終わりへの旅路

    作者:立川司郎

     深い森の奥、骸がふたつ草に埋もれていた。
     苔むした木の根と雑草は、その主がどのような素性だったのかさえ包み込み、土に返そうとしている。
     小柄な体にシンプルなブレザーの制服。
     肩掛けカバンには掠れた学校の文字と、校章。
     二人はうつぶせに倒れたまま、しっかりと手を握り合っていた。おそらくそうして、長い時をその樹海の奥で過ごしたのであろう。
     突然眠りを妨げたのは、そこに差し込んだ一筋の光であった。煌々と照らす光は、ふたつの骸を晒す。
    「恨みに満ち満ちし自死せし屍よ。その身に宿す業をこの私に見せるのです。さすれば、その身に不死の力を与えましょう」
     光が消えると、ふたつの骸はゆくりと起き上がった。その体の殆どは腐りかけており、所々骨が見えている。
     それでもしっかりと手を取り合い、前を向いた。
    『終わらない…の? 陽子』
    『…終わろう…か、月子』
     終わりを目指して、少女達は歩き出す。
     死人の終わり。
     いのちの終わり。
     すべての、終わり。
     
     その事件は、富士の裾野で起きているという。 
     エクスブレインの相良・隼人(高校生エクスブレイン・dn0022)は、いつものように道場に座して語り始めた。
     事の起こりは、長月・紗綾(暁光の歌い手・d14517)が調査して情報である。
    「予測が正しければ、この裏には白の王セイメイが居るだろう。セイメイの力で、この富士の樹海に眠る骸が強力な力を持って活動を始めた。お前達が対峙するのは、二人の少女のアンデッドだ」
     いまだにアンデッドは樹海にとどまっているというが、セイメイが配下をこれ以上増やすのは阻止しなければならない。
    「何故彼女達が樹海に居たのか……詳しい事は分からない。状況から分かるのは、一人はショートカットの少女、もう一人は肩までのセミロングの少女の中学生。それぞれ陽子と月子という名で双子。朽ちているとはいえ、二人ともとても痩せている」
     陽子が月子を守り、月子はカッターナイフで攻撃する。
     彼女達が攻撃に使うのは、主に学校カバンに入っているようなものばかりである。陽子は自分と月子を癒やす他、守りを固くして月子に攻撃が届かないようにする。
     月子は近くにナイフをバラ撒き、振り回して攻撃する。そのナイフには毒が塗ってあるようだ。
    「注意して欲しいのは、そのままだと二人とも力がとても強いって事だ。……ただ、どうしてか触られるのを嫌がっていてな、素手で触られると怯むらしい」
     隼人はしばらく考え、ふと思い立った。
     多分、ひとのぬくもりである。
    「そういった人の温かさとか、優しさってものを知らないんじゃねぇか? ……多分。優しくされると、攻撃の手が温む」
     死人になった彼女達の、最後の心なのかもしれない。
     隼人は樹海の奥で眠る少女の事を、こう言った。
    「送り出してやってくれ」
     終わりではなく、送る事。


    参加者
    七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)
    刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)
    中神・通(柔の道を歩む者・d09148)
    九十九坂・枢(飴色逆光ノスタルジィ・d12597)
    鏑木・直哉(水龍の鞘・d17321)
    深海・水花(鮮血の使徒・d20595)

    ■リプレイ

     昼なお暗く、木々が空を覆い隠す。
     鬱蒼とした樹海の中、影を渡り歩くように蠢くヒトが二つ。いや、ヒトの形をしてはいるが、既にヒトから逸脱しつつある。
     ヒトでありヒトではないものになってなお、彼女達はしっかりと手を握り合って温もりを求めているかのようであった。
     彼らはただ、その前に立つ。
    「戻って来たのかのう」
     帽子を目深に押し下げるようにして、西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)は呟いた。鍔の奥からレオンの澄んだ瞳が、じっと少女達を見つめている。
     会うべくして会った来訪者-灼滅者-達の姿に、二人は足を止める。手はしっかりと握りあったまま、彼女たちはよろりと足取りおぼつかない様でこちらの反応を待っていた。
     深く溜息をつき、レオンは言葉を続ける。
    「今はここに来ちゃいけない」
     陽子はレオンの言葉を飲み込むように、一呼吸を置いて朽ちた口を開く。
    『終わらなきゃ……』
     終わりに向かわなきゃ。
     陽子の言葉に、鏑木・直哉(水龍の鞘・d17321)が低い声で返した。
    「その為に来たんだ」
     陽子、月子……と直は彼女達の名を呼んだ。
     彼岸へと送り届ける為に、彼らはここに呼ばれたのである。彼女達が来た道を目を細めて確認し、直哉は六芒光輪に手を掛ける。
     目を伏せて深海・水花(鮮血の使徒・d20595)は祈りを捧げ、神の名を呟いた。どうか、かの魂が安らかに天へ召されますように……と。

