闇の力と心の光

    作者:小茄

    「開けるな」と書かれた紙が貼られたドアの前には、母親が作った料理が放置されて冷めてしまっている。
     開かずの間と化した自室で、ゆあは奇妙な機械を胸に抱え、眠りに就いていた。

    「ふっ……ふふ……素晴らしい力……これが選ばれし者に与えられた力……」
     ゆあは雲霞の如く殺到した敵兵達を全て殲滅し、彼らの屍の中心でそう呟いた。
     RPGに出てくる様なモンスターや獰猛な獣、斧を持った凶悪な山賊、そして近代化した兵士。
     敵は次第に強力になってゆくが、彼女の圧倒的な力の前に敗れ去ってゆく。
    「さぁ、次はもう少し楽しませてくれる相手だと良いのだけれど……」
     口の端を歪め、新たな敵を待ち受けるゆあ。そんな彼女の前に現れたのは――
    「よぉよぉ姉ちゃん、なかなかマブいじゃん。俺達と遊ばねぇ?」
    「えっ……?」
     いかにもガラの悪そうな、不良学生達。
     それはモンスターでも無ければ、兵器で武装した屈強な男達でもない。どこにでも居そうな、日本人の若者だ。
    「ま、待ってよ……こいつらを殺すの? だって……そんな事って……」
     さすがに躊躇いを感じ、後ずさるゆあ。
    「良いだろぉ? 減るもんじゃなしに」
     そしてじりじりと迫る不良達。
     ゆあは、返り血にまみれた自分の手を見、再び眼前の不良達へ視線を戻す。
     彼我の距離は縮まるばかり。
     考える時間は残されていない。
     
    「博多でね、奇妙な機械を受け取った人間が、悪夢に囚われると言う事案が発生していますわ」
     有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)の説明に寄れば、シャドウの協力を得た六六六人衆がこの事件の黒幕であり、悪夢を見ている人間を新たな六六六人衆として闇落ちさせようと目論んでいるらしい。
    「悪夢を見ている彼らは、HKT六六六人衆の研修生というわけですわね。自ら望んで夢を見ている様ですわ」
     彼らは夢の中で殺人ゲームを行っている。
     彼らの心が完全に闇に堕ちてしまう前に、このゲームを止めねばなるまい。
     
    「幸いと言うか、この夢を見ている少女――ゆあと言う名前の高校生は、殺人ゲームにやや躊躇していますわ。この隙に彼女を守り、代わりに敵を倒して下さいまし」
     ただしここで厄介なのは、灼滅者が不良学生風の敵をあっさり殲滅してしまえば、ゆあは再びやる気になって殺人ゲームを続行してしまうであろう点だ。
    「彼女にしてみれば、あなた達という仲間も加わって良心の呵責も減り、一緒に殺しまくろう……と言う気分になってしまいかねないと言う事ですわね」
     それを避ける為には、ゲームに参加する前に彼女をしっかり説得し、これ以上ゲームを続けないようにさせる必要がある。
     彼女にはまだ良心が残されているし、丁度躊躇いを感じているタイミングでもあるので、活かしていきたい所だ。
    「今回ゲームを止めさせるのはもちろんですけれど、今後も六六六人衆の誘いに乗らない様にできたら、百点満点ですわね。……あ、それと……」
     と、そこまで説明してから絵梨佳は付け加えるように人差し指を立てる。
    「ゆあを悪夢から目覚めさせた場合、それを察知した六六六人衆がソウルボード内に現れる可能性がありますわ」
     あくまで可能性でしかないが、その場合でも、既に任務は完了している為、戦いを避けて撤退しても問題ないだろう。灼滅者からすれば連戦の形になるし、万全の状態でも強敵となる相手だ。

    「それでは、気をつけていってらっしゃいまし」
     最後にそう言うと、絵梨佳は灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)
    三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)
    灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)
    有栖川・へる(歪みの国のアリス・d02923)
    月見里・无凱(深淵に舞う銀翼・d03837)
    夏炉崎・六玖(夜通し常識外れのシミュレータ・d05666)
    有馬・由乃(歌詠・d09414)
    異叢・流人(白烏・d13451)

