夢の中の殺人者

    作者:緋月シン

    ●夢の中の殺人者
     その部屋は一見とても女性らしい部屋であった。ピンクを基調に整えられており、カーテンやシーツの色などはその色に統一されている。
     しかしだからこそ、ベッドで寝ている部屋の主、その胸の上に置かれているそれが異様に目立っていた。
     大きさは新書版の小説程度。設置されている謎のランプが時々光ったりしている、何処か一昔前の機械を連想させる作りである。
     部屋の主である少女は、現在それ――眠る時に胸の上において抱えて眠ると強い力を得られる謎の機械を手に入れたことで、夢に囚われてしまっているのであった。

     所変わって夢の中。囚われている少女は、しかし鼻歌などを歌いながら、楽しげに目の前のそれの頭を刎ね飛ばした。
     頭を失った身体は、力を失い少女の方へと倒れていく。だが少女はそれをかわすでもなく、受け止める。そして、殴り飛ばした。
     吹き飛んでいくそれを眺めながら、少女の口元はさらに歪む。
    「あはっ、ざまーみろ」
     少女はすっきりしたとばかりに身体を伸ばすと、それから周囲に視線を巡らす。視界に映るのは、今吹き飛ばしたのと、そして少女が着ている服と同じようなものを着ている者達。
    「で、あんたらは来ないの? いつもみたいに、さ」
     問うてもそれらは答えない。
     しかしそれでも、少女は楽しげなまま。
    「ま、来ないんならこっちから行くだけだけど」
     呟きと共に、軽い調子で地面を蹴った。
     離れていた距離が瞬く間に縮まる。腕が届くほどにまで近付くと、少女は無造作に腕を振るった。
     煌く銀閃。軽い抵抗を感じるも構わず、そのまま腕を振り抜く。赤黒い液体が飛び散り、断たれたそれが宙を舞う。
     片腕を欠いた目の前のそれは、腕を押さえながら顔を苦痛と恐怖に歪め、背中を丸め込んだ。
     だが少女は構わずにさらに一歩を進むと、下がった顔に向けて足を振り上げる。顎を捉えた足はそのまま頭を持ち上げ、目の前に無防備な喉を晒す。
     一閃。やはり大した抵抗もなく振り抜かれた刃は、ぽーんと、冗談のように首から上を刎ね飛ばした。
     少女の動きは止まらない。再度地面を蹴った少女は、そのまま残った者達の中心へと躍り出る。
     そして変わらず、腕を振るった。
     一振りごとに何かが欠け、一振りごとに血潮が舞う。しかし失うのは少女以外の何かだ。
     遠慮する理由はなく、むしろ遠慮しない理由しかない。
     故に少女は、目の前に群がる嫌なやつらを、その理由そのままに殺し尽くす。
    「あはっ、いー気分」
     両手を赤黒く染めながら、それでも少女は楽しげに笑った。
     と、少女の視界の先で変化があった。
     そこに現れたのは新たな人影。しかし今度も再び、少女が着ているそれと同じようなものを着ている者達だ。
    「なんだ、今度はあんた達か……ま、別に関係ないけど」
     そうだ、関係ない。今度も同じようにやるだけだ。
     そう言って嘯く少女は……しかしその場からぴくりとも動くことが出来なかった。
    「あ、あれ? おかしいな……さっきまでと同じようにやるだけ……それだけなのに……」
     幾ら動こうとしても身体は動かず、しまいには両手が震えだした。
     少女は動けず、しかしその代わりとでも言うかのように、現れた者達が少女へと向かってくる。
     その顔には知人に向けるような笑みが浮かんでおり、だがその両手にはギラリと鈍く光るモノが握られていた。
    「そう、同じように……同じように……同じ……」
     それでも少女の震えは止まらず、むしろ増していく一方だ。
     力を失った両手から滑り落ちたナイフが地面に当たり、鈍い音を立てた。

