「キミも僕の運命の人じゃなかった」
青く粘ついた男の腕が、ずるずると引きずっていた女をゴミ捨て場に投げ捨てる。
「うわべだけ着飾った、下品な女。服装も、言葉遣いも、髪の色も、香水の匂いも何もかも汚らわしい」
僕に相応しいのは、そう。
気高く優雅で、澄んだ声と綺麗な指をした──。
「『榊原・清一郎』ね」
感じたと思った瞬間、自分を間近で取り巻いた『業』の臭い。今まで、これほどの力を持つ女など見たことが無かった。
一瞬で魅了される。夜目にも金色に輝く髪、赤い瞳に。
「迎えに来たことを感謝なさい。その力、わたくしの下で使えるのですもの」
男は、榊原・清一郎は。これこそが『運命』と、信じた。
●
「デモノイドロードが事件を起こす」
前置きせず、櫻杜・伊月(高校生エクスブレイン・dn0050)は開いた手帳のページを繰りながら言った。授業の終わった教室は、既に日が落ちている。
「デモノイドヒューマンと同じ力を持ち、自分の意思でデモノイドに変化できる。闇堕ちを自在に操ると言えば話は早いか。ああ、面倒で厄介な存在だ」
そんなデモノイドロードに、ヴァンパイアが目を付けたのが事の始まりだ。
朱雀門高校に所属するヴァンパイアが、迎えに来るという。
「ヴァンパイアと灼滅者の力の差は、君たちのほうが身をもってよく知っていると思う。もし奴らと全面戦争となった場合も、想像がつくだろう」
集まった灼滅者達がするべきことは、ただ一つ。
「デモノイドロードとヴァンパイアの接触を、阻止すること」
即ち、デモノイドロードの灼滅。
「もしくは、圧倒的に不利な状況を作り上げ、恐怖を与えることだ」
伊月は手帳のページを一枚繰り、地図を開く。
接触できるのは夜も更けた時間。繁華街の外れ。賑やかな飲食店街でも、ほんのわずか外れただけで、シャッターを降ろした通りがある。
そこに、女をつれた男が現れる。
「名は『榊原・清一郎(さかきばら・せいいちろう)』。一流商社のサラリーマンという印象が強い。だが、悪人だ」
夜の繁華街で気に入った女を路地に連れ込み、殺して捨てる。
接触には、女を殺す瞬間が最も適している。男は殺すことに夢中だから。
「母親に似た女を捜しているらしい。随分と溺愛されて育ったようだ」
他界した母の面影を求めて女を捜し、声を掛けては失望し、殺す。繰り返し、繰り返し。
「デモノイドロードは悪辣で計算高く、不利を悟れば人質を取るなどの行為や、逃走することもある。注意して作戦を進めてほしい」
手帳を置き、積んであったファイルを開く。数ヶ月前の日付になる。
「ヴァンパイアが現れるのは、戦闘開始後およそ10分。確実を期すなら8分以内にデモノイドロードを灼滅し、撤退することが望ましい。消耗した君たちとヴァンパイアが遭遇したなら、まず勝ち目はない。構わず逃げろ。私からはこれしか言えない」
あとは現場の状況を判断して行動してほしい、と。
「現れるのは朱雀門高校のヴァンパイアだ。以前、ある高校で遭遇したこともある。名はレオノーレ・ヴァトリー、金髪と赤い目の、いわゆる『美女』だ」
神格化した母の面影を追うデモノイドロードは、彼女を崇拝することだろう。
説明を終えた伊月は、深く息をついた。
「……8分。何もせずにいるには長いが、何かをするには短い時間だ」
全員揃っての報告を待っていると灼滅者全員の目を見て言うと、伊月は手帳を閉じた。
参加者 | |
---|---|
秋篠・誠士郎(流青・d00236) |
辰峯・飛鳥(変身ヒーローはじめました・d04715) |
大高・皐臣(ブラッディスノウ・d06427) |
モーガン・イードナー(灰炎・d09370) |
ワルゼー・マシュヴァンテ(教導のツァオベリン・d11167) |
御風・七海(夜啼き翡翠・d17870) |
ルーウィン・アララギ(愚直なまでの信念・d18426) |
白石・めぐみ(祈雨・d20817) |
●
遠くに見える繁華街の光は、週末ということもあり未だ消えるものはない。
