首括りの森

    作者:かなぶん

     富士青木ヶ原樹海。
     原生林に覆われた美しい景観のこの森には、自殺の名所という裏の側面がある。
     樹の海は広く、深く、その奥には未だ見つからない死体が眠っている。
     日の光が遮られ、暗く湿った森の奥。
     木の枝にセーラー服がぶら下がっていた。
     いや、正確にはセーラー服を着た死体だった。
     それはまるでハンガーに掛けられた洋服のようで、時々風に吹かれる度、ロープがギシギシと音を鳴らして、死体が左右に揺れる。
     骨格を覆う肉はほとんどが腐り落ち、眼球などの柔らかい部分はすでに虫に食われ、辺りにたえ難い腐臭を撒き散らしていた。
     服装と黒く長い頭髪から、その死体が女であることがわかる。
     遺言のつもりだろうか、木の幹には歪な字が刻まれていた。
    『あの子に見てもらえないなら、生きていても仕方ありません』
     誰に知られることもなく、死体はそこにあり続けた。
     その時、すでに機能を失った死体の耳に声が響く。
    「恨みに満ち満ちし自死せし屍よ。その身に宿す業をこの私に見せるのです。さすれば、その身に不死の力を与えましょう」
     それを聞いた死体が、朽ちた喉で呻いた。
    『わたし、いがいの……おんなが……みんな、醜ければいい、の、に……』
     死者が蘇る光景を、死体漁りの鴉だけが見ていた。
     
     長月・紗綾(暁光の歌い手・d14517)が、富士の樹海で強力なアンデッドが現れているという情報をつかんだ。
    「紗綾さんの予測が正しければ、この事件は、白の王セイメイの仕業であると思われます」
     樹海の地図を広げ、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は現場の大まかな場所を赤ペンで囲む。
     セイメイの力を得たアンデッドは、ダークネスに匹敵する戦闘力を持ち、富士の樹海の奥に潜んでいるという。
     今回見つかったアンデッドは、樹海で首を吊った自殺者「菊莉」だ。
     詳しい自殺の理由は分からないが、遺体のそばには、想い人に振り向いてもらえない怨みの言葉が、深々と刻み込まれているという。
    「皆さんには樹海に向かい、このアンデッドを倒してきていただきたいんです」
     アンデッドは、今すぐ事件を起こすというものではないようだが、白の王セイメイが強力な配下を増やしていく事は阻止しなければいけないだろう。
     樹海の奥で、菊莉は今も首を吊っている。
    「不気味な光景ですから、注意して森を探索すればすぐに見つけられるでしょう。訪れた皆さんに気づけば、彼女はロープを引き千切り、恨みのままに襲い掛かってきます」
     菊莉は無数のロープを操り、敵の首を木の枝に吊り上げる。また、女性に対しては特に強い恨みを抱いている。もし戦場に女性がいれば、彼女は獲物の顔を引き裂こうとするだろう。そして、「自分を見てほしい」という菊莉の執着は、その瞳を覗きこんだ者にトラウマを植え付ける。
    「迂闊に彼女の瞳を覗かないよう、気を付けて下さい」
     それから、と姫子は説明をつけ足す。
     戦闘が始まれば鴉のアンデッドが6体、灼滅者に襲い掛かる。彼等はさほど強力ではないが、油断をすれば、餌として肉を啄まれることになるだろう。
    「皆さんまで菊莉さんの首吊り死体仲間になる、なんていうのだけはやめてくださいね。元気な姿で帰ってきてくれるのを、私待ってますから」


    参加者
    華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)
    村上・光琉(白金の光・d01678)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    小鳥遊・葵(ラズワルド・d05978)
    霧渡・ラルフ(奇劇の殺陣厄者・d09884)
    月村・アヅマ(風刃・d13869)
    神音・葎(月奏での姫君・d16902)
    巳葦・智寛(高校生エクソシスト・d20556)

