マラソン大会2013~裏種目、その名はエスケープ

    作者:泰月

    ●スポーツの秋
     マラソン大会は10月31日です。
     マラソン大会は、学園を出発して市街地を走り、井の頭公園を駆け抜け、吉祥寺駅前を通って繁華街を抜け、最後に登り坂を駆け上り学園に戻ってくる全長10キロのコースです。
     前日は夜更しせず、朝食は云々以下略。
     秋の気配が深まるある日、そんなお知らせが武蔵坂学園に出回った。

    ●逃げちゃおうぜ!
     健全な魂は、健全な肉体に宿る。
     とは言うけれど。
     誰もが皆、健全に頑張ろうと思う――そんな事あるわけないじゃないですか。
    「来ちゃったなぁ、マラソン」
    「ああ、来たな……」
     学園のどこかで、マラソン大会のお知らせを、憂鬱な顔で眺める学生が2人。
    「10キロかったる……仮病でも使うか?」
    「保健室はマークされてんじゃね? 魔人生徒会に」
    「だよなぁ……スタートだけして、どっかでバックれるのが無難かね」
    「あ。なら、俺いいとこ知ってるぜ。こないだ商店街で見つけた喫茶店。ちょっと裏にあるから目立たないし……バイトのおねーさんが可愛いんだ」
    「そこだ。よし、あとは追っ手をどうやって撒くかだな」
     2人は実にナチュラルに、いかにマラソン大会をサボるか相談し始めているのだった。

    ●今年の彼らは一味違う……筈
    「これより、阻止部隊の会合を始める!」
     マラソン大会の告知の後日、武蔵坂学園の一室に集まった阻止部隊の面々。
     何しろ、全長10キロのマラソンだ。
     エスケープしたり隠れたり、あの手この手でサボろうとする者も、いる筈だ。
     彼らは、そんな不届き者を捕らえる任を魔人生徒会より依頼された者達である。
     まるで円卓の様に机を並べて、彼らは意見を出し合う。
    「予想ポイントのリストは、と」
    「うーん……商店街少なくない? あそこ、ちょっと裏にもお店あるわよ」
    「コンビニと飲食店で、地図を別にした方が見易いんじゃないか?」
    「テニス部のボールマシンは借りられそうだ」
    「フフフ……小型カメラを搭載したラジコンヘリはいつでも飛べるよ」
    「段ボールは100個用意したぜ」
    「何に使うのよそんなの!」
    「あと、乗っ取りに注意しろって魔人生徒会からの通達にあったよな」
    「去年は確か屋上の部隊がまず乗っ取られたんだよな?」
    「1人や2人だと少ないかも……4人1組以上なら、死角はかなり減らせる筈」
     エスケープする者達の逃げ場から捕獲手段、乗っ取り迎撃まで。
     実に、活発な議論が交わされる。
     今年の彼らは本気である。
     超本気である。
     どんな形であれ取り締まりに失敗すれば、魔人生徒会からの罰、グラウンド10キロ走を受ける事になるのは彼らなのだから。
    「エスケープも乗っ取りも、俺達の目の黒い内は許さんぞ!」
    「「応!」」

     マラソン大会から逃げようとする者。魔人生徒会の側について燃える者。
     誰が言ったか、そのやり取りを一部ではこう呼ぶらしい。
     マラソン大会裏種目、と。


    ■リプレイ

    ●裏種目、開戦!
     既濁の足がテーブルを蹴倒し、砕け散るティーカップ。
    「悪いな。サボってる奴、仕置きしろと言われてるんで」
    「キタク君もついに学園の犬に成り下がったか、嘆かわしい」
     言葉ほど悪びれず告げる既濁に、嘆息混じりにリーグレットが視線を向ける。
    「さて、私の所有物を破壊したその大罪、どう償ってもらおうか」
    「なぁに、コップくらい後で幾らでも買い替えてやらぁ」
     2人の間の空気は本気のそれ。此処は、2人の戦場だ。
     一応これもマラソン大会の一幕。

     理緒は木陰で穴を掘る。
    「サボる為に体力使うなんて本末転倒じゃないですか」
     ビハインドを変装させ囮にする予定だったが、街中はほとんどコンクリート。
     掘るのは簡単ではないし、埋まるのはもっと難しいので、校庭に変更。

