サヴィル・ロウの仕立師

    作者:佐伯都

     その日、ベネディクト・ロックウェル氏は空港内のカフェで心地よい達成感に浸っていた。
     スケジュールの合間を縫って観光もしたため疲れてはいたが、ヒースロー空港までの長いフライトの間にぐっすり眠れると思えばむしろ好都合ではある。
     ロンドンの一角、サヴィル・ロウの紳士服オーダーメイドの店。
     そこで仕立師の一人として少なくない年月を仕事に費やしてきたが、かねてから和布に触れる機会を持ちたいと考えていた。
     当然ながら紳士服に用いられるのは毛織生地が主流であり、伝統と格式を重んじるサヴィル・ロウにおいて和布を取り入れるのは夢のまた夢だが、新風を吹き込まんと大胆なデザインも手掛ける若い職人も増えてきつつあるのは良い傾向だ。
     搭乗開始まで十分余裕もあるし、業者から貰い受けた染め付けの見本帳でも眺めながら時間を潰すことにしよう――そう考え、ロックウェル氏は欠伸を噛み殺しながら分厚い表紙をめくった。
     
    ●サヴィル・ロウの仕立師
     成田空港まで行ってきてもらうよ、と成宮・樹(高校生エクスブレイン・dn0159)が指先で眼鏡を押し上げた。
    「日本国外はサイキックアブソーバーの影響でダークネスは活動できない……筈なんだけど、一部のシャドウが国外に出ようとしてるのはもう聞いてるよね?」
     帰国予定の外国人のソウルボードへ潜み、日本脱出を企むシャドウの目的はわからない。
     しかし国外で活動できるかどうかはそもそも未知数、もし飛行中の機内でシャドウがソウルボードからはじき出される事になれば、その時点で大惨事決定だ。
     そうならないためにも、搭乗前に対処しなければならない。
    「今回のターゲットは、ベネディクト・ロックウェル氏。主に紳士服を手掛ける仕立師だ。ロンドンのサヴィル・ロウ……名前だけは知ってる者もいるかもしれないね」
     サヴィル・ロウ。
     英国王室御用達の店も軒を連ねる、高級紳士服オーダーメイド店が集まる通りとして有名だ。
     彼はその一角のとある店で長年勤めており、非常に丁寧な仕事ぶりの仕立職人として知られている。
    「ロックウェル氏のソウルボード内に入ると、現実のロンドン市街と寸分違わない世界が広がってる。事件らしい事件は起こってないけど、人っ子一人いない」
     完全に無人の、ロンドン。
     運転手はいないもののバスや地下鉄、ブラックキャブが問題なく走り回っているので移動手段には何ら困らないが、この広大なロンドン市街のどこかにシャドウは潜んでいる。
    「ま、皆が夢の中に入ればシャドウのほうから襲ってくるから、むしろ観光し倒す勢いで色々見て回ればいいと思うよ」
     その方が早く見つけてもらえるだろうし、と樹はにんまりする。
     幸い、ロックウェル氏は空港内のカフェで眠い目をこすりながら、染色見本の分厚い本をめくっている。移動していないので、探すのは難しくない。
    「夢に入るには対象を眠らせてソウルアクセス……なんだけど、皆もその場で眠り込むから、どうにかして人目がなく、そしてある程度の時間、誰も来ないような場所を確保してほしい」
     ロックウェル氏はそもそも眠そうなので、静かな場所でリラックスできれば簡単に寝入ってしまうだろう。
     和布や和服の染色技術に興味を持ち単身来日したような人物なので、日本語での日常会話には何ら支障ない。
    「ただ、語尾が特徴的だったり標準語じゃなかったりすると多少あやしくなってくるから、そこらへんは気に留めておいてほしい」
     シャドウもさして強くはないし、劣勢と悟ればすぐに撤退する。油断さえしなければあまり手こずる事もないだろう。
    「観光する勢いで、とは言ったけど……『無人』だから衛兵の交代式とかは見られないかも」
     でも順番待ちもないから快適な観光になると思うよ、と樹は少々羨ましげな顔をした。