    ■リプレイ


    「なぁ、良いだろぉ?」
    「それとも何かぁ? 俺達が遊ぶ金でも代わりに出してくれるってのかぁ?」
    「来るな……それ以上近寄ると……本当に殺す!」
     ゆあは震える声を張り上げながら、にじり寄る不良達に対して凄む。が、彼らの歩みは止まらない。
     相手が自分と同じ言語を話すだけで、日常を感じさせるだけで、ゆあは二の足を踏む。先ほどまで、目の前に立ちはだかる賊や兵士を虐殺してきたと言うのに。
    「……滑稽だと言うのか……今更……敵を殺すことに躊躇いなど……」
     素に戻り掛けたゆあだが、再び中二病モードに戻ると、意を決したように目の前の不良達を睨み付ける。
    「ほぉ、変わったゲームをやってるみたいだな」
    「っ?! だ、誰だ……お前達もこいつらの一味か?!」
     思わぬ方向から掛かる声、その主は異叢・流人(白烏・d13451)。ゆあは、彼を初めとする灼滅者の存在に気づく。
    「お初になるな。俺の名は異叢流人だ。以後、宜しく頼む」
    「……」
     ゆあは身構えたまま、灼滅者と不良へ交互に視線を向ける。
    「骸の山を築いて英雄になれましたか? これで皆にも認めてもらえる……そう思いました?」
    「なっ……私は! 誰かに認めて欲しいなんて思っていない!」
    「ゆあさん、どんなに大義名分があっても殺しに格好良さも正当性もないですよ……ただただ他の人の未来を奪うだけです」
    「な、何なの……お前達は一体……私の邪魔をしに来たのか……?」
     灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)の言葉に、ゆあは困惑した表情で視線を泳がせる。
    「殺人という外道を最後まで歩み突き進み死ぬ覚悟が無いのなら、此処で引き返す事を勧める。覚悟無き行いは己の身を滅ぼすだけだからな」
    「……か、覚悟くらい……私は選ばれたんだ! この力を与えられた! 私の敵は皆殺しにしてやる! お前達も……!」
    「人を殺す、か。…ふむ、君は人を殺した先の事を考えた事はあるか?」
    「殺した……先?」
     流人の言葉に、無意識のうちに僅かだけ後ずさるゆあ。
    「ボクはアリス。……あのリーゼントは田中五郎。強面だけど甘味好き。大学生の姉が2人いて、家では頭が上がらない。で、隣の茶髪は……」
     有栖川・へる(歪みの国のアリス・d02923)は、流人の言葉を引き継ぐ様に、不良達を指さして一人ずつ簡単なプロフィールを紹介し始める。
    「やめろ! 敵の名前なんか知りたくもない! そんな事……私には関係ないっ!」
    「人を殺すということは、彼らの人生を無にすること。殺した相手の家族や友人の憎悪を背負うこと。ゆあはその重さに耐えることができるの?」
    「わ……私は……それくらい……別に……」
     これまで彼女が殺戮し、これから殺戮しようとしていた相手にも名前があり、家族があり、友人がいる。そんな当たり前の事を指摘され、息を呑むゆあ。
    「あぁ、人を殺すってことがどういうことか、ちょっと考えてみようぜ」
    「……」
     明るい口調で諭す三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)。ゆあは、俯いたまま黙り込む。
    「このままこのゲームを続けていたら、現実との区別が付かなくなるかもしれません。あなたは本当に人を殺したいわけでは、ありませんよね? 現実では、一度失われた命はもう戻らないです」
    「……現実……私は……変な機械を貰って……それで……」
     有馬・由乃(歌詠・d09414)は穏やかに、しかし明瞭な口調で語る。
     余りのリアリティに、既に現実と夢の境界が曖昧になりつつあったゆあ。頭を抑えるようにしてその場にうずくまる。
    「このままこのゲームを続けたらどうなると思う? このままゲームを続けてたらキミ、二度と元の世界に戻れなくなるよ!」
     そんな彼女に、更なる言葉を掛けるのは夏炉崎・六玖(夜通し常識外れのシミュレータ・d05666)。
    「何をごちゃごちゃ言ってやがるんだてめぇら! 邪魔するってんなら――ゴブァッ!?」
     そして、灼滅者とゆあのやり取りに焦れた様子で詰め寄ってきた不良の顔面を、容赦無くぶん殴る。
    「あははははは! ブッサイクだなあ! こんな顔でよくナンパとか出来るね!!」
    「てめぇ……! ぶっ殺すぞ!」
    「ほらほらァ! もうギブアップ? なっさけなーい! あははははは!まだ立てるでしょ?」
     不良の振り下ろす凶器をかわしつつ、倒れた相手を引き摺る六玖。
    「っ……」
     残酷とも言えるその戦いぶりに、表情を凍り付かせるゆあ。
    「強い奴が弱い奴を踏みつぶす。あはははははは! キミがココでしてきた事と同じだよ?」
    「違う! 私は……違う……」
     わざと醜い戦いを見せ、自分の行いを見直させようとする六玖。ゆあは被りを振って再び俯く。
    「さて、それじゃあ私も相手をしてやろう、掛かって来い」
     戦端が切られたと見るや、七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)は片手を突き出し、往年のカンフースターの如く不良を挑発する。
    「おもしれぇ……だったら相手してもらおうじゃねぇかよぉ!」
     仲間をやられ、激昂した不良は誰歌に対しても容赦無く襲い懸かる……が、掴みかかる不良の腕を逆に掴み返すと、そのまま勢いを利用し四方投げを見舞う。
    「ぐわっ!?」
    「このアマ……やっちまえ!」
    「ウラカンラナ……はスカートだからダメだな」
     更に向かってくる不良達へ河津掛け、ドラゴンスクリューと、投げ技のみの縛りを物ともせず、次から次へと倒してゆく誰歌。
    「君に残された選択は……この殺人ゲームの放棄。そしてもう二度とこういった誘いに乗らないこと」
    「……」
    「万が一次があるとしたら君はもはや人としては扱って貰えない。殺人鬼と認定され常に殺される側となり、是までの日常を過ごす事は無い。でしょう……」
    「……」
     月見里・无凱(深淵に舞う銀翼・d03837)の言葉に、ゆあはへたり込んだままコクリと頷く。
    「よし、それじゃ後はこいつらをこらしめるだけだな」
     柚來の言葉に頷く一同。この時点では、不良達はまだまだ多くの戦力を残している。


