心で渦巻く黒い感情

    作者:奏蛍

    ●渦巻く黒い気持ち
     包丁を握る手が震えた。後ろから、ソファに座る音が聞こえてくる。
    「バイト長引いちゃってさ、まぁ給料増えるからいいんだけどさ」
     外からは雨の音が響いている。付き合い始めて半年、最近では藍菜の家に入り浸っている佑都は当たり前のようにテレビのスイッチを入れる。
    「なぁ、飯まだ?」
     藍菜はいつでも佑都に尽くしてきた。むしろ佑都が自分と付き合ってくれるていることが不思議でしょうがなかった。
     子供の頃から、いつも幼馴染みの引き立て役だった。誰でも藍菜ではなく彼女を褒めた。
     そのたびに自分は惨めな気持ちになる。彼女のせいで貧乏くじを引いてばかり。
     同じことをしても、彼女は許されて自分は許されない。それでも必死に藍菜は生きてきた。
     胸の中に黒い気持ちが渦巻こうと、表には出さずに必死にこらえてきた。そんなときに出会ったのが佑都だった。
     彼女のことではなく、自分を選んでくれた佑都。藍菜は必死に彼に尽くした。
     まだたった半年だが、これからも一生懸命尽くす気でいた。三時間前にとある現場を見るまでは……。
     晴天だったのが、突然雨に変わった。佑都が傘を持っていないのを知っていた藍菜はバイト先まで傘を持って迎えに行った。
     そして見てしまった。彼女が佑都と歩き去る姿を。
     いま、佑都は何と言った? バイト?
     嘘だとわかってしまう自分が辛かった。さらに、黒い気持ちは大きく膨れ上がる。
    「藍菜?」
     返事がないことに佑都が振り向いた。そして悲鳴をあげた。
     そこには悪霊となった藍菜がいた。彼女への恨みが最高潮に達した藍菜が……。
     
    ●見えなくなった気持ち
    「小さい頃からずっと貯め続けちゃってたみたいなんだよね」
     恨みの気持ちを……と唇に髪加えた須藤まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が幽霊の真似をしてみせる。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     彼である佑都と、幼馴染みの浮気現場を見てしまった藍菜。さらに佑都の口から出た嘘に、恨みが最高潮に達してしまった。
     しかしこれは藍菜の誤解でもある。佑都が嘘をついたのは藍菜にとあることを隠したいからだった。
     もちろん浮気ではない。藍菜の誕生日プレゼントを買うのに、藍菜のことをよく知る幼馴染みにアドバイスをお願いしてしまったのだ。
     プレゼントで驚かせたいという気持ちの佑都は藍菜に嘘をついた。
    「でも、佑都くんが選んだプレゼントなら何でも嬉しかったと思うんだよね」
     事の発端になった誤解に対してまりんはため息をつく。けれど今回のことがなかったとしても、藍菜は悪霊化してしまった可能性が高い。
     それほどに幼馴染みに対して黒い感情を抱いてしまっているのだ。藍菜の標的は佑都ではなく、幼馴染みだ。
     みんなには悪霊となった藍菜を灼滅することで助け出してもらいたい。悪霊化する前後の記憶を失った状態で目を覚ましてくれるだろう。
     藍菜との接触のタイミングだが、佑都が帰ってくる前。悪霊化する前に合い、恨みを弱めることで悪霊化してもらい灼滅する方法。
     佑都の帰宅を待って、佑都の嘘で悪霊化したところで接触して灼滅する方法。どちらを選ぶかは灼滅者にお任せする。
    「藍菜ちゃんと幼馴染みの子なんだけどね、友達であることは変わりないんだ」
     恨みという黒い感情に支配されてしまっているが、二十年近く一緒にいる二人だ。本当に嫌いだったら縁を切ってしまっているだろう。
     しかし縁が切れていないということは、黒い感情で見えなくなってしまっているが藍菜もきっと大切に思っているはずだ。
     悪霊となった藍菜は日本刀と護符揃えを使ってくる。
    「藍菜ちゃんを救ってあげてね!」
     誤解したままは悲しいと呟いたまりんがそっと瞳を伏せるのだった。


    参加者
    九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)
    左藤・四生(覡・d02658)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    近衛・朱海(蒼褪めた翼・d04234)
    無常・拓馬(魔法探偵営業中・d10401)
    黒橋・恭乃(罪を盗み喰い・d16045)
    平戸・梵我(蘇芳の祭鬼・d18177)
    リーラ・グルーバー(ゴシックマジシャン・d18382)

