暴れん坊の悪夢、かつて支えとなってくれた人

    作者:飛翔優

    ●暴れん坊が夢の中
     腕っ節一つで生きている……といえば聞こえがいいが、実際は暴力によって解決する事を胸としている男性、シンジ。性格を表しているのか半ばゴミ溜めとなっているアパートの自室で、酒をかっくらい眠りについた。
     胸の上には、謎めいたランプが明滅する、新書サイズの機械。
     眠る時に胸の上において抱えて眠ると強い力を得られる謎の機械、と謳われているこれをダメ元で試した、彼の夢の行く先は……。

     シンジは荒野に一人きり。
     得物は、長年連れ添ってきた武器の一つ金属バット。
     轟音唸らせながら振るい続け、次々と周囲に出現していく獣を、敵を破壊していた。
    「はっ、この程度かよ! もっと、もっと俺を楽しませてくれよ……なぁ!」
     小型獣から中型の獣、二足獣へとステップアップしたとしても、シンジの勢いは止まらない。
     血に塗れながら、肉を払いながら、時にネジや鉄板を蹴飛ばしながら、次の敵を要求していく。
     そして……。
    「あ?」
     ライオンに似た大型獣を殴り殺した時、シンジは固まった。
     瞳の中には、女の子。
     高校時代に別れた、高校時代に唯一自分を気にかけてくれていた、女の子。
    「おい、ちょっと待て。お前は……」
     バットをおろし、シンジは後ずさる。
     構わず女の子は歩み寄る。
     手の中には、小さなナイフ。
     シンジを傷つけるためのもの。
     逃げ場を探し求めるも、ジリジリと追い詰められ……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、静かな息を吐いた後に説明を開始した。
    「博多で、謎の機械を受け取った方が悪夢に囚われる。そんな事件が起きているみたいなんです」
     事件を起こしているのは、シャドウの協力を得た六六六人衆。悪夢を見ている人間を、新たな六六六人衆として闇堕ちさせようと目論んでいる様子
    「悪夢を見ているのはHKT六六六人衆の研修生。自ら望んで悪夢を見ているみたいですね」
     しかし、一般人が闇堕ちさせられようとしているのを黙ってみている事はできない。
     夢のなかで、彼らは殺人ゲームを行っている。
     悪夢を見ている一般人の夢に入り、殺人ゲームを食い止める。それが、今回の流れになる。
     幸いと言うべきか、ソウルアクセスを使用しなくても、悪夢のもととなっている謎の機械を媒介とすることで中に入ることができる。そのため、侵入に対して気にする必要はない。
    「さて、続いて悪夢の中の様子ですが……」
     悪夢を見ているものの名はシンジ。二十代の男性で、暴力的な手段による解決を生業として生きてきた暴れん坊。
     悪夢の中でも躊躇せず、動物や敵を破壊し続けた。……高校時代の、唯一自分を気にかけてくれていた女の子が現れるまでは。
    「もちろん、悪夢の中の存在。女の子は、シンジさんを殺害しようとナイフを振るっています」
     しかし、シンジは女の子を前に戦意を喪失している。そのため、シンジを守って現れた敵……女の子を撃破する必要がある。
     もっとも、特徴は非常にリアリティのある姿形、本物特別の付かない感触をしている……ただ、それだけ。大して強い敵ではない。……が。
    「簡単に敵を撃破してしまうと、助っ人キャラが自分の代わりに苦手な敵を倒してくれた、と考えたシンジさんがゲームを再開させてしまうでしょう。ですので、倒す前に説得を行って下さい」
     シンジは女の子を前に戦意を喪失している状態なので、その点を踏まえて説得すればゲームをやめさせることは難しくないだろう。
     可能ならば、シンジが二度とHKT六六六人衆の誘惑に乗らないよう構成させてあげられれば、なお良い。
    「そしてシンジさんを目覚めさせると、それを察知した六六六人衆がソウルボード内に現れるかもしれません。その場合も、六六六人衆が現れた時点で目的は達成しているので、戦わずに悪夢から撤退しても問題はありません」
     あくまでも、シンジを止めること。それが、この度の依頼である。
    「以上で説明を終了します。どうか、シンジさんが致命的なまでに道を外れぬよう……何よりも、無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    両角・式夜(黒猫カプリッツィオ・d00319)
    十三屋・幸(孤影の罪枷・d03265)
    坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)
    睛・閏(ウタワズ・d10795)
    小早川・里桜(黄昏を背に昼を抱く・d17247)
    真波・尋(高校生ダンピール・d18175)
    廻谷・遠野(ブランクブレイバー・d18700)
    櫻井・椿(鬼蹴・d21016)

