行く宛のないメロディ

    作者:池田コント

     あるビルの屋上に男の姿があった。
     落下防止用のフェンスを乗り越えて、世話しなく行きかう人の流れを見下ろしている。
     それは間違いなく柴・観月(サイレントノイズ・d12748)だった。
     癖の強い髪の毛も、左目の下の泣きボクロも彼であることを裏付けている。
     以前の彼の姿と違いがないわけではない。
     眼鏡は外していて、よく使っていた音楽プレーヤーもつけてはいない。
     そして、なにより今の彼に浮かぶ表情は豊かで、いつだって無愛想な観月らしくなかった。
     眼下には、都会のスクランブル交差点。
     すぐそばの公園は待ち合わせ場所になっているのか、もう日は落ちているというのにかなりの数の人が佇んでいる。
    「たくさん人がいるね。そろいもそろってお気楽そうな顔してる」
     彼の視線の先には、いたるところに、彼の眷属が紛れ込んでいた。
     彼女らは、急ごしらえだが、彼の合図一つで暴行犯に変わる。
     大した強化はされていなくても、一般人相手だ。刃物を持たせれば十分に人を殺せることだろう。
     観月はくるくると杖を回す。以前の観月同様の癖だが、愛用していた黒い杖ではない。
     仕草や癖など、観月らしい振る舞いをしているのは、わざとだろうか。
    「お前は誰かに言ってほしいんだろ。過去のお前がしたことは正しいことなんだと」
     観月は誰かに語りかけるように話し始める。そこに観月以外の姿は見えない。
    「許されたいんだ。あいつを殺した自分を」
     嘲るように笑う彼を、否定できる者はそこにはいない。
    「もし誰かがお前を取り返しに来たら選ばせてやるよ」
     一つの選択肢は、迷わず自分を殺しにかかってきたなら関係ない連中は逃がす。
    「それでお前は満足なんだろ?」
     より多くの命を助けるために最低限の代償を支払うこと。
     もう一つの選択肢は、泥沼だ。やれる限りに皆殺し。
    「さ、始めるか。楽しもう、愉快な悲鳴のシンフォニーを」
     そう言って、彼は誰も知らない歌を口ずさみ始めた。

     
     あるダークネスが眷属を使って騒ぎを起こすことが未来予測された。
     その犯人は、どうやら先日依頼中に闇堕ちした学園の生徒、柴・観月で間違いない。
     現場は人通りの多い、都会のスクランブル交差点。
     彼が行動を起こす時間には、地面を覆いつくすような人波にあふれている。ダークネスが行動を起こせば、大パニックになるのは必至だ。
     彼と彼の眷属はパニックに陥った人々を傷つけ殺していく。
     灼滅者側が介入できるのは、ダークネスが準備を整え事を始める直前になる。
     ただ、彼に直接接触を持たないならば、こちらも周囲で多少の準備をすることはできるかも知れない。
     
     ダークネスは取引を提案してくるかも知れない。
     関係ない一般人は逃がしてもいい。避難が完了するまで眷属にも手出しさせない。
     その代わりに本気で自分を殺しにかかって来い。つまり、灼滅しろ、と。
     こちらに損のない提案に思えるかも知れない。観月の元人格を取り返すには戦う必要もあるのだから。
     だが、どうやらダークネスの目論見は別のところにあるようだ。
     元の観月の意識を追い詰めて、完全に体を自分のものにするつもりらしい。
     詳しいことはわからないが、多数の命を助けるために少数を犠牲にするということが、観月の過去に関係しているらしい。
     この中に観月から過去の話を聞いているものがいれば、参考になるのかも知れないが。
     提案を断れば、ダークネスは一般人への攻撃を続行する。結果、多数の死者が出るだろう。
     
     ダークネスの眷属は、全数を把握できていないが、十体以上いるのは確実だ。
     急造で数が多い分個体の力は大したことはない。それでも大勢の人間が一斉に周囲の人を襲い始めれば大惨事になるだろう。
     
     闇堕ちした観月を救うためには、ダークネスの中に眠る彼の人格を説得して呼び覚まし、闇の力を散らした上で彼を倒す必要がある。
     だが、どうも元の観月は自分の灼滅を望んでいるようにも思える。それが正解なのだと。
     彼を救うに超したことはないが、もし万が一それがかなわない場合には、この場で彼を灼滅してきて欲しい。
     今回の救出がかなわないならば、完全に闇堕ちしてしまうだろうから。

