みんなまとめておれのよめ

    作者:呉羽もみじ


     夕方の教室。
     人影は無し。
    「お話って、なぁに?」
     さり気ない風を装って、自分が一番可愛く見える角度で彼を見上げる。
     さあ、手すら握れないあなたの為に、私がお膳立てしてあげたわよ!
     キスの一つもしてくれないんじゃ拗ねちゃうんだからね!
    「好きな人が、できたんだ」
    「え」
    「ごめんね。でも、君くらい魅力的な人ならすぐに新しい恋人が出来るよ」
    「ちょ、え。好きな人って、誰?」
    「……。B組の吉田」
    「そう、吉田くん。……は? 吉田『くん』!?」
    「その、俺……そういう系だったみたい」
     冗っっ談じゃないわよ! 私が男に負けたって訳!?
     自慢じゃないけど、最近、告ってくる男達が急上昇してて、それをちぎっては投げちぎっては投げしてる私を捨ててまで、吉田の元へと走るのね!
     許すまじ! 吉田!
    「あ、吉田」
     なんてタイミングの良い! 虜にしてくれるわ!
    「お色気ポーズ! あはーん!」
    「ああ、なんか胸がドキドキする。これが恋?」
    「やっぱ、吉田よりも君の方が素敵だ。もう一度付き合って下さい!」
     もう自棄だわ! みんな揃って私の嫁よ!
     ひょほほほほ!!
     ……。何だか虚しい。何故かしら。

    「説得(物理)で良いんじゃないかな?」
    「エンくん」
    「んー?」
    「ちゃんと説明しないと、ぐるぐる巻きにして二丁目に放り出すよ?」
    「さて、休憩はここまで、ちゃんと説明しようかなー」
     割と目が本気の祟部・彦麻呂(災厄の煽動者・d14003)の視線から逃れるように、黄朽葉・エン(中学生エクスブレイン・dn0118)は説明を始める。
    「ざっくり言うと、シヲリさんって子の付き合ってた男の子が、他の男性の元に行っちゃって、そのショックで闇落ちしちゃった、と」
     間の悪いことに、彼女は淫魔に落ちかけていた。
     その為に、彼女の魅力は飛躍的に上昇。それにより告白してくる男性は後を絶たなかったとか。
     そんな自分が振られるのは許せなかったのだろう。
    「とは言っても、彼女はまだ淫魔になりきってないんだ。その証拠に彼氏も恋敵も手に掛けてない。本当の淫魔だったら腹いせに殺しちゃうとかもあり得るからねぇ」
     シヲリは淫魔の力を使い、人を魅了するのに虚しさを覚えているようだ。
     その辺りを突けば、有利に事を運べる可能性は大いにありえる。
    「接触のタイミングはシヲリさんが、彼らを魅了して高笑いしている辺り。
     なんか変な笑い方をしてるから、どの教室にいるかはすぐに分かる筈だよー。
     魅了されてる二人はシヲリさんを守る為に動くけど、君達にとっては大した障害じゃないよ」
     彼等は手加減攻撃で倒れるレベルの耐久力。ESPで穏便にご退去願うことも可能だ。
     肝心のシヲリの能力だが、サンドソルジャー相当のサイキックを使用する。
    「説得の内容については任せるよー。『他にも素敵な男性はいっぱいいるよ』でも良いし『恋愛は横に置いておいて、いっそ腐れば良いんじゃない?』でも良いんじゃないかな?」
     シヲリが説得内容に喰いつけば、灼滅者として覚醒する可能性も上がり、戦闘も有利に進むことになるだろう。
    「まあ、なんだかんだ言っても、ただ単純に好きだったんだろうね。彼氏のことが。
     この失恋が、笑い話になるようにしてくれないかな?
     無事に救えたら学園に勧誘もよろしくね。この学園は美男美女、変人奇人も多いから、シヲリさんもきっと失恋のショックから立ち直れるんじゃないかなー?」


    参加者
    神守・琥珀(影ヲ守ル白・d04099)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    香佑守・伊近(イコン・d12266)
    久瀬・悠理(鬼道術師・d13445)
    外道・黒武(お調子者なんちゃって魔法使い・d13527)
    祟部・彦麻呂(災厄の煽動者・d14003)
    岬・在雛(鮮血領主・d16389)
    ルナエル・ローズウッド(葬送の白百合・d17649)