    ■リプレイ

    ●説得は駐車場
    「言葉でどうこうするのは苦手だ」
     比較的広く、人通りも少ない場所にある駐車場に身を隠した九条・龍也(真紅の荒獅子・d01065)が呟いた。驚かせたいという気持ちもわからないでもないが、男なら行動で示せば良いだろうと思ってしまう。
     そんなわけと、説得が苦手ということもあって龍也は仲間が藍菜を連れてきてくれるのを待つのだった。そんな龍也の横で伸びをした堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)が、まだかなと言うように道の先を見る。
    「でも感情ってのはサ、たまに吐き出さないと周りがどんどんみえなくなっちゃうヨネ」
     もちろん行動することが大事だ。ただ言葉にするだけで何かができるわけじゃない。
     でもそれが良い感情でも、悪い感情でも吐き出すだけで変わることもある。龍也が言う言葉が自分の言っていることとは違っているのは朱那にもわかっている。
     けれど求めている結果は二人共一緒だ。藍菜がやっと見つけた赤い糸。
    「断ち切らせないようにいっちょ頑張ろーか!」
     にっと笑った朱那に龍也も誠実そうな顔で頷き返す。今回のような些細なすれ違いで人をやめてしまうのは勿体ないと龍也も思う。
    「ちゃんと連れ戻して良い思い出を作ってやるか」
     そんな龍也の言葉に今度は朱那が嬉しそうに頷き返すのだった。そんな二人の横で近衛・朱海(蒼褪めた翼・d04234)は物思いに耽っていた。
     しっかりと周りの状況は確認しているし把握しているが、朱海には思うことがあるのだ。疑心暗鬼に囚われた藍菜と、家族を殺された自分の怨嗟や憤怒。
     形は違うが、同じ黒い感情であることは変わりない。でも気持ちがわかるとは言えない。
     それでも黒い感情に引きずられて落ちししまうなら何としても助けようと思う。自分が黒い感情に抗うために仲間を支えにしているように、藍菜には佑都という支えがあるはずなのだから。
    「浮気か……」
     みんなには聞こえない声でリーラ・グルーバー(ゴシックマジシャン・d18382)が呟いた。自分より褒められたりする友人が相手だと、藍菜みたいになってしまうのもわかるとリーラは思う。
     けれど今回は誤解。だからこそどうにかしてあげたいと感じるのだった。
     一方、藍菜を連れ出すために向かった仲間は玄関の前にいた。
    「初めまして、私はこういう者です」
     仕事用の丁寧口調で、無常・拓馬(魔法探偵営業中・d10401)がにこりと笑ってみせる。
    「は、はぁ……」
     渡された名刺に書かれた探偵という文字に、藍菜は首を傾げるのだった。しかも後ろに三人も人がいる。
    「一緒にいる彼らは助手です」
     視線に気づいた拓馬が冷静に藍菜の疑問や不安を消すよう努める。そして佑都に関して大事な話があると告げた。
     藍菜の顔が一瞬、凍りつく。誤解なのだが、藍菜からしたら浮気現場をついさっき見たばかりなのだ。
    「少し外でお時間を頂戴してもかまいませんか?」
     訝しそうな顔をした藍菜だが、家の中に入れるよりはと中途半端に履いていた靴をしっかり履きなおす。そして近くの駐車場で藍菜は不安にかられるのだった。
     佑都の話とは一体何なのか……。
    「女が羨ましいと思える様な素敵な幼馴染が、友人を裏切ったりするでしょうか」
     まっすぐ藍菜を見た左藤・四生(覡・d02658)が口を開いた。言われた言葉に藍菜は瞳を見開く。
     どうしてと問おうとして渡された名刺の文字を思い出す。
    「すぐ側に優秀な誰かがいるのが辛いって気持ちはよく分かる」
     話を聞きたくないというように去ろうとする藍菜に平戸・梵我(蘇芳の祭鬼・d18177)が、足を止めようと言葉を紡ぐ。
    「僕にも双子の妹がいて……」
     勉強もスポーツも良くできた妹とよく比較され、黒い感情を抱いたことも一度や二度じゃない。けれど、その回数以上に楽しい想い出や助けられたことがあった。
     それは藍菜も同じじゃないかと言うように見つめてくる梵我から、藍菜は瞳をそらす。
    「貴女が愛した方は、本当にそんなことをする人ですか?」
     すぐに今日の浮気のことだと藍菜は気づく。いつものように、心の中に押し込めてしまおうとした事実。
    「今までのことをよく思い出してみてくださいよ」
     けれど黒橋・恭乃(罪を盗み喰い・d16045)は押し込めるのを良しとしなかった。ここで押し込めたとしても、佑都の嘘の言葉のせいで爆発してしまうのだから……。

