けものごろしの少女

    作者:君島世界


     明かりの消えた部屋の中心に、制服姿の少女が眠っている。そろそろ夜に寒さが混じってくる季節だというのに、その少女は腰から下だけに毛布を掛けていた。
     寝息に上下する胸の上には、毛布の代わりに小さな機械が抱えられている。複数のランプ部を薄く発光させるその機械は、チカチカと定期的に光の色を変え、部屋と家具とを照らし出していた。
     少女は夢を見ているのか、時折眠ったままに眉をひそめる――。

    「――邪魔ッ!」
     夢の中で、少女は『敵』と戦っていた。手にした鉄パイプを、何度も何度も、力任せに振り回しては、それら『敵』をなぎ倒していく。
     最初に倒したのは、ゲームに出てくるようなスライムとかアメーバとか、よくわからないものだった。次は大きなムカデや蜘蛛……嫌悪感が沸いたが、これも問題なく倒した。
     今は動物が『敵』らしい。怪物や虫じゃない分、例えば表情とか断末魔といったものが多少は理解できてしまうが、少女は一切構わなかった。
     邪魔だからだ。大原則として、少女は目的地へ到達せねばならないのだ。その障害となるものは、殺してでも排除する必要がある。
    「お前も……邪魔だアッ!」
     何度目か分からないフルスイングが、襲い掛かってきた猪に命中した。眉間を打たれ、四肢を痙攣させてひっくり返った猪は、やがて動かなくなる。絶命する。
    「はっ、はっ、は――ハハッ……」
     猪の死体をわざとらしく蹴り飛ばして、少女は目的地へ歩き出す。何かを殺して先へ進むこの状況に、少女は最初から違和感すら覚えていなかった。
     肉と骨を砕く感触、流れ出す血の色に至るまで、全てがリアルすぎたのだ。それに臭いと暖かさまで加わるとなれば、少女がこれを夢と思わず、現実として受け入れてしまうのも無理は無い。
    「それに動物殺しぐらい、初めてじゃないし」
     呼吸を整えた少女は呟く。またやっちゃったなあ、程度の軽い言葉だった。以前のように隠れてひっそりと……ではなく、こうやって太陽の下、おおっぴらにできるのも、なんだか楽しい。

    「次は何が出るのかな。狼? 熊? 意表をついて象とか? 楽しみだなあ!」
     少女は鉄パイプを肩に担ぎ、意気揚々と道を進む。期待通りに、間もなく『敵』が現れるが、それらはこれまでと様子が異なっていた。
     豚、なのは間違いない。三角の耳、丸く飛び出した鼻、三日月状に曲がった牙といった顔のパーツは、豚以外の何者でもない。
    「え……何……なに?」
     それ以外のパーツがまるで違った。五本の指を備えた手、二足歩行をかなえる分厚い足腰――肩から下だけを見るならば、それはもう人間と言っても過言ではない。
    「人間豚……?」
     口に出してみれば、なんとも滑稽な単語だ。だがこれが、少女の新しい『敵』なのは間違いない。その証拠に、人間豚――オークたちは、少女を見つけると口々に罵声を飛ばしてきたのだ。
    「イタゾ、ニンゲンダ!」
    「コロセ、コロセ!」
    「コロシテクッチマエ!」
    「クッテコロシチマエ!」
     殺すだの食うだのといったあからさまな悪意が、それも人間の言葉に乗って叩き付けられる。対する少女は、もう、これまでのような戦意を喪失していた。
     カラン、と鉄パイプが落ちる。少女は震える体をなんとかして動かし、その場に背を向けて逃げ出した。
     なぜなら。
    「違うじゃない……! 人間って、動物とは! ウサギとか鶏殺すのとは訳が違うじゃない!」
     大粒の涙をぼろぼろとこぼしながら、少女は来た道を逆走していった。その途中で、少女はさきほど殺した猪の死体に躓いてしまい――。
     