    ■リプレイ

    ●荒野に風は吹き抜けない
     忘れちゃいけないことは、いっぱいある。
     シンジはきっと忘れてない。ただ、寂しくなってしまっただけではないのか?
     願いにも似た思いを抱き、睛・閏(ウタワズ・d10795)は荒野に降り立った。
     風もない乾いた大地を見回して、ナイフを握る少女の姿を。更に向こう側へと目を向けて、バット片手に後ずさっているシンジの姿を発見する。
     唇を歪ませ狼狽する様は、とてもではないが乱暴者とは思えない。
    「説得ねぇ…してあげたい所やけどナヨっちい男を見るとイラつくわ。何かしらの理由はあるんやろうけど」
     軽く指を鳴らしつつ、櫻井・椿(鬼蹴・d21016)は肩を竦めていく。
    「――死の幕引きこそ唯一の救いや」
     静かなワードを唱えると共に武装して、仲間たちと呼吸を重ねて駆け出した。
     少女とシンジ、両者の間に一番最初に割り込んだのは、真波・尋(高校生ダンピール・d18175)。
    「待って下さっ」
    「なっ」
     両手を広げて立ち塞がり、脇腹で少女の凶刃を受け止める。
     致命傷を受けたふりをして、そのままその場に倒れこんだ。
    「お、おい、お前ら……」
     ライドキャリバーが倒れた尋の守護に回る中、シンジの顔に浮かぶ表情は、焦燥。
     己のもたらした結果を見たからか、あるいは己の未来を暗示させられたからか。
     いずれにせよ、バットを握る腕に力が籠もる。
     小刻みに震えてはいるけれど、恐怖によって足を止めることもない。
    「うわあぁぁぁぁぁ!!」
     シンジはバットを振り上げる。己に死をもたらす存在を討つために。
     危機を指しった廻谷・遠野(ブランクブレイバー・d18700)が、少女に背を向けバットを掴んだ。
     必死に引き剥がそうとしてくるシンジに優しく微笑みかけ、静かに語りかけていく。
    「むしゃくしゃして壊したくなるのと、何もかもを殺してしまいたくなる。似てるようで違うものだよ」
     主だった説得は仲間に任せる。
     ならば、説得のための誘導を。恐慌状態に陥ったシンジを落ち着かせるため、穏やかに言葉を重ねるのだ。
    「大切な何かを殺せないって、その気持ちはきっと尊いものだから。さ、守ってあげるよ。シンジ君」
     命だけではない。
     心も守ると告げた後、軽い調子でバットから手を離していく。
     俯くシンジに言葉はなく、震えていた。
     しかし無為に暴れ始める様子はなかった。
     安堵の息を吐いた後、両角・式夜(黒猫カプリッツィオ・d00319)は霊犬のお藤を少女へと向かわせる。
    「倒しちまわないよう、しばらく抑えててくれ」
     自身はシンジへと向き直り、口元の笑みを更に深いものへと変えていく。
     刹那、再び少女のナイフが閃いた。
     煌めく奇跡の只中に、坂村・未来(中学生サウンドソルジャー・d06041)が刀身に十字とRest In peaceの文章が刻まれている剣を差し込んだ。
    「……やはりというべきか、軽いな」
     呼吸一つで弾き返し、少女を後方へと退かせる。
     追撃はしない、できない。
     シンジを説得し終えるまでは。
    「努々、忘るることなかれ」
     剣越しに伝わる軽微な衝撃であれど重なれば事になるだろうと、小早川・里桜(黄昏を背に昼を抱く・d17247)が少女の正面へと回り込んだ。
     静かに細めた瞳で見据えながら、己等の後方にて震えているだろうシンジに言葉を投げかける。
    「……シンジさん。貴方が覚えている彼女は、このように人殺しをするような人だったのか?」
     思考を導くための言の葉を。
     真実へと至るための言の葉を。
     乾いた空気の広がる大地に、静かな風が吹き始め……。

