かつて、一人のプロレスラーがいた。
そのプロレスラーは、弱小団体の一レスラーに過ぎなかった。しかし、裏では秘密裏に行なわれる格闘大会で猛者をプロレススタイルを貫き、薙ぎ払い続けたという。
だが、そのプロレスラーはこの世を去った。病だった。病の体を押して、闘い続けていたのだ。
ファンは信じていない、あのレスラーの死を。猛者達は忘れていない、あのレスラーの強さを。
だからこそ、生まれたのだ――その、プロレスラーの都市伝説が。
「本当、記録も定かでない弱小団体らしかったんすけどね。プロレス業界では、よくある話っす」
湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、しみじみとそう切り出した。
今回、翠織が察知したのはそんな都市伝説である。
「夜、人だかりがあると現われる、プロレスラーっす。いや、本当、一般人じゃあ命にかかわるレベルで薙ぎ払われるんすよ」
放置は出来ない、翠織は真剣な表情で告げた。
「出現場所はわかってるっす。とある、高架下。外灯とか、整ってるんすよね、ここ。夜中、そこで昔格闘がよく行なわれていたらしいっす」
今では、そこは使われていない。だからこそ、好都合だ。夜にそこに待ち構えていれば、都市伝説は自然と現われるだろう。
「黒い犬のマスクをつけた身長一九十越えの筋骨隆々のレスラーっす。まー、タフな相手っすよ」
ただ、レスラーである。攻撃は真正面から受けるタイプだ。ダークネスほどの強敵でもない、倒す自体はさほど問題はないだろう。
「後、プロレスに付き合ってくれるような相手を集中的に攻撃してくるっす。そういう習性も利用できるはずっすよ」
翠織はそこまで語り終えると、真剣な表情で締めくくる。
「人によっては、こういう敵に思い入れもある人もいると思うっす。思う存分、プロレスで相手をしてやるといいっすよ」
参加者 | |
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羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097) |
凌神・明(英雄狩り・d00247) |
江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337) |
多々良・鞴(十日にひとりの逸材・d05061) |
朧月・咲楽(紅桜・d09216) |
紅月・リオン(灰の中より生まれいずるもの・d12654) |
枝折・真昼(リヴァーブハウラー・d18616) |
夜薙・虚露(紅霧の悪喰・d19321) |
●
夜の高架下。いつもであれば誰もいない、そんな寂しい空き地だ。しかし、今夜は戦場と書いてリングと読む、そんな場所へと変わる。
「プロレス、其れは魅せる格闘、スポーツではなくショーだと聞いた覚えがあるのでございますが……実際のところはどうなのでございましょうか?」
紅月・リオン(灰の中より生まれいずるもの・d12654)は、その涼しげな眼差しで戦場を見回し、呟いた。筋書きのある戦い――ルールを勉強してきたリオンにとっては、それは不可解な存在だった。
「プロレスは八百長で成り立つ競技だと聞いたが――」
江良手・八重華(コープスラダーメイカー・d00337)はこぼし、その視線を上に向けた。高架、その欄干から一つに人影がそこに降ってくる――ズダン! という砂埃を巻き上げて着地した人影に、八重華は言い捨てる。
「なるほど、本物も居たようだ」
舞い降りたのは、黒い犬のマスクをつけた大男だ。身長は目測で一九十以上、細部まで鍛え上げられた筋肉にうっすらと脂肪の鎧をまとう体は持久力と瞬発力、その両方を維持する限界を見極めた体躯だ。殺人鬼として、ひたすら戦いを求める者として、目の前の大男が秘めた実力を八重華は正確に見抜いていた。
もしも、人間の格闘家として目の前の男が存在したのならば、それは文句なしに強かったはずだ。
「赤コーナー! 192センチ、148キロ、『黒い狂犬』ブラックファング!!」
現われた大男に、枝折・真昼(リヴァーブハウラー・d18616)が声を張り上げてコールを駆ける。それを聞いた大男――ブラックファングは、小さく肩を揺らした。笑ったのだ、そう真昼が思った瞬間、その咆哮が轟く。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥッ!!』
大気が震えるほどの、狂犬の咆哮。映像にも残っていない、噂話だけに残る黒い狂犬の咆哮だ――それは、自然と胸の奥から熱いものをこみ上げらせるものだった。
「武闘家系の相手はやっぱり楽しいよなぁ、ただぶん殴るだけってのはちっと寂しいからな」