    「――臨海学校での事件は、まだ皆様の記憶に新しいと思うのですけれど」
     と、灼滅者たちを集めた鷹取・仁鴉(中学生エクスブレイン・dn0144)が説明を始める。仁鴉は教卓の椅子から立ち上がると、黒板のチョークを手に取った。
    「今回もどうやら、HKT六六六人衆に関係のある事件のようですわ。
     この所、博多で『謎の機械』を受けとった一般人が、殺人ゲームの悪夢に囚われるという事件が起きていますの。事件を起こしているのは、シャドウの協力を得た六六六人衆。悪夢に囚われた人間を闇堕ちさせ、新たな六六六人衆として迎え入れようとたくらんでいるようですわ」
     言いつつ、仁鴉は黒板に何かの図を書いている。手に乗る程度の大きさの箱に、いくつかのランプが格子状に配置されている――と解釈できなくもない。
    「この『謎の機械』を受け取っているのは、HKT六六六人衆の研修生という立場の一般人ですの。これを胸に抱いて眠ることで悪夢に囚われるようですから、彼ら研修生は自ら望んでそうしているのですわね。
     けれど、一般人が闇堕ちさせられようとしているのを、見過ごすことはできませんわ。皆様も彼らの夢に入り、殺人ゲームを食い止めてくださいませ。
     ……そうそう。今回の事件では、ソウルアクセスを使用する必要はありませんわ。悪夢に囚われている方が抱えている『謎の機械』を媒介として、皆様は悪夢の中に入ることができますの。その方が目を覚ました時点で、『謎の機械』は機能を停止するということも、あわせて覚えておいてくださいませ」
     
     灼滅者たちが悪夢に入った時点で、そこにいるHKT六六六人衆の研修生は戦意を喪失している。まずは彼女を守り、現れた『敵』を撃破してほしい。
     『敵』は、ファンタジー小説などで言うところのオークの姿形をしている。その造形は非常にリアリティあふれるもので、倒したときの感触なども、人間のそれと区別がつかないだろう。
     戦闘力はそれほど高くはなくはなく、その数もわずかに四体だ。だが、これを簡単に蹴散らしてしまうと、研修生は『苦手な相手を助っ人が代わりに倒してくれた』と考え、次の『敵』を呼び出してゲームを再開してしまう。
     それを防ぐには、『敵』を倒すよりも先に、これ以上のゲームの続行を拒否させるよう研修生を説得する必要がある。研修生が戦意喪失となった理由を踏まえれば、説得はより効果的になるだろう。
     加えて、二度とHKT六六六人衆に関わらないよう言い含め、更生させることもできれば、より良い結果といえるだろう。
     
    「最後にもう一つ。この方を目覚めさせますと、確率としては低いのですが、それを察知した六六六人衆がソウルボード内に現れるかもしれませんの。その時点で目的は達成されているはずですので、戦わずに撤退しても、問題はありませんわね。
     ともあれ、悪夢を見ている方の保護を最優先にお願いいたしますわ」


    参加者
    リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794)
    姫切・赤音(紅榴に鎖した氷刃影・d03512)
    西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)
    六道・総司(竜血・d10635)
    萌黄・虎芽(とらのこ・d12566)
    八乙女・小袖(鈴の音・d13633)
    鬼追・智美(メイドのような何か・d17614)
    駿河・一鷹(迅雷銀牙ヴァーミリオン・d17774)