    ●暴れん坊に残された光とは
     長き沈黙の後、シンジは力なく首を横に振った。
     少女が人殺しをするような存在ではないと、ならばあの少女はなんなのかという楔が打ち込まれた上で、十三屋・幸(孤影の罪枷・d03265)が語りかけていく。
    「あの子に殺されるって思った時、怖くならなかったですか? ……あの子を殺すって思った時、怖くならなかったですか?」
    「……」
     バットを持つ腕が震えている様が、恐怖を抱いていた証。
     死への恐怖があることは、先のやりとりで知っている。
     ならば、反論なき様子は殺人への恐怖を肯定するものなのだろう。
    「殺しちゃったらもう戻れないんです。心まで潰して、壊して、それでも暴れたいですか?」
     答えを待たず、幸は畳み掛けていく。
     一歩一歩、確実に心を揺さぶっていく。
    「……あの子を殺して、楽しめるんですか?」
     願わくば――。
    「……お願いです、人殺しなんかにならないで……!」
     人殺しになどさせたくない。
     だからこそ重ねた言の葉に、声という意味での返事はない。
     故に……。
    「っと」
     軽くナイフをはじき返した未来が、肩越しにシンジを見据えていく。
     力なくうなだれている暴れん坊に、気風の良い声音で語りかける。
    「別にあたしは暴力を否定するつもりもないが……力の使い所と使う意味は考えるべきとは思う、な。……無意味に力を振るうだけじゃ、虚しくなるだけ、さ」
     日々の糧を得るために、あるいは己の力を示すために、暴力を振るい続けてきたシンジ。
     力の使い所など考えず、力を使う意味などなく、ただただ無為に過ごしてきた暴れん坊。
     投げかけた言葉は、肯定と否定。この場を切り抜けた、その後も、道を誤らずに進んでいけるよう。
    「……俺は」
     ようやく搾り出された言葉も、長くは続かない。
     未だ考えているのだろう。
     ならば守り続けなければならないと、未来は少女へと向き直り守護を再会する。
     代わりに、歩み寄ったのは閏。
    「ねぇ……大事な事、何だったかしら」
     高校時代、唯一気にかけてくれた女の子。
     今、ナイフ片手に暴れている少女の姿をした女の子。
     話した事もあっただろう。
     何らかの想いが芽生えたこともあっただろう。
    「今持ってるそのバット、ちょうだい。大事な事を思い出したら…ソレは貴方の未来に、必要無い」
     思い出してくれると信じて、閏は真っ直ぐに手を伸ばす。表情を上手く作れないながらも、顔を上げてくれたシンジを真っ直ぐに見つめ返してく。
    「……」
     力強い頷きにも誘われるかのように、金属バットが閏の手に差し出された。
     新たな一歩が踏み出された。
    「……」
     後、もう少しというところだろうか? 遠野は後方の気配から静かな思考を巡らせつつ、手元に引き寄せた光輪を未来へと投げ渡す。
     守ってあげると約束した。
     誰かがこれ以上傷ついてしまったなら、それはシンジにとって傷となる。
     だからこそ、仲間を守る、支えていく。静かな思いで、暴れる少女を見据えていく……。

     柄も刀身も炎のように赤い刀を振り上げ、里桜はナイフを受け止めた。
     やはり踏み出すことはせず、構え直して静かな息を吐いて行く。
     彼我の戦力差は歴然。守るだけなら、恐らくはいつまでもできる。
     だからこそ安心して、全力で、式夜は更なる言葉を投げかけるのだ。
    「女の子はきっと幻だが、たぶんここで俺等が倒しても、お前さんがこんな事を続けてるとずっと出てくるんじゃないかな」
    「……ああ」
     冷静に考えればすぐに思い至る、少女の真偽。
    「アンタはまだ間違えちゃいないが、心に残っているモノを壊してしまうのは間違いだと自分の心が訴えてるんじゃないか。その一線だけは越えちゃあいけない」
     が、偽りであっても姿形は思い出の中にある女の子。消せば、殺せば、傷跡となって心の中に残ってしまう。
     必要なのは、一つだけ。
     ただ一つ、勇気を持って選ぶだけ。
    「暴れん坊のアンタが女の子を見てそないなるんは何かの後悔や思うことがあるんと違うんか? シャキっとせぇ!」
     少女を抑えていた椿がオーラで包んだ拳を掲げ、檄を飛ばす。
     瞳に光を宿したシンジへと、更なる言葉で問うていく。
    「けど、何やろ? シンジが女の子に惚れてるにしては様子が変やったし……暴れん坊があーなるなんてね」
     なぜ、思い出の中の少女に囚われているのか。
     なぜ、現れるだけで狼狽する様子を見せていたのか。
     シンジは軽く息を吐き、紡ぎだす。
    「さあな……いや、今気づいた。お前たちのお陰で。多分、俺は惚れてたんだな。女としてじゃない。誰にでも明るく、別け隔てなく笑顔を投げかけていく、あいつに、憧れていたんだ」
     表情はどこか穏やかで、出会った時の恐怖も険も消えていた。
     笑顔こそないものの、強い光をたたえた瞳が明るい未来を示してくれた。
    「だから、頼む。お前たちを信じる。どうか、あいつの姿をしたバケモノを」
    「……ああ」
     想いを託され、椿は改めて少女へと向き直った。
     これより、守るだけの時間はおしまい。
     偽りを正すための時間の開幕だと、幾つもの光輪を手元に引き寄せて……。