    参加者
    結城・時継(限られた時に運命を賭す者・d00492)
    加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)
    天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)
    文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)
    高峰・紫姫(銀髪赤眼の異端者・d09272)
    霧月・詩音(凍月・d13352)
    御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)
    英田・鴇臣(拳で語らず・d19327)

    ■リプレイ

    ●紳士と淑女
     こほ、と天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)は小さな咳をこぼしながらさりげなく店内を見回す。
     時間帯もあるのだろうか、客がまばらに座る、滑走路を見渡す大きな窓が印象的なカフェ。傍らの加賀谷・彩雪(小さき六花・d04786)がそっと梗鼓の袖を引いた。
    「おねえちゃん、こっち……」
     ビジネス客なのか、新聞に見入る男性が座るテーブルの向こう。
     白いコーヒーカップを片手に分厚い本を広げる、五十代ほどの男性。ハッとするほど鮮やかな色打ち掛けの写真が見えて、見上げてくる彩雪に首肯した。
    「ありがと、彩雪」
     この広い成田空港内であちこち動き回られたら接触するだけでも大仕事なのだが、エクスブレインからの情報通りに白髪交じりの焦げ茶色の髪。荷物は足元のショルダーバッグが一つきり。
     急に激しく咳き込みだした梗鼓の背を、小柄な体躯を精一杯伸ばして彩雪は撫でさすろうとする。
    「おねえちゃん!」
     ロックウェル氏と思われる男性が座るテーブルのすぐ近く、喘息の発作を装う梗鼓はあえて彼から顔を背けるようにしゃがみこんだ。ロックウェル氏が見本帳を閉じる気配がする。
    「しっかりして……えと、どうしよう、どこか、休めるところ……」
    「……彩雪っ……ごめんね……」
     思いのほか聞き取りやすい、低い声が梗鼓と彩雪のすぐ頭上から降ってきた。
    「病気、ですか」
     ひゅうひゅうと喉を鳴らす梗鼓が彩雪へ額を押しつけると、さすがにロックウェルは眉をひそめる。
    「ご家族は、どこに、いますか。呼んで、もらいましょうか」
    「みんなが……待合室に」
     未成年だけ二人きり、親や保護者ではなく『皆』という単語にそれとなく事情を察してくれたのか、ロックウェル氏は手早く見本帳をショルダーバッグへおさめて梗鼓へ手を貸した。
     一方、首尾良く団体専用の有料待合室を借りることに成功した文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)や高峰・紫姫(銀髪赤眼の異端者・d09272)は準備に忙しい。
    「……それにしても、目的は分かりませんが海外へ逃げられるのは面倒ですね」
     ここで排除しなければと言葉少なに意気込んでいる霧月・詩音(凍月・d13352)を、中身が空な大きなボストンバッグを枕にして英田・鴇臣(拳で語らず・d19327)が見やる。
     完全に寛ぎモードへ突入しているが、未成年の団体客がこうして一部屋確保すればむしろこんな雰囲気だろう、と最年長の結城・時継(限られた時に運命を賭す者・d00492)は苦笑する。
    「……おいしい」
     いかにもな雰囲気で片隅のテーブルに広げられた菓子やお茶。一人それをつまんでいた御手洗・花緒(雪隠小僧・d14544)はふと気配を感じ、待合室入り口のドアを振り返った。
     梗鼓を支える、背の高い男性。
     カーペットの敷かれた区画で寝転んでいた鴇臣が身を起こす。すぐに時継が走り寄った。
    「天羽さん! ……これは、どうやら……お礼を言わなければなりませんね。どなたかは存じませんが、天羽さんを連れてきていただいて、ありがとうございます」
    「はやく、休ませてあげて、ください」
     柔和に微笑むとそのまま去ろうとするロックウェル氏を、直哉と詩音がひきとめた。
    「あの、梗鼓姉さん達がお世話になったお礼がしたいし、どうかゆっくりしてください。えぇと……そうだ、お茶とお菓子と枝豆なら!」
    「……どうぞ。粗茶ですが」

