――富士の樹海。
樹海、と呼ばれるのは、誰ではない。そこはまさに上から見れば、樹が織り成す海だ。深く、人を拒み、また受け入れたものを逃さないかのように、広大に広がっている。
もしも、そこが海だというのなら、そこは海の底だ。地面に無造作に転がる白骨死体――そこへ、白い光が降り注いだ。
「恨みに満ち満ちし自死せし屍よ。その身に宿す業をこの私に見せるのです。さすれば、その身に不死の力を与えましょう」
その声に、応えるモノがあった。白骨だ、その白骨は重力を無視して立ち上がると、低い男の声が響き渡る。
『……殺して、やる』
カラン、と白骨の顎が動き、怨嗟の声を紡いだ。
『たった、三人殺したくらいで、ぐだぐだ言いやがって……ちくしょうが。警察のやつめ、俺を追い回しやがって。捕まってたまるか、捕まるぐらいなら、死んだ方がマシだ……』
白骨の両手が、鎌に変わる。それは、まるでカマキリのような腕だった。
『ああ、殺してやる。殺して、殺して、殺して――殺して、やる!!』
その白骨の周囲に、死体となった野犬が集う。ここに、死してなお、殺しを求めるモノが生み出された……。
「長月・紗綾(暁光の歌い手・d14517)さんが、富士の樹海で強力なアンデッドが現れているという情報をつかんできてくれたんすけどね」
湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、そう真剣な表情で切り出した。紗綾の予測が正しければ、この事件は、白の王セイメイの仕業であると考えられる。セイメイの力を得たアンデッドは、ダークネスに匹敵する戦闘力を持つ。アンデットは、富士の樹海の奥に潜んでいるという。
「今回、判明したアンデッドは……通り魔殺人犯のアンデッドっすね」
三人の人間を奪い、警察に指名手配され、挙句捕まるのを嫌い樹海で自分を四人目とした男、そのアンデッドだ。今すぐ事件を起こす訳ではないが、白の王セイメイが強力な配下を増やしていくのは阻止しなければいけない。
「一応、潜伏してる場所はわかってるっすけど、場所が場所っす。マッピングは大切っすよ」
地図を手渡しながら、翠織は続ける。
「両手が鎌になったアンデッド一体と犬のアンデッドが四体。それが、敵の総数だ。特にアンデッドはダークネスに匹敵する戦闘能力を持つ、油断は出来ない。特に周囲には、明かりなどはない。光源を用意する必要があるだろう。後、深い森の中が戦いの場だ、足場には少し気を使っておくといいだろう。
「敵を発見するのに手間取ると、富士の樹海で一夜を過ごすはめになるっすからね。一応の準備はしていってくださいっす」
翠織はそう締めくくり、灼滅者達を見送った。
参加者 | |
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羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097) |
古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029) |
九条・雷(蒼雷・d01046) |
神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012) |
糸崎・結留(さやこんぷれっくす・d02363) |
小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156) |
有馬・由乃(歌詠・d09414) |
白金・ジュン(魔法少女少年・d11361) |
●
「富士の樹海……私生まれて初めて見るかもしれません。インターネットでしか知りませんでしたがここがそうですか……確かに人を惑わせるような、なんかそんな雰囲気ありますね……ここ」
樹海――羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)が感嘆の声をこぼした通り、そこはまさに樹の海だ。木々に遮られる余りにも小さな空を見上げて、白金・ジュン(魔法少女少年・d11361)がしみじみとこぼした。
