憎悪の刃

    作者:南七実

     もしもこの場に誰かがいたとしたら――降り注いだ白い光の中で、朽ち果てた人骨がカタカタ音をたてて立ち上がるという、おぞましい光景を目の当たりにしたことだろう。
    「恨みに満ち満ちし自死せし屍よ。その身に宿す業をこの私に見せるのです。さすれば、その身に不死の力を与えましょう」
     その澄んだ声に呼び覚まされたかのように、人骨が持つ記憶が洪水の如く周囲に溢れ出した。
    『ウウウ……ウアアア、アアアアア……ウアアアアァァァ……』
     怒りとも哀しみともつかぬ虚ろな声を漏らす人骨。
     彼が人であった頃の名は、香川和弥――幸せだった家族を突如襲った惨劇……『陽子、千晴!? ああ、そんな馬鹿な』――居間に横たわるのは刺殺された妻子の無惨な遺体……『誰にでも起こりうる悲劇だというのか?』押し込み強盗と遭遇した母娘の不運を伝える無神経な報道『そっとしておいてくれ!』……犯人はとうとう捕まらなかった――『なぜ俺の家族が殺されなければならなかった?』愛する妻子はもう写真の中にしかいない。虚しい人生。独り残された夫は、孤独に耐えられなかった……。
    『俺もお前達のもとへ行くよ……』
     これは人骨――香川和弥が秘めていた記憶の渦。
     絶望にうちひしがれた男が最後に辿り着いたのは、ここ――富士の樹海。誰にも見られない場所で自ら命を絶った彼の心に最後まで残っていたのは、救いようのない哀しみと、妻子を手に掛けた者に対する凄まじい憎悪。
    『……コロ…テヤル……コロシテヤル……コロス、コロスコロスコロス!』
     なんという心地良い響きなのでしょうと、声の主は満足げに微笑む。
     人骨は白い光の中で、腐敗する屍が逆再生するように歪な輪郭を取り戻していった。
     そう、彼は現世に蘇ったのだ。異形の姿を持つ強力なアンデッドとして。
     
    ●怨嗟の森
     長月・紗綾(暁光の歌い手・d14517)からもたらされたのは、富士の樹海で強力なアンデッドが出現しているという情報だった。
    「長月の予測が正しければ、一連の事件は全て、白の王セイメイの仕業であると思われる」
     白の王・セイメイ。羅刹佰鬼陣の戦いにおいて不穏な動きを見せていた屍王――その名を告げた巫女神・奈々音(中学生エクスブレイン・dn0157)は、重苦しい表情で言葉を続ける。
    「セイメイに力を与えられ、ダークネスに匹敵する戦闘力を得たアンデッドは今、富士の樹海の奥に潜んでいる……これらは今すぐ事件を起こそうというものではないようだが、白の王が強力な配下を増やそうとしている事実は、とても見過ごせないだろう? 今のうちに叩いておく方が得策だと学園は判断したようだ」
     
     セイメイの配下となった香川が潜むのは、観光用遊歩道からは大きく外れた、緑深き樹林の奥地。
    「すまないが、正確な位置を伝える事はできない。どのポイントからアプローチするかは君達に任せる。探索のヒントになるかどうか判らないが、奴がいる場所の周囲に見えたのは、倒れた巨木と、香川氏の所持品らしきもの、そして赤いペンキが塗りたくられた小さな石仏のようなものだった。意図は不明だが、誰かが持ち込んで置いたものなのだろうな……」
     他にも、石地蔵や観音像があちこちに点在し、更には石碑などもあるらしいので間違えないようにしなければならない。
    「富士山原生林に足を踏み入れると二度と出られないという噂があるが、それは何の準備もせず立ち入って方向感覚が狂ってしまうからだ。コンパスが使えないという事もない。きちんと準備をして行けば、灼滅者の皆なら問題なく探索できるだろう」
     樹海は山手線の内側面積の約半分ほどの広さ。昼間でも薄暗い環境、隆起の激しい地面、足元に潜む目立たない亀裂など、危険箇所も多い。昔は樹海深部にも遊歩道があったらしいが現在は道らしきものなどないので、迷わない為には何らかの目印になるものが必要かも知れない。
    「ナイロン紐等を張りながら進み、帰りはそれを辿って戻るという方法、木にリボンを結んで目立つようにする、マッピングしながら進む、など様々な手段が考えられる。ただし自然破壊は厳禁だ。使った道具はきちんと持ち帰るようにな」

