汗の染み込んだ、古めかしい木の香り。
ぎしぎしと鳴り響くのは、古来より伝わる洗練された技を磨く、未来の強者たちの足音。
幾つもの気合が木霊する、心躍るその場所に。
たった一つ、鋭く研ぎ澄まされた強者の気配が在る。
――どん、どん。
門戸を打つ重い音に、じっと瞼を伏していた老人がふっと目を開いた。
夜半過ぎ、このような時間に訪れる者など滅多にないが――老人は扉の方へ視線を走らせる。
――がん、がん、がん。
しつこく叩きつけるその音に、老人はすっと立ち上がる。
何かただならぬ気配を感じたのであろう、彼は目を閉じ、深く呼吸した。
心を決めたようにひとつ瞬くと、どこか鋭い光を宿した眼で扉に手をかける。
がらりと静かに扉を開くと、そこには長身の若い男が佇んでいた。
背は高く、鍛え抜かれた鋼のような肉体に、どこか穏やかさを湛えた紺碧の双眸――しかしそれとは裏腹に、彼が纏うのはひどく冷たく危険な気配。
「……どちら様で御座いましょうか」
「――俺と闘え」
「…………」
老人は瞬くこともなくじっと男を見据え、無言のまま扉を閉じようとする。
閉じかけた扉に掌を突き、男は力任せに押し開く。
「俺はお前に興味がある」
「…………」
「お前の元に集いくる数多の未来を奪われたくなくば、俺と闘え」
「……武に狂うた、愚かなる者よ」
老人の眼がすっと冷たく細められる。
男はどこか嬉しそうに笑うと、首を傾げて老人を見下ろした。
「皆さん揃いましたね? では説明を始めます」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は集った面々に柔らかに微笑んだ。
「灼滅者の宿敵であるダークネスの行動を察知しました」
ダークネスにはバベルの鎖の力による予知能力がある。だが、彼女たちエクスブレインが予測した未来に従えば、その予知をかいくぐりダークネスに迫ることができる筈だ。
「とても危険な敵ですが、彼らを灼滅することこそが灼滅者の使命……厳しい戦いになるかも知れませんが、よろしくお願いします」
今回の未来予測で行動を察知することができたのは、アンブレイカブル。
最強の武を求める、狂える武人だ。
「自らの心が震えるような喜び……彼が求めているのは、心から満足できるような愉しい闘いの場です」
アンブレイカブルとなったのは蘇芳武斗、かなりの長身でがたいの良い男だ。
その戦いの相手として選ばれたのが、伝統ある空手道場の主、仙波翁。
穏やかさの中に強かさを秘め、常己に厳しく在ろうとするその姿は多くの門下生に慕われている。
「そのアンブレイカブルが訪れるのは、門下生たちが帰った少し後。夜九時、丁度月の翳る頃です」
自らの武を極める為か、老人と戦うために彼はあえて門下生のいない時間を選んで道場を訪れるようだ。
「皆さんには門下生が帰った後、アンブレイカブルが訪れる前に、何とかして仙波翁を説得して道場内に入ってください」
姫子は手にしたノートをぎゅっと握り締め、顔をあげた。
「道場の扉を開き、アンブレイカブルと戦うのは皆さんです」
しかし彼は、学園の灼滅者が十人ほど纏めてかかってようやく相手になるほどの強者。
道場に入る際大きく騒ぎたて、門下生を呼び戻すような事態を引き起こしてはならない。
普通の目で見れば、蘇芳武斗は無礼な道場破り。仙波翁を戦わせずに済ませるには、灼滅者が門下生として仙波翁の代わりに戦うか、仙波翁を何らかの方法で道場から下がらせ、その隙に蘇芳武斗の問題を片付けるしかないだろう。
「このアンブレイカブルは、倒した相手が未来ある強者であると認めれば、その命までは取ろうとはしないでしょう。更なる修練をして、もう一度戦いを挑んで来ることを望むはずです」
そう。この戦いは、必ずしも勝つ必要はない。
たとえ本気で挑んだとしても、その勝率はかなり低いといえるだろう。
だが、たとえ敗北したとしても、アンブレイカブルを満足させることができさえすれば、一般人への被害をなくすことができるのだ。