    ●ロンドン橋とタワーブリッジ
     かつて貧民街、近代ではあのジャック・ザ・リッパー――『切り裂くジャック』事件の舞台としても知られるイーストエンド地区。
     そのさらに東に立つ世界遺産、ロンドン塔から始まる路線バスのひとつに灼滅者達は乗車していた。
     ソウルアクセスで入ったロックウェル氏の夢、そこは無人のロンドン市街。
     そういえば英国と言えばパブでビールなお国柄だったな、と時継は自らの血の四分の一を思い出し遠い目になった。枝豆とビール、なんて日本ではある意味慣用句の域に達している。
     物心つくまえに他界してしまった祖母のことはほとんど覚えていないが、こうして誰かの夢の中ではなく、本物のロンドンにも行ってみたいものだと思う。
    「ロンドンって言ったらロンドン橋ー!」
    「さゆ、ビッグベン行ってみたいです……」
     喘息の演技はどこへやら、真紅の二階建てバスの座席で梗鼓が車窓を流れる風景に歓声をあげていた。数年前に様々な理由でロンドン路線バスの顔であった通称『ルートマスター』は第一線を退いたものの、観光ルート路線では今でも運行が続く。
     テムズ川沿いにはずらりとロンドンの観光名所が並ぶ。
     ロンドン中心部へ向かうバスからはすでに遙か後方だが、ロンドン塔のさらに東にはグリニッジ標準時を告げるグリニッジ天文台、さらに大英帝国が世界に誇ったティークリッパー、高速帆船カティサーク号が余生を送るドックがあるはずだ。
    「もうすぐ左手にロンドン橋、のようです。ロンドン大火記念碑もあるので、降りてみましょうか」
    「しかし、人っ子一人いないってのが残念だよな。やっぱ、こういうのは賑やかな方がいーだろ?」
     ガイドブック片手に詩音が先導する後ろを、鴇臣がついて歩く。
     ルートマスターを降り、運転手のいないブラックキャブや様々な車両が賑やかに走りぬける川沿いを行くと、大きな橋が見えた。あまりにも倒壊回数が多いことを童謡にまで歌われた、ロンドン橋。
    「これがロンドン橋? なんかこう、イメージと違うな」
    「わかる。すごく普通って言うか」
    「……ちなみに、ビッグベンのすぐ横にあるタワーブリッジとよく混同されるようですよ」
     詩音のガイドブックを横から見ていた紫姫にタワーブリッジの写真を指挿され、あ、と直哉と鴇臣が声を上げる。……まさか言い出した梗鼓も混同していたなんて言えない。
    「ここから西へ六百メートルほどにセントポール大聖堂、さらにそこから地下鉄を二駅で大英博物館。歩けなくもない距離ですね」
     さすがは大英帝国の首都、と紫姫は感嘆するしかない。
    「あのドームの下まで階段で上がれるんだって!」
    「……登ってみましょうか」
     梗鼓の言葉に詩音が微笑をこぼす。二つの尖塔を従えた白亜のセントポール大聖堂は、太陽の光を浴びて眩しいほどだった。
     登りきった先、外側からは回廊のように見える部分からはロンドン市街を一望できる。
    「――」
     こんな階段の途中でシャドウに襲われたら嫌だな、とうっすら考えつつ時継はにぎやかな後輩たちの背中を追った。