そこからさほど離れてはいないというのに、この通りにはたまに酔客が通りがかる程度で、シャッターを降ろして数年は経つだろうスナックや、個人商店の薄汚れた看板が連なっている。かつてはここも、華やかな光に溢れていたのだろうか。
「遅いな」
ワルゼー・マシュヴァンテ(教導のツァオベリン・d11167)は、身を隠す小さなスナックの屋根の上で、携帯電話の時刻を確認する。もうしばらくすれば、日付が変わる。
(「……気に入らない男だ」)
モーガン・イードナー(灰炎・d09370)は唇の中だけで呟き、上着の襟を寄せる。
理想の女ではないから殺す。曖昧な偶像を押し付けては、殺す。非道なデモノイドロードの男は、まだ現れない。
冷えた指先を吐息で温め、辰峯・飛鳥(変身ヒーローはじめました・d04715)は、視線を通りの向こう側に向けた。殺すつもりの女性を連れたデモノイドロードの男は、どちらから来るかわからない。
(「気に入らないから、殺して捨てるなんて」)
ぎり、と奥歯を噛みしめる。
死者の面影に縋る思いは否定しない。ルーウィン・アララギ(愚直なまでの信念・d18426)は、まだカードに封じたままの己のビハインドを思う。
ふと、ルーウィンは濃い業の臭いを察知した。デモノイドヒューマンの持つ本能が、ターゲットの接近を警告する。
四人は咄嗟に頭を低くした。
女の笑い声が聞こえた。規則的にアスファルトを踏む革靴の音と、不規則な高いヒールの音。
切れかけた街灯の下でも上質と分かるスーツを着こなす背の高い男と、その男の腕に両腕を絡めて歩く派手な化粧の女。時折足元がおぼつかなくなるのは、酔っているのだろう。
女はけらけらと大声で笑い、舌足らずな言葉で男にべったりと甘えかかっている。男は苦笑し話を合わせながら、高いヒールの足をもつれさせる女を支えていた。
「来たようだ」
秋篠・誠士郎(流青・d00236)が小声で伝えるのは、もう二人の仲間。顔を上げれば、道路を挟んだ向こう側の屋根でルーウィンが合図しているのが見えた。
眼下を一台の車が走っていく。ヘッドライトに照らされた男女二人を、大高・皐臣(ブラッディスノウ・d06427)は目を細めて見やった。今はまだ、攻撃することはできない。女が、少しでも離れてくれなければ。
御風・七海(夜啼き翡翠・d17870)は、ポケットに手を入れて音楽プレイヤーに触れた。まだ再生ボタンは押さない。押す時は、ここから飛び降りる時。
にゃあ、と建物の隙間から猫の声がした。
にゃあにゃあと女が気付くように何回も繰り返し鳴く。
「ねこ? 猫ちゃん、どこぉ?」
女が視線を巡らせる。建物と看板の隙間から、細身の猫が顔を出す。にゃあんと鳴けば女は手を伸ばそうと男の腕から離れようとした。
「やめておきなさい。薄汚い野良猫ですよ」
「あたし猫好きなのよぉ、家でも飼ってるの。おいで猫ちゃぁん?」
男は女の腕を放さない。呼び声に誘われて現れた三毛猫は、女が伸ばした手に誘われるように足元から見上げて鳴いた。
「かわいい子。いいでしょ、ちょっとだけ、撫でるだけだからぁ」
「仕方ない人ですね」
男は諦めたのか、女の腕を放す。女はそのまま、屈んで毛皮を撫でようと手を伸ばした。猫は鳴きながら足元にすり寄り、巧みに男との距離を離そうとしているようだった。
「どうりで、獣臭いと思いました」
女が絡みついていた袖のしわを伸ばすように撫でつけ、男が低く呟く。袖口から粘液が落ちるのと、女の背が強い力で押されるのとは、ほぼ同時。
肉を貫く、鈍い音がした。
「……っ!」
猫変身を解いた白石・めぐみ(祈雨・d20817)が、人の姿に戻り立ち塞がっていた。男が前動作無しに突き出した青く鋭い刃は、めぐみの脇腹を貫いている。
女のけたたましい悲鳴が上がった。女の背から心臓を狙っていた刃の先は逸れたものの、めぐみを貫いた刃は女の太腿をも深く傷つけ、アスファルトにどす黒い血を広げていく。
「いやあああ! 痛い……痛いぃ!! 助けて、清一郎。せいいち……」
「薄汚い野良猫と思っていたら、薄汚い女の一人でしたか」
軽く目を見開いただけで、それ以上驚く様子も見せないデモノイドロード、榊原・清一郎。どこか壊れた視線で、突然現れためぐみを見やる。