    ●心の中の黒
    「貴女は自分にコンプレックスを抱いているようですが……」
     拓馬の言葉に藍菜はぴくりと体を緊張させる。そう、コンプレックスの塊なのだ。
     自分がもっと可愛ければ、自分がもっと、もっと、もっと……あの子のようだったら……。
    「大切な彼や友は貴女を貶めるような人達か、本当はわかっているはずですよね?」
     考えたくないと言うように藍菜は手のひらで耳を塞ぐ。そう、自分が駄目なのを全部あの子のせいにしていた。
     そうすれば心の中の感情が大人しくなるから。
    「優秀な友達を妬む、というのは何となく分かります」
     藍菜の抱く感情を全て否定することなく、四生が優しく話しかける。それだけじゃなかったということを。
     黒い感情を抱いてもずっと一緒にいた理由。
    「きっと憧れたり誇らしく思ったり……そういう感情もあったんじゃないでしょうか」
     だからこそ勝手に決めつけないで、相手に事情を聞いて欲しいと四生は言う。怒ったり悲しむのはそれからでいい。
    「でも、私の大事なひとを奪おうとしたのよ!?」
     藍菜の瞳には絶望が映る。きっと浮気現場だと思ったときのことを思い出しているのだろう。
    「話してみれば、単なる誤解だったのかもしれないですよ?」
     誤解? 誤解なのだろうか?
     藍菜の中ではいろんな感情が渦巻いている。
    「ここでその黒いのを全部吐き出せば、ちゃんとまた彼らと笑いあえる」
     梵我の言葉に藍菜は体を固くした。笑い合えるのだろうか、自分はあの子を許せるのだろうか。
    「今一度聞きます。貴女の記憶にいる彼や友人は、そういう人でしたか?」
     自分の記憶にいる二人……あの子……。恭乃の言葉に藍菜は記憶を手繰る。
     一緒に笑っていた記憶、一緒に泣いた記憶。いつから変わってしまったのだろう。
     いや、違う。いつから自分は変わってしまったのだろう。ひねくれた物の見方をするようになって……。
     あの子が変わったと思い込んでいた。でも変わったのは自分。
     それに気づいた途端、何かがすとんと収まった気がした。二人で歩いているところを見て浮気だと勝手に思い込んだ。
    「聞かないと……わからないよね」
     もし聞いて浮気だったとしても、自分はきっと押し込むのではなく受け止められる。そう感じた瞬間、藍菜の体に変化が起きた。
    「それでいいよ……」
     首に掛けていたヘアバンドに手をかけた梵我が呟く。そして前髪をヘアバンドであげてお血祭りと書いておまつりと読むモードに変わる。
    「今ここで吐き出したその黒いもん。そいつを俺らが全部砕いて、そんで終ェだ」
    「あぁあああああああああ!」
     梵我の変化と同時に藍菜が悲鳴をあげた瞬間、朱那が飛び出していた。
    「任せテ!」
     音を遮断しながら真っ直ぐに悪霊に飛び込む。螺旋の如き捻りを加えた一撃で穿つ。
    「さーて、悪夢はちゃっちゃと終わらせますか」
     説得中に仲間の盾になりやすく、攻撃を加えやすい位置にちゃっかり移動していた龍也が、緋色のオーラを武器に宿して口元だけで笑ってみせる。
    「伊達や酔狂でこんな物を持ってる訳じゃねぇぞ」
     言うのと同時にコンクリートを蹴って跳躍した。そして悪霊化した藍菜に攻撃を仕掛ける。
    「何としても助ける」
     言葉にすることで、絶対助けるんだと自分に言い聞かせた朱海が体内から炎を噴出させる。そして武器に宿して黒い感情となった藍菜に叩きつけた。
     同時にリーラが魔法弾を放ち、攻撃を開始するのだった。