「初めて訪れる富士山関係の場所が樹海になるとは思いもしませんでした、今回の事が片付いてから、また改めて観光に来たいですね」
「富士の樹海かァ、折角世界遺産とかに登録されたんだから馬鹿やる奴減れば良いけど……」
そうため息混じりにこぼすのは、九条・雷(蒼雷・d01046)だ。神泉・希紗(理想を胸に秘めし者・d02012)も周囲の雰囲気に、小さく身震いする。
「樹海で元殺人鬼のアンデッドと戦うって……なにこのホラーな状況! お昼なのに真っ暗だし、なんか変な気配を感じるし……正直怖いっ! 樹海ヤバイ!」
鳥の鳴き声。風に揺れる木々の音。息が詰まりそうな重い空気――確かに、ホラー映画の一シーンを彷彿とさせる光景だ。
「早く戦いにならないかな~! 探してる今より覚悟が出来る分、落ち着く気がするんだよ!」
「今、どのくらいの位置でしょう?」
小さく微笑み、小鳥遊・優雨(優しい雨・d05156)は問いかける。それに地図を取り出したジュンが、地図についた印を指差した。
「ここ、ですね」
「気を抜くと、迷いそうなの」
背伸びでその地図を覗き込んだ古室・智以子(中学生殺人鬼・d01029)の呟きこそ、この状況を正確に表していた。空が確認出来ず、方向を見失いやすい。加えて、木々によって真っ直ぐ進む事さえ困難となる――こうして、ESPスーパーGPSによって確認しなければ、自分がどちらに進むべきかもわからなくなってしまっていたかもしれない。
「とにかく、こちらですね?」
地図でしっかりと確認してから、有馬・由乃(歌詠・d09414)はまっすぐに踏み出した。ESP隠された森の小路で、その進行方向の植物が道をあけてくれる――このおかげで、かなりの距離も稼げた。
「む、むぅ……この雰囲気だと、何かいても不思議じゃないのです」
パキリ、と枯れ枝を踏み砕きつつ、糸崎・結留(さやこんぷれっくす・d02363)はこぼす。結留の服装は巫女服ではなく、可愛くもない実用重視な物だ。さすがにこの場所では、動きやすさを重視せざるを得ない。
「もうすぐですね」
智恵美の声に、緊張が混じる。
「あ、それじゃあそろそろ……」
智恵美の言葉に、結留が自身の胸元をごそごそとまさぐった。
「やっぱり、お腹が空いて戦えなかったらだめですからね!」
そう言って、結留が取り出したのはドリンクだ。それに、優雨もバックパックからお弁当を取り出す。
「少し、食べてからにしましょうか?」
もしもの時も考えて、用意していたからこそだ。灼滅者達はしばらくそこで休憩し、食事をしっかりと終えた。
「こうしていると、静かないい場所ですが――」
由乃が柔らかな微笑と共に告げた、その瞬間だ。
「――ッ!」
全員が、反射的に身構えていた。鋭い殺気を、誰もが同時に感じたからだ。
『ひぃ、ふぅ、みぃ……はは! 八人! 八人もか!』
カタカタカタ! と乾いた音が響き渡る。それが笑い声だと気付くのは、実際にその声の主を見てからだった。
そこには、白骨が立っていた。おかしな物言いだが、そうとしか言いようがない。学校にひとつはありそうな白骨標本、それとよく似たモノが吊られている訳でもないのに、二本の足で立っているのだ。中でも、その手首から先が異常だ。まるでカマキリのそれのように、弧を描く刃――鎌になっていた。
(「セイメイのことを置いておいても、野放しにはできません」)
由乃は、そう静かに察しる。理屈ではない、その殺意が危険なものだと本能が理解したからだ。
「はァい、こんばんはァ? こんなクッソ暗い森の中でよくもまァ鬱々と……ちょっと病んでんじゃなァい?」
『ははは、こんばんは。んでもって、さよならだぁ、なぁ!!』
軽い調子の雷の呼びかけに、鎌腕のアンデッドはそう狂ったように笑って返す。
「そういえば通り魔らしいけど、殺しに理由はあり?」
その雷の問いかけに、ピタリと鎌腕のアンデッドの笑いが止まる。カランカランと骨を鳴らしながら、小首を傾げた。
『理由? 殺したいから殺しただけだぜ? いるのか? そんなもん』
「……なるほど無差別、中々下衆いじゃん。自分含めて殺人4件ねェ。死んでまで人殺ししようとか、中々骨あるじゃん。潰し甲斐ありそォ」
雷が、目を細める。鎌腕のアンデッドが踏み出す。その動きを見て、優雨は静かに言い捨てた。
