツァがやる気充分に手を叩いた。
    「かくれんぼ? 高飛びではないのか?」
     だが、こくんと首を傾げた摩耶に真面目な顔で問いかけられて、肩をコケさせ苦笑する。
     翔が笑いながら、仲間を誘導するように手を挙げた。
    「打ち合わせ通り二手に分かれて探そう」
     その言葉に、優希那と折花が翔の元へと集まる。
     椿姫もそちらへ向かいながら、
    「ハンドフォンは?」
    「大丈夫」
     すれ違った摩耶と、連絡手段の最終確認をした。
     摩耶が向かった先には陽桜と亜樹、レイッツァが集まって、捜索場所の検討会。
    「やっぱり、喫茶店かな」
    「お母さんのお店だね」
     陽桜の言葉に亜樹が同意して、摩耶も頷いた。
     レイッツァは考えながら視線を上げて、
    「それじゃまずはあの教会を目指してみよっか?」
     屋根の向こうに見える、少し大きめの建物を指さした。
     もう片方の班は、DSKノーズを使った翔が先導する。
     だがその場ですぐに業が見つかるということはなく、とりあえず、教会を目指す別班と別方向に移動を始めた。
     別班の予想が外れていた時のための保険も兼ねた探索行。
     進めど進めど赤レンガに覆われた路地を、優希那が物珍しそうにキョロキョロ見回して歩く。
    「また素敵なところだね」
     翔も、シャドウを探す片手間に、観光とばかりに周囲を見渡して。
    「これで可愛い女の子の笑顔があれば最高だったかな」
    「この3人じゃ不満?」
    「いやいや、皆も充分可愛いけどね」
     仮面の下でからかうように笑う椿姫に、慌てて翔は手を振った。
     マノンの笑顔があれば尚良し、という意味が分かった折花も微笑んで。
     ふと、見かけた屋台の看板に駆け寄ると、そのままの勢いで蹴りを叩き込んだ。
    「……違ったか」
     その後も、シャドウが化けていそうなものに蹴りを叩き込んでいく。
     一応バトルリミッターを使っているとはいえ、豪快な探索だ。
     だが、それがアタリを引き当てるより早く。
    「こっち、だね」
     業を感じ取った翔が指し示した先には教会の屋根が見えて。
    「向こうは喫茶店に着いたようだ」
     摩耶からの連絡を受けた椿姫が告げる。
     どうやら聞き込み調査の成果はあったらしく、翔が進んだ先にあったのは1つの喫茶店。
     教会をすぐ近くに見上げられるオープンテラスのある、カフェ・マノンの前で、他の4人が待っていた。
    「クラフティ、ってどれかな?」
    「うーんと……あ、陽桜ちゃん、これだよ」
     店内を見回した亜樹が、いろいろあるお菓子のうち1つを指さして。
     翔もそこから業を感じ、仲間に頷いて見せた。
    「Advanced OverDrive!」
     答え合わせ、とばかりにレイッツァはスレイヤーカードを解放。
     撃ち放たれた光の刃は、いくつかのお菓子を吹き飛ばして。
     その光の中に、クラフティだけが無事な姿で浮かんでいた。
     さらにそこから漆黒の弾丸が放たれ、レイッツァへと向かう。
    「見つけた」
     だが、直前で割り込んだ摩耶が、呟きながら代わりにその攻撃を受け止めた。
    「回復は任せて!」
     すぐさま陽桜の歌声が摩耶を包むのを見て、
    「あばばばっごめんなさいですよぅ」
     優希那は苦手な攻撃を頑張ろうと、あわあわ謝りがらも魔法弾を撃ち出す。
     そこに、ロッドを振るって飛び込んだのは亜樹。
     その打撃と爆発に、クラフティは欠けることないものの吹っ飛ばされて。
    「乙女の心に入るなんて言語道断!」
     なんてね、と笑う翔の影がクラフティを追いかけ切り裂くと、霊犬の一心も続けとばかりに飛び掛り。
    「何が目的か詳しく知りたいが、今は時間がない。去ってもらおうか」
     椿姫が伸ばした手の先から放たれた暗き想念が、クラフティをじわりと蝕んでいく。
     シャドウの目的は、折花も気になっていた。
     だが、調査にも、できればと思っていた灼滅にも、時間は足りない。
     念のためにと二手に別れ、喫茶店に集まるのが遅れたこともあり、灼滅者達に時間の余裕はなくなっていた。
     だからこそ、折花ははシャドウを追い出すことへと意識を切り替え、拳の連打を叩き込む。
     シャドウは、クラフティの姿のまま漂いながら、攻撃を受け、時には回避し反撃していく。
     しかしその様子は、灼滅者達を倒そうというよりは、適当にあしらって追い出せないかを試しているかのようで。
    「さっさと出て行ってね、もちろんこの子の夢の中から、さ。国外はだめだよー」
     レイッツァの言葉と影を避けて距離を取ると、シャドウは、構えた灼滅者達が拍子抜けするほどあっさりと、その姿を消した。

    ●帰郷へ
    『……ちゃん。マノンちゃん、起きてっ』
     亜樹に揺すられて、マノンははっと目を覚ました。
     いつの間にか眠っていたらしい。
    『ありがとう、マノンおねーちゃん。おねえちゃん見つかったの』
     笑顔で言う陽桜の横で、亜樹もこくんと頷いていて。
    『今、荷物を預けに行っている。すぐ戻るだろう』
     探し人は英語が話せたと摩耶も説明する。
     急な展開に戸惑いながら、よかった、と呟くマノン。
     その少し離れた後方で、椿姫がマノンに気付かれないように、摩耶へと時計を示すジェスチャーをしていた。確かに、そろそろマノンの待ち合わせ時間が迫っている。
     マノンを促そうと口を開きかけた摩耶だったが、椅子に座って居眠り(のふり)をしていたレイッツァが、急にびくっと起き上がって、
    『おっと、飛行機の時間か』
     仏語で呟きながら、休憩所を後にする。
     それを見たマノンも、慌てて時計を見て。
    『ごめんなさい。私もそろそろ行かないと』
    『ああ、こっちはもう大丈夫だ。ロビーまで送ろうか?』
    『平気よ。来た道は覚えてるわ』
     摩耶の申し出を穏やかに断り、マノンは2人の迷子へと視線を合わせる。
    『マノンちゃん、ありがとう』
    『気をつけてね』
    『2人もね。お喋りできて、楽しかったわ』
     一時の友人に別れを告げた。
     踵を返し、ロビーへ向けて足を踏み出した、そこに。
    「……親は大切にしなよ」
     すれ違うように通りかかった翔が話しかけた。
     だがその言葉は日本語で、通じないマノンはきょとんと翔を見返す。
    「いついなくなるかわからないからね……」
     少し寂しそうな笑みを浮かべる翔に、マノンは首を傾げて。
     疑問符を浮かべながら訝しげに去っていく背中を、翔はじっと見送った。
     優希那と折花も、観葉植物の影から姿を見せて。
    「間に合ったでしょうか?」
     優希那が時計とマノンの背を交互に見ながら、少し心配そうに呟く。
     シャドウの作戦は阻止した。後はマノンが無事に郷里へ帰れれば終わりだ。
    「大丈夫」
     椿姫は優希那を宥めるように、その肩に手を添える。
     折花は思い思いにマノンの背を見送る仲間を見回して、
    「……いい旅だったよ。きっと、ね」
     口元に小さな笑みを浮かべた。
      

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