男の半身は既に粘液の帯に包まれている。街灯で逆光になったその容貌は、人間のままのものが整っているが故に異形さを増す。
刃を捻りながら引き抜けば、女の悲鳴が路上に響く。
──女を助けたのなら、有利となる襲撃の機は失われる。
「子供がこんな時間、こんな所に。躾がなっていませんね」
周囲に降り立ち異形を囲む灼滅者達は、戦闘開始の殺気を放った。
●
「めぐみちゃん、その人のことは頼んだよ!」
「はい!」
飛鳥の声を励みに、めぐみは自分の傷に構いもせず、ぐったりと意識を失った女を抱えて走る。離れた場所で流血を止めて、人のいる所まで運ばなければ。
めぐみが戦闘から離脱したことで、灼滅者は七人となる。だが、入れ替わるように心強いサーヴァントが4体、主のカードから解放されて躍り出た。
「貴様に殺された者の、嘆き、恨みを知るがいい」
ワルゼーの構えた妖の槍が、螺旋を描いて突き込まれる。穿つ寸前で青い粘液が槍に絡みついた。清一郎はわずかに目を細め、にたりと笑う。
「醜い肉から解放してやったのですよ。むしろ感謝してもらいたいですね」
「やはり、気に入らん」
槍を回り込むように影から飛び出すは、モーガンとそのライドキャリバー・ミーシャ。機銃掃射に足止めされたデモノイドロードの体に、炎を纏ったチェンソー剣が叩きつけられる。肉を断つ音がしても、清一郎は顔色さえ変えず。
地を蹴り高く上げた腕は、青色の巨大な斧と化す。真正面から振り下ろされる斧を受け止めたのは、誠士郎の霊犬・花の体。地面に叩きつけられるも、低い声で唸り返し立ち上がる。誠士郎は花の無事を横目で確かめ、低い位置から構えた縛霊手で男を殴りつける。重い手応えがした。
「一般人に手を掛けようとする限り、俺達はお前を追い続ける。灼滅するまでな」
「灼滅? あなたたちが、私を?」
「お前は絶対に許さない。逃がしはしないぞ!」
身に纏うは炎色の鎧。飛鳥のロッドに炎が宿る。
「欠片も残さず、焼き尽くす!」
男が身を守ろうとしてかざした斧を叩き割るほどの衝撃。辛うじて踏みとどまった清一郎は、異形の顔を醜く歪めた。
至近から皐臣は清一郎の懐に入り込む。閃光とともに繰り出される凄まじい連打、身をよじって逃れた清一郎は、人間の目を細めて見せた。
「君とは、私と似たにおいがするね。切なく、悲しい、愛おしい面影を」
「……黙れ」
感情を抑える低い声。否定はしない。回り込んで拳を打ち込めば、逆撫でる笑い声が路上に響いた。
「何故だろう、君たちは事を急いているような気がするよ。何故時計を気にするのだろうね、私には時間はたっぷりあるのに」
「死ねば時間も止まるだろう」
ルーウィンの足元から影が刃となって疾走した。その刃に絡みつくように、ビハインドの放った霊障波が迸る。腹部に突き刺さる刃をそのままに、清一郎は壊れた笑い声を上げた。
「いいでしょう、いいでしょう。全力で戦ってあげますよ。こんな機会はめったに無い。女はいつも、首を折るだけですぐ死ぬ、つまらないからね」
青の粘液が全身を覆い尽くす。見上げるほどの巨体と化す清一郎。デモノイドロードは闇堕ちの状態を自在に制御するダークネスだ。
闇に轟く鳴き声は防音の術で響きわたらずとも。灼滅者の腹の底に不快な振動となって伝わった。
●
ポケットの中では死を告げる音楽が小さく響いている。
(「半分は、過ぎたかな」)
七海は時間を推し量る。プレイヤーに入れてあるこの曲は9分強。旋律は山場を迎えていた。遅くとも9分以内で決着を付けなければならない戦闘、正確に時間を計れている者は少なかった。
(「悪意の相手には、悪意を以って……ね」)
前方で果敢に働く霊犬のカミを視界に入れ、七海は神薙ぎの刃を飛ばす。
そこへ半身を血に染めためぐみが戻ってきた。
「女の人、命はたぶん……助けられたと思います」
失血で意識を失った女性を抱え、人の気配のある店舗に駆け込んだ。何事かと不審に思われたが、救急車を呼んでと頼み込んで店を後にした。
あとは彼女の生命力次第。殺界形成が消滅するまで命を繋ぐ力があれば、優しい人間達の力が彼女を助けてくれるだろう、そう願いたい。