     時を察したのか、陽子は月子の手をそっと放した。
     だが、落とした影が我が身から離れる程には距離を置かず。不安なのか、ちらりと見返した月子を守るように、身を寄せた。
     レオンは護符を構えながら、声をかける。
    「安心せい、二人一緒に送ってやろう」
    「二人で来たなら、二人で逝くゆう事か……」
     九十九坂・枢(飴色逆光ノスタルジィ・d12597)は呟くと、中神・通(柔の道を歩む者・d09148)と息を合わせて足を踏み出した。身構えた陽子の腕を通が掴むと、横にいた月子がナイフを放つ。
     受け止めようとした枢の手を切り裂き、ナイフは地面に刺さった。
     放つナイフの勢い、そして通の掴んだ陽子の力もとても学生とは思えない程である。掴んだ通ごと振りほどき、陽子が地面に叩きつける。
    「くっ……なんて力だ」
     転がった通に、陽子がペンを突き刺す。細いペンは、いとも簡単に通の体に穴を開けて血を吐き出させる。
     だが、通がその手を掴もうと手を伸ばすと、陽子はさっと身を引いた。攻撃の為に一瞬触れる事は可能だが、触れたが最後振りほどかれる。
     刀を抜き放ち刀狩・刃兵衛(剣客少女・d04445)が回り込もうとするが、陽子は刃兵衛の刃をペンでぴたりと受け止めた。抜き打ちの刃兵衛の一閃を受け止める、その動きは人のものではなかった。
     目を見開き、刀を収めつつ下がる刃兵衛。
    「速い……」
     それに、何という重さ。
     刀を叩き込んだ刃兵衛の腕が、じいんと痺れていた。自身の手を見下ろし、刃兵衛は大きく深呼吸をする。
     一方魔導書の力を放った直哉の力は、月子がいとも簡単に弾いた。
    「一方的に攻めても、長期化するだけだ」
     直哉が刃兵衛に言い、パタンと魔導書を閉じた。
     ならばと詰め寄る通や枢を陽子が振り払い、月子は彼女の肩に隠れるようにしてナイフを放つ。放ったナイフは、何とか近づこうとした通や枢の体を切り裂いた。
    「これで少しは、近づき易うなるやろか」
     シールドを展開し、枢は通や自分の周囲を囲む。
     そしてそれ以上近づく事を許さぬとでもいうように、身構えたまま隙を見せない月子と陽子。シールドで少しは傷が癒えたが、じわりと浸食する毒は枢の体力を奪う。
    「隙を見つけな、触るのも一苦労やわ」
    「攻撃しながら触れても、彼女達の警戒を解くことは出来ません」
     水花はガンナイフを構え、枢の脇をすり抜けるようにして陽子に迫った。ペンを掴んだ陽子の手を、水花がしっかりと握る。
     握った手を放さぬよう、水花は両手で掴んだ。
    「貴女達にどれだけ辛い事があったのか、それは貴女達にしか分からない事でしょう……ですが、とても傷ついてきた事は私にも分かります」
     無茶な、と呟きつつも通が立ち上がって月子の背後に回る。ナイフを翳して躱そうとした月子を、背後から抱える通。
     優しく抑えたい所だが、抵抗が激しい。
     ナイフを持った手を押さえるのが精一杯である。
    「こんなもので、人を傷つけちゃいけない」
    『嫌あああァァ!』
     叫び声は陽子から迸った。
     ペンを握り締め、水花に突き立てる。
     狂ったように暴れる陽子は、水花を滅多差しにすると月子を抱えた通をはね飛ばす。水花はよろりと立ち上がり、陽子の前に立ちふさがった。
    「神は、自ら死を選ぶ事は罪深い事だと仰せられます。ですが、あなた達は死を選ばねばならない程の境遇にあったのですね。……よく耐えてきましたね」
     体が傷ついてでも、水花は陽子を抱きしめる。
     心にあるのは、ただ彼女達を救いたいという事だけであった。出来るだけ傷けずに終わらせたいから、もう抵抗しないで。
     水花の体に、死した体の冷たい感触が伝わる。
     だがそうしていると、ほんの少し彼女の抵抗が和らいだ気がした。
     水花の様子を見ていた城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)が、影を放つ。