こみ上げる熱をそのままに、凌神・明(英雄狩り・d00247)が口元に笑みを刻む。獣が牙を剥くように、とはよく言ったものだ。ブラックファングの闘志に煽られるように、自身の手にいつも異常の力がこもった。
(「熱い男の人って嫌いじゃないです。例えこの方が都市伝説であったとしても、まっすぐな闘志が清々しいですね」)
その熱を胸に感じながら、羽坂・智恵美(古本屋でいつも見かけるあの子・d00097)は笑みをこぼす。
「例え規模は小さくても自分にとってのヒーローなら、その姿は目に焼き付いて中々忘れられるものではないですよね」
それは、自分が本を読んでその登場人物に想いを馳せるのと同じなのだろう。ならば、この熱はあのプロレスラーを見た者の胸に、今も刻まれているもののはずだ。
だからこそ、それを汚させてはならない。一般人に、それを向けさせてはいけないのだ。
「僕らが集まってるだけで十分ですよね?」
多々良・鞴(十日にひとりの逸材・d05061)の言葉に、ブラックファングがゆっくりと身構える。期待したゴングの音はない――しかし、そこにいた誰もが鳴り響くゴングの音を聞いた気がした。
「斬って、狩って、裂き誇る!」
スレイヤーカードから刀を引き抜き、朧月・咲楽(紅桜・d09216)が唱える。それと同時にブラックファングが地面を蹴った。
それを夜薙・虚露(紅霧の悪喰・d19321)が真っ向から迎え撃つ!
「やろうかィ。アンタの引退試合ってヤツをよ」
二人の両手がバチン! と組み合い、互いの額が激突した。手四つの体勢だ。一八六ある虚露でさえ、ブラックファングにはわずかに劣る。ギリギリ……、と拮抗して軋む筋肉――虚露が徐々に押し始めた、その瞬間だ。
「ッ!?」
手首が、捻られた。それは柔術の要領だ、最小の捻りでこちらの動きを逸らしたブラックファングが虚露の両手を振り払う。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
そして、繰り出されるラリアットが虚露の巨体を宙へと吹き飛ばした。
●
「お……ッ」
虚露は、着地する。全身の神経に電流が流されたような感覚、それは痛みではなく戦慄だ。
「これが、『プロレス』かァ……!」
格闘技が好きで色々とかじった虚露だからこそ、理解出来る。今の攻防で着目すべきは豪快なラリアットやそのパワーではない。手四つからラリアットに持っていくまでの流れ、相手の動きを制御するソレだ。打つ、投げる、極める、これほど多彩な技が許されているのは総合格闘技や何でもありぐらいなものだ。だからこそ、技へと繰り出すための流れもまた多彩なのだ。
だが、それを理解しても誰もが笑みは崩さない――それは、こちらも同じだからだ。
「いざ、お相手願いましょう!」
リオンの放つ魔力の霧、ヴァンパイアミストが周囲を埋め尽くす。それは、まるでスモークだ――その中で、八重華が殺気を放った。
「殴り合う趣味はない。そういうのは、他に任せる」
ゴォ! と黒い殺気が津波のようにブラックファングを飲み込む。八重華の鏖殺領域、それが内側から音もなく爆ぜた。
その動きは、まさに目に付くもの全てに噛み付く狂犬だ。身を低く、ブラックファングは一直線に灼滅者達へと襲い掛かる。
「そうだ、来い」
明が、業刀劔を肩に担ぎそれと向かい合った。言葉で語り尽くせぬ事でも刃や拳でならば語れる事がある――その信念と共に、大上段からの斬撃を繰り出した。
明の戦艦斬りを、ブラックファングはかわさず受ける。肩口に刃が食い込むが、振り抜けない。それを悟った明はブラックファングを足場にして、横へ跳んだ。
「すいません、囮の方よろしくお願いしますね!」
智恵美が、ヒュオン! とRAIJINスラッシャーから作り出した小光輪を虚露へと放つ。その護りを受けて、己の右腕を怪腕へと変貌させた虚露がブラックファングへと駆け込んだ。
「お返しだァ!!」
ドォ! と強烈な水平チョップがブラックファングの胸を強打した。まるで金属と金属がぶつかり合ったような豪快な音だ、数メートル離れていても耳に響く。
『ガハハハハ!!』
だが、ブラックファングは小揺るぎもしない。声を上げて笑うその姿に、むしろ感心するしかない。
「呆れるほど、タフですね」
「まぁ、だからこそ盛り上がるってもんだぜ」
鞴はシールドを虚露へと与え、真昼の天使を思わせる天上の歌声は闘志を燃え上がらせるように熱く熱く響き渡る。
「あぁ、思う存分相手してやる」
呟き、咲楽は地面を蹴る。ブラックファングの死角へと一気に潜り込み、刀の一閃を切り上げた。
『オオオオオオオオオオオオオオオン!!』
ブラックファングが、四つん這いになるとそのまま獣のように低い体勢で駆けた。コンクリートの壁、そこを一歩、二歩、と駆け上がり――空中で弧を描きながら、そのまま咲楽の上へと落ちる!
