運命の導き

    作者:海あゆめ

     北海道の沿岸沿いにある、小さな漁村。今日は天気も良く、波も穏やかな朝だった。
     いつもなら、漁から帰ってきた船や、魚の積み下ろしをする漁師達などで活気づいているはずの港が、今朝は何故かひっそりと静まり返っている。
    「おいっ、早く船を出せっ!」
    「い、急げっ!!」
     港の隅にある物置小屋から、慌てた様子の漁師達が飛び出していく。
     開け放たれたままになった小屋の戸口に小さな人影。
    「そう、できるだけ急いで下さいね」
     漁師達の背中を見送りながらそう呟いた少年は、ゆっくりと小屋の中を振り返る。少年の体を覆っているマントが小さく揺れ、中からドイツ軍のものを思わせる軍服がちらりと覗いた。
     古びた木の床に、硬いブーツの足音が重たく響く。
    「……っ!」
     引きつった顔で目を剥いた若い女が、傍らにいる赤ん坊を庇うように身をよじった。
    「ああ、安心して下さい。利用できるうちは殺したりしませんよ。運命の輪から外れた貴方達は無価値ではありますが……」
     血の通わない、まるで死人のような色をした唇に一枚のタロットカードをあてがってみせる。
     少年の姿は、人のそれとは違った。
     青白い肌。マントの裾から床を引きずるように伸びた黒い羽。頭からは、ねじくれた悪魔のような角。
    「ふふ、私の力でロシアンタイガー様を見つけることができれば、ゲルマンシャーク様も、きっとお喜びになられるはず……」
     そう、薄い笑みを零す少年の左の耳元に、小さな光。
     十字架を模ったそれは、義姉から貰った家族の証。咲夜がいつも身につけている大事なイヤリングだった……。
     

    「みんなっ! 見つけたっ! 見つけっ、あいたっ!!」
    「おいおい、落ち着けって! 何があった?」
     資料を抱えてバタバタと教室に入ってくるやいなや、机に激突した、斑目・スイ子(高校生エクスブレイン・dn0062)に手を貸しつつ、緑山・香蕗(高校生ご当地ヒーロー・dn0044)はその先を促した。
     スイ子は呼吸を整えるように一息ついてみせてから、改めて集まった灼滅者達に向き直る。
    「グリュック王国で闇堕ちしちゃってた咲夜を見つけたよ」
     北海道の帯広市にある、グリュック王国跡地。ゲルマンシャークの石像が運び込まれたそこへ調査に向かい、強制的に闇堕ちさせられてしまっていた、川原・咲夜(不響す運命の輪音・d04950)が見つかった。
     スイ子が言うには、咲夜は北海道の沿岸沿いにある漁村を襲撃し、女性や子どもを人質に地元の漁師達を使い、あるものを探しているらしい。
    「咲夜はね、行方不明になってる、ロシアンタイガーを探してるみたいなの」
     ゲルマンシャークの同志であるロシアンタイガーの捜索。成功させれば自らの功績になると考えての行動だろう。
     だが、それには、罪もない一般人の命。そして、何より灼滅者としての咲夜自身が犠牲になってしまう危険性を孕んでいる。
     そうなる前に、咲夜のいる漁村へと向かい、人質達を解放し、咲夜を闇堕ちから救出しなくては……。
    「なんとか、なんとかして助けて欲しいの……もし、今回の作戦で助けられなかったら、咲夜はきっと……」
     完全に闇堕ちしてしまう。最後のその一言を内に秘めたまま、スイ子と灼滅者達は息を飲んだ。
    「……もし、そうなっちゃったら、みんなには咲夜を灼滅して貰わなくちゃいけなくなっちゃう……でもっ、そうならないって、あたしは信じてる! どんな作戦をとるかは、みんなに任せるよ! いってらっしゃい、気をつけて……!」
    「っしゃ、行こうぜ! 絶対に助けるぞ!!」
     精一杯、力強く言ったスイ子に、香蕗も大きく頷いてみせた。