    ●HKT六六六人衆
    「さて、揃ったようね。それじゃあ始めま……どうかしたのかしら?」
     少女は話の途中で灼滅者達が不思議そうな顔をして自分を眺めていることに気がつくと、自分も不思議そうに首を傾げた。それから何だろうと考え、すぐにそれに思い至ると納得し頷く。
     それから一度手に持っていた本を置くと、両手でスカートの裾を摘み、軽くスカートを持ち上げ、灼滅者達へ向かい頭を下げた。
    「そういえばこうして顔を合わせるのは初めてだったわね。四条・鏡華よ。今後よろしく……本当はしない方がいいのだけれど、よろしくお願いするわ」
     少女――四条・鏡華(中学生エクスブレイン・dn0110)はそうして挨拶を終えると、再び本を手に説明を再開した。
    「さて、それじゃあ今度こそ始めましょうか。今回事件が起こっている場所は、博多。あなた達には、またHKT六六六人衆絡みの事件、といった方が通りがいいかしら?」
     何でも、謎の機械を受け取った人間が悪夢に囚われる事件が起きているらしい。
    「事件を起こしているのは、シャドウの協力を得た六六六人衆。悪夢を見ている人間を、新たな六六六人衆として闇堕ちさせようと目論んでいるらしいわ」
     ただしここで問題なのは、相手はただの一般人ではないというところだろう。
    「悪夢を見ているのはHKT六六六人衆の研修生。つまり、自ら望んで悪夢を見ている、ということ」
     しかし、同時に彼らは未だ一般人であることに違いはない。その素性がどうあれ、一般人が闇堕ちさせられようとしているのを黙ってみているわけにはいかないだろう。
    「夢の中で、彼らは殺人ゲームを行っているらしいわ。夢の中に入って、止めて来てちょうだい」
     今回助けに行く者の名は、沢城・雪乃(さわしろ・ゆきの)。
    「おそらくあなた達が向かう頃には、彼女は敵を前に戦意喪失しているはずよ。だから彼女を守りながらその敵を撃退してちょうだい」
     敵は非常にリアリティのある姿をしており、倒した時の感触などは本物と区別がつかないようだ。
    「ただし特徴はそれだけで、それほど強い敵ではないみたいね。もっとも、簡単に敵を撃破してしまうと『助っ人キャラが自分の代わりに苦手な敵を倒してくれた』と考える可能性があるわ」
     そうなった場合、雪乃はゲームを再開させ、次の敵を呼び出して戦闘を再開してしまうだろう。それを防ぐためには、敵を倒す前にこれ以上のゲームを行わないように説得する事が必要になる。
    「彼女は目の前の敵に対して戦意を喪失している状態、その点を踏まえて説得をすれば、ゲームをやめさせる事は難しくないでしょうね。そして可能ならば彼女がHKT六六六人衆の誘惑に乗らないように更生させてあげられれば尚良いのでしょうけれど……まあどうするかはあなた達に任せるわ」

    「最後に、注意点を一つ。彼女を目覚めさせると、それを察知した六六六人衆がソウルボード内に現れる可能性があるわ」
     とはいえその時点で目標は達しているため、特に戦う必要はない。戦わずに悪夢から撤退しても問題ないだろう。
    「もっともその可能性は低いし、もしかしたらあるかもしれない、程度に考えておいて問題ないわ」
     ともあれ。
    「それでは、彼女のことは任せたわ」
     そう言って、鏡華は灼滅者達のことを見送ったのだった。


    参加者
    周防・雛(少女グランギニョル・d00356)
    蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)
    式守・太郎(ニュートラル・d04726)
    葵璃・夢乃(ノワールレーヌ・d06943)
    人形塚・静(長州小町・d11587)
    ジェイ・バーデュロン(置狩王・d12242)
    アレックス・ダークチェリー(天国への階段・d19526)
    月姫・舞(月夜に舞う殺人姫・d20689)

