きみがだいすき

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     病的なまでに整理整頓のなされた部屋。清潔な白いベットで、一人の少女が眠っている。安らかな寝息が聞こえる。
     胸元でちかちかと明滅する機械の明かりが、娘の白い手を闇に浮かび上がらせている。暗がりで、顔はよく見えない。
     ――――。

     夢の中の娘は笑っていた。
     鋸を持ち、質素で品のある学生服を血や臓物で汚して、笑っていた。
     ぐるりと周囲を見渡せば、地平の果てまで墓地が続いている。これは全て、私がこの『ゲーム』で殺してきたものたちの墓かもしれない。そう思うと、快感でぞくぞくする。
     虫、動物、奇怪なモンスター。彼方に見える墓穴からわらわら湧き続ける生き物たちをぶった斬ってやったが、やはり対象が人間に変わってからがこの『ゲーム』は面白い。
     鎧兵士、老兵、若武者、軍人。唯の一振りであらゆる敵をなぎ倒す。ゲームに出てくる三国志の豪傑にでもなった気分だ。
    「――雑魚が!」
     日常で使う事は一生無いだろうと思っていたが、口に出すと案外楽しい。

     私を見て眉をひそめる良い子のクラス委員。
     頼んでもいないのにご機嫌取りをする友達。
     邪魔だ。どうでもいい。
    「藤堂……」
     私はあなたを泣かせるのが楽しいだけ。
     好きで好きでたまらない、それがどうして暴力になるのかはわからない。けれど私はあなたが好きなの。伝わらなくたって構わない。あなたが泣くと、嬉しい。
    「死ね、藤堂! どうしていつもいつも、意味も無く俺を……っ……ぎゃああああ!!」
     夢で良かった。本当に殺したら逮捕されてしまうから。

    「……百合……? ちょっと、何やってるの……」 
     冷や水をぶつけられた気がした。
     娘はその声に振り向いた。母だ。父、祖母、妹もいる。今までの高揚が一瞬で冷却される。家族は血塗れになった娘を信じられない、という顔で見ていたが、やがて諦めたような目をする。
    「百合……お前はもう駄目だ」
     父がナイフを持って歩いてきた。殺られる、殺さなきゃ、と思った。
     鋸を持つ手が震えて、何もできない。ナイフが腹に突き刺さる。痛さよりも刃が冷たくて、苦しい。お父さん、お母さん、私を見ないで。見ないで。

     生まれてきてごめんなさい。
     
    ●warning
     博多で、謎の機械を受け取った者が悪夢に囚われる事件が起きている。
    「謎の機械には、殺人ゲームの夢を見せる機能が組み込まれているようだ。事件自体はHKT六六六人衆によるものだが、シャドウの事件との類似性から、アレらの協力を得て作ったものと考えられる」
     そしてシャドウの事件と違うのは、被害者らが自ら望んで悪夢を見ている事だ。鷹神・豊(高校生エクスブレイン・dn0052)は淡々とそう語った。
     彼らはHKT六六六人衆の研修生だ。このままゲームを進めれば、新たな六六六人衆として闇堕ちする危険がある。
    「それだけあって現時点でかなりの変態揃いだが、強い変態に進化されるよりましだ。毎度悪いがどうにかしてくれ」
     いつにない勢いでぶった斬られている被害者は、やはりそれなりの人物らしい。
     名は藤堂百合。高2の女。
     いわゆる『好きな子はいじめたいタイプ』が行き過ぎた人物で、好意を持った異性に暴力を振るってしまう癖がある。
     ゲームは非常にリアルな作りで、特に倒した時の感触などは本物と区別がつかない程だ。百合には暴力行為への罪悪感は薄い。だが、終盤家族が現れた時だけはどうしても手が出せず、先に進めなくなる。
     百合は優しい家族が大好きで、家族にだけは自分の残虐な一面を知られたくないと葛藤している。
    「よくわからない……」
    「『家族に向ける愛情』と『他人に向ける好意』は別のものだ。よくわからなくても道理が通らなくても、変えられんものが性癖だ。食べ物の好き嫌いとさして変わらん」
     鷹神はそう言うと、説明を続ける。
     
