俺がデカかったら

    作者:邦見健吾

     富士の樹海の片隅に、一組の白骨死体が転がっていた。
     名はテツロウ。かつては暴走族でブイブイ言わせていたが、中学生にケンカで負けたことを皮切りに、彼の人生は悲惨なものへと変わる。
     暴走族仲間から幾度もリンチや脅迫を受け、果てにはリーダーに女を取られ、己の非力さを呪って自殺した。
    「恨みに満ち満ちし自死せし屍よ。その身に宿す業をこの私に見せるのです。さすれば、その身に不死の力を与えましょう」
     テツロウの死体に、何者かの言葉とともに白い光が降り注ぎ、操り人形のように起き出した。
    『俺がデカかったら、俺がデカかったら、俺がデカかったら』
     テツロウは怨嗟の言葉を紡ぐと、周りの動物の骨と合体し、巨大な骸へと姿を変えた。

     教室に集まった灼滅者に、冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)が説明を始める。
    「富士樹海に強力なアンデッドが現れます。皆さんはこれを撃破してください」
     湯呑に一口つけ、蕗子は説明を続ける。
    「長月・紗綾(暁光の歌い手・d14517)さんからの情報ですが、彼女の予測によると、以前の戦争で遭遇した、白の王セイメイの仕業と思われます」
     セイメイによって生み出されたアンデッドはダークネスに匹敵する力を持ち、富士の樹海に潜伏している。今すぐ事件を起こすという訳ではないが、セイメイが配下を増やすのを阻止するため、アンデッドを討伐してもらいたい。
    「アンデッドのかつての名はテツロウといい、暴走族の一員でした。中学生にケンカで負けて、仲間にいじめられ、リーダーに彼女を取られて自殺したようです」
     そのリーダーが巨漢だったことから、テツロウは大きな体に固執し、周りの死体と合体して巨大なアンデッドになった。生前の体験のせいか、長身(具体的には身長180cm前後以上)の男性や中学生に見える相手を優先して狙う傾向がある。
    「巨躯を活かした格闘の他に、骨を集めて体力を回復します。また、大きな骨を振り回して攻撃しますが、これはロケットハンマー相当の攻撃力があります」
     生前は普通の中学生にも負けるような奴だが、今は強力なアンデッド、油断はできない。
    「灼滅者なら命の危険はないでしょうが、樹海で迷うと大変な思いをすることになるかもしれません。一応の準備をしておくことをお勧めします」
     そう言って、蕗子は淡々と説明を締めくくった。


    参加者
    六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)
    伐龍院・黎嚇(アークビショップ・d01695)
    雀谷・京音(長夜月の夢見草・d02347)
    字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    リタ・エルシャラーナ(タンピン・d09755)
    御神楽・フローレンス(高校生エクソシスト・d16484)
    空本・朔羅(うぃず師匠・d17395)