    ■リプレイ

    ●樹海の闇は暗く
     樹冠が陽光を遮り、樹海の中は昼間でも薄暗く、湿った空気を漂わせていた。
    「あ、あれが富士山ですね。絶景絶景。でも入山期間はもう終わってるんでしたよね。帰りに寄れたらと思ったけど残念」
     霊峰を見上げて肩をすくめる華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)は、溶岩質の土壌を安全靴で踏みしめる。
    「転んだら、私のかわいい顔に傷が付くかもしれませんしねー」
     もしかしたら、これから引き裂かれるかもしれないけれど。
    「さてと、菊莉さんはどこかな?」
     キョロキョロとアンデッドを探す紅緋から少し離れた位置。
     木々の間をかき分け、灼滅者達が樹海を探索する。
     彼等はお互いを見失わない程度に散開し、探索範囲を広めて彼女を探す。
    「漸く憎き不死王の一人の手がかりに行き当たったか。企みは必ず潰させてもらう。着装……」
     静かに宣言する巳葦・智寛(高校生エクソシスト・d20556)を青い光が包む。
     次の瞬間、青い強化装甲服に身を包んだ異形の戦士が姿を現した。
    「スーパーGPS、起動。さて、このASCA-X01とやらがどれほどの性能なのか、試すとするか」
     樹海の地図に目を落とせば、そこに智寛の現在位置が表示される。
     もうすぐ『菊莉』の潜むエリアに入る。
     地図から得た情報を、智寛は通信で仲間に伝えた。
     隠された森の小路が月村・アヅマ(風刃・d13869)の行き先を拓く。
     この樹海の奥にいる菊莉に気配を悟られないように進む彼。
     その足取りは、心なしか重い。
    「正直、俺は恋愛事とかよく分からないけど……なんかやりきれないな、こういうのは」
     呟き、帽子のつばを目深に下ろす。
     遠くに仲間の姿を確認する神音・葎(月奏での姫君・d16902)。
    (「この世に居られないほど苦しんで。死してなお救われず怨みを残して。そんな彼女を利用する者がいて。……こんなことは、終わらせないと」)
     胸の内の言葉は、誰に聞かれるでもなく、樹海の薄闇に消える。
     その闇は人の心の闇に似て見えた。
    「振り向いてもらえなかったが為に命を絶った……のか」
     小鳥遊・葵(ラズワルド・d05978)はぐるりと樹海を見渡す。
     どこを見ても同じような風景。一度迷えば出られないという話も分かる気がする。
     暗い影に覆われたこの森で、
    「恨みを抱いたまま人知れずこんなところで、なんて……何とも言えない気持ちになるな」
     葵は注意深く目を凝らす。
     歪に曲がりくねった樹、無残に折れた大樹、誰かが残した遺留品。
     それらに紛れて一際異常なモノがあった。
     鬱蒼と茂る木々の間に、ゆらりゆらり、不気味に揺れる黒い影が。

    ●対峙
    『……見つけたよ』
    「了解」
     トランシーバーからの通信を受け取り、紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)は淡々と頷く。
     包帯を巻いた彼女の表情からは感情はあまり読み取れない。
     セーラー服を着た首吊り死体の間近に迫り、灼滅者達は身振りでタイミングを合わせる。
     そして一斉にアンデッドに対峙した。
     彼等に気づいたアンデッド「菊莉」は、ぎこちない動きで顔を上げ、首を吊るすロープを引き千切って地面に落下する。
     ロープの切れ端を首に巻きつけたまま、眼球を失った眼窩で彼女は彼等をじっと睨んだ。
     その姿に霧渡・ラルフ(奇劇の殺陣厄者・d09884)はわずかに薄ら寒い感触を覚える。
    「人の怨みの力とはなんとも恐ろしいものデス。故にそういう死体を眷属にするのは、合理的とでも言えばいいのでショウか。……そういうのは嫌いではありませんが、少々悪趣味ですネェ」
     カードをかざすラルフを光が覆う。
    「Fron einem Betrug!(まやかしに溺れろ)」
     ラルフが殲術道具を構えると同時、頭上から不快な啼き声が降りてきた。
    『カァーッ! カァーッ!』
     獲物を漁りに来た鴉の羽が視界を黒く埋め尽くす。
     アヅマは帽子を被り直し、戦闘態勢に切り替える。
     敵は妄執に囚われ、解放されないアンデッド。
    「全てを投げ打っても構わないと思える恋愛なんて、フィクションの中だからこそのモノであって現実だとしんどいんだよね」
     村上・光琉(白金の光・d01678)がそう思うのは、誰かを思い出したからだろうか。
     彼女の生前に何があったのかはわからない。
     故に紅緋は軽々しく言葉をかけることはしない。
    「自ら死を選ぶほどなんですから、見も知らぬ他人がもっと前向きにとか言っても、きっと無意味なことでしょう」
     だから、全力で無に還す。それが彼女への供養だと思うから。
    「華宮・紅緋、これより灼滅を開始します!」

