それは僕の役目

■リプレイ

●学び舎にて
　子供達の楽しげな声が響いている。学び舎たる学校の校庭に響くその声は、この場が正常に機能している証のように思えた。
（「……約束は、大事だわ」）
　闇纏いした日渡・千歳（踏青・d00057）は時折視線を校庭から道路へと移し、将和の来訪を待っている。
（「ただ、それに目が眩んで、託されたものを見誤っているのなら、正すための一助となるのも年長の務めのうちかしらね」）
　心の中で呟き、小さく息をつく。
（「もし私の妹に同じ事を言われれば大丈夫な自信はないです……」）
　カシャン……フェンスに軽く手をかけてシャルリーナ・エーベルヴァイン（ヴァイスブリッツェン・d02984）は校庭に視線を投げかけた。プラチナチケットを使用しているので、校庭で遊んでいる誰かの姉にでも見えるだろうか。
（「でも私の力は守る為の力、二度と闇に堕ちたりしない為にも……」）
　自分にも妹が居るため、シャルリーナは悩みも含めて将和へと親近感を抱いていた。だからこそ、その力を正しく使ってほしいとも思う。
（「まさか亡くなった親父さんも、息子と交わした約束がこないな事になるとは思わんかったやろなぁ。早いとこ目ぇ覚ましたらんとな」）
　旅人の外套を使い身を潜めるアイネスト・オールドシール（アガートラーム・d10556）は門柱に寄りかかった身を起こし、そっと校庭へと視線を向ける。
「もし、自分が灼滅者の力に目覚めんかったら、あの光景が日常な生活を送れてたんやろうか？　……意味のない話か」
　近くにいる千歳やシャルリーナにも聞こえぬ声で漏れたのは呟きと苦笑。彼の視線の先には、この学校の生徒を装って校門に近い校庭で遊ぶ仲間達の姿があった。
「どうっ？　希紗のこの小学生っぷり！　今でもたまに小学生扱いされるわたしならゼッタイにバレない自信が……」
　子どもっぽい服を選んできた神泉・希紗（理想を胸に秘めし者・d02012）は思わず胸を張りかけたのだが。
「って、思わず自慢しかけたけど嬉しくない！　全然嬉しくないよっ！」
　自分で言っておいてなんだが、この事実にはちょっと凹んでしまう。
「大丈夫っすよ。おいらだってこうして小学生のふりができるっすから！」
　すかさず声を掛けた山田・菜々（鉄拳制裁・d12340）だったが、フォローになっているかは怪しい。だが心遣いは有りがたかった。
「いやぁ、校庭で遊ぶっていいね、何しようか。鬼ごっことか？」
　小柄なミケ・ドール（凍れる白雪・d00803）は小首を傾げて。ちらっと視線をずらすと下総・水無（少女魔境・d11060）が近くの砂場に座り込んでいた。
「砂遊びも子供らしくていいよねぇ」
「これ、子供らしいですか？」
　一番に水無に近づいた黒鐵・徹（オールライト・d19056）は彼女の手元を覗きこんで、後から追いついてきたミケ達へと首を傾げる。
「うーむ、ここの彫刻は中々に曲者ですね……」
　水無はいつの間にやら一つ、作品を作り上げていた。しかしそれはなんとやたらリアルな平等院鳳凰堂で。次に手を掛けているものも何らかの文化財をモデルにしたものらしく、とても子どもの砂遊びでは片付けられそうなものではなかった。
「すごいね！　希紗も何か作ろうかな？」
　そっと希紗が座り込んだのは、校門が見える位置。幸い砂場と校門はそれほど遠くない位置にあるので、将和が来たらすぐに出ていけるだろう。ミケと菜々も近くにしゃがみ込み、帽子を目深にかぶった徹は近くの金網に寄りかかって。全員、時折校門へと視線を向けるのを忘れない。
「お兄ちゃんって、私、欲しかったんだよねぇ……なんか、憧れるな」
「うん。頼れるお兄ちゃんがいるのはきっと素敵な事だと思うんだよ！」