    ■リプレイ


     何となく薄ら寒く感じ、謎の機械ではなく敢えてソウルアクセスで侵入した先。
     その眼前に広がる光景を前に、蛙石・徹太(キベルネテス・d02052)はつい顔を顰めた。
    「濃い血の臭いだ。ああー……だから六六六はヤなんだよ」
     ペンキでもぶちまけたかの如く一色に染められた地面。それはまるで道のように続いており、おそらくはその先に件の少女が居るのだろう。
    「また、新しい悪さをしようとしているのね……噂のHKT」
     それを眺めつつ呟いたのは、周防・雛(少女グランギニョル・d00356)だ。さぁどうしたものかしら、と言葉を口の中で転がしながら、道の先を見据えるように目を細める。
    「黒いカードの次は謎の機械と、HKT六六六は予想以上に大掛かりなのかもしませんね。未だにその片鱗すら掴めていませんし」
     式守・太郎(ニュートラル・d04726)はそう言いながら、その場をぐるりと見渡した。
     その視界に映るのは仲間達の姿だ。違いの確認のため、謎の機械とソウルアクセスそれぞれに分かれて侵入したのだが……。
    「なんともないか?」
     同じようなことを考えていたのか、問いかけてきたジェイ・バーデュロン(置狩王・d12242)の言葉に太郎は頷く。
    「ええ。どうやら特に違い等はなさそうですね」
     しかし同様に判断しつつも、葵璃・夢乃(ノワールレーヌ・d06943)は気を抜かなかった。元より試験的な意味合いを含めての試みであったが、だからこそ何らかの影響があった場合それがすぐに発現するとも限らない。
     それを見極めるために、自分を含めた仲間の些細な変化にも気を配り、注意をしておく。
     そしてそうしながら。
    「嫌がらせを受けたから報復で殺す……あまりに幼稚な発想で頭が痛いわ。人を殺すってことがどういうことなのか、しっかり教えてあげないとね」
     溜息を吐きつつ、皆の顔を見渡した。
     ここでのんびりしていられる余裕はない。
     互いに頷き合うと、件の少女の姿を求め、走り出した。