    ■リプレイ

    ●樹海に潜む死
     空本・朔羅(うぃず師匠・d17395)が隠された森の小道を発動し、富士の樹海に道が開かれた。灼滅者たちは敵の気配を探りつつ、慎重に森を進んでいく。
    (テツロウ自身に魅力があれば彼女取られる事はなかった気がするんすけど、背が小さい云々の前に人間としての魅力が足りんのんじゃなかろうか?)
     と朔羅は考えるが、今さら考えても仕方がないし、何よりの不幸はそういうことを指摘してくれる人がテツロウにいなかったことかもしれない。
    「不死者を倒そうとして、不死者の森に巻き込まれたら大変です」
     そう言って、六乃宮・静香(黄昏のロザリオ・d00103)は足に繋がる赤い糸を確認する。このアリアドネの糸がある限り、この樹海の中で迷っても脱出には困らないだろう。
    「大きければ良いのではなく、本来尊いのは『想いの強さ』。それが肉体や行動の強さに繋がると思うのですけれど……」
     セイメイに目を付けられるほどの思いの強さがあるならそれを糧にすればと思うが、今となっては無理な話だ。
     備えあれば憂いなし、ということで御神楽・フローレンス(高校生エクソシスト・d16484)は本物の糸を元来たところから垂らして道を作る。状況によっては敵に見つかるおそれがあるが、この樹海ならば大丈夫だろう。さらに雀谷・京音(長夜月の夢見草・d02347)がスーパーGPSを使って地図に自分たちの位置を表示する。富士の樹海に立ち入る機会はそうそうないので、冒険を楽しみながら仲間をナビゲート。
    (神の御許に行くべき者を現世に縛るとは。白の王め、貴様の好きにはさせん)
     冷静な表情とは裏腹に、伐龍院・黎嚇(アークビショップ・d01695)は闘志を燃やす。悪しき者を除く使命を持つエクソシストの一員としても、生を弄ぶ者を見逃すことはできない。
    「中学生に負けたエピソードを開き直って自虐ネタに仕立て上げれば新しいポジションを得れたかもしれないぞ。そもそもリアクション芸が天才的そうな名前じゃあないか、テツロウ君よ!」
     芸人志望のリタ・エルシャラーナ(タンピン・d09755)にしてみたら、実においしいエピソードである。本人が聞いたら間違いなく激怒しそうだが。
    (暴走族で中学生に負けて仲間から悲惨な目に遭って恋人も取られて死んだテツロウ……。そして死んだら巨大な骸骨か……なんだろう、初めて聞くはずなのにデジャヴを感じてならない)
    (テツロウだっけか? こいつの情報を聞くと素直に受け止められねぇのはなんでだ……。 悲惨なのに、謎だ)
     エクスブレインからテツロウの境遇を聞かされて、同情よりも何かモヤモヤした気持ちを感じる字宮・望(穿つ黒の血潮・d02787)と森田・供助(月桂杖・d03292)。知っているはずなのに知らない、知らないはずなのに知っている、不思議な心地の悪さだ。
    「あれは?」
     黎嚇が木々の間に羊とかガゼルの角のような不審な物体を見つけた。その物体の方に進んでいくと、とうとう尋ね人(?)が姿を現す。タイの大仏、いや休日のおっさんのように寝転がって頬杖をつく巨大な骸骨。ついでに角付き。コイツがテツロウに違いない。
    「ああん? 見せもんじゃねえぞゴラァッ!」
     灼滅者の視線に気づいたテツロウはチンピラ丸出しですごむと、主成分リン酸カルシウムの足で大地に立った。

    ●狙うはJC(女子中学生)
     体長4~5メートルの骸骨を前に、灼滅者たちはそれぞれの殲術道具を構える。
    「テツロウさん……なんて不憫な人。でもデカけりゃいいってわけじゃないんだよ! しっかり供養してあげますから、そこを肝に銘じて黄泉路を進んでくださいね!」
     京音はテツロウにあの世に送り返す宣言をすると、日本刀を抜いて魔力を帯びた霧を展開、自身と前衛陣の攻撃力を強化した。
    「小さいものには、小さいなりの迅と鋭があるのですよ?」
     後衛から静香が飛び出し、踏み込むと同時に刀を抜き放ち、目にも留まらぬ速さで斬撃を見舞う。テツロウの右足に傷が刻まれ、傷口から骨がバラバラと崩れ落ちた。テツロウは一見巨大な骸骨だが、その実小さい骨の集合体である。
    「まずは小手調べだ!」
     望が突き出した槍はテツロウを捉え、あばら骨を貫き抉る。粉々の骨片が辺りに飛び散った。
    「いってぇ! 中学生なんか皆殺しにしてやる!」
     しかし生前と違い、テツロウも黙ってやられるばかりではない。自分を負かした中学生、いやこの世の全中学生への恨みを手に持った骨の棍棒に込め、力任せに望に叩きつける。望は攻撃をもろに食らって吹っ飛び、木に激突した。そのあまりの衝撃にぶつかった木が根元の方からへし折れる。
    「望、大丈夫っすか?」
     朔羅が望に光の盾を与え、ダメージを回復するとともに異常状態への耐性を付けさせる。さらにフローレンスが光輪を放って傷を癒し、霊犬のシェルヴァも清めの眼差しを送って望を回復させる。
    「これだけの骨の塊を倒すのは骨が折れるね」
     とボケるリタに、相方であるビハインドの高崎が無言のまま裏拳でツッコみを入れるが、テツロウを含めこのやり取りに耳を貸す者はいなかった。完全なツッコまれ損である。なお、ネタを聞く人がいれば笑いがとれたかはまた別の話だ。
    「しんどい人生だったのかもせんが、な。恨みを引きずって捕らわれて、関係ねぇ奴襲うなんて止めて、向こう側に戻りな」
     供助は拳に光を宿し、テツロウに肉迫して高速の連打を叩き込むと、一打ごとにテツロウの骨が砕ける。
    (神より与えられた命を捨てた愚か者か。自ら命を絶つ者の気持ちなど理解できない。さらには死してなお神の意志に背くとは……いや、真に許しがたきはセイメイか)
     死を冒涜するセイメイへの怒りを秘めながら、黎嚇は影の刃でテツロウを切り刻み、白骨の体に無数の傷を負わせる。
    「いつもいつも俺ばっかり何でこんな目に遭うんだ!? テメエらぶっ殺してやる!」
     テツロウの叫びとともに周囲に飛び散っていた骨片がテツロウに集まり、再びテツロウの骨となる。テツロウの恨みは電柱よりも高く地下駐車場よりも深いのだ。

