「コホッコホッ、コホッコホッ……」
消灯時間の過ぎた病室に響く、乾いた咳の音。
(「苦しい、よぉ……」)
小さな身体をベッドに横たえた少女が薄い胸を喘がせる。
(「やだもう、こんなの……やだ」)
すぐには治まる気配のない咳の発作に耐えながら、少女は堪らずシーツを握り締めた。
今年7歳になる少女、実里(みのり)は生まれつき呼吸器系が弱く、これまでにも何度か入退院を繰り返している。今回の入院も半月ほど前に風邪をこじらせたのが原因であったが、突然襲い来る発作や家族と離れて過ごす夜は、幼い実里の心までをもすっかり弱らせていた。
「ママ……」
苦しい息の下、今夜はもう自宅に帰ってしまっていないはずの母を呼ぶ。
両目に浮かんだ涙越しに霞む視界。
その先に映る白い影が、暗闇の中から実里に向かって近づいてくる。
「ママ? ねぇ、ママなの?」
「苦しい?」
問いに答える代わりに、人の形をした影は優しい声で尋ねて実里の髪を撫ぜた。
「その苦しみも胸の痛みも、アタシが全部消してあげましょうか?」
傍らで、ふふっと小さく笑う気配がする。
実里は指先で涙を拭い、声のする方向に顔を向けた。
「……天使、さま?」
真っ白な看護師さんの制服を着たきれいなお姉さんが、こっちを見て笑ってる。
今この状況でその姿を言い表すにふさわしい言葉を、実里は他に知らなかった。
「天使、ねぇ。確かにアタシたち、白衣の天使……なーんて呼ばれることもあったっけ」
緋色の髪を揺らし、少女の元に舞い降りた白衣の天使。
彼女はふふっともう一度笑い、ぼんやりと自分を見つめ返す無垢な瞳を覗き込んだ。
「アタシの眷属……んー、そうねぇ。仲間? 部下? あっ、下僕! ……ってのも分かんないか。とにかくアタシの言うコトを聞いてくれる友達……うんそう、友達になってくれたら、アナタの病気をみーんな治してあげちゃう」
「ほんとう?」
「ホントホント、この『白衣の天使さま』こと『いけないナース』のヘリオドールちゃんにまっかせなさーい!」
それまでのシリアスな雰囲気がぶち壊しな気もするが、まぁ気にしない。
文字通り暗い病室にパッと花を咲かせるような笑みを振りまき、ヘリオドールは実里に向かって右手を差し出した。
「だから、ね? アタシと契約しましょ♪」
「えと、あの……こんにちは」
やや緊張した面持ちで教室に入ってきた夢咲花・はのん(小学生エクスブレイン・dn0129)が、はにかみがちに言って会釈する。
はのんは呼び集められた8人の灼滅者が全員揃っているのを確かめると、事件に関する資料を纏めたファイルブックを取り出した。
「都内にある大学病院、その小児病棟に『いけないナース』のヘリオドールさんが現れました。あ、えっと、『いけないナース』というのは、最近よく各地の病院に出没している看護師さんの格好をした淫魔のことです」
念のためにそう付け加え、さらに説明を続ける。
「『いけないナース』は普通の看護師さんとして病院に入り込み、そこに入院している人たちに、病気やケガを治す代わりに自分の眷属になるよう契約を持ちかけるそうです」
契約を交わした人間は強化一般人となり、淫魔の配下と化してしまう。
こうして淫魔たちは人の弱い部分につけ込み、続々と眷属を増やそうとしているのだ。
「淫魔と契約を交わした患者さんたちは、実際すぐに元気になって病院を退院するのですが、その後の消息がぷっつりと途絶えて行方不明になっています。恐らくは、淫魔に連れ去られてしまったのではないかと……」
悲しげに目を伏せ、唇を噛むはのん。
「これ以上犠牲者を増やさないためにも、みなさんにはこの淫魔……ヘリオドールさんの灼滅をお願いします」
灼滅者一人ひとりの顔を見回し、はのんはぺこりと頭を下げた。
「みなさんに向かっていただく病院には患者さんの散歩コースにもなってる広い裏庭があって、みなさんが現場に到着した頃にはちょうど新しく契約を交わしたばかりの女の子……実里さんを連れたヘリオドールさんがそこを通り掛かります」
裏庭に続く道は病棟からの他にもうひとつあり、敷地の外に抜ける裏口の通用門に繋がっている。
「恐らくヘリオドールさんは、この道を使うつもりなのでしょう。彼女が実里さんを連れて行ってしまわないうちに、その場で待ち伏せるなり、追いかけて戦いを仕掛けるなりして下さい」
