お夢の大将

    作者:池田コント

     大学生らしい青年がベッドに横になっている。
     自堕落な暮らしぶりがそのまま形になったような、ゴミともつかない物品が足の踏み場もないほど散乱した部屋だ。
     比較的整理されているのはベッド周りくらいで、青年が寝ているそばに新書サイズの、いかにもメカらしいデザインの機械があり、それは今まさに動作をしているようだった。

    「ぶははははー! 余裕余裕ー!」
     非現実的な世界で、大学生の青年は刀を振り回し、群がる怪物どもをバッタバッタと斬り倒す。
     気分はまさにゲームのヒーロー。学生無双。
     スライム、ビッグキャタピラー、ゴブリン、オーガ……モンスターの死骸の山を築き、高笑い。
    「さぁ次はどいつだ? お、人型モンスターか! ……ん、なんだ、これ、本物の、人か……?」
     飛びかかってきた蛮族を真っ二つにしたところで、青年はふと我に返る。
     突然リアリティをともなって感じられる肉を斬った感触。
     蛮族の男の裂けた腹から赤黒い中身がこぼれている。
    「ひっ!?」
     自分が屍山血河のまっただ中にいることに気づいて、今更ながらに顔を青くする。
     思い返してみれば、これまでのモンスターの死に様もやたらとリアルで、グロテスクだった。
     敵を倒す高揚感に呑まれていたが、彼は今、怖くなったのだ。怖気づいた。こんなリアルに敵を殺せる夢のゲームとは、一体何なのか。こんなことをしていいものなのか?
    「ま、マジかよ……やべーよ、なんか、なんかやべーよ……! く、来んなよ、こっち来んな! 来んなよぉぉおお!」
     さっきまでの威勢の良さはどこへやら、青年は股間を湿らせながら蛮族達から逃げ惑い始めた。
     怖い……怖い……!
     自分に向けられる敵意も暴力も……現実も。
     ゲームでもなければ受け止めきれない。
     
     
    「えぇ……夢に見る、夢にまで見た、なんて言葉がありますが、人はやりたいことや物を夢の中に見ることがあるようです。夢診断、夢占いなんて、解釈も講釈も色々あって一概にこうとは言えないみたいですがね。どちらにせよ、私としちゃあ楽な夢以外はごめんこうむりたいところでございます。せっかく寝てるってのに、わざわざ疲れたくねぇわけですよ」
     前口上を述べて調子を整えると、落合・文語(高校生エクスブレイン・dn0125)ことラクゴは依頼の説明を始める。
    「博多でみょうちきりんな機械を受け取った人間が悪夢に囚われるってぇ事件が起きている。そう、博多でだ。状況的にもHKT六六六人衆が関わってるって考えるのが自然だな」
     悪夢を見ている人間は、望んでその機械を使用しているらしい。
     その機械はどうやらシャドウの力を利用しているらしく、使用者は大勢の敵を殺し続けるゲームのような夢を見る。
     どうやらこの夢を見ている人間を闇堕ちさせようとしているようだが……この青年は、夢の途中で怖気づいてしまい、どうにも立ち行かなくなってしまう。
     このまま放置した場合、彼がどうなるのかはわからないがよくない結果になることは目に見えている。
     彼の夢の中に入り、この夢を終了させてきて欲しい。
     彼が目を覚ませば機械は機能を停止するようだ。
     なお、今回、謎の機械を媒介することで、灼滅者であるならば、この夢の中に入ることができるようだ。
     
     悪夢の中の一般人は、蛮族を前に戦意を喪失している状態なので、彼を守りながら蛮族を撃破してきて欲しい。
     敵は場褐色の肌をして露出の多い服を着た原始的な部族十五人。
     その内の一人がボス格にあたり、他の連中を率いている。
     ボス格は紅一点で、赤髪の大柄な女性。頬にまじないの模様を描いている。他の蛮族が棍棒や槍を使うのに対して、彼女だけは身長と同じくらいの巨大な剣を振り回す。
     敵は、非常にリアルティのある姿をしていて、本物の人間であるように呼吸し、血を流す。服飾などは少しファンタジー色があるが、実在する人間そのものである。
     だが、本物そっくりというだけで、それほど強い敵ではない。
     ボス格の女性だけは他の敵よりも強いが、それでも正面から戦って苦戦することはないだろう。
     だが、そこに一つ問題がある。
     簡単に敵を倒してしまうと『助っ人キャラが自分の変わりに苦手な敵を倒してくれた』と、思うかどうかはわからないが、ともかく都合よく解釈されてしまっては蛮族の次の敵が出現するだけで夢は終了とはならない。
     夢を終了させるためには、これ以上ゲームを続けないと彼に決意させなければならないのだ。
     彼は戦意を喪失しているので、その点を踏まえて説得すれば、難しくないだろう。
     できることなら、彼が二度とHKT六六六人衆の誘惑に乗らないよう言葉をかけてやるといいだろう。
     青年の名前はサハラ・ケンジ。
     ゲーム好きがこじれて講義もサボりがちな大学生だ。

