護れなかった笑顔の為に

    作者:緋翊

     ……いつか見た、あの夕陽を覚えている。
     ……鮮やかで儚い、あの色を覚えている。
     そして。
     壊れそうな君の、微笑みも。


     とある部屋。
     一人の少年が、寝台で寝ていた。
     その傍らには、新書サイズの機械がある。
     一世代前の玩具を思わせるソレは、ちかちかと光を点滅させていて。
     少年はそれを使えば、弱さを克服できる夢を見られる、と信じ切っていて。
     ただ静かに、ユメを見ていた……。


    「ふっ……!」
     夢の中の少年は、呼気と共に、手にした剣を目標に突き刺す。
    「ア、」
     御伽噺に出てくるような子鬼は、苦悶の声と共に死んだ。
    「……っ」
     少年は止まらない。
     新たに出現した犬を殺す。
     大きな虫を殺す。
     人に近いフォルムの化物を殺す。
     殺す。
     殺す。
     殺す。
     そして、
    「く……」
     人らしきものも、殺していく。
     サラリーマン。
     少女。
     男。
     学生。
     操る剣の速度は加速度的に上昇し、人を殺す技術は確実に向上していく。
    「はは……!」
     自分の通う学校の制服を着た男子を殺した時には、遂に笑みが漏れた。
     知った顔。
     ああそうだ、自分と、【彼女】の日常を壊した、あの顔達の一人……。
     既に自分が殺人行為を行った事に、笑う少年は気付いていない。
     だが。
    「悠くん……」
    「……晴香?」
     自分の名を呼ぶ少女の出現で、彼の悦楽は終わった。
     知った顔の友人達。
     その中に居る、一人の少女。
     晴香。
     自殺した親友。
    「悠くん」
    「嘘だ……」
     目の前で、困ったように微笑している。
     彼は、悠は、驚愕と共に一歩退いた。
    「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……」
    「悠くん、その剣で……何をするの?」
    「っ、嘘だ!!!!!!」
     強くなりたかった。
     晴香を苛めて、自殺させたあいつらを倒せるくらいに。
     だからこの夢を見た。
     それなのに――。
    「僕は……僕は……ッ!?」
     自分は目の前の少女を殺さねば、強くなることさえ出来ないのか?
     震える悠の唇からは、悲鳴のような音が、漏れていた。

    「……博多で謎の機械を受け取った人間が悪夢に囚われているみたいだね」
     武蔵坂学園の教室。
     久遠・レイ(高校生エクスブレイン・dn0047)は嘆息気味に、説明を始めた。
    「事件を起こしているのは、シャドウの助力を得たHKT六六六人衆だ」
     彼等は悪夢を見ている人間を闇に堕とそうとしているらしい。
     今回機械を手にしまったのは、友川・悠(ともかわ・ゆう)という名の少年。
     HKT六六六人衆の研修生である。
     悠は自ら望んで悪夢に入り、殺人ゲームを行っている。
    『以前、イジメを苦に自殺してしまった親友』を倒せば彼は六六六人衆との戦闘に入る。
     そうなれば、ほぼ確実に闇に堕ちる未来が待っている。
    「だから……君達にはこの、友川少年の夢に入って殺人ゲームを止めて欲しい」


    「それで、接触するタイミングなのだけれども」
     推奨される場面はあるんだ、と、レイが半眼で言った。
    「それは、『最後の試練』の敵――『自殺した親友』と対面した時だ。正確に言えば、周囲に友人達も居るんだが……彼にとって重要な、致命的な人物は、一人だけ、なんだろうね」
     基本的に、悠に襲い掛かる敵は強くない。
     灼滅者が加勢すれば、容易く殺人ゲームを止めること自体は可能だろう。
     だが。
     簡単にゲームを止めてしまえば、悠は構わず最後の試練へ向かってしまうだろう。
     それでは――意味が無いのだ。
    「これを防ぐ為には……説得しかない、だろうね?」
     幸い。
     悠は自殺した親友、天瀬・晴香を見て戦意が揺らいでいる。
     上手く説得できれば、ゲームを止めてくれるだろう。
    「但し。彼自身は、闇に堕ちることを望んでいるからね……」
     説得には誠意が無ければならないだろう。
     面倒ごとを押し付けてしまうね、と、レイは緩く首を振った。