    ●影と実
     本気で見て回ろうと思ったら数日、ハイライトだけ駆け足なら二時間。そんな大英博物館をどうにかハイライトで回ったのだが、誰もいない静かな展示室であのロゼッタストーンを見られただけでも花緒には満足だった。
     大英博物館からさらに地下鉄で数駅、そこは直哉が最も楽しみしていた博物館がある。
    「ついに来たぜベイカー街!」
    「ここが、あの有名な……」
     彩雪も知るあの名探偵、シャーロック・ホームズが住んでいたとされる街だ。
     小説の描写にある『十七段の階段』を備えた建物であることから、現実には実在しなかったベイカー街221Bはここであるという主張でベイカー街239番に開館したシャーロック・ホームズ博物館。
    「しかし、現れねーな」
    「……なにが」
     ……シャドウ。
     まわりに話を聞かれては困る人間など誰もいないのに、なぜか鴇臣は小声で花緒に囁く。名探偵のポーズを真似ている直哉の背中がちらりと見えた。
    「まあ色々見て回れるのはいいんだけどよ……あんまり待たされんのも、なあ」
    「やはりロックウェルさんのお店でしょうか」
     夢の中のため購入できないお土産コーナーを物色しつつ、詩音は窓の外へ視線を移した。ロックウェル氏の店があるサヴィル・ロウは、ベイカー街からテムズ川方向、約三キロほど南にある。
     無人で走り回っているブラックキャブを3台ほど止めて分乗し、ガイドブックからサヴィル・ロウの綴りを拾って運転席の方向に見せると、勝手に動き出した。ベイカー通りを南に抜けて左折でオックスフォード通りに入り、メイフェア地区を少し東に進む。
     右折してリージェント通り、さらに右折、そして左折。そこでブラックキャブは止まった。
    「ここが、サヴィル・ロウ?」
     両側に瀟洒な白壁の建物が並び、その前にちらほら高級車が駐車されてある。
     ぱっと見た限りでは聞き覚えのありそうな店の名前は見られなかったが、窓から見える店内にはいかにも値の張りそうな生地見本がいくつも並んだハンガーや、仮縫いを待つパーツが布張りのトルソに縫い止められてあった。
     いつどこからシャドウが襲ってきてもよいように注意深く通りを歩くが、やはり動くものの気配はない。
    「どこに、いるのでしょう」
    「……仕方ありません、次に行きましょう」
     さすがに疲れてきたのか溜息を落とす彩雪を励ますように、詩音が軽く肩を叩いた。
    「……ブラックキャブを使いませんか。ピカデリーサーカスに抜けて、トラファルガー広場前とホワイトホール経由でビッグベンまで」
     考えてみればタダで乗り放題なのだ。観光名所が目白押しなロンドンで使わない手はないだろう。
    「それにしても、人に危害が加わる可能性があることをコルネリウスが指示するとは思えませんし……シャドウも一枚岩というわけではないようで」
     個人的には、この件にコルネリウスは関係ないと考えているのですが……とブラックキャブの中で呟いた紫姫に、ちらりと時継は視線だけを返した。
     座席は素晴らしい座り心地だったが、狙うシャドウがなかなか現れない現状はどうにも落ち着かない。
    「……さあ、どうだろう。僕にはわからないね」
    「?」
    「シャドウが相手なら僕は手加減しない。どんな理由があろうと」
     助手席に座る花緒は沈黙を守る。単に宿敵がシャドウという理由には収まらなさそうな、そんな気がしたからだ。