    「それと、これはそれほど高い確率じゃねえ話なんだが……」
     悪夢に囚われた彼を救出したことを察知した六六六人衆が夢の中に現れる可能性がある。
     その時点で彼の救出は確定しているので、無理にその敵と戦う必要はないが、その辺りは現場の判断に任せる。
     臨海学校では序列持ちの六六六人衆と遭遇したという報告もある。

    「他人に見せる夢の中まで血生臭いたぁ、やつらも筋金入りだな……気をつけていけよ」


    参加者
    篠原・朱梨(闇華・d01868)
    藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)
    ヴェルグ・エクダル(逆焔・d02760)
    速水・志輝(操影士・d03666)
    ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)
    ミヒャエル・ヴォルゲムート(デスコーディネーター・d08749)
    雁音・夕眞(彼岸の犬・d10362)

    ■リプレイ


     サバンナのような風景だった。
     蛮族達は動物の鳴き声にも似た叫び声を上げて、ケンジの周囲を飛び回っている。
     けれど、女族長だけは油断なくケンジを睨み、じりじりと近づいてくる。
     ケンジのイメージが投影されているのだろう、こんな状況でもなければじっくりと眺め倒すこと必然の褐色肌の美女であった。
     いや、ホント、並の男なら裸足で逃げ出すほど鍛え上げられた筋肉を備えつつも、女性らしい豊かな曲線も保持したその肉体は、ケンジにとって、好物の上に大を三つほどつけて差し支えないのだが。燃えるような赤毛が、ケンジの好みをピンポイントに捉えてヤヴァイのだが。
     怯えて尻餅をついた格好のケンジの前で族長は大剣を構えた。
    「殺せぬ者は消えろ。戦場にいていいのは戦士だけだ!」
     重厚な鉄の刃が振り下ろされる。骨ごと真っ二つにされてしまいそうな、本気の一撃。
     ケンジはみっともない悲鳴を上げて、とっさに腕で頭をかばう。
     その程度で防げるような生易しいものではないことは明らかで、ケンジはあえなく大剣に斬り潰されるはずだった。
     だが、そうはならなかった。
    「やれやれ間に合ったか」
     速水・志輝(操影士・d03666)が族長とケンジの間に入り、刃を受け止めたからだった。
     影に覆われた志輝の手は、志輝の身長以上の剣をつかんで微動だにしない。
     困惑するケンジの周りに新たな人影がいくつも立った。
     蛮族達を牽制するようにそれぞれの武器を構えている。
     その内の一人、外国の血の混じっているらしい美形の男がケンジの顔をのぞきこんでくる。
    「Howday、いかがです? ヒトゴロシの気分は」
     ジンザ・オールドマン(ガンオウル・d06183)である。
    「……って、聞くまでも無ぇよ。顔を見ればわかる」
     何も言えないでいるケンジの代わりに、ヴェルグ・エクダル(逆焔・d02760)が答えた。
    「あんたらは……?」
    「俺達はこの悪夢を終わらせに来た」
     そう言うヴェルグは、より男性的なハーフであった。
     他にも篠原・朱梨(闇華・d01868)のような可愛らしい少女もいる。合計八人。いづれもケンジと同じか年下の子達だった。
     族長は志輝の胴を蹴りつけると、すかさず間合いを詰めて自由になった大剣を横に斬り薙ぐ。
     志輝は無理に避けることはせず、影の厚みを増した左腕でその斬撃を受けた。
     横にごろごろと転がり、その勢いを利用して立ち上がる。
    「この感じ、半年振りだな。腕が鈍ってなければいいが」
