遅い夏休みを満喫したデイビスは空港のロビーのソファーに身を沈めていた。
ソファーは大柄なデイビスの体を優しく包み込む。
そんな優しさを目を閉じて感じていると日本にいたときの思い出がスライドショーのように流れていく。
日本の祭り、都会の喧噪、たくさんの温泉――
広大な大地で育ったデイビスは子どもの頃からどこか遠くに行きたい願望が強かった。あるときは線路沿いに日が暮れるまで歩き続けたこともあった。
そんな故郷から離れた日本での体験は半分穏やか、半分賑やかな逗留で、デイビスを満足させるには充分だった。
(「たまには故郷に戻るのも悪くないのかもしれないな……それにしても、どうも眠い、な」)
ふう、と長い息をついてデイビスは全身の力を抜く。だが、次第に勢いを増す睡魔にデイビスは屈しそうになる。
「いけない。このまま寝てしまえば、搭乗時間に遅れてしまう。少し体を動かそう」
そう言って、デイビスはよろよろと立ち上がって、展望デッキの方へと足を向けるのであった。
「皆さん、集まっていただけたようですね」
五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は灼滅者たちを見回した。
「シャドウの一部が、日本から脱出しようとしているらしいのです」
日本国外は、サイキックアブソーバーの影響で、ダークネスは活動することはできないはずである。しかし、シャドウは日本から帰国する外国人のソウルボードに入り込み、国外に出ようとしているのだと、姫子は説明する。
「シャドウの目的は分かりませんし、この方法でシャドウが国外に移動できるかも分かりません。ただ、最悪の場合は日本から離れた事でシャドウがソウルボードから弾き出され、国際線の飛行機の中で実体化してしまうということも考えられます」
もしそのような事態になってしまえば、飛行機が墜落し、乗客が全滅という可能性も充分にありえる。その可能性を想定した灼滅者たちの顔色が変わる。
「ですので、このシャドウはなんとしても撃退しなくてはなりません」
よろしいでしょうか、と姫子はペンギンのノートをパラパラとめくる。
「ソウルボードの中では特に事件は起こっていません。ですが、みなさんがソウルボードに侵入してくると、シャドウが迎撃してくるので、これを撃退してください」
そう言う姫子は更に詳しい説明を始める。
「今回、シャドウが入り込んでいるのはデイビスさんというアメリカの男性です」
忙しい体のデイビスは遅めの夏季休暇を日本で過ごすことを選択した。彼は日本でお祭りやら温泉やら都会でショッピングなど休みを満喫して、再びアメリカに帰ろうとしている。
「出発ロビーでうとうとしていたデイビスさんは睡魔に負けないようにと、展望デッキへと向かおうとしています。このどこかでデイビスさんにソウルアクセスをしてください」
幸い人がとても多いということもないので、人通りの少ない通路や、人の居ないトイレなどを確保することは容易いはずだ。そして無事にデイビスのソウルボードにアクセスすることができると、そこには荒野が広がっているという。
「デイビスさんの故郷でしょうか。なにもない荒野なのですが、線路が敷かれていて、時折列車が走っています。その列車を子どものデイビスさんが追いかけるところに遭遇できるはずです」
それから間もなくして2体のシャドウが灼滅者のもとにやってくるという。
「シャドウは馬に乗っていて姿はガンマン風といったところでしょうか」
馬と人間という出で立ちだが、馬と人間が合わせてシャドウなので、人間が落馬したり、馬の方が攻撃するようなことはないようだ。攻撃方法はどちらも一緒でシャドウのサイキックに加えて、零距離格闘を除いたガンナイフのサイキックが使用できることになっている。
「二体のシャドウの強さはそれほどでもありません、皆さんに灼滅されるほど頑張る様子もなく、戦況が悪くなれば撤退していきます」
今回の任務は灼滅ではなく、撤退。それを忘れないように、と姫子は念押しする。
「大量に犠牲者を出さないためにも、ここはしっかりと叩くべきところです。皆さんならば、充分できるはずです」
お願いします、と姫子は一礼して灼滅者を送り出すのだった。
参加者 | |
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華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389) |
天峰・結城(全方位戦術師・d02939) |
鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951) |
祁答院・蓮司(追悼にして追答の・d12812) |
志乃原・ちゆ(カンタレラ・d16072) |
リステアリス・エールブランシェ(手作りクッキー少女・d17506) |
居木・久良(ロケットハート・d18214) |
久安・雪(灰色に濡れる雪・d20009) |
●
よろよろと弱々しい足取りのデイビスを見つけたのは志乃原・ちゆ(カンタレラ・d16072) と居木・久良(ロケットハート・d18214) だ。
「ずいぶんお疲れのようですね。眠気覚ましにコーヒーはどうですか?」
「君たちは……ああ、職員なのか。すまないが、お願いしてもいいだろうか」
デイビスはちゆと久良を交互に見て頷く。空港の職員と思い込んだのはちゆのプラチナチケットの効果の賜物だ。
「では、こちらにどうぞ」
久良の流暢な英語――ハイパーリンガルでのもの――に安心したようにデイビスは2人についていく。
「これから故郷に帰るんですか?」
「ああ、休暇も終わりだ。これからまた仕事さ」
「故郷はどんなところなんですか?」
「何もないところさ。ニッポンと違って向こうは土地が大きいからね。鉄道の線路が一本通っているだけ、あとは本当になにもないところさ」
「日本はどうでした?」
「楽しかったよ。良い具合に落ち着けるし遊びもできる。また来たいね」
「そうでしたか、是非また来てくださいね」
久良とデイビスはそんな会話を交わしながら歩く。
「着きましたよ」
ちゆが微笑みながらデイビスをエアポートラウンジの中へと誘う。
ラウンジには鏡・瑠璃(桜花巫覡・d02951)が待機していた。
デイビスは微笑みながら手を挙げる。それに瑠璃も微笑み返す。デイビスは知らない、これから起こることを。デイビスたちに絶えずつかず離れずにいた5人の灼滅者の存在にも気づかなかっただろう。そしてこれからも――。
「ちょっとだけ、おやすみなさい」
ふわりと、瑠璃を中心にしてそよ風がなびく。その風に当てられたデイビスはその場に崩れ落ちる。だがそれを両脇から現れた天峰・結城(全方位戦術師・d02939) と祁答院・蓮司(追悼にして追答の・d12812)が支えて、近くのソファに寝かしつける。
準備は整った。残る灼滅者たちも眠りに落ちたデイビスを囲む。
「シャドウは何がしたいんでしょうねぇ?」
「リスクを冒してまで国外逃亡を図ると言うには、小動物の集団疎開を感じさせる行動ですけれど……」
華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)と結城は首を傾げる。これまで報告でも行き先は全てばらばらで法則性は見出せない。
「エナジーが切れれば……シャドウにとっても、危険……なのに……」
「日本に居られなくなったから……? または陽動?」
リステアリス・エールブランシェ(手作りクッキー少女・d17506)と久安・雪(灰色に濡れる雪・d20009)も考えを口にするが、その答えは誰も知らない。
「考えても仕方ない。出発時間までそう長くないし」
「そうです、行きましょう、西部の世界に」
蓮司とちゆの言葉でもう一度全員がデイビスに向き直る。
「それじゃ、デイビスさんにはいい夢見てもらいましょう」
肩の力を抜いた紅緋がデイビスの身体に手を置く。そして8人はふっと身体が浮いたかと思うと目の前が暗転するのだった。
●
暗転が終わり、目に入ってきた景色は何もない荒野だ。
否。自分たちの隣には少し錆びた線路が長くのびている。そして後ろを振り向けば姫子が言っていた子どもの頃のデイビスが線路沿いに歩いているのがわかる。そして。
「なかなかいいね、そのうち本物の荒野にも来てみたいけどね」
ポンチョに帽子を被った久良は微笑む。目の前には馬に乗ったガンマン、まさに西部劇といった出で立ちだ。
「これが決闘だったら良かったのに」
少し悔しそうに言いながらも真剣な表情をする久良はロケットハンマーを構える。
シャドウたちも無言で銃を抜いて灼滅者たちに引き金を引く。
その音とほぼ同時に灼滅者らは散開する。
「早撃ちってやっぱり格好良いですよね」
ちゆはガトリング砲を構える。
「華宮・紅緋、これより放逐を開始します」
シャドウの弾丸が頬を掠めた紅緋は黒き弾丸を放つ。
「~♪」
瑠璃がギターをかき鳴らす音に合わせて炎の弾丸が黒き弾丸のあとを追う。白いパーカー姿だった瑠璃は白と赤の巫女服にマフラーを巻いて、下ろされていた髪は編みこまれている。その姿は少しだけ西部風の趣を醸し出す。