「決して彼を侮らないでください。皆さんで協力して、きっと無事学園に戻ってきてくださいね」
姫子はそう述べると、花綻ぶような優しい笑みをみせた。
参加者 | |
---|---|
松永・正義(輝石の従者・d00098) |
宮淵・円(MUDEYE・d00447) |
叢柳・海架(棘を持つ儚き薄紅花・d00872) |
藤波・純(高校生ストリートファイター・d02035) |
来須・詠二(飄々たる戦鬼・d02790) |
桃地・羅生丸(紅き暴獣・d05045) |
伊庭・蓮太郎(ウォークライ・d05267) |
鉄・正宗(粉砕暴君・d06193) |
●門下問答
薄らと滲むいろを重ね、夏の宵は深まってゆく。
淡い月の光が、真っ直ぐにその門戸を照らしていた。
「ありがとうございました!」
若く威勢の良い声が響く。
戸口に立った老人がこくと顎を引けば、青年たちは頭を深く下げて道場を後にする。
彼らの背を見守る老人の元へ、幾人かの若者達が歩み寄った。
「夜分遅くにすみません」
柔和な笑みを湛えた松永・正義(輝石の従者・d00098)に、老人はゆっくりと瞬いた。
「……はて。このような時間にお客人で御座いましょうかな」
どこか緊張した面持ちで鉄・正宗(粉砕暴君・d06193)が歩み寄り、叢柳・海架(棘を持つ儚き薄紅花・d00872)が控えめに頭を下げた。
「仙波翁、噂は以前から耳にしていた」
「私共にも稽古を付けていただけないでしょうか」
仙波翁はふっと目を細めて二人の顔を見た。その視線が、説得の邪魔にならぬよう皆の後ろに控える宮淵・円(MUDEYE・d00447)、そして藤波・純(高校生ストリートファイター・d02035)の方へと向けられる。
「オレはあなたを尊敬しているんだ。流派は違うが、是非一度お話を伺いたかった」
「左様ですか。しかしうら若いお嬢さんがこのような時間に出歩くものでは御座いません。日を改めた方が好いでしょう」
尤もな返しに来須・詠二(飄々たる戦鬼・d02790)が頬を掻く。
「ま、確かにそうなんだけどな」
「しかし、折角だし話だけでも聞かせて貰えないだろうか」
丁寧な態度で伊庭・蓮太郎(ウォークライ・d05267)が食い下がる。
無表情な彼の眼を覗き込み、仙波翁はふと眼を細めた。無言でじと見詰める翁に、蓮太郎は僅かに首を傾げる。
「夜遅くに来たのは、門下生の指導があって迷惑がかかるだろうと思ったからだ」
「そうそう、せっかく真面目にやってるトコ邪魔しちゃ悪いと思ってな」
桃地・羅生丸(紅き暴獣・d05045)と詠二の言葉にふぅと小さな吐息を零し、翁は上から下まで二人をじっと眺めた。
「ふぅむ、お主らは随分と……何か武道を?」
「おう、ちいとばかし喧嘩をな!」
「……ほう、喧嘩とな?」
きらりと翁の眼が光る。詠二は軽くぎょっとしてすかさずフォローに入った。
「あー、いや、顔のせいで喧嘩売られるんだよな?」
「ああん? このイケメンクールガイに向かって何いっ」
「左様で御座います。桃地様はこのようにお顔もお言葉遣いも大変ワイルドでいらっしゃいますので」
顔を顰めドスのきいた声を発する羅生丸、その目の前にするりと滑り込み、正義は爽やかな笑顔で一礼した。
「少しだけでも話を聞かせて貰えないだろうか」
正宗の言葉に八人の顔を順に見回すと、翁はふと人の良さそうな笑みを浮かべた。
「宜しい。今日此処へ参られたのも何かの御縁。この翁が弐、参叩きなおして進ぜましょう」
「え?」
「た、叩き直す?」
「……誰をだ?」
というわけで彼らは無事道場へ入ることを許された。
●翁之指南
「それじゃあ一手ご指南願うとするかね」
「宜しい、来なさい」
純が真正面から翁に襲い掛かる。
「む……これは……」
拳を受け止めた翁はそう小さく零し、ふっと腰を落とした。
