Mental End

    作者:一縷野望

     ふーふーっと路地裏から響くくぐもった悲鳴に、気づく者は、いない。
    「私立小学校からエスカレートで中学高校! いいねぇ、親御さんの愛を感じますよぉ」
     上品な仕立ての制服を身につけた少女の口を押さえ込み、スーツ姿の男はへらへらと軽薄に嘲笑う。
     ……いつからか少女の声が、止む。
    「人生の落伍者にしないって愛を、ね!」
     でも。
     結局おちこぼれはどんな環境でもついてけないんですよねぇ。
    「だから、おじさんがお嬢ちゃんをおちこぼれないようにしてあげ『ました』」
     既に過去形。
     少女は背中を貫かれ、小さな躰から目一杯の血を地面に吸わせている。
    「よかったね。これでつらーい未来や現実に向き合わなくてすみますよ」
     男、滝田・聖(タキタ・セイ)は蒼に紛れた銃剣の引き金を引く。
     既に物体となった少女は弾丸を受けて何度も何度も痙攣するように弾む、まるで壊れた絡繰り玩具の様に。
    「……貴兄は随分とよい趣味をお持ちのようだ」
     そうやっていつものように弄んでいたら声をかけられた。
     目撃者は、消す。
     素早く放った聖の弾丸だが、あっさり日本刀で弾かれた。
    「まぁまぁ、待ちたまえ。ボクは糾弾なんて無粋なコトをしに来たわけじゃない。より深い享楽へのお誘いだよ」
     それはそれは蠱惑的な誘い――。
     

    「トラウマだらけの者が過ぎた力を持つとロクでもないコトになる。その一例だね」
     齢8歳の少女が凄惨な死を迎える旨を淡々と語り終えた所で、灯道・標(小学生エクスブレイン・dn0085)は瞼をおろす。
     デモノイドロードの起こす少女殺人が予知に引っかかった。
     デモノイドロードは『デモノイドヒューマン』と同等の能力を持ち、かつ危機に陥れば『デモノイド』化し戦える厄介な存在だ。
     そんな彼らをヴァンパイアが勧誘しにくるのだが、それはなんとしてでも阻止したい。
     だが直接ヴァンパイアと対立する事も避けたい。
     故に――デモノイドロードが事件を起こした直後に介入し、ヴァンパイアが来るまでに灼滅する、ないしは……。
    「二度と彼、滝田・聖が悪事を働かぬよう、追い詰めて……いや、それも生ぬるい言い方か」
     心を完膚無きまでに砕いて――と、標は厭世的に稀く笑う。
    「死んだ方がマシってぐらいに、ね」
     それは戦力での恐怖を刻み込む事と言葉の刺と為される地獄。
     
     聖は有名私立小学校の子をターゲットに殺人を繰り返している。それは妄執とも言えるぐらいに。
    「恐らく彼がエスカレーター式の私立高校をドロップアウトした事に根ざしてるんだと思う」
     親の期待に応えられないという申し訳なさが彼を追い込み、結果、成人しても社会にまったく適応することができなかった。
    「で、彼への介入ポイントなんだけど……灼滅を狙うなら、少女を殺した直後が一番いいよ」
     皮肉にも最良のタイミングであり、奇襲となるため一手分だが先制となる。
     ヴァンパイアが現われるまでに事を済まさなければならない灼滅者側としては、それは大きなアドバンテージだ。
     少女は救えないのかと問う灼滅者達に、標は苦くもどこか嬉しげな笑みを浮かべる。
    「聖が少女を刺すギリギリに介入。身代わりに刺されたり、少女を引きはがしたり避難させたり……やる事は増えるからタイムロスが出るよ」
     もちろん奇襲ではなくなる。
     更に救出の要領が悪かったり、パニックに陥った少女から思わぬ反抗を受けたりとただでさえ短い時間がより縮まりかねない。
    「ん……不利にはなるね」
     その時に生きるのが「灼滅狙い」ではなく「恐怖を刻む」という落とし方だ。
     少女を助ける為、灼滅者達は聖へ向けてはあらゆる面で『外道』とならねばならない、それができるかという話だ。
    「時間が足りないのは此方の不利な条件さ。それを念頭に置いてどうするか考えてね」
     10分弱でヴァンパイアの青年辰宮が聖の元に現われる。
     二人を相手にするには明らかに不利であり、先に述べた「ヴァンパイア勢力とのパワーバランス」を考えると戦闘は絶対に避けねばならない。
     万全を期すなら8分以内に聖を灼滅し撤退するのがいいだろう。
    「この依頼の第一目標は、デモノイドロードをヴァンパイアにつれてかせないってトコ」
     それは忘れないで、と標は念を押した。