    ●人の闇はなお暗く
    『死ネ』
     潰れた喉で菊莉が呻く。
     途端、前衛にいた少女達の首がガクンと上に引っ張られた。
     頭上から伸びたロープが少女たちの首を絡め取り、吊り上げる。
    「息が……かはっ……」
     首がぎりぎりと締め付けられる。
    「がっ……ぁぐっ……っ!」
    『ふ、フ……くるシソウ……醜い、かお……』
     吊るされた灼滅者を見上げ、菊莉は嗤う。
     しかし眩い光が樹海を照らし、少女の首に巻きつくロープを切り裂いた。
     地面に投げ出された三人が咳き込む。
     どうして死なない? 首を傾げ、菊莉が光琉を睨む。
     気弱な少年は、自分を殺した少女に告げた。
    「あなたにこれ以上誰かを殺させたりしません」
     鴉たちがその肉をついばもうと襲い掛かる。
     アンデッドを殺すことに、ラルフは何も思わない。
     迷わず、ただ「殺す」だけ。
    「だが死ぬ事で彼女の心が休まるならそれもヨロシイ」
     腐った羽で羽ばたく鴉を、ラルフの黒い殺意が飲み込んだ。
    「霧渡の大奇術、とくとご覧あれ!」
     バサバサと羽音を響かせ、上空から襲い掛かる鴉のアンデッド。
     飛んでくる嘴の一撃を葎はシールドで迎える。突き刺さる嘴の衝撃に葎は顔をしかめた。
     矢のように降り注ぐ鴉達の嘴を、シールドでいなす謡。
     禍々しい菊莉の眼窩を、謡は怜悧な瞳で見つめ返した。
     姫子の情報通り、彼女は女性を狙ってきた。
     ならば好都合だ。少女達が菊莉の注意をひきつけている間に、鴉たちを殲滅する。
    「あなたにはボク達に付き合って貰おうか」
     菊莉の前に謡と紅緋、葎がその身をさらす。
     瞬きの一瞬で菊莉が間合いを詰めた。
    『綺麗、ナ……かオ……』
     紅緋の眼前に菊莉の爪が迫る。
     血が飛び散った。顔を庇った紅緋の腕から血が溢れ出る。
     紅緋は異形化した巨腕で、菊莉に拳を打ち返した。
    「それじゃ皆さん、鴉はお願いします。思う存分殴り合いしましょうか、菊莉さん」
    「ゲエェァァァァァァァァーーーーーーーー!!」
     けたたましい啼き声が響いた。
     脳髄が痺れるような騒音に前衛の灼滅者は耳を塞ぐ。
     強烈な耳鳴りに身動きすらままならない彼等を鴉が襲う。
     食われる。
     痛みを覚悟した時、鴉たちの視界を霧が遮った。
     立ち込める葵の夜霧が敵の目から前衛の姿を隠す。
     獲物を見失った鴉の嘴が衣服をかすめる。
     口惜しげに上空で滞空する鴉。
     鴉がわずかに啄んだ血肉を啜ると、その腐肉がジュクジュクと再生した。
    「撃ち落とせ、LGG-06」
     智寛のガトリングの銃身が高速回転すると、嵐のように弾丸をばら撒いた。
     散りばめられた弾丸が鴉たちの翼を正確に射抜く。
     続けざま、アヅマの掌を激しい炎が迸る。
     爆炎は奔流となって放たれ、鴉たちを焦がす。
     焼けた腐肉の臭い。
     鴉の断末魔が響いた。
     鴉のアンデッドは残り四体。
     その綺麗な顔が憎い。だから私はあの子に見てもらえなかった。
     菊莉が謡に手を伸ばす。
     コイン状の盾をかざし、謡は爪の軌道をそらす。攻撃をそらされ、がら空きになった顔面に、カウンターの拳を叩きこんだ。
     吹き飛ばされた菊莉が木々の間を転がる。
     菊莉との距離を塞ぐように鴉たちが群がるが、
    「捕捉した」
     智寛は狙いを定める。標的は鴉のアンデッド、四体。
     四体全ての動きを捉え、『HBSR-05 伍式重破壊狙撃銃』と『LGG-06 六式大型機関砲』の引き金を引く。
    「邪魔だ。消し飛べ」
     撃ち出された弾丸の嵐は全ての鴉を射抜いた。
     強化装甲の実感を確かめる智寛。
    「ほう……、なかなか使えるじゃないか」
     傷つき地面の上で羽ばたこうと足掻く鴉を、アヅマは逃がさない。
     両手に全身のオーラを集中し、放つ。
     草木をなぎ払って放たれた気の塊が鴉を撃ち落とした。
     風が光琉の魔導書をめくる。
     魔術知識の詰まったその書物は、あるページを開いた。
    「……………………」
     そこに記された禁呪を光琉が唱えた瞬間、鴉の羽が炎に包まれ、爆発した。
     爆煙の中から鴉が姿を現す。
    「逃がさない」
     上空へ逃れようと飛び上がる鴉の羽に霜が降りる。
     残された二体の鴉に葵が狙いを定めると、周囲が冷気を帯び、鴉達の羽は一瞬で白く凍てついた。
     氷塊になったアンデッドは上空から地面に叩き付けられ、硝子のように砕け散った。