「まずは右だ!」
2種類の弾丸を避けたシャドウは左右に大きく開いている。その内の右を示したのは結城だ。その結城はいつの間にか右側のシャドウの死角に潜り込んでいて、鋭い一撃をシャドウに放っていた。
「……対象を、制圧します」
静かに告げられた執行の言葉。リステアリスの左腕が砲身に変化し、そこから放たれる赤黒い光線がシャドウの身体を蝕む。そこにすかさず雪の螺旋槍がシャドウの身体を掠める。しかし、俊敏なシャドウに直撃を与えるのは簡単ではなかった。
「いざ、尋常に勝負!」
蓮司は上から襲い掛かる。馬を引かせて、間一髪で避けたシャドウは銃口を蓮司に向ける。対する蓮司は右手に日本刀、左手にはその鞘を手にして立ちはだかる。
「ガンマン対サムライ、夢の対決といこうじゃないか」
物言わぬシャドウは蓮司に静かに銃口を向けた。そう認識とほぼ同時に蓮司の腿に弾丸が食い込んでいた。やるな、と睨む蓮司とシャドウの間を瑠璃が切り裂く。
「疾く速やかに」
舞うようなステップを踏む瑠璃のマフラーが軽やかに踊る。そして、くるりと回転した遠心力を加えた鬼神変がシャドウを捕らえた。
「西部劇の世界には若干似合いませんが……いきますよ、覚悟はいいですか」
ちゆが構えたガトリングは確かに西部劇には到底似合うものではないが、連射される弾丸の嵐は確実にシャドウに傷を与えていく。
「よしッ」
久良がハンマーの柄を握り締めて一歩を踏み出す。しかし、シャドウが相手の初動を制するように放った弾丸は前衛たちの足止めに一役買う。
「……目隠し。……どこにいる、かな?」
すかさずリステアリスが展開した夜霧で前衛の妨害能力が向上する。
「振り翳すその腕で~♪ 寂しさを振り払い~♪」
瑠璃の歌声はかき鳴らすギターの音色ともう一本のネックから放たれる弾丸の音に乗ってシャドウを貫く。
そこに蓮司が上段に振りかぶった太刀を勢いよく振り下ろす。
縦一閃。
シャドウがたたらを踏むのを見て結城が姿勢を落とす。
「……ここか」
結城のナイフが手の中でジグザグに変形する。シャドウにはジャマ―ポジションの結城と雪の攻撃によって多くの障害がシャドウの体内に蓄積している。
「もう一発食らうのじゃ」
雪の片腕から飛び出した寄生体がシャドウの体に取り付き、その身を溶かしていく。そこに結城のジグザグスラッシュが加えられ、シャドウの体内に蓄積されたものたちが活性化してシャドウを苦しめる。
灼滅者とシャドウが戦う一方で、後方にいたはずのデイビス少年はこの戦場に近づき、キラキラとした目でこの戦闘の行く末を見守っていた。
そんなデイビス少年に被害がふりかかることのないように注意をしていたリステアリスは銃撃戦に目を輝かせるデイビス少年に微笑みかける。リステアリスに目がけた銃弾をちゆがガトリングガンの銃身と自身の体で受け止める。
「……神様、の……ヒカリは、誰も……傷つけない……仲間なら、ね」
そう言って、リステアリスが放つ光はキラキラとした宝石のような輝きで、けれども鋭い光条が傷ついたちゆの体を貫いて傷をふさぐ。
――ポォーン
どこからか汽笛が聞こえてくる。それをかき消すように砂塵が舞う。荒野の戦いはまだ続く。
●
優勢に進むかと思われた戦いだが、少しずつ長引くにつれて戦いは変化した。
「仲間は、傷つけさせない……」
回復の要であるリステアリスは蓮司に回復の光を飛ばす。しかし、リステアリス自身もダメージが蓄積している。
シャドウが目をつけたのは回復の要であるリステアリス。リステアリスは傷だらけになりながらも仲間を回復し、戦線の維持を努めるが、じわりじわりと灼滅者側も消耗を強めていく。
「そろそろか――痛ッ」
妖冷弾を撃ち込んだ雪は死角から放たれたもう一体のシャドウの銃撃で膝をついた。
「――間に合う?」
ギターをかき鳴らし、歌声をあげようとした瑠璃よりも早く目の前のシャドウが引き金を引く。銃声と共に雪が倒れかけるが、なんとか立ち上がる。
倒れる訳にはいかない。雪の強い意志がそれを実行する。そんな雪に瑠璃は癒やしの歌声をプレゼントする。その間にもう一方のシャドウが紅緋にダメージを重ねる。
「まだ、大丈夫です」
リステアリスを手で制する紅緋。胸元にはハートマークが浮かび上がり、傷も塞がっていく。けれども、塞がるにつれて心の奥底が黒く澄んでいくのを紅緋は感じ取る。一筋縄ではいかない。そう肌で感じていた。
消耗を強める理由は1つだけではない。短期集中で決しようと多くが右側のシャドウに集中をした。その選択は間違いではない。しかし、もう一方のシャドウをその間どうするのか、コンビネーションで切り崩していくなどの対策があればここまで長引くことはなかったかもしれない。