    「めちゃくちゃ強そうでめちゃくちゃ怖いけど、絶対に連れ戻してこようね!」


    参加者
    天埜・雪(リトルスノウ・d03567)
    成瀬・圭(声亡き唄・d04536)
    明日・八雲(十六番茶・d08290)
    桐城・詠子(ダウンリレイター・d08312)
    猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)
    撫桐・娑婆蔵(帝国領二十人部隊斬込隊長・d10859)
    乾・剣一(草刈り大名・d10909)
    柊・司(灰青の月・d12782)

    ■リプレイ


     街は暗い海に沈んでいるようで、人工的なネオンが不愉快に明るい。
     猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)が屋上の扉を開くと、人影が振り返った。
    「遅かったね。来るんじゃないかとは思っていたよ」
    「男が待つのは常識ですよ」
     懐かしいはずの顔は、やっぱりどこか違っていて、違和感が湧いた。
     桐城・詠子(ダウンリレイター・d08312)は凛と言い放つ。
    「観月さんを取り返しに来ました」
     観月はフェンスの上に腰掛けると、からかうような笑みを浮かべる。
    「今の観月は俺なんだけど」
     成瀬・圭(声亡き唄・d04536)は一歩前に出る。
    「一般人に手ェ出すより、オレらを殺した方が柴は傷つくはずだぜ。下になんざいかねーでこっちに来いよ」
    「へぇ……」
    「それとも、オレらを倒す自信がねえか?」
     ケンカを売る態度。下に降りられた方が面倒なことになる。
    (「どうだ……乗って来い」)
     観月は醒めた視線を圭達に送ると、フェンスから降りた。
    「安い挑発だね。いいよ、乗ってあげても」
     あっけなさを感じて、乾・剣一(草刈り大名・d10909)の心は少し軽くなる。
     理想は、この屋上での戦いですべてを済ませること。
    「お前が取引に乗るなら俺達は逃げない。悪くない話だろ?」
    「いいや、悪い」
    「え」
    「お前らに悪くないというのが、この上なく悪い。話はそれだけ?」
     天埜・雪(リトルスノウ・d03567)が仲間が制止する間もなくつかつかと観月に近づき、手紙を突き出した。
    「……」
    「なに、手紙?」
    「……」
     雪の瞳には『絶対に赦さない』という意思。
     同じ立場だったとしたら自分も闇堕ちを選んだだろう。だから、そのことは責めるつもりはない。
     けれど、約束を果たさず待たせることに憤りを覚える。まして、このまま帰ってこなかったら……。
     緊張の中、観月が物言わぬ少女から手紙を受け取るのを見つめる。
     手紙には雪が観月と交わした約束のことが書かれていた。
     いちごみるくとチョコレート。約束破りはさばおり。
    「ありがとう」
     けれど、観月は読まずに手紙を破った。
    「……!」
     千切られた紙片が風に舞う。
     光の失われた雪の目から、勝手に涙が流れた。
    「でも、こういうのいらないから。それよりさ……」
     観月は二つの選択肢を提示してきた。一般人の安全『10』か、柴観月の命『1』か、選べと。
    「あんたを殺しに来たんだよ、柴ちゃんは返せ」
     怒る明日・八雲(十六番茶・d08290)を詠子が抑える。
    「灼滅を選べば貴方は大人しく殺されるのですか?」
    「さあ?」
     圭は仲間を振り返る。答えは出ていたが、柊・司(灰青の月・d12782)はあえて首を振る。
    「……だとよ。つーわけで、その提案はお断りだぜ。夏虎! 始まるぞ!」
     ここにいない、仲間の名を呼ぶ。
    「よござんす! 禊の時間、始めやしょうか、柴の兄貴」
     撫桐・娑婆蔵(帝国領二十人部隊斬込隊長・d10859)はチェーンソー剣のエンジンスターターを強く引き絞る。愛剣が唸りを上げて応えてくれる。
    「叩き直すなんざァ生温い……! そのひねた根性、いっぺん撫で斬りにしてやりまさァ!」


