奪われたサマーコレクション

    作者:篁みゆ

    ●フラッシュの中で
     スポットライトを浴びて最後のモデルが三人揃ってランウェイに登場すると、ショーは最高潮を迎えた。纏ったサマードレスはどれも斬新なデザインで、三人が足を止めるとたくさんのフラッシュが焚かれた。
     ターンを決めてステージへと戻った三人はこのショーに手応えを感じていた。この三人は自らのデザインしたサマードレスを纏った新進気鋭のデザイナーたちである。三人合同で企画したファッションショー。来年の夏物を扱った今回、お客もたくさん入ったし、マスコミにも注目された。
     三人は満足気に花束を受け取り、そして続いてマイクが渡される。ロングヘアのデザイナーがマイクを受け取って何かを告げようとしたその時、ガクリ、彼女の四肢から力が抜けた。
    「ちょっと!?」
     ざわ、ざわと会場がざわめく。慌てて彼女を支えたショートヘアのデザイナーもそのまま崩れ落ち、床に倒れ伏した。
    「え? 何が起こったの?」
     おろおろするウェーブヘアのデザイナー。彼女も糸が切れたようにパタリ、ステージに倒れた。
    「誰か救急車!」
    「大丈夫ですから、お客様方は座ってお待ちください、落ち着いて!」
     スタッフたちが声を上げる。その間にすっと姿を表したのは、異形としか言いようのない三体の化け物だった。
     

    「ブエル兵という眷属が現れるよ」
     神童・瀞真(高校生エクスブレイン・dn0069)が教室に集まった灼滅者達に声を掛けた。
    「ブエル兵は獣を繋ぎあわせたような形をした、人間サイズの眷属だ。『新しい知識の持ち主』から知識を根こそぎ吸い取って実体化するよ。今回はデザイナー三人が狙われるんだ」
     新進気鋭の若手デザイナー三人が合同で行うファッションショー、そのラスト。デザイナー三人が花束を受け取った後、ブエル兵は知識を吸い取って実体化する。数は三体。
    「ブエル兵に知識を奪われた人間は昏睡状態に陥り、およそ15分後に死亡する。それまでに実体化したブエル兵を倒して知識を取り戻してくほしい」
    「ショーを中止にするわけには……」
     おずおずと声を上げた向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)の言葉に、瀞真は首を振った。
    「ブエル兵は実体化するまで見えないし触れないんだ。だからショーの最後に彼女達が倒れてから倒すのが一番いいと思うよ。それに沢山の人が関わって沢山のお金が動いている。この日のために沢山の時間を費やして来たと推測できるから、そう簡単に中止にさせる事はできないだろうしね」
     場所は大きなホテルの大きなホール。観客やマスコミ関係者、モデルやスタッフなど沢山の人がいるから、万全を期すなら彼らを避難させる必要もあるだろう。あらかじめショーの行われるホールへ入り込めれば、事はスムーズに運ぶかもしれない。
    「ブエル兵はフリージングデスやマジックミサイル相当の攻撃の他に、デザイン画をばらまく攻撃やまち針を投げつけるような攻撃を行ってくるから気をつけて欲しい」
    「わかりました」
     頷いたユリアを含めた灼滅者達を瀞真は見渡し。
    「油断しなければ大丈夫だと思うけど、注意は怠らないように。いってらっしゃい」
     穏やかに微笑んだ。


    参加者
    鳴神・月人(一刀・d03301)
    烏丸・織絵(黒曜の鴉・d03318)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    紫空・暁(霄鴉の絵空事・d03770)
    東堂・昂修(曳尾望郷・d07479)
    月原・煌介(月梟の夜・d07908)
    アデーレ・クライバー(地下の小さな総統・d16871)
    橋本・月姫(中学生魔法使い・d18613)