    ●サヴィル・ロウの仕立師
     トラファルガー広場の噴水を左に見ながらホワイトホールに入り、ふと気がつけばビッグベンはもう目の前に迫っていた。
    「……あれが、ビッグベンですか」
    「おおきい、です」
     窓へ取りついて瞠目する彩雪の隣、詩音が滅多に見せないかすかな微笑を漏らす。川向こうの対岸には大観覧車のロンドン・アイがあるはずだが、今は道路の両側に建ついくつもの建築物に遮られており見えない。そこの角を左に入ればビッグベンはすぐ目の前、という所で灼滅者たちを乗せた三台のブラックキャブは停車した。
     時計台の白い文字盤に並ぶ針は午後のなかばを示しており、いわゆる『ウェストミンスターの鐘』が聞ける時刻はとっくに過ぎている。しかし。
     長針が中途半端な場所、しかも正午ではない時間なのに、唐突に頭上の鐘が鳴り響いてきた。
     日本ではおなじみの旋律だが、学校などで聞けるものとは違って随分テンポが早い。あからさまな異常事態に、灼滅者たちは油断なく周囲を警戒した。
    「鐘の音が終わらない」
    「……先生、皆を……守って」
     霊犬のアラタカ先生をすぐ傍へ招き寄せ、花緒はいつでも初手にワイドガードを放てるよう身構える。
     独特の音をロンドン中に響かせる、大時計塔。残響なりやまないその尖塔の先から何かが落ちてくるのを時継は見た。
    「来た」
    「――夢の中の街、実に不思議なものだねシャドウ君!」
     現実のそれと寸分違わぬ世界のはずなのに、ビッグベンの鐘は鳴り止まず、人っ子一人いない。大喝した直哉が業火を宿したウロボロスブレイドをひと振りした。
     ぶわりと灰色の生地が広がり、ねじれ、槍のような形状になって鴇臣へ襲いかかる。
    「それじゃあ、遠慮なく」
     不敵な笑みを浮かべた鴇臣は襟元のタイを引き絞り、腰だめに解体ナイフを構えた。ぎりぎりまで引きつけ、かわしざまに抗雷撃を放つ。
     ぐわあん、と頭上の鐘が文字通りに割れ鐘じみた音を響かせた。
    「夢に潜みし影の獣、――」
     ディーヴァズメロディを紡ぎあげる詩音の眉がわずかに寄る。ひどい音だ。
    「黒き手は遥かなる地へ届かず 其の生命の糸は今、断ち切られ――」
    「絶対に、ベネディクトさんは、守る、です……!」
     霊犬の『さっちゃん』は攻撃に専念させ、彩雪自身はワイドガードでまず前衛の体勢を整える。
     時継のデッドブラスターをまともに喰らったシャドウが、激しく身をよじるように悶えた。シャドウの苦悶をそのまま写し取ったように、鐘の音が激しくなる。
    「我慢できないほどじゃないけど、この音、ちょっとひどいね」
    「ええ、早めに終わらせましょう」
     鬼神変で削りにいく梗鼓に、紫姫が距離格闘でダメージを重ねた。
     あまりにも速く、そして連続して打ち鳴らされるあまりもはや鐘の音とは言えないまでになった瞬間、妙にあっさりとシャドウ――毛織生地が、灼滅者から距離を取る。
    「待ちなさい!」
     紫姫のものだろう、疾駆する猫の影業の一撃をひらりとかわし、ぼろぼろの生地はビッグベンの尖塔の先へと高く跳びあがる。
     時継はすぐさま追撃に移ろうとしたが、シャドウを追い出すことができればこのたびの案件の目的は達成させることを思い出し、大きく息をついて武器を下ろす。
     ふと見上げれば、滅茶苦茶な音を響かせていたはずのビッグベンは三時ちょうどを指そうとしていた。

     夢の中ではゆうに数時間を過ごしたはずだが、ロックウェル氏よりも先に目を覚ました灼滅者たちは時計の針が三十分も進んでいないことを確認する。
    「ありがとうございました。おかげでよくなりました」
     何事もなかったかのように笑う梗鼓。
    「それは、とても、良かった」
     紫姫はロックウェル氏が目覚めるまでのわずかな時間を使い、コスモスの押し花があしらわれた和紙の栞を購入してきた。花束をと思っていたのだが、これから搭乗する相手に花束はまずいかと考え直した結果だった。
    「あの、これお土産です。仲間を助けてくださってありがとうございます」
    「綺麗、です。ありがとう」
     ヒースロー空港行きの搭乗がまもなく始まる旨のアナウンスを聞きながら、時継は大事そうに上着の内ポケットへおさめるロックウェル氏を見上げる。
    「もうすぐ出発のようです。良かったら、また日本へどうぞ」
    「あ、あのっ」
     搭乗口へ向かおうとするロックウェルを、緊張した顔で直哉が呼び止める。
     拙い英語だが、一生懸命調べてきた。
    『俺もいつかスーツの似合う男になって、ロックウェルさんのお店に行ってみたいです』
    「……」
     肩ごしに振り返ったまま、ロックウェル氏はひどく驚いたようだった。しかし、すぐに柔和な笑顔になって向き直り、片手を胸に当て、優雅な仕草で一礼する。
    『どうか、お元気で!』
     長身の背中が搭乗口の向こうに消え、仕立師を乗せた飛行機が滑走路を飛び立つまで。灼滅者たちは長いこと、その場に残って見送っていた。

    作者:佐伯都 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 1
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