    「あぁ、それと……彼を目覚めさせた時、察知した六六六人衆が、ソウルボード内に現れる可能性があるよ。まあ、必ず現れるワケではないみたいだけど……?」
     これは一応知っておいてねと、エクスブレインは呟いた。
     今回の作戦目的は悠の覚醒だ。
     六六六人衆が出現したとしても、既に目的は達している。
     戦わずに撤退しても、問題ない。
    「……とにかく、彼を救ってやって欲しい。人は、前を向いて歩いていくべきだからね」
     レイは真剣に呟いて、灼滅者たちに頭を下げた。
     こうして、一人の少年を救う物語は、始まる。


    参加者
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    藤枝・丹(六連の星・d02142)
    北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    渚・夜深(深い海の灯台・d17913)
    真夏月・牙羅(中学生デモノイドヒューマン・d18170)
    平戸・梵我(蘇芳の祭鬼・d18177)
    黒羽・紫音(自然と戯れる者・d21197)

    ■リプレイ

    ●幻夢の中へ
     そうして、灼滅者達は友川の部屋に忍び込み――。
     ソウルダイブを実行。
     彼の夢の中へと降り立った。
    「此処が……夢の中、か。この世界の何処かに、友川君が?」
    「みたいだね。それにしても――寂しい夢だ」
     黒羽・紫音(自然と戯れる者・d21197)の呟きに藤枝・丹(六連の星・d02142)が頷く。
     既に周囲は夢。
     最初に目に付くのは、世界の色。
     丁度夕暮れ時のような――セピア色の空だ。
    (「音が無い……生き物の気配も。こんな夢に、なんの意味があるの?」)
     動くものは一つとしてない。
     色褪せた建物とアスファルトが、延々続くだけの空間。
     眩暈さえ覚えて、守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)は目を細めた。
    「さて、いつまでも見回していても、な……行くか」
     赤茶の瞳を、髑髏の仮面で覆い隠して。
     隙の無い挙動で真夏月・牙羅(中学生デモノイドヒューマン・d18170)が動き出す。
     その表情は見えない。
     本人も、見せることに意味を見出しては居ないのだろうが――。
    「わざわざ人殺しに、か……そんなもの、虚しいだけだってのにな」
    「ああ、馬鹿馬鹿しいね。自分から、決意して殺人鬼になるって心境は、良く分からん」
     歩き出す。
     ぽつりと、誰に言うでもなく出た鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)の言葉に。
     これもまた、独り言のように北斎院・既濁(彷徨い人・d04036)が答えた。
    「ま……勘違いしてるなら仕方無ぇさ。悪ガキにはお灸が必要、それだけの事だ」
     二人の言葉に肩を竦めるのは平戸・梵我(蘇芳の祭鬼・d18177)だ。
     ヘアバンドで髪を上げ、野生的な瞳となった彼の口元に浮かぶ笑みは、苦笑に近い。
    「「――」」
     ……わざわざ鬼畜へと堕ちる愚かな行為。
     その先にあるのは、間違いなく悲劇だろう。
    (「それに気付いていないなら……教えてあげないと。私達が、絶対に……」)
     渚・夜深(深い海の灯台・d17913)は確信と共に歩を進める。
     許されぬ罪。
     消せぬ記憶。
     そんなものは、一つでも少ない方が良いのだから――。

    ●間違った救済
    「悠くん……」
    「……晴香?」
     やがて。
     灼滅者達は、見つけた。
     この世界を望んだ少年、友川・悠を。
    「嘘だ……」
    「悠くん……その剣で、何を、するの?」
    「嘘だ、」
    「嫌、だよ?」
    「ああああああああああ!?」
     悲しそうな瞳の晴香が。
     絶叫する悠が。
     互いに、刃でぶつかり合う――その刹那。
    「は……夢の中では、随分と威勢が良いじゃねぇか」
    「わたしも聞きたいな、その剣――手にした力で何を為して行くのか」
    「!?」
     灼滅者達が、間に合った。
     悠の刃を、梵我が。
     晴香の刃を、結衣奈が、直接その手で握り防ぐ。
    「なっ……誰だよお前等!? お前等も、僕が倒さなくちゃいけない敵か!?」
    (「第一声がそれとは恐れ入るな。ったく、丁寧に勘違いしやがって……」)
     驚く悠だが、人を傷つけたことに対する罪悪感は無いようだ。
     考えてみれば当然か。彼はそうなるよう、この夢で洗脳されているのだから――。
     既濁が漆黒の目を細めた。
     こういう手合いが、一番面倒事を引き起こす……。
    「まあ、俺達のことはいいよ。今はアンタと話しに来たってことさえ分かってくれれば」
    「僕と……?」
     ともあれ、するべきことは変わらない。
     丹はソーサルガーターを――決して攻撃はしない――起動させつつ言葉を紡ぐ。
     そう。
     攻撃は出来ない。
     流石に戦闘経験豊富な灼滅者達にも、珍しい戦闘状況だ。
    「……邪魔するな。僕は、先に、進まなくちゃいけないんだっ!」
    「……それで? 先に進んで、殺人術なんて身につけて、どうする気だ?」
     刃を振り上げ、滅茶苦茶に攻撃を繰り出す悠の攻撃を、脇差が受け止める。
     それなりに、重い。
    「それはっ、」
     彼の言葉に、悠は近くに居る敵、晴香の幻影を見る。
     おそらく、彼にとっては――躊躇いこそあるものの、敵であろう幻影。
    (「……分かるよ」)
     きみのことが、わかる。
     小さく。
     本当に小さく、夜深が呟く。
     独りになるのは、辛い。
     そして。
     独りのまま生きていくのは、もっと辛い……。
    「中々、辛い戦いになりそうだねぇ……」
    「……だとしても、やるしかないさ。それが今回の任務だ」
     牙羅と紫音が、一瞬だけ視線を合わせ、頷いた。
     戦闘を終了させること、それ自体は難しいことではない。
     だが――。