    ●未来を阻むバケモノを
     刀を収め、巨大な大鉈を握り直し、里桜は飛び上がる。
     荒野に吹き始めた風を背負い、ただただ重力の赴くまま、少女に向かって振り下ろす!
    「っ!」
     人の肉が、骨が砕ける感触も、今は思考の片隅へと置いておこう。
     早くこの幻を晴らすことがシンジを救うための手段なのだから。
    「……」
     お藤が斬魔刀を閃かせていくタイミングに合わせて影を放つ式夜は、闇に閉ざされていく少女を眺めながら静かな思考を巡らせる。
     殺人鬼を作り出す、夢。
     ならば、さながら殺人鬼睡眠学習といったところか。
     願わくば仕掛けや諸々を教示させてほしいものだと、ここにはいない存在に向かって思いを馳せる。
     首謀者を引きずり出したいとの想いは、多くの者に共通するものだっただろう。
     もっとも、少女を倒さなければ始まらないから、尋はライドキャリバーを先行させながらハンマーを振り回した。
    「っ……」
    「OK……さぁ、Turn over、だ――!」
     嫌な音を消すために、未来が歌声を響かせる。
     自嘲していたように、歌声は歪でけたたましい。決して、心地よい音楽ではない
    「……歌は苦手、だ……こんな力でも欲しい、って思うか?」
     問いかけるも、耳をふさぐので精一杯なのだろう。
     あるいは、聞かなくても住むと考えるべきか。
     少女が命を落とす、その音を。
    「大丈夫、もう倒せる」
     幸が前衛陣を霧で覆い、細かな傷を癒やすと共に新たな活力を与えていく。
    「一気に畳み掛けてしまおうか」
     遠野も優しい風を吹きこませ、荒野に彩りを与えていた。
     憂いなき肉体で、閏は泡のようなオーラを手元に集わせる。
    「……」
     固めた上で放出し、少女の体を打ち据えた。
     バランスを崩した刹那を見逃さず、椿が十字架を召喚する。
    「幕引きやな」
    「ああ」
     光の奔流に飲み込まれ動けぬ少女を、腰元の刀に手をかけた里桜が、一閃。
     腰と胴体を両断し、物言わぬ躯へと……偽りの躯へと還していく。
     静かに、まっすぐ見据え、未来は静かに瞳を閉ざした。
    「Rest in peace。……魂があるか判らないが、な」
     手向けの言葉を投げかけた後、静かな息を吐き出した。
     周囲に警戒のアンテナを張り巡らせ、更なる戦いに備えていく。
     ……が、新たな敵は現れない。
     新たな戦いは訪れない。
     代わりに……というべきか、優しい風が、草花が、荒野に芽吹き始めていて……。

    ●暴れん坊は卒業して
     武装を解き、シンジと向き合い始めた灼滅者達。
     帰還の前に……と、幸が正面から見据え、本気の殺気を解き放つ。
    「っ」
    「――人殺しっていうのは、こういうものだよ」
    「……ああ、そうみたい、だな」
     頷くシンジから視線を外す彼の表情は、どこか寂しげではかなげで……あるいは、だからこそシンジにも届いたのだろう。
     目覚めた後、どこへと向かうのかはわからない。
     少なくとも良い未来に向かうのだろうと確信し、尋が明るく背中を叩いた。
    「っと」
    「ま、大丈夫! これ以上悪いことなんてないですから!」
     かつての恩人が、想い人が、己を殺そうと襲いかかってくる。
     それ以上の悪夢など早々無い。
     明るい表情で頷くシンジを眺めつつ、椿はうめ味のハードグミをもきゅもきゅと。
     日常への回帰を促して……さあ、己等も新たな未来へと進んでいこう!

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月3日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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