    参加者
    日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)
    久織・想司(錆い蛇・d03466)
    千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)
    アデーレ・クライバー(地下の小さな総統・d16871)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)

    ■リプレイ


     日常の隙間、歪んだ顎門が牙を剥く。
     コンビニに入った友達を待つ少女が囚われ連れ去られたのは、そんなありきたりな不運だった。
     それこそコンビニにいる彼女の友達が巻き込まれぬようにと殺意を放ちかけて、久織・想司(錆い蛇・d03466)は思い留まる。あらかじめの人避けはバベルの鎖に触るやもしれぬ。
     不運を不運のまま置けば、以降失われるはずの多くの命が救える可能性があがる。だが選んだのは、目の前の罪無き少女を見殺しにしない事。
     彼女の理由は年の近い子が標的にされるのが耐え難いから。
     研究所で尊厳を踏みにじられた過去を持つアデーレ・クライバー(地下の小さな総統・d16871)はプラチナチケットを携え一行から一人離れた。
    「これほど傲慢な考え方ができるとは……私には理解が出来ませんよ……」
     それを見送り憂うように瞼を下ろす紅羽・流希(挑戦者・d10975)の声は穏やかだった。
     傲慢。
     彼の其れと流希が過去辿った其れは違う、己の罪を認めたからこそ流希の心には常に苦みが満ち、だがなお進もうとする強さがある。
     恐らく聖は過去の疵を乗り越える強さを持たぬのだろう、清流院・静音(ちびっこ残念忍者・d12721)はそう考える。
     だが。
    「如何な痛みを抱えていようとも、他人に押し付けるとは下衆の類にござるな」
     容赦する気は一切、なし。
    「本当にそうだね」
     怒気孕むこの場において千景・七緒(揺らぐ影炎・d07209)の柔和さはむしろ奇異である。
    (「同胞として見るに堪えぬ」)
     切れ長の瞳を眇めるのは唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)。

    「……で中学高校! いいねぇ、親御さんの愛を感じますよぉ」

     路地からの絡みつくような声に日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)は地面を蹴った。
     たなびく紙垂を見送り即、黒鐵・徹(オールライト・d19056)はタイマーを起動した。
     ここからは、灼滅者達が如何に『自分が為すべき事』をしっかり見据え、要所要所で行動できるかに掛かっている。