     何を言えばいい?
     どうしてあげればいい?
     千破耶は影を自身の手のように操り、陽子を包み込んだ。同時にが契約の指輪の力を月子に放つ。
     ナイフを操り、周囲を切り刻む月子は救いを求めるように陽子の方へと背を寄せた。
    「ごめんね、もう少しだからね…」
     千破耶は眉を寄せ、影で縛り上げる。
     即座に七篠・誰歌(名無しの誰か・d00063)がナイフに持ち替え、飛び込んだ。二人の足を止める為、誰歌がナイフを振るう。羽交い締めにしている通と水花のダメージが限界なのは、見て分かった。
     千破耶も、そして誰歌もこうして足止めをするしかないと分かって居る。
    「わたし……」
     何か言いかけた千破耶に、誰歌が静止するように声を掛ける。
    「いいよ、言わなくて。語る事はない、彼女達はただ眠りたいだけなんだ」
    「……そうね」
     千破耶はこくりと頷くと、誰歌と合わせて力を放った。通の体にレオンの符が触れ、傷を塞いでいく。しかし毒により、徐々に体力が奪われている。
     誰歌は、通に指示を仰いだ。
     その様子を見ながら、通は押さえ込んだ月子に語る。
    「みんな、君の為に戦ってるんだ」
     語りながら締め上げる、通に対して抵抗が激しくなるばかり。ナイフをまともに食らい、通はいつしか血まみれになっていた。
     たまらず誰歌が影を放つが、その瞬間月子が再び叫び声をあげた。
     あたり構わずナイフを放つ様子に、誰歌がはっとその正体に気付く。先ほどの影が使ったトラウマに反応し、再び攻撃に転じたのである。
     レオンはとっさに通を引きはがし、符を放った。
    「一端下がるんじゃ」
    「しかし……」
     これ以上待っていては、通の方が力尽きる。
     立ち上がった通に、千破耶の声が聞こえて来た。
     声……いや、歌。
     掛ける声の代わりに、千破耶が歌を奏でる。千破耶の心にある思いと言葉とを、旋律としてゆっくりと伝えていく。
     これ以上の抵抗を阻止する為に。
     ほっとして通が、月子を見る。さくりと地面に刺さったナイフを見て、陽子が振り返った。伸ばした手を、枢が掴んだ。
     その手は、握手をするように正面から握り締める。
    「私らが出来るのは、こんな場所から引っ張り出す手伝いをする事くらいや。せやけど、これだけは約束する。……今度はもう、誰も起こさへんよ」
     枢が強く握った手は、意志の現れ。
     握った手は、少し震えている気がした。
    『約……束』
    「せや、もう終わりなんや。眠ってええんやで」
     枢の声が、終わりの合図であった。
     柄を握った刃兵衛が、直哉に声をかける。
    「行くぞ!」
    「ああ」
     短く答え、直哉は再び魔導書を開いた。
     禁呪の力が解き放たれ、二人に襲いかかる。よろりと一歩、月子が後ろに下がった所を刃兵衛が踏み込み、一閃する。
     触れてやるだけの隙がなかった事を、刃兵衛は斬り付けながら悔いていた。手を伸ばして、その頬に触れてやりたかった。
    「すまない。かりそめの生を断ち、苦しみから解放されるように……」
     迷いを振り切り、刃兵衛は刀を振った。
     ずるりと滑り落ちるようにへたり込み、月子が手を伸ばす。その手を陽子が掴むと、彼女を抱えるようにして膝をついた。
     レオンはゆっくりと傍に寄り、そっと手を伸ばした。
     レオンの周囲には、傷を清めるための風が吹いている。風がさわさわと、草や髪を撫でていた。触れると、冷たく固い。
     既にその体は、死していた。
    「突然揺り起こされて、辛かったじゃろう」
     彼女達は、何も答える事なく見返していた。
     誰歌はしゃがみ込み、ふと申し訳なさげな表情で見つめる。
    「さっきは、思い出させて悪かった。……でも、もうこれで終わりだ」
     ぎゅっと誰歌は、二人を抱きしめた。
     これで終わり。
     刃兵衛の刀と直哉の六芒光輪が、二人を切り裂いた。