    ■リプレイ

    ●夢の中で
     おそるおそる目を開ける。ゆっくりと開いていく視界には、見たことの無い風景が飛び込んできた。
    「は……、あ」
     萌黄・虎芽(とらのこ・d12566)は、ソウルボードの景色の中でわずかな緊張を見せた。知り合いではない者と作戦に出るのは、虎芽は今回が始めてであったからだ。
     しかし、即座に走り出した仲間たちを見て、虎芽は使命を思い出す。胸の前に拳を握って、虎芽は自分の中の戸惑いを追い払った。
    「がんばらなきゃ……がんばるぞっ! よっし!」
     力のこもった表情で、虎芽もまた道を走り出す。――だがその笑顔は、直後に失われることとなった。
     死体の山が、道の先にあったからだ。
     頭を潰された蜘蛛、胴を断たれたムカデ、翅を踏みしだかれた蛾、その他さまざまな毒虫の死体。それらは時に脚を痙攣させ、毒々しい色の体液を垂れ流していた。
     六道・総司(竜血・d10635)は無表情のままにそれを乗り越えていく。これらの死体に関する嫌悪を、総司はごく僅かにしか感じていなかった。
    「……少なくとも、この先に対象がいるのは確かだ。このゲームは、出てくる敵が段階的に変わっていくようだからな」
     彼の判断を証明するように、毒虫の次は動物の死体が現れ始める。足の踏み場に困るほどの密度を前に、総司は小さく跳ねてそれらを飛び越えた。
     後続も総司を真似て死体をまたいでいく。何度か繰り返し、死臭が濃さを増してきた所で、灼滅者たちは悲鳴を聞いた。
    「皆様、レイスティルも、急ぎましょう!」
     霊犬『レイスティル』を連れた鬼追・智美(メイドのような何か・d17614)が、号令をかける。現れる死体は既に大きな獣のものばかりとなっていたが、今はそれらに構っている余裕は無い。
     知らずのうちに、何人かが動物の血溜りを踏み抜いていたらしい。周囲の雰囲気を、錆びた鉄に似た、むせ返るような血の臭いが汚す――。
    「――ク」
     西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)の胸中が、どうしようもなくざわつく。……敵を、少女を見つけた瞳は、既に赤く爛々と輝いているだろう。
     織久は、己の性質が説得に向いていない事を承知していた。故に織久は、この瞬間少女を省みない。
    「は、ハッ!」
     大鎌の一薙ぎが、現れたオークを打った。間もなく現場に追いついた智美は、状況を確かめようと足を止める。
     そして智美は、少女がどのようなことになっているかを、目の当たりにすることとなった。
    「あの子、ですか……」
     少女は地面にへたり込んていた。油断するとこぼれ落ちる涙を、何度も制服の袖で拭っていく。
     その度に袖へびっしりとこびりついた汚れが、少女の顔に凄惨な血化粧を施していた。