    「邪魔をするな、するならば、お前らも斬る!」
    「できるものならしてみなさい」
     ジンザは伊達眼鏡の位置を直しながら、殺気立つ蛮族達へと銃口を向ける。
    「夢だか闇だか知りませんが、これ以上は通しませんよ」
     ジンザ達が蛮族達の相手をし始めると、ちょっと男っぽい女の子が話しかけてくる。レイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)だ。
    「リアル過ぎるゲームは、現実との区別がつかなくなる前に止めた方が良い。ホントに人を殺しちまったら、今よりずっと怖いし後悔すると思うぜ」
     ケンジはまだ頭が追いついていない。
    「え、なにこれ、イベント発生……? 助っ人登場?」
    「普通、そんな奴がゲーム止めろなんて言うか?」
    「僕が説明しよう」
     これはまたハッキリと美青年であった。
     花を背負うように現れたミヒャエル・ヴォルゲムート(デスコーディネーター・d08749)は、まず自分達がゲームキャラではないことを前置きする。
    「詳しいことは話せないけど、僕達は君をこの悪夢から救いに来たんだ。覚えはあるんじゃないかな? 妙な機械を手に入れてからこの夢を見たとかさ」
    「ああ、確かに機械はもらって……え、マジで? これ夢なの? ゲームなの?」
    「ああ、マジだよ。夢だし、ゲームだよ」
    「え、でもなんで俺の夢にあんたらが……?」
    「夢ではあるけど、僕達は本物なんだ。これはもう、信じてもらうしかないけれど」
    「あ、ああ……」
     ミヒャエルはケンジの理解が追いつくのを辛抱強く待つ。
     その間も、蛮族達は黙って見ていてくれるわけではなかった。
     蛮族の振り回す棍棒が前後左右から襲い掛かる。雁音・夕眞(彼岸の犬・d10362)はそれをステップを踏むようにかわし続けた。
     黒い長髪と影がつむじ風のように宙を過ぎる。
    「ちょっと。夢の中でこれって休めてなくね?」
     ゲームはRPG派の夕眞である。体感アクションにしたって、これは酷いゲームだと思った。
    「夢の産物である割には思いの外強いですね」
     ジンザは蛮族の振るう棍棒を後ろへ跳んでかわしながら、遠くの敵へと弾丸をばら撒く。
    「でもダークネスに比べればなんてことはありません」
     自分より強い相手との死闘をすることも珍しくないのだ。それを思えばこの程度強い内には入らない。
    「素人がしゃしゃり出るんじゃない!」
     族長の大剣が振るわれる。藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)は鳥の刻印された盾を展開させてその刃を受け流す。
     カウンターを狙うには好機なのだが、反撃をしないせいで逆に相手の火のような連続斬りを許し、後退するをえない。
     朱梨が横からフォローに入るが、倒せないことが彼女を縛るか、茨の影は大剣に切り払われる。
    (「これは大変だね」)
     全力で相手をするには弱すぎるし、かといってうまく手加減できるほど余裕があるわけでもない。
     特に、あの赤毛の女族長だ。こちらが強く出れないことを知っているわけじゃないだろうが、ガンガン攻めてくる。それに合わせて他の雑魚まで勢いづいてきている。
    (「イライラすんなぁ、どうも」)
     レイシーは歯噛みする。
     でも、ただ、一つ言えることは。
    「生憎だが、俺達は素人じゃねぇんだよ!」
     レイシーはポニーテールを風になびかせ、日本刀宵鴉を突き出す。漆黒の刃は族長の肌を切り裂き構えを崩した。