     戦いも穴掘りも、屋上にいる七葉とヴァイスからは良く見えていた。
    『校庭E1で何故かバトル始めたのが2名よ』
    『校庭W2の木陰に1人。穴を掘っているようだな』
     のっけから集まるカオスな報告を取り纏める狭霧。
     その目の前を、てくてく横切るエニエ。
    「ちょ、ちょっと。何処へ行くの」
     あまりにも平然と歩く姿に、狭霧も一瞬スルーしかける。
    「吾輩は猫である。ヒトと一緒に走らせるなどおまえらは鬼か。あくまか。かつて思想家は――」
     エニエの謎の猫理論を聞き流し、狭霧は、仲間が置いてったカラーボールを転がしてみた。
    「おい、にゃっ、まてっ」
     エニエ、捕獲。

     校門の傍に停まった彩音のロールスロイスの下に、一匹の猫。
    (「今日は新作の稼働日……これならゲーセンに行けるっ!」)
     正体は、八千華だ。校舎の影で変身し、スタートの波に紛れて車の下へ。
     集団の足音が遠ざかった所で、反対方向に飛び出す。
    「逃がしません!」
    「ふぎゃっ!?」
     飛び出した瞬間、ESPの使用を警戒していた彩花に取り押さえられた。
    「あら? どうかしました?」
     車中で阻止部隊メーリングリストの管理をしていた彩音が、紅茶を片手に窓から顔を覗かせた。
     一方その頃。
    「……運動って苦手なんだよね」
     ぐるっと回って裏門から戻ってきた山吹だが、その姿は屋上から丸見えで。
     教室でのんびりしている所を七葉とヴァイスに捕まるのだった。

    ●市街地の攻防
    「あ、その道はだめ。工事中だよ」
    「良くそんなに調べたわねぇ」
    「真面目に走るんじゃつまらないじゃない」
     涼と理一は2人、学園を出てすぐに公園の茂みに隠れていた。
     今は、この後の相談中。
    「見つけたぜ、2人とも!」
     そこに木々を掻き分け、嘉市が現れる。
    「休憩出来る喫茶店にでも隠れたかと思えば、こんなとこかよ」
     だいぶあちこちを探し回ったのか、嘉市の呼吸はかなり荒い。
     それを見た理一と涼は、同時に同じ事を考えた。
     囮にすれば1人なら逃げられる。
    「涼ちゃん!」
    「理一ちゃん!」
     全く同時に互いに押し合ってつんのめった理一と涼。
     その隙を見逃さず、嘉市に全力でふん縛られた。

    「こんな疲れるの、やってらんねえ」
     なんてボヤきながら走るフルメタルアーマーなあき。
     灼滅者なら鎧を着てたって走れるとは言え、流石に目立つ。
    「おっと。そう簡単にゃサボらせないぜ」
     抜け道になる裏道を張っていた澪に見つかってしまう。
    「これで無事に合法的にサボれそうだぜ」
     互いに霊犬まで駆使しての追いかけっこの末、軍配は澪にあがった。

    「こう言う時は便利なんだよな……」
     自分の身長を複雑に思いながら、見つけた塀の穴をくぐり抜ける万。
     だが、足腰に終わりの時が来てしまうよりは、身長の低さを活かす方がマシ。
     今度は蛇に姿を変えて、万はコースから遠ざかっていった。