     アンデッド――香川を発見できれば、その場でただちに戦闘となるだろう。
     一見、普通の人間のようにも見えるが、羽根の如く背中から何本もの刃物を生やしているという異形の姿を持つ香川。
    「奴の攻撃は病的なほどの『斬撃』だ。視界に入った全ての生者に対して報復するかのように、あらゆる刃物を振るってくる。両腕に持つ包丁と鉈の一撃は強烈だし、背から射出される刃は離れた場所にいる者をも簡単に貫く。上空から槍の雨を降らせる技も併せ持つからな、くれぐれも用心してくれ」
     加えて鴉のアンデッド10体が現れ、嘴で突く攻撃と凍てつくような鳴き声でじわじわとこちらの体力を削りにかかってくる。単体では雑魚だが、素早く片付けてしまわねば厄介な存在となるだろう。
    「鴉はともかく、奴はダークネスに匹敵する程の強敵だ。万全の態勢で臨んでくれ。もしも奴に弱点があるとすれば……やはり亡くなった妻子の存在だろうな」
     戦闘中に妻子を思い出させるような出来事があれば、香川が弱体化する可能性は高い。
     
    「樹海探索も戦闘も一筋縄ではいかないだろうが、皆なら何とかしてくれるだろう? アンデッドとなった以上、情けは無用だが……せめて、香川氏の魂だけは救ってやってくれ。よろしく頼む」
     奈々音はそう言って、長い説明を終えた。


    参加者
    伊舟城・征士郎(アウストル・d00458)
    迫水・優志(秋霜烈日・d01249)
    村上・忍(龍眼の忍び・d01475)
    エルメンガルト・ガル(アプレンティス・d01742)
    天羽・蘭世(暁に咲く虹蘭の謳姫・d02277)
    結城・真宵(轟け女子高生・d03578)
    夕凪・真琴(優しい光風・d11900)
    仁科・あさひ(明日の乙女・d19523)

    ■リプレイ

    ●迷走
     風穴のバス停から少し歩いた遊歩道。
     鬱蒼とした樹林を前に、灼滅者達はいきなり行き詰まっていた。
    「さて、どうしようか」
     呟くように言って、仁科・あさひ(明日の乙女・d19523)が腕を組む。樹海を管理する者がいれば色々と情報を聞き出したかったのだが……そもそも樹海に管理人など存在するのだろうか。
    「このままこうしていても仕方ないですね」
     とりあえず人に聞いてみるしかない。村上・忍(龍眼の忍び・d01475)は意を決して、氷穴方面に歩いて行く大学生くらいのグループに声をかけた。すると――。
    「君達、樹海に入ろうとか思ってる?」
    「!」
     いきなり看破された。グループ内の青年が笑いながら言葉を続ける。
    「樹海の管理人というか所有者は山梨県だけど、ヘタに接触しないほうがいいよ。立入禁止だって怒られて終わりだから」
    「あ……」
     それは考えていなかった。しかしここで諦める訳にはいかないので、忍はそれとなく話題を振ってみる。
    「赤い石仏というのをご存じですか?」
     少し考えてから青年は、もしかしてあれかなと首を傾げた。以前オカルト系雑誌の樹海特集でちらっと見た記憶があるという。
    「それ、どこにあるか判る?」
     思わず身を乗り出したエルメンガルト・ガル(アプレンティス・d01742)の勢いに戸惑いつつ、彼は「うろ覚えだけど」と地図に×印を記入してくれた。ただし大雑把すぎて精度の高い情報とは言い難かったが。
    (「ないよりはマシってところかな」)
     有益な情報を得られなかった場合の対策案を考えておくべきだったとあさひは思ったが、今は青年の話に縋るしかなさそうだ。
    「皆様は、樹海へは……?」
     伊舟城・征士郎(アウストル・d00458)が丁寧に訊ねると、彼等は単なる物見遊山だよと笑った。氷穴観光がてら、樹海周辺の散策に来ただけのようだ。
    「興味はあるけど怖いし。君達、入るなら遊歩道が見える範囲までにしておきなよ。ま、そんな軽装じゃ奥地まで行けないだろうけど」
     人として忠告しておくよと手を振って、彼等は氷穴方面へと歩き出した。
    「あっ」
     どうしようか、と征士郎は思う。できれば吸血捕食で会話した記憶を曖昧にしたいところだったが、あれだけの人数がいては無理だ。
    「大丈夫。誰かに告げ口する気はないようです」
     テレパスを使った天羽・蘭世(暁に咲く虹蘭の謳姫・d02277)がそう言って微笑む。
     ともあれ一応、赤い石仏に関する情報は入手できた。
    「じゃ、そろそろ行こうか」
     人通りが途絶えるタイミングを待っていた結城・真宵(轟け女子高生・d03578)が、隠された森の小路を使って道を拓いた。これで、起伏の激しい危険な樹海を安全に歩く事ができる。
    「少し通して下さいね」
     音もなく左右へ避ける木々に声をかけながら、夕凪・真琴(優しい光風・d11900)は周囲に目を向ける。少し奥へ進むと、遊歩道などすぐに見えなくなった。
     まとわりつくような薄闇を擁する木々の迷路。目指す赤い石仏は樹海の深部にあるようだが……あやふやな情報をもとに小さな石仏を探し出すという、難易度の高いミッション。
    「どうやら、長丁場になりそうだな」
     双眼鏡で広範囲を見回してから、迫水・優志(秋霜烈日・d01249)がふぅと息をついた。