    「みなさん、行動開始です!」
     繋ぎぱなしのスマホに耳を澄ませていた久米・夏虎(納豆娘・dn0059)が叫ぶ。
    「行動開始デース!」
    「おー!」
     ウルスラの復唱に応じて右手にはめた赤手袋をかざす。仲間の印。
     風が吹き始めた。アストル、心、彰、翠、供助、リステア達の魂鎮めの風。
    (「ホントは私が真っ先に恩を着せたかったんだけどナ」)
    (「〆切もうすぐだよ。早く帰ってこいよ……ばか」)
     彦麻呂、芭子も加わる。
    (「ねえ柴ちゃん。俺歌が下手だからさ。今度コツ教えてよ」)
     車は、怪力無双を備えた小次郎、美樹、昭子、諒二、律希と正流、茉咲達が受け止め、エンジンを切り、移動させる。
    (「帰っておいで。遊び相手がいないとつまんない」)
     篠介や一途、千架達は先行して殺界形成。眠った人はエイダと青士郎、優奈、焦、小夏、空哉、皐臣、鈴莉、ヴィルヘルムらが避難させ護衛につく。
     どこからか歌声が響き、眷属達はようやく動き始めた。
     眷属退治の始まりだ。
    「遅れンじゃねェですよッ!」
     赤音、叡智、シン、ハリー。
     祐一、由乃、エルメンガルト、明雄、アロア、蔵乃祐。
    (「貴方がいないと、成り立たないのよ。帰ってきてくれなきゃ、困るわ」)
    (「どうか、どうか、自分が無価値だと思わないで」)
     天音、恢、紫苑、輪太郎、智、ラピスティリア、翡桜、在処、紫姫、蕾花、太郎。
    (「ごめんなさい。切り捨てていい1は君じゃない」)
    「断罪なんか、してやんないわよ?」
     かえでと千波耶、恭太朗、ゲイルと千尋、実、寛子、錠、葉、香艶、純也、依子、裕也、蓮二、榮太郎、優歌、由良、有無。
    「戻って来い、柴観月! 話したか事、まだ沢山あるんだから!」
     緒璃子、冴。
    「観月見ろ、君や僕が思ってる程、世界は残酷じゃない」
    「女の子を泣かせるんじゃねえよ! クソが!」
     沙花、麗終もまた戦いに身を投じる。


     詠子は癒しの矢を放ちながら、叫び続けた。
    「知って下さい、観月さん。知らない一般人の命より柴さん一人の命の方が大事だ……って、そう言ってくれる女の子がいるんです」
    「薄情な子だね。でも真理だ。他人なんか何人死のうが構わないよね」
    「……ッ!」
     小馬鹿にするその態度。
     負けない。くじけない。
    「貴方の考えは否定も肯定もしません。ただ、貴方の手が届かない1は私達が救います! だから……10は貴方が救って下さい!」
     仁恵が殴られ、圭が蹴られ、
    「こんなところで1として間引かれるのを待っているつもりですか。貴方はまだ誰かを救えます、柴観月さん!」
     観月の放った音の衝撃が娑婆蔵を弾き飛ばした。
    「まだやる気?」
     娑婆蔵は激痛を堪えながらチェーンソー剣を支えに立ち上がる。
    「笑えねえ冗談はよしておくんなせえ」
     エンジンを再起動させて突っ込む。
    「あっしがヒーヒー言って入る時、いつもサラッと手を差し伸べて下すった。その御恩を何も返せてねえ!」
     刃はたやすく避けられた。けれど何度避けられようと娑婆蔵は攻撃を繰り返す。
    「勝手に居なくなりなさんな! 帰ってきて下せえ!」
    「……!」
     蒼い雷纏う刃が観月の腹部を引き裂いた。
     驚いた観月だったが、優勢はまだ揺るがない。
     フェンスの上に立ち、灼滅者の非力を嘲笑う。
    「退屈だな、もっと楽しませてよ」
    「……調子に、乗るんじゃねーですよ」
    「場所を変えよう」
    「……!?」
     咄嗟に八雲と司は飛び出していた。
     観月がふわりと跳んで、何もない空へと身を投げ出したから。
     二人の手はわずかに届かず、背中から落ちていく。
    「……死にゃぁしねえ、下に降りるだけだ! 追うぞ!」
     圭の叫びに我に返り、八雲は司を抱えて屋上を飛び降りた。
     落下速度を制御して、誰もいない場所へと着地する地点を見定める。
     万が一降りたところに人がいれば、灼滅者はともかく相手はただでは済まない。
    (「俺は誰も堕ちさせないし死なせない! 君のために、君が帰ってくるために、俺のために!」)
     詠子は雪を担ぎ、娑婆蔵は剣一を抱え、仁恵は圭を背負い、追いかけてくる。
     落ちながら笑む観月。
     縮まらない距離。
    (「柴ちゃん、俺は柴ちゃん好きだよ。仏頂面も、どこかさめた価値観も、歌声も」)
     八雲の脳裏に、カラオケで仁恵に無理やり歌わされていた観月の姿。
    (「そこまで付き合い深くないけど、なのに好きだよ」)
     あの場所、あのとき。
     観月がいたあの居場所が……。
    (「柴ちゃんがいないと10どころか100が泣くぞ」)


