若き血は罪と狂気を呼ぶ

■リプレイ

●夕闇の中で
　日が落ちるのが段々と早くなっていく。夕刻はすぐに過ぎ去ってしまうのだろう。山道の更に奥、獣道を行った先はひとけがなく、去りゆく夕日と合わさってもの寂しさを感じさせた。
　河原に倒れ伏して動かぬ制服の少女達を赤く染め上げているのは夕日――ではない。鮮血だ。その側に佇む女は返り血を浴びているというのに恍惚とした表情を浮かべ、陶酔しきっているようだ。
「何とも悪趣味ね」
　中学の制服に身を包んだ禰宜・剣（銀雷閃・d09551）は静かに呟いて女――ノリコを見た。
「……悲しいわねデモノイドって奴は。良い奴は皆止まらず外法へと落ちて、悪である事が救いとなるとはね」
　デモノイドロードは善の心が増していくとデモノイドの姿になって戻れなくなるという。故に悪行を重ね続ける。ノリコもその一人であろう。
（「阿佐ヶ谷の記憶が、まだ生々しい。あの地獄が、私にデモノイドを追えと言うのだ……宿敵でもないのにな」）
　心の中で呟くレイン・シタイヤマ（深紅祓いのフリードリヒ・d02763）は高校の制服を着用していた。
「少しでも、これから、救い出せるように」
　声に出した。自分に言い聞かせるように。
「なんだか、気に食わない」
　ぽつりと言葉を漏らした槌屋・透流（トールハンマー・d06177）は初依頼で緊張しているようだったが、実際に現場を目にしてみると緊張は怒りに変わっていくようだった。
「またですか。何度でも阻止してみせます」
「……惨いな、本当に。罪もない人になんてことを……仇は、取るから」
　ノリコを見据えた桜庭・遥（名誉図書委員・d17900）と狩生・光臣（天藍の誓剣・d17309）が駆け出す。他の灼滅者達もそれに続いて駈け出した。
　河原の草や石を踏んで近づく足音に、いくら陶酔しているからとはいえノリコが気が付かないわけがない。顔を上げたノリコは自分と少し距離をあけて立ち止まった八人の若者達をぐるりと見渡した。
「なによ、あんたたち……」
「おばさーん、そこで何してるのー？」
　誰何の声をかき消すようにレインが若者っぽい言葉遣いで声をかけた。その後に遺体へと視線を移して「うわっ……」と声を上げることも忘れない。
「……おばさんですって？」
　突然人が近づいてきたことで多少の狼狽を見せていたノリコの瞳の色が怒りに揺らいだ。「おばさん」は禁句らしい。
「わたしはデモノイドヒューマン、あなたたちデモノイドロードの敵です」
「敵？　この惨状を見て、それでも敵だなんて言えるの？」
　遥の言葉を鼻で笑い、両手を広げるようにして自分のやったことをアピールするノリコ。しかし遥は顔色を変えることなく言い放つ。
「あなたは何がやりたいんですか。おばさん」
「おばっ……」
　確かに小学校低学年の遥から見たらノリコはおばさんだろう。それでもやはり「おばさん」は禁句らしい。そっと漣・静佳（黒水晶・d10904）はタイマーの刻む時間を見る。今回はあまり時間がない。あちらが激昂して襲い掛かってくるなら手っ取り早く戦闘に入れるというもの。襲いかかってこなければこちらからしかけるだけだが。
「初めましょう？」
　すっと『ブラスターロッド』を取り出した風宮・優華（氷の魔女・d07290）に続くように 知名・誠（到達点は未だ遠く・d21001）は巨大な刀を取り出す。誠は遺体の山に視線を向けることができず、ノリコだけを見据えた。
「その闇を、祓ってやろう」
　ロングコートと帽子、レインはいつもの姿へと戻る。他の灼滅者達も続いて武器を取り出す。ノリコが身構える前に動いたのは剣だった。
　サウンドシャッターによって音を閉じ込められた空間に、広がる影。影に包み込まれたノリコに剣は声をかける。
「血を奪うのは楽しいか？　しかし……少しやりすぎたな」
　トラウマを幻視する暗闇の中に響く剣の声をノリコはどう感じているだろうか。
「益もなく血を啜るお前をヴァンパイアの組織は許しはしないだろう」
「リヒャルト」
　影が薄れきらぬうちに放たれたのは、レインの『“Richard”Ⅳ』が形どった触手。絡みついたそれはノリコをギリギリと締め上げ、容赦しない。
「おばさん……いや、失敬。怪物殿、私たちはあなたのような存在をどこまでも追いかける」
「怪物……ですって？　私はおばさんでも怪物でもないわよ！」
　苦しげに表情を歪めながらも若く美しくありたいという意識が勝るのだろうか、ノリコはムキになって怒鳴り散らした。
「逃げられないわよ？　……さぁ、存分に泣き喚きなさい？」
　優華によって展開された魔法陣。喚ばれた雷は魔法陣の上の哀れな女に情け容赦なく降り注ぐ。
「キャァァァァァァァ」
　痙攣するように身体を揺らしたノリコ。
「力、貸して、ね」
　静佳は犬を模した影達に声を掛け、放つ。犬達はまっすぐにノリコ目掛けて跳びかかり、鋭く斬りつける。
「逃げられる、と、思うの？　直ぐに、見つける、わ」
「逃しはしません」
　静佳の言葉に言葉を重ねた遥の抱えたガトリングガンから放たれたのは、大量の弾丸。爆炎の魔力を込めたそれはノリコを狙って飛んで行く。
「……怖いさ、命のやり取りなんて、本当はしたくないさ」
　けれど、誰かが死ぬのを黙って見てる事は、出来ないから。握りしめた手に片方の手を重ねて、光臣は祈る。どうか此の手よ、今だけは震えないで――放った影は真っ直ぐに飛びゆく。
　光臣の影を追うようにして、誠の放つ死の光線がノリコに迫る。強い毒性を持つそれはノリコの傷から染みこむようにして彼女を蝕んでいった。
「そうやって暴れるのは、殺すのは、楽しいのか？　……ああ、楽しいんだろうな」
　質問への答えを待たずに透流は自分で一方的に肯定してみせて放つのは蛇のように伸びたウロボロスブレイド。
「だから気に食わない。ぶち壊してやる」
　強い意志に後押しされて鋭さを増した刃がノリコに絡みつき、斬りつけていった。
「よくもこの私に傷をつけてくれたわね……」
　頬に流れる血を腕で拭きとったノリコは右手を巨大な刀に変形させた。狙うは剣。その巨大な刀を叩きつけるように袈裟懸けに振り下ろす。
「うっ……」
　重い攻撃に二、三歩後ずさった剣だったが、流れる血もそのままにノリコの死角へと入る。傷は仲間が直してくれる。
「……あたしらと同じようにお前を滅する組織は後を断つ事はない。そいつらは忌々しいがあたし等よりも強い……お前を確実に……八つ裂きにするだろうな」
　素早く日本刀を振りぬ抜く。剣の姿を見失ったノリコは思わぬ場所への痛みに思わず声を上げて。その隙に接敵したレインは影を宿した武器を振り上げる。
「私たちは、怪物を追い立て、狩り立てる者だから」
「なん、ですって……」
　振り下ろされた一撃にノリコの言葉は途切れる。自分を追う者がいるなどということを今まで考えたことがないのだろう。
「生きたまま、内側から爆発されたらどうなるかしらね？」
　優華のロッドに魔力が集められる。振り下ろされるそれにはあまり力が込められていないようにも見えた。だがノリコの身体に触れた瞬間、爆発的な魔力が流れ込み、彼女の身体を蹂躙していく。
「回復、する、わ」
　鋭い光条が放たれる。静佳の放ったそれは剣の身体を貫き、傷を癒していく。
「わたしも回復します！」
　剣の傷の具合を見て、遥も剣に盾を与え、傷を塞いでいった。
「若さに嫉妬か……そうだろうな、貴女は美しい歳の重ね方も出来ない、心貧しき醜女だからな」
「なっ……！」
　きっと鋭い眼光でノリコを睨みつけた光臣は毒を孕んだ死の光線を放つ。その眼光と同じように鋭い光線が彼女の身体を貫いた。誠は巨大な刀を手に、ノリコへ迫る。その刃が振り下ろされるのに合わせるようにして、透流の放った影の刃がノリコを狙った。
「いつでも、いつまでも、自分が『狩る方』だと思うなよ。アンタを『狩る』奴らもいるんだ。忘れるな」
　ノリコを斬り裂いて透流の元へ戻る影と向けられる鋭い眼差しを捉えたノリコはギリリと唇を噛み締めてから叫び声を上げた。
「負けてたまるものですかぁぁぁぁぁっ！！」
　　その力限りの叫び声は彼女の身体に蓄積した、全ての悪しき効果を吹き飛ばした。それは彼女が本気になったことを意味していた。