     九里と真魔は、街路樹の枝の上。
    「誰にも邪魔される訳にはゆカン」
    「お静かに」
     唇に人差し指を当てる九里の仕草に真魔が見とれている間に、九里の懐から出てきた猫が、降りて行く。
    「その愛らしさにて、阻止側を惹き付けて下さいな」
     此処までは2人の作戦通り。
     だが、飛んできた肉まんが計画崩壊の合図となった。
    「食べ物粗末にする人、許さないよ?」
    「肉まん投げたのそっちだろ!?」
     更に、別の木から飛び移って逃げる空牙と、それを追う朝乃がほぼ同時に飛び込んで来て、激しく揺れる街路樹。
    「二人共楽しいマラソン大会で何よりだ」
     地上から空牙を追いかける麻耶の横に、落ちる九里と真魔。
    「走るだけってだるいだろ? どーせなら遊ぼうぜ?」
    「待ちなさい!」
    「遊ぶとはなんだ、遊ぶとは。マラソン大会は精神鍛錬なのだ」
     2人に構わず逃げる空牙。それを追って走り去る朝乃と摩耶。
    「何だったンダ……」
     予想外の事態に、半ば呆然と顔を見合わせる九里と真魔。
    「アウトです」
     そんな2人の前に、ロープを手にした柚羽が現れる。
     彼女は電柱の上から、一部始終を見ていた。
    「逃げたらダメですよ? 足を縛ってでも引きずりますよ?」
     棚ぼたラッキーだなぁと思いながら、柚羽は2人をふん縛る。
    「げっ!? なんでお前らここにいるんだ!?」
    「ふふふ……摩耶ちゃん、言ってあげて言ってあげて!」
    「優等生徒会御用改めである。神妙にしろ!」
     一方、逃げた空牙も、麻耶と朝乃の挟み撃ちの前に散るのだった。
     あ、九里の放った猫だけど。
     逃走中のかごめに抱えられていた。
     しかも何処で拾ったのか、同時に子犬も抱えている。
    「誰が真面目に走るなんて言った? 可愛いもふもふの為に走る!」
     妙にはっちゃけて生き生きしてるかごめ。そんなお年頃。
    「そのもふもふ、調べさせて貰います!」
     まあ、見回り中の夕月に見つかって、誰かの変身ではと、もふもふごと捕縛された。
     夕月がもふもふに惹かれたわけではない。筈。

     ズリズリ動く、真黒なダンボール。
    (「情報によると、阻止部隊は何故かダンボールを100個用意しているらしいからな。こうしてダンボールに隠れて、こっそり移動すれば完璧! これでオレは自由だァアア!」)
     以上、ダンボールに隠れた黒の心の声。
     阻止部隊はダンボールを用意したかも知れない。が、実際にダンボールを利用している阻止部隊は極一部で。
     全力ダッシュの隙間もなく黒が包囲されるまで、あと僅か。

    「オレも混ぜてくれないか? そろそろ足がヤバイんだ」
     隠れてやり過ごす場所を探していた潮に、近づいてきた日照。
    「いいですよ。僭越ながら、助太刀します」
     潮は、2つ返事で頷く。
    「此処を抜けた先に喫茶店があった。死角にもなるし丁度いい」
     そう案内する日照だが、実は阻止部隊。立場を偽り、他の阻止部隊の元へ誘導する作戦。
     だったのだが。
    「サボり? 嫌だな、俺は阻止部隊ですよ」
    「え、ちょ。オレはエスケープじゃなくて味方……」
     偽りには偽りを。潮が咄嗟に機転を効かせた事で、形勢逆転。

     立場を偽る手を考えたのは1人ではない。
    「サボりですね?」
     見回りを続ける夕月に見つかった、司と美樹。
     中々サボり先を決められずにいた司を、美樹も急かす事なくのんびり歩いた結果がこれだ。
    「あ、僕、サボる振りして生徒会の回し者です。高良君、ごめんね☆」
     見つかるや否や、迷わず美樹を生贄にしようとする司。
    「え。俺も実は生徒会の回し者なんだけど」
     美樹も負けじと司を差し出そうと――愛の逃避行とか言ってたのはどこ行った。
    「阻止部隊の人の顔と名前は、皆覚えてるんです。挨拶しましたから」
     笑顔で告げる夕月。挨拶は、大事。

     桜太郎と百合亞は、光影に見つかっていた。
    「10キロなんて走ってられっか!」
    「ご安心を! この人は私が責任持って走らせますので!」
     予定通り、エスケープ対阻止部隊ごっこで、誤魔化す作戦に出る。
     が、2人にとって不運だったのは、光影が阻止部隊リストを持っていた事だろう。
    「2人ともリストに名前はなし。サボりだな」
    「くっ……とにかく逃げるぞ!」
    「おーたろ君には負けませんよぉ!」
     咄嗟に逃げ出した2人だが、ライドキャリバーに乗った光影に回り込まれてしまった。

     武蔵坂学園の生徒だって思われなければいいじゃないと、ブレザーっぽい服を着て、髪型も変えて軽く化粧もした屍姫。
    「よし、可愛くできた!」
     だが、武蔵坂学園には普段から制服以外も多くいる。
     大手を振って歩いていたら、割と普通にバレてしまった。