    ●血溜まりの少女
    「立て! そこで蹲っていては、貴殿の身に危険が及ぶ!」
     と、少女を腕から引き上げたのは、八乙女・小袖(鈴の音・d13633)だ。反射的に身を縮こませる少女の腰を、小袖は強引に抱き寄せた。
    「――な」
     小袖は腕に力を込め、涙目の少女と体の位置を入れ替える。その動きで大外に振り回した蹴り足を、迫り来る敵の攻撃に叩き付け、防御の代わりとした。
    「――な?」
     靴裏と鉄塊とが激しく衝突する音が響く。状況の理解が追いついたのか、少女は灼滅者たちの方を向いた。
    「まァ、手遅れじゃなさそうでなにより……というところで」
     両手をポケットにしまった姫切・赤音(紅榴に鎖した氷刃影・d03512)が言う。赤音は視線を外し、少女に背を見せたままで話しかけた。
    「先ずはお互い自己紹介と洒落込みましょう。オレは姫切・赤音。貴女は?」
    「何でそんなこと、答えなきゃならないのよ」
    「貴女は?」
     そっけなく答える少女。赤音はしかし、飽きずに問い続け……先に折れたのは、やはり少女の方だった。
    「――トモエ。佐津間・トモエ!」
    「トモエ、ね。お答え、感謝しますよッと!」
     赤音はにやりと笑うと、その場に足を強く踏み込んだ。そこから巻き起こる魔力の霧が、すると別方向からも発生した同種の霧と交錯する。
     もう一つの霧の主は、リーリャ・ドラグノフ(イディナローク・d02794)。リーリャは己の力が増していくのを感じながらも、今は少女――トモエを注視し続けていた。
     霧を貫いて、リーリャの鋭い眼光がトモエを刺す。居心地悪そうに、トモエは自分の体を抱いた。
    (「大人しくしているなら、それでいいのですが」)
     トモエの状態をある程度は理解できたが、リーリャはもうしばらくの監視続行を決める。……あの少女は、ただの要救助者ではないのだから。
    「ナアンダア、ナアンダア?」
    「ニンゲンガフエタゾオ?」
    「ニンゲンガカクレタゾオ?」
    「フエタニンゲンニカクレタゾオ、アノムスメェェェッ!」
     オークの怒声――どうにか人の言葉に聞こえるこの声を、今のトモエは恐れていた。殺すもの、殺されるものとしての関係を、トモエは人語を解する存在に見出すことができないでいるらしい。
     ただ、『そう』でなければ躊躇はないのだ。それはここまでに転がっていた惨殺死体が証明している。危ういバランスの上に、トモエは立っているのだ。
    「あ……!」
     トモエは灼滅者たちの後ろに隠れようとする。背後の位置を譲った駿河・一鷹(迅雷銀牙ヴァーミリオン・d17774)は、力ない拳で肩を叩かれるのを感じた。
    「何してるのよ! た、助けに来たんでしょ! 早く何とかしたらどうなのッ!」
    「それは違うよ、トモエ。俺たちは、ゲームの手助けに来たわけじゃないんだ」
    「はあ?」
    「僕たちは、君の行動を見かねてこのゲームに介入している。それを知っておいてくれ」
     答える一鷹は、いつものアーマーを装着していない。素顔素肌のままで、トモエと対峙していた。

    ●悲鳴
    「さて、しばらくは足止めか」
     総司は龍砕斧を握り締めると、居並ぶオークを見渡す。単純な実力だけを考えるなら、問題なく蹴散らすことは可能だろう。
     そうすることはしかし、今回に限っては悪手だ。抑えることを念頭に、総司は龍翼飛翔で突っ込んでいく。
    「なら、この技の出番だね!」
     総司の後に続いて、虎芽の除霊結界が立ち上がった。傷つける力ではなく捕らえる縛めとして、虎芽は注意深く縛霊手を操作する。
    「~~~~~~~っ!」
     効果は十全に発揮された。その結界を抜けてオークが攻撃してくる所を、リーリャがガンナイフで抑える。
    「ニンゲ、ニンゲン……!」
    「わざわざ加減してやってるんだ。あまり喚くな」
     彼我の体格差を物ともせず、リーリャは敵の攻撃を弾き返した。たたらを踏むオークに、すると織久が風のように駆け上がっていく。
    「気をつけろ、あまり深く行くなよ!」
    「理解している……ひ、ヒ」
     リーリャの警告に、織久は短い言葉と歪んだ笑みで答えた。手にした武器は、初手と同じく咎人の大鎌『闇焔』だ。
     見切られていることは承知の上である。当てるだけなら問題はない。
    「我等が怨敵の傀儡め……!」
     織久は絞るように呻きながら、闇焔の力を解放していく。そして鎌に宿った血色の炎を、刃として振り払った。
     一切の間を置かず、オークたちに切断線が引かれる。傷口からこじ開けられる痛みに、それらは当然、悲鳴を上げた。
    「アギャアアアアァァァァッ!」
    「ひっ!」
     人間じみたその悲鳴から目をそらし、耳をふさごうとするトモエ。しかしその自己防衛の姿勢を、虎芽は許さなかった。
    「トモエちゃん……。それは、ダメだよ」
     あくまで優しく、虎芽はトモエの腕を取る。少女の震える手首は、抵抗らしい抵抗をしなかった。
    「戦うこと、殺すことの恐ろしさを、トモエちゃんには知ってほしい」
    「…………」
    「見て。聞いて。この恐ろしい悲鳴は、ここで何かと戦う限り、トモエちゃんが上げるかもしれないんだよ……?」
    「私が、悲鳴を?」
     トモエの返答には、かすかにだがこちらへ興味を持った雰囲気が感じ取られる。その僅かな足がかりから、リーリャは細心の注意を払って踏み込んでいった。
    「人も動物も、戦うなら己が全てです。両者に一体、どれだけの差があるというのでしょう?」
    「それ、は……」
    「人が絶対的に有利なのだと、まさか勘違いはしていないですか? そのままではいつか人の道を外れ、外道に身を落としますよ」
     己のことを棚上げにしている、という意識がリーリャにはある。態度がトモエに見えぬよう、リーリャは心の中で自嘲した。
    「外道って、どういうことよ。私は、邪魔者を倒してきただけ……」
    「なら、一般論だが俺がはっきりと言ってやろう。トモエ」
     総司が言葉を繋げる。トモエの見上げる視線を、総司は正面から見つめ返した。
    「人でありたいのならば、目的を吟味し手段を選べ。傷つけることを容易に選択するな。
     その手始めに、誰かを殺さねばならないこのゲームを、諦めてくれ」

