●バージンロードを血に染めて
「あーあ。みぃんな、死んじゃった」
宣誓台に足を組んで座る女は、退屈そうに呟いた。
滞空する光輪を1つ掴み指でくるくると弄べば、映す女の黄金色の瞳もちらちらと、光を映し怪しく光る。
「……もうッ、武蔵坂、来なかったじゃん!」
やがてカツン! と高いヒールの音を鳴らし、敷き詰められた大理石のタイルの上に着地した。
女は敢えて、足音の響かない部屋の中央を歩く。真っ赤なその1本道は本来、今日の日の主役のために用意されたもの。
踏みつける度に、ひたり、ひたりと水気帯びた籠った音がする。
「ふふっ、いい音。やっぱ殺しはこうでなきゃ♪」
よく見れば、赤い道には所々に白いムラがあった。女がそれを一つ一つ靴でぐりぐりと踏みつけると、やがて布は赤一色に染めあがる。
それは、白い正装に身を包み宣誓台前に首無しで倒れる男女と、参列席に倒れる沢山の骸から流れる、おびただしい量の血が成す色――。
「次はどこに行こうかなっ。殺してれば、いつかは会えるわよね」
誓いのチャペルには、鉄の匂いが充満していた。
●pray
「序列は、五〇三番だそうです。六六六人衆です」
星野・えりな(スターライトエンジェル・d02158)の透明な声が、教室中に渡る。その知らせは、序列の高さによって教室に緊張感を齎した。
「星野さんの調査で、察知できたダークネスが居るわ。此処からの説明は、私が引き継ぐ」
えりなの後ろから遅れて現れた唯月・姫凜(中学生エクスブレイン・dn0070)は、えりなへ頷いて見せると、空いた席へと腰を下ろした。
「長崎のホテルに、三堂・纏(さんどう・まとい)という女が現れるわ。目的は殺人。そして、殺人しながら灼滅者を待ってる」
灼滅者が現れれば闇堕ちさせる。現れなければ、大量虐殺をして帰るだけ。
六六六人衆の殺人ゲームの目的は明瞭簡潔にして、巧妙――ただ虐殺を繰り広げる様でいて、現れた灼滅者側が簡単に撤退できない舞台設定を整える狡猾さを、灼滅者達ならば解っているだろう。
「厳しい戦いであることは、あなた達なら序列番号を聞くだけで充分伝わると思ってる。……詳しい状況、説明するわね」
すらすらと、姫凜のペンがノートの上を滑り始めた。
――その日。ホテル内設のチャペルでは、一組のカップルの結婚式が執り行われる。
花嫁が父親の手を取り、バージンロードを歩く。やがてその手を花婿が引き継ぎ、永遠を誓うべく宣誓台の前へと――三堂が現れるのは、正にその瞬間だ。
「堂々、花嫁と同じ正面入り口からチャペルへと現れるの。あなた達が視界にチャペルの扉と三堂を確認するのと、三堂が扉を開くのとがほぼ同時ね」
チャペル内には40名の参列者と5名ほどのホテルスタッフ、新郎新婦が居る。
三堂にとって、彼らは獲物にして人質。彼らがそこに居る限り灼滅者達が易々と撤退できないことを知っている。
だから、灼滅者の登場さえ確認した後は、騒いだり逃げようとさえしなければ、人質へは基本手は出さない。
しかし、灼滅者側に時間稼ぎや守りに徹するような動きが見られれば話は別だ。守らなければ灼滅者でも危うい強さでありながら、攻めなければ挑発として人質に手を出すだけの知性を、三堂は兼ね備えているのだ。
「チャペルに出入り口は1つしかない。そして、あなた達と参列者さん達の間に三堂が居る形だから、避難誘導も簡単には行かない状況よ。初撃は、無防備な三堂の背中に奇襲をかけることが出来るけど――それ以降は」
とても、厳しい戦いだと。予知した姫凜は良く理解していた。
「……三堂は、真っ白いバージンロードを渡って、参列席の最後列から伴った光輪で首を狩っていくの。被害者の血で、バージンロードが真っ赤に染まるのが見えたわ。阻止出来るのは、あなた達しかいない……」
俯く赤い瞳は、記したノートの文字を辿る。厳しいと知っていて見送るのは、辛いけれど。
それでも。
「無事を祈ってる。……どうか、皆で帰って」
あなた達しか、居ない――ありきたりだったが、今姫凜はそれ以上の言葉を見つけることができなかった。