    「我が逃走経路は地下にあり!」
     下水道を華麗に逃げるつもりで潜ったジュラル。
    「エスケープなんて言語道断!」
     しかし、待ち伏せていた龍に出くわしてしまう。
    「何なのだその格好は!」
     問題なのは、何故かほぼ全裸な、龍の服装だ。
    「捕まえさせて頂きます、ついでに行ってはいけない世界へご招待します」
     スモークグレネードの煙にも怯まず追って来る『行ってはいけない世界』から、必死で逃げるジュラルであった。

    「こんなトコまで、ご苦労なこった」
     彩花に見つかった零だが、不敵に笑みを浮かべると、地面を蹴って、更に空中を蹴って跳ぶ。
    「届かない……!」
    「任せろ」
     彩花の頭上を飛び越える零の前に、焔迅がこちらも空中を蹴って飛び出す。
    「そう簡単に――うおっ!?」
     焔迅との空中戦の最中、ぬっと伸びてきた手が零の足を掴んで、そのまま焔迅へと投げ飛ばした。
    「ヴァルハラで会おうアミーゴ!」
     犯人であるブランコは、2人がぶつかった隙に全力疾走!
     この覆面少年、本当に手段を選んでない。
    「俺達から逃げる体力があれば素直に走ればいいのに」
    「俺は逃げるのと生徒会に一泡吹かせるのが一番の目的だ。これで満足さ」
     結局、焔迅に取り押されらた零は、それでもニヤリと笑みを浮かべる。
    「逃げ切れたみたいネ」
     一方ブランコ。路地を逃げ回り、逃げ切ったかと思ったその時。
    「こら~! ダメじゃないですか、サボっちゃ」
     すぐそこのゴミ箱(掃除済み)の中からナーシャが飛び出してきた。
     更には、いつの間にか現れたメイド姿の冥子が、さりげなく後ろを塞いでいる。
    「諦めないネー」
     もう、誰かを犠牲にする手は使えない。それでも抵抗しようと構えたブランコだったが。
    「そう言うのは控えて下さいよー。そうじゃないと……力づくで叩き伏せねばならんからのぅ」
    「オゥ?」
     態度と雰囲気を豹変させたナーシャの関節技に、ブランコ沈没。
    「お嬢様、今日は一段と輝いてますね」
     ふん縛ったブランコを抑える冥子が見守る中、再びゴミ箱へと戻るナーシャであった。

    「これなら旧友との会合に行けそうだな」
     市街地上空。箒に乗った翔が呟く。
     だが、悠々と飛ぶその姿は、戦戦研の屋上班に補足されていた。
    『ネーベル・アインより各員へ。報告によると目標は――』
    「シエラ8よりネーベル・アイン。M地区上空にて飛行中の目標補足」
     狭霧の通信を受け、救護員を装ったフォルケが翔を下から補足。
    「こちらも目標確認。ネットガン、撃つわよ」
     別の路地を哨戒していた夢乃も合流し、狙いを定めてネットガンを撃つ。
    「うわっ!?」
    「すみません」
     網が絡まり慌てた翔が高度を下げた所に、フォルケがゴム弾を撃ち込む。
    「目標の捕縛完了ね」
     見事、連携プレーで翔を捕縛したフォルケと夢乃。
    (「実働は葵璃と灯屋か……」)
     そんな戦戦研の捕縛劇を、無線を傍受した松庵がひそかに見ていた。
    (「2人なら、逃げ切れるかもしれんな」)
     そして、松庵は逃げる。敢えて戦戦研の範囲内。
     だが、彼が見落としていた同士が一人いた。
    「あははははは! 逃がさないって言ったよ?」
     やはり同士の兎を、容赦なく叩きのめして捕まえた響姫である。
     倒れた兎の周りに転がるマネキンの残骸が、容赦のなさを物語っている。
     結局、松庵もまた、響姫に叩きのめされる事になるのだが、彼の顔はやり遂げた男のそれだった。
     彼の逃走が戦戦研を引きつけた事により、助かった者は少なくない。
     例えば――。

    ●何とか団いなくて良かったね枠
    「中学の頃の制服、どーお?」
     ジャージを脱いだ来珠が、くるりと回る。翻るスカートの裾。
    「制服とかどうでもいい……てか、一人だけずっこいっすわ……俺ジャージだけなんだけど」
     道理で着膨れていたと思えば、と納得しつつ祠之嵜は少しむすっ。
     それでも、伸ばした手は来珠の手を握る。
    「ね。ピアスとか見に行こっか」
     手を繋いだまま、2人の祈は歩き出した。