    ■リプレイ

    ●潜入
     大きなホテルの大きなホール。ショーの開始前からロビーには人があふれていて、そこに混ざりこむのはたやすかった。けれども問題はホール内に入り込めるかである。
    「お疲れさまー」
     プラチナチケットを使って堂々とバックヤードへ入り込んだのはアデーレ・クライバー(地下の小さな総統・d16871)。彼女にくっついて橋本・月姫(中学生魔法使い・d18613)と向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)もこっそりと入り込む。関係者の娘とその友達くらいに思ってもらえたようで一安心だ。ショー直前のバックヤードは相当慌ただしくて、時折怒声も飛んでいる。誰もが準備に手一杯で、一度中に入ってしまえばあまりアデーレ達の事を気にする余裕のある人はいなそうだった。これなら他のメンバーも、プラチナチケットを持っている者と同行すれば上手く紛れ込めるかもしれない。
    「ひぃ、ひ、人がいっぱいです!? ……は、早くも帰りたくなってきました……はぅ」
    「大丈夫ですよ、落ち着いて息を吸って、吐いて」
     怯えて隅っこで縮こまる月姫にユリアが声を掛けている。その側でアデーレがため息をついた。
    「体操服にコートでファッションショーに来るなんて……ねぇ」
     もう少し身なりに気を使ったほうが良かっただろうか。
    「最初はボクにもモデルのお誘いが来たのかとちょっと思いましたけど……わかってましたよぉ……どうせちびで貧乳じゃダメだって……」
     期待は淡く消えたらしい。うなだれた月姫をユリアが励まそうとしているがジト目で見られている。主に胸のあたり。
     同じくプラチナチケットを使った月原・煌介(月梟の夜・d07908)はステージ裏へと向かう。同行した東堂・昂修(曳尾望郷・d07479)と紫空・暁(霄鴉の絵空事・d03770)の事を聞かれれば、自分に縁があり必要な者達だと軽く紹介して済ませる。あまりに煌介が堂々としているため、それ以上追求されることはなかった。
    「……伝承のソロモン72柱も幹部だったり眷属だったり……闇に弄られた話も多いのかな」
    「……知識の探求ってのは、行き過ぎると怖いもんだな」
     ステージ裏の雑音に混ざりこむように煌介が呟いた。ほぼ同時に昂修も呟きを落とす。
    「こういった催しを邪魔するなんて無粋ねぇ。まぁ、相手の真意なんて識らないけど。さっさと退治するに限るわ」
     ステージ裏を休む間もなく動きまわるスタッフ、飛び交う指示。それらを見て暁が息をついた。
    (「手段を選ばず、人の命すらも簡単に奪える……尤も、奴らに命を尊ぶような思考があるかは甚だ疑問だ。被害者にとって、今回のショーは『夢』みたいなものだろ。奪わせはしねぇよ、絶対に」)
     心の中で強く誓う昂修。ステージ裏の様子を見ているとその思いは段々と増していった。
    (「高校の制服着てるし、イベント参加者に知り合いのいる服飾を学ぶ学生ってことになるんだろうか」)
     バックヤードへの入り口で警備員に軽く会釈をした鳴神・月人(一刀・d03301)は関係者席へと案内された。同行している堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)と烏丸・織絵(黒曜の鴉・d03318)の事を聞かれて「関係者として連れてきてもいいと聞いている」と答えると、別段咎めもなく解放された。ステージに近い関係者席を見繕い、ふと思う。
    (「服飾を学ぶ学生? 俺のこのなりで? 春陽にそんな様子見られたら笑われるんじゃねえのかよ……」)
     椅子に腰を掛け、んなことより、と心中を改める。
    (「今回の敵、知識を記憶を奪うってのは許せねえよな。自分のもんじゃねえが積み上げてきたもんを横取りなんてさせてたまるか」)
     姿は見えないが、もうどこかにブエル兵はいるかもしれない。じっとステージを見つめた。
    「そのコート、暑くないのカナ?」
    「逆にこの格好のほうが業界人ぽくないか?」
     月人の隣りに座った紅いコート姿の織絵に朱那が率直な質問を投げかけている。すると間もなくショーが開始されるとの放送が入り、観客席に流れてくる人も増えた。
    「ショータイムか」
     織絵の呟きと共に会場の照明が落とされ、ステージ上をスポットライトが照らしだした。