「さ、せるか!」
そこへ明が割り込み、巨体を受け止めた。しかし、元の重量と加速は凄まじい威力を誇る。そのまま、地面へと叩き付けられた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
叫び、ブラックファングは拳を頭上に突き上げる。その動作が、今の一撃が会心の一撃である事を告げていた。
「守護すること……その本質は耐える事ではなく護り、抗うことにある」
ゆらり、と明が立ち上がる。それを見て、ブラックファングはクイクイと指招きした。
「言われるまでもないィ!」
虚露は口に含んだドリンクを毒霧に見立て、神薙刃と共に吐きかける。ブラックファングはその毒霧を受けて、よろめいた。しかし、それが演技であるのは明白だ。
「どこまでも、プロレスラーか」
バキリ、と八重華の頭上で氷の花が咲く――それは、妖冷弾としてブラックファングに撃ち放たれた。
●
観客のいない戦場は、異様な熱気に満ちていた。
「さあ、拳を交えましょうか!」
いつもは守り手に回る事が多い私でございますが、私の中にも戦いの炎はございますので――リオンがバトルオーラを集中させた両の拳を繰り出した。最初は左で距離を測り、体を左右に振りながら上下に拳を振り分け、リバーやテンプルを狙っていく。
「……おや? これはもしかしてボクシングっぽくなっておりますでしょうか?」
確か、プロレスにおいては拳の攻撃は推奨されていない。それを思い出したリオンは最後の最後、掌打をブラックファングの顎へと叩き込んだ。
「――怯みませんか」
ブラックファングの牽制の裏拳を掻い潜り、リオンはこぼす。拳も掌打も、確実に命中したはずだ、かなりのタフさである。
「――オオッ!!」
明が繰り出した抗雷撃が、ブラックファングを強打した。のけぞり、足元がふらつく。それを見た明は、次の瞬間凄まじい力の流れに巻き込まれた。
(「引っこ抜かれた、のか!?」)
ふらつくまでが、演技だ。ブラックファングは一瞬の隙に明を無理矢理持ち上げ、パワーボムの体勢から地面へとそのまま投げつけた。
高速で動く視界と、後頭部に感じる激痛。かろうじて受身を取れた明が地面を転がって距離をあけるのを、ブラックファングは追おうとした。
「止まれ。交代を待つマナーぐらいはあるだろう」
八重華のBlack Camelliaによる魔法光線が、ブラックファングの肩を撃ち抜き体勢を崩す。その間に、明とタッチした鞴が大きく跳躍、風の刃と共にきりもみドロップキックをブラックファングの顔面に炸裂させた。
「さすがに思いの詰まった都市伝説です、一筋縄ではいきませんね」
すぐさま立ち上がるブラックファングの姿に、鞴は苦笑混じりに呟く。攻撃に攻撃を重ねて、効いていないはずがない――しかし、その覆面がどれだけのダメージを与えたのか、うかがい知る事を許さなかった。
(「これが、プロレスなんですね」)
思わず手を止めて、智恵美は微笑んだ。今、目の前では虚露が鉄下駄を手にブラックファングへと殴りかかっている。それを見て、思わずブラックファングを応援してしまいそうな自分がそこにいた。筋書きのあるなしは、関係ない。その鍛え上げた肉体がなければやり遂げる事も出来ない激しい戦い、それこそがプロレスなのだ。
「強い、よなぁ。そのタフさだけで、もう脅威だ」
咲楽も、笑う。全力を叩き付けてなお、反撃がある。これで負けてしまえば、言い訳など許されない。全身全霊で敗北した事を、認めるしかなくなる。
「主人公じゃなくても、そういう負け方は、ごめんだよなぁ」
「ショウタイムだ! 盛り上げていこうぜ!」
真昼のリヴァーブハウラーが、長く尾を引く狼の咆哮が戦場に相応しい音楽となって響き渡った。聞いた者の魂を捕まえて離さない、揺さぶるその音楽が、その場にいた者の闘志をより激しく燃え上がらせる!