    ■リプレイ


     そこはかとなく感じられる、不穏な雰囲気を敏感に感じ取り、祟部・彦麻呂(災厄の煽動者・d14003)は、唇に指を当て、仲間達に静かにするように促した。
     そっとドアを開ける。
    「お色気ポーズ! あはーん!」
     彦麻呂の予想は大当たりだった!
    「ダークネスに侵食されて人格が壊れ始めてる……早くなんとかしないと」
     今回の救出対象である少女――シヲリの、こんしんのおいろけポーズに灼滅者一同げんなりしている。
    「何、あのポーズ。『お色気ポーズ』? あらら、痛ましいなあ……」
    「何であんなポーズなんだろね。シヲリサンの中の淫魔が、得意にしてるポーズだったら笑えるんだけど」
     岬・在雛(鮮血領主・d16389)と、香佑守・伊近(イコン・d12266)の感想に、シヲリさんの中の淫魔さん、既にフルボッコ。
     伊近は笑いを堪えながら、お色気ポーズをひっそりと動画撮影する。
     そうとは知らず、やけっぱちにポーズを続けるシヲリ。
     戦闘が始まる前から目眩を起こしかけている、リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)を、ルナエル・ローズウッド(葬送の白百合・d17649)が支える。
    「大丈夫?」
    「は、はい……なんかもう色々込み上げるものがありまして」
    「それにしても、ちぎっては投げ、ね。淫魔に落ちかかっているとはいえ好きなタイプではないわね」
     高らかに笑うシヲリの声をBGMに、ルナエルが教室のドアを開け、王者の風で一般人を威圧する。
    「誰、あなた達?」
     混乱しているシヲリを傍目に、リュシールがすーっと息を吐き、一喝。
    「教室から出てって! 今すぐ!」
     精神派と共に放たれたその声に、我に返ったように教室を飛び出そうとする彼らだったが、王者の風の効果が残っているらしく、その動きは酷く緩慢なものだった。
    「二人ともどこに行くのよ、ちょっと待ちなさいよ」
    「ああ、シヲリさん……」
    「キミの為ならこの場に留まるよ」
     魅了されたふたりは、シヲリの命令に従い足を止めた。何となく、ドヤ顔のシヲリ。
    「ドヤ顔のところ悪いけど」
     シヲリの姿をうっとりと眺めている彼らへと、外道・黒武(お調子者なんちゃって魔法使い・d13527)と、久瀬・悠理(鬼道術師・d13445)が、ガッシボッカと攻撃を叩き込み、気絶させた彼らを教室の外に放り出す。
    「な、何よう、あなた達……」
     お色気ポーズからの、ハーレム結成、そしてハーレム強制解散という栄枯盛衰を、身をもって体験したシヲリは少なからず動揺を覚え、灼滅者達へと胡乱気な目を送る。
     しかし、シヲリの受難(?)はまだ序盤に過ぎない。
     本当の地獄はこれからだ!


    「相手が男だったなら物理(説得)でも良かったんだけど、淫魔でも女の子だからね。ここはひとつ、シヲリちゃんが私の嫁になるって事で手を打たない?」
    「え、やだ、どうしよう」
     悠理の不意の告白に、シヲリは驚きながらも嬉しそうな顔をした。
    「……と、まあ冗談はさておき」
    「冗談なの!?」
     上げては落とすこの手管。悠理さん、只者ではない。
    「恋愛の過程をすっ飛ばして、無理に捻じ曲げて到達させてるから、面白みが無くて虚しいんだと思うよ。やっぱり過程が充実していなければその空虚さを埋められないよ」
    「そう……かもしれないけど、でも」
     図星を刺され、シヲリは言葉を詰まらす。
    「一度振られたからって、そして恋人が男に走ったからって淫魔に堕ちられてたら、こっちは身体が幾つあっても足りないわ」
     ルナエルは、忌々しそうにそう呟き、一切の手加減なしの攻撃をシヲリに叩きこむ。
     堕ちかけだろうが、淫魔は淫魔。不意の攻撃にすばやく反応し、彼女の拳をはたいて軌道をずらす。
    「貴方、虚しさは感じているのでしょう? それは告白されるのが、自分の本当の魅力のお陰じゃないって分かってるからじゃないの?」
    「それは……」
     言い淀むシヲリに更に追い打ちをかける。
    「分かってないのなら救いようのないお馬鹿さんね。自惚れるのも程々になさい。本気で好きなら自分の力で振り向かせる努力をしなさいよ。見ていて苛々するわ」
    「っ、あなたに何が分かるの!?」
    「それから幾ら堕ちかかっていてもちぎっては投げ、というのは戴けないわね」
    「じゃあ、あなたは複数の人と同時進行で付き合うのが正しいと言いたいの? 変に気を持たせないで、『付き合えません』と、きっぱり言うのが誠意ある対応だと思わないの? 側面だけを見て、知った風なことを言わないで!」
     淫魔に堕ちかけているということを想像すれば、シヲリが大勢の男性に言い寄られたと考えるのは難しいことではないだろう。言わば、不可抗力の事故に近い。
     しかし、その状況を想像せず、言い寄る男性を、所謂『ちぎっては投げ』ていたシヲリを悪と決めつけ、責めた。
     ルナエルの言葉を聞いて、シヲリは頭に手を当て何度も首を振る。
    (「こ、こーいう時はあの言葉を言うのです……」)
     ふたりの様子をおろおろと見守っていた神守・琥珀(影ヲ守ル白・d04099)は、シヲリにこう叫ぶ。
    「『男の数は星の数ほどいる』のです!」
     覆っていた手をどかし、琥珀の方を見る。
    「告白してくる人は、いっぱいいたんですよね? そんなにシヲリさんの事を好きな方は居たのですから、その好意を無駄にしてはいけないのです」
    「私――ぶおぁ!?」
     何か言おうとしたシヲリに割と容赦なく攻撃する琥珀。
     油断していたこともあってか、思わぬクリティカルダメージに、シヲリは鼻を押さえて悶絶する。
    「でも、ちっとも心が痛まないのは何故でしょう?」
    「痛んでよ!」
     涙と鼻血を流しながら異議を申し立てるシヲリの姿を見て、余りにも不憫に思ったらしく、そっとティッシュを差し出すリュシール。この子、マジ女神。
     こうして、突っ込み不在の由々しき事態を物ともせず、戦闘は着々と進められていく――。