     出発から数時間が経過。
     征士郎のビハインド「黒鷹」も加わって探索を続けたが、途中で薄汚れた石地蔵を見かけた程度で、それ以上の発見はまだなかった。
    「次はどっちに向かえばいい?」
     先頭を行く真宵が振り返った。安全に移動できる道を確保する為、隠された森の小路は亀裂や倒木、岩などを大きく避けてゆく。つまり「目的地まで真っ直ぐ一直線」という訳にはいかないのだ。ESPに頼りすぎたのかコンパスや地図を使用する者もおらず、彼等は今、向かうべき方角さえ見失っていて――。
    「テレパスで香川さんを探し出せれば便利なのですが」
     蘭世が呟く。少なくとも自分が認識できる周囲に対象がいなければ意味はないと彼女も理解しているが、それ以前に相手は死体……思考しているかどうかも怪しい。
     そうこうしているうちに、辺りが暗くなってきた。日暮れが近づいている。樹海の闇は外界よりも早く訪れるようだ。
    「どうしましょうか」
     忍が仲間に問いかけた。いくらサバイバルに長けていて皆がライトを所持していても、夜を徹して動くのには無理がある。何より、視界が悪い状況で敵と遭遇するのは避けたかった。
     アリアドネの糸を辿って起点に戻るのは簡単だが、一旦帰って出直そうと提案する者もなく、結局彼等はその場に留まる事に決める。
    「こんな事もあろうかと、弁当を持ってきて良かった」
     エルメンガルトと優志、蘭世やあさひが持っていた食べ物で空腹を満たし、忍のクリエイトファイアで暖を取る一行。
    「本当は火を焚くのも良くないんだろうけど、今は非常事態だしね」
     とりあえず相談して態勢を立て直そうと真宵が言った。小路とアリアドネは継続。本日踏破した道は、皆が木に結んできた色紐で確認できるから、明日はそこを除いた場所を重点的に探索。その際、地図とコンパスを使ってしっかりマッピングをする。敵の気配を探るべく、あさひのDSKノーズを使用する等々を決めた灼滅者達は、漆黒の樹海から聞こえてくる不気味な風の唸りを聞きながら、まんじりともせず朝を迎えたのだった。