参加者 | |
---|---|
野村・さやか(天奏音楽・d00162) |
神崎・勇人(日々之ナンパ・d00279) |
ミレーヌ・ルリエーブル(首刈り兎・d00464) |
葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843) |
花城・依鈴(ブラストディーヴァ・d01123) |
星野・えりな(スターライトエンジェル・d02158) |
羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908) |
ラックス・ノウン(不動のフーリダム・d11624) |
●背負うもの
「『アローサル』」
ホテルのロビーを駆け抜け、葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843)が呟く言葉は魔解錠の力。手元に現れた烈火の牙『Ruber Nodus』を掴み取ると、一所を目指し今はただ前へと走る。
「六六六人衆も、闇堕ちゲームも大嫌いっ」
「なんとかして被害者を少なくしなくちゃ! 絶対に負けないよ!」
隣を走る野村・さやか(天奏音楽・d00162)も祖父から譲り受けた『ウィッチクラフトポロン』を手に、己を鼓舞する言葉を紡いだ。
被害『少なく』――その言葉に込められた重みを、灼滅者達は理解している。
相手は六六六人衆、三堂・纏――五〇三番という序列に応じた強さを持つ、チャペルに惨劇を齎す女。今日8人の灼滅者達が背負う47人もの一般人の命は、今この女の手の中にある。
角を曲がって、視界に捕えたあの背が扉を開いたら――。
「『刎ねろ、断頭男爵!』」
ひゅっと音を立て、首刈り魔獣の牙から作られたと伝わるナイフがミレーヌ・ルリエーブル(首刈り兎・d00464)の手元を廻った。駆け抜ける勢い殺さず力強く地を蹴ると、ミレーヌの銀髪が空に踊る。
ギィイイ……その背の異変に今は気付かず、女はゆっくりと、チャペルの重厚な扉を開けて――。
「――三堂纏。気が済むまで遊んでヤるよ!」
耳元と思うほど近くに響いた声と同時、背中を襲った突然の痛みに女の体が前へと傾ぐ。
完全なる不意打ちの斬撃に背を勢い良く振り返れば、今度は頚部を切り裂く2つの斬撃と、腹部への強烈な杖の打撃。
神崎・勇人(日々之ナンパ・d00279)に続いて有栖とミレーヌ、そして花城・依鈴(ブラストディーヴァ・d01123)。攻め手は一瞬途切れるも、一寸遅れて依鈴の籠めた魔力が女の体内で爆ぜた。
「――なっ……」
「めでたい場所でなんてことすんだ」
猛攻は止まらない。バクン! とラックス・ノウン(不動のフーリダム・d11624)の体内に寄生する異形が殲術道具を飲み込めば、少年の腕は異形の砲身へと変化した。
「そんなに戦いたきゃ、オレらがすぐ来れる場所に来やがれってんだ!」
そこから女の肩を真直ぐに貫通した光線は、高い毒性を持ち体を長きに蝕む呪いの一閃。ぐらりと体勢を崩しかけて踏みとどまった三堂は、異変への恐怖に悲鳴を上げる一般人を背に、口の片端をニヤリと上げた。
「……あなた達、もしかして武蔵坂?」
「お望み通り、来て上げたわよ、三堂」
堂々と、その視線を受け止めて答えたのは羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)だ。
「悪趣味ここに極まれりってやつかしら……殴り飛ばしてあげるわ!」
「出来るかしら!? っふふ、愉しませて頂戴ね!!」
「殺すつもりでヤってやんよ! そのくらいが好みだろ、お前らには!」
勇人が叫ぶのを合図に、結衣菜が杖に魔力込め前へと駆ければ、さやかも用意できなかったサイキックの代わりに影の刃を三堂へと奔らせた。
三堂の周囲を滞空する光輪が2つ、4つと倍々に増えて行く。目の前の出来事に恐怖を顔に貼り付けた人質達へと、星野・えりな(スターライトエンジェル・d02158)は声を張った。