めぐみが後方から確認した戦況は厳しかった。回復に専念する者がいないため、回復にまわれば攻撃の手が止まる。連携もうまく回らず、攻撃した分の体力を回復されてしまう。ダークネスは攻撃力も回復力も、灼滅者とは桁違いだ。
迷わずめぐみは回復の位置に着いた。清らかな風を戦場に吹かせながら、ふと思い出す。
残り時間が分からない。8分でタイマーを掛けていたけれど、猫変身や一般人救助のため、戦闘開始でスタートさせることができなかった。
後悔は無い。心強い仲間がいる。
「わたしは、わたしに、できることを」
再び風を呼び、前衛達を癒す。不幸の連鎖を断ち切るために。
時間の経過がこれほど早いと思ったことはない。
しかし途中経過を叫んだならば、聡いデモノイドロードは時間制限に気付いてしまう。全員で残り時間を共有できない状況は心情的に厳しかった。いつタイマーが鳴り響くかわからず、焦燥が募るばかりだ。
「貫け! わたしの螺穿槍!」
飛鳥が叫び疾風となって槍を穿てば、巨体の足元が崩れ膝を着いた。
畳みかけるようにモーガンのフォースブレイクが巨体を打ち据える。体内を暴れる魔力に振り回した腕が、モーガンのライドキャリバーを吹き飛ばす。動かなくなった相棒を前に、務めは果たしたと心で労いモーガンは改めてデモノイドを見据えた。
「今ここで消してやろう」
歪んだ笑い声がした。デモノイドが男の姿へ戻っていく。青い粘液の帯を纏った異形の姿。
「さあ、さあ。消して見せなさい。まだ私は生きているぞ!」
血走った目、醜く血泡を吹く唇。
「望み通り、五分刻みで解体してやるぞ」
ワルゼーがロッドで殴りつければ、青い粘液が動揺に泡だった。もう少し、だが時間経過を知りたくとも、携帯を覗くほどの暇は無い。
「……死人と会いたいならば、手伝おう」
ルーウィンの影が棘茨の網となって、清一郎を呑み込んだ。影が呼び出す心の傷、何を見たのかわけの分からない叫びを上げ、青い斧で影を断ち切る。ふわり飛んだビハインドが顔を晒し、叫びは悲鳴となって端正な人間の顔を歪ませた。
「……ぁさま」
掠れた声がする。構わず七海は霊犬と駆け、鬼の腕を以て畳みかける。躊躇している時間は無い、音楽は既に終盤に差し掛かっている。
ピリリ、とどこかでタイマーの音が聞こえた。
「8分だ!」
叫ぶのはモーガン。
後一押し、灼滅者達の心は決まっている。灼滅、あるいは恐怖を植え付けるまでは一歩も退くつもりは無い!
「灼滅される気分はどうだ」
皐臣が唇に乗せるのは一言だけ。やりにくい相手と承知の上、理由は誰にも告げはしないが。叩きつけるロッドが清一郎の内側を破壊していく。
唇から青黒い液体を吐き、なおも清一郎は夢に縋る。
「かぁさま、母様……」
霊犬からの浄霊眼を受けた誠士郎の影が、音立てて広がった。内側からぐしゃりと、鈍い音。
「もう分かったはずだ。俺たちはお前を追い続ける。死ぬまでな」
影から解放された清一郎は、上等のスーツを血と粘液に塗れさせ、端正な顔は白目を剥いて醜く歪み。アスファルトにへばりつくようにして、溶けていく体を留める術もなく、ただただ母を呼び続ける。
アラームが鳴り響いた。9分、これが限界。
「……退却だ」
誰かが言い、夜に溶けるように灼滅者達はその場を後にした。
●
七海のポケットで奏でられていた旋律が、終わりを告げた頃。
銀色の蝙蝠を連れた女が、同じ場所に立っていた。
街灯の安い灯りにも豪奢に輝く金の髪、月の光にも浮かび上がる真紅の目。
地面に溶けた醜い残骸を冷たく見下ろす。
「……再度の失態……このわたくしが」
レオノーレ・ヴァトリー。朱雀門高校のヴァンパイアは、苛立たしげに爪を噛み。溶け残っていた頭骨を踏み砕くと。
それきり目もくれず、闇に消えた。
作者:高遠しゅん |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年10月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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