    「くそっ……黙れ、黙れよ! 僕はっ……強くならなきゃ駄目なんだッ……!!」

     それでは救われない人間が居る。
     ならば。
     攻撃してくる者さえ救うのが、灼滅者の本分というものだ――。

    ●両面脅威
     戦闘が開始される。
     否。
     正確には、一方的な攻撃が開始されたと言うべきか。
    「あああああっ!」
     剣を振る悠。
     殺人ゲームの影響か、素人の域では無かった。
     勿論、倒すことは可能だろうが、
    「……このままゲームを続けていけば、天瀬晴香を想う友川悠という人間は居なくなる」
    「!」
     本当に、それでいいのか。
     刀で攻撃を受け流し、脇差が鋭く指摘する。
     剣が、弾かれた。
    「あなたはもう何をしても友達を取り返すことはできないの。あなたがここで惨劇を止めてもお友達は帰ってこないよ」
    「ちぃっ!」
     連続する攻撃を、今度は夜深が受ける。
     悠の顔が歪んだのは、直撃しない故か、それとも彼女の言葉故か。
     今はまだ、分からない。
    (「……さて、どれだけ持ちこたえられるか、ね」)
     敵は悠だけではない。
     晴香や他の幻影たちの攻撃もまた、殺気を伴うソレ。
     牙羅は冷静に戦場を見据える。実力差はあるが、それは無敵と同義ではない。
    「ッ!」
     あまりにも混迷とした戦場の一端は、敵意が自分達だけに向けられていないこと。
     気付けば晴香が、おもむろに悠へ攻撃を繰り出し――。
    「くぅ、」
    「たとえ……今、強くなったとしても。もう、天瀬さんは戻って来ないよ?」