「――皆さん、動かないで! 絶対に助けますから!」
ESP『王者の風』――響き渡る透明感ある声と威圧によって、人質達から覇気が動きや声と共に消えていく。
「うふふ、嬉しいわ武蔵坂。あなた達に会いたかったの!」
かき鳴らすえりなのギターが放つ音波がびりびりと耳と体を打つ中。三堂が掲げた手を振り下ろせば、7つの光の輪が一斉に灼滅者目掛けて放たれて――血が舞う残酷な宴の、これが始まり。
空を自在に駆ける女の刃は、恐ろしく鋭かった。
●蹂躙
「音楽の力、あなたに響け!」
奏でる様に――さやかの爆炎の弾丸が、リズミカルに連射音を響かせている。
カカカカ! 同様にリズミカルに響くのは三堂の足音だ。高いヒールをものともせずチャペルを駆ける女の動きは、人間離れしていて予測がつかない。
そしてそれ以上に予測がつかないのが、滞空する光輪の軌道だ。
「晴れの舞台を邪魔しないで欲しいわね。さっさと帰ってくれないかしら?」
ミレーヌへと襲い来る光輪を有栖が防ぐ。その間に高速移動し背後を取ったミレーヌの『断頭男爵の鋭牙』によって、三堂の体から赤い飛沫が舞った。
ぼたぼたと、人ならば尋常ではない出血。しかし、三堂は笑むと芝居がかった声音で答える。
「あら、こわぁい。ゲストは丁重に扱ってくれない?」
「招かれざる客だけど、な!」
戯れに付き合う義理は無い。勇人の日本刀が上段から真直ぐに三堂へと振り下ろされた。ひらり、と跳びかわした三堂の一瞬の隙を逃さず、依鈴は滞空追尾するオーラを解き放ち、ラックスは殲滅銃を構え、その着弾点目掛けて連射を見舞った。
2つの砲撃が直撃し、もうもうと煙が立ち上る。
「はっ、こんな攻撃に当たるとか。あんた、ホントにその序列であってる?」
「――っふふ。酷い言われようね?」
ラックスが煙の中に投げかけた挑発。しかし、返る言葉に怒りや動揺は微塵も感じられない。
どう、動くか――戦況に合わせて動き方を変えていた依鈴が逡巡した時、煙を割って飛び出したのは光の輪。
「……っ!?」
「あんまり冷たいと、傷付いちゃうじゃないッ!」
軌道上に居た結衣菜の腹部に、ズン、と鋭い衝撃。そのあまりの重さに、一瞬息が詰まる。
「結衣菜ちゃんっ!」
リングスラッシャー。弾丸の様に飛び込んできた三堂の攻撃に、えりなが即座に喚び出した小光輪を結衣菜へと送る。きらきらと輝く輪が結衣菜を癒し、守るけれど――抉る一撃は、あまりにも鋭く重い。
口内に強い鉄の匂いを感じて結衣菜が唇拭えば、手の甲が赤く染まった。
「……きついなあ、本当に」
結衣菜の頬を、嫌な汗が伝い落ちる。後衛からそれを見つめ分析するえりなもまた、自身の焦りをはっきりと自覚していた。
攻撃が、届いていないわけでは無論ない。
三堂に比べて此方の攻撃の通りが幾分悪い感は否めないが――バッドステータスも少なからず効いてはいるのだろうし、想定の範囲内と言えるだろう。全体として回復より攻撃を重視する分、攻めてはいると思っている。
だが、消耗の方がかなり激しい。
元々灼滅者の闇落ちか虐殺を望む三堂を撤退に追い込むには攻めるしか無いのは心得ていたが――相手は圧倒的実力者。戦闘が長くなればなる程、少ない回復では追いつけなくなること、そして癒せない傷が深くなっていくことは、解っていた筈だった。
甘く見ていたつもりはない。しかし、三堂への攻撃が、その威力が――灼滅者達の消耗度に対して、圧倒的に足りていない。
「……っ、あんたの目当ては私達でしょ! 相手してあげるから来なよ!」
それでも、有栖は声を張って紅蓮の刃を振り下ろす。攻めないわけにはいかない。戦いを止めたら、今背に負う命が無残に散っていくのだ。
ガキン! 手に掴んだ光輪でその刃を受け止めた三堂は、ふふ、と小さく笑って見せた。
「そうねー武蔵坂。あたしのお目当てはあなた達。だからね、もっともっと愉しませて欲しいの。でないと……」
ざわり。不穏な気配に、有栖の血の気が一気に引いた。
「だめっ……お父さん!!」