    (「本音言うと、おいらも説得(物理)で済ませたいんですがねぇ、開き直った人程厄介なものっていないじゃないですか?」)
     そんな事を思いながら、黒武は親しげにシヲリへと近づいていく。
    「君は男に負けたのだと思い込んでいるようだが、それは大きな間違いなのだ! 君の魅力不足では無いのだぁよ」
    「……え?」
     思いがけない言葉にシヲリが食いついた。
     その反応に気を良くしたのか、人差し指をくるくると回し、自分のこめかみに当てると目を瞑り、考えるポーズを取る。
    「よぉ~っく思い出すんだ。彼は君に何と言った?『その、俺……そういう系だったみたい』だぞ?」
     ご丁寧に、彼の口調まで真似るという芸の細かさ。
    「元々彼は、男にしか興味が無い特殊な男子だったのだぁよ!」
    「ああ、なんてこと!」
     今更気付いたらしいシヲリが、黒武の言葉に大げさにショックを受けるリアクションを取る。
    「人生五十年だったのは遥か昔。今は八十、九十の時代で、億単位の人間がいる訳ですよ。そりゃ、自分と価値観の違う性癖にも出会うってもんさ。その分、シヲリサンと心を結べる男は必ずいるから大丈夫大丈夫」
    「シヲリさんにも、素直じゃなかった所とかいい気になっちゃった所、もしかしたらあったのかも知れません。でもね、交際の申込を断り続ける位大好きだった男の子に、あんな振られ方をされて、それでも凶暴な気持を抱いた訳じゃない貴女は、きっと根は優しい人だと私は思うんです」
     伊近とリュシールの説得の言葉を聞きながら、シヲリはぼたぼたと涙を流す。
    「ありがどう……そう言って貰えると、私、まだ頑張れそうな気がするよう」
    「シヲリ。あなたには、好きな人の幸せを願う心はないの? ただの我儘だけ?」
    「ううぅ、好きな人には幸せになって欲しいよう」
    「告白してきた男性の中には、本当にあなたを想っている人もいたかもしれないのよ?」
    「そんなこと、思いもしなかった。断るに必死で……もう振った皆には届かないかもしれないけど……ごめんなざいぃ」
     ルナエルの言葉にシヲリは泣きじゃくりながらも答える。
     これじゃ、ただの青春漫画のノリで終わりだが、シヲリは淫魔のなりかけ。
     一度、KOさせなくては任務完了といえないのだ。
     それがどんなに苦しくとも! 辛くとも! 灼滅者はやらなくてはいけないのだ!
     泣き崩れるシヲリを囲んで、彼らは頷き合う。
    「好きな人以外を誘惑したって意味ないじゃん! あなたは今虚しさを感じているのでしょう? その虚しさを、一生抱えたまま過ごしていくの!?」
    「いやだよう……」
    「それに……こんなのでモテたって、どうしようもないじゃん!」
     私なら死にたい! と彦麻呂はこっそりと撮影していた『お色気ポーズあはーん』をシヲリに猛々しく突き付ける。
     灼滅者たちは「あっ」とか、「それは」とか言いつつ、目を伏せる。
     フォローのしようがないらしい。
    『死にたい』とか言いつつ容赦がないよ! 彦麻呂さん!
    「ぎゃー、見ないでー!」
     真っ赤になりながら彦麻呂のスマホを奪い取ろうとするシヲリ。
    「このわからずやー!」
    「ぐふぅぅ!?」
    「あなたに振られた男の子たちだって、あなたと同じ傷を負ってるんだよ? 好きになった相手が彼氏持ちだったか、ホモだったか……それだけの違いだよ!」
     シヲリをぶん殴って、はらはらと涙を零す彦麻呂。
    「言ってることは理解できるし反省もしてるけど、何故か素直に謝り辛いぃぃ!」
     はらはらと鼻血を零しながら、彦麻呂に異議を申し立てるシヲリ。
     そんなシヲリに、そっとティッシュを差し出すリュシール。この子マジ天使。
     戦意を失ったシヲリに在雛が距離を詰め、拳の連打を浴びせる。
    「テメエは『地平線なアレ』だ!」
    「地平線なアレって何!?」
    「ビーユーエスユー!」
    「分かんない! USBのこと?」
     謎の言葉で、混乱状態に陥ったシヲリは反撃らしい反撃をすることも出来ず、見事、フルボッコにされ灼滅者へと覚醒することが出来た。


