夜の静寂を守って

    作者:奏蛍

    ●静かだった夜
     家族と夕飯を食べた後、友は自室でうとうとしてしまっていた。はっと目が覚めたのは家族の悲鳴が聞こえたからだった。
     咄嗟に友は近くにあった木刀を手にしていた。子供の頃から家の道場で振っていた年季の入った木刀だ。
     しかしおかしい。祖父も父親も、兄もそこらの者には負けないはずだ。
     三人もいてなぜ悲鳴があがるのか……。もちろん、家に入ってきた何者かの悲鳴だったら納得だった。
    「きゃぁああああああ!」
     けれど響いた高い声は母親のものだった。慌てて自室を飛び出した友は信じられないものをみた。
     そして吐き気に口を塞いだ。漂う腐臭は今までに嗅いだどんなものよりも強烈だった。
     悲鳴をあげただけ母親はすごかったのかもしれない。友の体は震え、喉で止まった声は外に出ていくことはできなかった。
     深々と自分の心臓に刺さったナイフ。柄を握る手は腐食して、ぼたぼたと肉片を落とす。
     それが友が最後に見た光景だった。
     
    ●対策は万全に
    「友ちゃんと家族を守ってもらいたいんだ!」
     教室に灼滅者(スレイヤー)たちが足を踏い入れた瞬間に、須藤まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が口を開いた。ダークネスの持つバベルの鎖の力による予知をかいくぐるには、彼女たちエクスブレインの未来予測が必要になる。
     ノーライフキングの配下である眷属たちの目的は、友たち家族の死体だ。配下たちがどこから来て、どこから去っていくのかはわからないが友たちを救ってもらいたい。
     家族のたった一人でも欠けてしまっては意味がないので、必ず家族全員を守りきってもらえたらと思う。
     配下たちは友たち家族が住む武家屋敷の裏側から侵入してくる。可能であれば友たちを巻き込むことなく、さらには配下たちの存在を知らせないまま灼滅してもらえたらと思う。
     みんな以外、誰にも知られない任務となるが人の命がかかっている。秋の夜長ということもあるが、民家の密集から離れた場所にあることもあって静かだ。
     戦いの音が聞こえてきたら友たち家族が様子を伺いに出てきてしまう可能性もある。最悪、友たちを守りながらの戦いになることもあるので注意してもらいたい。
     配下の目的は死体を持ちかえることだ。生きて連れ帰る必要がない分、友たちに対する攻撃にも容赦などない。
     対策を取ることが可能なのであれば、対策を立てて行くことをおすすめする。みんなは物陰に隠れ、配下たちが裏から屋敷の敷地内に足を踏み入れるのを待ってもらいたい。
     見えるところに堂々と立っている姿を見れば、裏からの侵入を止めて他の経路で侵入する場合があるので注意してもらいたい。
     配下たちのリーダーと思える者は、咎人の大鎌と契約の指輪を使ってくる。他の五体は、三体が日本刀を二体が解体ナイフを使ってくる。
    「出来れば友ちゃんたちの家族の夜の静寂を守ってあげてね!」
     みんななら大丈夫と言うようにまりんがにこりと笑って見せた。


    参加者
    東当・悟(紅蓮の翼・d00662)
    若生・めぐみ(癒し系っぽい神薙使い・d01426)
    両月・葵絲(黒紅のファラーシャ・d02549)
    名越・真一(千色の鎮魂歌・d08420)
    琴葉・いろは(とかなくて・d11000)
    メリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)
    橘樹・慧(月待ち・d21175)
    六条・深々見(狂楽遊戯・d21623)