    ●闇は未だ晴れず
     頭上から伸びるロープが少女たちの首を絡め取り、宙に吊り上げる。
     もがくほど息ができない。
    『汚物をぶち撒いて……汚く、死ネ……』
     菊莉はこうして一人で死んだのか。
     ダメージが徐々に限界に近づき、意識も遠のいていく。
     カタカタと嗤いながら、菊莉は葎の顔に爪を突き立てようと――。
    「ッ!?」
     背後からのリングがロープを切り裂き、菊莉の手を弾いた。
    「せめてここで眠らせてあげるしかないのかな」
     葵は穏やかな微笑みで菊莉の殺意を受け止める。
    『邪魔を……する、なっ!?』
     狙い澄ました智寛の正確な射撃が、彼女の片腕を吹き飛ばした。
    「すまない、待たせた。俺もそちらに合流するぞ」
     周囲を飛んでいた鴉達はもういない。
     戸惑う菊莉の身体を影色の蝶の群れが覆い尽くす。
    「さて……アレはきっと上餌ですヨ、フェアリーズ?」
     ラルフの影が、菊莉を貪り食らう。その間に、
    「村上、華宮は頼んだ」
    「了解です」
     葵と声を掛け合い、光琉は聖なる光で樹海を照らす。
     光は紅緋の首を縛るロープを断ち切った。
    「けほっ、けほっ……ありがとう。アヅマくんもお願い」
    「任せて」
     癒しの気をロープに打ち込み、謡がアヅマの捕縛を断ち切る。
    「どうも!」
     アヅマは短く礼を言い、再び立ち上がると、
    「俺達まで仲間入りとか洒落にならんしな」
     冷静に言い捨てる。
     ただ彼女のことは、「アンデッド」を灼滅するのではなく、一人の「人間」として葬りたい。
    「……これ以上苦しむ必要はないよ。恨み妬み、絶望なんてのは此処に置いて逝け」
     静かな思いをアヅマは【風刃・級長戸辺】に乗せて、振るう。
     斬撃は白骨化した菊莉の胸部を粉砕する。
    『これじゃ、あの子に見てもらえない……』
     自力でロープを振り解いた葎は、乱れた呼吸を集気法で整える。
    「このようなことをしていても、貴女の恨みは晴れません……だから」
    『うる、さい……ッ!』
     菊莉は声を荒げる。
     あえて葎は菊莉の視界へ飛び込んだ。
     哀しげに、しかし毅然と前を向いて。
    「貴女の相手は私です。……もう、貴女は、眠るべきです」
     菊莉は葎の顔に手を添え、撫でる。
     そして、彼女は爪を突き立て、引き裂いた。
     傷口から毒がまわり、焼けただれるような痛みが葎を襲うが、
    「貴女の恨みを受け止めます。……さぁ、舞いましょうか」
     葎はシールドで菊莉を殴る。
     菊莉は怒りに狂い、叫ぶ。
     死んでなお暗い感情に苦しみ続ける菊莉。
     彼女の背後に回り込み、ラルフはその背中を彼女のセーラー服ごと切り裂く。
     彼はただ殺すだけだ。
    「だが死ぬ事で彼女の心が休まるならそれもヨロシイ」
     なぜ、思い通りにならない。
     なぜ、誰も、
    『わたし、を、みてくれない……』
     菊莉は紅緋の瞳を覗き込む。
     眼球のない昏い穴が、少女にトラウマを植えつけようとするが、紅緋は目をそらすことなく、菊莉の目を見据えて耐えた。
    「これくらい軽いですね。それに、その程度の瞳は何度も見てきましたよ。何度見ても慣れませんけど」
     菊莉の横っ面を智寛の銃撃が吹き飛ばす。
    「なるほど身勝手極まりないな。憐れみを込めて消し去ってやろう」
     今回の事件さえなければ、彼女の思いが蘇ることもなかった。
     叶わぬ想いに苦しまずに眠れたのに。
    「白の王の企みを阻止したいのは勿論だけど、菊莉の為にも、せめてここで」
     葵の影が樹海の中を這い、菊莉の顔を切り裂いた。
    『これ、じゃ……あの子にみてもらえない……ッ!』
     うわ言のように繰り返す言葉。
    「世界が自分とその人だけだったら楽なんだろうけど」
     そんな事あるはずもない。
     でも、他人事に思えない。
     死者だから倒すだけなのか。
     そんな理由で『菊莉』を切り捨てる事はできない。
    「僕のできることをやらせてもらうよ」
     菊莉が態勢を整えるよりも早く、光琉はフォースブレイクの火力で押し込む。
     全身に包帯を纏った少女が、木々の合間を獣のように駆け抜ける。
     謡は閃光の連撃を絶え間なく放った。
     己が命を絶つ程の感情。正しく彼女は恋に生きていたのだろう。
     理解は及ばないけれど、それは己に準じた立派な結末だと、謡は思う。
    「故に、水を差す無粋を許す訳にはいかないね」
     白の王の思い通りにはさせない。
     追い詰められた菊莉の背中に樹の幹が立ち塞がった。
    「二度目の眠りだ。今度こそ、安らかに」
     告げる謡。菊莉は頭上を見上げる。
    『……ッ!』
     赫く、腕を振り上げた紅緋の胸にハートのスートが浮かび上がる。
     少女の心が黒く澄み渡っていく。
    「あなたの怨念も執念も残念も何もかも、この私が叩き潰します」
     異形化した拳を握りしめ、紅緋は渾身の力で振り下ろす。
     地を震わせる衝撃。
     周囲に粉塵を巻き起こして、彼女は菊莉を叩き潰した。
    『やっパり……生キテたって……仕方ナいじゃナイ…………』
     妄念が叶うことはなく、菊莉は再び死体に戻った。