     ――少女を助けると決めた時点でつりあがった難易度。
     ハードルは遥か彼方の高みへ、それは全くもって容赦なく――。
    「な?!」
     突如現われ迷いなく突撃してくる少女に聖は目を剥いた。
     目も眩むような開戦に流希は音を路地裏のみに留める能力を辛うじて起動した。
     また、作戦の流れを追うばかりで自分の行動への意識が薄かった静音は、マフラーがずり下がり口元が露わになるがまま。
    「……ッ」
     羽をもがれた小鳥のように震える少女は未だ腐れた戒め籠の中。小鳥を助ける路地裏の『関係者』とは一体なんだろう?
     サングラスを外した翡翠はプラチナチケットは万能じゃないと気づく。だがアデーレは揺らがず仲間とは反対側から声を張り上げた。
    「こっちだ!」
     気が逸れた隙に即動いた人影は三つ。
     まず沙希が躰をねじ込みガンナイフの切っ先を自分の胸へ誘導するように突き刺す。
     ……痛い。
     だがおくびにも出さず、
    「弱い者苛めはここまで。ここからはお仕置き時間だよ」
     より刃を深く突き刺すように縫い止めて逃がさぬと凄絶に見据えた。胸から吹き出す血が煌々と燃えさかり矮小な男の顔を照らす。
    「もう大丈夫」
     白緑の着流しの青年風の蓮爾は、殺人者の腕から引きずり出すという荒々しい行為に関わらず、あくまで淑やかに進める。
    「怖い事はもうなくなりますからね」
     少女の躰は未だ下衆な男の中、だが焦らずに。ゐづみと二人此より舞い奉るはヒロインの救出劇。舞台は泡沫、心に疵を残させませぬ。
    「な……」
     アデーレの目を狙う一撃が放たれるも惜しくも外れ、
    「なんだお前ら?!」
     此処でようやく混乱の最中にいる聖の叫びが入る、だが灼滅者達は取り合わず更に畳みかけた。
    (「たいとうな仲間として信じてくれたから、こたえたい」)
     果敢な囮を癒し仲間を敵から隠すように、徹は夜を刻んだような霧を展開する。それに乗じて黒いパーカーが翻り炎の朱を見せた。すれ違い様の七緒の信頼の眼差しにしっかりと頷いて。
    「こんな風に……」
     七緒は黒で裂きにかかるが、掠めたのみ。であれば、
    「一時上手くいこうともすぐにその分激しく叩き落とされる」
     ずっとそうだったでしょう? と言葉で裂けば、隣にはクラスメートの想い人想司が並ぶ。
    「――」
     あくまで静逸な眼差し、深淵にてたゆたうそれは目の前の『同類』を映しやしない。だが妄想を掬いあげた掌は暴虐を漉しあげてそれを聖のこめかみになすりつけた。
    「ッ、痛ェッ?!」
     狩人だと信じていた自分が血を流すあり得無さに聖の理解が徐々に追いついてくる。その機を逃さず想司はふふっと零す。
    「別にどうでもいいんですよね。この殺人欲、満たせるなら」
     まるで、謳を口ずさむように。
     理解が恐怖へ一歩傾いた。


     ……もう亡くさないと決めたのだ。
    「身勝手な劣等感の為に無に返してきた報い」
     流希は弟分がくれた刃を抜くと無造作に聖の鳩尾へ突き立てにかかる。
    「ひっ」
    「受けろ外道」
     言い切りと同時に刃は赫く染まり、彼から穏やかな一般人の気配を消した。入れ代わり現われたのは怜悧で残酷な殺人者の影。
     見せたくない、影。
    「ッ、逃げて」
     すかさず沙希が聖に体重を掛け蓮爾は少女を抱き取る事に成功する。
    「こんな路地裏にお一人では危ないですから、さあ此方へ」
     抱き上げて駆け抜けるにあわせ、想司が立ちはだかるように身をずらした。
    (「次は外さない」)
     気を張るアデーレの耳にふわり、小さな囀りが届く。
    「ありが、とぅ……」
     己の危険を顧みず声あげ惹きつけたアデーレは、少女にとっては間違いなく『正義の味方』だ。
     解けるようにあどけない笑みは一瞬、再び『Adler』としての鋭い面差しに戻り影を放った。まずは狩れるように動きを奪う、部位を狙い嬲り殺す恐怖を与えるのはそれからだ。
    「……ぐおッ」
     彼らが『遊び』では片がつけられない存在だと把握、聖は魂を一時売り渡す判断を下す。
    「人の楽しみを邪魔しやがって」
     悔しい悔しい悔しい……どうして俺の人生はこんな風に上手くいかない?
     協力し一つの事を成し遂げる姿は聖のトラウマを大きく刺激する。少女を彼の魔手から逃せた事で灼滅者達は精神的アドバンテージを得ていた。
    「おじさんがてめぇら殺して辛い現実から解放してあげよう、ねっ」
     タタタタッ!
     血を吸った刃の奧の銃口が弾丸を吐き出した。それは妙に軽く、だがデモノイドと化した彼の強さを物語る重い一撃。
     減衰しない力を何度も叩きつけられたら一気に戦線が瓦解しかねない――徹は自分の分析に背筋を冷やしつつ、そうさせじと再び夜の霧で仲間を包む。
    「……っ」
     静音は自らを律するようにマフラーをたくしあげた。そして槍を突き出すように構えあげる。
    「さぁ」
     一見幼子のような忍びは、切っ先に冷たい塊を一つ二つと招聘する。
    「氷の恐怖をその身で思い知るでござるよ!」
     ぶんっ。
     槍にふりまわされる勢いで大振りに動かせば、つららは意志ある者の如く真っ直ぐ聖へと向う。氷が突き刺さったそばから凍てつく蒼い肌を見逃さず想司と七緒が雷と光を叩きつけた。
    「眩しいんですよっ、このっ」
     迸る光が止んだ所で見えた灰と黒は、
    「僕ら知ってるんだよ? 落ちこぼれさん」
    「喚かないでくださいよ。うまくころせないでしょうが」
     此方を見下げ果てている。
     それはまるでドアの外から気遣い伺う父と母の眼差し。彼らから憐憫を引けば丁度こうなる。
    「煩い煩いっ」
     振り払うように突き飛ばした沙希が「弱虫」と唇を動かした。その蔑みは、自分より成績が悪いといたぶったクラスメートから発せられた物と同じ。
     揺るぎない眼差しまで同じで忌々しいと舌打ちしたら、盾で顔を張り飛ばされた。
    「あああ、そんな目で俺を見るなぁあ! 父さん、母さん……ぅうう」
     心の揺らぎを見て取り徹は幼い心を傷ませる。
    (「親に応えられず苦しみ人生を潰す程に、滝田は本当は優しい人……」)
     けれど、斃す。そして前に、行く。