    ●ショータイム
     艶やかな服がランウェイで舞い踊る。沢山のフラッシュが焚かれ、モデルが新しい服を着て登場するごとに歓声が上がっていた。灼滅者達はその光景をバックヤードで、ステージ裏で、客席で見つめながらその時を待っていた。
    「いい熱気ダネ。こんなステキに描かれた世界……奪わせる訳にはいかない」
     朱那の声は歓声に飲まれる。けれども近くにいる織絵と月人にはその意志と共に伝わった。
    「ファッションショー、良いですよね。きらびやかで……」
    「うぅ、きれいな人ばっかり……嫉妬の炎でマジックミサイルが打てそうです……」
     バックヤードのモニターでショーの様子を眺めるアデーレと月姫。
    「ダークネスもおしゃれしたいんでしょうか? 感性が人間と同じとは思えませんがね」
     アデーレの言葉にユリアがそうですね、と同意を示した。
    「凄いな……努力の、美……これが本物のファッションショー……」
    「キレイね。皆輝いているわ」
     ステージ裏から様子を窺っている煌介達。暁も煌介の言葉に頷いて。
    (「デザインや美術画は苦手だから……デザイナーの人は羨ましいけど、人が努力した物を奪って良い筈が無い」)
     煌介の視線の先にはショーの成功を確信してステージへと戻ってくる三人のデザイナーがいた。
     ステージに立った三人は大きな拍手に包まれて花束を受け取る。その笑顔が奪われることを知っている灼滅者達は、すぐに飛び出せるように位置取り、身構えた。
     マイクが渡されるとまず一人が倒れ、駆け寄った次のデザイナーが倒れる。客席もバックヤードもざわめきだして、次いで三人目も倒れた。ざわめきが悲鳴に変わる。ステージ上に現れたのは、人間大の化け物、それも三体。
     素早くステージ上へ躍り出た煌介がデザイナーに近い一体へ接近する。
    「ソロモン繋がりで、狩らせて貰うっすよ」
     振り上げた『Stella Sciath』を思い切り敵に打ち付けて。合わせるようにして昂修がその近くの個体へと『ゼーメンシュの牙』を振り下ろす。その間に暁は殺界形成を使用した。
    「――さ、離れて頂戴な?」
     ビハインドの漣は煌介が狙った個体へと霊撃を放つ。客席からステージへと飛び乗った朱那はパニックテレパスを使用して声を張り上げる。
    「焦ると怪我するヨ! 落ち着いて逃げて!」
     混乱を極めるホール内。開け放たれた扉に人が押し寄せている。彩咲は扉のそばに立ち、割り込みヴォイスで人々を誘導する。
    「あわてなくて大丈夫ですよ。こちらから、逃げてください」
     闇纏で姿を隠した杏は転んでしまった人を起点に将棋倒しになりそうな現場を発見して、転んだ人に躓いて倒れそうになる人の体を支えて戻す。そして転んだ人が立ち上がるまでそっと守るように誘導をした。遥香は混乱して逃げられない人にラブフェロモンを使用た上で、落ち着いてもらえるように丁寧に声をかけていく。そして一緒に出口を目指した。
     会場の避難が進んでいる間、月姫とユリアは協力して意識を失っているデザイナー達を舞台裏へと避難させていた。アデーレはそんな二人の前に出て、ロッドを振るう。
    「ただの小学生の力ではありませんよ!」
     右手で振られたロッドを叩きつけて魔力を流し込む。続けて月人の放った禁呪が爆発を喚び、三体全てが炎を纏った。
    「やっぱり、ファッションショーよりアクションショーだな!」
     一体あたりに掛けられる時間は少ない。集中攻撃を試みるべく織絵は傷の一番深い個体に槍を突き立てる。
     ブエル兵が動いた。無数のまち針が煌介と昂修に突き刺さり、もう一体は前衛の熱を奪いゆく。身体を振るうようにして余裕の表情でまち針を振り落とす昂修と煌介はタイミングを合わせて先ほどどちらも殴らなかった個体へと盾を振るった。一人一体ずつ、そしてできればこの個体は二人で引き受けられれば。
    「少し動かないで欲しいわね……あぁ、返答はいらないわ」
     さらりと言い捨てて暁が展開させるのは祭壇が作り上げる結界。三体全てを抱き込む。漣は引き続き最初に狙った個体を撃つ。その横をすり抜けて着弾したのは朱那の魔法弾だ。次々と傷を刻まれる個体に走り寄ったアデーレは、巨大な刀に変えた左腕を振り下ろす。
    「悪魔の左腕の味はいかがですか?」
     続いて接敵した月人は懐に入り込み、雷変換した闘気を宿した拳を思い切り突き上げる。反動でのけぞるように体勢を崩したブエル兵に織絵が迫る。
    「いや、寧ろパッションショー……?」
     その疑問を孕んだ呟きとは相反して、繰り出した影はギリギリと敵を締め上げていく。
     デザイン画が舞い飛び、まち針が鋭く光る。魔法の矢が軌跡を描き、灼滅者達を傷つけていった。だが灼滅者達は怯む様子を見せず、むしろより気迫を増して敵を倒しにかかった。月人の放った魔力の光線に貫かれた一体がざわりと姿を消した頃、デザイナー達を避難させていた月姫とユリアが戦線に加わった。
    「あ、あの……あなた達みたいなき、気持ち悪い眷属さんが魔法使いと同じ技を使うと風評被害がひどいので……そ、その……早く灼滅されてくれませんかね……」
     遠慮がちに告げながら夜霧で前衛を包み込む月姫。ユリアは癒やしの力を込めた矢を織絵へと放ち傷を癒やした。
     メディックの二人が戦線に加わったことで、灼滅者達の足元は固められた。後は時間内に敵を灼滅し尽くすだけだ。