    ●闇に葬る
     せめてもの思いで、葎は鎮魂の神楽を舞った。
     菊莉が首を吊った樹に花を供えて、アヅマと光琉は手を合わせる。
    「……俺にできる事はこれ位しかないからね」
     依頼を完遂できても、今回はさすがに喜べそうにない。
     アヅマは表情を隠すように帽子を被りなおした。
     樹の肌には、刃物で刻んだような歪な言葉の羅列。
     自分を見てもらえなかった彼女の想いが綴られていた。
     例え、彼女が誰にも顧みられたくないからこんな所に来たのだとしても、自分は覚えておきたい。
     人の死を弄ぶような今回の事件に光琉は嫌悪感を表す。
     自分の中にもこんな力を持って命を軽々しく扱う存在があるのだ。
    「この先ずっと、僕は僕でいられるだろうか」
     重くなった空気を換えるようにラルフは、
    「さて、身一つで樹海に一晩は勘弁願いたいものデス。帰りまショウ」
     そう言ってアリアドネの糸を手繰り、来た道を辿る。
     謡は樹冠に覆われた空を見上げる。
    「少し寄り道でもして帰還しようかな」
     怨念さえ祓えば此処は豊かな森そのもの。
     怨みも絶望も飲み込んで、樹海は静かに眠る。

    作者:かなぶん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