    ■リプレイ

    ●今はまだ静かな夜
     この辺りだと、どこが見つかりにくいだろうと、犬の姿に変わった名越・真一(千色の鎮魂歌・d08420)が首を傾げる。きょろときょろと見渡した先には、息を潜めて隠れる東当・悟(紅蓮の翼・d00662)がいる。
     そんな悟るが右手に視線を落とす。手の中にあるのは再出発祝の懐中時計だった。
     家は大事な人がいる場所。だからこそ守るために勝つと必勝を誓いながら、揃いの指輪がはまった右手で握り締める。
     そしてまた全ての意識を眷属たちに戻す。その間近に、ふわりと音もなく着地したメリッサ・マリンスノー(ロストウィッチ・d20856)が周りを見渡した。
     洋服が汚れるのは嫌だが、床下なら隠れられるかなと言うように覗き込む。そして、いそいそと音を立てずに暗闇に消えていく。
     きらりと光った瞳は、猫に姿を変えた若生・めぐみ(癒し系っぽい神薙使い・d01426)だった。メリッサより先に猫となり忍び込んでいた。
     眷属を待ちながら、ふとめぐみは考えてしまう。どうでもいいことかもしれないが、眷属へのスカウトって、何か選定基準があるものなのかと。
     軒下や床下とは無縁に、月明かりを反射させて動く蛇がいる。悠々と地面を移動しながら、暗がりに消えた。
     十分な広さと屋敷からは隠れ全体が見渡せる場所を見つけ、蛇が形を変える。そこに現れたのは両月・葵絲(黒紅のファラーシャ・d02549)だった。
     蛇の時には想像できないが、ふわふわと広がるピンクの長い髪が静かな風に揺れる。葵絲はゾンビは嫌いではない。
     けれど、家族を壊したらダメだと強く思う。何よりも双子の姉と兄を大切に思うからこそ、守らなきゃダメだと硬い意思で感じるのだった。
     灼滅者たちが潜入していると言う以外、何も変わらない静かな夜がそこにはあった。敷地外の木の上でそれを見つめる橘樹・慧(月待ち・d21175)にはそれが良くわかった。
     月明かりがあるとは言え、上から見る屋敷の庭は良く見えるとは言えない。けれど、仲間が潜んでいるようには全く見えなかった。
     再び微かに吹いた風に慧が反応する。しばらくすると不気味な音が響き始めた。
     ぬかるんだ土を踏んだような嫌な音。そして、強くなっていく腐臭。
     今回の話を聞いて自分の境遇を思い出した慧だった。ともを助ければ、助けられなかった家族への贖罪に……。
     なんて思ってみても、もう起こってしまった事をどうにもできないことは良くわかっていた。けれど、友たち家族を助けることは出来る。
     こんな腐臭を漂わせるものに狙われていたという事実も知らないまま、幸せに生きて行って欲しいと思う。無茶をしても友たちがいる屋敷の中には入らせないと誓う。
     全ての眷属が敷地内に入った瞬間、送信のボタンは押される。悟が音を遮断するのと同時に、先陣切って飛び出す。
     死角からの斬撃で、敵に自分たちの存在を教えるのだった。そして小さな塊が家の中へと進入していく。
     光の加減で青紫にも見える黒猫は琴葉・いろは(とかなくて・d11000)だった。戦闘が始まる前に、いったん友たち家族に寝てもらおうという作戦だった。
     口に銜えたお魚の形をした携帯ストラップが静かに揺れる。眷属が現れた今、非常事態ではあるのだが本当に魚を銜えた猫のように見えて非常に愛らしい。
     さらに別の物陰からだっと走り出した青みがかったロシアンブルーが、走りながらその姿を変える。そして、足を止めた六条・深々見(狂楽遊戯・d21623)が自らの影を眷属に向かって伸ばすのだった。