     自分へと刃が迫るのを、雪乃は為す術もなく眺めていた。
     別に怪我をしたわけではない。逃げようと思えば逃げられる。それどころか足元に落ちているナイフを拾えば、迎撃することすら可能だろう。
     だが雪乃はその何れも選ぶことはなく、ただそれを呆然と――
    「……え?」
     声が漏れたのは、眼前まで迫っていたそれが突如弾け飛んだからだ。
     一体何が、と思ったのと、雪乃の視界からそれらを遮るように人影が現れたのはほぼ同時だった。
    「雪乃さん。あなたを悪夢から連れ戻しに来ました」
     太郎だ。
     その傍らには、同じく敵と雪乃との間に割って入った人形塚・静(長州小町・d11587)。徹太は前に居られたら守りづらいからと、少し強引に雪乃の引っ張り後ろへやってからその横へ。勿論他の仲間達の姿もある。
     しかし突然八人も邪魔が入ったというのに、敵はその動きを変えようともなかった。気にせず突っ込んでくる。
     もっともその程度は予想の範囲内である。
    「とりあえず足を止めましょうか」
     言葉と共に月姫・舞(月夜に舞う殺人姫・d20689)が放ったのはバレットストーム。敵全体へと攻撃がばら撒かれ、夢乃の除霊結界が続いて展開される。
    「さて……これで、どこまで足止めになるかしらね」
     その声に重なるように、銃声が響いた。
     その発信源はアレックス・ダークチェリー(天国への階段・d19526)の手元だ。上着から引き抜いた銃を、二度三度と無造作に撃ち放つ。
     だがその結果に、アレックスは眉根を寄せた。狙いが外れたわけではない。きちんと狙い通りに撃ち抜いたのだが……。
    「棒立ちじゃないか。これでは射撃練習にもならん」
     その意味は言葉通りである。足止めで十分だったのだが、敵は全て後方へと吹き飛んでいた。
     本来はそこまで威力のある攻撃ではない。しかし相手が弱すぎた結果、思っていた以上の効果を及ぼしてしまったらしい。
     これは苦戦する演技も一苦労だななどと思いながら、雪乃へと視線を向ける。その瞬間雪乃の身体がびくりと震え、強張った。
    「な、何なの、あんた達……?」
     そんな雪乃の口から出たのは、当然と言うべき疑問だった。何せ突然現れたと思ったら自分の名前は知ってるは戦いだすはで、疑問に思わないわけがない。
     だがそれほど不審を抱いている様子がないのは、状況が状況だからか。
     しかしだからこそ、その返答は重要であった。ここで例えば助けに来たなどと言ってしまえば、或いは敵と同じような存在だとでも言ってしまったら、予め注意を受けていたように都合のいい助っ人キャラだとでも思われてしまいかねない。
    「私たちが何者かなどどうでもいいことだ。それよりも、取引をしないか?」
     故にジェイは、端的にそれだけを告げた。
    「と、取引……?」
    「そうだ。夢の中だろうが、ここで殺されるとお前は死ぬ。殺人ごっこを降りるなら、お前だけでも助けてやる。……さあ、どうする?」
     もっともそれだけを言われて即座に返せるような人物は早々居ないだろう。その手に持ち構えられた残酷刀が妙な威圧感を増しているのも一因だ。
     とはいえジェイとてそれだけで説得が成功するとは思っていない。
     後は任せたとでも言わんばかりに敵へと残酷刀を向けると、構えた。
     その後を継ぐように雪乃の傍へと進み出たのはアレックスだ。そのまま雪乃のナイフを拾い上げると、見せ付けるように目の前でちらつかせる。
    「どうした? 攻撃しないのか?」
     それに雪乃は一瞬何事かを言おうとするも、結局何も言えずにただ視線を逸らす。
     アレックスはその姿を満足そうに眺めると、こんなものはもう必要ないと言わんばかりにナイフを遠くに放り投げた。
    「お嬢さん、これは実験だ。キミは試されているのだよ、殺人者の資質を」
     続けられた言葉は、雪乃への状況の説明と、自分の行いを理解させプレッシャーをかけるためのものだ。
     そしてその上で。
    「自ら望んで悪夢をみることもあるまい……。君が持つその機械。どんなカラクリか知らんが……私なら、もっと素敵な夢を見せてくれと頼むがね! たとえばそう、美しいレディとのお茶会とかね」