　ミケの言葉に砂をいじりながら希紗が頷いてみせる。
「希紗に兄弟は居ないけど……まぁ、兄みたいな人なら居るしね……素敵かどうかはこの際置いとくけどね！」
　兄みたいな人の普段の様子を思い浮かべたのだろうか、希紗は軽く笑って誤魔化した。
「おいらは本当の家族からは逃げちゃったっすけど、今はかわいい弟みたいなのがいるっすからね。将和君の気持ちわからなくはないっす」
　手持ち無沙汰なのか砂団子を作りながら菜々が独り言のように呟いた。斜向かいにしゃがんでいる水無は手を止めずに口を開く。
「やれやれ、どこにでもシスコンの兄というのは居るものですね」
　まるで他にも心あたりがあるような口ぶりで呟いて、続けるのは決意。
「妹を大事にするのは結構ですが、それで妹を傷つけてしまっては本末転倒です。彼がただのシスコンで済むうちに解決せねばですね」
　すっと顔を上げて視線を校門に向ければ、そこには学校に遊びに来た子どもにしては切羽詰まった表情をした少年がいた。灼滅者達に緊張が走る。彼が校門をくぐろうとしているのを見て、徹と菜々が真っ先に動いた。

●ある兄の姿
「ちょっと待つっす。今、何をしようとしてるんすか？」
　校門をくぐって来た将和の前に立ちはだかったのは菜々と徹。菜々が殺界形成を使ったのを確認して、徹が叫ぶ。
「校庭は僕達のものです。遊んでいる子達はみんな出て行ってもらいます！」
　校庭を占拠しに来た悪い子のふりだ。殺界形成と合わせて、校庭で遊んでいた子供達が離れていく。
「どけっ！」
　将和は逃げようとする優野達を遠目に確認したのか、菜々と徹の間を強引に通り抜けようとした。だが校庭で遊んでいた他の灼滅者達が駆けつけて、そう簡単に抜けさせはしない。
「君は妹を助けに来たんですか！」
　徹が再び叫び、将和が何かを言うより早くサウンドシャッターを展開する。将和は子供達を脅かして校庭を占拠しに来た徹達から助けに来てくれたのだ、離れた所にいる優野達がそう思ってくれればいい――そんな願いから発生した小さな芝居。ダークネスの心無い言葉が万一にも優野に届かないように、将和が妹想いの頼れる兄として優野の元に戻れるように。
「邪魔するなぁっ！」
　包丁を取り出した将和は遠回りしてでもりゅう君の元へと向かおうとして、そして気がついたようだ。囲まれているということに。
「行かせはしませんよぉ」
　行く手を阻む仲間達と挟み撃ちにするようにして、シャルリーナと千歳、アイネストが後退をも阻む。
「ちくしょおおおおぉっ！」
　将和の身体から発せられたどす黒い殺気は容赦なく前衛を包み込む。だがその殺気から飛び出し、希紗は巨大な刀を振るう。
「将和くんは間違ってるしもの凄く誤解してる！　これから希紗達がその誤解を解いてあげるよっ！」
　ガツンと重い一撃が将和を襲う。次いでシャルリーナが将和との間合いを詰めた。
「私にも妹が居ますから分かりますよぉ……」
　闘気を宿した拳でのアッパーをきめ、体勢を崩した将和へと言葉をかける。
「きっとお年頃だから気恥ずかしさもあって言ってしまったものですよぉ。本心で拒否をするはずはありません」
「ねぇ、妹ちゃんの好きな子を殺して、お父さんホントに喜ぶかなぁ？」
　死角に入り込んだミケはできるだけ優しく、諭すようにと心がけて言葉をかける。合間に挟むのは斬撃。
「本当は分かってるんでしょ、こんな事しちゃダメだって」
　一人っ子であるからして、特にお兄ちゃんという存在には憧れがある。けれども今の将和はミケが憧れるお兄ちゃん像であるだろうか？
「こんな事をしても妹さんは悲しむだけですよ」
　指輪から魔法弾を放つ水無。その言葉に説得力がある気がするのは気のせいではない。シスコンの兄がいる妹の立場として、水無は言葉を投げかける。