    「邪魔するんじゃねぇ、このガキどもがぁ!」
     完全に戦意喪失したゆあに代わり、身構える灼滅者達。不良達は新たな敵目掛けて雲霞の如く攻め寄せる。
    「遅いぜ」
    「……がっ!!」
     だが、所詮は一般人向けの殺人ゲーム。数多の実戦をこなしてきた灼滅者からすれば大いに役不足だ。柚來は紙一重で鉄パイプをかわすと、魔力を帯びた拳を不良の鳩尾に見舞う。
    「……戦場で好きで殺し殺されてる兵士なんて……殆どいませんよ」
     フォルケは飛来するナイフを瞬き一つせずに避けると、バスターライフルの引き金を引く。
     それは高揚も熱狂もなく、淡々と職務を真っ当する軍人の姿。彼女が最初に口にした言葉を、自ら体現するものだった。
     急所を外れているとは言え、弾丸を受けて倒れる不良と血飛沫に、思わず顔を背けるゆあ。
    「ちょっと過激な道徳の授業だったけど、効果はあったみたいだね」
     へるはそんなゆあの様子を横目で見つつ、不良を手加減攻撃でKOしてゆく。
    「その様ですね……彼女は、我々と同じような道を歩むべきではない」
     无凱は頷きながらも、瞬時に不良の死角を突き、鋭利な業影で斬り付ける。
     先ほどの説得も、一部彼の実体験に基づく物だからこそ、ゆあの心に響いたのだろう。
    「あははははは! 馬鹿じゃ無いの!? こんなので人を叩くとかゴリラにでも育てられたのかな! 怪我したらどうする!」
     引き続き、不良を罵倒しながら戦い続ける六玖も手加減する事は忘れていない。不良は一人、また一人と倒れ伏してゆく。
    「く、くそ……強ぇ……」
     気づけば、周囲にはKOされた不良達が死屍累々と横たわっている様な状況。灼滅者達は適宜回復を行いつつ、殆ど無傷と言った所。
    「たかがガキ相手に怯むんじゃねぇ!」
     と、これまでのひょろっとした不良ではなく、ややガタイの良い番長風の不良がどこからともなく現れる。
    「おらぁっ!」
     ――ブンッ!
     灼滅者目掛けて駆け寄るや、鋭い拳を放つ不良。
    「こういう手合いの相手は慣れてるからなぁ。昔強くなりたくて実戦を積むのには適当な相手だったし」
     誰歌はかつて、強さに憧れて無茶な修行に明け暮れていた頃を思い出しつつ、その腕を掴むと不良達目掛けて投げ飛ばす。
    「ぐわあっ!!」
     投げ飛ばされた不良の下敷きになり、数人が転倒する。
    「行きます」
     この機を逃さず、目にも留まらぬ速度で春霞桜花を操る由乃。屈強な不良達とはいえ、鋭利な攻撃の前に次々と膝を折る。
    (「過去に幾多の人を殺めてきたからこそ……これ以上俺みたいな殺人鬼を増やさせはしない」)
     かつて暗殺者として多くの命を奪ってきた流人は、自分がゆあを説得する権利があるのだろうかと自問した。しかし、だからこそ、ゆあを止めなければならないと言う結論を導き出していた。
     彼の繰り出す慈悲深くも痛烈な一撃を受け、ついに最後の不良もその場に倒れ伏したのだった。