戦闘が始まるとすぐ、ヘリオドールが護衛として病院内に残している強化一般人が駆けつける。
その数、2名。
実里よりも少し年上の男の子と、中学生くらいの女の子がそれぞれ1人ずつといった構成だ。
「男の子はディフェンダーのポジションでバットをロケットハンマーのように振り回し、スナイパーの中学生のお姉さんが持ってる指輪には契約の指輪と同じ効果があります」
敵陣営の中心となるヘリオドールは、メディックのポジションからサウンドソルジャーのそれに似たサイキックを使い、実里はクラッシャーとして巨大なうさぎのぬいぐるみを無敵斬艦刀の代わりにして灼滅者たちに襲いかかってくる。
「今回の敵の中では一番の強敵ではあるものの、実はヘリオドールさんはそれほど強くありません。灼滅者の人が4、5人で掛かれば、十分互角以上に戦えるでしょう」
ちなみに裏庭には、光源となる街灯が等間隔に設置されている。他にベンチや小さな花壇、背の高い樹木が植わっていたりもするが、そのどれもが戦闘の妨げとなる可能性は限りなく低い。
「ヘリオドールさんや他の『いけないナース』さんが誰の命令で動いているのかは、現時点では何も分かっていません。もし何か聞き出そうとしても、彼女たちが何を知り、何を命じられているのかを明かすことは決してないそうです」
無用の心配や詮索などはせず、ただ戦いに集中するのみだと、はのんは灼滅者たちを励ました。
「あ、それから……」
最後にもうひとつ、と思い出したように言う。
「戦闘が終われば、強化一般人にされていた3人の人たちは元に戻ります。『いけないナース』さんの治療の効果なのか、病気に苦しめられてたはずの実里さんたちが前よりもずっと元気になってた……なんてこともあるそうですよ」
嘘か本当かは分かりませんけどねと、新米エクスブレインの少女は、このときになって初めて灼滅者たちの前で子供らしい笑顔を見せた。
参加者 | |
---|---|
蓮華・優希(かなでるもの・d01003) |
桃地・羅生丸(暴獣・d05045) |
高峰・緋月(全力で突撃娘・d09865) |
御厨・司(モノクロサイリスト・d10390) |
風舞・氷香(孤高の歌姫・d12133) |
袖岡・芭子(匣・d13443) |
山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836) |
青海・理人(理性の人・d19017) |
●月だけが見ていた
冴えた三日月が夜を照らす頃。
都内の某大学病院に到着した灼滅者は、敷地内の裏庭へと足早に向かう。
「最近流行りのいけないナース、か。あんな色っぽいナースなら俺も診てもらいてえモンだぜ」
薄暗い病棟を見上げ、淫魔のナイスバディを思い浮かべる桃地・羅生丸(暴獣・d05045)。
(「……看護師? うちの妹の方が綺麗だ……」)
実物を見ずともそうに決まっている。
胸の中で断言する筋金入りのシスコン……もとい、妹思いの優しい兄である青海・理人(理性の人・d19017)の傍らで羅生丸は口元をニヤけさせたが、それもほんの数瞬のこと。
「だが、幼いかわいこちゃんが犠牲になるのは見逃せねえ」
悪いが思い通りにはさせねえぜと拳を握り、羅生丸は幼女好き……も、もとい、正義感溢れるイケメンナイスガイの血を滾らせた。
●偽りの天使
『いけないナース』こと淫魔ヘリオドールを灼滅し、強化一般人にされた少年少女を救うには、もうじきここを通りかかるであろう彼らを待ち伏せて戦うのが得策。
そう考えた羅生丸たちは、大きな樹木や物陰に身を潜めて機会を伺う。
「……無理やり従わせて何をするかはわかりませんが、一般人に被害を出すのは見過ごせません」
「子供と闘うのは気がひけるけどね」
けれどここを通してしまったら、実里たちはもっと苦しむことになると思うから。
静かに怒りの炎を滾らせる風舞・氷香(孤高の歌姫・d12133)にそう答えた袖岡・芭子(匣・d13443)は、頭では理解しているはずなのに、少し気が重い気がして浮かない表情。
普段は明るく元気な高峰・緋月(全力で突撃娘・d09865)も、なぜか今日は酷く無口だ。
「……」
御厨・司(モノクロサイリスト・d10390)の放つ殺気のせいか、辺りに人の気配は感じられない。