    ●邂逅
     すっきりとしない明るさの中、彼等は探索を再開した。
    「良い想い出も沢山あった筈だろうにな」
     双眼鏡を覗きながら優志が思うのは、香川のこと。絶望と共に世を去った魂を呼び起こしてまで何がしたいのかと、蘭世が静かに怒っている。
    (「香川さんが安らかに眠れるように、がんばるのですっ」)
     悲しい事件――それはもう変えられない過去の出来事。
    「ちゃんと眠ってもらわないと駄目だよね。恨みだけを引きずり出すなんて、残酷すぎるからさ」
     あさひの手にあるコンパスは北を指している。地図の×印地点はすぐそこだ。自殺した者の末路について考えて落ち込んでいた真宵は「セイメイ滅すればいいのにー」とひとりごちながら目的地に向けて路を作ってゆく。
    「あっ」
     短い声をあげてあさひが足を止めた。近くで微かな『業』の匂いがしたからだ。アンデッドの気配に違いない。ほぼ同時に優志が、赤い何かを視界の隅にとらえた。
    「あの場所がそうか?」
     ゆっくりと近づく。少しだけ開けた地形。遠目では赤い服を着た少女のようにも見える石仏の後ろに、倒れた巨木。ここだ。
     石仏の近くに何かが散らばっている。おそらく香川の所持品なのだろう。
    「写真とかないかなー」
     真っ先に真宵が駆け寄り、地面に目を向けた。鞄からはみ出ている沢山の家族写真。そして、手にすっぽり収まるサイズの陶器の入れ物。
    「これは……?」
     写真を拾い上げた真琴が陶器を見て首を傾げた――刹那。
     ザアッ!
     灼滅者達の頭上から鋭い痛みが襲いかかった。槍の雨だ、と気づいた次の瞬間、黒鷹に庇われた征士郎がシールドを拡げて、前衛を担う仲間の守りを固めつつ前へ飛び出た。
    「皆様、ご注意を!」
     そう、ここはもう敵のテリトリー。ゆっくりと所持品を調査している場合ではなかったのだ。
    『ニクイ……コロス、コロス殺スウゥッ!』
     横たわる巨木から飛び降りたアンデッド――香川が、憎悪の言葉を吐き散らしながら迫ってきた。
    「寄るな!」
     優志の足元に寄り添う大型犬のような影が触手と化し、香川の体にぎゅるりと巻き付いてゆく。
    『ガアァーァァ!』
     頭上から真っ直ぐ突っ込んできた鴉達の鳴き声が灼滅者達に降り注ぐ。耳をつんざくような声の攻撃をこらえながら敵群の真っ直中に突入した蘭世は、滑るような斬撃で複数の屍鳥を薙ぎ払った。
    「貴方達に用はないわ、消えなさい!」
     忍の除霊結界に包まれた鴉達が、エルメンガルトの乱れ手裏剣を食らって地面に墜落しそうになる。毒に悶える敵との距離を縮めたあさひは雷を纏った拳を振り上げ、シャウトを使う余裕も与えず最初の一体を速攻撃破した。
    「バサバサうるさい。邪魔だよ!」
     凄まじいモーター音を轟かせながら、真宵が飛ぶ鳥をチェーンソー剣で真二つに断つ。初撃のダメージを回復するべく、真琴が清めの風を呼び起こした。自分の役目は回復役として戦線を支えること。気を抜く訳にはいかない。
    『シネ……死ネェ!』
     憎悪の権化となった香川の苛烈な斬撃が、優志の身体を深々と切り裂く。
    「ぐ……っ」
     激痛を振り払うかのようにフォースブレイクを繰り出した優志は、香川に切々と問いかけた。
    「あんた、自分が何やってるのか判ってるのか? 奥さんや娘さんが今のあんた見たらどう思うのか、考えろよ……こんな事してあんた、奥さん達の顔をちゃんと見る事出来るのか?」
     だが、そんな言葉も今の香川には届かない。じわりと刃物を構え直す香川から目を離さず、征士郎は癒しのオーラで優志を包み込んだ。
    「……」
     かけるべき言葉など見つからない。白の王の思惑はどうあれ、香川の憎悪は人として至極真っ当なものだと思うからだ。
    (「けれど、香川様の憎しみが新たな悲劇を引き起こす事だけは、あってはならない……此処で必ず止めてみせます」)
     今ならまだ間に合う。私達灼滅者が傷つくだけで済むのなら――。
    「貴方の憎しみは全て私たちが受け止めます」
    『カアァー! ギャア、ギャアアッ!』
     尖った嘴が真宵と忍に集中攻撃を仕掛けてきた。反撃として忍が発生させた竜巻が鴉の羽根を引きちぎり、黒い吹雪を撒き散らす。
    「悪いけど、容赦はしないよ」
     強風に翻弄される鴉を援護射撃で狙い撃つあさひ。その後方から放たれた蘭世のオーラキャノンが、鴉を消し飛ばした。
    「ある意味、お前等も犠牲者なのかな」
     影喰らいで敵を屠りつつ、エルメンガルトは自らの過去――姉を失った後の自分を思い返す。行くところがなく、香川と同じ場所へ逃げようとしたこと。逃げた先でトモダチが出来たこと。
    (「香川は死んでまで感情を掘り起こされてる。一人で怒りたいならそれもイイかもしんないけど……オレ、誰かに良いように弄ばれるのが一番キライなんだ」)
     鴉も香川も、白の王に力を与えられただけの哀れな傀儡。そう思うとエルメンガルトはやり切れない気分になる。