     夢に介入できるタイミングは、現れた家族と百合が対峙している時。
     彼女を襲ってくる家族から百合を守りながら、戦う事になる。少々手がかかるが、幸いにも敵は強くない。
     ただ、説得が終わる前にあっさり家族を倒してしまうと、百合は『助っ人キャラが自分の代わりに苦手な敵を倒してくれた』と考え、先に進もうとするだろう。
     今回の目的は、百合がこれ以上ゲームを続けないように説得することだ。
     暴力自体をやめ、二度とHKT六六六人衆につけこまれない意思を持たせられると、なお良い。
     全否定するより、部分的でも彼女に共感できた方が良いかもしれないと、エクスブレインは言った。
     数拍の間を置いて、また口を開く。
    「それから……確率は低いが、藤堂を目覚めさせると失敗を察知した六六六人衆が夢の中に現れる可能性がある、と予測には出ている」
     その一言で、教室がざわめいた。
    「この時点で目的は達しているから、わざわざ相手をしてやる事も無い。危なければ逃げろ。けして奴らに注意を奪われてはならない。死んだら許さない。以上だ」


    参加者
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)
    犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)
    橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)
    詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)
    時諏佐・華凜(星追いの若草・d04617)
    黒水・薫(浮雲・d16812)
    白石・めぐみ(祈雨・d20817)

    ■リプレイ

    ●1
    「『Slayer Card,Awaken!』――退け、急急如律令!」
     墓所の後方から響いた声に百合ははっとし、振り向いた。
     アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)の放った五枚の護符が百合を避け、前方へ飛ぶ。護符はナイフを手ににじり寄る両親と百合の間に五芒星の結界を生み、白の閃光を放って敵の進行を阻む。
     龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)と犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)、橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)と詩夜・華月(白花護る紅影・d03148)が、それぞれ同時に地を蹴った。知己の仲ゆえの息の合った動きで、怯んだ両親の前に立ち塞がり、墓と墓の間の通路を埋める。
     構わず放たれる毒の渦に備え、沙夜は敵との間に光の盾を展開した。魔を穿つ防壁が敵の狙いを阻み、毒は百合まで至らず霧散する。華月の張り巡らせた糸の結界が、更に敵の動きを縛った。
     突然の乱入者に唖然とする百合を、黒水・薫(浮雲・d16812)と時諏佐・華凜(星追いの若草・d04617)が下がらせる。前後衛の間には白石・めぐみ(祈雨・d20817)とアリスが布陣した。
     めぐみの光輪が飛んできたのを見て、百合はばっと鋸を構える。だが、その光輪は百合を保護する為の盾だ。
     薫の虚ろな蒼の眸が、ちらと百合の顔を窺う。敵の陰謀は気懸りだが、このサディスティックなお嬢様の救出が今は最優先だ。上品な口がそっと開かれる。
    「百合さん。貴女、このゲームで遊ぶのは何回目になるのかしら。お墓の数を見るに、結構な数を殺ってるわよね?」
    「あなた、気に入った人ほど傷つけたくなるんですってね? もうお気に入りの彼は殺しちゃったんだっけ?」
    「……!」
     続くアリスの言葉に、百合は少なからず動揺したようだった。
    「戦績の記録があれば見たいけど。いちいち覚えてられないもの……」
     危惧していた通りだ、とアリスは思う。彼女の倫理観は六六六人衆に極めて近い。とっくに序列持ちになっていても不思議ではない。話を聞いて、そう思っていた。
     ――本当、臨海学校以来、ろくでもない話が増えたわね。
     HKTに、研修生。その全容は未だ見えないが、深い闇を感じる。
    「次はとっても大事な家族ね。それも殺したら、最後は『あなた』よ」
     あなたの心に潜む闇が、『あなた』という殻を壊して溢れ出す。そのとき、人としての百合は死を迎えるのだ。
     無闇に暴れる様子こそないが、百合は警戒を続けている。
    「誰……? ラスボス?」
     家族達の攻撃をいなしながら、沙耶と沙夜は視線をかわしあった。ゲームのキャラだと勘違いされているらしい。
    「当たらずとも遠からず、ですね。貴女と同じ人間ですよ」
    「貴女の行為など可愛い方です。異質で歪な私達から見れば」
    「どういう事?」
    「命懸けで戦って殺し、学生として人並みの『普通』であろう生活を送ろうとしている……或いは、普通を演じようとしている。私達もある種、貴女に似ているでしょう」
     意味が掴めない、と百合は怪訝な顔で沙耶を見る。沙耶は常のように、虚無的な美しい笑みを浮かべたまま言い放つ。
    「私達は『異常者』です」
     そう罵られる覚悟をし、或いはその真実を受け入れ、闘う事を選び取った者だ。