    ●終幕
    「気付いた時には指ひとつ動かせない状態にしてアゲルよ!」
     朱那のその宣言が現実のものとなり、敵の動きが鈍ってきたように感じられた。月姫とユリアの回復を受けて戦線を維持しながら、攻撃を続ける。
    「影の遊戯、付き合って貰うわね」
     友人からもらった『Helio-trail』を楽しげに操り、傷の深くなった個体を縛り上げる暁。すかさず漣が攻撃を加えたのに合わせるようにして、織絵が紅いコートを翻らせて動く。
    「そろそろ退場してもらおうかッ!」
     織絵の槍がブエル兵の傷を抉るようにして突き刺さる。それがとどめとなって消えゆく個体。これで残りは一体だ。
    「時間はマダ大丈夫だよ!」
     時計を確認した朱那の声に少しばかりホッとするも、油断できない事実は変わらない。気を引き締めて、あらぬ方向へ攻撃を放った最後の一体に攻撃を集中させる。
    「……穿つ、すよ」
     煌介は『Lunatic Ulchabhán』を手にし、しなやかな体捌きで舞うように一撃を繰り出す。それに合わせて、追った傷を全く気にすることなく敵の懐に入り込んだ昂修が無数の拳を繰り出した。朱那の炎を纏った攻撃が敵の身体を焼きつける。敵はアデーレのロッドから流れこむ魔力に内側から蝕まれ、月人の両手から放たれたオーラを避けることが出来ない。
    「か、回復は大丈夫……です! た、畳み掛けて……ください!」
     月姫が煌介を癒しながら叫ぶ。ユリアも歌声で昂修を癒してゆく。
     攻撃手が他の個体を追い詰めている間に朱那が付与しておいた効果に蝕まれた最後の一体は、自分の思い通りに動けないもどかしさを魔法の矢にして放った。だがその一撃も不発に終わる。
    「無粋な相手への手加減はね、識らないのよ」
     暁の『Sleeping Beauty.』から放たれる弾丸は真っ直ぐに敵に向かって。漣がそれを追う。射線を確認した織絵が放つのは必殺のビーム。
    「オリオリビーム……なんてな?」
    「……貫け、氷月妃」
     煌介の操る氷柱が深々と突き刺さり、昂修の炎が敵を蹂躙する。朱那の石化の呪いが更に蝕み、アデーレは振り上げた左腕の刃を躊躇いなく振り下ろす。月人のアッパーでステージに倒れた敵に月姫は強酸性の液体を飛ばした。ユリアは歌声で敵を追い詰める。
     最後の一体は畳み掛けられる攻撃、降り積もるダメージに上手く立ち上がることが出来ないようだ。攻撃を試みようとするがそれも叶わず。
    「――ほら、喰われて還りなさい」
     暁の影が覆いかぶさるようにしてブエル兵を包み込む。影が消えた時、ブエル兵の姿もそこにはなかった。
    「なんとか十五分以内に灼滅完了だよ!」
     時計を確認して朱那が声を上げる。灼滅者達の間に安堵の空気が漂い始めた。
     これで避難させたデザイナー達も目覚めることだろう。ハプニングには見舞われたがショー自体は成功に終わっている。彼女達の知識も守ることが出来た。
     彼女達の今後のさらなる飛躍に期待しつつ、灼滅者達はホールを去る。
     次は灼滅抜きでショーを見に来るのもいいかもしれない。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月10日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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