     冗談めかして言った後で問いかける。
     本当に望むものは何か、と。
     だが雪乃の視線は逸らされたままだ。しかし自分が伝えるべきことを伝え終えたアレックスはそこで満足すると、その手に再び銃を握る。
     牽制のために撃ち放った。
    「貴女が、こんな事をしたのね。さぞ楽しかったでしょう?」
     周囲に転がっている、肉塊となった屍。
    「でも、遊びすぎたツケが回ってきたわね。このままだと、貴女もいずれ、アレと同じになるわ」
     それを指差しその光景を認識させながら、雛は静かに諭す。
    「手を下すのも、死の瞬間も一瞬……殺しはゲームとは違うわ。死の瞬間を体感して、よく分かったでしょう?」
     そうしている間も戦闘は続いている。
     もっとも先に述べたように敵ははっきりと言って弱い。敢えて回復を余分に行ったりと、敵を倒さぬよう気をつけながらのものである。
    「彼女達を殺せないのは、理由もなく人を殺したくはないからじゃないの?」
     そうして泥仕合を狙い苦戦してみせながら、静は雪乃へと話しかけた。
    「この人達は、別に貴女を嫌ったり苛めたりしてた訳じゃないんでしょう? 貴女が動けないのは、理由もなく人を殺したくはないからじゃないの?」
     本当の所は分からない。それは静が勝手に思い想像したことだ。
     けれども、少なくとも静はそうじゃないかと思う。
     だから。
    「あの機械を使ってると、殺したくない相手とも殺し合わないといけなくなるのよ。貴方より強くて残酷な人とも……。大丈夫?」
     それは説得というよりも普通に心配をするような感じの聞き方であった。
     それをとても怖い人生だと思った、静の本心からの言葉である。
    「知人に刃を向けた程度で震えるくらいなら止めておきなさいな。後悔しますよ」
     雪乃を守るように動きながら、畳み掛けるように舞が言葉を放つ。
    「これ以上続けると雪乃さんの心は壊れ、もう日常へ戻れなくなりますよ。人を捨て、一生殺人鬼として生き続けるつもりですか?」
     太郎が雪乃と名前で呼ぶのは、言葉を届かせるためだ。
     心が拒否するという事は、まだ良心が残っている証拠だろう。ならば更生も可能なはずである。
    「雪乃さんの幸せや未来の全てを懸け、叶えたい望みが本当にこれなんですか? それでも続けるというなら、また俺達のような人間が立ち塞がりきっと雪乃さんを止めます」
     人の道を踏み外した雪乃を引っ張り上げる為に、視線を合わせながら気持ちを真摯に伝えていく。
    「一方的に復讐できるなんて、そんな都合のいい話はないわ。人を殺すってことは、代わりに自分が殺されても何も文句言えないってこと。あなたにその覚悟、あった?」
     夢乃が語るのは人を殺すことの恐ろしさであり、咎の重さだ。覚悟のない者が悪戯に力を弄んだ、その末路。
    「もし、それでも闇に堕ちることを選ぶなら……次は、私達があなたを殺すことになるわよ?」
     それは同時に、かつての夢乃自身だ。半端な覚悟で戦いに出た結果、闇堕ちした仲間を救う事が出来なかった。
     しかしだからこそそのことを悔いている。そして二度と繰り返さないように、覚悟を固めた。
     今の夢乃であれば、闇堕ちした者を灼滅することであろうと、心を痛めつつも躊躇いなく行うことが出来るだろう。
     そんな覚悟を感じ取りそれが自分に向けられることでも想像したのか、雪乃の身体が一際大きく震えた。
    「震えも血も人を殺した感触もすっきり無くなったりなんかしない。自分のしたことが怖くなったんじゃないのか? あんたは痛みを知ってしまっている」
     だから助けになりたいと、徹太はそう告げる。
     そうして差し出したのは、ハンカチだ。
     感触を無くすことは出来ない。それでも、薄れさせることは出来るはずである。
    「もうやめよう、こんな思いは。悪夢を寄越したヤツらに踊らされるのも。じゃないと心配で碌に戦えないんだよ」
     堕ちさせて堪るかと、そう思いながら言葉を紡ぐ。
     果たしてそんな徹太達の思いが通じたのか、或いは別の理由からか。
     しかし兎にも角にも、結果は一つだ。
     雪乃の手にハンカチが握られ、微かにその首が縦に振られた。