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
狂犬が咆哮と共に、地面を駆けた。真正面、ブラックファングのラリアットを鞴は鉄棒の逆上がりの要領で受け流す!
「戦いの中で、リングの上で、終わらせましょう」
鞴の両の拳が流星のようにブラックファングへと降り注いだ。それに合わせ、八重華が狂犬の死角からオーラを宿した手刀を振り抜く。
「お前を殺すのは俺ではない。俺を殺すのはお前でないように」
反撃、とばかりブラックファングは八重華へと裏拳を放とうとした。しかし、それは届かない。背後に忍び寄っていた智恵美の影業が、縛り上げたからだ。
「横槍失礼します!」
『オオオオオオオオオオ――!』
それを振り払おうとしたブラックファングへ、虚露が間合いを詰める。右腕でブラックファングの頭と首を抱え、大きく跳躍した。
「大技だァ! 食らいやがれ!」
ブン、と虚露の巨体が大きく振るわれる。スイングDDT――遠心力に巻き込まれたブラックファングの頭部が、そのまま地面に叩き付けられた。
『ガ、アアア、ア!!』
頭を押さえ、左右に振りながらブラックファングは立ち上がる。そこへ、リオンはクルリとマテリアルロッドを回転させながら踏み出した。
「いかなる強きものであってもそれは個人の力、力を合わせし力に叶うものなし!」
ドン! とフォースブレイクの衝撃に、大きくブラックファングがのけぞる。そこに、更に重ねるようにリヴァーブハウラーに影を宿した真昼が突っ込んだ。
「ライブのノリで楽しめ!」
フルスイング、真昼のトラウナックルにブラックファングの巨体が宙を舞う。そこへ、刀を鞘に納めた咲楽と大きく跳躍した明が跳んだ。
「裂き誇れ!!」
咲楽の居合い斬りの一閃がブラックファングを捉えた瞬間、天井を足場にした明が急降下。パイルドライバーの体勢でブラックファングを捕まえた。
「模倣・雲蓋の一撃」
落下する一条の彗星のごとく、明の地獄投げが炸裂する。そのまま大の字に地面に転がったブラックファングの胸を、明はその手で押さえた。
「ワン、ツー、スリー」
リオンが、地面を三回手でたたく。スリーカウント、パイルドライバーからの体固めで灼滅者達の勝利が決定した、その瞬間だった。
●
「楽しめたかよ、引退試合はよォ」
虚露が、そう静かに告げる。プロレスラーの姿は、もうない。ただ、返答はなくとも豪快に笑っていただろう、そう誰ともなく思えた。
「10カウントで、黙祷を」
「アンタのおかげで強い奴と戦えた」
心の中でゴングを鳴らし、黙祷を捧げる鞴に、明もそれに倣った。
「なんか都市伝説って、よくよく思えば人々の願望を叶えてるんですよね。叶え方がすっごい雑でバイオレンスではありますけど……」
智恵美は、小さくため息をこぼす。それを活かす方法があればよいのですが……そう、思わずにはいられなかった。
「アンタ、強かったんだってな。いろんな奴の記憶に残って、こんな感じに復活するぐらいにはよ……。アンタが病なんかに負けるわけない!ってな。で、アンタも律儀に出て来るとはねぇ……流石は人気者だな」
語りながら、咲楽は紙の上にペンを走らせる。戦い、胸に刻んだ強いイメージはESPゴーストスケットにより次々と形になっていった。
「そいじゃ、俺も長居はできねぇ。楽しかったぜ……なぁ、『黒い狂犬』さん?」
咲楽は、その絵を上へと放り捨てた。ひらり、と音もなく舞い降りた紙に描かれたのは、たくさんのファンと強敵に囲まれ笑顔を見せたあのプロレスラーの姿だった。
その情景は、今も彼等の胸に刻まれている。それこそが、誰かの生きた証であり、生きていくための指標となるべき思い出だった……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年10月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 18/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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