     井の頭公園のトイレから出てきた理央と燈。
     隠しておいた服に着替えて、ESPで外見年齢も変えた完璧な変装、そう思っていた。
    「サボり犯発見、狙撃します」
     声の直後にパンッと軽い空気音が2回響いて、理央と燈の服にペイントが付着する。
     トイレで変装する者がいると予想していためぐみだ。
     見た目の年齢が変わっても、入る所から見ていれば見破るのは難しくない。
    「これで、そう簡単には逃げられないですよ」
    「すまない燈。僕が悪い遊びに誘ったばっかりに!」
    「理央くんは悪くないよ! それに、罰はイヤだけど一緒なら頑張れるもんね♪」
     が、告げるめぐみをよそに、理央と燈は半ば2人の世界。

    「一箇所に留まろうとするから捕まるんだ。食べ歩きぐらいの勢いで目立たない店を転々としよう」
     そんなきすいの提案でレンヤ達のサボり先は商店街に決定。
     でも、何故かレンヤがきすいをお姫様抱っこして移動中。
    「愛しい人を、魔の手から守る気分で、ね」
    「おんぶの方が恥ずかしくなくて済むんだけどー」
     おどけたように言うレンヤの顔を見ず、きすいはぽつり。
     でも、大人しく抱かれているので、満更でもない様子。

    ●終盤戦
    「走って逃げるなんてナンセンスっすよっ!」
     愛車のスクラップ・ジョーに乗り込むクヌギ。目指すは井の頭公園の先、裏道の喫茶店。
    「逃がすかよ!」
     しかし後ろから神風に乗った光影が迫る。ライドキャリバーの乗り手同士のデッドヒート。
    「手段なんて選んでらんないっすよー!」
     クヌギが、自作の煙幕を叩きつける。
     煙が多すぎたのは、不運と言うべきか。
    「よっしゃ……って、ウチが見えねぇっすー!?」
     風に流れた煙に自分も巻かれ、クヌギは派手な音を立てて案内板に激突した。

    「さぁさぁ。世にも不可思議な奇術の数々、皆様ドウゾお楽しみください!」
     井の頭公園でラルフの始める奇術ショー。
     本当は子供の前で開きたかったのだが、幼稚園や保育園は普通にお断りされた。
     始まって数分で、阻止部隊に見つかったが――運はラルフにあった。
     煙幕らしき煙が、風に乗って流れてきたのだ。
    「チャンス。それでは皆様方、Wiedersehen!」
     更にラルフ自身も煙幕を炊いて、大脱出。
     煙を利用したのはもう1人、聖太もだ。
    (「今だっ!」)
     公園の池に苦無を投げ込むと同時に、自身は植え込みの中へ飛び込む。
    「なんだ、今の水音?」
    (「よし、今の内に此処から――!」)
     物音を立てないように慎重に。聖太が目指すは行きつけのカフェ。

    (「普通に走るだけなんてのは、つまんないのだわ」)
     お腹を痛めたような素振りをしながら、薫が公園のトイレへ。
     そこは近くにめぐみが潜んでいた。
    「……? 出てきませんね?」
     だが、待てども薫は中々出てこない。
     めぐみが調べに入ってみると、薫の姿はなく。
    (「上手く行ったみたいね」)
     猫に姿を変えた薫は、とっくに窓から抜け出していたのである。

     変装するのは、何も逃げる側ばかりではない。
    「ぬっほっほっほ! 朕、再臨!」
     なんかバカっぽそうな殿様に扮した流希。
     敵前逃亡は重罪、と愛ハリセンを手に、下見したマラソンコースを見回る。
    「ぬっ?」
     出くわしたのは、黒いパーティードレスを着た筑音と、朱のロングチャイナに身を包んだ伊織の2人。
    「派手な衣装でおじゃるな?」
    「これですか? 今日、友人の結婚式なんですよ」
    「コレカラ、友人ノ結婚式。トテモメデタイヨ」
     取り繕う伊織と筑音。なお、この場に女性はいない事を明記しておく。
    「それはめでたいでごじゃるな!」
     道を譲る殿様。殿様の優しさがそうさせるらしい。
    「誰やったん、あれ?」
    「さぁな。だが、向こうの方が派手だよな」
     頷き合いつつ伊織と筑音、エスケープ成功。