「あるべきものは、あるべき姿に還す……ただそれだけです」
『なぁら、死ねやあああああああああ!!』
鎌腕のアンデッドの周囲に、大量の刃が出現していく――それを見て、智以子が告げる。
「本物の殺人鬼がどれほどのものか、思い知るがいいの」
『死ねええええええええええええええ!!』
降り注ぐ無数の刃――樹海を舞台として激闘が、ここに幕を開けた。
●
「マジピュア・ウェイクアップ!」
豪快な一閃が、灼滅者達を飲み込んでいく。それを直前、ジュンはマジピュア・ハートを手に素早く魔法少女姿になって弓を構えた。
「回復は私に任せてください! 希望の戦士ピュア・ホワイト、癒しと守りが本領です!」
ジュンの癒しの矢を受けて、希紗が地面を蹴る。希紗はジャラン! とウロボロスブレイドの蛇腹の刃を渾身の力で振り払った。ゴォ! と地面を抉りながらブレイドサイクロンが、アンデッド達を切り裂く。
「アンデッドな上に殺人犯……手加減なしです!」
その唸る刃の中へ、結留は一瞬の躊躇もなく跳び込んだ。
「纏めていくのですよー!」
それは、まさに舞踏だ。刃の嵐の中で、刃を振るい舞い踊る――パッショネイトダンスだ。
『チ、イ……ッ! 抵抗すんなよ!』
踊る結留の首を薙ごうと踏み出す鎌腕のアンデッドをまるで濁流のように黒い殺気が飲み込む、雷の鏖殺領域だ。
「さて、殺したいんだっけェ? こちとらアンタよりも遥かに経験豊富なもんで、ちょっとやそっとであたしを満足させられると思わないでよねェ!」
『吠、え、る、なあああああああああああああああ!!』
ザザン! と殺気を鎌で斬り裂き、鎌腕のアンドッデが地を蹴る。そこへ無敵斬艦刀を構えた優雨が踏み込んだ。
大上段から振り下ろされる斬撃と、鎌が激突する。ガギィン! と火花を散らす刃で鍔迫り合いをしながら、優雨は問いかけた。
「貴方を黄泉返らせた方をご存知ですか? 名前すら知らないのか? それとも知識を与えられているのか?」
『ごちゃごちゃ、うるせぇ!!』
ギィン! と鎌腕のアンデッドが、鎌を振り払う。優雨はその場で足を止め、弾かれた刃を返した。
「私たちが訪れることは知らされていましたか?」
『うるせぇ!』
「セイメイなら灼滅者が現れるのを予測出来たのでは?」
『うるせぇ、うるせぇ!!』
「……手札として必要であるならば、ここに残す意味は?」
『うるせえええええええええ!!』
二合、三合、四合、と刃が鎬を削る。問いに返答がなくても、優雨の表情には落胆はない。むしろ、答えがあると思っていなかったからだ。しかし、鎌腕のアンデッドがそこに釘付けにされた意味はある。
「大人しくしていてください」
かざした契約の指輪、そこから放たれた由乃の制約の弾丸に犬のアンデッドが胴を撃ち抜かれた。その瞬間、智以子がそのアンデッドの目の前にいた。カチリ、と追憶の黒の鍔が鳴った――そう思った瞬間に振り抜かれていた居合い斬りの一閃が度重なる攻撃を受けていた犬のアンデッドを両断する!
「敵の攻撃へと備えましょう、ワイドガードを展開します!」
智恵美がシールドを拡大した、その直後だ。地面を蹴った犬のアンデッド三体がその牙を灼滅者達へと剥いた。
「一撃一撃は重くありませんが……」
縛式・定家、葛の蔦を模した影で受け止めた由乃がこぼす。犬のアンデッド自体は脅威ではない――しかし、ここに鎌腕のアンデッドが加われば、話が変わるのだ。
『斬る以外にも、殺し方はあるんだぜぇ!!』
鎌腕のアンデッドが。両腕を広げる。そこに輝ける十字架を降臨、セイクリッドクロスの無数の光条が樹海の森を走った。
●
「癒しの音色、お届けします」
ハープのすんだ音色が、響き渡る。ジュンのリバイブメロディに、智以子は無言で悲嘆の黒を振り上げ、犬のアンデッドを高く打ち上げた。
『ギャ!?』
短い悲鳴を上げる犬のアンデッドに、雷の続く。ダン! と高く跳躍し、その雷の宿る拳で犬のアンデッドを強打した。
そのまま犬のアンデッドは放物線を描き、地面に転がる。起き上がらないそれを見て、雷は静かに言い捨てた。
「雑魚の相手に時間かけたくないねェ」
「そうですね」