     闇に堕ちた咲夜を救うため、灼滅者達は北海道へと向かう……。
     


    参加者
    比嘉・アレクセイ(貴馬大公の九つの呪文・d00365)
    川原・世寿(さかさまの魔術師・d00953)
    楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)
    三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)
    炎導・淼(武蔵坂学園最速の男・d04945)
    龍月・凍矢(飛鳥に舞う氷の矢・d05082)
    緋薙・桐香(針入り水晶・d06788)
    レセフ・リヒテンシュタイン(オカ魔導師・d13834)

    ■リプレイ


     北海道のとある漁村。ひっそりと静まり返っている港の隅にある小屋の前で、比嘉・アレクセイ(貴馬大公の九つの呪文・d00365)は立ち止まった。
    「……行きます」
     ポケットに忍ばせた携帯電話に向かってそう呟き、目深に被った帽子をぐっと直して戸口に手を掛ける。
     ゆっくりと開かれた入り口に気がついたらしい、中にいた少年らしき人影が、おや、と振り返った。
    「随分と早いお帰りですね。収穫はありましたか?」
     長いマントに身を包んだ、青白い顔をした少年……闇堕ちした咲夜がそこにいた。
     小屋の奥には、拘束された女性や子どもが数人。怪我人はなさそうだ。アレクセイは視線だけでそれらの状況を確認してから咲夜を見た。
    「あんたのいうロシアンなんとかいうのにそっくりな石を見つけた。船では近づけないから案内するので来て欲しい」
    「へぇ……」
     にやりと、咲夜は笑った。見透かされているのだろうか。アレクセイは息を飲み、咲夜の次の言葉を待つ。
    「分かりました。確認します。そこまで案内して下さい。ああ、貴方達はまだそのままでいて下さいね」
     短い悲鳴が上がった。咲夜は性質の悪いゲームを楽しむような目で拘束している一般人達を見やり、戸口へ向かって歩き出す。
     近くで調達してきた漁師の作業服と、十八歳の身体に成長した姿が功を奏したのか、咲夜はアレクセイの言葉を信じたようだった。
     いや、もしかしたら不測の事態にも対応できる自信があるがゆえの行動かもしれない。
    (「けど、とりあえず今は……」)
     この誘導が上手くいきさえすれば、近くで待機している仲間達が一般人を救出してくれるはずである。
     仲間達を信じて、アレクセイは歩き出した咲夜を案内するよう、小屋を後にした。

     携帯電話の向こうから聞こえてくる音声に耳を傾けていた、炎導・淼(武蔵坂学園最速の男・d04945)が、勢いよく立ち上がる。
    「よし、行くぞ、緑山!」
    「ああ、わかった!」
     そのまま駆け出していく淼に頷いてみせた、緑山・香蕗(高校生ご当地ヒーロー・dn0044)も、その後を追う。
     先行していく二人の後に、援護に駆けつけていた他の灼滅者達も次々と続いた。
     彼らが目指すのは、人質が捕らえられている小屋。中にいた咲夜が小屋から離れた今が、人質達を救出する絶好のチャンスだった。
     辺りに咲夜の姿がない事を慎重に確認し、小屋の戸口を開け放つ。途端に引きつった悲鳴がいくつも上がり、ゆいなは慌てて笑顔を作った。
    「待って! だぁーいじょーぶっ、私達を信じてくださいっ♪」
    「今なら逃げて大丈夫です。ボクも一緒に行くですので、騒がないように移動して下さいです」
     月夜が、人質になっていた女性や子ども達を拘束している縄を素早く解く。
    「……よし、外に異常はない」
    「ん、今のうちだね」
     その間に、威司と林檎が退路を確認。
    「あ、あの……」
    「大丈夫。大丈夫だよ」
    「落ち着いて。ゆっくりね」
     戸惑う女性を促しつつ、朱音と明美は歩き出した人質達を守るようにして後についた。
     特に見張りなどがついていたわけではない。人質の救出はすんなりと進んだ。後は……。
    「咲夜くん……」
    「……帰って来てくれなきゃ寂しいですよ」
     確保済みの安全な場所へと人質達を誘導しながら、耕平や縁樹も想いを馳せた。
    「オマエ達なら、連れ戻せるって信じてるから……頼んだぜ」
    「ああ、任せろ。白……いや、川原も、俺らが来るのを辛抱強く待ってるはずだ。だから、俺らはその期待に応えてやるぜ」
     誘導を手伝う治胡の言葉に大きく頷いて返して、淼は駆け出していく。
     後は、何がなんでも、闇に堕ちてしまった咲夜を救わなければ。