    「幸い、君が殺してしまったそれは……」
     ミヒャエルは指差したりはせず、視線だけで、骸を晒す蛮族を示した。
    「……本物の人間ではないよ。だから、君はまだ人殺しにはなっていない。だけど、この世界には僕達みたいに本物が現れることもあるんだよ。そんな恐怖を抱いてまで、まだ夢を見続けていたいのかい?」
    「このまま続けてたら、うっかり本物を殺すことになるかもってことか」
    「それだけではない。貴方もああなる覚悟はあるか、ということだ」
     徹也は言った。
     ケンジは大分状況を理解できたようだ。
     鋼糸で蛮族の接近を抑制しながら、朱梨が下がってきた。
    「ね、ケンジさん。これが現実だったらって思ったら、怖くなったんじゃないかな?」
    「う……」
     図星を突かれてケンジが呻く。
    「今ならまだ引き返せるよ。もうこんなこと、やめようよ」
     赤黒い血。
     血抜きのされていない肉は暗く、湿っていて、見ていると吐き気を催す不安に襲われる。
     傷は決してきれいな断面ではなく、斬り潰されたという表現が相応しい。ベロンと残った皮膚が傷口に貼りついている。
    「暴力って、こういうこと。いつか自分を助けてくれる人とか、自分自身にも累が及ぶものだよ。それでも、ケンジさんはゲームを続けたい?」
     風が吹く。
     血の混じる戦場の風。
    「朱梨はね、人を傷つけるのが怖いんだ。だってそれは、いつか自分に返ってくるし、傷つけた分、自分の心も傷つくから」
     朱梨の言葉は、とてもとても可愛らしい。
     そしてとてもソフトにケンジの心を突いていた。
    「もちろん、誰も傷つけないで生きていけるなんて思ってないけど、でも、進んで誰かを傷つけることが、良くないことだって言うのはわかるよ」
    「朱梨ちゃん……」
    「ピュアなのねぇ」
     夕眞はお姐丸出しにつぶやいた。
     しかし、一理あると頷く。
    「世の中因果応報。やったらやり返される気概でおりませんと、あきまへんえ。ほら、これやらはったんはケンジちゃんですやろ?」
     夕眞に足蹴にされて、蛮族の骸が仰向けになる。
    「ひっ……!」
     引きつった悲鳴が漏れる。
     そこには、壮絶な死に顔があった。
     これが人間だったものなのか。
    「あんたぁも、こうなりたいんか?」
     夕眞に漂う妖しい気配に、ケンジはぶんぶんと首を振る。
     その頬を弾丸がかすめた。
    「おっと失礼。流れ弾が」
     ジンザは大したことではないという風に言う。
     ケンジの顔は一連の説得という名の脅かしにより、すっかり青ざめていた。
     話していて気づいたが、あまり飴と鞭の説得にはなっていなかったような気もする。
     せいぜい鞭の強弱といったところで、甘えさせているわけでも褒めているわけでもなかったからだ。
     だが、元々甘ったれた生き方をしている自堕落大学生にはこれくらいの方が丁度いいのかも知れない。
     蛮族共を薙ぎ払いながら、ヴェルグが言う。
    「そもそも、傷つける事、傷つけられる事を怖がるような奴に殺し合いは向かない。その内死ぬぜ」
     もっともな意見だった。
     その内と言わず、ケンジは今日にでも死ぬことになるだろう。
     このゲームの中での彼の死が現実の死に直結するのかまではわからないが。
     答えを出す時間だ、と志輝は思った。
     仲間達の言葉によって、ケンジの気持ちは固まったはずだ。
    「人を殺したくないと、平穏な現実に戻りたいと願うか? 願うのならば、手伝ってやる。どうだ?」
     ケンジは叫ぶ。
    「戻りたい……こんなゲームなんて止めたい!」
    「了承した……」
     志輝の表情はサングラスに隠されてわからない。けれど、ケンジにはかすかに笑っているように見えた。
     志輝の両手に纏う影が銃の形へと変わる。暗く淀んだ気配が漂い、志輝を中心に渦巻き始めた。
     なにかを感じ取った蛮族達が一斉に躍りかかる。
     だが、彼らの武器が志輝にたどり着くよりも早く、漆黒の弾丸が彼らのことごとくを撃ち落していった。
    「人為的に生み出された存在達、それは生無き命か、それとも……」
     ミヒャエルはロッドを振るう。魔力の虹彩が煌き、葬送曲を奏でる。
    「もしも、あるのならば、命の輝きを僕に見せてみなよ」
     ミヒャエルの指揮に応えるように、ロッドの一撃を受けた蛮族達が体を破裂させ爆砕していく。
     花火のように血を散らし、マグマのように肉を零す。
     だが、それをなしたミヒャエルの表情は不服そうであった。
    「なるほど、確かに感触は近しいものがあるね。だけど、魂のこもっていない戦いでは、命の輝きを見ることはできない、か……」
    「そんな槍の使い方で大丈夫なのか? 俺の知ってるゲームだともっとこう……」
     余裕が出てきたのか余計な口出しをしてきたケンジに、ヴェルグは律儀に返事をしてやる。
    「じゃあ、そのゲームのキャラに助けてもらえ」
     ヴェルグは目の前の蛮族の肩を柄で叩き、背後に迫る一人の顎を石突で砕き、体ごと旋回するような大振りの一撃で周囲の敵を薙ぎ払う。すかさずヴェルグは掌から放った爆炎で蛮族達を赤く染め上げた。
     ジンザの放った弾丸が蛮族の頭部を穿ち、朱梨の影が全身を強く縛り上げた。
     蛮族達を鳥の刻印がされた盾で殴り倒す徹也に、更に蛮族達が襲い掛かる。
    「任務を遂行する」
     焦らず機械的に敵をいなす彼ごと、蛮族達を猛毒の風が包んだ。
    「はぁーい、もういいから、さっさとくたばってねぇ」
     濃密な瘴気が目鼻を封じ、口から入って肺を焼く。次々と苦しみ悶えて倒れていく敵を、夕眞は無慈悲に見つめる。
     その瞳には、もう敵さえ映っていないかのように、勝利は彼らの手の内にある。
    「く、この……」
    「広がり、侵せ」
     抵抗を見せる女族長に更なる毒の風が吹き付けた。
     血を吐きそれでも向かってくる族長へと、レイシーは上段に構えた刀を振り下ろす。
    「これでしまいだ! あばよ、族長!」
     体重を乗せた一撃は、大剣を砕き折り、驚愕する族長の体を真っ二つに斬り裂いたのだった。