    「うん、そろそろ行こうか」
    「ああ、これ以上走るのは流石にだりぃよな」
     真面目に走る振りをして、エスケープのタイミングを話し合う巴と優貴。
    「向こうのビルへ行こう。2階に、おしゃれなカフェがあるんだよ」
    「カフェでのんびりか。そりゃいいな。あ、カフェは巴のおごりな?」
    「う……そこまで行けたら、ね」
     楽しげに言う優貴に、一瞬詰まった巴。
     この後、本当におごる事になったのはまた別の話。

     駅の構内には、アルクレイン。
     右よし、左よし、後ろも上もよし。怪しい段ボールもいない!
     周囲を確認し、証明写真機の中へ。
     体操服の上からワンピースを着たら、何食わぬ顔で切符売り場へ。自由は、改札の向こうだ。

     駅前の商店街で揚げ立てのコロッケをはむはむと、買い食い中のララ。
    「うん。このコロッケ美味しい。揚げたて最高ね」
     トイレで着替えて……なんて計画もあったが、コロッケに上書きされた。
     歩くのすら面倒になり、商店街をダラダラ。
    「サボってますね?」
     見回り範囲を広げた彩花に発見されるのだった。

     商店街の人波に紛れて、シュヴァルツは横道へ逸れる。
    「さて。ゆっくり、コーヒーブレイクとしゃれこませてもらおうかね」
    「ヒャッハー!」
     コーヒーを飲んだらしばらく寝て――そんな計画を抱くシュヴァルツの前に現れたのは、トゲトゲでモヒカンでヒャッハーな、ゴンザレス。
    「健全な世紀末は健全な肉体に宿る! 学校行事をサボるたぁ、てめぇの血は何色だー!」
    「他にもフケるヤローがいるだろうに何でこの道にいやがる!」
     思わずつっこむシュヴァルツ。
    「ここら辺ならゴミ掃除のボランティアで知り尽くしているからなぁ~」
     実に健全なゴンザレスであった。

    ●兵どもが夢の跡
    「やっと……終わっ……」
     駅前の大型量販店の倉庫にて、眼鏡のズレを直す晃。
     ESPを駆使して関係者に成り済まし倉庫に入り込んだは良かったが、バイトと思われた結果、棚卸しを手伝わされた。
    「ま、追っ手は撒けた……ククク……完璧だ」
     確かに晃もエスケープ成功だろう。バテバテだけど。

     どこかの川の近くのベンチに、六の姿。
     昼寝のできる河原を探しながら逃げて歩いて、気づけば随分と学園から離れていたようだ。
    「サボれはしたけど、結局疲れちゃったな」
     ぼんやり空を見上げる。少し寝てしまおうか。

     たゆんぷりんと上も下も揺らして走る、サボり魔さんゲット計画。
     実行した玉緒は走り続けて、何故か普通に完走してしまった。
    「つ……疲れました……」
     結果、校庭の片隅で疲れ果てていた。

     一方、失敗者達の10キロ走は、絶賛開催中。
    「罰だってマラソンの延長! 全力だ!」
     前が見えないロッカーマスクのおかげでコースアウトを繰り返して捕まった軒太郎は、まだまだ元気。
    「マラソンより同じ場所を淡々と走る方が無心になれる」
    (「やっぱ地味だったなぁ……」)
     周りを気にするから怪しまれると、淡々とエスケープしようとして、淡々と捕まった自分の地味さを密かに気にする悠仁もいる。
    「ここは地獄か……」
    「俺を生贄にするなんて。これは友情の危機だ」
    「ええいうるさい。だまりやがれですよ高良君!」
     幻覚が見えてたり、愚痴りあってたり無言で黄昏てたり。
    「朕は絶対に弱くないのでごじゃる!」
    「オレは阻止部隊だってのに……!」
     まあ、中には阻止部隊の人も。

     そんな面々を、眠そうに見つめる琥珀。
     長机を折り畳むその姿は、いかにも給水所の片付け中だが、実はサボりの片付け中。
     給水所と遜色ない準備を整え、見事に給水所に扮してサボりきったのだ。
    (「まぁ、堂々とやると意外とばれないものなのね」)

     逃げ切ったにせよ、捕まえたにせよ、捕まったにせよ、裏種目に明確な勝敗はない。
     ただそれぞれに思い出を残して、静かに終わりを迎える。

    作者:泰月 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月31日
    難度:簡単
    参加:73人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 24
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