    「これはこれは……」
     辿り着いたその場所で、咲夜は肩をすくめてみせた。辺りの物陰から、他の灼滅者達が姿を現したのだ。
     嵌められたと、すでに気がついているはずだ。だが、余裕の表情を崩さない咲夜を、川原・世寿(さかさまの魔術師・d00953)は強気な目で見つめる。
    「何も言わないで、勝手にいなくなって……お姉ちゃんは、本当に、怒ってるんですから、ね!」
    「勝手に? いいえ、違いますね。これは運命の導きなのです」
     はぐらかすように笑って、咲夜は手にしたタロットカードを口元にあてがってみせた。
    「アレまァ川原クンたら変わり果てた姿になッちまッて、ヨヨヨ……」
     その人をあざ笑うかのような咲夜の態度に、わざとらしく泣き真似をする、楯守・盾衛(シールドスパイカ・d03757)。咲夜は貼りついた笑みを崩さないままに小首を傾げる。
    「で、貴方達の用件は何ですか?」
    「なに、単純な事さ。ここでお前を必ず引き戻す! 水天逆巻く飛鳥の槍、天駆ける龍翼の斧よ、その力を解き放て!」
     龍月・凍矢(飛鳥に舞う氷の矢・d05082)が、力を解放させ、構える。
    「いいでしょう。運命に逆らう魂が、どうなるのか教えてあげます!」
     笑って、咲夜は長いマントを翻した。
    「播磨の旋風、ドラゴンタケル! 宿敵憎んで友の心憎まず、いざ行くぞ!」
    「ダークネス。お前は『殺す』わ。Erzahlen Sie Schrei?」
     三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)が熱きオーラを纏い、緋薙・桐香(針入り水晶・d06788)は普段とは違う凶悪な笑みを浮かべ、ぺろりと唇を舐めた。
    「サクヤちゃん……待っててね! 絶対の絶対に救い出すわ!」
     ステッキを手の中でくるりと回して、レセフ・リヒテンシュタイン(オカ魔導師・d13834)も戦闘態勢を整える。
     今は、戦わなければならない。咲夜を救う、そのためにも。