     それを、紫音が、日本刀で受け止めた。
     力なんて。
     無い方が良いんだと――憂いの緑瞳を細めながら。

    「な、」
    「力を求める事は、悪い事じゃない。でも……ただ強さを求め、振りかざすのは暴力でしかない」
     発動する清めの風。
     彼へ感謝の視線を一瞬。そのまま動くのは結衣奈だ。
    「お前達に何が……!」
    「それは、彼女を自殺へと追いやった彼らと何も変わらないよ!」
    「な、にを……!?」
     その時。
     決定的に、悠の顔が、歪んだ。
     刃に耐え。
     攻撃を禁じて。
     漸く、ほんの少しだけ――心に届いた。
    (「は……全く、どいつもこいつもお人好しだな」)
     幻影の攻撃をいなし続ける既濁が、思わず笑う。
     その苦笑に感情が籠っていたと言われれば、本人は否定するかも知れないが。
     それでも、灼滅者達は同じ目的の為に動いている。
    「なにを……なにを、アンタ達は……!?」
    「っと、危ねぇぞお前」
    「!?」
     揺れる心の元に、幻影の刃が迫り――同時、今度は梵我が受けた。
     ぽたり、と流れる血に構わず、彼は悠に笑った。
     握り締める木刀。その切っ先は、決して悠には向かない。
    「なぁ」
    「ッ」
    「手前ェの心は弱ェと思ってるらしいが、こうして行動を起こした。つまり手前ェん中に譲れねぇ強い想いがあるってこった。そいつぁ大事なもんだ。けどな……ッ!?」
    「梵我さん、一度離れろッッ!」
     攻撃が二つ、三つと、梵我に降り注ぐ。
     流石に丹が警句を発し祭霊光を発動。
     まだだ。
     まだ、言葉を伝える機会は残されている――。
    「なあ、本当に大事にしなきゃいけないのは……一緒に笑ったり、泣いたりしながら、大切な誰かと紡いできたもんなんじゃないの?」
    「ぐ、ぅ……」
     梵我と共に距離を取る一瞬。
     丹もまた一言を残す。
     届け、と。
     少しでも光をと紡ぐ言葉には、きっと意味がある筈だ。
    「少しは……響いていると、信じたいものだな」
    「優しい言葉だ。アンタ良い人だな?」
    「……さぁな」
     態勢を整え、言葉を交わすのは脇差と牙羅だ。
    「きっと、もう少しだよ。頑張ろう?」
     先頭前の眠たげな様子とは打って変わって。
     鋭く、けれど優しく微笑む紫音の言葉を、否定はしない。
     ただ、強い意志が、彼等にはある。
    「……助けようね、絶対」
    『――!』
     集気法で息を整え、相棒の霊犬を見て夜深は微笑む。
     助ける。
     ただ殺すだけなら、自分達でなくても良い筈なのだから。
    「は……仕方ねぇ、多少興が乗った、かな」
     乱戦の戦場。
     灼滅者達は掴めないかもしれない光明を求めて足掻きつづける。
     既濁もまた、ゆらりと、悠を射程に収めて……往く。

    ●彼方より
     そうして戦闘が暫し続く。
     やがて、戦場には変化が訪れた。
     それも、灼滅者達にとって有利な変化だ。
    「僕は……どうすれ、ば……!?」
     悠が、揺れている。
     最早その攻撃は、灼滅者達にとって回避可能なソレでしかない。
    「なぁ……もう一度、続けるけどよ」
    「!」
     あと、一息だ。
     梵我が、再度肉薄する。
    「てめぇが欲しいのは本当に奪う為の強さなのか? 本当に欲しかったのは、護りてぇもん背負って、ボロボロんなろうが踏ん張って護って救う、そういう強さなんじゃねぇのか?」
    「う……」
     悠は見る。
     自分の為に、幻影の攻撃を受ける灼滅者達を。
     他人の筈の自分を護る、強き者を。
    「ちが、う……」
    「――ならこいつを見てみな」
     鏡を見せる。
     そこには――勇者とはお世辞にも言えない、泣いた少年の顔。
    「理念無き力なら、無い方が良い……過去を悔いるなら、同じ苦しみを持った人を、救ってみない?」
    「そうそう。大切だって想いを背筋伸ばして誇ってやれよ。力で押し切るよりよっぽど難しいかもしれないけど、アンタにしか出来ないことだと思うから、さ」
     紫音が。
     丹が言う。
     笑って、傷も意に介さずに。
    「……俺はこーいうの苦手だからよ。とっとと言っておくぜ」
     そして。
     既濁が、音も無く悠の傍らに立つ。
    「他の奴が、どう思ってるかは知らんが――お前、もう踏み外してんだよ」
    「え、」
    「復讐、ね。いいのか?」
    「でも、僕は!?」
    「殺しでケリつけるならお前に因果がまわってくるぜ? 馬鹿馬鹿しい、家に帰って復習でもしてな」
     とん、と。
     辛辣な言葉と共に、押されて。
     一瞬前に自分がいたところに、幻影の攻撃が降り注ぐ。
    「!」
     喋り過ぎたかと顔を顰める既濁の身体もまた、既に満身創痍だ――。
    「さて、どうだ? こんな力を得て、天瀬晴香が喜ぶと思っているのか?」
    「ちが、う……」
     不思議と穏やかに聞こえる、牙羅の声。
     遂に――。