    ●知る者は語る
    「ゲームを、諦める……?」
     トモエは呆然と言われた台詞を繰り返す。その言葉に反応してか、オークたちは挑発するように騒ぎ立てた。
    「ドウシタ、ドウシタア?」
    「ヨワムシガアキラメルゾオ!」
    「アキラメルナラヨワムシダア!」
    「ヨワムシナラコロシテヤルゾオ!」
     オークたちの言葉に、トモエの肩がぴくりと動く。一時は失っていた戦意を刺激されたのか、トモエは泣きそうな顔で拳を握った。
    「こ、んの――」
    「待て、佐津間殿」
     危うく一歩を踏み出したトモエに、小袖が制止をかける。
    「挑発に乗るな。感情に任せて暴れるのは、己があの化け物と同じだと認めるようなものだぞ?」
    「どいてよ。どいて。どけッ!」
    「退かぬ。……まあ、あれを少し黙らせる必要はありそうだな」
     小袖はトモエを置いて瞬発した。一気に死角を奪い取ると、ダッシュの勢いを振り子のように膝から跳ね上げる。
    「シッ!」
     脛から先が見えなくなるほどの速度を持った蹴りが、オークの肩を打ち抜いた。そこは敵の最も頑丈な部位なのだが、これは小袖の狙い通り。
    「イィ……ッテエナ、ニンゲン!」
     即座の反撃を、小袖は冷静にガードする。余裕の微笑で下がる小袖の方向に、智美は手のひらを示してレイスティルを向かわせた。
    「回復、お願いしますね」
    「オン!」
     レイスティルは小さく吠えて、主人の指示を遂行しに向かう。智美自身もシールドリングを飛ばしつつ、ふとトモエに声を掛けた。
    「あの……少し、よろしいでしょうか」
    「え?」
     智美の手には、一枚の清潔なハンカチがあった。軽く膝を曲げて高さを合わせると、智美はトモエの目元を拭い始める。
     血に汚れた、彼女の顔を。
    「――持っている命は、誰でもたった一つだけです」
    「…………」
    「どうか、命を奪うという行為がどういう事なのか、もう一度考えてみて下さい」
     言い残し、戦いのために位置を移していく智美の後姿を、トモエはしばらく目で追っていた。
    「……聞いてましたよ。難しい質問だねぇ、トモエ」
     と、赤音がトモエの横に立つ。やはり両手ともポケットに入れたままで、影を軽く足踏みした。
     巨大な腕の形に立ち上がった影業を、赤音は視線の導きで敵に迫らせる。それを見送って赤音は、小さく呟いた。
    「答えでなく事実なら、オレにも答えられます。オレは、ね……」
     そして赤音は、見ず知らずの少女に己の『秘密』を明かす。戦いながらの言葉を、トモエは聞き届けた。
    「私は、そんなに弱くない」
    「そうかもしれねぇですね。けれど生き物を殺し続ければ、次第に感覚はマヒしていき、自分の心も死んでいく。そんな境地に、トモエは来るンじゃねぇですよ」
    「ふん……」
     赤音の経験談を、トモエはどう思っただろうか。うつむく少女の足元へ、不意に小さな水滴が落ちる。
     雨が降り始めたのだ。一鷹は、瞬く間に勢いを増した雨の中で、可能な限り優しくトモエに説得を続けた。
    「確かに、動物たちは何も言わない。けれど本当は、君にも解っているんじゃないかな」
    「なにを、よ」
    「自分の行動が誰かの命を永遠に奪うって……凄く重いんだよ。そんなの、君に背負って欲しくないんだ」
    「それもアンタの経験論?」
    「――どうかな」
     一鷹は苦笑して、傷ついた体に盾の守りを展開させる。体勢を立て直し、戦いを続ける己に活を入れたところで、一鷹は雨空から何かが落ちてくるのに気がついた。