    (「シャドウハンターである僕にとって、ソウルボートは……大げさに言えば人にとっての神聖な場所。まさに由々しき事態です」)
     周囲を見回し、心中に呟く无凱。
     ゆあを救うことには成功したが、これはソウルボードを利用した計画の、氷山の一角に過ぎないのだ。
    「あなた達、一体何者なの……?」
     さて、全ての戦いを終えた灼滅者達に、少しは落ち着いた様子で問いかけるゆあ。
    「私が誰かって? 名無しの誰かさんだ!」
     誰歌は楽しげににっと笑いつつ答える。
    「お腹が空いたな、ご飯でも食べに行こう……あ、でもその前にご両親とちゃんと話し合ってもらわないとな」
    「……」
     誰歌の言葉に、再び俯くゆあ。
     いきなり真人間にと言うのは難しいだろうが、彼女自身が特別な力を捨て、一般人として生きる道を選んだのだから、光はあるはずだ。
    「キミは現実でもっと楽しく過ごせるはずだよ」
     六玖もまた、いつもの笑顔でそう告げる。
    「よし、そんじゃ戻るか」
    「機械を忘れず回収しないといけませんね」
     柚來の言葉に頷きつつ、フォルケ。
    「招かれざる兎さんは現れず、か……」
    「えぇ、でも幸いでした」
     呟くへるに、ほっとした様子で相槌を打つ由乃。
     六六六人衆と無益な戦いを演じることは、当初より彼女達の望みではなかった。
    (「……俺は、もう過去の殺人兵器としてではなく、義父さんから学んだ守護の理を、誓いを貫き通す。少しでも、人々が暮らす日常を護っていく為に」)
     改めて決意を固め、悪夢の世界よりきびすを返す流人。

     かくして、ゆあと灼滅者達は、静寂を取り戻した夢を後に、現実の世界へと帰還するのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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