純が振り上げた左足を躱すと、翁は突っ込んできた左腕を掌に捕らえ、くるりと地面に叩き付けた。
「うぐっ」
「次!」
「……どうやら噂は本物のようですね」
「次はわたくしがお相手をさせて頂いてもいいですか?」
白手袋を嵌め直す正義の傍ら、海架がすっと前へ出る。
その構えから何かを察したように、翁はまた油断なく身構えた。
――その時だ。
二度、門戸を打つ重い音が響いた。
続けて三度、四度。
しつこく叩き続けるその音に、仙波翁がふと目を細める。
「どうやらよからぬ客人のようだ……下がっていなさい」
「仙波翁」
「ここはどうか私たちにお任せ下さい」
扉へ視線を走らせた翁の前に詠二と羅生丸が立ち塞がり、正義がにこりと翁を見詰めた。
「……お主ら、やはり何か」
「あいつはちいとばかし危険な男なんだ」
羅生丸が親指を立てて門戸を指す。
「俺達が追い払う。だから、仙波翁は奥へ下がっていて貰えないだろうか」
「そのために俺達は此処へ来たんだ」
正直に翁を説得しようとする蓮太郎と詠二。
「ふむ……一晩で八名もの手練、何ぞおかしいと思うたわ」
翁はふと目を細めて笑う。
「戸板を準備していなかったわね……道場破りはそれに乗せて帰すものなんでしょ?」
壁に背を預け、体力の温存に努めていた円がそういって立ち上がる。
「仙波翁さん、どうかお下がりください」
戸口へ向き直る海架に続き、灼滅者たちが次々布陣する。
仙波翁は静かに瞼を伏せると、くるりと背を向けた。
「帰りしな、声をかけるように」
静かに発せられたその声に、灼滅者たちは無言で頷いた。
扉を叩く音が響く。
羅生丸は扉に手を掛けると、一気に滑らせた。
勢い良く開け放たれた扉の向こうで、長身の若い男――蘇芳武斗が僅かに首を傾げて彼らをみる。
「よく来たな、まぁ入れや」
身を屈め、武斗が門をくぐる。
高まる緊張感の中、正宗は恐怖を押さえつけるように掌を握り締めた。
きっとこの戦いが、人生の分岐点になる――彼女はそんな予感を感じていた。
「俺達ぁ仙波翁の門下のモンだ」
「仙波翁様の手を煩わす事もありません、私共が相手になりましょう」
「師匠と戦いたければ俺達を倒してみろ」
「さぁ、闘いましょう? ブレイカブル」
海架、正宗、円の挑発するような台詞に二度瞬き、武斗はふっと口を歪めた。
「俺の名は蘇芳武斗。たった今お前らに興味がわいた――俺と闘え」
●武骨組手
「我が身は既に一振りの刃なり」
正宗が自らの力を解き放つ。
普段の無表情から一転、燃え広がるようなオーラを纏った蓮太郎がニィっと口角を引き上げる。
「待っていたぞ。戦え、俺たちと!」
引き裂けんばかりの邪悪な笑み。眼に戦いへの享楽を滲ませ、蓮太郎は真っ先に飛び出した。その動きに合わせ、詠二もまた巨大な鉄塊を手に突っ込んでいく。
「ふ、揃ってくるか」
武斗の眼が爛と踊り、その鋼の如き重たい拳が蓮太郎の腹へと突き刺さる。
強烈な衝撃に体勢を崩しながら、蓮太郎は脇を抜けするりと死角へ滑り込む。
「む……」
その動きに視線を走らせた武斗目掛け、詠二は巨大な斬艦刀を高々振り上げた。
「まずは一発くらっとけ!」
力の限りに振り下ろされる刃に、武斗が腕を翳す。がら空きになった脇腹を、蓮太郎の拳が引き裂いた。
「ぬ……油断した」
武斗がにやりと嗤い、詠二はふっと口端を引く。
「おい、道場を壊さないように気をつけろよ」
「……あ、忘れてた」
「まあ壊れたら直しゃあいいだろ」
「おいおい」
体勢を立て直した蓮太郎が、咽喉の底から滲む血を吐き捨てる。肩で息をつくその傍らで、純は笑いぎしりと楊枝を軋ませた。
「多対一の蛸殴りってのは性にあわねぇが……そうも言ってられなさそうだね」
巨大な刀を担いで低く身構える。
真っ向から突っ込んできた純の攻撃を捌き、武斗は両手を翳す海架へと視線を滑らせた。
「強きを求めますか……私と似たところがありますね」
「……ほう?」
勢い良く放たれたオーラを、武斗は真っ向から受け止める。