雷の言葉に、優雨はうなずく。最後の一体が自身へと牙を剥くのを優雨はBrionacで受け止め、横回転――刺し貫くと同時に、衝撃で弾き飛ばした。
そこに、結留が踏み込む。ウロボロスブレイドを寄生体で飲み込み、右腕を巨大な刃に変えて、結留は振り下ろした。
ザン! とそのDMWセイバーに、最後の一体が両断される。そこへ、鎌腕のアンデッドが無数の刃を降り注がせた。
『クハハハハハハハハハハッ!!』
「この程度なら、問題ありません」
虚空ギロチンの雨の中、由乃は樹海の底に浄化をもたらす優しき風を招く。吹き抜ける清めの風に智恵美の吹かせた風も重なった。
「皆さん大丈夫ですか? いま回復します」
「うん、ありがとう!」
礼を言い、希紗は無敵斬艦刀を繰り出す。それとアンデッドの鎌が交差し、火花を散らした。
「死んだ後にまで都合良く利用されて悔しくないの?」
『知るか! オレは殺せれば、殺せればなんだっていいんだ!!』
無駄だとはわかっていても、希紗は小さく眉根を寄せる。
「殺人犯もこうなっちゃうとかわいそうかも……容赦無く倒すけどね!」
――戦い自体は、灼滅者達が優勢に進めていた。厚い回復によって支えられた戦線は、そのまま犬のアンデッドを駆逐し尽くし鎌腕のアンデッドへと挑みかかる。鎌腕のアンデッドの攻撃力は決して侮れないが、逆を言えばそこまでだ。
灼滅者達は、着実に鎌腕のアンデッドを追い込んでいった。
『があああああああああああああああああああ!!!』
鎌腕のアンデッドが、その鎌を振り払う。デスサイズの横一閃を、智恵美はそのつむじ風から放つ零距離のオーラキャノンで相殺、受け止めた。
『が、く、そ!』
「ここは攻撃に加勢した方が良さそうですね! いきますっ!」
そして、一条の電光が鎌腕のアンデッドを撃ち抜く。智恵美の轟雷を受けてよろめくアンデッドへ、雷と優雨が同時に踏み込んだ。
鎌腕のアンデッドは、鎌を薙いで牽制する。しかし、優雨は雷の前でそれを受け止め軌道を逸らす。
「いくよォ!」
「はい!」
同時に、二人の姿が掻き消えた。左右に散った雷と優雨は、死角から斬撃を繰り出し、鎌腕のアンデッドを大きく切り裂く!
「やああー!!」
そこに結留が一気に踏み込む。右の拳から始まる連打が、オーラの軌跡を描いて次々に鎌腕のアンデッドを直撃、吹き飛ばした。
『が、あ……!』
「まだです」
そこへ、由乃は自身の異形化した怪腕を振り下ろす。鬼神変の殴打に、アンデッドは地面に転がる――その体を希紗の操る影の触手が絡み付いた。
「さぁ、これで逃がしませんよ!」
「今です!」
ジュンが、ソニックビートを奏でて叫ぶ。ミシミシ、と骨が軋みを上げるアンデッドへ、智以子が一気に駆け寄った。
「死になさい、なの」
智以子は冷たく言い放ち、斬撃を繰り出す。その斬撃に、鎌腕のアンデッドは両断された。
砕け散るその姿まで、確認しない。智以子はそのまま、追憶の黒を鞘へと納めた。
●
「……何も、ないようですね」
ため息と共に、由乃がこぼす。周囲を探してみたが、白の王セイメイにつながりそうなものは何も見つからなかった。
「何とか野宿せずにすみそうなのです!」
結留の言う通り、今からならばまだ普通に帰る事も出来るだろう。その事に、希紗はしんみりと言った。
「この他にも近くにアンデッドの拠点とか……ないよね?」
そんな場所に寝泊りせずにすんだ、それは確かな安堵でありまた不安の種でもある。
「悪趣味にも程があるの」
殺人鬼気取りの下種もだが、それを蘇えらせた白の王セイメイにも嫌悪感をいだかずにはいられない――智以子は、ぽつりとそう呟いた。
「この地に眠る魂たちに安らぎの在らんことを……」
ジュンは、静かに黙祷を捧げる。その願いが叶うのは、まだまだ先の事となるだろう――しかし、この深い樹海の中に眠る魂の事を思えば、そう祈らずにはいられなかった……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年10月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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