●青の獣
　ノリコと接触してから５分が経過していた。誠はちらっと腕時計を確認する。撤退の目安まで後３分。まだノリコは灼滅できていない。
　だが勝機はまだ残っている。
「でも化け物にはなりたくない、なりたくないのよっ！」
　そう言いつつもノリコがデモノイド姿――青い色をした巨躯へと姿を変えたからだ。彼女が危機感を感じているのは間違いないだろう。灼滅者側も無傷で済んでいるわけではないが、まだ諦めるには至らない。
　静佳の放った夜霧が前衛を包み込み、傷を癒やす。同時に遥も盾を広げて前衛を癒やした。
「……此の様な人気の無い場所で凶行に及んだのに、何故此方に気取られると思う？」
　光臣の静かな問いかけの間に影はノリコの巨躯に縛りつく。
「其れは勿論、行動を予知できる手段が在るからに他ならない。僕達は、そして仲間達は、必ず貴女をまた追い詰め、其っ首を刎ねに来るだろう」
「それは今でも構いませんよね」
　誠は強酸性の液体を飛ばし、ノリコの青い表皮を溶かすことで傷つけていく。
「ぶち抜く」
　短くこぼした透流の手に集まったオーラがノリコの腹をえぐった。
「ヴォォォォォォォ！！」
　もはや人間の言葉には聞こえないその叫びと共に、巨大な砲台と化した腕から強酸性の液体が吹き飛ぶ！
「危ない！」
　静佳に向かって飛んだそれを遮ったのは光臣だった。液体のかかった部分がヒリヒリと痛むのに若干顔をしかめながらも静佳が無事なことに胸を撫で下ろす。
「せめて……終わらせてあげる。あんたをたすける事は出来ないけど……せめて苦しみは終わらせよう」
　哀れな女に最期を与えてあげよう、剣は容赦なく上段から刀を振り下ろす。次いでレインが縛霊手を装着した腕を振り下ろし、霊力で縛り付けた。
「さて、わたしみたいな子供に切り刻まれる気持ちはどうかしら？」
　ロッドの先端に宿した緋色のオーラはまるで刃のごとく煌めいて。優華は容赦なくノリコを切り刻む。
「ありがとう、ございま、す」
　庇ってもらったことの礼を述べ、静佳は光条を光臣へと放つ。癒やしの力が彼を満たしていった。
「こんなやつに負けないでください」
　遥も盾を遣わして回復を重ねた。光臣は礼を言う代わりに頷いて、真っ直ぐにノリコを見据える。
「僕は、決して貴女を赦さない。同じ力を持つ者の不始末を、狭量で身勝手な理由で彼女達の命を奪った貴女を」
　放たれた影は巨躯を縛り付け、そこに誠が利き手を変形させた刀でもって斬りかかる。シュルルルルッと伸びた透流の剣がノリコを締め付けながら深く刃を食い込ませた。ノリコはうめき声を上げながらもがいたが、思い通りに動くことが出来ないようだ。今が好機と灼滅者達は畳み掛ける。
　剣が死角に入り、レインが影を宿した一撃を鮮烈に叩き込んだ。優華の喚んだ雷が巨体を打つ。静佳は影でノリコを縛り付け、それを追うように遥の影が斬りつける。
　光臣の砲台から発せられた死の光線が化け物の目を打った。呻き足を踏み鳴らすように暴れる巨体に、一気に接近した誠は巨大な刀を振り下ろす。ぐらりと体勢を崩したノリコに突き刺さったのは、透流のはなった裁きの光条。
　裁かれるべき悪はそのまま巨体を傾け、地面に倒れ伏す前に霞のようにぼやけ、そしてそのまま風に吹かれて消え去っていった。
　７分を知らせる静佳のタイマーが響き渡るのとほぼ同時だった。