     その後のことは文字通り一瞬で終わった。
     元々どうやったら敵を倒さないでいられるかを考えていたぐらいだ。その枷がなくなったらどうなるかは、言うまでもないだろう。
    「オ手伝イナサイ、オベロン、ティタニア! サァ、オシオキノ時間ヨ!」
     本気であることを示すように、雛の顔にはいつの間にか仮面が付けられていた。抑圧されていた感情と殺戮衝動が溢れ、その足元の影より二つの形が現れる。
     テディベアのオベロン、フランス人形のティタニア。
    「行って、ドールズ! チュエレ!」
     命じられるままに、二体の人形が奔る。
     そして敵へと向かったのはそれだけではなかった。
    「演技はおしまい。貴方は私を殺してくれる? それとも殺されるのかしら?」
     言葉と共に放たれたのは舞の影。鋭く尖ったそれと合わせ、合計三つの影が敵へと迫る。
     結果は単純に、呆気なく。抵抗すら感じさせずに易々と、その身体を斬り裂いた。
     影の通った後を基点として、バラバラにされた身体が転がる。
     敵はそれでも何の反応もみせなかったが、こちらも既に気にする事は無い。
    「さあ、本気で行くわよ!」
     飛び込んだ夢乃が振るうのはオーラが収束された拳。一振りごとに敵の身体が弾け飛び、一息吐いた後に残ったのはただの残骸だった。
     もっとも敵とてただやられてばかりではない。接近と同時にその腕が振り下ろされ、ナイフが煌く。
     だがその動きは灼滅者にとっては遅く、何よりも非力すぎた。
     その先に居た太郎は、かわすでもなく敢えてそこに踏む込む。向かってくるナイフへと、逆に自身の手に持つ灼滅刀を振り上げた。
     鳴り響く甲高い音。しかし動きは止まることなく、さらに進んでいく。
     そこに込められた意志と覚悟を示すように、そのまま敵の身体を両断した。
     とはいえ敵は一体だけではない。その隙を突くように、さらに一体の敵が突撃してくる。
     しかし太郎はそちらへ視線を向けることすらしなかった。
     気付いていないわけではない。気付き、その周囲のことも把握しているからこその行動だ。
     その意味を示すように、太郎の背後より迫っていた敵を一条の閃光が貫いた。
     だが徹太の手元、ファイナルディファイという名のそれから放たれたのは、ただの光ではない。闇を撃ち抜くが如き光は、それに宿った炎を以って敵の身体を焼き尽くす。
     そしてそれに紛れるかのように、一発の乾いた銃声が響いた。
     しかしその銃口の直線上、放たれた弾丸の軌道上から、それにはもう慣れたとでも言わんばかりに敵の身体が動く。そうなれば当然弾丸は空を切る。
     それが普通の銃撃であれば、の話だが。
    「この弾丸からは、逃れられんよ」
     アレックスの言葉に応えるように、弾道が変わった。まるで敵の動きを予想していたかのように、それでいてその動きは予測出来ないように目まぐるしく変わりながら敵へと迫る。
     さらにそれは一発だけではない。連続で放たれた銃弾、その全てが一見出鱈目に見える動きで敵を追従する。
     敵にそれを避ける術はない。その悉くがその身体を捉え、貫いた。
     それでも急所だけは避けたのか、まだ崩れ落ちずにその場に留まる。
     そこに、影が差した。振り上げられたのは、ジェイの残酷刀。
     それが振り下ろされるのよりも先に、防御のためにか咄嗟にナイフが眼前にかざされるが、結果が変わることはない。
     ナイフごと、敵の身体を斬り裂いた。
     突如、敵の一体が片膝を地面に着いた。勿論自然とそうなったわけではない。
     それをもたらしたのは死角から放たれた静の斬撃。腱を断たれた敵はその場から動くことが出来ないが、それを気にする必要はなかった。
     その動きに合わせて射出されていたリングスラッシャーが、もう片方の足を斬り、断つ。
     前のめりに倒れこむ敵、その首元へと倒れるよりも先に刃が到達する。そのまま振り下ろした。
     これで残る敵は四体。だが不意にその全ての動きが緩慢になった。
     しかしそれは本来の目的ではなく、それに気付いた時には既に遅い。
     周囲より急激に熱が奪われた結果、その場に一つの現象が顕現する。
     凍り付いた。
     その現象をもたらした雛が、最後に一礼をする。
     そして。
    「冷気開放……ボンニュイ、皆々様」
     おやすみを告げられたそれらの身体が、一斉に砕け散った。
     それが終わりであった。
     この戦闘の。そして、この悪夢の。

     役割を終えた灼滅者達は、早々にその場を後にする。
     しかしその人数は来た時とは異なり、一人増えていたのだった。

    作者:緋月シン 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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