自分では、間に合わない。えりながビハインド――えりなの父である永一へと叫べば、永一は人質の元へと急行する。
灼滅者達も、三堂と刃を交える有栖以外、全力で走るけれど――。
「……手元、狂っちゃうかもしれないわよ!!」
間に合ったのは永一だけ。庇えた2人を除き、最も戦場に近い位置にいた参列客8人の首元を、光の輪がスッと音も無く通り抜ける。
ごとりと、8つの首が床へと落ち、転がった。
「……っ、三堂おおおおお!!」
怒りの声は、誰のものだったか。
命の飛沫が、聖なるチャペルに噴き上がる――散った命の重みが、灼滅者達へと重く重くのしかかった。
●天秤
星を模るギターをぐっと握り締めるえりなの手が、ぎりっと音を立てた。
(「1人だって、犠牲にしたくなかった……!」)
呑まれそうな空気の中、それでも怒りを飲み込んで、えりなの奏でる活力齎す力強い旋律が消耗激しい前衛を包み、広がる。
目の前の惨劇は、目を逸らしたくなる程凄惨な光景だ。恐らく王者の風がなければ人質全員が恐怖に狂ってしまいかねないほど、晴れの日のチャペルは血に塗れ、死臭に満ちている。
「これ以上、あなたの好きにはさせないよ!」
その重苦しさを振り払う様に、さやかも小さな体から精一杯の力を声を張り上げた。
仲間へかける声、自分への鼓舞。思いが、己が影から伸びる刃に乗って三堂の太腿へと突き刺さる。
「みんな、頑張って!!」
「ぶっ飛べコノヤロー!」
声に応えて、ラックスが差し出す槍から圧縮された高純度の魔法弾を解き放つ。一撃目が命中、即時放った二撃目が光輪に遮られ空に爆ぜると、爆風を追い風に結衣菜が一気に三堂へと詰め寄った。
「許さない……! 絶対に!」
「ふふ、そうでしょうね」
逃れる術が無い程近付いて、至近から打つ銃を使った打撃術。ガン! と力強く三堂の頭を叩き付け離れれば、そこに今度はミレーヌが間合いを詰めた。
「いい加減、闇堕ちゲームなんてはた迷惑なブームは過ぎて欲しいものだわ。……命はおもちゃじゃない」
常身に纏う衣装と言葉に込める、ミレーヌの自戒。三堂の衣服ごと斬り裂く一撃は、深く急所へと突き刺さった。
しかし、その体を幾度貫こうとも、幾度と無く血が流れても、灼滅者を追い詰める三堂の攻撃と言葉は止まらない。
「ふふ……許せないでしょうね。あなた達がこの戦いで守りたかったのは、あそこで縮こまってる無能な奴ら? それとも――自分達なのかしら。どっちにしろ、守れもしない半端な自分が、許せないでしょう?」
転がる8つの屍を指差しクスクスと笑う三堂のそれは、灼滅者を闇堕ちへと誘う挑発だった。簡単に乗りはしないけれど――心が抉られる思いがして、駆ける有栖の表情に悔しさが滲む。
誰も殺させはしないし、堕とさせはしないと思っていた。それがどれ程困難でも、絶対に守るのだと――しかし、思いに反し、虐殺は現実に起こってしまった。
リスクを負って、それでも攻めなければならない相手だった。それ程までに今、三堂と灼滅者達の実力は遠いのだと思い知る。
そして、その事実を嘲笑うかの様に、再び三堂の光輪が2つ、4つと倍々に分裂し始める。
「……!」
「有栖!」
セブンスハイロウ。此方を向く三堂の標的は、消耗酷い前衛――察して動いた有栖を追って、三堂へと駆ける影がもう1つ。
(「もう、何かを失う思いをするのだけは嫌……!」)
失う恐怖に、有栖が必死で延ばした手。三堂に背を向け、今最も消耗している結衣菜をその腕に庇い――滞空する刃に全身を血に染めた有栖が戦場に散ったその時。
「……っ、余計なモンに気ぃやったら、こっちがアンタの首狩る、ぜ……」
それは、攻めることで守る決意だったか。それとも、大切な友である有栖を守るためだったのか。
向かってくる光輪をものともせず、覚悟で詰めた間合いの果て。勇人は最後まで攻めに徹した刃で確りと三堂の胸を貫き、そのまま戦場に、果てた。
●守るために
「有栖さん! ……勇人さん……っ……!」