     強い。
     灼滅者達が闇堕ちした咲夜と刃を交えて感じたのは、そんな至極単純な感想だった。
     放たれる一撃が重い。叩き込んだ一撃が、いとも簡単に受け止められる。正しく言ってしまえば、細かい事などあれこれ考えている隙がない、といったところだろう。
    「だあぁぁぁっ!!」
     炎を纏った健の拳が、空を断つ。
    「咲夜……! 自ら望んで堕ちた訳じゃないだろ? ずっと待ってたんだ……皆と一緒に帰ろう、な?」
    「分からない人達ですね。私は、運命の導きに従ったまでです!」
     咲夜の、マントの下から覗いていた黒い羽がばさりと音を立てた。生み出された巨大な魔弾が、何のためらいもなく撃ち放たれる。
    「やらせるか!」
     咄嗟に身を翻した凍矢が、体ごと魔弾を受け止めた。
    「ぐっ……!」
    「無駄なことを……」
    「は、無駄だって? ふざけるな! 何のためにおめーは戦ってきたんだこの野郎!」
     口の中に溜まった血を小さく吐き捨てながら、凍矢はそう啖呵を切った。咲夜は、やれやれといったように浅くため息をついてみせる。
    「何度も言わせないで頂けますか? これは運命……」
    「全く、二ヶ月も心配させておいてこれですか。いつもの川原君はどうしたんですか!」
    「何を……」
     凍矢に回復を施しながら叫んだアレクセイの言葉に、咲夜はぴくりと片眉を動かした。その反応を、見逃さなかった淼は畳み掛けるように踏み込んだ。
    「そうさ。俺が知ってる川原咲夜はてめぇより遥かに賢い。この瞬間の為だけに咲夜は大人しくしてたんだ。こっちばっかり見てるを足元すくわれるぜ? 俺が唯一尊敬する灼滅者が今、てめぇの中にいるんだからよっ!」
     そう、燃え盛る拳を振るって、にやりと笑う。
    「小賢しいことを! ゲルマンシャーク様に盾突く愚かな魂めが!」
     再び放たれた巨大な魔弾が、今度は前衛の壁を飛び越えていく。
     後方で構えていたレセフは、半身を掠めていった痛みに顔を歪ませながらも、しっかりと態勢を保って咲夜に狙いを定める。
    「……あたしを本気で怒らせたようね、ゲルマンシャークの同志とやら! あたしの祖国ドイツの面汚し過ぎるので、これでも食らうといいわ! 秘技! オネエミサイル!!!」
     反撃の魔弾が、撃ち込まれた。
    「サクヤちゃん、目を覚まして! あたし、クラブでは何の恩返しもしてないし、タロット占いも披露してないし、恋人が出来たっていう嬉しい報告もしてないの……だから……お願い……光の世界に戻ってきて……」
     ステッキの柄をぎゅっと握り締めたレセフの瞳から、溢れた涙の粒がぼろぼろと零れ落ちる。
    「何、を……」
    「そうだぜェ? 随分とまァ好き勝手してくれやがッたみてェだケドよ、川原クンはテメェの玩具じャねェ、オレの・オレ達の大事なオモチャだァ! 返しやがれ、帰ッて来やがれ、かァわはァらクゥゥゥゥン!!!」
     心底楽しそうな笑顔で、盾衛はうろたえ始めた咲夜に向かって斬りかかった。
    「ゲーハッハ、喰らえオレの愛のムチィ!」
    「……っ、だから、何を……っ」
     ぎり、と歯を食いしばった咲夜が、灼滅者達を見据える。
     度重なる攻撃が効いてきているだけではない。きっと、今、咲夜は闇の中で必死にもがいているのだ。
     僅かに見えた希望の光を後押しするように、応援に駆けつけてきていた灼滅者達から、いくつもの声が上がる。
    「あなたはもう人である事を願えない? そんな筈無いわよね。あなたは諦めない人でしょう?」
     銘子の優しい問いかけ。
    「いつまでもゲルマンごっこをしてないで、さっさと戻りなよ咲夜」
     何てことないように言う、レニーの声。
    「……咲夜、長く会えなかったけど、闇から戻るなら今。戻ってくるのよ」
     諭すように咲夜を見つめるライラ。
    「帰るべき場所があり為さねばならない事がある人がそんな事になってちゃ駄目だよ」
     いろはは、強く願うように言葉を紡ぐ。
    「またクッキーを作ってご馳走して下さるのですよね? 一緒に帰って、温かい紅茶を一緒に飲みましょう。約束しましたよね、その時は私が紅茶をお淹れするって」
     ヴァンが、いつの日かの小さな約束を。
    「自分の運命、ダークネスから取り返すんすよ!」
     力強く、そう声援を送ったのはギィだ。
    「今までよく耐えた。まだ半堕ちであり続けたお前は凄い。だからこそ、いまこそ戻ってこい!」
    「ねえ、みんないないと寂しいんです……だから!」
    「もう一人じゃないわ。一緒に帰りましょう」
     杏の呼びかけに続けるよう悠が叫び、ディアナは咲夜に向かって手を差し伸べた。
    「……っ、や、め……」
     明らかにうろたえ始めた咲夜に向かって、リュシールが人差し指を突きつける。
    「そのイヤリング、あなたが今でも大事につけてるのは嫌味の為? いいえ、彼の意識を完全に捻じ伏せてなんかいないからだわ! 彼はまだそこにいる!」
    「う、あぁぁ……っ!」
    「さくやお兄さんは、ルビーが闇に流されそうになったのも、止めてくれた。こんどは、ルビーたちが止めるよ」
    「どうか、目を覚ましてください……!」
     ルビードールが、苦しむように身をよじった咲夜をしっかりと見据え、アリスは目を閉じ、祈りを込めた。
    「なあ! そこに、おまえのねーちゃんがいるんだろ!? 泣かせんなよ、ふざけんなよ! 何やってんだよ目ぇ覚ませよっ!」
    「みんなお前を待っている、いいからさっさと帰って来い」
     どうしようもない憤りをぶつけるように叫んだポンパドールをそっと制したニコも、咲夜をじっと見つめ、呼びかける。
    「咲夜くんのたくらんけ! お義姉さん達の言う事をちゃんと聞きなさい!! ソロモンの悪魔なんて逆位置にひっくり返しちゃえ!」
    「そうですよぅ! 咲夜様の仲間は、ゲルマンシャークでもロシアンタイガーでもなく私達なのですよぅ!」
     エデの明るく力のある言葉の後に、優希那も続いてこん限りの力で叫んだ。
     仲間達から注がれる、沢山の声。
    「見えるかねこの光が! 戻ってきたまえ、運命の紡ぎ手よ!」
     戦況を見守っていた有無も、思わず身を震わせ、呼びかけていた。
    「ふふっ、愛されているわね。これだけ沢山の人に心配かけたんだもの、戻ってきたらきっと酷い目にあうわ」
     そう、可笑しそうに笑って、桐香は手にしたナイフを握り締めた。
    「でも、そんな渦中でも笑う事ができるお前が、私は大好きよ咲夜」
     低い姿勢で素早く駆け寄り、懐に潜り込む。
    「だから戻ってきなさい咲夜」
    「ぐっ、あぁっ!!」
     鋭く斬りつけた音と、短い悲鳴が重なった。
    「もういっちょ行くぜ……又、熱い想い出、皆で作りたいからな!」
     咲夜が体勢を崩しかけたそこに健が踏み込み、間髪入れずに蹴りを放つ。
    「こいつで最後だ! 優しい姉ちゃんの代わりに俺が目ぇ覚まさせてやるっ!」
     そう叫んで振るわれた淼の拳が、がっつりと咲夜の頭にヒットした。
    「が……っ! はっ……」
     ぐらりと、咲夜の体が前のめりに傾いた。
     と、そこへ、世寿がすっと近づいてきて、手を差し伸べてみせる。
    「ほら、咲夜。迎えにきて、あげたですから、さっさとおうち、帰るですよ?」
     手の平の上には、十字架を模った小さなイヤリング。
     それは、咲夜との家族の証……。
    「……ねぇ……さ……」
    「うん、だから、だからね」
     意識を手放し、倒れてくる咲夜を、世寿は優しく抱きとめた。
    「帰ろう?」
     背に回した腕に、力を込める。
     そこには確かな人の温もりと、そして、無事元の姿に戻った咲夜の姿があった……。