    ●知られない戦い
    「人の命を易々と奪おうなんて、絶対に許さない!」
     さらには眷属にしようなんて本当に許せる話ではない。深々見の影に食われた敵に、一気に詰め寄る。
     身を低くして懐に飛び込んだ真一は、そのまま地面を蹴って飛び上がる。
    「最初の挨拶だよ、受け取っておいてね!」
     雷を宿した拳に確かな感触と共に、敵を後方に飛ばす。何かが剥がれて地面に落ちる音が不気味に響き渡る。
     軒下から飛び出しためぐみが、猫から元の姿に戻る。一緒に隠れていたナノナノのらぶりんも愛らしい姿を軒下から出すのだった。
    「祈願、封印解除!」
     右手の人差し指と中指で挟んだカードを顔の前にかざし、目と閉じてめぐみが叫ぶ。解放された力そのままに飛び出し、殴りつける。
     同時に流した魔力が体内から爆破して、腐敗した体を撒き散らした。そして何の目的も果たせないままに一体の眷属が消えていく。
    「ハロウィンは、まだ早いわ。こわいものは、バイバイ、よ」
     そう言いながら葵絲がキッズ携帯をしまって、ごっつめの銀の指輪から魔法弾をリーダーに向かって放つ。
    「何が目的だか知らねぇけどさ、何勝手に乗り込んできて人んちの平穏壊そうとしてんだよ」
     絶対に阻止してみせると、出現させたシールドで慧が殴りつける。そしてメリッサが自らを覆うバベルの鎖を瞳に集中させるのだった。
     突然の襲撃を受けた眷属たちが武器を構えて灼滅者に向かってくる。月の如き冴え冴えとした鋭い一閃が後方にいた灼滅者を襲う。
     ふわりと避けた三人とらぶりんが着地する。着地するのと同時にメリッサが構える。
     静かな夜は大事にして欲しいとメリッサは思う。だからこそ、無粋な乱入者にはお引き取り願うと言うように、敵を見る。
    「……当てる」
     飛ばされた魔法の矢が宣言通りに敵を貫く。リーダーの足止めをしようと、悟が魔法光線を発射したのと同時にとんっと言う軽い足音を立てて黒猫が家の中から飛び出した。
     すぐに姿を戻したいろはが片腕を異形巨大化させて飛び出した。殴りつけられた敵が後方に飛び、腐敗した肉をまき散らしながら落ちる。
     そして、静かに消えていく。
    「安らかな夜の静けさを、破らせは致しません……!」
     菫色の穏やかに澄んだいろはの瞳が、まっすぐ眷属たちを見つめるのだった。同じく見つめているがちょっと違った意味で見ている深々見が、一瞬でも見過ごすものかと瞳を輝かせる。
     眷属の知力について観察しているのだった。元は人だったのだから、少しくらいは利口であって欲しいと思う深々見だ。
    「腐ってるし、あんまり期待できないかなー?」
     仲間にも聞こえない声で呟いた深々見が、両手に集中させたオーラを放出させた。

    ●月に照らされて
     召喚された無数の刃が前にいた灼滅者と慧のライドキャリバーを襲った。避けることのできない刃を耐える。
     そんな仲間に葵絲が浄化をもたらす優しき風を招き回復させていく。日本刀を上段に構えて襲ってきた敵の攻撃を避けた真一が、拳にオーラを宿して連打する。
    「どこまで見切られるかな?」
     真一の声と同時にてめぐみが両手に集中させたオーラを放出させる。それに合わせてらぶりんも攻撃に移る。二人とらぶりんの攻撃を受けた眷属がとどめを刺されて消えていく。
     しっかりと回復を得た慧が原罪の紋章を敵に刻み込む。声にならない声を上げた敵が、納刀状態から一気に抜刀して慧を斬り裂こうとする。
     その攻撃を軽々と慧が避けるのと同時に、深々見が殴りつける。同時に流された魔力が体内から爆破して、敵をふらつかせるのだった。
     余裕があれば戦いながらメモでも取ろうかと思っていた深々見だったが、そうやらそんな余裕はないらしい。ふらついた敵にメリッサが再び魔法の矢を飛ばす。
    「これで終わりです」
     魔法の矢に貫かれ、衝撃に揺らいだ体にいろはが殴りつけ魔力を流す。間合いを取るように離れた瞬間、体内からの爆破に腐肉を撒き散らして倒れ消えていく。
     残りはリーダーともう一体と思ったいろはの瞳が見開く。死の力を宿した断罪の刃が振り下ろされる。
    「っ……!」
     衝撃に微かな声を漏らしはしたが、持ちこたえたいろはが体勢を立て直す。すかさず葵絲がダークネスの力を一時的に注ぎ込むことでいろはを回復した。
     できるだけ自分の方に敵の注意を向けたいと思う悟が、爆炎の魔力を込めた弾丸を大量に連射していく。容赦ない悟の攻撃にふらついたのか、離れようとする配下にメリッサが狙いを付ける。
    「……にがさない」
     激しく渦巻く風の刃を生み出して、斬り裂くのだった。
    「決めさせてもらいます!」
     ふわりと飛び出しためぐみが殴りつけるのと同時に魔力を流して体内から爆破させる。その衝撃に倒れ込んだ眷属は、立ち上がることできずに消えていく。
     残されたリーダーが、黒き波動を灼滅者を薙ぎ払うべく放つのだった。