●去り際は軽やかに
「……さて、私達も急いで撤収だ」
「そうね。目的も果たせたことだし」
　レインと優華はノリコの残像が消えたのを確認して、仲間達へと声を掛けた。
「はやく逃げましょう」
「そうだな」
　遥もそれに頷いて。光臣はそっと、野ざらしにされている被害者の少女たちを見た。
（「仇は、とったから」）
　遺体の側では静佳がそっと手を合わせて黙祷をしていた。埋葬をしてあげたいところだが、時間がない。静佳は顔を上げて辺りをゆるりと見回した。朱雀門高校のヴァンパイア達とは何度も直接対峙した経験がある。
（「だから、余計に、知りたい、の。なにを考えているのか、なにを想っているのか」）
　しかし今回は彼らと接触する訳にはいかない。だから。
（「……会うのは、次の機会、ね」）
　心の中で呟いて、帰途につこうとしている仲間を追いかける。
「戦いたかったけど」
　現場を一瞥して呟いた剣の視界には、まだ少女たちの遺体のそばに立つ誠が映った。
（「間に合わなかった……いや、間に合えたかもしれないけれど、そのタイミングで現れることはしなかった。関わったことがない人達だったとはいえ…自分達の都合でそこに労力を割くことができなかったことに、この上ない罪悪感を感じますねぇ……」）
　被害が出ることを知っていて、見過ごしたのだ。誠としてはこれでよかったのだとはいえない。
（「せめて、ノリコさんを灼滅したことで、今後の被害を抑えることに繋がるのだ、と思うことにします……。ですが、ですが……」）
　罪悪感から、少女たちの遺体を直視することは出来なかった。誠は仲間達から顔を背けてそっと、涙を流す。
「そろそろ行かないと」
「……ええ」
　背後から透流に声を掛けられ、そっと涙を拭いた誠。数メートル先を歩いている仲間達を小走りで追って。
　救うことの出来なかった命もある。けれどもこれから危険にさらされるであろう命を救えたのは事実だ。そして、ヴァンパイアの企みの一画を崩せたのも事実。
　夜に近い色に染まった空の下、灼滅者達は無事に任務をこなせた安堵を大なり小なり抱き、山を降りていくのだった。

作者：篁みゆ	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2013年10月27日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 10／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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