覆い被さる様に腕に庇い意識を手放した有栖を抱き締め、結衣菜の悲痛な叫びがこだまする。一方で、勇人は三堂を貫いた刀ごと、ずるりと床へ滑り落ちた。
勇人の一撃がかなり大きかったか、初めて胸の傷を抑えた三堂の様子に、癒すなら今とえりなはもう一度奏でるギターで前衛を包み込んだ。
しかし、それでも――癒せない傷が深く消耗の激しい結衣菜は、何とかそこに立っている状態だ。恐らく、もう長くは保たない。
「三堂てめえっ!」
ラックスが、ひゅる、と槍を持ち替えた。
魔力注ぎ、ドン! と槍の柄で垂直に床を叩くと、中空に無数の氷柱が顕現する。そのまま槍の穂先を三堂へ向けた瞬間、空から一斉に凍気の槍が三堂へと襲いかかった。
光輪で砕き、或いは飛び退く動きでかわし。降り注ぐ猛烈な攻撃の中、三堂がそれまでに無い愉悦の表情を浮かべた。戦いを愉しんでか、或いは、灼滅者の怒りに悦んでか――。
しかし直後、思いがけず背後から受けた打撃に、女は転倒し体を床へ叩きつける。
「がっ……!」
「………」
充満する鉄の匂いの中、仲間が倒れ行くのを悲しく見ていた花色の髪の少女――三堂の背後に立つ依鈴の手の甲に、真白の盾が展開されていた。
(「守るために、鈴に、出来ること……」)
依鈴の、この戦いにおける精一杯がそこにあった。
ずっとキャスターで臨機に立ち回っていた少女は、誰よりも戦況を理解している。守りと攻めの二柱が倒れた今、このままの戦線維持では、三堂の撤退どころか人質を守ることさえ厳しい。
ならば――何もかもを守るためには、誰かが、選ぶしかない。
体内に轟く、強大な力に手が震える。普段は決して持たない盾を持ち、圧倒的な敵を前に前衛へ出た彼女が繰り出したのは――シールドバッシュ。怒りを誘うことで標的の攻撃を引き付け、仲間を守る諸刃の剣。
そっと盾に刻んだ文字に触れ、瞳を閉じる。えりなが、依鈴の身に起ころうとしていることを察して、叫んだ。
「花城さん、駄目です……!」
仲間の呼ぶ声が、何処か遠くに感じられた。
(「……行って来る、ね」)
此処では無い遠く。盾へ向けて落とした小さな呟きと、微笑みに浮かんだ一粒の心が零れ落ちると、髪に春色宿す少女を、遂に闇が覆い尽くした。
――人々の静かな嗚咽が、静かなチャペルに響いている。
王者の風がまだ効いているのか、人質だった人々は涙を流しながらも息を潜めてじっとしている。脅威の去った戦場に、残っているのは7人の灼滅者と39人の一般人だ。
灼滅者の内2人は瞳を伏せて沈黙し、8つの骸は胴体と首とが離れ、無残に聖堂の中に転がっている。
三堂と、依鈴の姿はもう無い。
「………」
去り際の女を思い出して、ミレーヌが悔しさに唇を噛み締めた。
闇堕ちしてでも三堂を灼滅したいと願った。しかし、今ミレーヌは闇に堕ちた仲間を見送り、此処に居る。
えりなにも、ラックスにも覚悟は在った。きっと倒れた勇人や有栖も覚悟はしていただろう。仲間を守るため。失わないため。残された心が、失われた命と闇に消えた少女を思い、深く沈んでいく。
依鈴に追われ去っていった女の笑顔を、忘れることは無いだろう。
「またいつか、遊んであげる。――全員、死ぬまでね」
死者8名、重傷者2名――バージンロードを血に染め消えた女の行方、そして闇へと消えた少女の行方は、今は誰にも解らない。
作者:萩 |
重傷:神崎・勇人(日々之ナンパ・d00279) 葛葉・有栖(紅き焔を秘めし者・d00843) 死亡:なし 闇堕ち:花城・依鈴(ブラストディーヴァ・d01123) |
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種類:
公開:2013年10月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 14/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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