    ●ちっちゃくないよ!
     攻めては受け、受けては攻めの一進一退の攻防が続く。
    「オラァ! 死ね中坊!」
    「くうっ!」
     テツロウの角が望に襲いかかり、猛烈な勢いでなぎ倒した。攻撃を受け続けたせいで、望の体力が限界に近づいてきていた。
    「どうした、図体が大きくなっても中学生には勝てないようだな」
    「それを言うなああ!」
     テツロウの注意を引き付けようと、黎嚇が挑発の言葉をぶつけた。テツロウはまんまと挑発に乗せられ、骨の棍棒を地面に叩きつけて黎嚇を攻撃する。あからさまな挑発に乗せられるあたり、いかにもな三下である。そうしてテツロウが激昂している間に、望がメディックに下がる。
    「大きくなりたかったんだろう。器が小さくなっちゃいけねぇよ」
    「ギャアアア!」
     供助は羽飾りのついた古めかしい杖でテツロウを打ち、さらにその体に魔力を送り込む。突然全身を走った痛みに、テツロウがたまらず叫びを上げた。
    「お前なんて一昼夜コトコト煮込んで美味しい豚骨スープにしてやるよ!」
    「やれるもんならやってみろ! つーか誰がブタじゃあ! ラーメン食いてぇ!」
     リタのボケに、勢いよくツッコみを返すテツロウ。さっきのボケは相手にされなかったが、今度は二の舞は避けられた。ちなみに今のテツロウは人以外の骨も多分に混ざっているが、スープにするのは当然やめておいたほうがいいだろう。リタが気を砲弾にして放つと、ビハインドも霊気を放って追撃する。
    「飛び道具とか卑怯だぞ!」
    「余所見している暇はありませんよ?」
     骨の棍棒を振り回して怒りを露わにするテツロウに、静香が上段から真っ直ぐに日本刀を振り下ろした。研ぎ澄まされた一閃が、鋭く伸びた角を切り落とす。間髪入れず京音が跳び上がり、80センチくらいあるテツロウの顔面に光まとう掌で超高速ビンタを見舞った。
    「テンション上げて参りますよ!」
     フローレンスが清楚な外見に似合わないギターをかき鳴らして音波を放ち、黎嚇も裁きの光を束ねて撃ち出す。音はテツロウの全身を打ち、光が骨の体を焼いて貫いた。
    「塵の海に沈め……!」
     望が放った風の刃がテツロウを切り裂く。セイメイによって蘇った体もそろそろ限界のようだ。
    「チクショウ! 俺が……俺が何をしたっていうんだぁ!」
    「暴走族にならなければそんな気の毒な最期を迎えなかったような気がするんすけど……気のせいっすかね」
     きっと、いや、100パーセント朔羅の気のせいではないであろう。議論の余地のない結論である。
    「んだとぉ、この小坊がぁ!」
    「くぉら! 背も胸もちっさいからって決めつけんな、私も中学生じゃ!」
    「ウソつけこのJS! クソガキ!」
     命懸けの戦いのはずが、いつのまにか低レベルの口ゲンカに突入してしまった。セイメイさん人選ミスじゃないんですか。
    「師匠、お願いします!」
     朔羅は師匠と慕う霊犬を指示を出すと同時に、足元から影を伸ばしてテツロウを襲う。霊犬の斬魔刀が骸骨を切り付け、影が広がってテツロウの巨体を呑み込んだ。
    「ぐげええええ! よってたかって、俺に……何の恨みが……」
     影から解放されると、テツロウだったものは崩れ落ち、バラバラの骨に戻った。こうして、暴走族テツロウは再び中学生に敗北を喫したのである。