    「みーちゃん!」
    「柴のおにーちゃん!」
    「ハル先生!」
     降りてきた観月に気づいて、故、まりも、エイダ達が叫んだ。
    「見ろよ。お前を連れ帰るために八十三人も集まったんだぜ? 皆お前のコト待ってんだ。まさか戻らないなんて言わねーよな?」
    「……ご苦労なことだ」
     観月はため息をつく。
    「んだと?」
     詠子は豹変し、ゴロツキのような口調で食って掛かる。
    「聞こえてンだろ、あの声が! 聞こえねえ振りすんな! そんなに引きこもりてェなら、引き摺り出してやるよ!」
    「あーあ……つまらない」
     観月の体が半獣化した異形へと変わっていく。
     黒山羊の角が生え、下半身も獣のそれとなる。
     再び観月が歌を口ずさむ。
     劣勢だった眷属達が死に物狂いで暴れ始めた。対処に追われる。
    「……?」
     喧騒の中に歌が混じった。
     怒号や悲鳴や騒音に比べれば遥かに小さいその歌声は、仁恵から発せられていた。
    「……柴ちゃん。君が昔した事は間違っちゃいねーとは思うです」
     大事な人の、灼滅。
    「その時最善の事をしたんでしょう。でも、だからといって今の君が正解だとはにえは思わねーです」
    「別にお前の答えな……」
    「甘えてんじゃねーです!」
     大きい声。
     とても。
     仁恵の小さい体のどこにそれだけの声が出せる力があるのか。
    「昔の君は弱かった! それだけです! 今の君は力があんですよ。人を引っ張る力が。強者である自覚を持ちやがりなさい! その意味わかんねーやつ引っ込めてさっさと起きねーと今回はスマホを壊すだけじゃ済まねーですよ!」
    「……うるさいな」
     観月の杖が突き出された。
     閃光のように何度も打たれ、仁恵は力なく倒れる。
     観月は次の相手に目を移し……。
    「!?」
     足首をつかむその手に気づく。
     見れば、倒れたはずの仁恵があっかんべー。
    「いじけてんじゃねーですよばああああか!」
    「……く!」
     蹴りつけて強引に引き剥がした観月に、剣一が迫る。その炎が観月に届く前に、魔力の塊が剣一の体を吹き飛ばした。
     直後。
     剣一の陰にぴたりとついて、その股の下を潜り抜けた雪が閃光百烈拳を放っていた。
     その打撃を受けながら、観月は高めた魔力を解き放つ。
     強烈な閃光。爆発。
     雪がそれに耐え切れたのは、彼女のビハインドがその身を盾にかばってくれたから。
    「……っ!」
     彼女を抱える体勢で、ビハインドの体が塵と消える。
     淫魔灼滅は雪にとって絶対の誓い。観月さえ例外でない。
     けれど、楽しい日々の思い出が邪魔をする。
     雪は心を引き裂かれるような葛藤を味わう。
    「厳しいけど、俺らも退くわけにゃいかねーしな」
     剣一は自分を奮い立たせる。
     けれど、観月の力は圧倒的で、一人また一人と倒されていく。
    「……君のことを守りたいって人はめっちゃいっぱいいるから」
     八雲は観月の巨大な魔力の手につかまれ、空中にいた。苦痛に顔を歪めて。
    「君だけじゃなくて全員守ろうってみんな思ってるから……柴ちゃんも力を貸して。ぐ、独りだったら無理だけど、今の俺達なら1も10も助けられる……きっと。だから……」
    「今の俺達なら? 一人も残さず救えるって?」
     観月は嘲笑う。
    「じゃあ、まず自分を救いなよ」
     次の瞬間、八雲は握り潰された。
     魔力の爆発に呑まれ、雪は十何メートルも離れた噴水の中にたゆたう。娑婆蔵はアスファルトを貫いて地面に減り込んでいた。
    「……ッざけんじゃねェぞ、観月ィ!」
     詠子の放つ裁きの光が観月を焼く。観月の魔力球が交差。爆発。詠子は地下鉄への階段を転げ落ちていった。
     圭は司の肩を借りて、立ち上がる。司は懸命に治癒。
     既に圭は満身創痍。全身には血と汗と土と埃。骨は折れ、皮膚は破け、不気味に歪み、むくんでいる。
     けれど。
     残された片目に光は消えない。