そもそもこんな真夜中に外を出歩く物好きがいるとは思えないが、司が敢えて『殺界形成』を使ったのは、一応念には念を……ということなのだろう。
念を入れるという意味では、靴紐を固く結び直した山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)も気持ちは同じ。
(「うん、これで大丈夫……」)
両手で頬を叩き、気合を入れる。
それはいつかの苦い敗北……ダークネスとの戦いに二度と負けたくないという、透流なりの決意の表れかもしれなかった。
「あ……」
自分たちが今来た道から反対側に伸びる、草生した小径が目に入る。
エクスブレインの話では、ヘリオドールはあの道の向こうにある裏口の通用門から実里を連れ出すつもりなのだという。
「んと……うん、そう」
透流は事前に調べた周辺の地図と頭の中で照らし合わせ、改めて地形や門までの距離を確かめた。
(「そろそろ、かな……」)
半ば無意識に、蓮華・優希(かなでるもの・d01003)が上着の中の懐中時計に指を触れさせたそのとき──。
「……!?」
病棟と裏庭を繋ぐドアが開き、誰かが出てくるのに気づいた緋月や氷香らが身構える。
「……あら?」
若い女の声。
相手も何か気配を感じたのだろうか。
立ち止まった女の前に、裏口に続く道を背にする格好で灼滅者の一団は躍り出る。
「こんな時間に何のご用かしら?」
真っ白な看護師の制服が夜目にも眩しい。女は艶然と微笑むと、その名の由来ともいえる半貴石に似た瞳で見返した。
間違いない。
彼女こそが灼滅すべきダークネス、『いけないナース』こと淫魔ヘリオドールであった。
「よう、そこのべっぴんナースちゃん。急患なんでちょいと俺の事も診てくれねえか」
ひゅうと口笛を鳴らし、羅生丸が挑発気味に声をかける。
「急患?」
「恋の病ってヤツでな、そいつをアンタに治してもらいてえのさ!」
言うが早いか、羅生丸は無敵斬艦刀『鏖し龍』を淫魔めがけて振り下ろした。
「きゃっ」
ヘリオドールが身を竦める。
だが次の瞬間、彼女は信じられないスピードと跳躍力で後ろに飛び退っていた。
「や~ん、せっかくのヘアが乱れちゃうじゃないのぉ」
頬にかかる髪を掻き上げ、腰をくねらせる。
そんな淫魔を守るように実里がヘリオドールと灼滅者の間に割って入る。病人だったとは思えない、軽快で俊敏な身のこなしだ。
「わたしの友達……させ、ない……」
大きなうさぎのぬいぐるみを振り回し、実里は虚ろな目で灼滅者たちを睨めつけた。
友達──。
その言葉が、芭子の胸に哀しく響く。
「病気の時って気持ちも辛くなるよね。病気を治してくれるなら、そりゃ天使に見えちゃうよ。けど……」
「取引を持ちかけるのは悪魔のすることじゃないのか」
白衣の天使を揶揄するように言って、口の端に冷笑を浮かべる司。
「にしても……」
こんなにも残酷で卑劣な手を考えついたものだと思う。
(「例えば突き付けられたものが命の期限などではなく、歌うための器官の故障であったなら……」)
偽りの天使の手を取っていたのは自分だったかもしれない。
自嘲気味に独りごちる司を、彼に寄り添うビハインドは何か言いたげにそっと見上げた。
(「……治したいのに治せない。そんな病が治るなら……悪くない話だが」)
軽く顎に手を添えた理人が、物憂げな表情で目を伏せる。
「健康と引き換えに患者の心を闇に食べさせて、自分ではなくなってしまわせる……とは、ね」
肩を竦めた優希の呟きにも皮肉が混じる。
「本当のことを知れば、君の提案を受けいれたのかな?」
優希は淫魔の答えを待たず、深い青の瞳を実里に向けた。
「こんなに暴れる為に健康を望んだの?」
このままでは自分の大事なものまで傷つけてしまうから──。
「今ならば……帰ってこれるよ?」
●救いの手
外に洩れぬよう、全ての音が遮断された戦場内にも静寂が広がる。
張り詰めた空気の中で実里、それにヘリオドールまでもが動きを止めてしまったように思われた。
「帰っておいでよ」
差し出された手。
くっと息を呑む実里。そして……。
「ほんとうのことなんて知らない。わたしは間違ってなんか……ない。天使さまと友達になって、こんなに強くなれたんだもの……」
乱暴に振り回されたぬいぐるみが優希の手を打つ。
「あらら、お気の毒……てゆーか、アタシもアナタの言ってるコト、ぜーんぜん意味わかんない」