    ●2
    「『異常者』の人達が、私に説教……?」
     暗殺に手を染めて育った心に、人と同じ倫理観が育つ筈もない。
     異常者。
     同じ境遇に身を置く沙耶が自らそう称した事は、華月の胸に薄く影を落とす。
    「貴女を正そうなどとは考えておりませんよ。自分の力を欲望の赴くままに使う、大いに結構じゃあ無いですか」
     華月は、百合に答えを返す九里の顔色を盗み見た。彼はつまらなそうな顔で傷を癒している。手応えの乏しい敵相手に説得の時間稼ぎをする戦いが、退屈で仕方ないのだろう。親しみやすい丸眼鏡の奥深くから、歪んだ本性が滲み出ている。
     彼が、少し遠く思えた。
    「いいんじゃないですか? ……私も自分の性格を変える気はありませんし」
     彼女に情をかけるような非合理な価値観はない。沙夜も、百合を救う事を任務の一部と割り切っているふしがあった。
    「只、頂けないのは、同時に己の体面も守ろうとする厚かましい考えに御座います」
     九里の言葉に続けて、沙夜も語りかける。
    「貴女も今は家族への愛情がまともな様ですけど、この先もその性質が変化しないとは言い切れませんね。そういった物は概ね悪い方向に変質しますから、加虐対象が家族に向かないといいですね」
    「欲望と御家族、天秤にかけて選べぬ程度の欲望なら捨て去っては如何です」
     妹の光輪が前衛を切り裂くのを、百合はぼんやり眺めている。
    「私達に比べれば、貴女は至って『普通』です。人として普通に生きたいのなら、その境界線は越えないことですね」
    「…………ふふ」
     一連の言葉を聞いた百合は一瞬停止した。言葉を発しあぐねていた華凜とめぐみは、澱んだ笑いに不安を覚える。二人が考えていた説得は、方向性としては正反対であった。
    「本当に面白い、いいゲームね。そんなに挑発されたら、私、悔しい……」
     百合はまだ、ゲームの中にいる。
    「……そうね……ここまで来たんだもの。殺さなきゃ……」
    「百合、さん。待って、下さい……!」
     華凜は、ふらりと前に出ようとする百合にしがみつき止めようとする。
    「邪魔しないでよッ!!」
     その腕に振り下ろされた鋸は、かすり傷を刻んだのみだ。きょとんとする百合の眼を見つめ、華凜は首を振る。
    「嫌……です。見捨てられたくない、見ていて欲しい、って。そんな気持ちを感じる、から……」
    「え……」
    「百合さん、落ち着いて聞いて頂戴」
     華凜の懸命な訴えは核心を突いていた。心が揺らいでいる。そう感じた薫も、続けて説得の言葉を紡ぐ。
    「現実ではやっちゃダメなことをゲームで発散させる……素晴らしい事だと思うわ。けどこのゲーム……痛みも匂いも感触も、何もかもがリアルよね」
     悪夢のゲームと間違えて現実で殺戮を犯してしまっても、気付かなそうなくらい――充満する血のにおいは、戦場で何度も嗅いできたものと何ら変わりなく思えた。薫は声を荒げず、諭すように言う。
    「ねえ、貴女は今、これが悪夢であると自信を持って証明できる?」
     業に慣れる事がどれ程恐ろしく罪深いか、学園の灼滅者の多くは知る。線を引くのも、一つの思いやりで正義だ。
     だが、引いたはずの線を踏み越えてくる者達がいる。めぐみが、そうして救われた多くの一人だ。
    「怒った顔も泣き顔も、自分しか見られない表情だったら嬉しいですよ、ね」
     弱いからいじめるのと、好きだからいじめるのは全然違う。めぐみには凶暴な彼女がどこか憎めなく思えたし、怖くもない。だから話す勇気を出せた。
    「そういう愛情表現をする人、私の近くにもいます、よ? 私は、その人のこと大好き、です」
    「大好、き……?」
     不器用な誰かを思い出す。めぐみは小さく笑った。その人なりのコミュニケーションと分かれば、かわいいとすら思えてくる。
    「良い子でいるのは、少し、疲れますよね。本当の自分をさらけ出すのは勇気がいるけど、少しだけ、良い子をやめてみません、か? 夢の中で隠れてゲームをするより、少し呼吸が楽になりますよ」
    「良い子を、やめる……そんなの考えてもみなかった」
     華凜はハーディングフェーレに弓を立て、陰鬱な空気を振り払うように華やかな癒しの音を奏でる。百合の闇が少し、見えた気がした。少しでもその苦しみの傍に寄り添いたかった。救いになればと、願う。
     仲間の言葉を聞き、華月は漸く口を開いた。
    「あたしは『殺したい』という衝動を捨てられない。──だけどそんなあたしにも、大切な家族がいる」
     穏やかに笑む姉の顔を思い出す。己とはまるで正反対な彼女。他者を傷つける事に歓びを覚える自分を、姉には見せたくないと思う。
    「……あんたの気持ちは、少し判る。あたしはその二律背反の答えを、今も持ち合せていないまま。だからあたしは、どちらに傾く事も強制はできない……」
    『お姉ちゃんがそんな人だったなんて……大っ嫌い!』
     百合の妹もどきが放った光輪が華月を切り裂く。
     流れる血と、白々しい台詞がいやに鮮明だ。
    「どうしたいかは結局、あんたが決める事。ただ、一つだけ良く考えなさい。血塗れのあんたは、家族を前にした今、何を思っている?」
     多分、それが答えなんじゃないかしら――言われた百合は暫し考えたのち、鋸を置く。
    「……家族は殺したくない」
     華月の言葉は百合には興味深い物だった。だが冷たくされたり優しくされたりが極端すぎ、説得の全体像がぼんやりしてしまった。反応は芳しくない。
    「なら、お遊びはこの辺にしておきなさい。今回だけは、私たちが肩代わりしてあげる」
     みんなで悪夢の世界へ行きましょうか――冗談めかして言った言葉がアリスの脳裏を過る。結果を受け止める事も務めだと、アリスは護符を構える。
     彼女を闇に堕とさせはしない。今は、この邪な夢を破るのみ。墓地に鮮血の赤は似合わない。