     蓮爾も戻り、遮られた空間で争いの音を思う様あげて灼滅者達と聖は血肉を食みあう――。
     静音の放つ影を忌々しげに見下ろす聖。
     影を引きちぎるように聖は蒼に呑み込ませた刃を振り上げる。だがそれは影で戒める奴らへではなく、儘ならぬ感情のまま沙希へと向いた。
    「ふふ」
     これ幸いと受け止める。
    「こっ、怖くないのかよっ。さっきも自分から刺されやがって!」
     まさか腕を掴まれ刃を抜かせてもらえぬとは思えなかった……その常軌を逸した振る舞いに、聖は唾を飛ばし唇を戦慄かせる。
    「全然」
     仲間を信じればこんなモノ、口から零れる血が炎と爆ぜその熱がむしろ心地よいぐらい。
    「僕の中で蠢く蒼の方が上ですね」
     それを知らしめると突如かき消えた優雅、まずはゐづみの斬撃、続けて蓮爾が放つは影。蓄積された戒めで避け損ね、聖へ絡む影はより闇を増す。
    「三分けいか、です」
     一番傷の深いへ沙希へ的確に矢を差し向けて徹は落ち着いて時間を告げた。だが、これは思わぬ余裕を相手に与えてしまう。
    「おやぁ? もしかして時間に限りがあるんですか?」
     顔色を変える徹を舐めるように舌を出す、小さな子が想定外の事態に陥り焦るのは至上のご馳走だ。
     ――図に乗らせてはマズイ。
    「舞い上がってるけど、これからどうなるのか」
     即座にフォローに走ったのは七緒だ。考える余裕を与えぬよう握りこんだ拳を叩きつける。
    「わかってる?」
    「そうだ、貴様を屠ってしまえば済むこと」
     血が絡む漆黒のような鞘をさする流希はその刀を抜かず、代わりに腸を刻むように大鎌を押し込む。
    「……それとも死の方が幾ばくかマシと思える痛みがいいか?」
     刻み続けてやろうかと低い声で嘯けば、入れ替わる様に醒めた殺意が聖を捕らえる、想司だ。
    「終わりがあると夢見てるんですか?」
     背中から抱きしめるように寄り添いだが指は苛烈に肩胛骨から喉仏にかけて貫いていく。
    「ひとごろし、ころしてあげますよ」
     アデーレは猛禽類のように両手を広げ踏み切ると聖の身近に着地、すかさず聖の足を絶ちきるように左腕を叩きつける。
    「獲物だった小学生に狙われる気分はいかが?」
     珠になり散る紅を流し見て、更に悪意の力を刻むように蒼を動かし更に刻む。
    「は、ははは……もう帰らなきゃでしょ? お嬢ちゃん」
     ――けれど声が震えるのは何故だろう?