ぎしりと啼く床板に、彼はにやりと歪な笑みを浮かべた。
「愉しい戦い……、私も愉しませていただきましょうか」
「相手になってやろう……こい」
武斗が掌をもたげ、海架を誘うように手招く。
「野郎……かわいこちゃんだからってナンパしてんじゃねえ!」
戦神降臨で強化した羅生丸が、拳に雷を纏わせ突っ込んでいく。
「妬いてんのかい?」
嗤う純の隣で正宗が十字を刻む。血の色を湛えた逆十字が武斗の肩を裂き、後ろから飛び出した正義がふわと笑んだ。
「私がお相手をさせて頂きましょう」
その華奢な体躯には似気無い巨大な斬艦刀を、柔らかな笑みと共に振り下ろす。
「武道には興味が無いけれど、ダークネスは必ず灼滅するわ」
静かにそう述べた円の元から、どす黒い殺気が湧き出でた。
「困難であれ、それが私の義務だもの」
無尽蔵に放たれる殺気の渦に巻かれ、武斗はクッと小さな嗤い声を洩らした。
どっと地を穿ち飛び出した武斗に捉えられ、円は抗う間もなく投げ飛ばされる。
「あ……っ!」
ぐしゃりと嫌な音が響き、壁にぶち当たった円の身体がずるりと落ちる。
震え身を起こそうとする円の傍らを、海架が軽やかに駆けてゆく。
「貴方は強いですね、でも私達もそう簡単にやられませんよ?」
結い上げた髪がふわりと波打ち舞い踊る。
強く握り締めた拳を幾度となく繰り出せば、武斗は只々嗤い掌や腕で払うように受け止める。
「おらぁあ!」
雷を纏い飛び上がる純の腕を捕らえ、武斗はその腹に重い拳を叩き込む。
突き抜ける衝撃に歯を食いしばり、純は武斗の肘に蹴りを入れて距離を取る。
「くっ!」
「藤波、大丈夫か!」
正宗の魔力の霧が立ちこめ、前衛陣の体力を回復させた。
「往くぞ!」
蓮太郎が鋭く目を細め、再び駆け出した。後を追うように詠二が床を蹴りつける。
雨矢の如く放たれる蓮太郎の拳。背後で飛び上がった詠二の刃が唸りをあげる。
「力を求める気持ちは分からんでもないが……行き過ぎはよくねぇなぁ」
風切音を纏った詠二の一撃が、鈍い音を響かせ武斗の右腕に減り込んだ。
ぶつり、血が噴出し武斗の血走った眼が詠二を捉える。
ぞくりと背筋を駆ける悪寒に、詠二は身体を捻った。
弾丸の如く放たれた拳が、彼が立っていた床板を派手に打ち砕く。
「うらぁああっ!」
全身から噴出させた焔が斬艦刀を這う。歯を食いしばり肉薄する羅生丸の一撃に、己が拳ひとつでそれを受け止めた武斗が僅かに怯む。
この場へ集ったのは己が技をサイキックの領域へ至らせた至高の格闘家たち。
無様に負けるような戦いなど、誰一人として好む者はない。
彼らは勝つつもりで此処へきたのだ。
「お覚悟を」
正義の足が床板を突き抜けんばかりに踏み締める。
力の限りに振り抜いた斬艦刀が、肘と腿とに阻まれる。ぜいと息を上げ突っ込んできた円が、武斗の腕を掴んだ。
「む……!」
ずん、と鈍い音を響かせ武斗の体が投げ飛ばされる。
その隙を逃すことなく、純と正宗が突っ込んでゆく。
武斗はどっと肘で床を打って身を返す。正宗の鋭い拳が床を打ち抜き、純の燃え上がる刃が脇腹を掠めて床板を叩き割る。
足を払われ体勢を崩した瞬間、鈍い衝撃が純の腹を突き抜けた。どっと膝をつき、ごぽりと血を吐き捨てる。
「負けては……やらん!」
荒い息を吐きニヤリと嗤い立ち上がれば、武斗もまたニヤリと口を歪めた。
「いいか、闇墜ちしたやつは頭グリグリの刑だ!」
「「え?」」
反応のあった野郎どもに野獣の如き鋭い視線を向け、純はにたりと楊枝を咬んだ。気をつけろ、滅茶苦茶痛そうだ。
軽く顔をひくつかせ羅生丸が突っ込んでいく。
突き上げる拳を受け止め、武斗は勢い良く額を打ちつけた。
負けじと額を打ち返した羅生丸の額から血が噴出し、二人はぎりぎりと歯を食い縛りながら睨み合う。
「俺とてめえはどこか似たところがある。闘いに飢えていて、いつも心が乾いて満たされねえ」
「ほう? ならば俺と闘え」
「おう、満足するまで闘おうじゃねえか!」