    「貴方が本当に好きなものは、殺し合いではなく、夢を与え楽しませてくれるゲームなのだろう」
    「違う……俺は、俺は逃げ出したかっただけなんだ。このつまらない、退屈な世界から。どこでもよかった。今の俺でもクリアできるものなら。グロいゲームでもなんでも良かったんだ……」
    「あー、ゲームってモニタの向こう側だから楽しいと思うんだよな」
     レイシーは苦笑した。
    (「ゲームってハッタリとかデフォルメとかで、非現実だからいいんだよ。現実のしがらみもストレスも、あってほしくないな」)
     現実逃避。
     逃げる現実のある者の言葉だ。
     泣き出しそうなケンジの心中は、徹也には自分と縁遠いもののように思えた。
    「お前らすげえよ……こんなの、俺だったら耐えられねえよぉ……すげえよ……できねえよぉ」
    「俺達だって色々だ。こうするしか生きられなかった奴だっている」
     夕眞を見れば、退屈そうにしていた。戦いが終わったのだから、すぐにでも帰りたいようだ。
    「人を殺して何も感じない者は、ただの機械だ。恐怖を感じるならば、貴方は人間だ」
     徹也はまるで心などないかのように無表情であったが、その言葉には相手を尊重する意思が見られた。
    「俺になにかできることはないか? 俺にできることならなんだってする」
     ケンジに両手を握られ、朱梨はきょとんとするも、優しく答える。
    「ありがとうございます……現実に戻ったらこの事は忘れて真面目に生きてください。ケンジさんにはまだ、そうして生きる道が残されているんですから」
    「上手く生きろ。お前は、こちら側の存在ではないのだからな」
     ケンジはまだなにか言いたそうにしていたが、志輝のその言葉でこの話は終わりになった。
     灼滅者でもない人間が後戻りできない道を進むこともない。
    「逆に、もし現実で人を殺しちまいそうになったら、俺が力づくで止めてやるから安心してくれ!」
     レイシーがこぼれるような笑みをケンジに向ける。
    「あ、ああ……」
    「それより、早いところ退散しましょ。なんか嫌な予感がするのよね」
     夕眞は仲間達に撤収を促した。
     この世界にはもう用はない。
     もたもたしていては、敵に感知される可能性もある。
     裏で糸を引く六六六人衆と戦いたいというのなら別だが。
     徹也には予感があった。
     この企ての裏にいるのは、あの少女であると。
     かつて遭遇した、むさぼり蜘蛛を従えた六六六人衆、八波木々・木波子。
     だが、そこに根拠などはなく、徹也は苦笑した。
     これではまるで彼女に会いたがっているみたいではないか、と。
     ただ一つはっきりと言えるのは、もしこの状況で木波子と戦えばただでは済まないということだ。
    (「こんな手口は、普通の六六六人衆やシャドウの動きじゃあない。上に何かがいるのか……」)
     ヴェルグの胸中にモヤモヤとした不安が溜まっていく。
     だが、おそらく、この敵との戦いも、始まったばかりなのだ。
    「さっさと帰って寝たいわぁ」
    「しばらくは眠るのはよした方がいいんじゃないですか?」
     ジンザはしたり顔で言った。
    「また夢になっちゃいけねぇや……ってね」

    作者:池田コント 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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