    ●静かな夜を届けて……
     ぼんやりとしているような表情の中、眼光だけが不気味なほどに迫力のあるメリッサが狙いを定めるようにリーダーを見つめる。そして狙いが定まったところで、魔法の矢を飛ばす。
     見事に矢が撃ち貫くが、さすがリーダーと言うべきだろうか……。配下だった眷属を撃ち貫いた時とは手応えが違う。
    「この拳ですべてを打ち砕く!」
     ぐっと拳に力を入れた真一が一気に駆け出す。それに合わせた悟が消える。
     気づいたときには死角に回り込み、斬り裂いていた。足元を斬られてふらついた体に、超硬度に鍛え抜かれた真一の拳が決まる。
     すぐに間合いを取ろうと離れようとした真一の体に衝撃が走った。リーダーが放った魔法弾が体を貫く。
     着地しようとしていた体が揺らいで、真一が地面に手をついた。すぐにらぶりんがその傷を回復していく。
     慧が原罪の紋章を刻み込む、自分に注意を向けさせようとするのと同時にライドキャリバーが飛び出す。
     突っ込まれた体がふらつく。リーダーと言えど、灼滅者に一気に攻撃を仕掛けられるのはやはりつらい。
    「一気に畳み掛けましょうか?」
     口調はお淑やかであり、浮かべた微笑みは変わらない。けれどしっかりした意思を持っていろはが魔術によって雷を引き起こす。
     雷音と共に撃ち抜かれたリーダーの体が揺らぐ。
    「ふむふむ……大体こんなとこかなー……。あ、もう用はないから死んでいいよー」
     体勢を立て直す前に、呟いた深々見の影がリーダーを飲み込んでいく。
     闇を振り払うように転び出たリーダーを待っていましたとばかりに、めぐみが渦巻く風の刃で斬り裂くのだった。さらに葵絲が自らの影を触手に変えて絡め取る。
     解放されようと身動ぎするリーダーの体に悟が魔法光線を発射する。綺麗に撃ち抜かれた光線から、リーダーの体がボロボロと崩れ消えていく。
     あっという間に元の静寂に戻った敷地内で、灼滅者たちは力を抜いた。そして悟が飴を口に入れる。
     意味は誰にも語らないが、悟にとってこれが日常へ戻す味なのだった。
    「平穏で幸せ日々過ごすんやで」
     自分たちに護られたことを知る必要はない。ただ、友たち家族が幸せであればいい。
     見つめた屋敷の中、うとうととした友が物音で目を覚ますことはない。目覚めた時には、いつもと変わらない静かな夜、日常が続いていく。
     戦いの痕跡を残さないように敷地内を確認した葵絲といろはが大丈夫と言うように合図を送る。戦いの跡はできるだけ綺麗にしたいと思っていた葵絲が心からほっとする。
     この夜は何もなかったと思えるくらいに、綺麗にしておきたかった。悪い夢はただの夢として、誰の記憶にも残らなければいい。
     誰かに感謝されることはなくとも、大切な家族を守り抜いた灼滅者たちは来た時と同じように静かに去っていく。そんな姿を見ていたのは、静かに浮かぶ月だけだった。

    作者:奏蛍 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年10月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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