    ●渦巻く感情を灼滅せよ!
    「さて、ディナーの時間です」
     力を解放させた恭乃が同時に視界から消える。
    「貴女を、貴女自身から救い出して見せます」
     言葉が聞こえた時には、高速の動きで死角に回り込みながら悪霊を斬り裂いた後だった。間髪開けずに、四生が激しく渦巻く風の刃を出現させる。
     力を解放させることで探偵用の白ワイシャツ、黒ベストから黒と赤が貴重の戦闘スーツに変わった拓馬も一気に飛び出す。斬り裂き着地して、油断なく構える。
    「盲目的に人を信奉することを良いとは思わない」
     けれど真実と現実もまた別物。
    「疑うのなら現実を識るまできちんと疑い抜け」
     話しかけていた時は決して口に出さなかったが、本心では疑うこと自体は否定しない拓馬だった。そんな拓馬の横から、片腕を異形巨大化させた梵我が飛び出す。
     凄まじい力で殴りつけられた悪霊の体が揺らぐ。しかしすぐに上段に日本刀を構え、真っ直ぐに早く重い斬撃を梵我にお見舞いする。
     衝撃に微かに眉を寄せた梵我に四生が護符を飛ばす。金色の瞳を霊犬のドールに向けたリーラが、伸ばしたウロボロスブレイドを悪霊に巻き付ける。
     そして斬り裂きながら動きを封じたところで、ドールが飛び出した。しっかりと攻撃を決めたドールが間合いを取るように後方に離れるのと同時に、恭乃が漆黒の弾丸で撃ち抜く。
     ふらついた体に朱海が断罪の刃を振り下ろす。しかし避けた悪霊が納刀状態だった刀を一瞬で抜刀して、朱海を斬る。
    「っ!」
     体を走った衝撃に朱海は唇を強く引き結ぶ。そんな朱海の真後ろから飛び出した龍也が着地するのと同時に身を低く縮める。
    「打ち抜く!止めてみろ!」
     言葉と同時に飛びながらのアッパーカートを繰り出した。仰け反った悪霊の体に冷気のつららが刺さる。
     遠距離攻撃であろうとゼロ距離で攻撃する朱那がにやりと笑う。
    「黒い感情ごと貫いてあげるヨ!」

    ●透明になる心
     一気にいこうという思いのままにリーラが魔法弾を再び放つ。それに合わせて梵我が飛び出す。
     悪霊を打ち据えるのと同時に、爆破が起きた。攻撃を受けてもなお、恨みがましく表情を歪める悪霊を恭乃は見つめる。
    「その恨み、断ちますッ!」
     召喚された無数の刃が悪霊を攻撃していく。
    「心の闇は、私がすべて受け持ちます……さぁ、すべての恨みを此方に」
     攻撃に衝撃を受ける悪霊を見て、恭乃が思わず呟く。流れるような動きで構えた龍也が上段から真っ直ぐに刀を振り下ろす。
    「どんな相手だろうと、ただ斬って捨てるのみ!」
     相手が強ければ強いほど、龍也は高揚していく。追い詰められれば追い詰められるほどいい。
     獰猛に笑った龍也が一斉に発動した符にさらに笑みを深める。灼滅者の攻撃に灼滅させるのも時間の問題。
     けれど悪霊は譲る気がない。その姿勢がまた龍也を楽しませるのだった。
     そんな龍也を四生が回復させていく。
    「サァ、もう悪い夢は終わりダヨ」
     再び捻りを加えた一撃を朱那が加えるのと同時に、朱海が炎を叩きつける。穿った槍を抜いた瞬間、拓馬の回し蹴りが決まるのだった。
     悪霊の体が倒れ、ゆっくりと本当の姿に戻っていく。現れた藍菜に、四生が爽やかな風を吹かせる。
    「さってと、眠ってるお姫さんを起こしてやんのは俺らの仕事じゃねぇ」
     四生が眠らせているうちに部屋に置いて帰ろうと、まだお血祭モードのままの梵我がみんなを促す。
    「黒い感情は吐き出しきれたかしら」
     静かに眠る藍菜を見て朱海が呟く。自分にできるのはここまでだ。
    「でも、そこまで想って貰える相手がいるのは羨ましいわね」
     同じくらいきっと佑都も藍菜のことを思ってるのだろう。今回は誤解を生むような方向になってしまったが……。
    「よかったです。彼女のことをあんなに思ってくれる人がいて」
     佑都のことを考えた恭乃も呟く。心に居続けた影を消し去った今、きっと幼馴染みともうまくやっていける。
     藍菜が目を覚ます前に、佑都が帰ってくる前に朱那は部屋に運びたいと急ぐのだった。そんな自分を見る仲間ににこりと笑う。
    「佑都が介抱してくれたらイイなって思うンよ」

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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