    ●3
    「魔法の矢よ。生命なき傀儡の糸を断て。精神なき空漠の虚を穿て!」
     百合の戦意喪失を機に、灼滅者達は攻勢に転じる。アリスの白き魔矢が父親を貫いたのをきっかけに、前衛が敵を囲い込む攻撃的な布陣に移る。隙間を縫って百合を狙いにいく両親の動きも、めぐみの創り出した清き除霊の結界に阻まれた。
    「藤堂さん……」
     耳を塞ぎ、目を閉じ、墓石の影に隠れる百合を、華凜は沈痛な想いで眺めた。家族の形をしたものが、誰かに攻撃されるのは辛いらしい。
     それも勝手で奇妙な我儘だ。それでも、彼女を見捨てられないのだ。
     黒い骸骨の形を成す薫の影が、腕を伸ばして百合の父を掴み、締め上げる。
     叫び声、骨の砕ける音、滴る血。夢のすべては生々しく、己の業がまた一つ増えた気さえする。
     だが、死体はすうと消えていく。罪を罪だと認めさせぬように。
    「……百合さん、貴女、これがゲームだから楽しんでいるのよね」
     繰り返し、遊べるから。
    「でももしもこれが現実であったなら、もう誰も彼も二度と起き上がらない、出てこない……それは、貴女が本当に望んでいる事?」
     薫もまた希望を捨てず、淡々と呼びかけを続ける。百合は微かに首を横に振る。