「表面上で多少の変化があっても、妹がお兄ちゃんを好きな気持ちは変わりません」
「将和君のお父さんが言いたかったのは、将和君がお父さんの代わりに妹さんやお母さんを見守ってほしいってことだったんじゃないっすか？」
　立ち上がった将和へ向けた菜々の言葉。将和はビクリと肩を震わせたように見えた。菜々は真っ直ぐに将和へ向かい、勢いづいたまま拳を突き上げた。千歳は遠目に優野達がいなくなったことを確認し、清らかな風を喚び込み前衛を癒やす。
「……玩具を壊して、その気持ちは治まって？」
　穏やかな声色は殺気立つ将和の心に染み込むように届いて。
「あなた、このままだと、もっと代えのきかないものを壊そうとしているのじゃない？」
「男として家族を守ろうとしてきたその意気やよし！　せやけど、約束に囚われ過ぎて、お前さん自身を蔑ろにし過ぎやな。親父さんかて、息子に人殺しさせてまで約束を守れなんて言わんやろ」
　崩れた体勢を立て直す将和をまっすぐに見つめて、アイネストは前衛を夜霧の中へと隠す。
「人が持つには過ぎた力を持ってしもたことに戸惑うやろうけど、その力、壊すためやのうて、守る為に使わんか？」
「守る？　勿論優野を守るのは僕だっ！」
　将和の叫びはなんだか痛くて、己を不要と言われたくないと心が泣いているようで。徹はそっと言葉を口にする。
「君の妹は今も君を好きで、必要としていると思います」
　自らに絶対不敗の暗示をかけることで魂を燃え上がらせて。
「人殺しなんてしなくても、優野の大事なお兄さんは、君だけです」
　凛と言い放つ。将和は徹に走り寄り、刃を振りかぶった！
「言われなくともっ！」
　ガツンッ！　刃と刃がぶつかり合う音がした。徹の刀が将和のそれを受け止めていた。間合いをとるべく飛び退った将和に、希紗のロッドが迫る。
「優野ちゃんのお兄ちゃんは将和くんだけなんだよ！　お兄ちゃんとして守ってあげられるのは将和くんだけだからね」
　触れた先から流れこむ魔力が、将和の体内を蹂躙していく。
「それに……嫌われたわけじゃないと思うけどな。優野ちゃんにとって将和くんも特別な立場なんだよ」
「妹さんを祝福してあげて、無事を見守ってあげるのも…貴方がお父さんから受けた約束に変わりありませんから！」
　痛みに身を捩る将和に迫るのは、シャルリーナの守りたいという強い意志を乗せた言葉と超硬度の拳。
「今ならまだ間に合うでしょ？　やめよう、見守るのもお兄ちゃんの役目だよ」
　影を宿したミケのチェーンソーが踊る。その繊細な体つきから繰り出されたとは思えない豪快な一撃だ。
「キミはきっといい灼滅者になれるよ……その闇に勝てればね」
　ミケの一撃を追うのは水無の蛇のように伸びた刃。刃は将和を捉え、締め上げる。
「ウチではまだ兄と一緒にお風呂に入りますよ？」
　ブラコンの気がある水無はさらりとそんなことを言ってのけて。これも彼女なりの妹の立場からの言葉。
「今、将和君がやろうとしてることは妹さんを悲しませることじゃないんすか？　それは一番やっちゃいけないことっす」
「優野……優野が悲しむ？」
　死角に入った菜々の一撃が、深く将和を斬りつけて。千歳の放った符が狙い過たず彼に張り付き、催眠状態にさせる。
「お父さんとお母さんを天秤に掛けてご覧なさいな。一体どちらが大事なのか。きっと易くはない問題でしょう？」
　囁くような声。けれども不思議と将和の元へ、心へと届く。
「妹さんに大事な人ができたとしても、同じこと……ただ。妹さんにとってのお兄さんは、あなただけだもの」
　言葉を紡ぎつつ、千歳が思い出すのは兄達のこと。
「家族を守りたいんやったら、その力使いこなしてみぃ！」