    ●安らかに眠れ
    「お疲れ様っした! お怪我は大丈夫っすか?」
     戦闘が終了したことを確認し、朔羅が仲間の無事を確認する。一番ダメージを負ったのは望だが、望の傷もそう深いものではなかった。
    「こりゃ何人分の骨だか分からないな……とにかくまとめて弔うぞ」
     リタを中心に、テツロウを形作っていた大量の骨を集める。人の骨だけでなく、何かわからない動物の骨も少なからずあった。せめてもの弔いに、きちんと土に埋めてやる。
    「土は土に、灰は灰に、塵は塵に……」
    「生前は大変だったみたいだけど死んだらみんな一緒です。今度こそ、安らかに眠ってくださいね……」
     シスターであるフローレンスは、セイメイへの怒りを胸に秘めつつも、今は一心に死者の冥福を祈る。京音は花と線香を供え、テツロウの安息を願った。供助と朔羅も手を合わせて黙祷を捧げる。
    (死んでも忘れられない、手離せない想い。怨嗟といわれても、残ってしまった願い。それ自体を否定はしませんし、私だって死んでも消したくない想いはあります。……だから、こそ)
    「セイメイ……死を弄ぶアナタは、許しません」
     死者へ祈りを捧げながら、静香はセイメイへの怒りをそっと口にした。
    (たとえ体が小さくとも、強い者はいる。心の闇に負けぬ強く輝く魂を持つ者達だ。テツロウ、お前にはそれがなかったのか? ……なかったから、自殺などしたんだろうな)
     黎嚇はテツロウの魂が救われることを願いつつ、同時に己がテツロウのようにならぬよう自身を戒める。
     骨を集めながら白の王セイメイに繋がる物がないか調べてみたが、手掛かりになりそうなものは見つからなかった。
     ぐ~。
    「望~お腹すいたっす~。帰りに何か食べて帰りたいっすよ~」
     お腹を鳴らしながら、望の服の袖をくいくい引っ張ってみる朔羅。子どもっぽいというか、落ち着きがないというか。
    「ふふ、そうだな。それじゃ美味しいご飯でも食べに行こうか」
     そんな朔羅を愛おしそうに見つめ、望が微笑む。ちなみにこの2人、同い年である。
    「お疲れ様、サンキュー」
     前衛を張っていた中学生たちに供助が激励の言葉をかけた。中学生女子が狙われやすい戦闘だったので少々心配だったが、無事に済んで安堵している。
    「帰りに部に寄ってくか?」
    「そうだね、そうしよっかな」
     同じクラブに所属している京音に声をかける供助。人との繋がりは、やはりかけがえのないものである。
    「ふふっ。では、そろそろ帰りましょうか」
     静香が柔らかく笑う。アリアドネの糸を辿り、灼滅者たちは死者の眠る樹海を後にした。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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