実里の後ろで、ヘリオドールがさもおかしげに笑っている。
どんなに言葉を尽くしても、今の彼女たちに伝わることはなさそうだ。
「……悪くない話を、悪くない話のまま、終わらせるには……」
やはりこうするしかないと、理人の拳に青白いエネルギー障壁を展開するコイン状の盾『青鷺火』が現れる。
「悪質な友情の押し売りはくーりんぐおふしようね」
自らの利き腕を歪な鬼の手に変え、芭子も戦闘準備を整えた。
「いいわ、アタシたちがたっぷり遊んであげる」
悪戯っぽく片目を閉じたヘリオドールの周りに強化一般人の少年少女が駆け付ける。
野球のバットを肩に担いだ少年は淫魔の盾となり、少女は薬指のリングを大事そうに胸に抱えた。
「……さあ、唄を紡ぎましょう」
文字通り、歌うように言ってスレイヤーカードの封印を解く氷香。
それとほぼ同じタイミングで優希が手の甲に宿したシールドを広げて仲間の守りの力を引き上げると、氷香の白い指に嵌る契約の指輪から淫魔目掛けて魔法弾が放たれた。
「やんっ」
ヘリオドールは大袈裟に身を捩ったが、さほどダメージは大きくないようだ。自ら癒しの歌声を響かせ、たちまち回復してしまう。
「おイタの過ぎるコにはお仕置きしなくちゃね」
ふふっと意地悪く笑い、配下の少女や実里に目配せする。
「おっと……かわいこちゃんには、まずは俺のお相手をしてもらうとしようか」
実里の前にぬっと影が差す。
彼女の抑えを引き受けるべく、立ちはだかったのは羅生丸であった。
「お手柔らかに頼むぜ」
まんざらでもなさそうな顔で笑いかけ、羅生丸は雷に変換した闘気を拳に宿す。
その間にも少女は無言でヘリオドールに頷き、銀の指輪に祈りを込めた。
「させないっ……!」
少女の指輪が石化の呪いを発動させるより早く、透流がバイオレンスギターを掻き鳴らす。
耳をつんざく激しい音の波は、標的と定めた少女に気も狂わんばかりの痛みと苦しみを与えた。
「……風よ」
己の身に降ろした『カミ』の力が、渦巻く風の刃を呼び寄せる。
理人は『六文銭射撃』を使う霊犬のケイと呼吸を合わせ、少女の身体を切り裂いた。
「っ……!?」
ディフェンダーの少年が少女を庇おうとするが間に合わない。
少年の目の前で緋月の縛霊手に内蔵された祭壇が展開し、霊的因子を強制停止させる結界を構築する。
結界に取り込まれた少女はその場に崩れ、ヘリオドールにも少なからぬ傷とパラライズのバッドステータスを蓄積させた。
「らしくないけど、たまにはこういうのもいいかもね」
本来遠距離攻撃を得意としない緋月にとっては些か不本意であったのだろう。
緋月はさして嬉しそうにするでもなく、次なる敵の反撃に備えた。
「友達、傷つけた……許さない……」
丈夫な身体を手に入れた今、実里には何も恐れるものはない。
羅生丸の放った雷撃をものともせず、己に絶対不敗の暗示をかける。乏しい表情の裏で実里は自らの魂を燃え上がらせた。
「そんなの……言うことを聞くのが友達ってやっぱり変だよ」
無駄と知りつつも芭子は言わずにはいられない。
言葉で理解してもらえないのであれば、拳に物を言わせるまで──。
「痛かったらごめんね」
異形の腕を振り上げた芭子の動きが止まる。
今度こそさせてなるものかと少年がバットを地面に叩きつけ、目眩のような衝撃波が芭子に襲い掛かったのだ。
理人と羅生丸、霊犬ケイや司のビハインドら前衛陣を巻き込んでの攻撃は、彼らが敵の攻撃を回避する確率を下げる効果までをももたらした。
「これしきの事で倒れている場合ではないだろう?」
どちらかといえば近寄りがたい、怜悧な外見からは想像もつかないような司の甘い歌声が芭子の傷を癒やしてゆく。
透流の奏でるギターの音色がふたたび戦場に流れ、その響きは理人たちに立ち上がる力を与えた。
「ビハインド、お前も行け」
ぶっきらぼうな物言いながらもその背を押す司の期待に応えるべく、実里と対峙する。
ビハンドの放つ霊撃は容赦なく実里を撃ち、胸を貫いた。
「今度こそ……いくよ」
マテリアルロッドを構えた芭子がとどめとなる一撃を見舞う。
「ゃぁぁぁぁぁー!!」
魔力を流し込まれ、実里は体内で起こった爆発に耐え切れずに悲鳴を上げた。
「しばらくそこで休んでるといいよ」
サイキックソードを手に鮮やかな太刀さばきで敵を斬り伏せた優希が、木に寄りかかって気絶した少年に背を向ける。