    「白雪……おい、白雪……っ!!」
     思わず、淼はいつものように咲夜の旧姓で呼び掛けていた。
     淼が最後の拳骨をお見舞いしてやったあの後、ぱったりと気を失ったまま目を覚まさない咲夜のことが、さすがに心配になったらしい。
    「…………う、ん……」
     長い沈黙の後、ようやく小さな声を漏らした咲夜が、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
    「ここ、は……」
     咲夜を囲んでいた仲間達の間から、わっ、と歓声が上がった。
    「心配したぞ! このぉ!!」
    「えっ、えぇっ!?」
     状況を理解する前に、健に思いっきり頭をくしゃくしゃされて咲夜は驚いて飛び上がった。
    「やーだもう、サクヤちゃんおかえりなさい☆ お姉さん心配したんだゾ!」
    「アレな、『これは運命の導きなのです』とか当分ネタにすッから覚悟な。あとペロペロ。超ペロペロしマス」
    「わっ、ちょっ!」
     質問をする間も与えられず、今度は右からレセフ、左から盾衛にぎゅうぎゅうと攻め立てられて、咲夜は目を白黒させつつも、健気に自分の置かれている状況を確認する。
    「……あ、わ、私は……すっ、すみません! 私は、皆さんにとてつもない迷惑を……っ!」
    「ふふ、まだまだこれから。私達は怖いですわよ?」
     いろいろ思い出してあたふたする咲夜に、桐香はちょっぴり意地悪な笑顔をみせる。
    「お帰り」
    「さぁ、学園に帰りましょう」
     浅く息をついて笑った凍矢と、ほっとしたような表情のアレクセイに手を引かれ、咲夜は立ち上がった。
     目の前には、笑顔の世寿がいる。
    「おうちに、帰ったら、お説教ですから、ね?」
    「……はい」
     笑顔のまま言われたその言葉に、咲夜もくすぐったそうに笑って返した。

     闇に埋もれていた運命の輪は、光に照らされ、再びくるくると……。

    作者:海あゆめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月11日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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