     ギュイイイン! 真宵の鎖刃剣が宙を躍り、鴉をバラバラに刻んでゆく。次いで、真琴が矢のように射た眩い光刃が闇色の鳥を完膚無きまでに消し去った。
    「あと4体です。征士郎さん達が香川さんを引きつけてくれているうちに、早く終わらせてしまいましょう」
     黒鷹が主を庇って敢えなく力尽き、征士郎と優志VS香川の攻防戦は次第に激しさを増してゆく。
     一方、屍鳥達は目に見えて弱り、その鳴き声にもキレがなくなってきた。追い討ちをかけるような忍のヴォルテックスに再度巻き込まれた鴉が、蘭世のオーラキャノンに吹き飛ばされ、あさひによって蜂の巣にされ、死角に飛び込んだエルメンガルトに急所を貫かれ、真宵の凄まじい拳の連打に砕かれて一掃された。
    『死ネエェッ!』
    「うあっ」
     香川の背から射出された無数の刃が、征士郎の身体に勢い良く突き刺さる。鮮血を撒き散らし地面に膝をつきながら、彼は『気』を集めて自らの傷を癒した。それでもまだ立ち上がれない征士郎を裁きの光条で癒した真琴が、訴えかけるように言葉を紡ぎ出す。
    「奥さんも娘さんもきっとこんなこと望んでないはずです。憎しみと復讐心に支配されて、家族との大切な思い出を壊すようなことをしないでください」
     漆黒の影で香川を攻め立てながら、優志が口惜しそうに言葉を絞り出す。
    「奪われて喪う痛みを知ってるあんたが、奪う側に回ってどうするんだよ……!」
    「香川さんの気持ちはわかるのです」
     強烈な斧の斬撃を繰り出しながら蘭世が叫ぶ。
    「蘭世もお父さんやお母さん、お兄ちゃんやお姉ちゃんが、好きな人が殺されたら……、って思うと、悲しいのです。けど、恨みは更なる悲劇を生むのですっ。奥さんも娘さんもこんなの、望んでないのですっ」
     だが香川の表情に変化はなく、ただ淡々と怨嗟の言葉を漏らし続けるのみ。アンデッドとしてではない、香川の魂を揺さぶるには妻子の名や写真など――何か、きっかけが必要なのかも知れなかった。
     忍の縛霊手が香川を殴打し、霊力の網で絡め取る。
    「私が貴方を止めに来たのは、危険だからだけではありません。貴方が怨み続ける限り、いつまでも奥さんと娘さんが貴方に逢えないからです」
     自らの手で愛しい者を殺めた、と忍は告白する。最期に彼女が忍の幸せを願ってくれたから、自分は笑顔を作ってでも生きているのだと。
    「だからこそ伺います……貴方にとってその怒りは、ご家族をこれ以上待たせる程価値あるものですか?」
     樹海の闇よりも黒い影が、香川を覆い尽くす。おそらくは妻子を奪われるというトラウマに苦しむ彼へ、エルメンガルトが静かに声をかけた。
    「何もかも壊したい気持ちは分かるけどさ。大事な人はもうアンタの中にしか居ないんじゃないの。アンタが荒れ狂う限り、大事な人はアンタの中から薄れてっちゃうよ」
     だから、これ以上アンタ自身を失うなよ――そう言って、エルメンガルトは屍王の僕として醜く狂乱する男から、憂鬱そうに視線を逸らした。
    「ここできちんと眠りにつかせてあげるね」
     利き腕の砲台から死の光線を撃ち出したあさひは、それ以上何も言えずに口をつぐんだ。
    (「かけてあげられる言葉なんて思いつかないよ。だって、全部悲しすぎるもの……私にできる精一杯の事は、絶対に負けてあげないこと。全力で……倒すよ!」)
    「セイメイ許すまじ、こうも自殺者を起こされたら迷惑! 自分がきちんと家族のところへ送り返してあげるよ」
     ノーライフキングに利用された者は哀れに思う。が、その感情を表には出さず、真宵は躊躇なく刃を振りかざして死者の腐肉を抉った。
    『シネシネシネシネェッ!』
     突撃してきた香川の強撃を避けた征士郎が『大御雷景久』で反撃に出る。
    (「せめて香川様に安息の時を。それだけが私の願いです」)
     灼滅者達の総攻撃。
     四方八方からサイキックを浴びて、肉が飛び散り骨だけになってもなお、香川は倒れない。
    『オォ……オオオオ』
     怨嗟の残滓を吐き出す人骨の斬撃を真っ向から受け止めた忍は、囁くようにこう言った。
    「…ね、ダメですよ。お父さん…」
     香川の動きが、止まる。
     刹那、優志の影が鋭牙と化してアンデッドを噛み砕き――。
     そこまでだった。
     からんと虚しい音を響かせて足元に落ちたのは、土色に乾いた骨。
     白の王が与えた力から解放され、香川はようやく二度目の死を迎える事ができたのだ。

     風に揺れる木々の音が、まるで誰かの泣き声のように響き渡る。
     その『声』はしばらく灼滅者達の周囲を彷徨ったあと、森に融けるようにして消えていった。
     

    作者:南七実 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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