     ダークネスになることだけは免れたが、他に何か色々大切なものを失ったような気がしないでもないシヲリは、頭を抱えて蹲っていた。
    「そんなに落ち込まなくても良いじゃないか。ほら、これ良く見れば可愛い、し……?」
    「それは見ないで見せないで! てか、『可愛い』って言った時、目が泳いでたでしょ?」
    「ソンナコトナイヨー。カワイイヨー」
    「それ、私の目を見て言ってみなさいよ」
     動画を再生し、慰めようとした伊近に噛みつく。
    「ま、まあ穏便に……ね? また堕ちちゃっても何ですし」
     子供の喧嘩に発展しそうなふたりのやりとりを、リュシールが慌てて止める。
    「一度の失恋でめげてはいけないのです! 私も手伝ってあげますので、新しい恋を探しに行きましょう?」
    「失恋で悔やむよりも前の男は腑抜けだったんだ。今度こそ上玉を狙ってやる! な勢いのほうが人生楽しいですよん」
    「そうよねっ。終わった恋にしがみ付いてても良いことないわよね!」
     琥珀と黒武の励ましに、漸く笑みを浮かべてみせた。
    「だが、腹いせか何か知らねえけど、男共をちぎっては捨てたのは感心しねえな」
    「え、何か誤解されてるみたいだけど、腹いせはしてな――」
    「というわけで、お仕置きの時間、な」
     シヲリの弁明を聞いちゃいない在雛は、彼女の顔にペンで落書きをし、満足そうに去って行った。
     慌てて携帯を自分撮りモードにして確認。そこには、ヒゲと眉毛を描かれたシヲリの顔が。
    「――っ」
     シヲリの肩がふる、と震える。
     2度目の闇落ちか? と灼滅者達が構える中。
    「くくっ、あははは! ヤダー、すっごい笑えるだけど!」
     自分の顔を見て大爆笑。
    「もー、ほんっと、おかしいっ……ほんとに……」
    「馬鹿ね。笑い過ぎよ。涙が出てる」
     ルナエルの差し出すハンカチを受け取り、ちーん! と鼻をかむ。
    「ちょ! あなたねぇ……」
    「うべへへ、ちょっと笑い過ぎぢゃっで、鼻水でぢゃっだ」
    「元気出して下さい。貴女なら、私の故郷のヒマワリみたいに幸せに咲き直せますよ」
    「ぞうかな?」
    「そうですよ」
     リュシールの言葉に、「いひひ」と笑いながらピースサインを送る。
     灼滅者達の学園への勧誘も、「任せて! どこにでも行っちゃう!」のふたつ返事で快諾したシヲリと共に、一同帰路へとつく。
    「……あ、そういえば」
    「ん?」
    「私の、その、……お、『お色気ポーズあはーん』の動画は消してほしんだけ、どっ!?」
     シヲリが最後までいうのを待たず、動画撮影していた、伊近、彦麻呂はダッシュで逃げ出した。
    「黒歴史メモリアルとして編集した物をあげるから」
    「酷!?」
    「まったく……何をやってるのかしら」
     唐突に始まった鬼ごっこにルナエルが深いため息をつく。
    「くかか。楽しんでるなら良いじゃないですか」
    「楽しんでなーい! こっちは必死なのよぉぉ!」
     シヲリのあはーんなデータが最終的にどうなったかは、神のみぞ知る。

    作者:呉羽もみじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 19
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