羅生丸が斬艦刀を振り回したその刹那、武斗は身を深く沈めた。
繰り出された拳に顎を砕かれ、羅生丸が大きく仰け反り倒れ込む。
「っは!」
そのまま身体を起こす事ができず、羅生丸は床に拳を撃ち付けた。
「ククッ……まだまだ足りんな」
隙をつき正義と正宗が飛びかかる。武斗は正義の攻撃を寸でで躱し、正宗の腕を掴んで放る。
正宗は声もなく床を跳ね、ぐったりとして動かなくなった。
「ぐ……くそっ倒すつもりなんかじゃ生温い、俺がてめえをブッ殺してやる!」
火の点いた羅生丸が吼え、武斗が嗤う。
「そうか……なら、帰るか」
不意に武斗がそう零す。
羅生丸は身体を震わせ、懸命に身を起こそうとした。
「ま……待てこらあ!」
「おい、あんたこの戦い、満足してっか……?」
「いいや……だが今は待とう」
詠二の言葉にも足を止めることなく、男は床を軋ませ道場を後にしようとする。
「……待てよ。オレは、まだ立てるぜ」
もう殆ど力の入らぬ身体。それを叱咤するように拳を打ちつけ、正宗がよろめき立ち上がる。
「立ち上がれるって事は戦えるって事だっ」
武斗の血走った眼が、震え立ち上がる正宗のか細い身体を捉えた。
「……」
重い靴音を鳴らし、武斗が近付いてくる。
――コワイ。
恐怖に膝が震え、じわりと正宗の瞳に涙が滲む。
眼前に迫る武斗に、正宗は拳を握り締めた。
――それでも。
これが本当の戦いなら、今こそオレは、恐怖を斬捨てる。
正宗は歯を食いしばり、武斗を凛と見据えた――その瞬間。
ずん、と鈍い衝撃が道場内に響いた。
口から溢れた血が、ばたばたと音を鳴らして床を染め上げてゆく。
「……は、……あっ」
「――何も死に急ぐことはない」
腹に深々と減り込んだ拳に、視界が白む。
「悔しいか」
呼吸すら満足にできず、正宗は身を折った。
灼滅者たちは只々歯を食いしばり、その様をじっと見詰める。
「己の武を打ち砕いた、俺が憎いか」
どっと膝をつき崩れ落ちる彼女を、武斗の冷徹な眼がじっと見下ろしていた。
「ならば腕を磨くがいい……俺を殺すために」
「う……待、……て」
悠々と立ち去るその後姿を、灼滅者たちは只々為す術もなく見詰めた。
●居残指南
「くそ……ッ」
「ふぅ……しんどいな」
灼滅者たちが崩れるように座り込む。
「終わったわね……お疲れ様」
「立てますか、皆さん」
深い息をつく円の後ろで、構えを解き平時の大らかな表情に戻った海架が皆に声を掛ける。
蓮太郎はふぅと小さな吐息を零すと、道場の奥にある階段へ視線を向けた。
「さて……仙波翁に挨拶をしていこう」
「……そうですね、お騒がせしたお詫びをせねばなりません」
「おい、俺も連れてけよ」
「オレもいくぜ……」
よろめき立ち上がろうとする羅生丸と、床に突っ伏したままの正義が呻く。
「もう少し横になっていてはどうですか」
「いや……もしかしたら仙波翁の教えを授かる機会があるかも知れないからな」
「このまま叩きのめされっかもなあ?」
「の、望むところだ!」
笑う羅生丸に、正宗が俄かに頬を染める。
互いに支えあいながらよろよろと階段を上ってゆく彼らの熱い背中を、純と詠二は無言のままに見送った。
「……どう思う?」
痛みに顔を顰めながら胡坐をかいた純が、ちらりと詠二に視線を向ける。
「……やべぇと思う」
「……私もだ」
「……だよな」
詠二は軽く頭を掻いて辺りを見回した。
「ったく、壊すなっつったのによ……」
二人はぼんやりと荒れた道場内を見渡した。
翁の雷が落ちるのは、それからほんの数秒後のこと。
作者:夕凪ひろや |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年9月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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