    「僕は、こんなこと……僕はッ……!?」

     届いた。
     ぽつりと。
     涙が、悠の頬を、伝う。
    「そうだ……復讐なんて、きっと。きっと、駄目で……僕は!」
    「ああ。お前は、友川悠という人間として彼女の分も生きてやれ。彼女と過ごした記憶と共に」
     薄く、脇差が笑う。
     それは、小さくとも、とても嬉しそうな笑みで。
    「傷と後悔は消えないけど。それでもこの場に現れた彼女の事を想い、躊躇う気持ちがあるのなら。笑顔を作り護れる人になろうよ? 力だけに頼る方法じゃなくて」
     剣を手放した悠の手を取り、結衣奈が笑う。
    「僕は、そうして……良いんですか?」
    「良いんだよ? 今のあなたにできることは……」
     続く夜深は、最早前を向き、進もうとする悠の背中を押して。
    「……強くなる事じゃなくて、生きようとしてる命を支えてあげることなんじゃないかな。勿論、それはあなたの命も含めての事。自分の命を投げ出すような人には誰も守れない――自己満足でしかないんだよ」
    「ああ……」
     やっと。
     漸く。
     友川・悠を……引き戻した。

    「……僕は。間違って……いたん、ですね……」

     刃ではなく。
     心で、灼滅者達は、成し遂げた。
     そして。
    「さて、それじゃ友川君も還って来てくれた事だし……始めようか?」
     ぱん、と手を叩いて紫音がにっこり言う。
     その言葉に、即応しない灼滅者ではない――。
    「ったく、手間の掛かるお子様だぜ――さっさと帰ろうや」
    「……俺、結構、既濁さんも良い人だと思うんですけど」
    「うっせ」
     瞬間。
     どんっ、と。
     空間が爆ぜた。
     既濁の黒死斬と、丹のオーラキャノンが幻影を吹き飛ばした音だ。
     一撃、である。
    「わたし達を見て学んで。過ぎる力が如何に醜いか!」
    「あなたは独りじゃない。それさえ分かれば、もう大丈夫だよ?」
     続く結衣奈が。夜深が。更に敵を無力化していく。
     疲弊していても、灼滅者達は戦闘存在だ。。
     この程度の敵ならば――敗北は有り得ない。
    「……凄い」
     灼滅者達の姿に、悠は言葉を洩らした。
     誰かの為に傷付いて。
     誰かの為に力を振るう。
     それがどれだけ困難で、しかし尊いことかを、彼は今知った。
    「悠君、助け」
    「そこまでだ――これ以上、人の想い出を弄ぶな」
     晴香の幻影もまた。
     確かな怒りを秘めた脇差の雲耀剣が、あっけなく霧散させた。
    「……」
     振り返って、彼は悠を見る。
     悠は、ありがとうございます、と、穏やかに頭を下げた。
     だから。
    「ま……終わり良ければ、ってやつだろうな、これは?」
     目を閉じて呟く梵我の言葉で、戦闘は終結したのだ。

    ●日常へ
    「さて、それじゃ帰るとするか」
     牙羅の声に反対する人間は居なかった。
     夢から覚める。
     最早、この世界に用は無いのだから。
    「なぁ。何か機械の他に、渡されたものはあるか?」
    「そうだな。幾つか質問させて欲しい……」
    「ああ、はい……えっと、」
     梵我と脇差が幾つか質問を重ねるが、現状、学園の報告にある以上の情報は得られなかった。悠の救出が第一義であった為、二人はさして気にせず、軽く礼を言って笑う。お前なら大丈夫だと、拳で肩を叩く。それは最上級の激励だった。
    「帰ったら……色々、やることがあるよね?」
    「助けてくれる人。助けてあげたい人。世の中、沢山人が居るからね……」
    「……はい。僕は、もう、逃げません」
     にっこり笑う夜深と、戦闘が終了し半眼に戻った紫音が聞けば、悠は強く頷いた。
     やることはある。
     きっとそれは、悪いことではないのだ。
    「ま、人間、全力でやりゃ色々と出来るもんだ。精々頑張りな」
    「おっと、先に言われちまったな――ともかく、そういうことだから。何とかなるさ」
     視線は別の方向に向け、ひらりと手を振って既濁が。
     そんな彼を見て苦笑しながら丹が言う。
     きっと、もうその言葉は――素直に、悠の心に届いている筈だから。
    「答えは簡単に出ないと思うけど。一生掛けてやって向こうで晴香さんに胸張って報告出来るよう願っているよ」
    「……はいっ!」
     結衣奈の言葉に、悠は笑顔で答える。
     それは久し振りの笑顔。
     灼滅者達はそれを確認して――夢を離れる。
     一瞬、どこかで見ているかもしれない黒幕に視線を向けて。
     人は闇に抗うと。
     矛盾を孕んでいたとしても、歩みは止めないと。

     ――親友の死に絶望した少年は、こうして救われた。
     ――灼滅者達の、熱を持った言葉によって。

    作者:緋翊 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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