     回復に手を回す必要はないと聖が割り切ったため、灼滅者へは休みない攻めが向く――。
    「死の方がマシィ? そんなわけありますかっ」
     聖は揺らぎを振り払うように、一番狙いやすい動きをしていた流希に狙いを定め攻撃を集中させた。
     一人崩せば向こうも焦る、つるむ奴らはいつだってそうのはずだ!
    「俺達、いや」
     す。
     額に掛かる血も厭わず満身創痍の流希は聖の額を指さす。
    「俺は何時でもお前を狙ってい……る」
    「煩い黙れ!」
     黙ってくれと願うように口から貫けば、流希の躰は仰向けに斃れそれっきり。だが誰も悲鳴をあげない、怯む素振りを見せればそれで負けるとわかっているからだ。
    「手にかけることでしか己の心が満たせぬなら……」
     そんな心は摘み取って差し上げませう――蓮爾は腕を伸ばし氷結する胸肉をもいだ、紅の彼女とあわせ演じるはヒトデナシ。
    「弱い者苛めのお兄さん、まだ私たちは立っているわよ?」
     挑発するように沙希は巨大化した右腕で張り倒す。

     アデーレはあえて部位狙いを止めずに続けた。追い込む当初の目的もさる事ながら、行動を変えない事で制限時間を抱える身である焦りを隠す算段だ。
    「行動の自由を奪ってあげます、徐々にね」
     外したが気にも止めぬ素振りを装う。
    「別に苦にもなりませんよ」
     吐き捨てながらもアデーレの執念に恐慌が這い寄ってくる。
    「驚く程に三下の風体にござるな、よく恥に感じぬものにござる」
     幼い風体を利用し静音が纏わり付く氷を増やした。それは煽る言葉の冷たさに、似た。
    「ちょろちょろと鬱陶しいっ」
     払い除けるように静音へ毒を放てば遠くで膝を折った。
     ……あれ?
     ……最初に消すのは此方だったか?
     そもそも攻撃一辺倒は間違いで疵を治し影や氷を剥がしていれば?!
     判断に揺らぐ聖の精神はもはやズタズタに引き裂かれていた。
     落ち着いて考えられるなら、聖の多数を巻き込む攻撃は一人倒れた事で減衰せず、押し切れるとわかるのだが。つまり二人倒された灼滅者側には後がないのだ。
     危ういバランスゲームは、果たして聖の勝利で終わりを告げた。
     ――時間、だ。
    「焼き付け!」
     引き際とアデーレは最後に目を狙って打ち抜くと静音を背負う。そして流希を抱えた沙希の後を追った。

     ――時間だ、が。
     恐怖が刻めた確信が持てないならば九分目まで粘ると、彼らは決めていた――。

     血塗れの白緑の袖を靡かせて指さした先に蓮爾は影を纏わりつかせる。
    「どうせ期待に応えられないでしょうね」
     暴虐の蒼が至近に来ても怯まずに徹は星の矢を放つ、果たしてクロスするように突き進む弾丸に弾かれ小さな躰は膝を折った。
    「やっぱり小さい子しか狙えないんだ」
     七緒は渾身の力をのせた拳を叩きつけ静かにうっそり嘲笑う。
    「なさけないね、落ちこぼれさん」
     ……そこに自嘲が滲むと知るのは七緒だけ。
     そしてラスト、派手な立ち回りの隙に想司は音も無く忍び寄り耳元で囁いた。
    「今度はきっと、ころさせてくださいね」
     妄言と共に現実の痛み……聖が怖れていた氷を置き土産。

     ――斯くしてゲーム結果はギリギリでまた覆される。

     辰宮が現われたのはふらつく徹を支え去る四人と入れ代わり。歩けぬ者がいたら見咎められた可能性が高い、つまり沙希やアデーレの判断もまた正しかったと言えよう。
    「死、死……や……だ。俺は、俺俺俺俺俺俺俺俺…………」
     俺はおちこぼれ、誰も顧みない負け組、もう未来はない。
     俺、は。
    「ふむ」
     またしても邪魔、か――ヴァンパイアは気怠げに肩を竦めると、使い物にならない聖には目もくれず踵を返すのであった。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 16/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