     欲望か、情か。
     答えを持ち合わせていない、なんて嘘だ。既に答えは出ていて、それを選ぶのが怖いだけなのに。
     あたしに、あんな事を言う資格があったのか──先程百合に言った言葉が、母を討ちに走る華月の足取りを鈍らせる。その脇を、馴染み深い書生服が下駄を鳴らして追い抜いて行く。髪と血を織りあげた糸を捌く手に、一切の躊躇いはない。
    「心は兎も角、身体迄止めて居られますと、獲物は全部僕が頂きますよ?」
     彼は――殺人鬼・橘名九里は、全てを捨てる覚悟をしている。
     九里は振り返ると、華月にニィと歪で嗜虐的な笑みを向けた。
    「……うるさい。別に悩んでなんかない」
     華月は緩くかぶりを振り、彼の背を追う。いつまでも雑念に気を取られてはいられない。九里は足を速めも緩めもしない。追い越す瞬間、彼を一瞥する。毒の回った頬の傷が紫に変色していた。だが男は笑っている。
    「あと、独占はなしよ」
     母親を貫く槍に躊躇いはない。ぐらついた身体を糸で引き裂くと、九里は眼鏡を押しあげ、また嗤う。
    「茶番に御座います。この程度では退屈凌ぎにもなりませんねェ……精々悦い声で啼いて頂きましょう」
     二人が母親を倒したのを確認し、沙夜は妹を見た。その視線に気づいた沙耶も応じ、妹へ向かう。
    「沙耶、全部解っていて藤堂にああ言いましたね」
     待て、と沙夜が目で促す。彼女の糸が妹の動きを封じた。自由を奪われた身体に、沙耶は死角からの斬撃を的確に叩きこむ。捕縛を解かれ、倒れ込む妹を沙耶は変わらぬ笑顔で見下ろす。
    「……異常と通常の境界線は彼女の家族そのものと言えますね。例え夢でも、その境界が取り除かれれば……彼女の異常性は加速度的に増すでしょう」
     こちらに近い人間を選別し、各々の境界を越えさせ闇堕ちを促す。それがこのゲームの狙いかもしれない。
     沙夜は血の色をした瞳を細める。百合自体より、その背後に潜む大きな闇が彼女達の懸念だ。果たしてシャドウにはHTKと手を組むメリットがあったか……どうも心当たりがない。
    「ダークネス同士が早々結託するとは思えない。ダークネスにあらず、しかし各ダークネスと中立的立場の存在ならば……」
     思考を遮るように、沙夜の足が呪いで石化する。
    「ともあれ、機械は戦闘後に回収して、学園に調査して貰いましょうか」

     殺人鬼達は己の担うべき役割を全うした。
     一片の慈悲も残さず、百合の家族を狩る。泥を被る事を矜持とする彼らと、百合の間の溝は埋まらない。
    「馬鹿みたい。私、ただの落第生じゃない」
     百合は決めた。自分は、なりそこないのなりそこないだ。
     もう少し方向性をまとめていれば。葛藤を軽んじる発言さえなければ。家族を倒す事への気遣い。何かあれば違ったろう。だがこれは百合への然るべき報いだ。残酷な心がすり減って、すっかり消えるまで沈めばいい。
     でも。
     空っぽの目をした百合を、華凜はたまらず抱きしめる。
     泣かせる事で、彼女は自分を見て欲しかったのかもしれない。
     自分の行為で表情が変わるのが、ただ嬉しかったのかもしれない。
     好きだから。
     好きな人の、自分だけの顔を見たくなる。どれ程悪いことかどこかで解っていても。それは、許されぬ者に慈悲を向ける事とも似ている。
    「私だって……私だけが知ってる、顔が、見られたら……嬉しい、から。私にしか見せない顔、を、向けて欲しい、って、思うから。私を、見ていて欲しい、って、思う、から」
     だから自分を責めないでほしかった。変われる、と言ってあげたかった。家族にそうであるように、好きな気持ちは力以外を引き出せるのだと。
     青い異形と化した腕で、めぐみは百合の手にそっと触れる。それを見た百合はひどく驚き目を丸くしたが、めぐみは泣かない。優しく笑う。
    「お父さんも、お母さんも、私がこんな身体になってしまって、きっとすごく悲しんでいるだろうけれど……元気でいてくれるのが一番だって、言ってくれました」
     その支えがあるから、今の自分が嫌いではない。辛くても出来る事をしたい、と思える。いつか自分も、悩める誰かの雲間から差す光のようになれたら。
    「生まれてきてごめんなさい、なんて……そんな事、ない」
    「生んでくれて、ありがとう。私はいつか、そう伝えたいです。あなたは、自分のことが、きらい、ですか?」
     百合は答えあぐねていた。祖母の悲鳴が聞こえ、彼女は耳を塞ぐ。
    「……優しい現実にお帰りなさい。大切なものを、失う前に」
     九里は振り返らない。彼女とは生きる場所が違う。その夢に六六六人衆が現れることは、なかった。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 13
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