    ●トモエの結論
     ドスン、と重い音を立てて、それは雨に濡れた土に落ちる。――トモエが、敵を殺してきた凶器だ。
    「アッタ、アッタゾオ!」
    「アノムスメノブキダ!」
    「オレタチシニソウダカラ、コウゲキサレタラシヌカモナア!」
    「アノムスメハコシヌケダカラ、コウゲキナンカデキナイナア!」
     げらげらとオークたちはあざ笑う。トモエはその凶器を見下ろすと、身を屈めゆっくりと拾い上げた。
    「っ! トモエ!」
    「トモエちゃん! だめだよ!」
     総司、虎芽に続いて、灼滅者たちは一斉に声を上げる。自分たちの思いは通じなかったのか――皆が目を見開く前で、トモエは力の限りに凶器をぶん回した。
    「るっさいんだよ、ブタが!」
     振り下ろされる最中に、鉄パイプは林の中へと飛んでいった。手からすっぽ抜けたのではない。少女は自分の意思で、武器を投げ捨てたのだ。
    「もういいわ、萎えた。こんなの『全ッ然楽しくない』!」
     冷め切ったと形容するにふさわしい剣呑さが、少女の顔にはあった。言葉を吐き捨てたトモエは、未だに騒ぐオークたちを無視し、灼滅者たちに向き合う。
    「佐津間殿、貴殿は――」
    「――人間、やめる気はないから。そっちの小さいのも、そんな目で私を見ないでよ」
     トモエは小袖に軽く手を振ると、リーリャに棘のある言葉を飛ばした。
    「必要と判断していました。警戒させていたのなら、申し訳ありません」
    「別に。それと、そこのメイドさん?」
    「はい」
     智美は姿勢を正して返答するが、トモエは彼女にメイドとしての職務を望んではいなかった。
    「犬、引っ込めて。しばらくそういうの見たくない」
    「はい……」
     と、レイスティルが智美の背後に下がる。トモエが渋い顔を続けているのは、単に八つ当たりだからなのだろう。
    「……で、まだ何か私にお説教したいことでもある?」
     ゲームの放棄を決意したトモエとは、これが話をする最後のチャンスとなるかもしれない。一鷹は手を挙げて注意を引く。
    「そうだ。君をここに送り込んだ組織――HKT六六六人衆とは、もう係わり合いにならないほうがいいよ」
    「あっそ。そこの……姫切だっけ。アンタは?」
    「あれ以上はもうねぇですよ、オレの話は」
     赤音はどこかさっぱりした表情で答えていた。トモエはそれ以上の詮索をせず、織久にも声を掛ける。
    「ねえ」
    「…………」
    「倒しといて、全部」
    「望むところ……だ」
     そしてトモエは、駆け出していく織久に背を向けた――。

     ――弱っていたオークたちは、問題なく倒されていく。その間に少女は、この場から姿を消していた。
     夢が、覚めていく。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月14日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 7
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