結城のジグザグスラッシュがシャドウを更に追い込む。そこにちゆのガトリングガンの弾丸が嵐のように降り注ぐもののシャドウに見切られる。だが。
「悪夢が現実になる前に、去ねッ!!」
シャドウが避けた先では鬼の腕をした瑠璃が待ち構えていた。振り下ろされる剛腕はシャドウに回避行動をとらせる余裕もなく、シャドウの乗る馬が前肢を折った。更に久良の唸るハンマーがシャドウを叩き潰す。
行ける! そう誰もが確信したときだ。
「左だ!」
結城の言葉にいち早く反応できたのは蓮司だ。振り返りながらの切り払いで蓮司に迫る弾丸が両断される。しかし、それもつかの間、シャドウが次々と引き金を引く。リボルバー式の銃から放たれた弾丸は全てで六発。それを蓮司が太刀と虎咆で全てを切り払う。蓮司の動きに合わせて、首から提げた馬蹄のお守りが揺れる。旅路の幸運を祈るためと身につけられたお守りは確かにこの荒野の世界にお似合いなものかもしれない。
そんな蓮司の刀とシャドウの銃という侍とガンマンの戦いを目の当たりにする紅緋は少しだけ自分の格好を気にした。紅緋の紅を基調としたデコラティブは確かにこの荒野では目立ちすぎかもしれない。
「ま、やることは、遠慮なく容赦なく躊躇なく、シャドウを追い散らすことですし」
メキメキと音を立てながら紅緋の片腕が鬼の手へと変化する。そして圧倒的な力で傷つくシャドウの表面を削り取った。すかさず、シャドウはハートの紋様を浮かび上がらせて回復を図るが、それを黙って見ている灼滅者たちではない。
「人の夢の中で暴れておイタをするガンマンはふん縛って警察に突き出しますよ」
「ほれ、夢の中とはいえ……頭上注意じゃぞ?」
ちゆのガトリングが火を噴き、雪が振りかざした杖の先から雷が迸る。
「――ッ」
そして、ついにシャドウの一体が灼滅者に背を向けて逃げ出したのだ。
「去る者追わずの精神で……次はわかりませんが、それに」
瑠璃は撤退するシャドウから残ったシャドウへと意識を移す。集中攻撃ではあったが、少なからず残ったシャドウにもダメージは与えていた。なによりこの戦いで付与されたバッドステータスはかなりのものになっている。
「殲滅戦、覚悟完了。最期まで戦う覚悟がないのなら、ここで引くべきですよ、シャドウ」
紅の瞳がシャドウを射貫く。このままシャドウが抵抗の意志を見せれば、容赦なく叩き潰そうとする目である。
「――ッ」
勝ち目がないことを悟ったのか、残ったシャドウも背を向けて去っていった。
「西部の世界も意外と悪くないです。次は馬とか、乗ってみたいですね」
パカラパカラと馬の蹄の音が響く中、ちゆが呟く。
「……それにしても、脱出できたとして彼らはどこへ行こうというのでしょうね」
そう後姿を見送る瑠璃の疑問に答えられる者はいない。
汽笛がなっている。
蒸気の音と共に灼滅者たちの横を列車が過ぎていく。
戦いを見届けたデイビスも走り出して列車を追いかける。それに久良も続く。
「君はきっと、ずっと遠くまで行けるよ。またどこかで会おうね。さよなら」
そう言って、久良をはじめ、灼滅者たちはデイビスの夢から去っていくのであった。
●
「ありがとう、助かったよ」
そう言ってデイビスは搭乗口の前に立った。
「また休暇の際は、日本に遊びに来て下さいね」
ちゆの言葉が通じたのかはわからない。けれども、デイビスは笑顔で手を振って搭乗口の中へと消えていった。
「これが、日本での最後のいい思い出になったのでしょうか?」
デイビスから直接聞くことはできないが、デイビスの表情からすれば、そうなのだろうなと紅緋は思った。その隣ではリステアリスが故郷について黙考していた。
デイビスが感じていた故郷はなんだったのだろうか。故郷に帰るとはどんな気分なのか。
その疑問に答えるには自分の生まれ故郷を覚えていないリステアリスにとっては難しかった。
それでもいつか彼女にも故郷ができて、その疑問に答えが出ることがあるかもしれない。
デイビスの乗る飛行機は飛び立った。見送った灼滅者たちは旅や故郷について考えながら、自分たちの居場所へと帰って行くのであった。
作者:星乃彼方 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年10月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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