「うん、やっぱりこっちの方がしっくりくるね」
優希とともに少年に接敵し、存分に殴りつけた『影』を宿す拳を確かめる緋月。
称号のまま、何も考えずがむしゃらに突撃する戦法が彼女には一番合っているのかもしれない。
「残すはひとり……」
顔を上げた緋月の視線の先でヘリオドールが不敵に微笑んでいる。
そう、この期に及んでもまだ彼女は笑っていた。
「強化一般人とかいっても、所詮弱っちぃ人間よねぇ。その点、このアタシは簡単に倒されたりなんかしないんだから」
本音なのか単なる強がりなのかは分からない。
ともあれ、灼滅者のすべきことはただひとつ。
「ごめんね、早く寝てくれるかな」
実里たちを相手にしたときとは異なり、強気な表情を見せる芭子。足元から伸びる影を鋭い刃に変え、淫魔に襲いかかった。
「そんなの……やっ!」
ひらりと芭子の刃を躱したところへ、理人が異形の腕を叩き込む。
続けて緋月も自らの心の深淵に潜む暗き想念を集めた、漆黒の弾丸を撃ち出した。
「まだ、まだよ……」
肌に弾丸を食い込ませ、毒に苛まれてもなおヘリオドールは倒れない。
凄まじいばかりの気力とプライドだ。
「……ダンス対決、というのは如何ですか?」
歌ほど得意ではないけれど。
よく似たサイキックを操る者同士、同じ技を試してみてはどうかと氷香が『パッショネイトダンス』を仕掛ける。
「のっ、望むところよ!」
お返しとばかりに、妖しくもしなやかなかな『天使の舞』を踊るヘリオドール。だが何か様子がおかしい。
「あら? あらら~?」
パラライズの効果が現れたのか、足をもつれさせて蹴躓く。
その隙を逃すことなく優希はシールドで殴りつけ、おもむろに淫魔の襟首を掴んだ透流が天高く投げ飛ばした。
「……無様、だな」
倒れ伏すヘリオドールを冷たく見下ろした司が、敵の逃走を警戒してビハインドと連携、退路を塞ぐ。
「べっぴんさんを殺すのは心苦しいが、守らなきゃいけねえモンがあるからな」
そろそろ終わりにしようと、羅生丸が『鏖し龍』を肩に担ぎ直す。
もはや今のヘリオドールには、軽々と攻撃を避ける力は残されていない。
「……てめえは、これで消えてもらうぜ」
振り下ろされた重い刃が一刀の下、淫魔の命運を断ち切った。
「あーあ、カッコ悪い……」
芝生に横たわったヘリオドールが、降参とばかりに目を閉じる。
「馬鹿、何故素直に普通に友達作りができないかな」
淫魔の傍らにしゃがみ込み、優希は徐々に輪郭のぼやけ始めた頬に指を触れさせた。
人であり、人ではない存在……否、かつては人であった者、と呼ぶべきか──。
「これが手向け、これが友達の暖かさだよ」
零れ落ちる砂をかき集めるようにして抱き締める間もなく、ヘリオドールは儚く霧散する。
果たして、優希の声が届いたかどうかは分からない。
だがほんの一瞬、最期に彼女が微笑んだように見えたのはきっと気のせいではないだろう。
●朝までおやすみ
「……みなさん、大丈夫でしょうか」
「心配ない、気を失って眠ってるだけだ」
不安げに実里たちの様子を伺う氷香に頷き、彼らしい素っ気なさで答える司。
「風邪、引くといけないからね」
用意しておいたタオルケットを、緋月が実里や他の少年少女にも掛けて回る。それまでずっとご機嫌ななめだった緋月にも、ようやくいつもの彼女らしい笑みが戻っていた。
「とりあえずはこれでよし! だけど……」
「このまま放置は、かわいそう……だよね」
夜が明ける前に病棟の中に運んでおこうと透流が提案する。
ちなみに実里の病室やナースステーションの場所は、優希が事前に確認済みだ。
「ん……よいしょ、っと」
一番小さな実里を芭子が背負い、あとの2人は羅生丸と司が引き受ける。
安堵の表情で眠る実里のぬくもりが、芭子にはなんだか妙に嬉しくて。
「夢咲花の言う通り、彼女達の病状が楽になっていたら素敵だね」
「元気になるのは不思議だが、苦しみから解放されりゃ何よりだ」
かわいこちゃんの命を守るところまでがイケメンの役目だと羅生丸はサングラスを押し上げ、サイコーの笑顔で親指を立てた。
作者:水綺蒼猫 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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