　アイネストの『イド～常闇の黒騎士～』が広がり、そして将和を包み込んでいく。彼が影の中で見る光景は如何様なものか。
「全部自分の役目だと、背負いこまないでください。……僕が妹なら、そんな怖い顔より、いつもの優しい顔をみたい」
　影が晴れた後の将和の表情は相変わらず険しくて。だがどこか、迷いが見える気がした。徹は迷わずにサイキックソードを真っ直ぐに振り下ろす。
「父親がいなくなって、君まで変わってしまったら、誰が優野と母親を守るんですか？」
　バランスを崩して尻餅をついた将和に叱咤するように言う。思い出してくれればいい、初めて二人を守ると誓った時のことを。
「うぁぁぁぁぁぁっ！」
　迷いを断ち切ろうとしているのか、声を上げた将和は希紗の死角へと入り込もうとする。だが寸前でミケが立ちはだかり、刃をその身に受けた。
「おっと危ない……今の攻撃良かったなぁ」
　ありがとう、ミケに告げて希紗は影を放つ。
「優野ちゃんにとって将和くんも特別な立場なんだよ。お父さんとの約束を忘れたわけじゃないでしょ？」
　影に締め付けられる将和の瞳から、ギラギラとした殺意のようなものが薄れているように見えた。
「こんな将和くんを見たらお父さんも悲しいんじゃないかな……」
「守るという使命は決して捨てて欲しくないです……」
　希紗の言葉に重ねて、シャルリーナは稲妻を思わせるオーラを纏わせた足蹴りを将和の死角へと打ち込んだ。
「次は私から行くよ」
　ミケのチェーンソーがモーター音を上げる。思い切った斬撃に膝をつかざるを得なかった将和の額に、水無の放った魔法弾が深々と打ち込まれていく。
「ゆう……の」
　ぱたり、将和はそのまま校庭に倒れ伏した。

●兄と妹
「目ぇ覚ましたで」
　アイネストの声に、将和の目覚めを待っていた灼滅者達が駆け寄ってきた。不思議そうな顔をしている将和に、徹やミケが事情を説明する。
「混乱するのも無理は無いと思います。でも、真実です」
「真実……」
　水無に言われ、将和は自分の手を握ったり開いたりして。力を手に入れたことを確かめでもするように。
「キミには数えきれないほど出来ることがあるよ」
　兄として、灼滅者としてできることがたくさんあるとミケは語って聴かせる。壊すことではなく、守るための――。
「今度はその力で、妹さんや皆さんを守ってあげてくださいねぇ」
　そっと優しく差し出されたシャルリーナの手をとって立ち上がった将和は、頷いて身体についた土を払う。そっと近づいた千歳は、彼が自身では払えなそうな背中の土を払ってあげた。
「優野を迎えにいってあげてください。きっと、お兄さんを待ってます」
「……うん」
　徹に後押しされて、照れくさそうに笑った将和は優野達が逃げた校舎側へと走って行く。灼滅者達はその背中をじっと見つめて。
「家族の絆を守れたんすかね」
「守れたんだよ！」
　菜々の呟きを拾った希紗はニッコリと笑ってみせた。そしてうーんと伸びをする。
「がんばったら疲れた！　朝にーに何か奢ってもらおう！　うん、そうしよう！」
「そろそろ行きましょうか」
　千歳の言葉に灼滅者達は校舎に背を向けて。
　お兄ちゃん――泣きながら校舎から出てきた少女が将和に抱きつくのが見えたから、これで一安心だと校門を後にした。

作者：篁みゆ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年10月21日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 8／キャラが大事にされていた 0
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