    「こうなったら、1も10も100も知ったことかよ……」
     握ったバットの先を観月へと向ける。
     さながらホームラン宣言。
    「お前が100を救うために1を、自分を投げ出すって決めたなら」
     司から離れ自立。体を鞭打ち、一直線に観月の元へと突っ走る。
    「オレたちが力を合わせて、101全部救ったらアァァァッ!」
     魔力。爆発。
     それをぶち破り、圭のバットが観月を打つ。
     圭は前のめりに転んで倒れ……けれど、観月は立ち上がる。
     司は頭から血を流しながら言う。
    「僕はどちらの選択も間違ってないと思います。大事なのは後悔しない事、選択に責任をとる事」
     観月が杖の先を司に向ける。
    「後悔するなら例え彼女が闇に堕ちようと柴君は彼女を倒すべきじゃなかった」
     杖がかすかに震えた。
    「……でも、それは遅いから。柴君はその後悔を抱えて生きなきゃいけない。生きて……柴君の中で彼女を生かしてあげないと。それが責任だと思います」
     観月はへらっと軽薄に笑った。
    「こいつはその責任なんか放り捨てたよ。とっくの昔にね」
     司は首を振った。
    「一人で背負う必要なんてない。柴君の夢はいつも、彼女を殺すところで終わる、エンドロールは変わらないって……そう言ってましたよね? でも、僕達の終わりはそこじゃないでしょう。過去は変えられない。苦しみも後悔も消えない。けど、君と僕達の世界は続いていく」
    「地獄は続く」
    「地獄でも何でも。君と一緒に生きたいと思う人は沢山います。君にはいませんか……? 僕は、居ると信じたい」
     魔力の高まり。
    「俺の傍らには、もう誰もいない。×ね」
     魔力が放たれる寸前。
     剣一が羽交い絞めにした。
    「……生きてたの?」
    「ふざけんな! 今は全員で生きて帰る時だぜ、お前を含めてな」
     周囲の喧騒は治まっていた。
     眷属は全て鎮圧され、避難も完了したのだ。
    「後はお前さえ帰ってくれば、1も10も全部助けられる」
     司の肩を借りて、再び圭が立ち上がる。もう両目とも見えているか怪しい。
    「散々引っ掻き回しやがって……今日このときのためにオレたちがどんだけ心配したか、どんだけ頭煮えさせてたか、知らねーだろ、お前」
     仁恵が動かせる右手だけ上げて「やったれ」と示してる。
     娑婆蔵も、八雲も、雪も、詠子も、他のみんなもその時を待っている。
    「お前が大事だから、お前が大切だから、お前の事がみんな、好きだから。だからここまでやってきた!」
     音楽好きで、漫画家で、ラジオのリスナーで、いつも不機嫌そうで、ちょっと照れ屋な。
     司の手を借りて振りかぶる。
    「自分が世界一不幸みてえな、辛気くせぇ面しやがって、寝ぼけてんじゃねえぞ、バカ柴! とっとと目ェ覚ましやがれェェ!」
     強烈なフルスイングが剣一ごと観月を吹き飛ばした。


     ね……。
     死んだあいつがお前の最愛の人だというんなら。
     俺にとってあいつは何になるんだろうな……?

     目覚めた観月の視界に入ってきたのは、見知った仲間達の顔。そして、ナース姿の剣一だった。
    「……乾剣一君は何に目覚めたの?」
    「最初の一言がそれかよ! 他に何かあるだろ」
    「柴さん、迎えに来たよ」
    「観月ちゃんおっかえりー!」
    「あ、あのサイン……」
     仲間達にもみくちゃにされながら、観月は言う。
    「なにか、色々あるけど……とりあえず、ただいま」
     篠介達の依頼もこれで落着を得た。
    (「今度こそ、一緒に帰ろう……」)
     今では信じることができる。
     明けない夜はないと。

    作者:池田コント 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 33/感動した 24/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 14
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