     周囲を散策した直哉が見つけたのは、彼女達の鞄から零れたと思われる学生手帳や教科書であった。
     風雨にさらされた手帳からは、元の彼女達の姿を伺う事は出来なかった。朽ちて汚れた手帳が、月日の長さを感じさせる。
    「どうするつもりじゃ?」
     レオンが聞くと、直哉は地面に枯葉をかき集めはじめた。どうやら、焚き上げをするつもりであるらしい。
    「旅に出るなら、忘れ物には気をつけなければ、な」
     そう言い、直哉は火をつける。
     くすぶる煙の上る先を、直哉はじっと見上げていた。この深い樹海で蠢く不死王の思惑が何なのか、直哉は考えている。
     人の生命の理を歪めた彼らの思惑に、どんな理由があれど同意出来るはずなどない。
    「白の王は、まだこの森で暗躍しているんだろうか」
     刃兵衛は、自分の刀に触れながらそう聞いた。
     この深い森の中、彼女達のように永遠に眠りから覚めた死者が沢山居るのだとすれば、とうてい見過ごす事など出来ない。
     如何なる理由があれど、そうなれば刃兵衛達に出来るのは斬る事だけなのである。
    「屍王を斬れと仰るならかまいません、ですが屍王に使われるだけの死者を斬るのは……迷います」
     か細い声で、水花が言った。
     その役目を刃兵衛に押しつける形になってしまったが、結局水花は、最後まで武器を振り上げる事に迷ってばかりであった。
     心に渦巻く思いに、水花が深く息を吐いてぎゅっと拳を握り締める。
     しゃがみ込んで、彼女達が倒れていた土に触れる千破耶。その背は、微かに震えているように見える。
    「貴女達が生きている間に会いたかった」
     もし千破耶が彼女と会っていたら、それでも彼女達は一緒に終わりに向かったかもしれない。だけど、友達になれたかもしれない未来もあったかもしれない。
     彼女達に対して千破耶は、千破耶だからこそ安易に生きていれば良い事があるという言葉は掛けられなかった。
    「私の浅薄な想像力や知識では追いつかへんくらいに、世界は人に残酷になれるんやろう」
     多くは語らず、枢が言った。
     そう呟き、軽く頭を振って考えを振り払う。それからふと思いだしたように荷物を取りに戻り、何かを取って戻って来た。
    「何ですか、それ?」
     水花が聞くと、枢はふと微笑んでそれを焚き上げの火にくべた。明々と火を纏わせながらマドレーヌが燃え、煙が炎と一緒に空へと登っていく。
     それから飴、お菓子が次々とくべられる。
    「私のとっておきのお菓子やで、二人で道中食べてや」
     枢の行動に、水花はふと目を細めて肩の力を抜いた。
     焚き上げを見つめながら、通が直哉の横に立ってみあげる。
    「今この世で一番二人の事を想っているのは、俺達だ。……なあ深海、もう少しここでこうして居ようか」
     通はそう言うと、水花を見下ろした。
     刃兵衛はじっと目を閉じて祈りを捧げ、レオンは帽子を脱いで黙祷する。
     最終的に死を選んだのには、相応の理由があったのだろうと刃兵衛は思う。
    「だが、その運命から逃れられないのは因果なものだ」
    「逃れられなかったのか、それとも逃れたのか」
     ぽつりと誰歌が呟いた。
     その結末を考えると、それが不幸であったのか……それとも彼女達にとっては。誰歌はその言葉を心の中にしまいこむと、背を向けた。
     ともかくもここで、彼女達は再び眠りについたのだ。
     深い森の中で、永久の眠りに。

    作者:立川司郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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